天然有機化合物討論会講演要旨集
Online ISSN : 2433-1856
55
会議情報

デルモカナリン2の全合成
山口 悟湯山 大輔高橋 伸幸鈴木 啓介松本 隆司
著者情報
会議録・要旨集 フリー HTML

p. Oral44-

詳細
デルモカナリン2の全合成

 デルモカナリン類は,南半球の森に生息する毒キノコDermocybe canariaから単離•構造決定された色素成分で,アントラセン骨格とナフタレン骨格とが直接sp2炭素原子間で結合した構造をもち,軸不斉をもつ。また,そのsp2炭素原子間の結合を含む形で9員環ラクトン構造が架橋しており,その架橋鎖には不斉炭素原子が存在する1)。高度に酸素官能基化された多環骨格の構築に加え,軸不斉と中心不斉の相対および絶対立体配置をいかに制御するかという課題を提起し,合成標的として興味深い。我々は,生理活性天然物の中にしばしば見出される,このような軸不斉と中心不斉が混在する系を立体選択的に構築するための効率的手法の開発を目指し,デルモカナリン類の一つであるデルモカナリン 2 (2) を標的化合物とする全合成研究を行った。

 Figure 1

1.合成計画

合成計画の概略をScheme 1に示す。我々は,まず,架橋ラクトン構造を合成の最終段階で構築することとし,その前駆体4を,適切な立体配置を備えたビフェニル8に対して環構造を付け加えていくことにより合成する計画を立てた。ナフトキノン骨格は,ビフェニル8の上部芳香環を対応するベンゾキノンに酸化してシロキシジエン6とのDiels−Alder反応により構築することを想定した。一方,ビフェニル8の下部芳香環にベンゾシクロブテン構造を導入し,電子環状反応によりアントラキノン骨格を構築することを考えた2)。また,鍵中間体となるビフェニル8の合成については,まず,当研究室で開発した酵素触媒による不斉非対称化反応を利用してアキラルなビフェニル11よりキラルなビフェニル10をエナンチオ選択的に合成し3),続いて,この化合物の軸不斉を活かしたジアステレオ選択的アルドール反応により,側鎖部に不斉中心を構築することを考えた。

 Scheme 1

2.鍵中間体8の合成

 まず,臭化アリール12とアリールホウ酸13とを鈴木•宮浦反応によりカップリングさせた後,Wittig反応による側鎖の伸長を経て4),σ対称性をもつビフェニルジアセタート11を合成した(Scheme 2)。この化合物11を基質として種々の加水分解酵素による反応を検討した結果,Rhizopus oryzae由来のリパーゼを用いる表記の条件により光学活性なモノアセタート10を収率79%,鏡像体過剰率99%以上で得ることに成功した。

 Scheme 2

 

 

 つぎに,側鎖メチルケトン部位へのエステルエノラートの付加反応を検討した。その結果,立体選択性の発現には下部芳香環の二つのフェノールの保護基が決定的要因となることが判明し,一方の水酸基を保護せずに酢酸エチル由来のリチウムエノラートを作用させたところ,きわめて高い立体選択性 (97 : 3) で目的とする立体配置をもつ付加体を得ることに成功した(Table 1, entry 4–6)。

 Table 1

(View PDFfor the rest of the abstract.)

 デルモカナリン類は,南半球の森に生息する毒キノコDermocybe canariaから単離•構造決定された色素成分で,アントラセン骨格とナフタレン骨格とが直接sp2炭素原子間で結合した構造をもち,軸不斉をもつ。また,そのsp2炭素原子間の結合を含む形で9員環ラクトン構造が架橋しており,その架橋鎖には不斉炭素原子が存在する1)。高度に酸素官能基化された多環骨格の構築に加え,軸不斉と中心不斉の相対および絶対立体配置をいかに制御するかという課題を提起し,合成標的として興味深い。我々は,生理活性天然物の中にしばしば見出される,このような軸不斉と中心不斉が混在する系を立体選択的に構築するための効率的手法の開発を目指し,デルモカナリン類の一つであるデルモカナリン 2 (2) を標的化合物とする全合成研究を行った。

