天理医学紀要
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天理よろづ相談所 学術発表会2020
認知機能と睡眠障害の関連
橋本 和典
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2021 年 24 巻 2 号 p. 118-122

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Abstract

  1. 高齢者における睡眠障害の影響として,心血管系リスクの上昇,高血圧の発症,耐糖能の低下,抑うつ症状の惹起に関連するとの報告があるが,認知機能低下や認知症発症への影響はどうだろうか.Tsapanouらの報告では睡眠不足と認知症発症との関連が示されており,その機序として,睡眠障害により脳脊髄液中のアミロイドβ(Aβ)のクリアランスが低下することによりAβの増加や沈着が生じ,アルツハイマー型認知症のリスクが高まると考えられている.
  2. また,ベンゾジアゼピン系薬剤が認知機能に与える影響についての研究も多数報告されている.Billioti de Gageらのベンゾジアゼピン系薬剤の服用と認知症リスクの関連についての10報の研究をレビューした報告では,ベンゾジアゼピン系薬剤の服用により認知症のリスクが1.5–2倍程度高まるという結果であった.しかし,Grayらの報告では,ベンゾジアゼピン系薬剤の使用量が低用量,中等量の時は認知症発現リスクの上昇が見られたが,高用量では上昇しないことが示された.また,Imfeldらの報告では,ベンゾジアゼピン系薬剤が認知症発症の前駆期使用されたとき,そのリスクが上昇する傾向が示され,認知症発症の前駆期に出現する睡眠障害に対して,睡眠薬を使用していることが,認知症発症に睡眠薬が関連しているように捉えられる可能性が考えられた.この様にベンゾジアゼピン系薬剤の使用による認知症リスクの上昇については明確な結論は出ていない.
  3. 睡眠障害の治療にはベンゾジアゼピン系,非ベンゾジアゼピン系睡眠薬,メラトニン受容体作動薬,オレキシン受容体拮抗薬などの薬物治療と睡眠習慣の見直しなどの非薬物的なアプローチがある.睡眠障害と認知症の関連を考慮すると、それぞれをバランスよく組み合わせた不眠治療が必要である.

Translated Abstract

  1. It has been reported that sleep disturbance in the elderly is associated with increased cardiovascular risk, development of hypertension, impaired glucose tolerance and depressive symptoms, but what about its effect on cognitive decline and the development of dementia? Tsapanou et al. reported that sleep deprivation is associated with the development of dementia, and the mechanism is thought to be that sleep disturbance reduces the clearance of amyloid-β (Aβ) in the cerebrospinal fluid, causing an increase of Aβ and its deposition, which increases the risk of Alzheimer's disease.
  2. Billioti de Gage et al. reviewed 10 studies on the association between benzodiazepine use and dementia risk, and found that benzodiazepines increased the risk of dementia by 1.5-2 times. However, Gray et al. reported that there was an increased risk of dementia at low and moderate doses of benzodiazepines, but not at higher doses. In addition, Imfeld et al. reported that when benzodiazepines are used in the prodromal phase of dementia onset, the risk of developing dementia is increased. It is thought that benzodiazepines are used to treat sleep disturbances that occur during the prodromal phase of dementia, and as a result, benzodiazepines could be perceived as being associated with the development of dementia. Thus, no clear conclusion has been reached about the increased risk of dementia due to the use of benzodiazepines.
  3. The treatment of sleep disorders includes pharmacological treatments such as benzodiazepines, non-benzodiazepines, melatonin receptor agonists, and orexin receptor antagonists, as well as non-pharmacological approaches such as modifying sleep habits. Taking into account the relationship between sleep disturbance and dementia, treatment of insomnia should be based on a balanced combination of each.

