鉄と鋼
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論文
種々の試験法による焼戻しマルテンサイト鋼板の水素脆化特性評価
北條 智彦脇 裕之西村 文仁
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2014 年 100 巻 10 号 p. 1306-1314

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Synopsis:

To standardize the evaluation technique of hydrogen embrittlement properties of ultra high-strength steel sheets, hydrogen embrittlement properties of SCM435 and V added steel sheets with tempered martensitic matrix were investigated and compared by using 4-Point Bending Cathode Charging Technique, 4-point Bending Constant Displacement Compression Technique and Conventional Strain Rate Technique which was tensile tests. In the SCM435 and the V added steels, it was confirmed that little deterioration of maximum stress was observed at a low diffusible hydrogen concentration region while rapid deterioration of maximum stress was indicated at a high diffusible hydrogen region in all of the testing techniques. Similar hydrogen embrittement properties of the both steels evaluated by 4-Point Bending Cathode Charging Technique and 4-Point Bending Constant Displacement Compression Technique were obtained when maximum tensile stress and accumulated diffusible hydrogen concentration of outside at the center in length of specimens were estimated by FEM analysis. Hydrogen embrittlement properties obtained by both of 4-Point Bending Technique of SCM435 and V added steels were higher than those properties evaluated by Conventional Strain Rate Technique. This might be caused by the difference in the fracture morphologies between 4-Point Bending Technique and Conventional Strain Rate Technique. In 4-Point Bending Technique, intergranular fracture with plastic deformation was occurred in the prior austenite grain near initiation point of cracks, even though intergranular fracture without plastic deformation was observed in the prior austenite grain near the edge of specimen in Conventional Strain Rate Technique.

1. 緒言

近年,自動車の衝突安全性向上と自動車車体軽量化による燃費向上のため,自動車用薄鋼板の超高強度化の要求が高まっており,多くの自動車用衝突安全部材に980 MPa超級の超高強度鋼板が適用され始めている。そのため,自動車用超高強度鋼板も水素脆化(遅れ破壊)の発生が懸念されるようになり,耐水素脆化特性に優れた超高強度薄鋼板の開発1,2,3),および水素脆性発生のメカニズムに関する研究4,5,6)が積極的に行われるようになった。日本の水素脆化に関する研究は,1960年代,橋梁に用いられていた,引張強さが1300 MPa級のF13T高力ボルトが突然破壊したことによって始まった7)。そのため,これまでの水素脆化に関する研究のほとんどは丸棒を用いた研究8,9,10)であった。ここで,一般的に静的荷重を負荷したあと,時間遅れをともなって水素起因による破壊を発生する現象を遅れ破壊,材料中に侵入した水素によってじん性が著しく低下する現象を水素脆化と呼ぶが,遅れ破壊は水素脆化の一種であるため,本研究では両者とも水素脆化と呼ぶこととする。

現在までに水素脆化特性を評価する方法として,鋼材が破壊しない限界拡散性水素量(HC)と鋼材の使用中に環境から侵入する拡散性水素量(侵入拡散性水素量(HE))の関係から水素脆化が生ずるか否かを判定する方法11,12,13)が提案されている。このなかで,丸棒のHCを評価する実験手法としては,一定荷重法(CLT:Constant Load Test)11,14),低ひずみ速度引張試験法(SSRT:Slow Strain Rate Technique)15,16),および通常のひずみ速度引張試験法(CSRT:Conventional Strain Rate Technique)17,18,19)などが用いられている。超高強度薄鋼板においては上記の試験法に加えて4点曲げ法(4-Point Bending Technique)1)やU曲げボルト締め法(U-Bending Technique)20,21)による水素脆化特性の評価も可能である。

上記のように,これまでの水素脆化に関する研究は各研究機関でそれぞれの試験法,評価法で議論されてきた。2010年に発足した一般社団法人日本鉄鋼協会材料の組織と特性部会「水素脆化研究の基盤構築」研究会では,それぞれの研究機関が共通基盤技術を構築し,各研究機関で評価された水素脆化特性を共通的に議論できるようにすることを目的として研究が進められた。とくに,水素脆化評価法の共同研究では,さまざまな研究機関,試験法による水素脆化特性の相違の確認と,その差が生じる理由の解釈について積極的に議論された。

