2023 年 26 巻 2 号 p. 123-131
ニキビダニ症は,ヒトの皮膚に常在的に寄生するニキビダニ(Demodex folliculorum)による皮膚疾患である.その病原性についてはいまだ議論があるが,昨今,ニキビダニは,正常時と炎症時と免疫機能バランスの調整し,自己の保身と増殖に利用していると考えられている.ニキビダニ症は,宿主と微生物の免疫応答のバランスにより病型を変化させ,寄生量と病変の重症度は生物学的勾配に比例せず,この点から古典的な感染症とは異なると考えられている.このたび40歳女性の顔面に生じたニキビダニ症の一例を経験した.病型ではニキビダニ症の1型であるpityriasis folliculorum と考えられた.テトラサイクリン系抗生物質やイベルメクチン内服は効果がなく,メトロニダゾール内服と洗浄の注意指導と白色ワセリン塗布による保湿ケアにて5ヶ月で改善した.pityriasis folliculorumはニキビダニの免疫調整作用の一表現型と推測される.
患者:40歳女性
既往歴:機能性過多月経.貧血に対し鉄剤服薬中
主訴:両頬の軽度の瘙痒を伴う紅斑
現病歴:X年11月に,当院婦人科にて子宮内膜ポリープから持続的な出血があり過多月経の原因と考えられ全腹腔鏡下子宮全摘+両側卵管切除術を全身麻酔下に施行された.手術の翌日から両頬に小膿疱,鱗屑を伴う紅斑が生じ軽度の瘙痒があり,手術2日後に当科に紹介受診した.ステロイド外用薬の使用歴はなかった.
現症:両頬に境界明瞭な淡い色調の紅斑があり表面には,毛孔に一致して点状に白色の鱗屑と微小な膿疱を伴っていた.辺縁には血管拡張を伴った.額,鼻部,鼻唇溝部,両眼瞼周囲に紅斑は認めなかった(図1).
両頬に境界明瞭な淡い色調の紅斑があり,表面には毛孔に一致して点状に白色の鱗屑が多発し,辺縁には血管拡張を伴った.軽度の掻痒感を訴えた.額,鼻部,鼻唇溝部,両眼瞼周囲に紅斑は認めない.ステロイド外用薬の使用歴は確認できなかった.鑑別疾患として脂漏性湿疹,酒皶を考えた.
ダーモスコピー所見:頬の白色鱗屑を伴う紅斑をダーモスコピーで観察した.毛包の開口部から長さ1–3 mmに突出したゼラチン状の白っぽいクリーミーな糸のように見えるDemodex ‘tails’を毛包に一致して認めた.毛包の開口部にDemodex follicular openingsや,follicular scales, follicular pustule, white vellus hairを認めた(図2).
頬の白色鱗屑を伴う紅斑をカシオダーモカメラ『DZ-D100』で撮影した.毛包の開口部から長さ1–3 mmに突出したDemodex ‘tails’を認めた.紅暈に囲まれた丸い無定形薄灰色または薄茶色の角栓を含む拡張したDemodex follicular openingsや,follicular scales, follicular pustule, white vellus hairを認めた.
直接鏡検像:1視野に10匹以上のニキビダニの虫体虫卵を認めた.初診時に多数のニキビダニの成虫を認めたためダニの発生は初診時より以前と推測された(図3).
頬の鱗屑を採取して100倍で鏡検すると,赤矢印で示したように1視野に10匹以上のニキビダニの虫体虫卵を認めた.
受診時臨床検査所見:白血球数8,260 /μL(リンパ球16.3%,単球6.2%,好酸球2.3%,好中球74.2%),赤血球数4.58 × 106 /μL,ヘモグロビン11.8 g/dL,血小板数41.3 × 104 /μL,総蛋白6.4 g/dL,アルブミン3.9 g/dL,AST 12 IU/L,ALT 7 IU/L,LDH 140 IU/L,血糖値87 mg/dL,尿素窒素11.1 mg/dL,クレアチニン0.6 mg/dL,C反応性蛋白0.08 mg/dL.
