Symposium on the Chemistry of Natural Products, symposium papers
Online ISSN : 2433-1856
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Systemic Transport of Jasmonyl-isoleucine to Induce JA-mediated Wound Response
Hideyuki MatsuuraChizuru Satosyouhei TakeichiKensuke AikawaNaoki KitaokaKosaku Takahashi
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傷害情報伝令物質としてのJA-Ile

 植物は大地に根を張り、その場で様々な環境要因、ストレスに呼応して生活環を終結させなくてはならない。よって、植物はこれらの環境シグナルに対して独自の応答機構を有している。一般に、植物は毛虫やウイルスの類いより傷害を被った場合にただひたすら、この苦難を受け入れていると解釈されがちであるが、上述の応答機構を駆使して、積極的に自己武装を行いこの苦難を乗り越えている。その典型例として、植物が病虫害などの傷害を受けた場合、当該の部位より緊急を知らせるシグナルが非傷害部位へ発せられ、更なる攻撃に備える。これは植物の全身獲得抵抗性として位置づけられ、植物における免疫応答とも解釈でき大変興味深い生物現象である。

 植物の全身獲得抵抗性については大まかに二種類が知られている。その一つ目はウイルスなどの感染により引き起こされる全身獲得抵抗性で、感染する側が生きた植物細胞を必要とする。この時の非傷害部への傷害伝令物質としてサリチル酸のメチルエステル体が報告されている。二つ目の機構として、虫害など細胞壊死を伴う傷害に対する別個の応答機構が知られている。1991年に非傷害部への伝令物質として、18アミノ酸から構成されるSystemin1)と命名されたペプチドが報告された。しかし、Systeminの伝令物質としての役割は2002年に否定され、ジャスモン酸(JA)非感受性の変異体トマトを用いた実験により、JA類が伝令物質の最有力候補であると報告された。2)しかし、その実態は長い間、謎のままであり、大変興味のもたれる所である。本研究の目的はこの謎の傷害伝令物質を明らかにする事である。

傷害情報伝達物質の絞り込み

  『JA類が伝令物質の最有力候補である』との報告から、傷害情報伝令物質の候補になり得るJA類の絞り込みを行った。本目的を達成する為、最近進歩目覚ましいMS/MS分析を用いて傷害後のJA類の蓄積量を経時的に測定する事とした。まず最初に報告のあったJA類をほぼ全て合成した。精密なMS/MS分析には内部標準物質は必須である事から、重水素ラベルJA類も合成した。合成した化合物の一例をFig. 2に示した。実験植物にトマト(Solanum lycopersicum cv.Castlemart)をもちいた。十分に展開した上位葉を第1葉として、第4、5葉にピンセットにて傷害を施し、経時的に傷害葉(第4、5葉)と第1〜3葉(非傷害葉)を採取した。この結果、傷害30分後、非傷害葉にてイソロイシンとJAが結合したjasmonoyl isoleucine (JA-Ile)およびJAの蓄積量の上昇が確認された (Fig. 3A,3B) 。この事から、傷害伝令物質は1時間以内に非傷害葉へ到達すると結論づけた。そこで、傷害葉にて1時間以内に有意に蓄積するJA類を検討した所、JAとJA-Ileの両化合物のみがこれに該当した(Fig. 3C,3D)。タバコ(Nicotiana tabacum ca. Xanthi nc)を用いても同様な結果が得られた。以上の事から、傷害情報伝令物質の候補をJAとJA-Ileとした。

化合物の移動性を検証する為の安定同位体ラベルJA, JA-Ileの投与実験

 前述の実験で伝令物質の候補をJAとJA-Ileに絞り込んだ。次に候補化合物の植物内での移動能を検証した。この種の実験にはラジオアイソトープラベル

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 植物は大地に根を張り、その場で様々な環境要因、ストレスに呼応して生活環を終結させなくてはならない。よって、植物はこれらの環境シグナルに対して独自の応答機構を有している。一般に、植物は毛虫やウイルスの類いより傷害を被った場合にただひたすら、この苦難を受け入れていると解釈されがちであるが、上述の応答機構を駆使して、積極的に自己武装を行いこの苦難を乗り越えている。その典型例として、植物が病虫害などの傷害を受けた場合、当該の部位より緊急を知らせるシグナルが非傷害部位へ発せられ、更なる攻撃に備える。これは植物の全身獲得抵抗性として位置づけられ、植物における免疫応答とも解釈でき大変興味深い生物現象である。

 植物の全身獲得抵抗性については大まかに二種類が知られている。その一つ目はウイルスなどの感染により引き起こされる全身獲得抵抗性で、感染する側が生きた植物細胞を必要とする。この時の非傷害部への傷害伝令物質としてサリチル酸のメチルエステル体が報告されている。二つ目の機構として、虫害など細胞壊死を伴う傷害に対する別個の応答機構が知られている。1991年に非傷害部への伝令物質として、18アミノ酸から構成されるSystemin1)と命名されたペプチドが報告された。しかし、Systeminの伝令物質としての役割は2002年に否定され、ジャスモン酸(JA)非感受性の変異体トマトを用いた実験により、JA類が伝令物質の最有力候補であると報告された。2)しかし、その実態は長い間、謎のままであり、大変興味のもたれる所である。本研究の目的はこの謎の傷害伝令物質を明らかにする事である。

