天然有機化合物討論会講演要旨集
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新しいタンパク質間相互作用を誘導する抗腫瘍活性天然物アプリロニンAの作用機序
平山 裕一郎米田 耕三山岸 航大知念 拓実臼井 健郎住谷 瑛理子上杉 志成北 将樹木越 英夫
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p. Oral22-

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新しいタンパク質間相互作用を誘導する抗腫瘍活性天然物アプリロニンAの作用機序

アプリロニンA (ApA, 1)は海洋軟体動物アメフラシAplysia kurodaiより単離された24員環マクロリドで、HeLa S3腫瘍細胞に対する強力な細胞毒性(IC50 = 0.01 nM)やP388白血病モデルマウスに対する抗腫瘍活性(T/C 545%、0.08 mg/kg/day)などを有する1)。また既存の抗がん剤の標的には直接作用しないとされており、新規な抗腫瘍活性の作用機序が期待されている。ApAは細胞骨格タンパク質の一つであるアクチンと1対1で結合し、F-アクチンの脱重合を引き起こす。しかし実際に細胞内のアクチン骨格に作用する濃度は、細胞毒性を示す濃度よりも1000倍以上高く、ApAの強力な細胞毒性はアクチンとの相互作用のみでは説明できないと考えられる2)。構造活性相関研究やX線結晶構造解析からApAはC24-34位の側鎖部分でアクチンに結合するが、細胞毒性にはアクチンとの結合に関与しないマクロラクトン環上の官能基が重要と分かっている3)。例えば、7位トリメチルセリン基を持たない類縁体アプリロニンC(ApC, 2)は、ApAと同等のアクチン脱重合活性を有するが、細胞毒性はApAよりも1000倍以上弱い(IC50 = 17 nM)。従ってApAはマクロラクトン環上の官能基で、アクチン以外の第2の生体標的分子と相互作用することで、顕著な活性を発現していると推測される。

このような背景から我々はApAの抗腫瘍活性の作用機序の解明を目指して、構造活性相関研究の知見を基にApAをリガンドとした分子プローブを合成し生体標的分子の同定とその相互作用について研究を行なってきた。

アクチン関連タンパク質Arp2とArp3

これまでにApAビオチンプローブ(ApA-Bio, 3)を合成し、HeLa S3腫瘍細胞の抽出液よりアクチン関連タンパク質Arp2とArp3をアフィニティ精製することに成功した4。しかしながらApAとArp2, 3との相互作用の詳細は不明であった。

そこでArp2, 3とApA間の結合様式を解析するために、標的分子と共有結合を形成できるApAの光親和性プローブを合成することとした。またArp2, 3がApAの特異な細胞毒性に重要なのかを解明するため、ApCの光親和性プローブも合成し、ApA誘導体と活性や相互作用を比較することとした。

プローブの合成と生物活性

アメフラシから単離したApAについて、34位エナミド基を酸加水分解してアルデヒド4へと誘導し、ついでアルコキシルアミン5と縮合することで、ApAの光親和性ビオチンプローブ(ApA-PB, 6)を合成した(Scheme 1)。また同様の操作にてApCの光親和性ビオチンプローブ(ApC-PB, 7)も合成した。ApA-PBとApC-PBのHeLa S3細胞に対する増殖阻害活性(IC50)はそれぞれ1.2 nMと320 nMであり、元

