天然有機化合物討論会講演要旨集
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低酸素環境選択的がん細胞増殖阻害物質dictyoceratin類の標的分子解析
古徳 直之荒井 雅吉河内 崇志住井 裕司福田 昭典田中 駿小林 資正
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p. Oral30-

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低酸素環境選択的がん細胞増殖阻害物質dictyoceratin類の標的分子解析

 近年、がん細胞と周辺環境との相互作用が、がん細胞の生存や増殖に深く関与していることが明らかにされ、がん微小環境におけるがん細胞の応答や代謝が、がんに対する新しい薬剤標的として注目されている。特に、がん微小環境の特徴の1つである低酸素環境に適応したがん細胞の性状に関しては、低酸素環境下で発現誘導される転写因子Hypoxia Inducible Factor-1 (HIF-1) αを中心に研究が行われ、HIF-1αが発現誘導されることにより、血管新生の促進、転移や浸潤に関わる因子が産生される事が明らかとなっている。加えて、低酸素微小環境はがん特有の環境であり、正常組織ではほとんど観察されないため、低酸素環境選択的に細胞増殖阻害活性を示す化合物は、副作用の少ない、新たな抗がん剤シーズとなる事が期待される。

 この様な背景のもと、我々は、がんに対する新しい医薬シーズの探索研究の一環として、HIF-1αを含め、がん細胞の低酸素環境適応に関わる分子全体を標的にできるフェノタイプスクリーニングを用いて探索研究を行ってきており、インドネシア産海綿Dactylospongia elegansの抽出エキスから、フラノセスタテルペンfurospinosulin-1を低酸素環境選択的な細胞増殖阻害活性物質として見出している。Furospinosulin-1に関しては、腫瘍移植モデルマウスに対して、経口投与で顕著な抗腫瘍活性を示すことを明らかにするとともに、作用メカニズムの解析を行った結果、その標的分子が2つの転写制御因子、LEDGFおよびp54nrbであることを見出し、第55回本討論会にて報告している。1,2

 最近著者らは、同海綿の抽出エキスをさらに精査した結果、新たな活性成分としてセスキテルペンフェノールdictyoceratin-C (1)を見出した。Dictyoceratin-C (1)は、1 ~ 30 μMまで濃度依存的かつ低酸素環境選択的にヒト前立腺がんDU145細胞の増殖を阻害することが明らかになった。また、著者らが以前に単離した1と類似の化学構造を有する数種のセスキテルペンフェノール / キノン類についても同スクリーニング系を用いて評価した結果、dictyoceratin-A (2)が、1と同等の活性を示すことを見出した (Figure 1)。3

こうした背景下、今回著者らは、化合物1, 2が低酸素微小環境を標的とする有用な抗がん剤シーズになり得ると考え、化合物の量的供給と構造活性相関の解析を指向した合成研究を展開するとともに、プローブ分子を用いた作用メカニズム解析を行った。

<Dictyoceratin類の全合成と構造活性相関>

化合物1については、これまでその絶対立体構造に関する報告例がなかった。一方、2の絶対立体構造については、既知化合物への変換によって決定された報告がある一方で、2と鏡像異性体の関係にある化合物として単離されたsmenospondiolの旋光度の符号が2と同じであると報告されているなど、疑問が残されている状況にあった。そこで、両化合物の絶対立体構造を明らかにするとともに、さらなる活性評価のための量的供給に向けて、不斉全合成に着手した。類縁化合物の合成例を参考に、出発物質の確保やスケールアップの容易さなどを考慮して、Scheme 1 に示す方法、すなわち両鏡像異性体を容易に大量合成可能な化

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 近年、がん細胞と周辺環境との相互作用が、がん細胞の生存や増殖に深く関与していることが明らかにされ、がん微小環境におけるがん細胞の応答や代謝が、がんに対する新しい薬剤標的として注目されている。特に、がん微小環境の特徴の1つである低酸素環境に適応したがん細胞の性状に関しては、低酸素環境下で発現誘導される転写因子Hypoxia Inducible Factor-1 (HIF-1) αを中心に研究が行われ、HIF-1αが発現誘導されることにより、血管新生の促進、転移や浸潤に関わる因子が産生される事が明らかとなっている。加えて、低酸素微小環境はがん特有の環境であり、正常組織ではほとんど観察されないため、低酸素環境選択的に細胞増殖阻害活性を示す化合物は、副作用の少ない、新たな抗がん剤シーズとなる事が期待される。

