天然有機化合物討論会講演要旨集
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Surugamideによる放線菌の形態分化制御作用の解明
二宮 章洋勝山 陽平倉永 健史宮崎 征行能木 裕一岡田 茂脇本 敏幸大西 康夫松永 茂樹高田 健太郎
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p. Oral37-

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Surugamideによる放線菌の形態分化制御作用の解明

【序論】

Streptomyces属放線菌は生育の過程で複雑な形態分化を示す。胞子が発芽すると,フィラメント状の基底菌糸が培地中に形成される。基底菌糸は気中菌糸へと分化し,気中菌糸中に隔壁が形成された後,それぞれの区画が胞子となる。この形態分化を制御する微生物ホルモンとして,A-factorが知られている1。A-factorは特定の転写活性化因子の転写量を上昇させ,形態分化や二次代謝に関わる様々な遺伝子の活性化を通して,気中菌糸形成や二次代謝産物生産を誘導する。今回,我々が過去に単離したsurugamide 類が,A-factorをはじめとした既知のシグナル分子とは異なる機構で,Streptomyces属放線菌の形態分化を制御することを示す結果を得たので報告する。

Surugamides A–E(SA–SE,図1)は,海洋放線菌Streptomyces sp. JAMM992から単離された環状オクタペプチドである2。放線菌ライブラリをLC-MSにより分析した結果,異なる海域の底泥から分離された複数のStreptomyces属放線菌,および同属の陸上放線菌がSAを生産することを明らかにした。さらに,Thorsonらは,米国の炭鉱から分離された同属放線菌がSAを生産することを報告している3。このように,地理的に離れ,異なる環境から分離されたStreptomyces属放線菌が共通してSAを生産することから,我々は,SAが生産菌において重要な生理機能を持つと推測した。SAが細菌の生育阻害活性を示すとの報告があるが3,最小発育阻止濃度が10 μMと高いため,SAに異なる生理機能があると考え,機能解明に着手した。

【Surugamide類生合成遺伝子クラスターの同定とsurugamide Fの発見】

 SAの生理機能を解析するため,JAMM992株のSA非生産性変異株を作製し,野生株と変異株の表現型を比較することを企図した。変異株を作製するにあたり,まずSA–SEの生合成遺伝子を同定することとした。SB–SEはSAに含まれる4つのIle残基のうちいずれか1つがValに置換した構造を有しており,対応する残基の絶対配置がSA–SE間で保存されていることから,SA–SEは,非リボソームペプチド合成酵素(NRPS)によって生合成され,アデニル化ドメイン(A-ドメイン)の低い基質選択性により類縁化合物が生じると考えた。そこで,次世代シーケンサーを用いてJAMM992株のゲノム配列を解析した後,antismashを用いて配列解析をおこなった結果,18のモジュールをコードする,4つの連続したNRPS遺伝子surA,surB,surC,surDを含む遺伝子クラスターを発見した(図2a)。予想される各A-ドメインの基質アミノ酸,および,エピメラーゼドメイン(E-ドメイン)の位置情報をもとに,SA–SE はSurAおよびSurDの組み合わせにより生合成されると推定した(図2b,表1)。一方で,SurBとSurCからは10残基のペプチドが生合成されることが予想されたが,このような代謝物は未知であった。NRPSpredictor2を用いた解析では,SurB/SurCの推定生合成産物のC末端には6つの脂肪族アミノ酸が連続すると予測されたことから(表1),LC-MS/MSを用いて培養液中の代謝物を精査したところ,m/z 1057に分子イオンピークを与え,C末端の配列が-Val-Ala-Val-Alaであるペプチド,surugamide F(SF,図2c)を発見した。このC末端のアミノ酸配

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【序論】

Streptomyces属放線菌は生育の過程で複雑な形態分化を示す。胞子が発芽すると,フィラメント状の基底菌糸が培地中に形成される。基底菌糸は気中菌糸へと分化し,気中菌糸中に隔壁が形成された後,それぞれの区画が胞子となる。この形態分化を制御する微生物ホルモンとして,A-factorが知られている1。A-factorは特定の転写活性化因子の転写量を上昇させ,形態分化や二次代謝に関わる様々な遺伝子の活性化を通して,気中菌糸形成や二次代謝産物生産を誘導する。今回,我々が過去に単離したsurugamide 類が,A-factorをはじめとした既知のシグナル分子とは異なる機構で,Streptomyces属放線菌の形態分化を制御することを示す結果を得たので報告する。

