天然有機化合物討論会講演要旨集
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麹菌異種発現系を利用したペニトレム生合成マシナリーの解明
南 篤志劉 成偉田上 紘一松本 知之Jens Christian Frisvad鈴木 秀幸石川 淳五味 勝也及川 英秋
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p. Oral34-

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麹菌異種発現系を利用したペニトレム生合成マシナリーの解明

 ペニトレムA(1)は、Penicillium crustosumなどの糸状菌から単離されたインドールジテルペンである(図1)1。同菌は、酸化度や修飾様式が異なる構造類縁体{ペニトレムB-F(2-6)}に加えてパスパリン(7)2、PC-M5(8)、PC-M4(9)なども生産する3, 4。1は、パキシリン(10)やアフラトレム、ロリトレムなどの多くのインドールジテルペンと同様に7をコア骨格とする一方、インドール環上にある4-6縮環骨格や8員環エーテルなど他のインドールジテルペンではみられない特徴的な構造を有する(図1)。その特異な化学構造は有機合成化学者からも注目され、4については全合成も達成されている5。一方、その生合成については、標識化合物の投与実験などから1-6が生合成後期における酸化的修飾によって構築されると推定されていたものの6、骨格構築機構については不明であった。最近我々は、麹菌異種発現系を用いることで17種の遺伝子が関与するペニトレム生合成マシナリーの解明に成功し、特徴的な骨格構築機構を含む生合成経路の解明に成功した7。本討論会ではその詳細を報告するとともに、我々が改良してきた麹菌異種発現の有用性についても議論したい。

ペニトレム生合成遺伝子クラスターの同定

 ペニトレム生合成マシナリーの解明へ向け、生合成遺伝子の探索を試みた。予想生合成中間体である7の生合成に関与する遺伝子(paxGCMB)8を指標としてペニトレム生産菌(P. simplicissimum9)のドラフトゲノムデータを精査したところ、ptmGCMBを含む15個の読み枠から構成される生合成遺伝子クラスター(cluster 1:図2)を見いだした。しかしながら、酸化的な修飾反応を触媒する酵素遺伝子が明らかに不足していたため、遺伝子クラスターの分断が示唆された。分断した遺伝子クラスターを同定するためにRNA-Seqによる発現解析を生産/非生産条件で行ったところ、4種の酸化酵素遺伝子と1種のプレニル基転移酵素を含む遺伝子クラスター(cluster 2:図2)を新たに見いだした。1と同じ分散型生合成遺伝子クラスターはfusicoccin10、austinol11などで報告されているが、いずれも類縁化合物の相同遺伝子もしくは経路特異的な遺伝子を指標としてゲノムデータから探索されたものである。これに対して本結果は、植物由来の天然物と同様、発現解析が糸状菌天然物における分散型遺伝子クラスターの同定において有効であることを示す結果であると考えている。

麹菌異種発現系を利用したペニトレム生合成マシナリーの解明

 最近我々は麹菌を宿主とした異種発現システムに着目し、代表的な糸状菌由来二次代謝産物であるインドールジテルペン7,8,12、テルペン13、ポリケタイド14の生合成マシナリーの再構築と物質生産を行ってきた。本手法の特徴は、①導入した遺伝子の確かな機能発現、②生合成経路の同定と物

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 ペニトレムA(1)は、Penicillium crustosumなどの糸状菌から単離されたインドールジテルペンである(図1)1。同菌は、酸化度や修飾様式が異なる構造類縁体{ペニトレムB-F(2-6)}に加えてパスパリン(72、PC-M5(8)、PC-M4(9)なども生産する3, 41は、パキシリン(10)やアフラトレム、ロリトレムなどの多くのインドールジテルペンと同様に7をコア骨格とする一方、インドール環上にある4-6縮環骨格や8員環エーテルなど他のインドールジテルペンではみられない特徴的な構造を有する(図1)。その特異な化学構造は有機合成化学者からも注目され、4については全合成も達成されている5。一方、その生合成については、標識化合物の投与実験などから1-6が生合成後期における酸化的修飾によって構築されると推定されていたものの6、骨格構築機構については不明であった。最近我々は、麹菌異種発現系を用いることで17種の遺伝子が関与するペニトレム生合成マシナリーの解明に成功し、特徴的な骨格構築機構を含む生合成経路の解明に成功した7。本討論会ではその詳細を報告するとともに、我々が改良してきた麹菌異種発現の有用性についても議論したい。

