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1. 序 論
小胞体内では、糖タンパク質生合成の第一ステップとして、ハイマンノース型糖鎖をもつポリペプチド鎖が合成され、天然型(ネイティブ)のタンパク質三次元構造に折りたたまれる(フォールディング)。この過程で折りたたみ不全(ミスフォールディング)が起こると糖タンパク質は正しく機能しなくなり、それらが蓄積することで毒性を持つこともある。これを回避し生体の恒常性を維持するため、小胞体内には糖タンパク質の「品質管理」機構が備わっている。フォールディングセンサー酵素UDP-glucose:glycoprotein glucosyltransferase (UGGT) は、ミスフォールドした糖タンパク質を見つけてそのハイマンノース型糖鎖末端にグルコースを1残基転移する1)。このモノグルコシル化が目印となりレクチン様分子シャペロンであるカルネキシン・カルレティキュリンが介助する再度の折りたたみが行われ、効率的にネイティブ構造の糖タンパク質が生産される。UGGTはこの品質管理機構において折りたたみ不全を見つける鍵因子として重要であるが、小胞体内で生合成される多種類の糖タンパク質の折りたたみ不全をどのように識別するのか、その詳細な分子認識機構は明らかにされていない。その原因として、1つにはUGGTはアミノ酸約1500残基からなる大きなタンパク質でその立体構造が明らかにされていないこと、もう1つにはUGGTの基質となるミスフォールド糖タンパク質を均一な状態で得ることが難しいことが上げられる。そこで、我々は糖タンパク質の精密合成技術を用いて均一なハイマンノース型糖鎖を有するミスフォールド糖タンパク質を合成し、それらを用いてUGGTの基質認識を調べてきた。今回は、1)ジスルフィド結合のかけ違え、並びに、2)アミノ酸残基の変異によるUGGTの認識の変化、3)糖タンパク質フォールディングの速度を調整しフォールディング中間体がUGGTにどのように認識されるか、そして4)糖鎖不全時に生じる糖鎖が一部欠損した糖タンパク質とUGGTとの相互作用、の4点に着目してUGGTの性質を調べた結果を報告する。
2. ジスルフィドのかけ違えによるミスフォールド糖タンパク質の認識
これまでの糖タンパク質の化学合成において天然型の立体構造を持ったものの報告はあったが、ミスフォールド体を目的とした合成例はなかった。そこで、我々はジスルフィド結合を持つ糖タンパク質をモデルとして、ジスルフィド結合のかけ違えを起こさせることで安定なミスフォールド体を合成する戦略を立てた。天然にはジスルフィド結合を持つ糖タンパク質が数多く存在しており、ジスルフィド結合のかけ違えは生体内で実際に存在し得るミスフォールドの形式のひとつと考えられる。まず、UGGTの基質となるハイマンノース型糖鎖(特にMan9GlcNAc2:M9)の生物材料からの単離を検討し、鶏卵黄からM9-アズパラギン誘導体を必要量得る方法を確立した2)。そして、これを原料として固相合成法による糖タンパク質の合成を行った。モデルタンパク質として72アミノ酸残基からなるジスルフィド結合を2本持つInterleukin 8 (IL-8) を用いた。IL-8は本来糖鎖を持たないため、報告されてい
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1. 序 論
小胞体内では、糖タンパク質生合成の第一ステップとして、ハイマンノース型糖鎖をもつポリペプチド鎖が合成され、天然型(ネイティブ)のタンパク質三次元構造に折りたたまれる(フォールディング)。この過程で折りたたみ不全(ミスフォールディング)が起こると糖タンパク質は正しく機能しなくなり、それらが蓄積することで毒性を持つこともある。これを回避し生体の恒常性を維持するため、小胞体内には糖タンパク質の「品質管理」機構が備わっている。フォールディングセンサー酵素UDP-glucose:glycoprotein glucosyltransferase (UGGT) は、ミスフォールドした糖タンパク質を見つけてそのハイマンノース型糖鎖末端にグルコースを1残基転移する1)。このモノグルコシル化が目印となりレクチン様分子シャペロンであるカルネキシン・カルレティキュリンが介助する再度の折りたたみが行われ、効率的にネイティブ構造の糖タンパク質が生産される。