天然有機化合物討論会講演要旨集
Online ISSN : 2433-1856
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ハイブリッド型天然物 Psiguadial B の全合成
杵渕 政彦植松 遼平谷野 圭持
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p. Oral23-

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ハイブリッド型天然物 Psiguadial B の全合成

1. はじめに

Psiguadial B(1)は、2010年Shaoらによってフトモモ科の常緑灌木Psidium guajava L.から単離・構造決定されたメロテルペノイドである1)。1は、セスキテルペンに相当するトリシクロ[6.3.1.02,5]ドデカン骨格および2つの芳香環を合わせ持つハイブリッド型天然物であり、ヒト肝癌細胞に対する抗腫瘍活性(IC50 = 46 nM in HepG2 cells)や増殖抑制作用(IC50 = 25 μM in HepG2/ADM cells)を有する。今回我々は、アセチレンジコバルト錯体の二重環化反応を基軸とする1の全合成を達成したのでここに報告する。

2. 多環性骨格構築法の設計および予備的検討

1の逆合成解析を以下に示す。7員環に対してトランスに縮環したシクロブタン環は、中間体2の無水マレイン酸部位を足掛かりに形成可能と考え、2のベンゾピラン環は、2つの脱離基を有するビシクロ化合物3と置換フェノールを連結して構築することとした。3の無水マレイン酸部位は、環状アセチレンジコバルト錯体4の脱錯体化反応によって導入することとし、4のビシクロ[4.3.1]デカン骨格を、中間体5を経由する二重環化反応で鎖状コバルト錯体6から一挙に構築する計画である。

最初に、鎖状コバルト錯体6の二重環化反応について、中間体5のモデル基質7を用いた予備的検討を行った(次頁表)。まず、ルイス酸として二塩化エチルアルミニウムを作用させたところ、7員環形成に伴い橋頭位にエチル基が導入された9が主に生成した。そこで、他の置換基を有するアルミニウム試薬を種々検討した結果、二塩化(2,4-ジクロロフェノキシ)アルミニウムを用いた場合に、橋頭位に塩素を有する環化体8が良好な収率で得られることを見出した。

3. 二重環化反応によるビシクロ[4.3.1]デカン骨格の立体選択的構築

上記の予備的知見を受けて、全合成の鍵工程となる二重環化反応の基質6の合成に着手した。δ−ヘキサノラクトンとベンズアルデヒドをアルドール縮合させた後、接触水素化条件で二重結合を還元した。得られたラクトン10をワインレブアミドの形で開環した後、生じたアルコールをケトン11へと酸化した。メチルプロバルギルエーテルから調製したアセチリドを11と反応させた後、ワンポットでシリル化してTMSエーテル12を合成した。12にメチルリチウムを作用させて得たケトン13を、エノールトリフラート化とTMS基の除去を経てアルコール14に変換した。シリルメチルGrignard試薬とのクロスカップリング反応でアリルシランとし、酢酸エステル15を経てアセチレンジコバルト錯体6を合成した。このものに、先に見出したルイス酸をone-potで作用させた結果、望みとする二重環化体4が一挙に得られた。

二重環化体4は単一の立体異性体として得られ、橋頭位四級炭素とベンジル基の相対配置は天然物1に対応することが判明した。この立体化学は6員環形成の際に決定されるが、ベンジル基がエカトリアル位にあるイス型遷移状態モデルを想定すると、メチル基よりもはるかに嵩高いコバルト錯体がアキシアルに配向することになる。そこで、この遷移状態モデルを計算化学的2)

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1. はじめに

Psiguadial B(1)は、2010年Shaoらによってフトモモ科の常緑灌木Psidium guajava L.から単離・構造決定されたメロテルペノイドである1)1は、セスキテルペンに相当するトリシクロ[6.3.1.02,5]ドデカン骨格および2つの芳香環を合わせ持つハイブリッド型天然物であり、ヒト肝癌細胞に対する抗腫瘍活性(IC50 = 46 nM in HepG2 cells)や増殖抑制作用(IC50 = 25 μM in HepG2/ADM cells)を有する。今回我々は、アセチレンジコバルト錯体の二重環化反応を基軸とする1の全合成を達成したのでここに報告する。

2. 多環性骨格構築法の設計および予備的検討

1の逆合成解析を以下に示す。7員環に対してトランスに縮環したシクロブタン環は、中間体2の無水マレイン酸部位を足掛かりに形成可能と考え、2のベンゾピラン環は、2つの脱離基を有するビシクロ化合物3と置換フェノールを連結して構築することとした。3の無水マレイン酸部位は、環状アセチレンジコバルト錯体4の脱錯体化反応によって導入することとし、4のビシクロ[4.3.1]デカン骨格を、中間体5を経由する二重環化反応で鎖状コバルト錯体6から一挙に構築する計画である。

最初に、鎖状コバルト錯体6の二重環化反応について、中間体5のモデル基質7を用いた予備的検討を行った(次頁表)。まず、ルイス酸として二塩化エチルアルミニウムを作用させたところ、7員環形成に伴い橋頭位にエチル基が導入された9が主に生成した。そこで、他の置換基を有するアルミニウム試薬を種々検討した結果、二塩化(2,4-ジクロロフェノキシ)アルミニウムを用いた場合に、橋頭位に塩素を有する環化体8が良好な収率で得られることを見出した。

