天然有機化合物討論会講演要旨集
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水銀トリフラート触媒による新奇環化異性化反応を鍵工程としたアザ三環性アルカロイド (–)-レパジホルミンAの合成研究
菊池 正峰江崎 伸之介小山 智之野久保 春華児玉 猛西川 慶祐舘 祥光森本 善樹
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水銀トリフラート触媒による新奇環化異性化反応を鍵工程としたアザ三環性アルカロイド (–)-レパジホルミンAの合成研究

 複雑な多環性アルカロイドの合成は現代の有機合成レベルをもってしてもけっして容易なことではない。そのため窒素原子を含む骨格構造の効率的で立体選択的な構築法の開発は、今日の天然物合成化学においても重要な課題である。本研究では海洋産アザ三環性アルカロイド (–)-レパジホルミンA (1) の合成におけるキーステップとして、我々の研究室で見いだしたHg(OTf)2を触媒に用いる新奇環化異性化反応を応用した1の形式合成を達成し、さらに新規全合成法の開発に成功したのでそれらの結果について報告する。

 (–)-レパジホルミンA (1) は1994年Biardらによってチュニジアの海岸で採取された海洋性被嚢類のClavelina lepadiformis Mullerから単離されたアザ三環性アルカロイドである1。1は様々な腫瘍細胞系に対して細胞毒性活性を示し[IC50 = 9.20 mg/mL (KB), 0.75 mg/mL (HT29), 3.10 mg/mL (P388), 6.30 mg/mL (P388 doxorubicin-resistant), and 6.10 mg/mL (NSCLS-N6)]、さらに抗不整脈作用や血圧降下作用等の心臓血管系への作用も有することが報告されている。レパジホルミンAの構造は最初分光学的及び化学的な証拠に基づいて1とは異なる構造が提出されたが、その後ラセミ体及び光学活性体の全合成が報告され絶対配置も含め1のように構造改訂された2。その構造はtrans-1-アザデカリン系のAB環にAC環がスピロ環状に縮環した特異なアザ三環性骨格を特徴とし、窒素置換不斉4級炭素を含む4つの不斉炭素とボート型をしたB環をもつ複雑な骨格構造を有している。顕著な生理活性と特異な骨格構造から多くの合成化学者の注目を集め、これまでに10以上の全合成(形式合成含む)が報告されているが3、我々は独自の方法論による1の全合成を目指し合成研究に着手した。

 1の合成計画をScheme 1に示す。当研究室では直鎖状のイノン分子からへテロ置換不斉4級スピロ炭素原子を含む1-へテロスピロ[4.5]デカン骨格への環化異性化反応がHg(OTf)24によって触媒されることを見いだしている5。これまでにないタイプの反応であり不斉4級炭素とスピロ環がC–C結合形成を伴いながら構築される新奇連続環化異性化反応である。本反応をイノン基質4に適用しAC環に相当するアザスピロ環化体3を立体選択的に構築することを計画した。3のケトンをメチレンに還元することによりKimらの合成中間体2へと導く予定である。環化前駆体4はスルホン6とL-グルタミン酸から6段階で得られる既知物質ピロリジノン56のカップリングにより合成することにした。

 市販の4-ペンチン-1-オールのDPS保護体77のアセチリドを1,3-ジヨードプロパン (8) でアルキル化しヨウ素体9とした後、スルフィナートで置換しスルホン6を調製した(Scheme 2)。6のアニオンをピロリジノン5に付加し、ラジカル条件でスルホニル基を除去8し環化前駆体4を合成した。環化異性化反応の条件を種々検討した結果、4をMeCN中室温で45分間水銀トリフラート (0.05 equiv) で処理したところ望む環化異性化反応が進行し、アザスピロ環化体3を単一生成物としてジアステレオ選択的に74%の収率で構築することに成功した。本反応は、窒素官能