治療および経過:初診時からドキシサイクリン100 mg/日内服を1か月+外用薬は白色ワセリンのみ使用したが改善なく,1か月後からイベルメクチン9 mg × 2回/週服用したがその後も鏡検でニキビダニ陽性.硫黄カンフルローション外用は乾燥のみで刺激があり改善なく,2か月後からメトロニダゾール500 mg/日 × 20日で改善傾向を認めた.メトロニダゾールを計30日投与後鏡検でニキビダニは陰性となり,臨床症状は改善した.その間外用は洗顔とワセリン塗擦で初診5か月後に軽快し終診とした(図4).なお本例はメトロニダゾール外用薬の酒皶への保険適応以前の症例である.
ドキシサイクリン100 mg/日,イベルメクチン9 mg内服など酒皶に準じて治療したが改善なく,メトロニダゾール内服20日で改善が見られた.全経過を通じて刺激感を訴えたため外用薬はあえて白色ワセリンとし,無症状の頃から使用歴のある乳液の使用は許可した.
ニキビダニは分類としては節足動物に属し毛包虫と呼称されるが,分類上は昆虫類ではない.各哺乳類に種特異的に種分化しており,ヒト皮膚への終生寄生ダニであるヒト固有種のニキビダニには2種ある.毛嚢脂腺に生息するDemodex folliculorum は体長約279 ± 52.0 μm(オス)で,皮脂腺およびマイボーム腺に存在するDemodex brevis は体長約165.8 ± 18.5 μm(オス)である.共に健常人の全身の毛包から検出され,中高年の顔面では80–100%の頻度で検出可能である 1 .その感染は密接な物理的接触(頬ずりなど)によりヒト間で伝播し,皮脂の産生が低い子供に定着は少ないとされる 2 .
寄生率は,男性は女性(23% vs 13%)より高いが,ステロイド外用薬の使用,不適切な洗浄法やスキンケアが誘因となり増殖する.その生態については,1961年のSpickett 3 以後報告はないが,2022年にClanner-Engelshofenらはヒトニキビダニの生体外培養系を確立し今後の研究が期待される 4 .獣医学では,ニキビダニの病原性は確立しているが 5 ,ヒトでは,ニキビダニは常在微生物であり,その病原性については今も議論がある.
最近の報告では,ニキビダニは,正常時と炎症時と機能バランスを変え,自己の保身と増殖を調整していると考えられている 6 .健康な皮膚状態で,ダニ数は少ない場合には,自身の生存のために免疫耐性を持つ樹状細胞を誘導し,免疫反応を回避して免疫担当細胞の反応を減弱化し炎症を惹起させずダニが温存できる環境を作る.しかし炎症状態や遺伝的親和性がある個体では,ダニ数が増加した場合,毛包の破壊が生じ,タイプ2のToll様受容体(Toll-like receptor 2; TLR2)を介してニキビダニの生体死体からキチン断片,プロテアーゼ,内在細菌が放出され,免疫反応を活性化しケモカイン放出し炎症を惹起するとされている.しかしこれらの免疫応答は,血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor; VEGF)の免疫抑制作用によって変化し,T細胞の疲弊を誘導し,結局ニキビダニの増殖を促進する 7 .
また,表皮から放出されるカテリシジンLL-37は,真皮内の肥満細胞を刺激して炎症反応を増幅させ,さらに,ヒスタミンとVEGFの分泌を増加させ,血管拡張と血管新生を誘発する 8 .そして,感覚神経終末から放出されるサブスタンスPは,真皮内の肥満細胞によるVEGFの産生を強力に誘導し,顆粒分泌を刺激する 9 .加えて,免疫抑制状態(HIV感染など)や,より微細な免疫不全(細菌感染など)や,副腎皮質ステロイド外用は,ニキビダニの過剰な増殖を制御する可能性がある 10 .
