天然有機化合物討論会講演要旨集
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タンパク質–リガンド相互作用を解析する新しいケミカルプローブの開発
米田 耕三胡 亚萍北 将樹木越 英夫
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タンパク質–リガンド相互作用を解析する新しいケミカルプローブの開発

1. 緒言

 生物活性リガンドの標的タンパク質への結合様式の解析は、創薬研究の発展において重要である。その解析法の一つとして、リガンドに検出基と反応性官能基を導入したケミカルプローブを用いる手法が発展してきた (図1)。この方法では、プローブと標的タンパク質との間に共有結合を形成させた後、酵素消化で得たペプチド混合物から、検出基を指標としてプローブでラベル化されたペプチドを精製する。その後MS解析と計算化学のアプローチにより、リガンドの結合位置を解析することができる。しかし、この方法にはペプチドの精製過程で回収量が低下するなどの問題がある。

図1. ケミカルプローブを用いた結合位置の解析

 そこで我々は、精製を必要としない新しいケミカルプローブとして、検出基としてピレンを導入した化合物をデザインした。ピレン基を持つ化合物は、マトリックスを使用しないレーザー脱離イオン化法による質量分析法 (label-assisted laser desorption/ionization mass spectrometry, LA-LDI MS) で選択的に検出される1)。すなわち、酵素消化までは既存のプローブと同様に行ってペプチド混合物を得た後、LA-LDI MSを測定することで、リガンド結合ペプチドだけを精製せずに検出できると考えた(図2)。今回、本手法を適用する例として、細胞骨格タンパク質アクチンに結合する抗腫瘍性天然物アプリロニンA 2を選択した (図3)。この複合体の構造はX線結晶構造解析で明らかとなっており3)、また近年我々の研究室でアクチンとの複合体がチューブリンのヘテロダイマーに作用することを明らかにした4)。今回、アクチンとの結晶構造と本手法で検出したペプチド断片を比較することで、その有用性を評価することとした。

2. ピレン構造の最適化

 MS解析で一般的なμg~ng量のタンパク質を酵素消化する場合、pmol以下の量でラベル化ペプチドを検出する必要がある。しかし355 nmのレーザーを備えたMALDI装置で1-ピレン酪酸(1)のLA-LDI MSを測定したところ、再現よく検出するには100 pmol程度必要であった(図4a)。そこでLDI MSの感度向上を目指して、355 nmに強い吸収を持つよう、ピレン基に窒素官能基を導入することとした。

 アミノピレン2およびアミドピレン3の合成をScheme 1に示す。原料の1-ピレン酪酸を定量的にメチルエステル化し、その後、硝酸を用いることでニトロピレン5の異性体混合物を得た。続く接触水素化によってニトロ基を還元し、ピレンの6位にアミノ基が置換した化合物2を単一の異性体としてクロマトグラフィーで分離することで得た。その後、無水酢酸を用いてN-アセチル化を行ってアミドピレン3を合成した。

Scheme 1. アミノピレン2とアミドピレン3の合成

 アミノピレン2とアミドピレン3のLA-LDI MSを測定した結果、2は系内で酸化的な二量化が起こり、マススペクトルが複雑化した(図4b)。一方で3は0.1 pmol量でも高いS/N比で分子イオンピークが検出され、またMS系内でケテン(CH2CO,分子量42)が脱離し、アミノピレン2がフラグメントイオンとして検出された(図4c)。さらにMALDI-TOF MSの標準物質

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1. 緒言

 生物活性リガンドの標的タンパク質への結合様式の解析は、創薬研究の発展において重要である。その解析法の一つとして、リガンドに検出基と反応性官能基を導入したケミカルプローブを用いる手法が発展してきた (図1)。この方法では、プローブと標的タンパク質との間に共有結合を形成させた後、酵素消化で得たペプチド混合物から、検出基を指標としてプローブでラベル化されたペプチドを精製する。その後MS解析と計算化学のアプローチにより、リガンドの結合位置を解析することができる。しかし、この方法にはペプチドの精製過程で回収量が低下するなどの問題がある。

図1. ケミカルプローブを用いた結合位置の解析

 そこで我々は、精製を必要としない新しいケミカルプローブとして、検出基としてピレンを導入した化合物をデザインした。ピレン基を持つ化合物は、マトリックスを使用しないレーザー脱離イオン化法による質量分析法 (label-assisted laser desorption/ionization mass spectrometry, LA-LDI MS) で選択的に検出される1)。すなわち、酵素消化までは既存のプローブと同様に行ってペプチド混合物を得た後、LA-LDI MSを測定することで、リガンド結合ペプチドだけを精製せずに検出できると考えた(図2)。今回、本手法を適用する例として、細胞骨格タンパク質アクチンに結合する抗腫瘍性天然物アプリロニンA 2を選択した (図3)。この複合体の構造はX線結晶構造解析で明らかとなっており3)、また近年我々の研究室でアクチンとの複合体がチューブリンのヘテロダイマーに作用することを明らかにした4)。今回、アクチンとの結晶構造と本手法で検出したペプチド断片を比較することで、その有用性を評価することとした。