 この様な背景のもと、我々は、がんに対する新しい医薬シーズの探索研究の一環として、HIF-1αを含め、がん細胞の低酸素環境適応に関わる分子全体を標的にできるフェノタイプスクリーニングを用いて探索研究を行ってきており、インドネシア産海綿Dactylospongia elegansの抽出エキスから、フラノセスタテルペンfurospinosulin-1を低酸素環境選択的な細胞増殖阻害活性物質として見出している。Furospinosulin-1に関しては、腫瘍移植モデルマウスに対して、経口投与で顕著な抗腫瘍活性を示すことを明らかにするとともに、作用メカニズムの解析を行った結果、その標的分子が2つの転写制御因子、LEDGFおよびp54nrbであることを見出し、第55回本討論会にて報告している。1,2

 最近著者らは、同海綿の抽出エキスをさらに精査した結果、新たな活性成分としてセスキテルペンフェノールdictyoceratin-C (1)を見出した。Dictyoceratin-C (1)は、1 ~ 30 μMまで濃度依存的かつ低酸素環境選択的にヒト前立腺がんDU145細胞の増殖を阻害することが明らかになった。また、著者らが以前に単離した1と類似の化学構造を有する数種のセスキテルペンフェノール / キノン類についても同スクリーニング系を用いて評価した結果、dictyoceratin-A (2)が、1と同等の活性を示すことを見出した (Figure 1)。3

こうした背景下、今回著者らは、化合物1, 2が低酸素微小環境を標的とする有用な抗がん剤シーズになり得ると考え、化合物の量的供給と構造活性相関の解析を指向した合成研究を展開するとともに、プローブ分子を用いた作用メカニズム解析を行った。

<Dictyoceratin類の全合成と構造活性相関>

化合物1については、これまでその絶対立体構造に関する報告例がなかった。一方、2の絶対立体構造については、既知化合物への変換によって決定された報告がある一方で、2と鏡像異性体の関係にある化合物として単離されたsmenospondiolの旋光度の符号が2と同じであると報告されているなど、疑問が残されている状況にあった。そこで、両化合物の絶対立体構造を明らかにするとともに、さらなる活性評価のための量的供給に向けて、不斉全合成に着手した。類縁化合物の合成例を参考に、出発物質の確保やスケールアップの容易さなどを考慮して、Scheme 1 に示す方法、すなわち両鏡像異性体を容易に大量合成可能な化合物3を出発物質とし、芳香環側鎖の導入とデカリン環部分の官能基変換を経て、dictyoceratin-C (1) および-A(2)の全合成を達成した。天然物の絶対立体構造を決定する目的で、両化合物のエナンチオマー体(ent-1, ent-2)の不斉全合成も行い、それらの旋光度を天然物と比較することで、化合物1, 2の絶対立体構造がどちらも5R, 8R, 9S, 10Rであると決定するとともに、smenospondiolの構造決定には誤りがあったことを明らかにした。4

次に合成した化合物1, 2及びそれらの鏡像異性体ent-1, ent-2in vitro活性試験を行った。その結果、興味深いことに、ent-1, ent-2ともに天然物と同等程度の低酸素環境選択的な細胞増殖阻害活性を有するということが明らかになった。また、大量合成した化合物1, 2について、腫瘍移植モデルマウスを用いたin vivo抗腫瘍活性試験を行った結果、両化合物とも経口投与において良好な抗腫瘍活性を示すことを見出した。

一方、活性発現に必要な構造単位を明らかにする目的で、各種アナログ化合物を合成し、構造活性相関を解析することとした。デカリン環部分および芳香環部分を種々官能基変換した化合物を設計・合成し、それらの活性を評価した結果、ほとんどのアナログ化合物で低酸素環境選択的な細胞増殖阻害活性が消失する結果となった。このことから、化合物1の活性発現には、分子全体の構造が重要であることが示唆された (Figure 2)。5

<Dictyoceratin類の標的分子解析>

これまでの検討において、化合物1が転写因子 HIF-1α の発現を阻害することを明らかにしており、これが低酸素環境選択的な細胞増殖阻害活性を引き起こしていると推察している。今回、1のより詳細な作用メカニズムを明らかにするため、化合物1, 2由来のプローブ分子を用いて、標的分子の同定を試みた。

化合物12は 18 位水酸基の有無が異なるのみで、活性に大きな違いは見られない。このことから、2の二つの水酸基のうち一方を足掛かりに誘導化することで、活性を保持したプローブ分子が合成できると考え、2の 17 位あるいは 18 位水酸基へリンカーを介してタグを導入したプローブ分子7および8を合成した。また、標的分子の絞り込みの際に比較検討するため、上述の構造活性相関において、低酸素環境選択的な増殖阻害活性が消失することが明らかになった、4 位をケトンに変換したアナログ化合物由来のプローブ分子9もあわせて合成した。これらの化合物のin vitro 試験を行った結果、プローブ分子7は低酸素環境選択的な細胞増殖阻害活性を示した。一方、プローブ分子8は非選択的に細胞増殖阻害活性を示し、プローブ分子9はいずれの条件においても細胞増殖阻害活性をほとんど示さなかった(Figure 3)。