本研究は「水素脆化研究の基盤構築」研究会で用いられた標準試験片であるSCM435鋼板とVを添加したV添加鋼板の2種類の鋼板から作製した焼戻しマルテンサイト薄鋼板を用いて,4点曲げ陰極チャージ法(4PBCC:4-Point Bending Cathode Charging Technique),4点曲げ定速圧縮法(4PBCD:4-Point Bending Constant Displacement Compression Technique),および通常のひずみ速度引張試験法による水素脆化特性を調査し,試験法の違いによる水素脆化特性の差異を確認した。

2. 実験方法

2・1 供試鋼

本研究の供試鋼は「水素脆化研究の基盤構築」研究会で作製し,共通試料として使用したSCM435鋼,およびV添加鋼を用いた。供試鋼の化学組成をTable 1に示す。SCM435鋼は実機鋼塊を25 mmtまで熱間鍛造した後,5 mmtまで熱間圧延し,酸洗後に2.6 mmtまで冷間圧延を行った。その後,Fig.1(a)のように880 °C×60 min,油焼入れと520 °C×60 min,空冷の熱処理後に1.6 mmtまで両面研削をして焼戻しマルテンサイト薄鋼板を作製した。V添加鋼はラボ真空溶解鋼に5 mmtまで熱間圧延を施した。その後,Fig.1(b)に示す920 °C×60 min,油冷,150 °C×30 min,空冷の仮焼戻しと600 °C×60 min,水冷の焼戻しを施し,1.6 mmtまで両面研削をして薄鋼板を作製した。薄鋼板作製後の引張特性をTable 2に,それらの微細組織をFig.2に示す。なお,引張特性はJIS14B号引張試験片(ゲージ長さ15 mm,平行部幅6 mm,板厚1.6 mm)を用い,クロスヘッド速度1 mm/minで評価した。

Table 1. Chemical compositions of steels used (mass%), in which V represents V added steels.
SteelCSiMnPSAlCrMoVN
SCM4350.350.240.790.0230.0160.0361.090.150.005
V0.410.200.710.0050.0050.0371.200.640.300.004
Fig. 1.

 Heat treatment diagrams of (a) SCM435 and (b) V added steels.

Table 2. Tensile properties of SCM435 and V added steels, in which V represents V added steels.
TSYSTEIUEIRA
SCM435120410565.92.86.5
V1373123911.57.513.0

TS(MPa): tensile strength,YS (MPa): yield strength or 0.2% proof stress, TEl (%): total elongation, UEl (%): uniform elongation, RA (%): reduction of area

Fig. 2.

 Scanning electron micrographs of (a) SCM435 and (b) V added steels.

2・2 水素分析

水素チャージは陰極チャージ法により行った。水素チャージ液には3%NaCl+0~20 g/L-NH4SCNの溶液を用い,24~96時間,温度25 °C,0.1~10 A/m2の電流密度の条件で水素チャージを行った。鋼中の拡散性水素濃度はNH4SCN濃度,および電流密度を変化させて水素チャージすることにより調整した。

拡散性水素濃度はガスクロマトグラフィを用いた昇温脱離分析法(TDS:Thermal Desorption Spectrometry Analysis)により測定した。 試験片は室温から800 °Cまでの範囲で200 °C/hourの速度で昇温し,第一ピーク終了までに放出された水素の合計を拡散性水素濃度(mass ppm,以下ppmと記す)とした。サンプルへの水素チャージ完了から水素分析までの間,試験片は液体窒素中に保管した。なお,水素分析は各水素吸蔵条件で1~2回行い,同一条件で水素吸蔵したときの拡散性水素濃度の測定誤差は15%程度であることを確認した。

2・3 4点曲げ陰極チャージ法による水素脆化試験

試験片には10 mmW×65 mmL×1.6 mmtのサイズの短冊試験片を用いた。この試験片に無負荷の状態で水素分析のときと同様の水素チャージ条件であらかじめ試験片に拡散性水素を吸蔵させた。ここで,プレチャージ後の鋼中の水素濃度を一定とするため,プレチャージの時間は48時間とした。プレチャージ完了後,Fig.3に示すように,外側支点間距離55 mm,内側支点間距離11 mm,荷重ピン径2 mmの4点曲げ試験治具を用いて試験片に4点曲げ負荷を付与し,プレチャージのときと同様の条件で水素チャージをしながら4PBCCを開始して破断までの時間を計測した。このとき,負荷応力は4点曲げ試験片の最大曲げ応力発生点(長さ方向の中央部)の曲げ外側表面の曲げ応力とし,式(1)に示すはりの理論式によって算出した。   

σb=3P(L2L1)/bt2(1)

Fig. 3.