 Figure 1

1.合成計画

合成計画の概略をScheme 1に示す。我々は,まず,架橋ラクトン構造を合成の最終段階で構築することとし,その前駆体4を,適切な立体配置を備えたビフェニル8に対して環構造を付け加えていくことにより合成する計画を立てた。ナフトキノン骨格は,ビフェニル8の上部芳香環を対応するベンゾキノンに酸化してシロキシジエン6とのDiels−Alder反応により構築することを想定した。一方,ビフェニル8の下部芳香環にベンゾシクロブテン構造を導入し,電子環状反応によりアントラキノン骨格を構築することを考えた2)。また,鍵中間体となるビフェニル8の合成については,まず,当研究室で開発した酵素触媒による不斉非対称化反応を利用してアキラルなビフェニル11よりキラルなビフェニル10をエナンチオ選択的に合成し3),続いて,この化合物の軸不斉を活かしたジアステレオ選択的アルドール反応により,側鎖部に不斉中心を構築することを考えた。

 Scheme 1

2.鍵中間体8の合成

 まず,臭化アリール12とアリールホウ酸13とを鈴木•宮浦反応によりカップリングさせた後,Wittig反応による側鎖の伸長を経て4),σ対称性をもつビフェニルジアセタート11を合成した(Scheme 2)。この化合物11を基質として種々の加水分解酵素による反応を検討した結果,Rhizopus oryzae由来のリパーゼを用いる表記の条件により光学活性なモノアセタート10を収率79%,鏡像体過剰率99%以上で得ることに成功した。

 Scheme 2

 

 

 つぎに,側鎖メチルケトン部位へのエステルエノラートの付加反応を検討した。その結果,立体選択性の発現には下部芳香環の二つのフェノールの保護基が決定的要因となることが判明し,一方の水酸基を保護せずに酢酸エチル由来のリチウムエノラートを作用させたところ,きわめて高い立体選択性 (97 : 3) で目的とする立体配置をもつ付加体を得ることに成功した(Table 1, entry 4–6)。

 Table 1

3.骨格構築,全合成

 上記の検討で得られたビフェニル17 (Table 1, entry 5) から,位置選択的なヨウ素置換基の導入を経て5),化合物19を合成した。つぎに化合物19nBuLiを作用させてハロゲン−金属交換を行い,引き続きベンゾシクロブテノン206)と反応させることにより付加体21を得た。この化合物21のジメチルアセタール部位を酸加水分解してケトン22に変換した後,メシチレン溶媒中で加熱還流したところ,一挙に所望のアントラキノン構造を構築することができた(Scheme 3)。

 Scheme 3

 アントラキノン23をベンゾキノン25へと酸化し,シロキシジエン67)とのDiels–Alder反応を試みた。その結果,反応はトルエン溶媒中,室温で進行し,芳香化処理および生じた水酸基のメチルエーテル化を経て,ナフトキノン骨格とアントラキノン骨格を備えた化合物26を収率良く得ることに成功した(Scheme 4)。最後に,側鎖部の酸化を経て合成した化合物4を,椎名らによって報告されているMNBA (29) を用いる条件でラクトン化することにより8),デルモカナリン 2 (2) の初の全合成を達成した。

 

 Scheme 4

参考文献

(1) M. Gill, A. Gimenez, Tetrahedron Lett. 1990, 31, 3505. M. Gill, Aust. J. Chem. 1995, 48, 1. (2) N. Takahashi, T. Kanayama, K. Okuyama, H. Kataoka, H. Fukaya, K. Suzuki, T. Matsumoto, Chem. Asian J. 2011, 6, 1752. (3) K. Okuyama, K. Shingubara, S. Tsujiyama, K. Suzuki, T. Matsumoto, Synlett 2009, 941. (4) D. R. Coulsen, Tetrahedron Lett. 1964, 5, 3323. H. Okada, T. Mori, Y. Saikawa, M. Nakata, Tetrahedron Lett. 2009, 50, 1276. (5) D. E. Janssen, C. V. Wilson, Org. Synth. 1963, 4, 547. (6) T. Hamura, T. Hosoya, H. Yamaguchi, Y. Kuriyama, M. Tanabe, M. Miyamoto, Y. Yasui, T. Matsumoto, K. Suzuki, Helv. Chim. Acta 2002, 85, 3589. (7) J. Savard, P. Brassard, Tetrahedron 1984, 40, 3455. (8) I. Shiina, Chem. Rev. 2007, 107, 239.

 
© 2013 天然有機化合物討論会電子化委員会
feedback
Top