鉄と鋼
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論文
定荷重・SSRT・CSRT法による高強度鋼の丸棒試験片を用いた水素脆化評価の比較
千田 徹志萩原 行人秋山 英二岩永 健吾髙木 周作大石 裕之早川 正夫平上 大輔樽井 敏三
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2014 年 100 巻 10 号 p. 1298-1305

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Synopsis:

Resistance to hydrogen embrittlement of low alloy steels was evaluated based on their critical hydrogen content and critical stress. Constant load test, Slow Strain Rate Technique (SSRT) and Conventional Strain Rate Technique (CSRT) were carried out using JIS-SCM435 and V-added steels in six laboratories. It was confirmed that the same test results were obtained in different laboratories under the same test conditions. Furthermore, the relationships between the diffusible hydrogen content and nominal fracture stress obtained by means of CLT and by SSRT were similar to each other. In SSRT and CSRT, fracture surfaces showed Quasi-cleavage mode under small hydrogen content, while they showed Inter-granular fracture under large hydrogen content. In order to compare the three methods considering the concentration of hydrogen in stress field, locally accumulated hydrogen content under the same fracture stress was calculated. The order of the locally accumulated hydrogen content at a given fracture stress is as follows; SSRT < CLT < CSRT in JIS-SCM435, and CSRT < CLT ≒ SSRT in V-added steels. The difference of the evaluation results for JIS-SCM435 is presumably attributed to the dependence of the interaction between hydrogen and dislocations on the strain rate.

1. 緒言

構造物の軽量化,サイズ低減を目指し,TS1000 MPaを超える超高強度鋼の適用検討事例が増加している。TS1000 MPa超級鋼は,大気腐食環境で鋼材中に侵入する微量な水素量でも遅れ破壊と呼ばれる水素脆化1)が発生する可能性がある。TS1000 MPa超級鋼を安全かつ効率的に使用するためには,遅れ破壊が発生するか否かを鋼材使用前に評価,予測することが重要となる。遅れ破壊の発生可能性を判断するためには,鋼材の水素に対する抵抗力と使用中の水素侵入特性を評価することが重要である。これらの評価には種々の考え方や手法がある。例えば,Yamasakiらは,Troianoらが提唱した鋼材が破壊しない最大の拡散性水素量(限界拡散性水素量HC)2)の概念を利用し,限界拡散性水素量が鋼材使用中に鋼材に侵入する拡散性水素量(侵入水素量HE)よりも多い条件では遅れ破壊は発生しない,とする評価を提案している3,4)。また,Kushidaらは,使用環境における試験材の水素透過係数を求め,その条件での水素チャージ下にて破断応力を求めることで耐遅れ破壊発生を評価している5)。本報告は前者の評価方法に着目し,限界拡散性水素量と侵入水素量の二つの因子のうち,鋼材の水素に対する抵抗力を示す限界拡散性水素量の評価手法に関して検討したものである。

限界拡散性水素量を求める手法は,一般的には定荷重試験(CLT, Constant Load Test)2,3,4),低ひずみ速度法(SSRT, Slow Strain Rate Technique)6,7,8,9,10,11,12),通常速度法(CSRT, Conventional Strain Rate Technique)13,14,15,16),4点曲げ法(4 Point Bending method)17)があげられる。これらの評価法の妥当性を検証する研究やこれらの評価法を用いた鋼材の特性評価は種々行われているが,それぞれの手法により得られる限界拡散性水素量や水素脆化破壊限界応力の差異は不明である。そこで,本研究では,種々の評価法で得られる限界拡散性水素量や水素脆化破壊限界応力の差異を明確にすることを目的として,同一材料を用いて定荷重試験,SSRT,CSRTにより求められた水素脆化破壊限界の比較を行った。

2. 実験方法

2・1 供試材および試験片形状

供試材は高力ボルトの素材として一般的に使用されているSCM435および,近年耐遅れ破壊性に優れる鋼材として開発されている微細析出物による水素トラップサイトを利用した鋼3,5)の一例としてV添加鋼を用いた。成分詳細はTable 1に示す。

Table 1. Chemical composition of steels used. (mass %)
SteelsCSiMnPSAlCrMoVN
SCM4350.350.240.790.0230.0160.0361.090.150.005
V steel0.410.200.700.0050.0050.0351.190.650.300.004

SCM435鋼は,Table 1に示す組成の実機鋼塊を直径10 mmまで伸線加工を行った後に高周波熱処理装置によりFig.1に示す熱処理を行った。Table 2に平行部径10 mm,ゲージ長100 mmで引張試験を行って得られた特性を示す。この供試材をS11鋼とする。

Fig. 1.

