天然有機化合物討論会講演要旨集
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ナフトキノンの立体特異的な光酸化還元反応:スピロキシン類の不斉全合成
安藤 吉勇花木 淳子佐々木 亮太松本 隆司大森 建鈴木 啓介
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ナフトキノンの立体特異的な光酸化還元反応:スピロキシン類の不斉全合成

 キノン類は色素として広く天然に存在し、生体内における酸化還元過程に重要な役割を果たしている。また、DDQのように有機合成用の反応剤として用いられているものもある。

 ところで、キノンは光照射を契機として特異な反応性を示すことがある。その一例として、アントラキノン1の光照射によるベンジル位の酸化反応がある1。これはNorrish II型反応を経由して生じるビラジカル2が酸素と反応することによると理解されている。このような分子変換は、特定部位のみを化学選択的に修飾できるため合成化学上、魅力的である。

 我々はプルラマイシン系抗生物質の合成途上2、光照射を契機とするナフトキノンの興味深い分子内酸化還元反応に遭遇した。すなわち、ナフタレン5を酸化してナフトキノン6を得ようとしたところ、予期に反してスピロアセタール7が生成した。検討の結果、一旦生じた6が光により7に変化していることが分った。この生成物7は、一時生成物6のベンジル位が酸化され、キノン部位が還元された形に相当するので、この過程は分子内酸化還元反応と見なすことができる。これに類似した形式の反応は過去に数例あるものの3、合成化学的な利用はなされていなかったので、我々は、この反応の合成化学的有用性を調べることにした。その結果、反応の基質適用範囲を明らかにするとともに、立体化学的に興味深い知見が得られ、それを活用して、天然物スピロキシンCの不斉全合成を行うことができたので、併せて報告する。

【ナフトキノンの光酸化還元反応】

 様々な置換基を有するナフトキノンを調製し、光反応を検討した。その結果、反応の成否はベンジル位の置換様式に依存することが分った。酸素原子が置換した基質、またベンジル位に二つアルキル基を有する基質については反応が進行し、対応するスピロエーテル12が得られた。一方、第一級、第二級アルキル基を持つ基質は分解してしまった。このことは、本反応がラジカル経由であることと符号しており、先述のNorrish II型反応と同様のビラジカル中間体8を経由して進行していると考えている。

【立体特異性】

 興味深いことに、この光酸化還元反応は立体特異的に進行することが分った。たとえば、下図のようにベンジル位の立体化学の異なる立体異性体13および15について反応を行うと、それぞれ単一異性体の生成物を与え、立体保持で反応が進行することが分った。この知見は、この光酸化還元反応を多段階合成に組み込む上で極めて重要なものである。実際、以下に述べるようにスピロキシン系天然物の合成において効力を発揮することが分った。なお、講演では、この立体特異性の発現機構や他の反応基質への適用についても言及する予定である。

【スピロキシン類】

 (-)–スピロキシンC (17)は、1999年にMcDonaldらによって海産の菌類LL-37H248より単離、構造決定された天然物である4。その構造的特徴としてスピロアセタールとスピロエーテルを介してナフトキノンが二量

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 キノン類は色素として広く天然に存在し、生体内における酸化還元過程に重要な役割を果たしている。また、DDQのように有機合成用の反応剤として用いられているものもある。

 ところで、キノンは光照射を契機として特異な反応性を示すことがある。その一例として、アントラキノン1の光照射によるベンジル位の酸化反応がある1。これはNorrish II型反応を経由して生じるビラジカル2が酸素と反応することによると理解されている。このような分子変換は、特定部位のみを化学選択的に修飾できるため合成化学上、魅力的である。

 我々はプルラマイシン系抗生物質の合成途上2、光照射を契機とするナフトキノンの興味深い分子内酸化還元反応に遭遇した。すなわち、ナフタレン5を酸化してナフトキノン6を得ようとしたところ、予期に反してスピロアセタール7が生成した。検討の結果、一旦生じた6が光により7に変化していることが分った。この生成物7は、一時生成物6のベンジル位が酸化され、キノン部位が還元された形に相当するので、この過程は分子内酸化還元反応と見なすことができる。これに類似した形式の反応は過去に数例あるものの3、合成化学的な利用はなされていなかったので、我々は、この反応の合成化学的有用性を調べることにした。その結果、反応の基質適用範囲を明らかにするとともに、立体化学的に興味深い知見が得られ、それを活用して、天然物スピロキシンCの不斉全合成を行うことができたので、併せて報告する。

【ナフトキノンの光酸化還元反応】

 様々な置換基を有するナフトキノンを調製し、光反応を検討した。その結果、反応の成否はベンジル位の置換様式に依存することが分った。酸素原子が置換した基質、またベンジル位に二つアルキル基を有する基質については反応が進行し、対応するスピロエーテル12が得られた。一方、第一級、第二級アルキル基を持つ基質は分解してしまった。このことは、本反応がラジカル経由であることと符号しており、先述のNorrish II型反応と同様のビラジカル中間体8を経由して進行していると考えている。

