天然有機化合物討論会講演要旨集
Online ISSN : 2433-1856
55
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4-ヒドロキシジノウォールの合成研究
轟木 秀憲岩津 理史枡田 健吾占部 大介井上 将行
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p. Oral23-

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4-ヒドロキシジノウォールの合成研究

【序】

 4-ヒドロキシジノウォール(1) はニシキギ科の植物Zinowiewia costaricensisより単離されたセスキテルペンである。1は、多様な低分子化合物を細胞外に排出するP糖タンパク質に対して阻害活性を有する1)。1の構造上の特徴として、高度に酸素官能基化されたtrans-デカリン環(AB環)とテトラヒドロフラン環(C環)から成るジヒドロβ-アガロフラン骨格(2)上に、3つの連続する四置換炭素(C4,5,10位)を含めた9つの不斉中心を有することが挙げられる。現在までに、酸化度・立体化学の異なる400種以上のジヒドロβ-アガロフラン類の類縁体が単離されている。これらは共通の骨格を持つにもかかわらず、抗腫瘍・抗炎症・免疫抑制・抗HIVなど、非常に多様な生物活性を有している。我々は多様な酸化度・立体化学を有するジヒドロβ-アガロフラン類の網羅的合成法の確立を目指し、1を最初の標的分子として設定し、その合成研究を行った。

【合成計画】

 1の合成計画をScheme 1に示した。1のAB環に対応するナフタレン誘導体3を出発物質とし、B環に立体選択的に官能基を導入し、4とする。1の合成において最も困難が予想されるC5,10位の連続する四置換炭素は、4のA環の酸化的脱芳香環化と、続くDiels-Alder反応によって構築する計画を立てた。5から、エポキシドの開環と分子内エーテル化を経てC環を構築して6とした後、二重結合の化学選択的な酸化開裂を経て7を得る。7からC6位ヒドロキシ基の立体反転と、C1-C2二重結合のジヒドロキシ化により8とし、アシル化を経て1が全合成できると予想した。

Scheme 1. Synthetic plan of 1

【B環の官能基化】2)

 まずC7,8位の立体化学導入を行った(Scheme 2)。3から文献に従って合成した93) に対し、エチレングリコール存在下、超原子価ヨウ素試薬を作用させ、エノン10を得た。10のアセチル基を除去して得られる11に対し、ロジウム触媒を用いる不斉1,4-付加反応4)によってイソプロペニル基を導入し、高い光学純度で付加体12を得た。12のC4位ヒドロキシ基をMOM基で保護し、次いで末端オレフィンをエポキシ化して13へと導いた。13をメタノール中PhI(OAc)2とt-BuOK5)で処理することで、C7位置換基とsynの立体配置のヒドロキシ基をC8位に有する16を合成した。本反応では、まず嵩高いC7位置換基と逆の面からC9位ケトンのα位がヨウ素化され14が生成する。14が分子内SN2反応によってエポキシド15となり、最後にメタノールによるエポキシドの加溶媒分解によって、16が得られる。

Scheme 2. Functionalization of B-ring (1)

16からB環を有する24を合成した(Scheme 3)。16のエポキシドを還元して17とした後、無水条件下で塩化水素を作用させ、三環性化合物18へと変換した。18を塩酸水溶液で処理し、アセタールおよびMOM基を除去して19へと導いた。C6位ケトンを19のconvex面から立体選択的に還元し20を得た。20の分子内アセタールを触媒量のSc(OTf)3と量論量のZn(OTf)2により加水分解して21とし、C4位ヒドロキシ基をTIPS基で保護して、22を得た。22のC9位ケトンの立体選択的な還元により23を得た後、C8,9位ヒドロキシ基をアセトニドと