 Schematic diagram of heat treatment condition of SCM435.

Table 2. Mechanical properties of steels used. Specimen dimension SCM435 G.L.: 100 mm, Diameter: 10 mm, V steel G.L.: 56 mm, Diameter: 8 mm
SteelsYS / MPaTS / MPaEl. (%)R. A. (%)
SCM435 (S11)100311031233
V steel (V14)133914431560

一方,V添加鋼は,Table 1に示す組成の試験室真空溶解鋼を直径16 mmまで鍛造後,920 °Cで60 min加熱し,空冷する焼ならし処理を行った。その後,Fig.2に示す熱処理を行った。150 °Cで30 min加熱した仮戻し処理は,焼入れ後から焼戻し処理までの間に数日を要したため,その間の割れ発生の危険性を極力低くする目的で,焼入れ直後に150 °Cで30 min加熱の仮戻し処理を実施した。Table 2に平行部径8 mm,ゲージ長56 mmで引張試験を行ったときの特性を示す。この供試材をV14鋼とする。

Fig. 2.

 Schematic diagram of heat treatment condition of V steel.

Fig.3に水素脆化試験片形状を示す。試験片形状は高力ボルトのねじ部の応力集中を模擬した直径8 mm,切欠き底半径6 mm(切欠き深さ1 mm),切欠き底の曲率半径0.12 mm,応力集中係数は約5の環状切欠丸棒試験片を用いた。

Fig. 3.

 Specimen dimension.

2・2 水素脆化感受性評価法

本研究では,定荷重試験,SSRT,CSRTの3種の手法を用いて水素脆化感受性を評価した。

2・2・1 定荷重試験

定荷重試験は水素をチャージした試験片に一定応力を負荷して保持し,破断応力と水素量の関係を調査する試験法である。本研究では,高濃度の水素を導入する条件については新日鐵住金(NSSMC)で実施し,水素チャージは陰極電解法を用いた。一方,低濃度の水素を導入する条件については高周波熱錬(NC)で実施し,FIP(Fédération Internationale de la Précontrainte)試験18,19)に使用されるチオシアン酸アンモニウム(NH4SCN)水溶液による浸漬法9)を用いた。

陰極電解法による水素チャージは,3 mass% NaCl+(0.1~20 g/L)NH4SCN水溶液で18 hの水素チャージを行い,電流密度とNH4SCN濃度を変化させることにより,水素量を変化させた。水素チャージ後に試験片にZnめっきを行い水素の逃散を防止し,S11鋼については3 h,V14鋼については96 h室温で放置し,試験片内部の水素を均一化した。試験片中の水素量は,試験終了後,試験片のZnめっきを除去後に測定した。

一方,NH4SCN水溶液浸漬による水素チャージは,溶液濃度を0.25~20 mass%に調整することにより水素量を変化させた。試験片に荷重を負荷した後,50 °Cに加熱したNH4SCN水溶液を容器内に注入し試験を開始した。容器はFig.4に示すような2重構造となっており,NH4SCN水溶液の周囲に温水を循環させて水溶液温度が50 °Cとなるように保持した。本手法では,荷重を負荷後に水素チャージを開始するため,試験中に水素量が増加する。このため,予備試験としてS11鋼およびV14鋼を用いて1 mass%および20 mass% NH4SCN水溶液中に無負荷で浸漬した際の浸漬時間と拡散性水素量の関係を調査した。浸漬によって水素チャージされた試験片中の拡散性水素量は,所定の時間浸漬後エメリー紙#1000を用いて表層の腐食生成物を研磨除去した後に測定した。

Fig. 4.

 Schematic illustration of test cell for immersion in NH4SCN solution.