2. ピレン構造の最適化

 MS解析で一般的なμg~ng量のタンパク質を酵素消化する場合、pmol以下の量でラベル化ペプチドを検出する必要がある。しかし355 nmのレーザーを備えたMALDI装置で1-ピレン酪酸(1)のLA-LDI MSを測定したところ、再現よく検出するには100 pmol程度必要であった(図4a)。そこでLDI MSの感度向上を目指して、355 nmに強い吸収を持つよう、ピレン基に窒素官能基を導入することとした。

 アミノピレン2およびアミドピレン3の合成をScheme 1に示す。原料の1-ピレン酪酸を定量的にメチルエステル化し、その後、硝酸を用いることでニトロピレン5の異性体混合物を得た。続く接触水素化によってニトロ基を還元し、ピレンの6位にアミノ基が置換した化合物2を単一の異性体としてクロマトグラフィーで分離することで得た。その後、無水酢酸を用いてN-アセチル化を行ってアミドピレン3を合成した。

Scheme 1. アミノピレン2とアミドピレン3の合成

 アミノピレン2とアミドピレン3のLA-LDI MSを測定した結果、2は系内で酸化的な二量化が起こり、マススペクトルが複雑化した(図4b)。一方で3は0.1 pmol量でも高いS/N比で分子イオンピークが検出され、またMS系内でケテン(CH2CO,分子量42)が脱離し、アミノピレン2がフラグメントイオンとして検出された(図4c)。さらにMALDI-TOF MSの標準物質であるデカペプチド、angiotensin Iを共存させた場合でも、LA-LDI MSでは3のみが選択的に検出された。以上の知見から、アミドピレン構造がLA-LDI MSの検出タグとして優れていることがわかった。

3. アミドピレンプローブ6の合成

 これまでに当研究室ではアプリロニンAのC34位エナミド基を修飾することで天然物の活性を保持した誘導体を合成している。そこで本研究でもアプリロニンAのエナミド基を修飾して、光反応基(ジアジリン)とPEGリンカーを介してLA-LDIタグのアミドピレン基を導入したアミドピレンプローブ6を設計した(図5)。

図5. アプリロニンAアミドピレンプローブ6の構造

 天然物のアプリロニンAのC34位エナミド基を加水分解して得たアルデヒド7とアミドピレン5から誘導したアルコキシアミン8を縮合させることで、プローブ6を2段階収率48%で合成した (Scheme 2)。

 プローブ6の生物活性を調べた結果、アクチン重合阻害活性、細胞毒性、分裂期の細胞の紡錘体形成阻害など、アプリロニンAの強力な活性を十分に保持していることが分かった。

 

4. プローブのLA-LDI MS解析

 プローブ6と標的タンパク質を反応させる予備実験として、メタノールとの光反応を行った。メタノール付加体のLA-LDI MSを測定した結果、分子イオンピークに加えて、ピレンのアミド基C–N結合とオキシム基N–O結合が切断されたフラグメント (m/z907.5) が基準イオンピークとして観測された(図6)。

さらに、このフラグメントを親イオンとしたMS/MS解析において、通常のMALDI-TOF MSと同様に、アミド結合やPEG鎖で開裂したイオンが観測され、内部構造の解析に有用であることがわかった(図7)。なお、特徴的な基準イオンピークとして、McLafferty転位の生成物である6-アミノ-1-ビニルピレン (m/z243) が観測された。このイオンは親イオンのペプチドフラグメントにアミドピレン基が結合した場合にのみ観測されることから、混合物の中からラベル化ペプチドを検出する優れたマーカーになると考えられる。

 

 現在、アミドピレンプローブ6を用いてアプリロニンAの標的タンパク質であるアクチンの光ラベル化の検討や、その酵素消化物のLA-LDI MS解析を行っている。本手法の有用性が確認できた後はアプリロニンA-アクチン複合体とチューブリンとの結合位置の解析を行う予定である。

 本手法の確立は、従来法よりも高効率・短時間の解析を可能にするため、創薬研究への貢献が期待される。

5. 参考文献

1) Cabrera−Pardo, J. R.; Chai, D. I.; Liu, S.; Mrksich, M.; Kozmin, S. A. Nature Chem. 2013, 5, 423.

2) Yamada, K.; Ojika, M.; Ishigaki, T.; Yoshida, Y.; Ekimoto, H.; Arakawa, M. J. Am. Chem. Soc. 1993, 115, 11020.

3) Hirata, K.; Muraoka, S.; Suenaga, K.; Kuroda, T.; Kato, K.; Tanaka, H.; Yamamoto, M.; Tanaka, M.; Yamada, K.; Kigoshi, H. J. Mol. Biol. 2006, 356, 945.

4) Kita, M.; Hirayama, Y.; Yoneda, K.; Yamagishi, K.; Chinen, T.; Usui, T.; Sumiya, E.; Uesuigi, M.; Kigoshi, H. J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 18089.

 
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