傷害情報伝達物質の絞り込み

  『JA類が伝令物質の最有力候補である』との報告から、傷害情報伝令物質の候補になり得るJA類の絞り込みを行った。本目的を達成する為、最近進歩目覚ましいMS/MS分析を用いて傷害後のJA類の蓄積量を経時的に測定する事とした。まず最初に報告のあったJA類をほぼ全て合成した。精密なMS/MS分析には内部標準物質は必須である事から、重水素ラベルJA類も合成した。合成した化合物の一例をFig. 2に示した。実験植物にトマト(Solanum lycopersicum cv.Castlemart)をもちいた。十分に展開した上位葉を第1葉として、第4、5葉にピンセットにて傷害を施し、経時的に傷害葉(第4、5葉)と第1〜3葉(非傷害葉)を採取した。この結果、傷害30分後、非傷害葉にてイソロイシンとJAが結合したjasmonoyl isoleucine (JA-Ile)およびJAの蓄積量の上昇が確認された (Fig. 3A,3B) 。この事から、傷害伝令物質は1時間以内に非傷害葉へ到達すると結論づけた。そこで、傷害葉にて1時間以内に有意に蓄積するJA類を検討した所、JAとJA-Ileの両化合物のみがこれに該当した(Fig. 3C,3D)。タバコ(Nicotiana tabacum ca. Xanthi nc)を用いても同様な結果が得られた。以上の事から、傷害情報伝令物質の候補をJAとJA-Ileとした。

化合物の移動性を検証する為の安定同位体ラベルJA, JA-Ileの投与実験

 前述の実験で伝令物質の候補をJAとJA-Ileに絞り込んだ。次に候補化合物の植物内での移動能を検証した。この種の実験にはラジオアイソトープラベルされた化合物を用いた実験例が数多く存在するが、移動先での放射活性を測定して判断を下す場合がほとんどであり、代謝産物、分解産物の移動に関しては曖昧な点が拭いきれない。そこで、我々はMS/MS分析に用いる内部標準物質とは異なるラベルパターンの化合物を別途合成し(Fig. 4)、これをキズと共に植物に加え,その移動能を検証した。実験植物にタバコを用いた。十分に展開した上位葉を第1葉として、所定濃度のラベル化合物を、キズ傷害を施した第4,5葉に投与し、1時間後に非投与葉(第1〜3葉)を採取しMS/MS分析した。[2H2-2]JAの場合では1000 nmolの投与量では、非投与葉においてその蓄積が確認できたが、100 nmol以下では検出ができなかった。移動の確認できたJAの投与量(1000 nmol/two leaves)は遥かに生物学的に起こりうる濃度を超えている。一方、[2H3-12]JA-Ileの場合では10nmolの投与量でs/n比良好なピークを与え(Fig. 5C)、0.01nmol の投与量でもその存在が確認できた(Fig. 5B)。また、トマトを用いても同様な結果が得られた。傷害伝令物質は茎を経由して非傷害葉へ伝達される。トマトの第4,5葉に傷害を施し、茎を第4葉と第3葉の間で切断し、その浸出液を分析した(Fig. 6A)。この結果、切断茎浸出液においてもキズ傷害後、1時間以内での一過的なJA-Ileの蓄積量の上昇が確認された(Fig. 6B)。JAについても測定したが、この傾向は観察されなかった。以上の事から傷害伝令物質の候補をJA-Ileとした。

傷害後、新規に合成されたJA-Ileの移動

 傷害伝令物質の候補をJA-Ileに絞り込む事ができた。しかし、他の研究グループの報告で傷害後新規に生合成されたJA-Ileが非傷害葉で検出できなかったとの報告があった。3)「JA-Ileが非傷害葉へ移動し、傷害応答を誘導している」と言う、我々の仮説とは矛盾するものであった。これを打破すべく、実験植物にトマトを用いて実験を行った。十分に展開した上位葉を第1葉として,第4葉へ100 nmolの[2H1-10, 2H2-11, 2H3-12] JA, 第5葉へ100 nmolの[13C6] L-Ileをキズ傷害と共に投与し、45分後、第4葉と第3葉の間で茎を切断し、浸出液をMS/MS分析した。MS分析の内部標準として[2H3-12] JA-Ileを用い、[2H1-10, 2H2-11, 2H3-12]JA-Ile, JA-[13C6]Ileおよび[2H1-10, 2H2-11, 2H3- 12]JA-[13C6]Ileをターゲットとして分析を行った。この結果、[2H1-10, 2H2-11, 2H3-12]JA-Ile, JA-[13C6]Ileが検出され、[2H1-10, 2H2-11, 2H3-12]JA-[13C6]Ileはほぼノイズレベルであった(Fig. 7)。よって、茎で出会った[2H1-10, 2H2-11, 2H3-12]JAと[13C6]Ileが結合する事は無く、個々の傷害葉部で新規に合成されたJA-Ileが切断茎浸出液で検出されたと判断した。また、前述の報告3)にならって、タバコ(N. tabacum ca. Xanthi nc)の第5葉へ100 nmolの[2H1-10, 2H2-11, 2H3-12] JAと100 nmolの[13C6] L-Ileをキズ傷害と共に投与し、経時的に非傷害葉(第1〜3葉)をMS/MS分析した。非傷害葉において、[2H1-10, 2H2-11, 2H3-12]JA-[13C6]Ileが検出された。Wangら3)がJA-Ileを検出できなかった理由は定かではないが、彼らは種の異なるタバコ(N. atenuata)を用いている。