はじめに

日本は世界でもトップレベルの長寿国であるとともに,高齢社会であり,現在もなお高齢化が進んでいる.また,2012年には認知症有病者数が約462万人、軽度認知障害の有病者数が約400万人との推計が報告1され,さらに高齢化の進行に伴い,認知症患者の増加が予想される.認知症予防については,糖尿病や高血圧などの生活習慣病や運動習慣などライフスタイルに関わる因子2が注目されている.睡眠障害は耐糖能の低下3や高血圧の発症4にも影響があることが知られており,睡眠障害が認知機能に影響を及ぼすことも考えられる.認知症予防の観点からは,不眠症治療は重要であると思われるが,一方で,ベンゾジアゼピン系薬剤による認知症発症リスクについても多くの関心が寄せられるところである.

本稿では睡眠障害が認知症に与える影響および,ベンゾジアゼピン系薬剤の使用が認知機能に与える影響について述べる.

睡眠障害と認知症発症のリスク

高齢者における睡眠障害が認知症発症のリスク要因となることを示すコホート研究が報告されている.Tsapanouらの報告5では,65歳以上の非認知症者1041人を対象に,睡眠障害,いびき,呼吸困難または頭痛による睡眠の中断,睡眠の不足,および傾眠を調べるRAND Medical Outcomes Study Sleep Scaleを使用して,睡眠障害の評価をおこない,コックス回帰分析を使用して,睡眠障害と認知症リスクとの関連性を調べた.3年間の追跡調査で72人(7.2%)が認知症を発症した.十分に睡眠がとれていないことと,日中に眠気があることがそれぞれ相対危険度1.20倍,1.24倍で認知症の発症と関連しているという結果であった(図1).

図1. 睡眠不足および日中の眠気と認知症発症リスクの生存曲線(文献5より許可を得て転載)

睡眠障害が認知症発症のリスク要因となる病態生理についても研究がすすめられている.アルツハイマー型認知症の発症メカニズムについてはアミロイドカスケード仮説6が提唱されている.脳内のアミロイドβ(Aβ)の凝集によりオリゴマーを形成し,それによるtau蛋白の異常リン酸化を経て神経細胞死が引き起こされ,アルツハイマー型認知症を発症するというものである.Aβの脳内への蓄積については睡眠状態の影響が考えられており,覚醒時には細胞外液,脳脊髄中のAβが上昇し,睡眠時には低下していることから,睡眠中にAβのクリアランスが活発になることが報告されている7.しかし,中途覚醒の増加や,徐波睡眠の減少,睡眠効率の低下といった睡眠障害があると,睡眠中に減少するはずのAβが減少せず,Aβの沈着が起こりアルツハイマー型認知症のリスクが増加すること8が報告されており,睡眠障害が認知症発症のリスクとなる1つの機序と考えられている.

ベンゾジアゼピン系薬剤と認知症発症の関連

前述のように睡眠障害がアルツハイマー型認知症のリスクとなることから,睡眠障害の治療がそのリスクを減少させることが予想されるが,その治療薬であるベンゾジアゼピン系薬剤の使用と認知機能の低下あるいは認知症発症のリスクについても様々な報告がある.

ベンゾジアゼピン系薬剤の新規使用者と非使用者に対して,認知症の発症率を比較したコホート研究9が2012年に発表された.登録時に認知症の発症を認めず,さらに登録から3年間ははベンゾジアゼピン系薬剤を服用していない65歳以上の高齢者1,063名を対象に,その後の認知症の発症について最長で20年間追跡を行った.ベンゾジアゼピン系薬剤の服用を開始した群では,服用しなかった群に比べ,有意に低い認知症非発症率(log-rank test, P = 0.03)(図2)を示した.また,1998年から2012年までのベンゾジアゼピン系薬剤の使用と認知症および認知機能との関連を調査した10報の研究をレビューした報告10がある.10報のうち9報でベンゾジアゼピン系薬剤により認知症リスクが高まるという結果で,その危険性は服用により1.5–2倍程度高まるというものであった.

