天然有機化合物討論会講演要旨集
Online ISSN : 2433-1856
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海綿由来環状デプシペプチドarenastatin Aの新規結合タンパク質の同定
荒井 雅吉河内 崇志高市 伸宏馬田 哲也古徳 直之小林 資正
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p. Oral12-

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海綿由来環状デプシペプチドarenastatin Aの新規結合タンパク質の同定

 我々が以前に単離構造決定した沖縄県産海綿Dysidea arenaria由来の環状デプシペプチドarenastatin A (1)は、ヒト咽頭上皮がんKB3-1細胞に対して非常に強力な細胞毒性(IC50 : 140 pM)を示す1)。また、1の類縁化合物であるシアノバクテリア由来のcryptophycin (2)は抗がん剤として開発が進められ、その合成アナログ化合物は第II相臨床試験まで実施された。一方、我々は、1の作用メカニズムを解析して、1がtubulinの重合をIC50値 2.3 μMで阻害することを報告している2)。しかし、1のtubulin重合阻害活性と比較して細胞毒性は15,000倍以上強力であることから、1は単純なtubulinの重合阻害剤ではなく、細胞内の別の分子にも作用することにより、非常に強力な細胞毒性を発起していることが強く示唆された。そこで、今回我々は、1由来のプローブ分子を合成し、1の強力な細胞毒性に寄与する新たな標的分子の同定を試みた。

1. Arenastatin Aプローブのデザイン

 我々はこれまで、1の全合成を達成するとともに、アナログ化合物合成による構造活性相関を検討し3-5)、1の強力な細胞毒性の発現にはエポキシドを含む全ての立体化学が非常に重要であることを明らかにしている。その一方で、1のベンジルアルコール体 (3)は、活性を保持する知見が得られていることから、プローブ分子4は芳香環のパラ位からリンカーを伸ばしbiotin-tagを導入して調製した。さらに、細胞毒性を示さない7,8-epi-arenastatin A (5)由来のプローブ分子6も合成して比較実験に用いた(図1)。

図1 Arenastatin類およびプローブ分子の化学構造と活性

2. 細胞破砕液からの結合タンパク質の同定

 我々はまず初めに、KB3-1細胞の細胞破砕液を用いた一般的なプルダウンアッセイにより、プローブ分子4に選択的に結合するタンパク質の同定を試みた。その結果、SDS-PAGE上で約50 kDa(A)および約16 kDa(B)のプローブ分子4選択的に結合するタンパク質を見出した(図2)。しかし、これら2つのタンパク質をLC-MSで解析した結果、Aはb-tubulin (TUBB)、BはTUBBと結合することが報告されているtubulin-specific chaperone A (TBCA)と同定された。また、リコンビナントTBCAタンパク質は、プローブ分子4と直接結合しないことから、TBCAはarenastatin A (1)の結合タンパク質ではないことが明らかとなった。

 以上の結果から、細胞破砕液から、一般的なプルダウンアッセイで1の新規結合タンパク質を同定することは非常に難しいと考えた。そこで次に、Phage Display法を用いて、arenastatin A (1)の結合タンパク質の同定を試みた。

      

      図2 細胞破砕液からのarenastatin A (1) 結合タンパク質の同定

3. Phage Display法を用いた結合タンパク質の解析

 Phage Displa

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 我々が以前に単離構造決定した沖縄県産海綿Dysidea arenaria由来の環状デプシペプチドarenastatin A (1)は、ヒト咽頭上皮がんKB3-1細胞に対して非常に強力な細胞毒性(IC50 : 140 pM)を示す1)。また、1の類縁化合物であるシアノバクテリア由来のcryptophycin (2)は抗がん剤として開発が進められ、その合成アナログ化合物は第II相臨床試験まで実施された。一方、我々は、1の作用メカニズムを解析して、1がtubulinの重合をIC50値 2.3 μMで阻害することを報告している2)。しかし、1のtubulin重合阻害活性と比較して細胞毒性は15,000倍以上強力であることから、1は単純なtubulinの重合阻害剤ではなく、細胞内の別の分子にも作用することにより、非常に強力な細胞毒性を発起していることが強く示唆された。そこで、今回我々は、1由来のプローブ分子を合成し、1の強力な細胞毒性に寄与する新たな標的分子の同定を試みた。

1. Arenastatin Aプローブのデザイン

 我々はこれまで、1の全合成を達成するとともに、アナログ化合物合成による構造活性相関を検討し3-5)1の強力な細胞毒性の発現にはエポキシドを含む全ての立体化学が非常に重要であることを明らかにしている。その一方で、1のベンジルアルコール体 (3)は、活性を保持する知見が得られていることから、プローブ分子4は芳香環のパラ位からリンカーを伸ばしbiotin-tagを導入して調製した。さらに、細胞毒性を示さない7,8-epi-arenastatin A (5)由来のプローブ分子6も合成して比較実験に用いた(図1)。

1 Arenastatin類およびプローブ分子の化学構造と活性

2. 細胞破砕液からの結合タンパク質の同定

 我々はまず初めに、KB3-1細胞の細胞破砕液を用いた一般的なプルダウンアッセイにより、プローブ分子4に選択的に結合するタンパク質の同定を試みた。その結果、SDS-PAGE上で約50 kDa(A)および約16 kDa(B)のプローブ分子4選択的に結合するタンパク質を見出した(図2)。しかし、これら2つのタンパク質をLC-MSで解析した結果、Aはb-tubulin (TUBB)、BはTUBBと結合することが報告されているtubulin-specific chaperone A (TBCA)と同定された。また、リコンビナントTBCAタンパク質は、プローブ分子4と直接結合しないことから、TBCAはarenastatin A (1)の結合タンパク質ではないことが明らかとなった。