【立体特異性】

 興味深いことに、この光酸化還元反応は立体特異的に進行することが分った。たとえば、下図のようにベンジル位の立体化学の異なる立体異性体13および15について反応を行うと、それぞれ単一異性体の生成物を与え、立体保持で反応が進行することが分った。この知見は、この光酸化還元反応を多段階合成に組み込む上で極めて重要なものである。実際、以下に述べるようにスピロキシン系天然物の合成において効力を発揮することが分った。なお、講演では、この立体特異性の発現機構や他の反応基質への適用についても言及する予定である。

【スピロキシン類】

 (-)–スピロキシンC (17)は、1999年にMcDonaldらによって海産の菌類LL-37H248より単離、構造決定された天然物である4。その構造的特徴としてスピロアセタールとスピロエーテルを介してナフトキノンが二量化した形を持ち、その接合部がオキサビシクロ骨格をもつ点が挙げられる。また、分子全体は高度に酸化されており、合成化学的に魅力的な化合物である。これまでに今西らによるラセミ体の全合成5、井上、平間らによる合成研究6が報告されているが、その不斉全合成は未踏であった。我々は、先述のナフトキノンの立体特異的な光酸化還元反応を基軸として、その全合成研究を開始した。

【合成戦略】

 逆合成解析にあたり、まず、標的17の二つのエポキシドを取り除き、前駆体としてスピロアセタール18を想定した。この18をスピロエーテル19の酸化的な脱芳香化によって導くことを考えた。ここで、鍵段階として上述の光酸化還元反応を想定し、スピロエーテル19はナフトキノン20から合成可能と考えた。すなわち、20のC4’位の立体化学が19のC4’位スピロ炭素に反映されるものと予想した。ここで鍵となるキノン20のC4’位の不斉中心は、スチレン誘導体21のC1’位の立体化学を利用したジアステレオ選択的水素化によって構築できるものと期待した。この21はアリールリチウム22と光学活性なテトラロン23の1,2−付加反応および脱水を経て合成することにした。最後に、テトラロン23におけるC1’位の不斉中心は対応するケトンの不斉還元により構築する。

【(-)–スピロキシンCの全合成】

 テトラロン24に対して野依不斉還元7を行い、光学活性なアルコール25を得た。この絶対配置は、新Mosher法8によりR体と決定した。25からベンジル位の酸化と保護基の変換を経てテトラロン23へ導いた。

 ブロモナフタレン27から発生させたアリールリチウムを光学活性なテトラロン23へと1,2-付加させることにより、アルコール28とした。このとき、LaCl3・2LiClを共存させるとテトラロン23のエノール化が抑制され、反応が収率よく進行した9。続いて、シリカゲルの存在下、脱水することによってスチレン誘導体21とし、これを水素化反応の条件に付したところ、高立体選択的に望む立体配置を持つテトラリン29が得られた。この29をナフトキノン20へと酸化し、光酸化還元反応を試みた。すなわち、アセトニトリル中、20に光照射すると、反応は円滑に進行し、対応するスピロエーテル19が二段階収率65%で得られた。このとき反応は立体特異的に進行した(立体保持)。こうして、スピロ不斉中心の立体化学を制御することができた。

 こうして得た中間体19のフェノールを足がかりとして、酸化的アセタール化を行うと、スピロアセタール18が収率よく得られた。この18をDess–Martin酸化してケトンとした後、求核的なエポキシ化を行い、エポキシケトン30とした。このとき、反応は凸面から立体選択的に進行し、単一異性体を与えた。続いてエポキシド30に対して伊藤−三枝酸化を行うことによって、エノン31とした後、再度、求核的エポキシ化を行うと、ビスエポキシド32を得た。なお、ここでも先の反応と同様に、単一の異性体を与えた。最終段階のメチル基の除去は困難が予想されたが、次のように解決することができた。すなわち、低温下、三臭化ホウ素を作用させると、脱メチルとともにエポキシドの開環が起き、ブロモヒドリンが生じた10。これを塩基性条件に付すとエポキシドが再構築され、天然物17が得られた。合成品の各種スペクトルおよび比旋光度は、天然物と一致した。こうして、(–)-スピロキシンC(17)の初の不斉全合成を達成した。現在誘導体であるスピロキシンA,Bの合成研究を行っており、講演ではその進捗についても紹介する予定である。

【参考文献】

1. K. Krohn, F. Ballwanz, W. Baltus, Liebigs Ann. Chem. 1993, 911.

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8. I. Ohtani, T. Kusumi, Y. Kashman, H. Kakisawa, J. Am. Chem. Soc. 1991, 113, 4092.

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10. S. Chi, C. H. Heathcock, Org. Lett. 1999, 1, 3.

 
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