 Illustration of 4-Point Bending Testing jig.

ここで,σbは曲げ応力,Pは負荷荷重,L1は内側支点間距離(11 mm),L2は外側支点間距離(55 mm),bは板幅(10 mm),tは板厚(1.6 mm)とした。水素脆化特性は100時間13)破断しない最大曲げ応力を曲げ限界破断強度(DFS:Delayed Fracture Strength)として評価した。また,プレチャージ後,試験片に4点曲げ負荷を付与し,4PBCCを開始するまでに5 min程度を要した。

2・4 4点曲げ定速圧縮法による水素脆化試験

4PBCDは4PBCCによる水素脆化試験と同様の短冊試験片を用い,同様の水素チャージ条件で試験片にあらかじめ拡散性水素を吸蔵させた。プレチャージ完了後,Fig.3の4点曲げ試験治具を用いて,精密万能試験機により,25 °C,クロスヘッド速度0.5 mm/minの一定速度で4PBCDを行った。水素脆化特性は,試験片破断までの最大曲げ荷重からはりの理論式(1)を用いて最大曲げ応力を算出し,曲げ限界破断強度(σB-max)として評価した。なお,プレチャージ完了から,4PBCDが完了するまでに15 min程度を要した。また,4PBCDは4点曲げ試験治具の形状の制約により,試験開始から6 mmの変位を与えたところで試験を終了した。

2・5 通常のひずみ速度引張試験法による水素脆化試験

CSRTはゲージ長さ15 mm,平行部幅6 mm,板厚1.6 mm の引張試験片を用い,クロスヘッド速度1 mm/minで水素吸蔵後に行った。水素プレチャージは試験片に無負荷の状態で4PBCC,および4PBCDのときと同様の条件で行った。水素脆化特性は試験片破断までの最大引張応力を引張限界破断強度(σT-max)として評価した。なお,プレチャージ完了から,CSRTが完了するまでに15 min程度の時間を要した。

3. 実験結果

3・1 水素吸蔵特性

Fig.4にSCM435鋼,およびV添加鋼の水素チャージ液3%NaCl+3 g/L-NH4SCN,温度25 °C,電流密度10 A/m2の条件で水素チャージを行ったときの水素放出曲線を示す。また,Fig.5に供試鋼の水素チャージ時間(tC)と拡散性水素濃度(HD)の関係を示す。SCM435鋼は室温から約150 °Cの範囲で,V添加鋼では室温から約250 °Cの範囲で水素放出が確認され,V添加鋼はSCM435鋼よりも水素放出のピークが高く,より高温側で多くの水素放出が確認された。24時間以上の水素チャージでSCM435鋼では約1.0 ppm,V添加鋼は約7.0 ppmの拡散性水素を吸蔵し,いずれの鋼も24時間以上,水素チャージしてもHDはほとんど上昇しなかった(Fig.5)。

Fig. 4.

 Hydrogen evolution curves of SCM435 and V added steels with hydrogen charging for 24, 48 and 96 hours using 3%-NaCl + 3 g/L-NH4SCN solution at current density of 10 A/m2 at 25 ºC, in which V represents V added steels.

Fig. 5.

 Variations in diffusible hydrogen concentration (HD) as a function of hydrogen charging time (tC) in SCM435 and V added steels using 3%-NaCl + 3 g/L-NH4SCN solution at current density of 10 A/m2 at 25 ºC, in which V represents V added steels.