定荷重試験は,水素チャージを行わない環状切欠丸棒試験片の最大引張応力を基準として負荷応力を設定した。S11鋼は環状切欠丸棒試験片の最大引張応力1663 MPaに対し,1497 MPa(0.9倍),1330 MPa(0.8倍),993 MPa(0.6倍)の応力を,V14鋼は,最大引張応力2023 MPaに対し,1618 MPa(0.8倍),1299 MPa(0.6倍)の応力を負荷して定荷重試験を行った。環状切欠丸棒試験片の最大引張応力σ[N/mm2=MPa]は最大引張荷重P[N]および切欠き部の断面積(Φ6.0 mm:28.3 mm2)を用いて,式(1)から算出した。   

σ=P/28.3(1)

負荷を開始して100 h経過後未破断の場合は試験を打ち切った。試験片中の拡散性水素量は,各濃度の溶液に無負荷で100 h浸漬後に上記と同様にエメリー紙#1000を用いて表層の腐食生成物を研磨除去した試料の測定値を用いた。

水素は昇温脱離法にて,ガスクロマトグラフにより測定した。

2・2・2 SSRT

水素をチャージした試験片のSSRT(Slow Strain Rate Technique,低ひずみ速度引張試験)6,7,8,9,10,11,12)を行い,水素量と破断応力の関係から水素脆化感受性の評価を行った。試験片には環状切欠丸棒試験片を用いたため,切欠き部での厳密なひずみ速度は定義できず,低速引張試験と呼称する方が正しいが,一般に低変位速度での引張試験がSSRTと呼ばれることから,ここではSSRTの呼称を用いる。低速で試験を行う理由は,試験中に水素の応力誘起拡散に要する時間を与え,試験片内の応力分布に対応した水素濃度分布を得るためである。水素チャージ試験片のSSRTによって,比較的広い水素量範囲での破断応力の変化が得られ,水素脆化感受性を評価することが可能である。この方法で求めた破断応力と水素量の関係は,定荷重試験(CLT)によって求めた負荷応力と限界拡散性水素量の関係と一致することが期待される。

SSRTにより,S11鋼およびV14鋼について水素脆化特性評価を行った。SSRTは新日鐵住金(NSSMC)および物質・材料研究機構(NIMS)で試験を行った。

試験片へは陰極電解法により水素を導入した。NSSMCでは3 mass% NaCl+(0~3 g/L)NH4SCN水溶液を用い電流密度0.3-2.0 A/m2で18 h水素チャージを行い,NIMSでは3 mass% NaCl+3 g/L NH4SCN水溶液もしくは0.1 mol/L NaOH水溶液を用い電流密度0.4-6.25 A/m2で72 h水素チャージを行った。それぞれ溶液と電流密度を変化させることにより水素量を変化させた。水素をチャージした試験片にはNSSMCではZnめっきを,NIMSではCdめっきを施し,SSRT中の水素の逃散を防止した。めっき後,NSSMCでは,S11鋼については3 h,V14鋼については96 h室温で放置し,試験片内部の水素を均一化した。一方,NIMSでは,水素チャージ時間を72 hと長くすることでチャージ中に水素を均一化させると考え,放置せずにSSRTを実施した。

SSRTは0.005 mm/minのクロスヘッド変位速度で行った。試験後に,NSSMCではガスクロマトグラフを,NIMSでは四重極質量分析器を水素検出に用いた分析装置を使い,昇温脱離法により水素分析を行った。

2・2・3 CSRT

水素脆化評価法としてSSRTが水素の応力誘起拡散を時々刻々,平衡状態にまで起こさせるために時間をかける極低ひずみ速度で行うのに対し,逆にCSRT13,14,15,16)は水素の応力誘起拡散が無視できる程度のひずみ速度,すなわち通常の引張試験速度で行う。そのためにCSRTでは水素脆化割れ起点の水素量を試験片の平均水素量で表現することから,あらかじめ試験片に飽和するまで均一に水素をチャージする。その場合,供試鋼に応じて飽和までの水素チャージ時間を決定することになる。