Surugamides A–E(SA–SE,図1)は,海洋放線菌Streptomyces sp. JAMM992から単離された環状オクタペプチドである2。放線菌ライブラリをLC-MSにより分析した結果,異なる海域の底泥から分離された複数のStreptomyces属放線菌,および同属の陸上放線菌がSAを生産することを明らかにした。さらに,Thorsonらは,米国の炭鉱から分離された同属放線菌がSAを生産することを報告している3。このように,地理的に離れ,異なる環境から分離されたStreptomyces属放線菌が共通してSAを生産することから,我々は,SAが生産菌において重要な生理機能を持つと推測した。SAが細菌の生育阻害活性を示すとの報告があるが3,最小発育阻止濃度が10 μMと高いため,SAに異なる生理機能があると考え,機能解明に着手した。

【Surugamide類生合成遺伝子クラスターの同定とsurugamide Fの発見】

 SAの生理機能を解析するため,JAMM992株のSA非生産性変異株を作製し,野生株と変異株の表現型を比較することを企図した。変異株を作製するにあたり,まずSA–SEの生合成遺伝子を同定することとした。SB–SEはSAに含まれる4つのIle残基のうちいずれか1つがValに置換した構造を有しており,対応する残基の絶対配置がSA–SE間で保存されていることから,SA–SEは,非リボソームペプチド合成酵素(NRPS)によって生合成され,アデニル化ドメイン(A-ドメイン)の低い基質選択性により類縁化合物が生じると考えた。そこで,次世代シーケンサーを用いてJAMM992株のゲノム配列を解析した後,antismashを用いて配列解析をおこなった結果,18のモジュールをコードする,4つの連続したNRPS遺伝子surAsurBsurCsurDを含む遺伝子クラスターを発見した(図2a)。予想される各A-ドメインの基質アミノ酸,および,エピメラーゼドメイン(E-ドメイン)の位置情報をもとに,SA–SE はSurAおよびSurDの組み合わせにより生合成されると推定した(図2b,表1)。一方で,SurBとSurCからは10残基のペプチドが生合成されることが予想されたが,このような代謝物は未知であった。NRPSpredictor2を用いた解析では,SurB/SurCの推定生合成産物のC末端には6つの脂肪族アミノ酸が連続すると予測されたことから(表1),LC-MS/MSを用いて培養液中の代謝物を精査したところ,m/z 1057に分子イオンピークを与え,C末端の配列が-Val-Ala-Val-Alaであるペプチド,surugamide F(SF,図2c)を発見した。このC末端のアミノ酸配列は,SurCのモジュール3,4,5,および6のA-ドメインから予想されるアミノ酸配列とよい一致を示した(表1)。また,JAMM992株のsurB遺伝子を破壊した変異株ΔsurBがSFの生産能を欠いていたことから,SFをSurBおよびSurCの産物として同定した。SFの化学構造は,NMR解析,MS/MS解析,および,エドマン分解により,3-amino-2-methyl propionic acid (AMPA) 残基を含む直鎖状デカペプチドTrp-Leu-Val-Thr-AMPA-Leu-Val-Ala- Val-Alaと決定し,マーフィー法およびエドマン分解4により各アミノ酸の絶対配置を決定した。得られたSFの提唱構造は固相合成により正しいことを確認した。

図2. (a) Surugamide生合成遺伝子クラスター. (b) SurA,SurB,SurC,およびSurDのドメイン構成. A,C,E,小円はそれぞれ,アデニル化ドメイン,縮合ドメイン,エピメラーゼドメイン,ペプチジルキャリアタンパク質をあらわす. (c) SFの構造.

このように,surugamide類の生合成遺伝子を探索した結果,sur遺伝子クラスター中の4つの連続するNRPS遺伝子のうち,両端の2つは環状オクタペプチドSA–SEの生合成に,中央の2つは直鎖状デカペプチドSFの生合成に関与することが示された。モジュールのドメイン構成を考慮すると,surA/surCあるいはsurB/surDの組み合わせによりペプチドが生合成される可能性があるが,これらのペプチドは培養液中に検出されなかった。これは,SurA/SurD,およびSurB/SurCが特異的に相互作用するためであると予想している。また,sur遺伝子クラスターに相同性を示すクラスターは,公開されている複数の放線菌のゲノム中に存在することから5,surugamide生産菌が広く分布することが裏づけられた。

表1. SurA,SurB,SurC,およびSurDに含まれるA-ドメインの基質の予想. NRPSpredictor2によって“Single AA”として予想されたものを示した. [a] “Nearest Neighbor”として予想された.