NH4SCN濃度を変化させたときのSCM435鋼の水素放出曲線をFig.6(a)に,NH4SCN濃度,および電流密度を変化させた場合のV添加鋼の水素放出曲線をFig.6(b)に示す。また,このときの拡散性水素濃度(HD)をTable 3に示す。SCM435鋼はNH4SCN添加量によらず室温から約150 °Cの範囲で水素は放出され,水素放出のピーク温度は一定となっていた。また,NH4SCN添加量が増加するにしたがって水素放出量が増加した。NH4SCN添加量が1,および3 g/LのHD,および5,7,10 g/LのHDはほぼ同じ傾向を示し,NH4SCN添加量が15 g/Lのとき最も多くのHDとなる傾向が確認された(Fig.6 (a)Table 3)。一方,V添加鋼は室温から約250 °Cの範囲でSCM435鋼よりも多くの水素を放出し,NH4SCN添加量が増加するほど,また電流密度が大きくなるほど水素放出量は増加して水素放出のピーク温度は低温側にシフトする傾向が現れた(Fig.6(b))。

Fig. 6.

 Hydrogen evolution curves of (a) SCM435 and (b) V added steels with different NH4SCN content and current density.

Table 3. Diffusible hydrogen concentration (HD) of SCM435 and V added steels, in which V represents V added steels.
steelINH4SCNHD
SCM4351011.40
31.69
52.43
72.49
102.45
153.27
202.92
V0.110.98
101.18
17.61
37.20
1017.96
39.32
59.95
1012.29

I(A/m2): Current density, NH4SCN(g/L): NH4SCN content, HD (ppm): Diffusible hydrogen concentration

Choo and Lee22)は,φ8 mm×15 mmの円柱試験片に水素を吸蔵し,昇温速度約150~230 °C/hourで水素分析を行うと,結晶粒界からの水素は約100~120 °Cをピークに,転位上からの水素は約220~250 °Cをピークに放出されると報告している。また,Tsuchidaら5)は水素吸蔵後のφ14×90 mmのV添加鋼を100 °C/hourの速度で昇温水素分析した場合,約200 °Cをピークに拡散性水素が放出され,結晶粒界,転位上などよりも高温でV炭化物界面から多量の水素を放出することを報告した。本研究では,板厚1.6 mmの薄鋼板を用いたため,円柱状のサンプルを用いたChooらやTsuchidaらの実験の水素放出ピーク温度よりも低温側で拡散性水素が放出される傾向があると予想される23)。また,SCM435鋼,およびV添加鋼の母相はマルテンサイトラスを有し,V添加鋼はマルテンサイト母相内にV炭化物が析出したと考えられる(Fig.2)。以上のことから,SCM435鋼の室温から約150 °Cの範囲の水素放出は主に旧オーステナイト粒界,マルテンサイトラス境界,パケットやブロック境界,および転位上からのものに対応し,V添加鋼の室温から約250 °Cまでの範囲の多量の水素放出ピークは旧オーステナイト粒界,マルテンサイトラス境界,パケットやブロック境界,および転位上からの拡散性水素に加えて,V炭化物,またはV炭化物/母相界面からの拡散性水素と考えられ,これまでの報告と同様の結果が得られた。

V添加鋼はHDが高くなるにしたがって水素放出ピークが低温側にシフトする傾向が顕著に現れた。これは水素チャージをすると,V炭化物/母相界面のような水素トラップエネルギの高い水素トラップサイトから水素は補充されていき,これらのトラップサイトが拡散性水素で満たされると水素トラップエネルギの低い旧オーステナイト粒界,ラス境界,転位上などに水素がトラップされるようになるため18)と考えられる。