皮膚病変の形成ニキビダニの病原性については異論があるものの,酒皶,酒皶様皮膚炎,眼瞼炎から頻繁に検出され,それらの疾患へのニキビダニの関与が議論されている.特徴的な皮膚症状とAyresらは1毛包内に10–12匹以上のニキビダニを確認すると病的意義があるとし,その病型を,pityriasis folliculorumとrosacea-like demodicidosisの2形に分類した 11 .
酒皶とニキビダニニキビダニと酒皶との関連については古今から議論があるがまだ結論には至っていない.本邦の尋常性痤瘡・酒皶ガイドライン2023にはニキビダニの関与は明確にはされていない 12 .
2022年にFortonは,酒皶の原因について,ニキビダニの異常な増殖が主要な要因であり,それが免疫系との相互作用によって病態が進行するという古典的なコッホの原則には該当しない疾患との新しい仮説を提唱した.それによると丘疹膿疱型酒皶(papulopustular rosacea; PPR)は,ニキビダニの増殖が炎症症状の発生と重症度に影響を及ぼす因子の中心に位置しており,PPRはニキビダニ寄生による慢性感染であり,それに伴うT細胞の疲弊が関与していると仮説を提案している.また他の顔面に生じる脂漏性皮膚炎や尋常性痤瘡などの皮膚疾患とニキビダニとの関連性も説明し,共通の要因によって一連のスペクトラム上にある疾患と推論している 13 .
Pityriasis folliculorumとニキビダニPityriasis folliculorumとして知られる皮膚の状態はDemodex folliculitisまたはspinulate demodicosisとも呼ばれるが,毛包部の鱗屑により皮膚がわずかに赤くなり,サンドペーパーのような質感になり,刺激や灼熱感,軽度の瘙痒を引き起こす 14 .
ニキビダニの寄生量と病変の重症度の生物学的勾配は必ずしも比例せず,その端的な例が自験例の様なpityriasis folliculorumである.ニキビダニの寄生濃度を比較すると,症状の強いPPRよりも症状が軽度のpityriasis folliculorum の方が高い.これは,免疫反応に対するダニの免疫抑制作用がその免疫原性作用を上回る可能性があることによって説明され,ニキビダニの存在は皮膚において必ずしも炎症症状を引き起こすわけではなく,過剰な増殖や真皮への侵入がある場合に病原性を持つことがある.つまりpityriasis folliculorumは,多数のニキビダニ密度があっても強い炎症症状がないのは,ニキビダニによる免疫抑制作用が免疫刺激作用を上回るためであり,炎症性でない状態と説明されている 6 .
その治療としては,イベルメクチンの局所および全身投与 15 ,イベルメクチン-メトロニダゾールの局所投与および全身投与,ティーツリーオイル(局所)や,従来の薬物療法に加えて,光療法(intense pulsed light therapy)も試行されている.基本的に皮膚洗浄はニキビダニの侵入を制御する効果的な方法であり適切なスキンケアの励行は治療の基本である.
ダーモスコピー所見昨今ニキビダニの寄生密度測定には,ダーモスコピーや,反射共焦点顕微鏡(reflection confocal microscopy; RCM),共焦点レーザー走査顕微鏡(confocal laser scanning microscopy; CLSM)が使用される.ニキビダニ症のダーモスコピー所見ではDemodex ‘tails’(長さ1–3 mmのゼラチン状の白っぽいクリーミーな糸のように見える毛包の開口部から突き出たニキビダニの尾部)が特徴とされ, それはpityriasis folliculorumの患者での顔面の毛包開口部でも観察は可能である 16 .他の所見として,Demodex follicular openingsは紅暈に囲まれた丸い無定形薄灰色の角栓を含む拡張した毛包の開口部の像であるが,ダーモスコピー像と病理組織像との縮尺の乖離があり,毛包に付着した皮脂との鑑別は重要である.