UGGTはこの品質管理機構において折りたたみ不全を見つける鍵因子として重要であるが、小胞体内で生合成される多種類の糖タンパク質の折りたたみ不全をどのように識別するのか、その詳細な分子認識機構は明らかにされていない。その原因として、1つにはUGGTはアミノ酸約1500残基からなる大きなタンパク質でその立体構造が明らかにされていないこと、もう1つにはUGGTの基質となるミスフォールド糖タンパク質を均一な状態で得ることが難しいことが上げられる。そこで、我々は糖タンパク質の精密合成技術を用いて均一なハイマンノース型糖鎖を有するミスフォールド糖タンパク質を合成し、それらを用いてUGGTの基質認識を調べてきた。今回は、1)ジスルフィド結合のかけ違え、並びに、2)アミノ酸残基の変異によるUGGTの認識の変化、3)糖タンパク質フォールディングの速度を調整しフォールディング中間体がUGGTにどのように認識されるか、そして4)糖鎖不全時に生じる糖鎖が一部欠損した糖タンパク質とUGGTとの相互作用、の4点に着目してUGGTの性質を調べた結果を報告する。
2. ジスルフィドのかけ違えによるミスフォールド糖タンパク質の認識
これまでの糖タンパク質の化学合成において天然型の立体構造を持ったものの報告はあったが、ミスフォールド体を目的とした合成例はなかった。そこで、我々はジスルフィド結合を持つ糖タンパク質をモデルとして、ジスルフィド結合のかけ違えを起こさせることで安定なミスフォールド体を合成する戦略を立てた。天然にはジスルフィド結合を持つ糖タンパク質が数多く存在しており、ジスルフィド結合のかけ違えは生体内で実際に存在し得るミスフォールドの形式のひとつと考えられる。まず、UGGTの基質となるハイマンノース型糖鎖(特にMan9GlcNAc2:M9)の生物材料からの単離を検討し、鶏卵黄からM9-アズパラギン誘導体を必要量得る方法を確立した2)。そして、これを原料として固相合成法による糖タンパク質の合成を行った。モデルタンパク質として72アミノ酸残基からなるジスルフィド結合を2本持つInterleukin 8 (IL-8) を用いた。IL-8は本来糖鎖を持たないため、報告されている立体構造を精査し、糖鎖導入によるネイティブ構造への影響が少ないと考えられるループ上のAsn36を糖鎖導入部位として選択した。N末側33残基のペプチドチオエステルとC末側39残基の糖ペプチドに分割してそれぞれ固相合成し、Native chemical ligation(NCL)法3)により連結して全長糖ペプチドを得た。続いて空気酸化条件下で意図的にミスフォールディングを行い、ネイティブ構造、ジスルフィド結合の掛け違った2種類のミスフォールド体および二量体を得た。また、フォールディング反応を途中で止めることにより、ジスルフィド結合が無いものや1本の誘導体も得た。これらのM9糖鎖を有するIL-8誘導体がUGGTの基質となるかどうかをLC-MSを用いて調べたところ、ネイティブ型にはほとんどグルコース転移が見られず、ミスフォールド体はどれも基質となること、なかでも二量体は非常に良い基質となることがわかった。二量体はタンパク質表面の疎水性パッチを評価する試薬であるANSとの結合が強く見られ、ネイティブ構造ではタンパク質の内側に入っている疎水性部分がミスフォールド体では表面に露出し、そこをUGGTが認識しているという、これまで考えられてきた認識機構を強く裏付ける証拠が得られた4)。また、合成したM9-IL-8誘導体を基質として反応速度論解析を行い、UGGTの糖タンパク質基質に対するKMが数〜数十mM程度と一般的な糖転移酵素と同程度であることを明らかにした。
図1. M9-IL-8誘導体の合成とUGGTによるグルコース転移活性
3. アミノ酸残基の変異によるUGGTの認識の変化
UGGTの基質認識と表面疎水性の相関が見られたことから、次に糖タンパク質中のアミノ酸1残基の変異が与える影響を調べた。前述の研究から見いだされたUGGTの基質となるIL-8のC末側39残基の糖ペプチドをもとに、そのうちの1つのLys残基を9種類の疎水性アミノ酸に変換した糖ペプチドライブラリを構築した。糖ペプチドライブラリは、split and mix法を用いた固相合成法で構築したC末側23残基のペプチドライブラリとN末側16残基の単一の糖ペプチドチオエステルをNCLで連結することにより構築した。この10種類の糖ペプチドからなるライブラリを基質としてUGGTアッセイを行ったところ、疎水性アミノ酸に変換したものはどれもLysのものより早くグルコース転移を受けることを見いだし、1残基のアミノ酸の変異がUGGTの基質認識に影響を与えることがわかった。