3・2 4点曲げ陰極チャージ試験結果

Fig.7に拡散性水素濃度(HD)が1.40,2.43,2.92,3.27 ppmのSCM435鋼,および0.98,7.61,9.95,12.29 ppm のV添加鋼の負荷応力(σa)と水素脆化発生までの時間(tf)の関係を示す。いずれの鋼も水素脆化を発生する場合,48時間のプレチャージ後の4点曲げ負荷を付与した直後に破断する傾向が現れた。また,吸蔵したHDが高いほど100時間破断しない最大応力は低下した。供試鋼の4PBCC後の破面,および水素脆化き裂の発生点付近のSEM写真と破面の模式図をFig.8に示す。SCM435鋼,V添加鋼とも粒界破壊の発生が観察された(Fig.8(a-f))。V添加鋼の破面(Fig.8(d,e,f))はSCM435鋼のそれら(Fig.8(a,b,c))と比較して粒界破壊の破面単位が小さく,粒界破面の表面は粗くみえた。いずれの鋼も水素脆化破壊の起点付近では旧オーステナイト粒の塑性変形をともなった粒界破壊を生じ,その後,試験片内部では旧オーステナイト粒の塑性変形をともなわない粒界破壊を発生したことが確認された(Fig.8(g-l))。この旧オーステナイト粒の塑性変形領域はHDが高くなるにしたがって小さくなり,SCM435鋼で大きく(Fig.8(g,h,i)),V添加鋼では小さかった(Fig.8(j,k,l))。

Fig. 7.

 Delayed fracture curves obtained by 4PBCC of (a) SCM435 and (b) V added steels.

Fig. 8.

 Scanning electron micrographs of (a-f) typical fracture surface, (g-l) fracture surface at edge and (m) illustration of fracture surface of sample obtained by 4PBCC of (a, b, c, g, h and i) SCM435 and (d, e, f, j, k and l) V added steels.

3・3 4点曲げ定速圧縮試験結果

Fig.9HD=0,1.40,2.43,2.92,3.27 ppmのSCM435鋼,およびHD=0,7.61,9.95,12.29 ppmのV添加鋼の4PBCDによる荷重−変位曲線を示す。拡散性水素吸蔵による荷重−変位曲線の変化を見やすくするため,各曲線を0.5 mmずつシフトさせて表示した。いずれの鋼も水素吸蔵後も弾性域の曲線の傾きに変化はみられなかった。SCM435鋼では2.92,3.27 ppm,V添加鋼では9.95,12.29 ppmの拡散性水素を吸蔵すると,HDが少ない条件と比較して低い荷重で降伏して水素脆化破壊した。供試鋼の4PBCD後の破面,および水素脆化き裂発生点付近のSEM写真と破面の模式図をFig.10に示す。4PBCD後の破面は4PBCC後の破面と同様に,大部分は粒界破壊を発生し,V添加鋼の粒界破壊の破面単位はSCM435鋼のものよりも小さく,粒界破面の表面は粗いようにみえた。(Fig.10(a-f))。また,水素脆化破壊の起点付近では旧オーステナイト粒の塑性変形をともなった粒界破壊を生じ,その後,旧オーステナイト粒の塑性変形をともなわない粒界破壊を発生した(Fig.10(g-l))。4PBCDの場合,旧オーステナイト粒の塑性変形領域の大きさにSCM435鋼,V添加鋼の差,および吸蔵したHDの大きな差はみられなかった。

Fig. 9.

 Load-displacement curves obtained by 4PBCD of (a) SCM435 and (b) V added steels.

Fig. 10.

 Scanning electron micrographs of (a-f) typical fracture surface, (g-l) fracture surface at edge and (m) illustration of fracture surface of sample obtained by 4PBCD of (a, b, c, g, h and i) SCM435 and (d, e, f, j, k and l) V added steels.

3・4 通常のひずみ速度引張試験結果

Fig.11にCSRTによるHD=0,1.40,2.43,2.92,3.27 ppm のSCM435鋼,およびHD=0,0.98,7.61,9.95,12.29 ppm のV添加鋼の応力ひずみ線図を示す。SCM435鋼は,1.40 ppmの拡散性水素を吸蔵すると伸びが大きく低下し,2.43 ppm以上のHDでは塑性変形をせずに弾性変形領域で破断した。一方,V添加鋼はHD=0.98 ppmでは,水素吸蔵しないでCSRTを行った場合と比較して若干,伸びが低下したが,ほぼ同等の最大応力を有した。また,HDが高くなるにしたがって,破断までの最大応力は低下する傾向が現れた。Fig.12に供試鋼のCSRT後の各水素量での破面(a-h),および試験片平行部の側面近傍の破面写真(i-p)と破面の模式図を示す。SCM435鋼では,HD=2.43 ppmまでの範囲では,ディンプル破面が大部分を占めており(Fig.12(a,b,c)),HDが上昇すると,擬へき開破面,および粒界破面の面積が増加して,HD=3.27 ppmでは主に粒界破面を有した(Fig.12(d))。V添加鋼では,いずれのHDでCSRTを行っても主にディンプル破面を有した(Fig.12(e-h))が,HDが上昇するとSCM435鋼と同様に擬へき開破面,および粒界破面が増加した。いずれの鋼も試験片平行部側面の水素脆化破壊発生点近傍では粒界破壊を発生し,破面中央部ではディンプル破壊,および擬へき開破壊が観察された。この破壊様式は,これまでに報告されている一般的な水素脆化の破壊様式24)と同様である。