S11鋼およびV14鋼について環状切欠丸棒試験片を用いたCSRTによって複数の研究機関で水素脆化特性を検討した。S11鋼のCSRTは上智大学(SPU),新日鐵住金(NSSMC),三菱製鋼(MSM)で,また,V14鋼のCSRTは上智大学(SPU),新日鐵住金(NSSMC),物質・材料研究機構(NIMS)で行った。環状切欠丸棒試験片のねじ部をシリコン樹脂でコーティングした上で切欠きをはさんで20~40 mmに陰極電解法で水素をチャージした。電解液として3 mass% NaCl+0~3 g/L NH4SCNもしくは0.1 mol/L-NaOHを用い,電流密度を0.25~80 A/m2に変化させることで広範囲の水素量をチャージした。今回用いた環状切欠丸棒試験片に水素が飽和するまでのチャージ時間はS11鋼で72 h程度,V14鋼で120 h程度であった。それぞれの機関での水素チャージ時間は,S11においてSPUは72~144 h,NSSMCは144 h,MSMは72 hで,V14鋼においてSPUは120 h,NSSMCは144 h,NIMSは336 hであった。

水素チャージ後,すみやかに1 mm/minのクロスヘッド変位速度でCSRTの引張試験を行った。試験後,破断面部を切り出し,ガスクロマトグラフを用いて昇温脱離法により水素分析を行った。また,破面はSEMにより破壊形態を明らかにした。

2・3 水素分析方法

試験片中の拡散性水素量は,ガスクロマトグラフィーもしくは質量分析計を用いた昇温脱離分析法により求めた。昇温速度は100 °C/hとし,300 °C以下の第一ピーク終了までに放出された水素の合計を拡散性水素量とした。

3. 結果

3・1 水素吸蔵挙動

陰極電解法でチャージした水素の昇温脱離分析の結果,S11鋼では水素放出曲線のピーク温度は100 °C近傍にあり,同種のSCM鋼材で引張強さ1300 MPaおよび1500 MPaについて得られたもの13,14)と同等であった。一方,V14鋼については,Fig.5に示すように水素放出曲線のピーク温度は,水素量が少ない場合には約150 °C,水素量が多い場合には約100 °Cであった。これは,V14鋼が微細なVC析出物など水素トラップエネルギーの大きいトラップサイトを有しているためで,チャージされた水素はまずは強いトラップサイトに入り,水素量の増大に伴って順次弱いトラップサイトに吸蔵されること3)で理解される。

Fig. 5.

 Hydrogen curves of various hydrogen content for steel V14 charged in aqueous solutions of 0.1 M NaOH at current densities (CD) in the range from 10 to 80 A/m2.

3・2 定荷重試験

NH4SCN水溶液浸漬による水素チャージの予備試験として1 mass%および20 mass% NH4SCN水溶液中に無負荷で浸漬した際の浸漬時間と拡散性水素量の関係を調査した。その結果をFig.6に示す。S11鋼では,いずれの濃度においても拡散性水素量は20 hまでは増加し,その後は一定の値となったため,拡散性水素は試験開始後20 hでほぼ試験片内で均一化すると考えられる。一方,V14鋼では浸漬時間の増加に伴い拡散性水素量は増加していたため,試験中にも水素量は増加していると考える必要がある。

Fig. 6.

 Relationship between immersion time in NH4SCN solution and diffusible hydrogen content for steel S11 and steel V14. (without load)

Fig.7にS11鋼およびV14鋼の拡散性水素量−破断時間曲線の一例を示す。いずれの鋼種においても,拡散性水素量が減少するにともない破断時間が長くなっており,他の応力水準においても同様の傾向を示した。応力条件と材料に依存して,所定の水素量以下では100 hでも破断が起こらなかった。

Fig. 7.

 Examples of relationship between time to fracture and diffusible hydrogen content for steel S11 (immersion in NH4SCN) and steel V14 (cathodic hydrogen charging).