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 複雑な多環性アルカロイドの合成は現代の有機合成レベルをもってしてもけっして容易なことではない。そのため窒素原子を含む骨格構造の効率的で立体選択的な構築法の開発は、今日の天然物合成化学においても重要な課題である。本研究では海洋産アザ三環性アルカロイド (–)-レパジホルミンA (1) の合成におけるキーステップとして、我々の研究室で見いだしたHg(OTf)2を触媒に用いる新奇環化異性化反応を応用した1の形式合成を達成し、さらに新規全合成法の開発に成功したのでそれらの結果について報告する。

 (–)-レパジホルミンA (1) は1994年Biardらによってチュニジアの海岸で採取された海洋性被嚢類のClavelina lepadiformis Mullerから単離されたアザ三環性アルカロイドである11は様々な腫瘍細胞系に対して細胞毒性活性を示し[IC50 = 9.20 mg/mL (KB), 0.75 mg/mL (HT29), 3.10 mg/mL (P388), 6.30 mg/mL (P388 doxorubicin-resistant), and 6.10 mg/mL (NSCLS-N6)]、さらに抗不整脈作用や血圧降下作用等の心臓血管系への作用も有することが報告されている。レパジホルミンAの構造は最初分光学的及び化学的な証拠に基づいて1とは異なる構造が提出されたが、その後ラセミ体及び光学活性体の全合成が報告され絶対配置も含め1のように構造改訂された2。その構造はtrans-1-アザデカリン系のAB環にAC環がスピロ環状に縮環した特異なアザ三環性骨格を特徴とし、窒素置換不斉4級炭素を含む4つの不斉炭素とボート型をしたB環をもつ複雑な骨格構造を有している。顕著な生理活性と特異な骨格構造から多くの合成化学者の注目を集め、これまでに10以上の全合成(形式合成含む)が報告されているが3、我々は独自の方法論による1の全合成を目指し合成研究に着手した。

 1の合成計画をScheme 1に示す。当研究室では直鎖状のイノン分子からへテロ置換不斉4級スピロ炭素原子を含む1-へテロスピロ[4.5]デカン骨格への環化異性化反応がHg(OTf)24によって触媒されることを見いだしている5。これまでにないタイプの反応であり不斉4級炭素とスピロ環がC–C結合形成を伴いながら構築される新奇連続環化異性化反応である。本反応をイノン基質4に適用しAC環に相当するアザスピロ環化体3を立体選択的に構築することを計画した。3のケトンをメチレンに還元することによりKimらの合成中間体2へと導く予定である。環化前駆体4はスルホン6とL-グルタミン酸から6段階で得られる既知物質ピロリジノン56のカップリングにより合成することにした。

 市販の4-ペンチン-1-オールのDPS保護体77のアセチリドを1,3-ジヨードプロパン (8) でアルキル化しヨウ素体9とした後、スルフィナートで置換しスルホン6を調製した(Scheme 2)6のアニオンをピロリジノン5に付加し、ラジカル条件でスルホニル基を除去8し環化前駆体4を合成した。環化異性化反応の条件を種々検討した結果、4をMeCN中室温で45分間水銀トリフラート (0.05 equiv) で処理したところ望む環化異性化反応が進行し、アザスピロ環化体3を単一生成物としてジアステレオ選択的に74%の収率で構築することに成功した。本反応は、窒素官能基のカルボニル炭素への付加とカルボニル酸素による6-exo-dig型のオキシマーキュレーションで始まりアミノケタールaが生成した後、エノールのプロトン化によりケタール

が開裂しイミニウムイオンが生成、その後炭素環への巻き直しというFerrierタイプの反応9が進行することにより水銀触媒が再生するというメカニズムを考えている。ジアステレオ選択性については環化の際の4つの椅子型遷移状態dgにおいて、DPSO基を含むアルキル基とBnOCH2 and (or) Boc基との立体反発が一番小さいdからの環化が優先することにより3が単一生成物として得られたものと考察している。最後にケトンをトシルヒドラゾンに変換した後、NaBH3CNでメチレンに還元することにより10 Kimらの合成中間体2へと導いた。合成した2は旋光度を含め各種スペクトルが報告されているデータとよい一致を示し3e、これにより (–)-1の形式全合成を達成した。