Fig. 11.

 Stress-strain curves conducted by CSRT of (a) SCM435 and (b) V added steels.

Fig. 12.

 Scanning electron micrographs of (a-h) typical fracture surface, (i-p) fracture surface at edge and (q) illustration of fracture surface of sample conducted by CSRT of (a-d and i-l) SCM435 and (e-h and m-p) V added steels.

4. 考察

4・1 各水素脆化試験法の比較

Fig.13にSCM435鋼,およびV添加鋼の4PBCC,4PBCDによる曲げ限界破断強度(DFS,σB-max),およびCSRTによる引張限界破断強度(σT-max)と拡散性水素濃度(HD)の関係を示す。SCM435鋼の4PBCC,4PBCDでは約2.5 ppm以上,CSRTでは1.5 ppm以上の拡散性水素を吸蔵するとDFS,σB-max,σT-maxは急激に低下した。また,低HD側の曲げ限界破断応力,引張限界破断応力の低下が小さい範囲では4PBCDのσB-maxが最も高い傾向となり,CSRTによるσT-maxが最も低い傾向が現れた。一方,V添加鋼では,いずれの試験方法においても,約8.0 ppm以上の拡散性水素を吸蔵するとDFS,σB-max,σT-maxは急激に低下することが確認された。V添加鋼もSCM435鋼と同様に,σB-maxDFS,σT-maxの順に曲げ限界破断応力,および引張限界破断応力が高くなった。

Fig. 13.

 Variations in delayed fracture strength of 4PBCC (DFS), maximum bending strength of 4PBCD (σB-max) and maximum tensile strength of CSRT (σT-max) as a function of diffusible hydrogen concentration (HD) in SCM435 and V added steels, in which V represents V added steels.

本研究で用いた3種類の水素脆化特性評価法のうち,4PBCC,および4PBCDは,はりの理論式から求めた最大曲げ応力を用いて水素脆化特性を評価しており,CSRTは引張応力で最大応力を評価している。また,4PBCC,4PBCDでは高負荷応力の場合,降伏応力を超えた応力が負荷されたため,はりの理論式から曲げ応力を求めることは妥当な方法ではないと考えられる。さらに,4点曲げ応力を負荷した場合,曲げ外側は引張,内側は圧縮の曲げ応力が負荷されるため,曲げ外側で水素の集積が起こると考えられる。そこで,非定常3次元弾塑性FEM解析を用いて4点曲げ負荷時の試験片の長さ方向中央部の曲げ外側の引張応力,および静水圧応力を求め,4PBCCの場合の試験片の長さ方向中央部の曲げ外側の集積拡散性水素濃度(HD*)をTojiら25)が用いた次式により予測した。   

HD*=Hexp{(σmΔV)/(RT)}(2)