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【序】

 4-ヒドロキシジノウォール(1) はニシキギ科の植物Zinowiewia costaricensisより単離されたセスキテルペンである。1は、多様な低分子化合物を細胞外に排出するP糖タンパク質に対して阻害活性を有する1)1の構造上の特徴として、高度に酸素官能基化されたtrans-デカリン環(AB環)とテトラヒドロフラン環(C環)から成るジヒドロβ-アガロフラン骨格(2)上に、3つの連続する四置換炭素(C4,5,10位)を含めた9つの不斉中心を有することが挙げられる。現在までに、酸化度・立体化学の異なる400種以上のジヒドロβ-アガロフラン類の類縁体が単離されている。これらは共通の骨格を持つにもかかわらず、抗腫瘍・抗炎症・免疫抑制・抗HIVなど、非常に多様な生物活性を有している。我々は多様な酸化度・立体化学を有するジヒドロβ-アガロフラン類の網羅的合成法の確立を目指し、1を最初の標的分子として設定し、その合成研究を行った。

【合成計画】

 1の合成計画をScheme 1に示した。1のAB環に対応するナフタレン誘導体3を出発物質とし、B環に立体選択的に官能基を導入し、4とする。1の合成において最も困難が予想されるC5,10位の連続する四置換炭素は、4のA環の酸化的脱芳香環化と、続くDiels-Alder反応によって構築する計画を立てた。5から、エポキシドの開環と分子内エーテル化を経てC環を構築して6とした後、二重結合の化学選択的な酸化開裂を経て7を得る。7からC6位ヒドロキシ基の立体反転と、C1-C2二重結合のジヒドロキシ化により8とし、アシル化を経て1が全合成できると予想した。

Scheme 1. Synthetic plan of 1

【B環の官能基化】2)

 まずC7,8位の立体化学導入を行った(Scheme 2)。3から文献に従って合成した93) に対し、エチレングリコール存在下、超原子価ヨウ素試薬を作用させ、エノン10を得た。10のアセチル基を除去して得られる11に対し、ロジウム触媒を用いる不斉1,4-付加反応4)によってイソプロペニル基を導入し、高い光学純度で付加体12を得た。12のC4位ヒドロキシ基をMOM基で保護し、次いで末端オレフィンをエポキシ化して13へと導いた。13をメタノール中PhI(OAc)2t-BuOK5)で処理することで、C7位置換基とsynの立体配置のヒドロキシ基をC8位に有する16を合成した。本反応では、まず嵩高いC7位置換基と逆の面からC9位ケトンのα位がヨウ素化され14が生成する。14が分子内SN2反応によってエポキシド15となり、最後にメタノールによるエポキシドの加溶媒分解によって、16が得られる。

Scheme 2. Functionalization of B-ring (1)

16からB環を有する24を合成した(Scheme 3)。16のエポキシドを還元して17とした後、無水条件下で塩化水素を作用させ、三環性化合物18へと変換した。18を塩酸水溶液で処理し、アセタールおよびMOM基を除去して19へと導いた。C6位ケトンを19のconvex面から立体選択的に還元し20を得た。20の分子内アセタールを触媒量のSc(OTf)3と量論量のZn(OTf)2により加水分解して21とし、C4位ヒドロキシ基をTIPS基で保護して、22を得た。22のC9位ケトンの立体選択的な還元により23を得た後、C8,9位ヒドロキシ基をアセトニドとして保護し、24へと導いた。以上により、C6,7,8,9位の4つの連続する不斉点を持つB環の構築を完了した。

Scheme 3. Functionalization of B-ring (2)

【酸化的脱芳香環化とDiels-Alder反応によるC5,10位四置換炭素の構築】

24から、1のC5,10位四置換炭素を構築した。24のTIPS基を除去した後、過ヨウ素酸ナトリウムで処理すると、C6位ヒドロキシ基の求核攻撃によるA環の酸化的脱芳香環化により、C5位四置換炭素を有するエポキシド26が得られた(Scheme 4)。