 Kimらの合成も、Weinreb らの合成中間体11へと導く形式全合成である(Scheme 3)。Weinreb らの11から1への変換反応においてB環上のヘキシル基の導入のジアステレオ選択性がそれほど高くない点に着目し(12a:12b = 1:3)2b、あらかじめ環化基質4にヘキシル基を導入した全炭素数を揃えた環化前駆体に対して本環化異性化反応を適用する新規全合成法の開発に取り組むことにした。

 全炭素数を揃えた環化前駆体13の合成に必要なスルホン20は市販の (R)-リンゴ酸から調製することにした(Scheme 4)。(R)-リンゴ酸から文献記載の方法11により5段階で得られるヘミアセタール16 (dr = 5:2) に対しWittig反応を行い、Z選択的にアルケン17を得た。二重結合の水素化、ヨウ素化により18とした後、7のアセチリドでアルキル化、t-ブチルジメチルシリル(TBS)基を残したままDPS基のみを選択的に脱保護12してアルコール19とした。19のヨウ素化、スルホン化を経てス

ルホン20を調製した。

 先ほどと同様にスルホン20のアニオンをピロリジノン5に付加し、ラジカル条件でスルホニル基を除去し全炭素数を揃えた環化前駆体13を合成した(Scheme 5)。13の基質においても望む環化異性化反応が進行し (0.1 equiv of Hg(OTf)2, MeCN, 0 °C, 1 h)、先ほどと同様に単一のジアステレオマーとして71%の収率でアザスピロ環化体21を構築することに成功した。21のケトンのメチレンへの還元は、先ほどの反応条件では再現性と収率の点で問題があったことから、一旦アルコールに還元した後、Barton法13により再現性よく高収率で24へと変換することができた。TFAによりBoc基とTBS基を除去しアミノアルコール25へと導き、樹林らの方法3dによりB環を立体選択的に構築してアザ三環性骨格26とした。合成した261H and 13C NMRスペクトルは報告されているデータとよい一致を示した3d。最後にBn基を除去し、(–)-レパジホルミンA (1) の全合成を達成することに成功した。

 以上我々は、複雑な骨格構造を有する海洋産アザ三環性アルカロイド (–)-レパジホルミンA (1) の全合成におけるキーステップとして、当研究室で見いだしたHg(OTf)2を触媒に用いる新奇環化異性化反応が応用できることを実証し、窒素原子を含む複雑な骨格構造の効率的で立体選択的な新たな構築法の提案を行った。

謝辞

 大阪市立大学で開発されたHg(OTf)2を天然物の全合成に使ってみたい思わせて頂きました故西沢麦夫先生(徳島文理大学)に感謝申し上げます。

参考文献

(1) (a) Biard, J. F.; Guyot, S.; Roussakis, C.; Verbist, J. F.; Vercauteren, J.; Weber, J. F.; Boukef, K. Tetrahedron Lett. 1994, 35, 2691–2694. (b) Juge, M.; Grimaud, N.; Biard, J. F.; Sauviat, M. P.; Nabil, M.; Verbist, J. F.; Petit, J. Y. Toxicon 2001, 39, 1231–1237.

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(9) Chida, N.; Ohtsuka, M.; Ogura, K.; Ogawa, S. Bull. Chem. Soc. Jpn. 1991, 64, 2118–2121.

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(11) (a) White, J. D.; Hrnciar, P. J. Org. Chem. 2000, 65, 9129–9142. (b) Denmark, S. E.; Yang, S.-M. J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 12432–12440. (c) Prevost, M.; St-Jean, O.; Guindon, Y. J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 12433–12439.

(12) BouzBouz, S.; Cossy, J. Org. Lett. 2004, 6, 3469–3472.

(13) Barton, D. H. R.; McCombie, S. W. J. Chem. Soc., Perkin Trans. 1 1975, 1574–1585.

 
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