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アプリロニンA (ApA, 1)は海洋軟体動物アメフラシAplysia kurodaiより単離された24員環マクロリドで、HeLa S3腫瘍細胞に対する強力な細胞毒性(IC50 = 0.01 nM)やP388白血病モデルマウスに対する抗腫瘍活性(T/C 545%、0.08 mg/kg/day)などを有する1)。また既存の抗がん剤の標的には直接作用しないとされており、新規な抗腫瘍活性の作用機序が期待されている。ApAは細胞骨格タンパク質の一つであるアクチンと1対1で結合し、F-アクチンの脱重合を引き起こす。しかし実際に細胞内のアクチン骨格に作用する濃度は、細胞毒性を示す濃度よりも1000倍以上高く、ApAの強力な細胞毒性はアクチンとの相互作用のみでは説明できないと考えられる2)。構造活性相関研究やX線結晶構造解析からApAはC24-34位の側鎖部分でアクチンに結合するが、細胞毒性にはアクチンとの結合に関与しないマクロラクトン環上の官能基が重要と分かっている3)。例えば、7位トリメチルセリン基を持たない類縁体アプリロニンC(ApC, 2)は、ApAと同等のアクチン脱重合活性を有するが、細胞毒性はApAよりも1000倍以上弱い(IC50 = 17 nM)。従ってApAはマクロラクトン環上の官能基で、アクチン以外の第2の生体標的分子と相互作用することで、顕著な活性を発現していると推測される。

このような背景から我々はApAの抗腫瘍活性の作用機序の解明を目指して、構造活性相関研究の知見を基にApAをリガンドとした分子プローブを合成し生体標的分子の同定とその相互作用について研究を行なってきた。

アクチン関連タンパク質Arp2Arp3

これまでにApAビオチンプローブ(ApA-Bio, 3)を合成し、HeLa S3腫瘍細胞の抽出液よりアクチン関連タンパク質Arp2とArp3をアフィニティ精製することに成功した4。しかしながらApAとArp2, 3との相互作用の詳細は不明であった。

そこでArp2, 3とApA間の結合様式を解析するために、標的分子と共有結合を形成できるApAの光親和性プローブを合成することとした。またArp2, 3がApAの特異な細胞毒性に重要なのかを解明するため、ApCの光親和性プローブも合成し、ApA誘導体と活性や相互作用を比較することとした。

プローブの合成と生物活性

アメフラシから単離したApAについて、34位エナミド基を酸加水分解してアルデヒド4へと誘導し、ついでアルコキシルアミン5と縮合することで、ApAの光親和性ビオチンプローブ(ApA-PB, 6)を合成した(Scheme 1)。また同様の操作にてApCの光親和性ビオチンプローブ(ApC-PB, 7)も合成した。ApA-PBとApC-PBのHeLa S3細胞に対する増殖阻害活性(IC50)はそれぞれ1.2 nMと320 nMであり、元の天然物の活性の差を反映していた。

Arp2, 3との相互作用解析

HeLa S3細胞の抽出液にApA-PBを加え、光反応を行った後、ニュートラアビジン樹脂で精製したところ、ApA-Bioを用いた時と同様にアクチン(43 kDa)およびArp2 (40 kDa)とArp3 (47 kDa)が主な結合タンパク質として得られた (Fig. 1a and 1b)。続いてHRP標識ストレプトアビジンを用いたWestern Blotting(WB)を行い、プローブと共有結合したタンパク質を検出した(Fig. 1. c)。その結果、ApA-PBはアクチンと共有結合するが、Arp2, 3とは結合しないことが判明した。

次にアフィニティ精製されたApA標的タンパク質を段階的に溶出させることを試みた。ApA-PBで光反応を行い樹脂に結合させた後、まずApAで競合的に溶出したところ、大部分のアクチンとArp2, 3が溶出された。さらに残った樹脂を煮沸してApA-PBと共有結合したタンパク質を溶出させた結果、溶出部分にアクチンは含まれるがArp2, 3は含まれないことがわかった(Fig. 1d and 1e)。またApC-PBを用いても、ApA-PBと同様にArp2, 3が結合タンパク質として精製された。以上の結果よりArp2, 3はアプリロニン類に結合したアクチンや樹脂上で会合したアクチンに付随して精製されたものであり、ApAの強力な細胞毒性に重要な第二の標的タンパク質ではないと考えられた5

