天然有機化合物討論会講演要旨集
Online ISSN : 2433-1856
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ヤマブシタケ機能性を司るヘリセノン類の体系的全合成と構造訂正
小林 正治玉乃井 英嗣井上 智晴益山 新樹
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ヤマブシタケ機能性を司るヘリセノン類の体系的全合成と構造訂正

1. はじめに

 食用キノコであるヤマブシタケには,アルツハイマー型老年期認知症の中核・周辺症状を改善する効果があることが臨床試験によって認められており[1],最近では,生もの,乾燥体,粉末,錠剤などの様々な形体で健康食品として販売されている。ヤマブシタケの機能性を司る因子の一つとして,子実体に含まれるヘリセノン類の関与が指摘されている。ヘリセノン類は1991年に発見された天然由来としては初の神経成長因子(NGF)合成促進物質であり,間接的にニューロンの分化・成熟・機能維持を助けることにより脳の老化を予防すると考えられている[2]。ヘリセノン類には多数の同族体が存在し,NGF合成促進活性だけでなく血小板凝集抑制活性[3]や小胞体ストレスによる細胞死の抑制活性[4]などの多彩な生物活性が知られている。しかしながら,これらの生物活性は個別の化合物に対して局所的に調べられたものであり,多様な構造を持つヘリセノン類の包括的な構造活性相関については明らかにされていない。活性試験についても,天然物サンプルの量的供給が隘路となり,in vivoでの毒性試験や薬物動態試験まで十分に検討されていない。以上の背景を踏まえ,本研究では,多様な構造を持つヘリセノン類の体系的な構造活性相関と創薬・治療学的応用を目指し,全合成研究を行った。

2. 合成計画

 ヘリセノン類は大別して,側鎖の5’位が酸化されているものと酸化されていない

図1.ヘリセノン関連天然物の体系的全合成戦略(☆は本研究で合成完了した化合物)

ものに分けられ,芳香環右辺や左辺側鎖の構造の違いによって系統化できる(図1)。私たちは,側鎖とコアのカップリングによって生成するフタリド1を共通中間体として,非天然型の誘導体も含めて網羅的に合成するルートを計画した。

3. コア部の短段階合成[5]

 ヘリセノン類を効率的に合成するために重要となるのは,多様な官能基を直截的かつ位置選択的に導入することである。私たちは,不飽和エステル3とアセト酢酸エチルのMichael-Claisen反応によりジケトン5を合成し,臭化銅(II)によるワンポット多官能基化反応を経てコア部6を直截的に合成した(図2)。5→6の多官能基化反応では,酸性度の高いジケトンのα位が選択的に臭素化された後 (中間体i),メタノールの付加,HBrの脱離,芳香環化,ラクトン化が連続的に起こり所望のフタリドが生成したと考えられる。以上のように,市販のカルボン酸2から4工程でコア部を合成するルートを見出した5

図2.コア部の短段階合成

4. ヘリセノンJおよびヘリセンA-Cの全合成5

 続いて,側鎖とのカップリングを検討した。7aは2つのオルト位に電子供与性置換基を持つ反応性の低いアリールブロミドであったが,条件の最適化を行った結果,CsF存在下,(Ph3P)2PdCl2を触媒として80~85 °Cでカップリングを行うことで,目的の1bが単離収率60-87%で生成した(図3)。なお,本過程では7aから誘導したアリール銅試薬のゲラニルブロミドに対する置換反応も検討した