Scheme 4. Construction of C5-tetrasubstituted carbon

次にDiels-Alder反応によるC10位四級炭素構築を検討した(Table 1)。まず無溶媒条件下、過剰量のアクリル酸メチルと26を加熱したところ、ジエンのHOMOおよびジエノフィルのLUMOそれぞれの、最も軌道係数の大きな炭素原子間で結合が形成し、単一の位置異性体として27が良好な収率で得られた(entry 1)。またジエンに対する面選択性は、アセトニドによって配座が固定された26のC9位アキシアル水素原子が、ジエンのβ面を遮蔽しているために発現したと解釈できる6)26とニトロエチレンとの反応では、立体異性体の混合物28を中程度の収率で与えた(entry 2)。続いて後のA環の官能基化を視野に入れ、プロピオール酸メチルをジエノフィルとして用いたところ、付加環化は無溶媒条件下で進行し、単一の位置異性体として29を与えた(entry 3)。より温和な条件を探索したところ、5等量のエチニルp-トリルスルホンをジエノフィルとすることで、単一の付加体30が収率良く得られた(entry 4)。基質からトシル基を後に除去する際の容易さから、30を用いて合成を進めた。

Table 1. Diels-Alder reaction of 26

【C環およびC4,5,10位連続四置換炭素の構築】

C5,10位の2つの四置換炭素の導入に続いて、C環およびC4位四置換炭素を構築した(Scheme 5)。Diels-Alder付加体30のアセトニドをTFAによって除去した後、安息香酸セシウムで処理することでエポキシドを開環して、テトラオール31とした。31を酸性条件下、トルエン中で加熱すると、C11位ヒドロキシ基を脱離基としたエーテル環化が進行し、C環を有する32が合成できた。32の2つのヒドロキシ基のTBS保護とC6位ベンゾイル基の除去により33へと導いた。33をメチルマグネシウムブロミドで処理すると、高いジアステレオ選択性でC4位ケトンへのメチル基の付加が進行し、34が得られた。以上により、ABC環およびC4,5,10位に連続する四置換炭素の構築を終了した。

Scheme 5. Construction of C-ring and three consecutive tetrasubstituted carbons

【4-ヒドロキシジノウォール(1)の炭素骨格構築】

 34から、1の炭素骨格を有する41を合成した(Scheme 6)。C1オレフィン存在下、34の電子豊富なC15オレフィンのみをオゾンによって酸化開裂後、ジメチルスルフィドで還元処理し、C3位にアルデヒドを有する35を得た。この際、C10位のアルデヒドはC6位ヒドロキシ基とヘミアセタールを形成した。35を亜塩素酸ナトリウムによってカルボン酸36とした後、Na/Hg還元によって36のスルホンを除去し、37へと導いた。37のカルボン酸をBartonエステル38へと変換し、続いてラジカル反応による脱炭酸とラクトールの還元により39を合成した。39に対し、モリブデン酸存在下過酸化水素7)を作用させ、二級ヒドロキシ基を化学選択的に酸化して40を得た。最後にC1オレフィンを立体選択的にジヒドロキシ化し41へと導いた。

Scheme 6. Construction of carbon skeleton of 1

【総括】

我々は1,5-ジヒドロキシナフタレン(3)を出発物質として、4-ヒドロキシジノウォール(1)の全合成研究を行った。その結果、1の炭素骨格と、C6位を除くすべての炭素について1と同じ酸化度・立体化学を有する41を、3から31工程で合成することに成功した。まずロジウム触媒を用いた不斉1,4-付加反応によってC7位に高い光学純度で不斉炭素を導入した。この不斉点を足掛かりとして、B環上にC6位からC9位までの連続する4つの不斉点を構築した。続いて、酸化的脱芳香環化とDiels-Alder反応によって、B環の立体化学を利用した、C5,10位の連続する四置換炭素の立体選択的な構築法を確立した。その後、C環形成、脱炭酸、ジヒドロキシ化を経て、8つの連続する不斉点を有する41を得た。

【参考文献】

1) Munoz-Martines, F. et al. J. Med. Chem. 2005, 48, 4266. 2) Inoue, M. et al. Heterocycles 2012, 86, 181. 3) Becher, J. et al. Synlett 1999, 330. 4) Miyaura, N. et al. Organometallics 1997, 16, 4229. 5) Moriarty, R. M. et al. Tetrahedron Lett. 1981, 22, 1283. 6) 26の最安定配座はMacro Model 9.9 (力場: MM2)によって計算した。7) Trost, B. M. et al. Tetrahedron Lett. 1984, 25, 173.

 
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