外部投与のJA-Ileによる傷害応答遺伝子の誘導

 我々の実験により、傷害後新規に生合成されたJA-Ileが非傷害葉へ到達する事が明らかとなった。次に外部投与のJA-Ileによる傷害応答遺伝子の誘導を検討した。実験植物にJA生合成不全のトマト変異体(spr2)を用いた。spr2トマトを用いる事で外部投与のJA-Ileの生物活性評価が可能となる。念のため、投与後、どのくらいの時間で非傷害葉へ外部投与のJA-Ileが到達するか検証した。十分に展開した上位葉を第1葉として、第5葉へ[2H3-12]JA-Ileを傷害葉へ投与し、非傷害葉に到達した目的の化合物を MS/MS分析により検討した。この結果、投与後、5分で当該のピークが確認でき、10分後にはキズ処理前の植物と比べ有意さを持って、ピークが検出された(Fig. 8A)。次に外部投与のJA-Ileによる傷害応答遺伝子の誘導を検討した。前述のように非傷害葉において、傷害後1時間以内で傷害シグナルが到達している事から(Fig. 3A, 3B)、投与後、30分で非傷害葉を採取し、全mRNAを抽出した。傷害によって誘導される、JAZ3, LAP, PIN IIの誘導をその指標とし、従来法に基づき定量PCRに必要な条件を整えた。投与する[2H3-12]JA-Ileは5、10、60 nmol/two leavesとし、第4、5葉に投与した。非傷害葉(第1〜3葉)から抽出したmRNAを基にcDNAを作成し、定量PCR実験を行った。この結果、10、60nmol投与において、有意にJAZ3, LAP, PIN II(Fig. 8B)が誘導される事が明らかとなった。ここで更に検証しなくてはならない点として、『生物学的起こりえる濃度で生理活性物質が投与されたか?』、すなわち、投与したJA-Ileの妥当性である。この点を検証すべく、実験植物にwild typeおよびspr2トマトを用いた。傷害後のwild typeトマト茎切断面から浸出する溶液のJA-Ileの濃度と傷害後、10 nmol/two leavesの[2H3-12]JA-Ileを投与したspr2トマト茎切断面から浸出する溶液のラベルJA-Ileの濃度を比較した。前述のように植物を処理し、採取した浸出液をMS/MS分析に供した(Fig. 8C)。この結果、10 nmol/two leavesの[2H3-12]JA-Ile濃度はwild typeトマト茎切断面から浸出する溶液のJA-Ileの濃度とほぼ同等である事が明らかとなった。

傷害情報伝令物質としてのJA-Ile

  我々の実験により、以下の4項目が明らかとされた。1)傷害葉、非傷害におけるJA-Ileの1時間以内の一過的な蓄積量の上昇(Fig. 3B, 3C)、2)生物学的に起こり得る濃度で投与されたJA-Ileの非処理葉への移動(Fig. 5B, 8C)、3)傷害後、新規に合成されたJA-Ileの非処理葉への移動(Fig. 7)、4)傷害と同時投与のJA-Ileの10分以内での移動(Fig. 8A)とJA誘導性傷害応答遺伝子の誘導(Fig. 8B)と投与濃度の妥当性(Fig. 8C)。よって、JA-Ileは被った傷害の情報を非傷害葉へ伝える伝令物質であると結論づけた。しかしながら、wild typeトマトのJAが関与する傷害誘導性の遺伝子誘導を定量PCRにより経時的に検討した所、Fig. 9の結果を得た。傷害後、1時間以内(初期傷害応答)でのPIN IIの一過的誘導はJA-Ileの働きと解釈できるが、 1時間以降(後期傷害応答)はFig. 3Bより、JA-Ile関与ではないと考えられた。よって、JA-Ileの傷害情報伝令物質としての生物学的役割は初期傷害応答を惹起し、これに続く後期傷害応答を更に強める、プライミング物質的な役割であると予想され、これをFig. 10に示した。残念ながら、後期傷害応答に関与する生理活性物質が不明のままである。植物の傷害応答機構の全容解明に向けて更なる研究が望まれる所である。

参考論文

1) Pearce, G., et al., Science, 253, 895-989 (1991). 2) Li, L., et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99, 6416-6421 (2002). 3) Wang, L., et al., Plant Physiol., 146, 904-915 (2008).

 
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