Fig.8にS11鋼およびV14鋼の負荷応力と拡散性水素量の関係を示す。図中の白抜きマークは破断した試験片で測定された水素量の最小値,図中の黒塗りマークは破断しなかった試験片で測定された水素量の最大値(ただし白抜きマークよりも低い水素量の試験片),を示す。参考のため,環状切欠丸棒試験片に水素をチャージせずに引張試験を行った際の引張強さも併記している。いずれの鋼種においても,拡散性水素量が増加するほど破断応力が低下する傾向を示している。同一の水素量を基準にして比較すると,V14鋼の破断応力はS11鋼より高い値であった。また,負荷応力と拡散性水素量の限界線は,浸漬法と陰極チャージ法で同じ線上に位置した。

Fig. 8.

 Relationship between applied stress and critical diffusible hydrogen content under constant load for steel S11 and steel V14 (solid: no fracture, open: fracture). The experiments were carried out in Neturen Co., Ltd. (NC, immersion in NH4SCN) and Nippon Steel & Sumitomo Metal Corp. (NSSMC, cathodic hydrogen charging).

3・3 SSRT

SSRTで求めた切欠き断面部の公称破壊応力と昇温脱離法によって求めた試験片内の平均的な水素量の関係を,S11鋼およびV14鋼についてそれぞれFig.9Fig.10に示す。いずれの鋼種も,水素量の増加に伴い破断応力は低下した。S11の破壊応力と水素量の関係は,2機関とも同様の傾向を示した。NIMSで行ったSSRTでの破面の割れ発生起点周辺では,約0.5 mass ppmの水素量を境に,低水素濃度側で擬へき開(Quasi-cleavage,以降QC),高水素濃度で擬へき開に旧オーステナイト(γ)粒界割れ(Inter-granular,以降IG)が混在した破面形態が見られた。公称破壊応力の低下は低水素濃度側で比較的緩やかで,高水素濃度側でより著しかった。この傾向は,S11鋼と同等の引張強さのボロン添加焼戻しマルテンサイト鋼のSSRTの結果7)と同様である。破面観察の結果と合わせると,IGが発生すると破壊応力が急激に低下すると考えられる。

Fig. 9.

 Relationship between fracture nominal stress and diffusible hydrogen content obtained by SSRT for steel S11. The experiments were carried out in National Institute for Materials Science (NIMS) and NSSMC.

Fig. 10.

 Relationship between fracture nominal stress and diffusible hydrogen content obtained by SSRT for steel V14. The experiments were carried out in NIMS and NSSMC.

V14鋼の場合,微細に析出したVCが水素トラップとして働くため,同等の水素チャージ条件での水素量はS11鋼よりも著しく高くなる。一般的に,引張強さが高い材料は低い材料と比較して,水素チャージした際の公称破壊応力の低下量が大きくなるのに対し,同一水素量を基準にして比較するとV14鋼の公称破壊応力はS11鋼のそれより明らかに高かった。

3・4 CSRT

CSRTによる水素脆化特性評価として切欠き断面部の公称破壊応力と水素量(CSRTでの平均水素量HCSRT=破壊起点の水素量H*)の関係をS11鋼およびV14鋼についてそれぞれFig.11およびFig.12に示す。それぞれの鋼材で3つの機関で実験したが,ほぼ同等な公称破壊応力と水素量の関係が得られ,CSRTが変動要因の少ない試験法であることが示されている。また,同一の水素量で比較するとS11よりもV14の方が高い破断応力を示した。公称破壊応力と水素量の関係は,S11鋼の場合には水素量が2.5~3.0 mass ppmを境に,また,V14鋼の場合は約5 mass ppmを境に2つの関係となっている。すなわち,水素量が少ない領域では水素量の増大に伴って破壊応力は徐々に低下するが,水素量が多い領域になると水素量の増大に伴って破壊応力は著しく低下している。この破壊応力の急な低下は破面観察結果の変化と対応していた。水素量の少ない領域では,破壊起点となる切欠き先端から数10 μm内側に入ったところでQCが主体となっており,水素量の多い領域の結果ではIGが混在するようになり,破壊形態の水素量依存性を持つことがわかる。IGの方が破断応力の低下が大きく水素脆化感受性が高いことを示しており,SSRTの結果と同様の傾向を示した。

Fig. 11.