ペニトレム生合成遺伝子クラスターの同定

 ペニトレム生合成マシナリーの解明へ向け、生合成遺伝子の探索を試みた。予想生合成中間体である7の生合成に関与する遺伝子(paxGCMB8を指標としてペニトレム生産菌(P. simplicissimum9)のドラフトゲノムデータを精査したところ、ptmGCMBを含む15個の読み枠から構成される生合成遺伝子クラスター(cluster 1:図2)を見いだした。しかしながら、酸化的な修飾反応を触媒する酵素遺伝子が明らかに不足していたため、遺伝子クラスターの分断が示唆された。分断した遺伝子クラスターを同定するためにRNA-Seqによる発現解析を生産/非生産条件で行ったところ、4種の酸化酵素遺伝子と1種のプレニル基転移酵素を含む遺伝子クラスター(cluster 2:図2)を新たに見いだした。1と同じ分散型生合成遺伝子クラスターはfusicoccin10、austinol11などで報告されているが、いずれも類縁化合物の相同遺伝子もしくは経路特異的な遺伝子を指標としてゲノムデータから探索されたものである。これに対して本結果は、植物由来の天然物と同様、発現解析が糸状菌天然物における分散型遺伝子クラスターの同定において有効であることを示す結果であると考えている。

麹菌異種発現系を利用したペニトレム生合成マシナリーの解明

 最近我々は麹菌を宿主とした異種発現システムに着目し、代表的な糸状菌由来二次代謝産物であるインドールジテルペン7,8,12、テルペン13、ポリケタイド14の生合成マシナリーの再構築と物質生産を行ってきた。本手法の特徴は、①導入した遺伝子の確かな機能発現、②生合成経路の同定と物質生産の両立、③十分な生産量(>100 mg/L or kg of rice)の実現、④チトクロームP450などによって触媒される酸化還元反応に関わる電子伝達系の完備、などに集約される。これより、本発現システムが物質生産と機能解析の両面において信頼性が高い手法であると考えられつつある。一方で、我々が本研究を開始した時点において、麹菌異種発現系を使って10種以上の遺伝子が関与する天然物の生合成マシナリーを解明した研究例は報告されておらず、複雑な構造を有する天然物の生合成マシナリーの解明への応用可能性については検討課題であった。糸状菌由来の天然物の多くが10種程度の遺伝子によって生合成される中、17種もの遺伝子が関与するペニトレムの生合成はアフラトキシンと並んで最も複雑な生合成経路である。この生合成マシナリーの解明に麹菌異種発現系が適用できればその有用性を実証できると考え、研究に着手した。

 以前に行われた安定同位体標識前駆体の投与実験の結果6と生産菌から7-9が単離されていることを考慮し、本研究ではペニトレムの生合成経路を図3のように推定し、その生合成を3つに分割して経路の解明を進めることにした。すなわち、①インドール-3-グリセロールリン酸とファルネシル二リン酸から10を与えるステージ1、②10のインドール環とF環に対する修飾により89を与えるステージ2、③9に対する酸化的な修飾により1を与えるステージ3である(図3)。各ステージに関与する遺伝子の同定には我々が開発した複数遺伝子の同時導入法を適用し、経路の解明には生合成遺伝子の逐次導入もしくは単独導入株を使った微生物変換反応を用いた。以下、各ステージの解析結果を示す。

ステージ1の解析:ペニトレム生合成遺伝子クラスターには、10の生合成に関わる遺伝子と高い相同性を示すptmGCMBPQが存在した。これらの遺伝子が10の構築に関与すると予想し、対応する6重形質転換体(AO-paxGCMB+ptmPQ)を構築した。得られた形質転換体が生産する代謝産物を精査したところ、10の生成を確認した。