ここで,Hは無負荷のときに鋼中に侵入した拡散性水素濃度,σmは静水圧応力(引張応力を正とする),ΔVは水素のモル体積変化(2×10−6 m3/mol),Rは気体定数,Tは温度を示す。また,FEM解析は解析ソフトにAbaqus/Standardを用い,4点曲げ試験片の対称性を考慮して試験片の1/4領域で行った。要素には8節点の3次元連続体要素を用いた。Fig.14には,SCM435鋼とV添加鋼のFEM解析により求めた4PBCC,4PBCDによる引張限界破断強度(DFS*,σB-max*),およびCSRTによる引張限界破断強度(σT-max)と拡散性水素濃度(HD),集積拡散性水素濃度(HD*)の関係を示す。なお,HD*は4PBCCの結果に適用し,4PBCD,およびCSRTはひずみ速度がマルテンサイト中の水素の拡散速度よりも十分に大きいため,試験終了までに鋼中で水素の集積は起こらないものと仮定してHDを用いた。SCM435鋼において,CSRTは他の水素脆化試験法よりも低いHDでσT-maxが急激に低下し始め,4PBCCは4PBCD,CSRTよりも高いHD*までDFS*の急激な低下はみられなかった。また,CSRTはいずれのHDにおいても他の水素脆化試験法よりもσT-maxが低い傾向を示した。一方,V添加鋼においては,4PBCC,4PBCDによるDFS*,σB-max*とHDHD*の関係に大きな差はみられず,CSRTと比較して限界破断応力が高く,限界破断応力が急激に低下するHDHD*が高い傾向が確認された。

Fig. 14.

 Variations in estimated delayed fracture strength of 4PBCC (DFS*), estimated maximum tensile strength of 4PBCD (σB-max*) and maximum tensile strength of CSRT (σT-max) as functions of diffusible hydrogen concentration (HD) and accumulated diffusible hydrogen concentration (HD*) in (a) SCM435 and (b) V added steels.

4・2 4PBCCと4PBCDの水素脆化特性の違いの解釈

Fig.14において,4PBCDはひずみ速度がマルテンサイト中の水素の拡散速度よりも十分大きく,試験中の水素の集積はないと仮定してHDを用いた。しかし,SCM435鋼の通常のマルテンサイト相の水素拡散係数はV添加鋼のV炭化物を含むそれよりも大きいため,4PBCD中の水素の集積の影響を考慮する必要があるかもしれない。そこで,SCM435鋼の4PBCDのHD*を式(2)によって求め,4PBCC,4PBCD,およびCSRTによる引張限界破断強度(DFS*,σB-max*,σT-max)と拡散性水素濃度,集積拡散性水素濃度(HDHD*)の関係をFig.15にまとめた。SCM435鋼の4PBCDも水素脆化試験中の水素の集積が起こると仮定すると,4PBCCと4PBCDは試験法の違いによらず,ほぼ同様のDFS*,σB-max*とHD*の関係を得ることができた。

Fig. 15.

 Variations in estimated delayed fracture strength of 4PBCC (DFS*), estimated maximum tensile strength of 4PBCD (σB-max*) and maximum tensile strength of CSRT (σT-max) as functions of diffusible hydrogen concentration (HD) and accumulated diffusible hydrogen concentration (HD*) in SCM435 steels.

4・3 4点曲げ法とCSRTの水素脆化特性の違いの解釈

SCM435鋼,V添加鋼とも4点曲げ法(4PBCC,4PBCD)はCSRTよりも引張限界破断強度が低下し始める拡散性水素量が高く,すべてのHDHD*の範囲で引張限界破断強度も高い傾向となった(Fig.14)。4点曲げ法とCSRTでは,破壊様式が異なった。Fig.8(m)Fig.10(m),およびFig.12(q)に示すように,4PBCC,4PBCDでは,はじめに試験片側面で旧オーステナイト粒の塑性変形をともなった粒界破壊を発生し,その後,旧オーステナイト粒の塑性変形をともなわない粒界破壊を発生して水素脆化破壊を生じた。一方,CSRTの場合,試験片の平行部側面で塑性変形をともなわない粒界破壊が発生したあと,破面中央部で擬へき開破壊,およびディンプル破壊へと変化して破断した。4点曲げ法の場合,試験片長さ方向の曲げ外側には試験片長さ方向に引張応力が,内側には圧縮応力が発生する。また,FEM解析によって試験片側面にはせん断応力が作用し,内部ではそのせん断応力は作用していないことが確認された。これは,試験片長さ方向の曲げ外側は引張変形,内側は圧縮変形したことにより断面が扇形に変形したためと考えられた。一方,CSRTでは,試験片平行部には単軸引張応力のみが作用し,これまでの報告24)と同様の水素脆化破壊を生じた。以上のように,4点曲げ法の破壊の起点付近では試験片長さ方向の引張応力に加えてせん断応力が作用した。このことが,Fig.8(m)Fig.10(m)に示すようにき裂発生初期に旧オーステナイト粒の塑性変形をともなった粒界破壊を発生さたと考えられる。そのため,4点曲げ法はCSRTと比較して水素脆化破壊の進展に要する抵抗エネルギが高くなり,引張限界破断強度が低下する拡散性水素量,および引張限界破断強度がCSRTよりも高くなったと考えられた。

