日本原子力学会和文論文誌
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ディジタルH推定器を応用した異常反応度検知システムの開発
鈴木 勝男鈴土 知明鍋島 邦彦
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2004 年 3 巻 1 号 p. 24-33

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抄録

原子炉をより安全に運転するために,原子炉安全性の基本量である正味反応度をオンライン・リアルタイムで推定し,それを許容範囲内に保つこと,そしてもしなんらかの反応度異常が生じた場合には,それを早期に検知するシステムの開発が望まれる。通常,運転中の正味反応度は中性子束等の計測量から推定される。この計測量から正味の反応度を推定する方法として,逆動特性方程式法とカルマンフィルタ法がよく知られている。しかし,一般に計測信号は測定雑音を含むため,中性子計測信号をそのまま用いた場合,逆動特性方程式法による推定反応度には大きな揺らぎが伴う。したがって,この揺らぎを除去するためには,雑音除去フィルタが必要となる。一方,カルマンフィルタ法では,このようなフィルタは不要であるが,推定反応度の真値への即応性が低下する。これは,カルマンフィルタが全状態量の推定誤差分散を最小化するように設計されるため,雑音フィルタ性と即応性の性能仕様を独立に扱えないからである。そこで,入力雑音から推定誤差までの伝達関数のHノルムを最小化する最適H推定理論に基づいた反応度推定器の設計法が提案された。この設計法により,即応性と雑音フィルタの設計仕様を独立に与えて反応度推定器を設計することが可能となった。さらに,このH推定器の推定特性やオンライン・リアルタイム推定の実現性などが日本原子力研究所VHTRC臨界実験装置において実験的に評価され,その実用化の見通しが得られた。
上記の正味反応度推定法では,いずれも中性子測定信号が用いられるが,これとは別に,正味反応度を炉心温度,圧力,燃料の燃焼度,毒物量など原子炉状態量のフィードバック反応度の総和として算出することもできる。通常,これらフィードバック反応度は,あらかじめ作成された反応度校正曲線などを用いて静的に推定される。この校正曲線の作成には,膨大な設計計算や詳細に吟味された実機試験による各種データが必要である。この静的推定法は,原子炉状態がある定常状態から別の定常状態に変化する場合のフィードバック推定に適したものである。
よく知られている反応度バランス法は,上述した各種フィードバック反応度の総和と中性子信号から推定した正味反応度との差異から異常反応度を検出する方法である。文献では,HFIR炉(High Flux Isotope Reactor)の主要なフィードバック反応度は燃焼度や毒物などのフィードバック反応度であるとして,異常反応度の検知システムが検討された。文献では,TTR-1炉(Toshiba Training Reactor I)における制御棒反応度,温度や毒物など多くのフィードバック反応度を考慮した異常反応度検知システムが構築され,実験的にその有効性が評価された。いずれのシステムにおいても各種フィードバック反応度は予め求めた校正曲線などを用いて静的に推定されている。しかし持続的に変動する原子炉の内部状態のフィードバック反応度の推定には,このような静的推定よりも動的推定が適している。
本報では,数十秒程度の短時間で,周期的あるいは持続的に変動する反応度異常を検知するため,原子炉の内部状態量からのフィードバック反応度を動的に推定し,正味反応度とのバランスから,反応度異常を検知するシステムを提案する。本報では,時間応答の速い燃料温度や減速材温度などのフィードバック反応度を動的に推定し,時間的にゆるやかに変化する燃焼度や毒物などの反応度を無視した。さらに,高速実験炉「常陽」を対象とした数値シミュレーション実験に基づき提案システムの有効性と実用上の課題をまとめた。

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