図2. Native chemical ligationによる糖ペプチドライブラリの合成
また、UGGTの基質認識サイトとミスフォールド糖タンパク質のたんぱく質部位との相互作用をNMRを用いて調べるため、部分的に15N標識した39残基の糖ペプチドを合成した。ペプチド固相合成の際に15N標識されたアミノ酸をもちいて縮合することで、特定の位置のアミノ酸のみが15N標識された糖ペプチドを合成することができる。そして、標識糖ペプチドとUGGTとの混合比を変化させながら1H–15N HSQCスペクトルを測定したところ、特定のアミノ酸残基のケミカルシフトのみが混合比依存的に変化することを見いだした。これによりUGGTの基質認識部位は、基質の糖タンパク質全体ではなくある一部の領域を認識している可能性が示唆された。
4. UGGTによるフォールディング中間体の認識
前述の研究からミスフォールドしてしまった糖タンパク質がUGGTの基質となることがはっきりと確認されたが、さらに我々は糖ポリペプチド鎖がネイティブ型やミスフォールド体に行き着く途中の中間体がUGGTの基質となるかどうかを調べた。UGGTにネイティブ型またはミスフォールド体へと向かうフォールディング中間体が識別できるかどうかは興味深い課題である。我々は、アミノ酸46残基からなる小型タンパク質クランビンの配列にM9糖鎖を導入した糖ポリペプチド鎖がUGGTのアッセイ条件下でネイティブ型のみにフォールディングすること、およびクランビンのもつ6残基のCys残基のうち2残基をSerに置換した変異体が、同条件下で3種類のミスフォールド体を生成することを見いだした。そこで、小胞体内でのフォールディング環境を模倣するため、天然の配列とSer変異体の2種類の糖ポリペプチド鎖を共存させ、UGGT存在下でフォールディング実験を行い中間体に対するグルコース転移の時間経過をLC-MSを用いて調べた。その結果、すべての中間体にグルコース転移が同程度観測され、UGGTはネイティブまたはミスフォールド体へと向かう中間体を識別することはできないことを見いだした。
図3. フォールディング中間体に対するUGGTの酵素活性測定
5. UGGTによる糖鎖が一部欠損した糖タンパク質の認識
我々は本来糖鎖を3本含むエリスロポエチンに1本だけM9糖鎖を導入したネイティブ型の立体構造を持つ誘導体を合成しUGGTとのアッセイを行ったところ、これにもグルコース転移が起こることを見いだした。これは、エリスロポエチンの立体構造がネイティブ型でも親水性を示す糖鎖の欠損があると、エリスロポエチン特有の疎水性面が露出し、ミスフォールド体と認識される可能性を示唆している。
6. まとめ
以上述べたように、我々は糖タンパク質の精密合成技術を駆使して、ネイティブ型の立体構造を持つ糖タンパク質、それとは立体構造の異なるミスフォールド体、アミノ酸1残基の異なる糖ペプチドライブラリ、フォールディング中間体、糖鎖部分欠損糖タンパク質などを合成し、それらをプローブとして糖タンパク質品質管理の鍵因子であるフォールディングセンサー酵素UGGTの基質認識機構を調べ、これまで提唱されてきた表面疎水性の影響を化学的にはっきりと再確認するとともに、フォールディング中間体に対する挙動や糖鎖欠損が与える影響などを新たに見いだすことができた。
参考文献
1. Sousa, M. C.; Ferrero-Garcia, M. A.; Parodi, A. J. Biochemistry 1992, 31, 97.
2. Makimura, Y.; Kiuchi, T.; Izumi, M.; Dedola, S.; Ito, Y.; Kajihara, Y. Carbohydr. Res. 2012, 364, 41.
3. Dawson, P. E.; Muir, T. W.; Clark-Lewis, I.; Kent, S. B. H. Science 1994, 266, 776.
4. Izumi, M.; Makimura, Y.; Dedola, S.; Seko, A.; Kanamori, A.; Sakono, M.; Ito, Y.; Kajihara, Y. J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 7238.