 目的のプローブ分子が合成できたので、これらを用いて、ファージディスプレイ法による標的分子の同定を検討した。低酸素培養条件で培養したDU145細胞のmRNAを基にランダムプライマーを用いてcDNAを合成し、これをファージDNAに組み込むことで、DU145 細胞のタンパク質の部分配列をランダムに提示するファージライブラリー (Lot A~C) を構築した。構築したファージライブラリーから標的分子の候補を探索するために、プローブ分子7を結合させたストレプトアビジン固定化磁性ビーズを用いて、7に対する結合親和性の高いファージを濃縮するバイオパンニングを行った結果、5サイクル目以降にプローブ分子7結合性ファージの濃縮が確認され、7サイクル目まで一定値を示した(Figure 4)。

 そこで7サイクル後のファージ20種をクローン化し、それぞれのファージDNAについてシーケンス解析を行った。得られた遺伝子配列を元に各ファージ上に提示されているペプチド配列を決定し、標的の候補タンパク質を同定した。これらから、活性発現への影響がないと考えられるリボソームタンパク質などを除き、候補として8種類のタンパク質に絞り込んだ。

 次に、見出した候補タンパク質の部分配列を提示するファージが、低酸素環境選択的な増殖阻害活性を保持しているプローブ分子7と選択的に結合するか否かを検討するため、上述した非選択的な細胞増殖阻害活性を示すプローブ分子8、および細胞増殖阻害活性を示さないプローブ分子9への結合親和性についても比較検討した。その結果、RBM28およびRPAP3の2種類のタンパク質の部分配列を提示したファージについてはプローブ分子7と高い選択性を持って結合することが明らかとなった。また、MIA3, EIF5AL1およびTRMT6の3種類のタンパク質の部分配列を提示したファージについては、中程度の選択性を示し、その他のファージについてはほとんど選択性が見られなかった(Figure 5)。

 以上のように、プローブ分子7に対する結合親和性から標的タンパク質の候補を5種類まで絞り込むことができたので、実際にこれらの候補タンパク質が、DU145細胞破砕液からのプルダウンによって捕捉できるか否かについて検討した。その結果、RBM28, RPAP3およびMIA3の3種類のタンパク質は、プローブ7で捕捉されたのに対し、EIF5AL1およびTRMT6については結合しないことを見出した。なお、これらタンパク質とプローブ分子7との結合親和性については、DU145細胞の培養条件(酸素濃度)に依存しなかった(Figure 6A)。

 そこでさらに、RNAi法を用いたノックダウンによって、これら候補タンパク質がDU145細胞の低酸素環境適応に関与しているか否かについて検討した。上述のプルダウン実験で絞り込まれた3種の候補タンパク質に対応するsiRNAを作用させることでノックダウン細胞を作成し、低酸素環境下での細胞増殖に与える影響を検討した結果、MIA3およびRBM28をノックダウンした細胞では、通常培養条件と低酸素培養条件のいずれにおいても非選択的な細胞増殖阻害が見られたのに対し、RPAP3をノックダウンした細胞においてのみ、低酸素環境選択的な増殖阻害が観察された(Figure 6B)。また、RPAP3ノックダウン細胞においては、化合物1および2を作用させた際と同様に、低酸素環境におけるHIF-1αおよびVEGFの発現上昇が有意に阻害されることも明らかになった (Figure 7)。

 以上の検討結果から、dictyoceratin-C (1)及び A (2)は、RPAP3 (RNA polymerase II-associated protein 3) に結合してその機能を阻害し、結果としてHIF-1αの発現を阻害することで、低酸素環境選択的な増殖阻害活性を示すという作用メカニズムであると結論づけることができた。

References

1) Arai, M. et al. ChemBioChem 2016, 17, 181-189. 2) 荒井ら、第55回天然有機化合物討論会講演要旨集, 2013, pp 73-78. 3) Arai, M. et al. Bioorg. Med. Chem. Lett. 2014, 24, 3155-3157. 4) Sumii, Y. et al. Bioorg. Med. Chem. 2015, 23, 966-975. 5) Sumii, Y. et al. Marine Drugs 2015, 13, 7419-7432.

 
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