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1. はじめに

 食用キノコであるヤマブシタケには,アルツハイマー型老年期認知症の中核・周辺症状を改善する効果があることが臨床試験によって認められており[1],最近では,生もの,乾燥体,粉末,錠剤などの様々な形体で健康食品として販売されている。ヤマブシタケの機能性を司る因子の一つとして,子実体に含まれるヘリセノン類の関与が指摘されている。ヘリセノン類は1991年に発見された天然由来としては初の神経成長因子(NGF)合成促進物質であり,間接的にニューロンの分化・成熟・機能維持を助けることにより脳の老化を予防すると考えられている[2]。ヘリセノン類には多数の同族体が存在し,NGF合成促進活性だけでなく血小板凝集抑制活性[3]や小胞体ストレスによる細胞死の抑制活性[4]などの多彩な生物活性が知られている。しかしながら,これらの生物活性は個別の化合物に対して局所的に調べられたものであり,多様な構造を持つヘリセノン類の包括的な構造活性相関については明らかにされていない。活性試験についても,天然物サンプルの量的供給が隘路となり,in vivoでの毒性試験や薬物動態試験まで十分に検討されていない。以上の背景を踏まえ,本研究では,多様な構造を持つヘリセノン類の体系的な構造活性相関と創薬・治療学的応用を目指し,全合成研究を行った。

2. 合成計画

 ヘリセノン類は大別して,側鎖の5’位が酸化されているものと酸化されていない

図1.ヘリセノン関連天然物の体系的全合成戦略(☆は本研究で合成完了した化合物)

ものに分けられ,芳香環右辺や左辺側鎖の構造の違いによって系統化できる(図1)。私たちは,側鎖とコアのカップリングによって生成するフタリド1を共通中間体として,非天然型の誘導体も含めて網羅的に合成するルートを計画した。

3. コア部の短段階合成[5]

 ヘリセノン類を効率的に合成するために重要となるのは,多様な官能基を直截的かつ位置選択的に導入することである。私たちは,不飽和エステル3とアセト酢酸エチルのMichael-Claisen反応によりジケトン5を合成し,臭化銅(II)によるワンポット多官能基化反応を経てコア部6を直截的に合成した(図2)。56の多官能基化反応では,酸性度の高いジケトンのα位が選択的に臭素化された後 (中間体i),メタノールの付加,HBrの脱離,芳香環化,ラクトン化が連続的に起こり所望のフタリドが生成したと考えられる。以上のように,市販のカルボン酸2から4工程でコア部を合成するルートを見出した5

図2.コア部の短段階合成

4. ヘリセノンJおよびヘリセンA-Cの全合成5

 続いて,側鎖とのカップリングを検討した。7aは2つのオルト位に電子供与性置換基を持つ反応性の低いアリールブロミドであったが,条件の最適化を行った結果,CsF存在下,(Ph3P)2PdCl2を触媒として80~85 °Cでカップリングを行うことで,目的の1bが単離収率60-87%で生成した(図3)。なお,本過程では7aから誘導したアリール銅試薬のゲラニルブロミドに対する置換反応も検討したが,1bの収率は15%

図3.ヘリセノンJとヘリセンA-Cの全合成

程度であった。得られた1bの水酸基を酸条件で脱保護することによりヘリセノンJ (8)4を全合成した。また,中間体1bのラクトンを還元した後,位置選択的なアシル化,ベンジルアルコールの酸化および水酸基の脱保護を経て,ヘリセンA–C (11a-c)[6]を全合成した。最終工程のMOM基の除去において,側鎖の二重結合の過剰反応が問題となったが,プロトン補足剤としてアミレンを加えることで[7]再現性良く目的物を得ることができた。合成した4種類の化合物(8, 11a-c)のスペクトルデータは,天然物データと完全に一致した。

5. ヘリセリンの全合成と構造訂正[8]

 続いて,植物生長調節作用をもつヘリセリン(12)[9]の合成を検討した。共通中間体である1bn-Bu3N存在下,2-フェネチルアミンと170 °Cで加熱処理することで,報告されている構造のヘリセリン(12)9を合成した(図4)。しかし,12のデータは天然物由来のものとは一致せず,報告構造に誤りがあることがわかった。合成中間体や関連化合物のスペクトルデータを詳細解析した結果,天然物データのカルボニルの帰属が間違っていることが考えられた。そこで,ラクトン(1b)を一度開環し(9),位置選択的に酸化,アミド化,再環化することによってカルボニルの位置異性体(15)を合成した。15のスペクトルデータは天然物データと一致し,ヘリセリンの正しい構造を確定するに至った8。なお,最近宮澤らはヤマブシタケ子実体から15の単離・構造決定に成功しているが(イソヘリセリンと命名)[10],我々のデータは彼らのデータとも一致し,ヘリセリンとイソヘリセリンが同一化合物であることがわかった。