ステージ3の解析:9が生合成中間体であった場合、9から1を生合成するためには多くの酸化修飾が必要である。この酸化には、遺伝子クラスターに存在する4種のチトクロームP450と2種のフラビン依存性酸化酵素の中のいくつかが関与すると考えられた。一般に、酸化酵素が触媒する化学反応をその配列から予測することは困難であるため、複数遺伝子同時導入法を駆使してステージ3に関与する酵素遺伝子の特定を試みた。5種の遺伝子を組み込んだ2種類の形質転換体(AO-ptmKULNJ、AO-ptmKULNO)に対して9を用いた微生物変換を検討したところ、前者は1(変換率20%)、後者は6(変換率40%)を生成物として与えることがわかった。これより、9が生合成中間体であることおよび9から1への変換には5種の酵素遺伝子(ptmKULNJ)が関与することが明らかとなった。次いで、生合成経路の解明のために4種の形質転換体(AO-ptmKUN、AO-ptmK、AO-ptmN、AO-ptmJ)を構築して微生物変換を行った。その結果、環拡大による新規生合成中間体secopenitrem D(11)の生成(PtmK)、8員環エーテルの構築による4の生成(PtmU)、エポキシ化(PtmL)、ハロゲン化(PtmN)、水酸化(PtmJ)による1の生成を確認した。11については、各種分光学的手法を用いてその構造を明らかにした。上述した実験における新規生合成中間体の簡便な同定は、本手法の有用性を支持する実験結果の1つである。本実験で明らかとなった後期生合成の中には、チトクロームP450(PtmK、PtmU)による位置選択的な環拡大反応と中員環エーテルの構築のような有機化学的にも興味深い分子変換反応が存在した。

ステージ2の解析:10から9への生合成では、F環における修飾とA環での4-5縮環骨格の形成が必要である。残された6種の生合成遺伝子(ptmHDVIOE)を導入した形質転換体(AO-ptmHDVIOE)に対して10を投与したところ、87%の高い変換率で9が生成することを確認した。次いで、AO-ptmHD、AO-ptmHDVI、AO-ptmHDVIEを構築して同様の実験を行うことで、F環上にあるケトンの還元(PtmH)、A環上のプレニル化(PtmD)、F環側鎖の脱水(PtmV/I)とそれに関与する酵素遺伝子を明らかにした。PtmDによるプレニル化については、別途、組換え酵素を利用したin vitro実験においても反応の進行を確認している。以上の実験から、A環での特徴的な4-5縮環骨格の形成には、フラビン依存性酸化酵素(PtmO)とプレニル基転移酵素(PtmE)が関与することが明らかになった。

特異な縮環骨格構築に関与するPtmOPtmEin vitro機能解析

 A環での4-5縮環骨格の構築機構を解明するため、PtmOとPtmEの組換え酵素を調製してin vitroでの機能解析を行った。生合成中間体12にPtmOを作用させたところ、アリル位の転移を伴う水酸化が進行して8が生成することを確認した。生成物の構造は、酵素反応生成物のNMR解析などから明らかにした。次いで、8に対してPtmEを作用させたところ、大変興味深いことに、プレニル基の導入とそれに続く環化が進行して9が生成した。その推定反応機構を図4に示す。プレニル基転移酵素がプレニル基の導入だけでなく環化反応も触媒する例は稀であり、lavanducyanin15やhyperforin16などの生合成で報告されているのみである。この特異な分子変換反応を触媒するPtmEについては、現在、基質特異性の検討や速度論解析を含めた詳細な酵素機能の解析を進めている。

まとめ

 従来、複雑な構造をもつ天然物の生合成研究では遺伝子破壊実験による生合成遺伝子もしくは生合成中間体の同定と組換えタンパク質を用いたin vitro実験が併用されてきた。これに対して本実験では遺伝子破壊実験を用いることなく、17種もの生合成遺伝子が関与するペニトレムの生合成経路を基質-生成物を特定しながら解明することに成功した。また、遺伝子破壊実験とは異なり、実験室レベルでは十分な量の物質生産も実現可能である。以上より、本手法が糸状菌由来の天然物の生合成マシナリーの解明において強力なツールになることを立証した。

【謝辞】

 P. simplicissimum AK-40株をご供与頂いた大阪府立大学・林英雄名誉教授に感謝いたします。本研究は新学術領域研究「生合成マシナリー:生物活性物質構造多様性創出システムの解明と制御」(22108002)の援助により行われたものであり、ここに深謝致します。

【参考文献】

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