【Surugamide Aの生理機能の解析】

得られた生合成遺伝子の配列情報をもとに,JAMM992株のsurA遺伝子を破壊し,SA–SEを生産しない変異株ΔsurAを作製した。野生株とΔsurAを寒天培地上で培養したところ,ΔsurAは気中菌糸の形成速度が野生株と比べて顕著に遅いことが明らかとなった。また,SAを添加した培地上でΔsurAを培養したところ,SAの濃度依存的に気中菌糸の形成速度が回復したことから(図3),SAが気中菌糸の形成を促進することが明らかとなった。同一の生合成遺伝子クラスターによりSAとSFの両方が生合成されることを考慮すると,SFもSAと同様に何らかの生理機能を持つ可能性がある。現在,ΔsurA, ΔsurB, および二重欠損株ΔsurAsurBを用いて,SFを含めたsurugamide類の包括的な生理機能を解析しており,講演ではこれらの結果についても報告する。

【Surugamide Aの標的分子の解明】

 SAがカテプシンBの阻害活性を示すことから,我々は,SAが生産菌自身のプロテアーゼに作用して気中菌糸形成を促進する可能性を考慮した。Streptomyces属放線菌は細胞外に様々なプロテアーゼを分泌し,これらが放線菌の形態分化に関与することが知られている。そこで,JAMM992株の培養上清から調製した粗酵素を用いて種々の酵素試験をおこなった結果,SAによって,粗酵素のロイシンアミノペプチダーゼ(LAP)活性が上昇することが示された。同活性を示すプロテアーゼがStreptomyces属放線菌において気中菌糸および胞子の形成に関与することが報告されていることから6,SAはLAP活性を示すプロテアーゼの活性化を通して生産菌の気中菌糸形成を促進するという仮説を立てた。JAMM992株の培養上清から調製した粗酵素を,ゲルろ過およびイオン交換クロマトグラフィーにより繰り返し精製し,LAP活性を示すプロテアーゼ(Streptomyces sp. JAMM992 aminopeptidase, SJAP)を得た。プロテインシーケンサーを用いて決定したSJAPのN末端配列を,JAMM992株のゲノム配列に対して検索し,SJAPをコードする全長960 bpの遺伝子sjaを同定した。sja遺伝子のうち成熟SJAPに相当する配列を大腸菌に導入し,6×Hisタグを付加した組み換えSJAP(rSJAP)を得た。現在,rSJAPを用いて反応速度論的解析をおこなっている。

【考察】

 分泌型プロテアーゼは,基底菌糸が気中菌糸へと分化する際に基底菌糸の分解に関与すると考えられている。したがって,我々は,SAが基底菌糸の分解に関与するSJAPを活性化することで,気中菌糸形成を促進すると推定している。分泌型プロテアーゼに作用し形態分化を制御するシグナル分子として,leupeptinとSSI(Streptomycessubtilisin inhibitor)様タンパク質が知られているが,いずれもプロテアーゼを阻害し形態分化を制御する。また,気中菌糸形成を促進する低分子化合物としてhormaomycinとpamamycinが知られているが,これらの化合物の作用機構に関する知見は少ない。このように,SAが示す気中菌糸形成の促進における作用機構は,既知のシグナル分子とは異なっていることから,SAは新たな機構で形態分化を制御するシグナル分子であると考えている。

【文献】

[1] S. Horinouchi, T. Beppu, Annu. Rev. Microbiol. 1992, 46, 377−392.

[2] K. Takada, A. Ninomiya, M. Naruse, Y. Sun, M. Miyazaki, Y. Nogi, S. Okada, S. Matsunaga, J. Org. Chem. 2013, 78, 6746−6750.

[3] X. Wang, K. A. Shaaban, S. I. Elshahawi, L. V. Ponomareva, M. Sunkara, G. C. Copley, J. C. Hower, A. J. Morris, M. K. Kharel, J. S. Thorson, J. Antibiot. 2014, 67, 571−575.

[4] N. Okiyama, T. Santa, A. Toriba, K. Imai, Anal. Chim. Acta 2001, 429, 293−300.

[5] a) N. Zaburannyi, M. Rabyk, B. Ostash, V. Fedorenko, A. Luzhetskyy, BMC Genomics 2014, 15, 97; b) E. Ian, D. B. Malko, O. N. Sekurova, H. Bredholt, C. Ruckert, M. E. Borisova, A. Albersmeier, J. Kalinowski, M. S. Gelfand, S. B. Zotchev, PLoS One 2014, 9, e96719; c) R. F.Seipke, PLoS One 2015, 10, e0116457.

[6] S. G. Kang, I. S. Kim, Y. T. Rho, K. J. Lee, Microbiology 1995, 141, 3095−3103.

 
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