 Relationship between fracture nominal stress and diffusible hydrogen content obtained by CSRT for steel S11. The experiments were carried out in Sophia University (SPU), Mitsubishi Steel Mfg. Co., Ltd. (MSM) and NSSMC.

Fig. 12.

 Relationship between fracture nominal stress and diffusible hydrogen content obtained by CSRT for steel V14. The experiments were carried out in SPU, NIMS and NSSMC.

4. 考察

定荷重試験(CLT),SSRTおよびCSRTで求めたS11鋼およびV14鋼の水素脆化特性,すなわち拡散性水素量と切欠き断面部の公称破壊応力の関係をそれぞれFig.13Fig.14に示す。定荷重試験では,破壊した最も少ない水素量の結果をプロットし,破壊しなかった最も多い水素量の結果を誤差範囲にて表記した。CSRTは水素の応力誘起拡散が生じない短時間で評価する方法であるため,同じ破壊応力レベルで比較すると他の試験方法より多くの水素量を含有している。一方,定荷重試験とSSRTは破壊応力と水素量の関係がほぼ同程度である。この理由は,どちらの試験法も応力誘起拡散が生じる十分な試験時間を有することから,試験中に試験片内の応力分布に応じた水素濃度分布が生じ,破壊に至るプロセスが近いためと推定される。

Fig. 13.

 Comparison among the hydrogen embrittlement resistance obtained by CLT, SSRT and CSRT for steel S11.

Fig. 14.

 Comparison among the hydrogen embrittlement resistance obtained by CLT, SSRT and CSRT for steel V14.

また,SSRTとCSRTの拡散性水素量と破壊応力の関係は,両試験法ともに破面形態に応じて変化する。低水素量領域ではQCが主体で拡散性水素量の増加に対して破壊応力が徐々に低下するのに対し,ある水素量を超えるとIGが混在し破壊応力が急激に低下する。

Hagiharaら13,14)は1300~1500 MPa級鋼を用いてSSRTとCSRTの水素脆化限界の比較を行い,拡散性水素の応力集中部への集積を考慮したときに水素脆化挙動がSSRTとCSRTでほぼ同じであり,水素脆化限界は破壊起点での局所的な応力と拡散性水素量で決定されると報告している。そこで,同様の手法を用いて本研究における応力誘起拡散により集積した局所拡散性水素量H*を(2)式6)を用いて推定し,定荷重試験,SSRTとCSRTの試験法で得られた水素脆化限界を比較した。   

H*=H×exp{((σhσhmin)×ΔV)RT}(2)

ここで,Hは昇温脱離分析により求められた試験片中の平均拡散性水素量,σhは応力集中部での静水圧応力,σhminは試験片中の切欠き底から十分離れた位置での静水圧応力,ΔVはbcc Fe中の水素の部分モル体積で2×10−6 m3/mol20)Rは気体定数,Tは試験温度で300 Kである。また,σhは弾塑性解析によって求めた。解析条件は,Marcを用いて2次元の軸対称モデルとし,TS以下の領域の応力と歪みの関係は平滑試験片の引張試験結果を用い,TSを超える領域の歪みと応力の関係はn乗硬化則で推定した。

Fig.15Fig.16に定荷重試験,SSRTでの破壊起点の局所拡散性水素量を式(2)を用いて求め,CSRTの破壊限界と比較した結果を示す。縦軸は,破壊起点での局所応力ではなく試験片の最小断面積部での平均破壊応力であるが,本検討では試験片形状がいずれの試験においても同一であるため,平均破壊応力と応力が最大となる局所応力は一対一の対応関係にある。局所的に集積した拡散性水素を考慮して1100 MPa級のS11鋼の水素脆化特性を評価すると,破断する水素量の序列はSSRT<CLT<CSRTとなった。一方,1400 MPa級のV14鋼では,破断する水素量の序列はCSRT<CLT≒SSRTであった。

Fig. 15.

 Comparison among the hydrogen embrittlement resistance based on locally accumulated hydrogen obtained by CLT, SSRT and CSRT for steel S11.

Fig. 16.

 Comparison among the hydrogen embrittlement resistance based on locally accumulated hydrogen obtained by CLT, SSRT and CSRT for steel V14.