図2. ベースラインでのベンゾジアゼピン系薬剤新規使用者と非使用者の認知症発症についての生存曲線(文献9より許可を得て転載)

また,反対にベンゾジアゼピン系薬剤と認知症発症に関連性はないという報告もある.英国のClinical Practice Research Datalinkのデータベースを用いた,1998年から2013年までに新規にアルツハイマー型認知症あるいは血管性認知症と診断された65歳以上の26,459人を対象としたcase-control analysisを行った研究11では,ベンゾジアゼピン系薬剤の使用と認知症の発症リスクには関連が見られないという結果であった.この報告ではベンゾジアゼピン系薬剤の開始時期別の認知症発症のオッズ比について検討している(図3).

図3. ベンゾジアゼピン系薬剤の開始時期別の認知症発症リスク(文献11より許可を得て転載)

認知症の診断前1年未満にベンゾアゼピン系睡眠薬を開始した人のアルツハイマー型認知症,血管性認知症発症のオッズ比(95%CI)はそれぞれ2.20(1.91-2.53),3.30(2.78-3.92)であるが,それより長期の使用者ではリスクの有意性がなくなっており,認知症発症の前駆期におけるベンゾジアゼピン系薬剤の使用開始について考慮すると,アルツハイマー型認知症,血管認知症についてそれぞれのオッズ比(95%CI)は0.69(0.57-0.85),1.11(0.85-1.45)であった.認知症発症の前駆期症状として不眠,抑うつ,不安といった精神症状が出現するため,この時期におけるベンゾジアゼピン系薬剤の開始は,認知症発症と関連して高いオッズ比となっていることが考えられ,この点について調整を行うとベンゾジアゼピン系薬剤の使用と認知症発症リスクの増加に関連性がないという結果であった.同様にベンゾジアゼピン系薬剤の使用と認知症発症に影響がないとしたGrayら12の報告がある.認知症のない65歳以上の高齢者3,434名を対象とし,1日のベンゾジアゼピン系薬剤の使用量を標準化したものを用い,過去10年間の総量を算出した上で認知症発症との関連について前向きに調査した研究である.ベンゾジアゼピン系薬剤の総使用量を低用量,中等量,高用量としたときの認知症発症リスクについてはそれぞれ,1.25(95%CI:1.03-1.51),1.31(1.00-1.71),1.07(0.83-1.39)であった.ベンゾジアゼピン系薬剤への曝露が少ない人では認知症のリスクがわずかに高いが,曝露量が多い人ではそのリスクは認められなかったことから,ベンゾジアゼピン系薬剤の使用と認知症の因果関係を支持するものではないと結論づけている.

睡眠障害の治療

不眠症治療薬はバルビツール酸系,非バルビツール酸系睡眠薬が1950年代に上市して以降,1960年代にベンゾジアゼピン系,1989年には非ベンゾジアゼピン系睡眠薬が発売された.2010年からは新しい作用機序であるメラトニン作動薬や2014年からはオレキシン受容体拮抗薬が発売された.ベンゾジアゼピン系薬剤は前述してきた認知機能との関連の他に,常用量依存,筋弛緩作用による転倒のリスクといった問題があり,リスクが上回ってしまうことも考えられる.覚醒維持に作用する神経系を遮断するオレキシン受容体拮抗薬では,動物実験ではあるが,髄液中のAβを低下させたという報告13があり,また,依存性や筋弛緩作用がないことから高齢者に使用しやすいといった特徴を持っている.

非薬物療法では日本睡眠学会の「睡眠薬の適正・休薬ガイドライン」14でも示されているように睡眠衛生指導を行うことや,さらに薬物治療の効果が不十分な場合は,認知行動療法を行うことが勧められている.

まとめ

睡眠障害は認知症発症のリスクとなりえることが考えられる.一方で,その治療薬であるベンゾジアゼピン系薬剤については,認知機能の低下や認知症発症のリスクとの関連については明確な結論は出ていない.以上から睡眠障害と認知機能との関連を考慮すると,認知機能に影響の少ないとされる薬物の選択や非薬物治療などバランスよく組み合わせた治療の選択が必要である.

References
 
© 2021, 公益財団法人 天理よろづ相談所 医学研究所
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