皮膚表面生検(standardized skin surface biopsies; SSSBs)法ニキビダニの採取法の標準化する方法として,皮膚表面生検(standardized skin surface biopsies; SSSBs)が利用される.本法は,病態の評価や研究において表皮や毛包内の微生物や生態系を調査する重要な方法の一つであり,ニキビダニの研究においては不可欠な検査法である 17 .その実際は,皮膚表面から微小な組織サンプルを採取し解析する方法であり,粘着性のテープや瞬間接着剤使用してスライドガラスを用いて,採取部位にテープを皮膚に軽く押し当て,顕微鏡スライドの場合,ダニを採取する.その後顕微鏡を使用してダニの密度や特徴を評価する.ダニの密度は特定の単位面積あたりのダニの数を計算して算出される. Lacey らは新たなニキビダニ採取法としてmodified standard skin surface biopsy (MSSSB) 法を提案している 18 .
SSSBsは,ニキビダニ研究において重要であるが,いくつかの課題も存在する.問題としては採取法の一貫性,採取部位の選定,ダニの密度や特徴を評価する際の解析の一貫性も標準化には重要な問題点である.SSSBsを使用したニキビダニの採取法の標準化は,ニキビダニの疫学,病態形成,治療効果判定などに正確な結果を得るために不可欠な方法であり,本邦でもニキビダニに対する採取方法と解析基準を標準化した科学的方法論に立脚した信頼性のある研究が必要と考える.
診断と評価ニキビダニ症の診断には直接鏡検が必須であるが,ニキビダニは常在微生物であり,表面を擦過した検体では病因的意義は疑わしい.診断的価値があるのは病変の微小膿疱を針で破って膿汁内に多数の虫体を検出し,メス刃で皮膚表面を擦過し落屑内に多数の虫体を検出する.先述のAyresらは1毛包内に10–12匹の虫体で病原性があるとし 11 ,FortonらはSSSBs法にて1 cm2内に5匹以上ニキビダニを認めると病原性があるとしている 19 .
ニキビダニとデュピルマブ最近のニキビダニに関連する話題として,アトピー性皮膚炎に頻用される生物学的製剤であるヒト型抗IL-4/13受容体モノクローナル抗体製剤デュピルマブの副作用に酒皶やニキビダニ症や持続性顔面皮膚炎(persistent facial dermatitis; PFD)の報告がある 20, 21 .PFDは顔,首,前腕に生じる微細な鱗屑と浮腫性の赤色斑を特徴とし,ステロイド外用が効果に乏しく,対応はデュピルマブの中止,ウパダシチニブへの切り替えと経口イベルメクチンにより改善したとされる.
当方でもデュピルマブ投与患者に生じたPFDと思われる症例があり,患部皮膚の直接鏡検にてニキビダニを数匹視認したが,それが病的な意義があるものかは明確ではない(図5).
74歳男性.アトピー性皮膚炎に伴う数十年来の結節性痒疹がデュピルマブ投与後改善し4年継続後に頸部顔面にステロイド外用は効果に乏しい乾癬様の紅斑が生じた.KOH直接鏡検にて1視野にニキビダニを1匹認めた.意義は不明.デュピルマブは中止して紅斑は改善した.関節痛,眼科症状なし.
ヒト型抗IL-4/13受容体モノクローナル抗体製剤デュピルマブにはTh2遮断とその後のTh1/Th17活性化により乾癬類似の皮膚症状,関節炎,ブドウ膜炎などの副作用が生じうると推測されている.同剤には結膜炎角膜炎の副作用と,寄生虫疾患患者への使用注意の記載があるが,デュピルマブによる眼科合併症にニキビダニの関与を示唆する意見もあり今後の検討が必要であろう 22 .
顔面のニキビダニ症の1例を報告した.病型はpityriasis folliculorumでありこれは免疫調整作用を持つニキビダニが,自己の保身目的にヒトの作用する免疫抑制作用上回る炎症性の乏しい感染状態と推察した.ドキシサイクリン,イベルメクチンの全身投与には反応せず,メトロニダゾール500 mg/日 × 20日で改善傾向を初診5か月後に認めた.
この論文掲載にあたり特定の企業とのCOI (conflict of interest) は存在しない.