 以上の結果から、細胞破砕液から、一般的なプルダウンアッセイで1の新規結合タンパク質を同定することは非常に難しいと考えた。そこで次に、Phage Display法を用いて、arenastatin A (1)の結合タンパク質の同定を試みた。

      

      図2 細胞破砕液からのarenastatin A (1) 結合タンパク質の同定

3. Phage Display法を用いた結合タンパク質の解析

 Phage Display法は、phageの外殻タンパク質に様々なペプチドを提示させたphage libraryを用い、目的の化合物に結合するphageを精製後、phageに提示されているペプチド配列を同定することで結合タンパク質を解析する方法である。図3にその概要を示した。すなわち、①構築したphage library (A)とプローブ分子4を結合させたstreptavidin固定化磁性ビーズ(Dynabeads) (B) を混和した後、②ビーズを沈殿させることにより、プローブ分子4に結合したphageを分離する。③次にプローブ分子4に結合しているphage を溶出し、④これを大腸菌に感染させることで増幅する。そして、増幅したphageの培養液とプローブ分子4を結合させたDynabeadsを再混和し、同操作を繰り返す。このバイオパンニングと呼ばれる一連の操作を5~7サイクル繰り返すことにより、プローブ分子4と結合するphageを濃縮し、⑤最終的に得られたphageを寒天培地上でクローン化後、⑥それらのphage DNAを抽出、配列決定することで化合物と結合するタンパク質の候補を決定する。

 今回我々は、KB3-1細胞のmRNAを基にrandom primerを用いてcDNAを合成し、これをphage DNAに挿入することによって得られる、KB3-1細胞のタンパク質の部分配列をランダムに提示するphage libraryを3 Lot(Lot 1-3)構築して本法に適用した (A)。

       

             図3 Phage Display法の概略図

 実際にプローブ分子4を用いてバイオパンニングを繰り返した結果、いずれのLotのlibraryを用いた場合にも、5サイクル以降にプローブ分子4に結合するphageの濃縮が確認され、7サイクルまで一定値を示した(図4)。

 そこで、バイオパンニングを7サイクル行った後のphageから、合計50個のphageを無作為に選択し、それらのphage遺伝子を解析することによりphage上に提示されていたペプチド配列を同定した。その結果、50個中47個の

phageが、

                            図4 バイオパンニングによるプローブ分子4結合

                   phageの濃縮

Exonuclease mut-7 homolog, isoform 5 (EXD3)と呼ばれるタンパク質の部分配列を提示し、3個のphageが、a-Endosulfine(ENSA)と呼ばれるタンパク質の部分配列を提示していた(表1)。   

     

          表1 プローブ分子4結合phageの解析結果

そこで次に、EXD3タンパク質およびENSAタンパク質が実際にプローブ分子4と結合するのか否か、さらにその結合選択性をダミープローブ分子6と比較検討した。また同時に、b-tubulin (TUBB)タンパク質についても同様な検討を行った。その結果、EXD3およびTUBBタンパク質は、活性を保持するプローブ分子4選択的に結合するのに対して、ENSAタンパク質は、両プローブ分子に結合することが確認された(図5)。また、これらのプローブ分子への結合は、競合物質として化合物1または5を添加することで阻害された。以上のことから、1の新規結合タンパク質は、EXD3であることが強く示唆された。

                図5 TUBB, EXD3, ENSAタンパク質とプローブ分子の

                 結合親和性

4. TUBB, EXD3, ENSA knockdown細胞の表現型

 次に、TUBBEXD3ENSA遺伝子の発現をsiRNAでknockdownしたKB3-1細胞を作成し、その表現型を1で処理したKB3-1細胞と比較した(図6)。その結果、ENSAをknockdownした細胞には、増殖抑制等の表現型変化は観察されなかった。一方、TUBBおよびEXD3をそれぞれknockdownした細胞は、野生型のKB3-1細胞と比較して、38%および75%の細胞増殖抑制が観察された(図6A)。しかし、両細胞ともに細胞死は誘導されなかった(図6B)。そこで、TUBBEXD3の両遺伝子の発現を抑制した細胞を作成して表現型変化を観察した。その結果、両遺伝子のknockdown細胞は、1で処理した細胞と同様な、顕著な細胞死の誘導が確認された(図6B)。

 以上の結果から、arenastatin A (1)は、細胞内においてTUBBタンパク質と結合してその重合を阻害するとともに、EXD3タンパク質と結合することにより強力な細胞毒性を発起することが示唆された。EXD3タンパク質については、その機能に関する報告やTUBBとの関連を示唆する報告がないことから、現在、EXD3の細胞内での機能などについてさらに解析を進めている。

6 TUBB, EXD3, ENSA knockdown細胞の表現型変化

参考文献

1) M. Kobayashi et al., Tetrahedron Lett., (1994) 35, 7969.

2) Y. Koiso et al., Chem. Biol. Interact., (1996) 102, 183.

3) M. Kobayashi et al., Chem. Pharm. Bull., (1995) 43, 1598.

4) N. Kotoku et al., Bioorg. Med. Chem., (2006) 14, 7446.

5) N. Kotoku et al., Tetrahedron Lett., (2007) 48, 7147.

 
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