以上の結果は,従来のHagiharaらの実験結果13)と異なっている。その理由として,S11鋼に関しては実験に用いた鋼材強度の差異が考えられる。Hagiharaらは引張強さが1300 MPa級の材料を用い,主にIGを生じているのに対し,本実験では引張強さが1100 MPa級でQCが主体となっている。つまり,引張強さが1100 MPa級鋼は,1300 MPa級鋼よりも破壊の際に塑性変形の寄与が大きいと考えられる。Takaiら21)は,水素と転位の相互作用により水素脆化が促進すると報告している。SSRTは転位が低速で移動するため,転位に引きずられる形で水素が拡散し,転位と水素の相互作用が大きいと推定される。それに対し,CSRTは転位が高速で移動するため,水素は転位の移動に連動できず,転位と水素の相互作用が小さいと推定される。したがって,局所的に同じ水素量でもSSRTよりCSRTは水素脆化感受性が小さくなる可能性が考えられる。一方,定荷重試験は応力負荷時に急激に転位が移動するため水素と転位の相互作用は小さいと思われるが,試験中のリラクゼーションによって転位が若干移動するため,水素脆化感受性はSSRTとCSRTの間になったと推定される。

水素トラップ鋼のV14に関しては,(2)式の適用の妥当性も検討する必要があると考えられる。CSRTは他2つの試験法の局所拡散性水素量と同等の水素量を均一に添加する試験方法であるため,評価する際は実部品の応力集中度から局所に集中する水素量を計算する必要がある。しかし,トラップサイトのある鋼種に(2)式を適用する妥当性は確認できていない。そのため,主に拡散性水素がV炭化物にトラップされているV添加鋼において,(2)式によって局所拡散性水素量を計算して求めた値は,破壊発生時に実際に集積した局所水素量と大きく異なっている可能性が考えられる。

5. 結言

定荷重試験,SSRT,CSRTにて水素脆化における水素脆化感受性をSCM435(S11鋼)およびV添加鋼(V14鋼)についてラウンドロビンテストを行った結果,以下の知見が得られた。

(1)定荷重試験は2機関で実施され,チオシアン酸アンモニウム(NH4SCN)水溶液浸漬と陰極電解による異なる水素チャージ方法を用いても,水素量の増加に伴い破断応力が低下する傾向を示し,大きなばらつきは見られなかった。

(2)SSRT試験は2機関で実施され,拡散性水素量と公称破壊応力の関係は2機関ともに同様の結果が得られた。また,S11鋼では0.5 mass ppmより低水素量側でQC破壊(Quasi-cleavage,擬へき開),高水素量側でIG破壊(Inter-granular,粒界)であり,IG破面を示す領域では拡散性水素量に対する公称破壊応力の低下が顕著であった。

(3)CSRT試験は,それぞれの鋼材において3機関で実施され,拡散性水素量と公称破壊応力の関係はいずれも同等の関係が得られた。また,S11鋼では2.5~3.0 mass ppmを境に,V14鋼では5 mass ppmを境にSSRTと同様な拡散性水素量に対する公称破壊応力の低下を示した。

(4)いずれの試験法においても,V14鋼はS11鋼と比較して同等の水素チャージ条件で拡散性水素量は増加した。また,同じ拡散性水素量で比較するとV14鋼の公称破壊応力はS11鋼より高かった。

(5)定荷重試験,SSRT,CSRTの3つの試験方法を比較すると,定荷重試験とSSRTは水素の拡散を考慮した試験法であるため,拡散性水素量と公称破壊応力について同等の関係が得られる。また,静水圧応力場による水素の拡散,集中を考慮して局所拡散性水素量を計算すると,同じ公称破壊応力で比較した際に局所拡散性水素量はS11鋼でSSRT<CLT<CSRTの関係となった。一方,V14鋼ではCSRT<CLT≒SSRTの関係となった。S11鋼に関して,局所的に同じ水素量でもSSRTよりCSRTは水素脆化感受性が小さくなった理由は,SSRTは転位が低速で移動するため転位と水素の相互作用が大きいのに対し,CSRTは転位が高速で移動するため転位と水素の相互作用が小さいためであると推定される。

文献
 
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