4・4 SCM435鋼とV添加鋼の水素脆化特性の違いの解釈

いずれの水素脆化試験法においてもV添加鋼はSCM435鋼と比較して引張限界破断強度が急激に低下する拡散性水素量が高かった。また,4PBCCによるDFS*は引張限界破断強度が急激に低下した後もV添加鋼のほうが高い値を有していた。V添加鋼は,母相の微細なV炭化物,および母相/炭化物界面に優先的に多くの水素がトラップされた5)(Fig.6)ため,V添加鋼の旧オーステナイト粒界の拡散性水素濃度が低下し,鋼板内部で粗い表面を有する粒界破壊を発生した(Figs.8, 10)ことが予想される。そのため,V添加鋼はSCM435鋼よりも高い拡散性水素濃度まで引張限界破断強度が急激に低下しなかったと考えられた。また,V添加鋼は熱延中にマルテンサイトラス母相にV炭化物が析出することにより旧オーステナイト粒の成長が抑制され,SCM435鋼よりも小さい旧オーステナイト粒径を有した。Fig.2よりSCM435鋼,およびV添加鋼の平均粒径を測定したところ,それぞれ約20.2 μm,11.9 μmであった。Takasawaら26)は結晶粒径を変化させた焼入れ鋼を用いて45 MPa 水素中における引張試験を行い,結晶粒径が大きくなるにしたがって破壊強さが低下したことを報告している。よって,本研究のV添加鋼がSCM435鋼よりも小さな旧オーステナイト粒径を有したことも,優れた耐水素脆化特性を有した要因のひとつであると考えられた。

5. 結言

薄鋼板の水素脆化特性評価法の標準化のため,SCM435鋼とV添加鋼を用いて4点曲げ陰極チャージ法,4点曲げ定速圧縮法,および通常のひずみ速度引張試験法による水素脆化特性を調査し,試験法の違いによって生じる水素脆化特性の差について検討した。得られた結果を以下に示す。

(1)いずれの水素脆化試験法においても限界破断強度が若干,低下する拡散性水素濃度の範囲と,限界破断強度が急激に低下する拡散性水素濃度の範囲が現れた。試験法によって限界破断強度に差があり,限界破断強度が急激に低下する拡散性水素濃度が異なる結果となった。

(2)4点曲げ負荷時の試験片の長さ方向中央部の曲げ外側の引張応力をFEM解析し,鋼中の拡散性水素の集積を考慮すると4点曲げ陰極チャージ法と4点曲げ定速圧縮法の限界破断強度と拡散性水素濃度の関係はほぼ同様の傾向となった。ただし,SCM435鋼の4点曲げ定速圧縮法では,鋼中の拡散性水素の集積を考慮したが,V添加鋼では拡散性水素の集積は考慮しなかった。

(3)いずれの拡散性水素濃度においても4点曲げ法の水素脆化特性は通常のひずみ速度引張試験法の水素脆化特性と比較して優れた傾向を示した。これは,4点曲げ法は水素脆化破壊の起点付近で試験片長さ方向の引張応力とせん断応力が作用したことにより水素脆化の破壊形態が通常のひずみ速度引張試験法の場合とは異なったことに起因したと考えられた。

(4)いずれの試験法においても,V添加鋼はSCM435鋼よりも優れた耐水素脆化特性を有した。これは,V添加鋼中のV炭化物による高い水素トラップ特性,および旧オーステナイト粒微細化に起因したと考えられた。

謝辞

本研究の遂行にあたり,JFEスチール株式会社の高木周作博士には多大なご配慮をいただきました。ここに深く感謝申し上げます。また,「水素脆化研究の基盤構築」研究会委員の皆様には貴重なご意見をいただきました。ここに深く感謝申し上げます。

文献
 
© 2014 一般社団法人 日本鉄鋼協会

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