3. 二重環化反応によるビシクロ[4.3.1]デカン骨格の立体選択的構築

上記の予備的知見を受けて、全合成の鍵工程となる二重環化反応の基質6の合成に着手した。δ−ヘキサノラクトンとベンズアルデヒドをアルドール縮合させた後、接触水素化条件で二重結合を還元した。得られたラクトン10をワインレブアミドの形で開環した後、生じたアルコールをケトン11へと酸化した。メチルプロバルギルエーテルから調製したアセチリドを11と反応させた後、ワンポットでシリル化してTMSエーテル12を合成した。12にメチルリチウムを作用させて得たケトン13を、エノールトリフラート化とTMS基の除去を経てアルコール14に変換した。シリルメチルGrignard試薬とのクロスカップリング反応でアリルシランとし、酢酸エステル15を経てアセチレンジコバルト錯体6を合成した。このものに、先に見出したルイス酸をone-potで作用させた結果、望みとする二重環化体4が一挙に得られた。

二重環化体4は単一の立体異性体として得られ、橋頭位四級炭素とベンジル基の相対配置は天然物1に対応することが判明した。この立体化学は6員環形成の際に決定されるが、ベンジル基がエカトリアル位にあるイス型遷移状態モデルを想定すると、メチル基よりもはるかに嵩高いコバルト錯体がアキシアルに配向することになる。そこで、この遷移状態モデルを計算化学的2) に解析した結果、ケイ素−炭素結合とコバルト錯体部位の二次的軌道相互作用が安定化に寄与することが示唆された。

4. ベンゾピラン環およびジメチルシクロブタン環の立体選択的構築

コバルト錯体4に硝酸アンモニウムセリウム(IV) を作用させて得た3) 無水マレイン酸16を、銀塩の共存下で3,5-ジメトキシフェノールと縮合させてエーテル17を合成した。このもののベンジル位をラジカル条件下で臭素化したところ、芳香環上での臭素化も同時に進行して18が生成した。この反応系にワンポットでシリカゲルを添加すると、ベンジル位の臭素が活性化されて分子内Friedel-Crafts反応が進行し、天然物1に対応する立体化学を有するベンゾピラン誘導体19が単一の異性体として得られることを見出した。18から生じるベンジルカチオンの環化反応は、図に示すイス型遷移状態を経て進行するものと考えられる。

続いて、19の無水マレイン酸部位を足掛かりとする、ジメチルシクロブタン環の構築に着手した。まず、19にSmI2を作用させたところ、convex面から二重結合の還元が進行して酸無水物20が立体選択的に得られた。20cis-ジエステル21へと変換後、塩基性条件下でのエステルの異性化反応を試みた結果、立体的により空いている側のエステル基のみが異性化し、望みと異なる立体異性体であるtrans-ジエステル22を与えた。一方、あらかじめ19を不飽和ジエステル23に誘導後、SmI2による二重結合の還元を行ったところ、二つのエステル基がともにβ配置となった24が少量の異性体22と共に得られた。このものを塩基性条件で処理した結果、立体的に空いている側のエステル基のみが異性化し、天然物に対応する立体化学を有するtrans25への変換に成功した。

続くシクロブタン環の構築には、ハロニトリルの分子内環化反応を用いることとし、ジエステル25を位置選択的にシアノアルコール27に変換した。

すなわち、25を還元して得た1,4-ジオールを、常法4) により環状スルホン酸エステル26へと誘導し、KCNと共に加熱した。シアン化物イオンによる求核置換反応は立体的に空いた側の炭素上で選択的に進行し、硫酸エステル部の加水分解を経てシアノアルコール27が合成できた。27をヨウ化物28に変換後、塩基を作用させて分子内SN2反応を行い、さらにone-potでシアノ基のα位にメチル基を導入した。最後に、得られたニトリル29をDIBAL還元してアルデヒドとし、Wolff-Kishner還元を経て望みのジメチルシクロブタン誘導体30への変換に成功した。

5. Psiguadial Bの全合成

残された課題は、天然物と同一の多環性骨格を有する30からの芳香環の修飾のみである。当初は、NBSを作用させて得たジブロモ体31からカルバニオンを調製し、ホルミル基を導入する検討を行ったが、良い結果が得られなかった。そこで、31に鈴木-宮浦カップリング反応を適用して2つのビニル基を導入し、得られたジエン32の酸化的開裂によるアルデヒド33への変換とメチル基の除去を行うことで、Psiguadial Bの全合成を完了した。

 以上、我々は2つの脱離基を有するアセチレンジコバルト錯体の二重環化反応によるビシクロ[4.3.1]デカン骨格の立体選択的構築法、分子内Friedel-Crafts反応による立体選択的ベンゾピラン構築法、および無水マレイン酸部位の変換による立体選択的ジメチルシクロブタン構築法を開発し、Psiguadial Bの全合成を達成した(市販のδ−ヘキサノラクトンから28工程、通算収率0.25%)。

【参考文献】

1) Shao, M.; Wang, Y.; Liu, Z.; Zhang, D. M.; Cao, H. H.; Jiang, R. W.; Fan, C. L.; Zhang, X. Q.; Chen, H. R.; Yao, X. S.; Ye, W. C. Org. Lett. 2010, 12, 5040–5043.

2) 遷移状態構造最適化と自由エネルギー補正値の計算精度 : DFT M06L/6-311+G(2d,p)/AUTO EmpiricalDispersion=GD3 SCRF(CPCM, solvent=CH2Cl2), 最適化構造の電子状態計算 : DFT M06L/sapporo-TZP-diffuse/AUTO EmpiricalDispersion=GD3

3) Tanino, K.; Shimizu, T.; Miyama, M.; Kuwajima, I. J. Am. Chem. Soc. 2000, 122, 6116–6117.

4) Zhang, X.; Huang, K.; Hou, G.; Cao, B.; Zhang, X. Angew. Chem. Int. Ed. 2010, 49, 6421–6424.

 
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