図4.ヘリセリンの全合成と構造訂正

6. ヘリセノンAとヘリセノールBの全合成

 続いて,側鎖の5’位に酸素官能基を持つ化合物群の合成に着手した。ヘリセノン類は複数のアリル炭素を持つため,全合成終盤で5’位のみを位置選択的に酸化することは困難である。そこで,前もって5’位に酸素官能基を導入しておくことにした。イソプレンから3段階で合成したアリルブロミド16とシアノエトキシエチルエーテル17をアルキル化によって連結した後,官能基変換を経てアリルスズ20を合成した(図5)。Stilleカップリングによってコア部7aを連結し,ラクトンカルボニルの異性化を経てヘリセノンA (26)を全合成した。中間体24やその脱保護体であるアリルアルコールは酸性条件に極めて不安定であったが,5’位を酸化してエノンとした基質(25)に対して過剰のアミレン存在下で脱保護を行うことで,収率良くヘリセノンA (26)[11]を合成することができた。また,フェノール性水酸基をSEM基で保護した基質7bをカップリング相手として21bを合成し,還元後,TBAFによりシリル基を除去することでヘリセノールB (23)[12]を初めて全合成した。

図5.ヘリセノンAとヘリセノールBの全合成

7. ヘリセノールDの全合成

 ヘリセノールCとDは,ヘリセノールBの側鎖のアリルアルコール部が1,3-転位を起こし,上部のベンジルアルコールがメチルエーテルとなった構造をしている。私たちは,合成研究の過程でこれらの構造変換が酸触媒によって容易に起こることを見出し,実際に合成したヘリセノールB (23)を用いて確認することとした(図6)。その結果,弱酸であるPPTS存在下で予想した反応が円滑に進行し,ヘリセノールD (27)12が収率65%で生成した。2723の脱水によって生じたo-キノンメチド中間体iiを経て生成したと考えられる。天然物の単離過程でMeOH-H2Oを溶媒としたカラム操作が行われており,本研究結果を踏まえると,ヘリセノールCとDは純粋な天然物ではなく,アーチファクトである可能性が高い。

図6.ヘリセノールDの全合成

8. ヘリセノンBの全合成と構造訂正

 先に合成したヘリセリン(12および15)のスペクトルデータから,その5’-オキソ体であるヘリセノンBの正しい構造もカルボニルの位置異性体であると推定し,その合成に着手した。ラクトン24の加熱下での直接的なラクタム化やMe3Alを用いるアミド化では基質が分解する結果となったが,ホウ酸を活性化剤とするトランスアミド化の条件により[13],収率88%でアミド体28を合成した(図7)。28に対して段階的にラクタム環を構築した後,脱保護,酸化,脱保護を経て,目的の化合物31を合成した。311H NMRはヘリセノンBの天然物データ11aと完全に一致し,報告構造を訂正するとともに,ヘリセノンBの初めての全合成に成功した。

図7.ヘリセノンBの全合成と構造訂正

9. 結語

 以上のように,ジケトン5の多官能基化反応を経て合成したフタリド1を共通中間体とする分岐的な戦略により,ヘリセノンA, B, J,ヘリセンA-C, ヘリセリン,およびヘリセノールB, Dの全合成に成功した。このうち,ヘリセノンBとヘリセリンに関しては,報告構造の誤りを修正した。また,スキーム中には示さなかったが,酸性条件によるヘリセノンAからI4への変換にも成功した。今後,まだ合成されていないヘリセノン関連化合物の合成を進めるとともに,各工程の最適化,スケールアップ,構造活性相関について検討していく予定である。

 
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