生細胞中での光標識化による標的タンパク質の精製

 細胞抽出液からApAの標的タンパク質を精製する実験では、Arp2, 3以外に特異的なタンパク質は検出されなかった。この原因として、目的とするApAの第2標的タンパク質が不安定で、細胞からの抽出過程で変性している可能性が推測された。そこでApA-PBを細胞に取り込ませ、細胞内でそのまま標的タンパク質を光標識化することを試みた(Fig. 2)。光反応後、細胞を破砕して抽出し、ニュートラアビジン樹脂でプローブが結合したタンパク質を精製した。その結果、アクチン以外に新たにApA-PBで標識された第2の標的タンパク質を得て、これを同定することに成功した。さらに精製タンパク質を用いた光標識化実験やゲルろ過HPLC分析などにより、ApAはアクチン存在下でのみこの第2の標的タンパク質と相互作用することが分かった。一方で、 ApC-PBではこのタンパク質との相互作用は見られず、細胞毒性に重要なApAのC7位トリメチルセリン基が第2の標的タンパク質への相互作用に重要な役割を果たしていることが示唆された。以上の結果からApAはアクチンと結合することで第2の標的タンパク質との間にタンパク質間相互作用(protein-protein interaction, PPI)を誘導し、三元複合体を形成することで顕著な活性 を発現していると考えられる(Fig. 3)6)

ApAのように、低分子有機化合物が生体分子と三元複合体を形成して活性を発現する例として、免疫抑制剤FK506が挙げられる。FK506はFKBP12と複合体を形成し、カルシニューリンに作用する7)。一方でアクチンに作用する低分子化合物が、アクチンと第2の標的タンパク質とのPPIを誘導する例はこれまでに知られておらず、ApAの活性発現メカニズムは非常にユニークであると思われる。現在、三元複合体の結晶化や光親和性プローブの結合位置解析などにより、ApAの分子間相互作用や活性発現メカニズムについて、より詳細な解析を進めている。

謝辞

本研究は、文部科学省 科学研究費補助金 基盤研究(B) (23310148)および新学術領域 「天然物ケミカルバイオロジー : 分子標的と活性制御」の研究助成を受けて実施した。

参考文献

1) (a) Isolation: K. Yamada, M. Ojika, T. Ishigaki, Y. Yoshida, H. Ekimoto, M. Arakawa, J. Am. Chem. Soc. 115, 11020 (1993); (b) Total synthesis: H. Kigoshi, M. Ojika, T. Ishigaki, K. Suenaga, T. Mutou, A. Sakakura, T. Ogawa, K. Yamada, J. Am. Chem. Soc. 116, 7443 (1994); (c) General reviews: K. Yamada, M. Ojika, H. Kigoshi, K. Suenaga, Nat. Prod. Rep. 26, 27 (2009); (d) 末永聖武, 木越英夫, 有機合成化学協会誌12, 1273 (2006).

2) M. Kita, K. Yoneda, Y. Hirayama, K. Yamagishi, Y. Saito, Y. Sugiyama, Y. Miwa, O. Ohno, M. Morita, K. Suenaga, H. Kigoshi, ChemBioChem 13, 1754 (2012).

3) K. Hirata, S. Muraoka, K. Suenaga, K. Kuroda, K. Kato, H. Tanaka, M. Yamamoto, M. Tanaka, K. Yamada, H. Kigoshi, J. Mol. Biol. 356, 945 (2006).

4) (a) M. Kita, Y. Hirayama, M. Sugiyama, H. Kigoshi, Angew. Chem. Int. Ed. 50, 9871 (2011); (b) 北将樹, 平山裕一郎, 米田耕三, 杉山美幸, 斎藤有希, 三輪佳宏, 木越英夫, 53回天然有機化合物討論会要旨集 pp. 73-78 (2011).

5) M. Kita, Y. Hirayama, K. Yamagishi, K. Yoneda, R. Fujisawa, H. Kigoshi, J. Am. Chem. Soc.134, 20314 (2012).

6) M. Kita, Y. Hirayama, K. Yoneda, K. Yamagishi, T. Chinen, T. Usui, E. Sumiya, M. Uesugi, H. Kigoshi, submitted.

7) M. W. Harding, A. Galat, D. E. Uehling, S. L. Schreiber, Nature 341, 758 (1989).

 
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