2014 Volume 100 Issue 10 Pages R24-R26
鉄鋼材料の材質を制御・向上しようと考えるとき,まず取り組む実験の一つは組織観察ではないだろうか。組織観察の手法として,近年では走査型電子顕微鏡も広く使用されているが,光学顕微鏡が最も簡便な方法としてまず挙げられるのではないかと思う。光学顕微鏡による金属組織の研究が創案されたのは1864年のことであり,それにより金属材料は大きく発展してきた。
本論文は,鉄と鋼の組織観察のために,日本で光学顕微鏡が一般的に普及され始めた頃に,俵國一先生によって執筆されたものである。(本論文は『「鉄と鋼」と私』シリーズ1)の中でも紹介されている。)
本論文の中で,光学顕微鏡による鉄と鋼の組織観察のためには一種の技術・熟練を要するため,その手順・方法をまとめる必要性があることが記載されている。その始めとして本論文にて2つの鑑定表をまとめている。1つ目は,試料の切断・観察方向により,組織(介在物など)の観え方が異なることを,詳細に分類してまとめたTable 1である。ボイド・き裂と介在物の区別の方法や,試料の保管方法についても記述されている。2つ目は,組織観察におけるエッチングの効果についてまとめたTable 2である。ピクリン酸溶液によるエッチングの効果について,特に色調の変化に着目して,組織の評価を行なっている。また,ピクリン酸溶液のほか,希釈弗酸水溶液や水素ガスによる処理などの効果についても記載されている。
鉄鋼材料は,多種多様な異なる加工・熱処理履歴を経て生産されている。そのため,適切な観察面の選択や,それらにあった研磨やエッチングなどの表面仕上げが要求される。本原稿の著者がエッチング溶液の選択の際に驚いた例を挙げる。珪素鋼(Fe-3.4 mass% Si)をエッチングしたときのことである。数10 μm以下の結晶粒径の珪素鋼は,例えば5%ナイタール溶液(5 vol% 硝酸+95 vol% エタノール)でも十分にエッチングされる。しかしながら,目視できる程の大きなmmサイズの結晶粒からなる珪素鋼では,一昼夜ナイタール溶液に浸漬しても変化はなく,王水(塩酸:硝酸=3:1[vol%])にてようやくエッチングされた。このように,多様性に富む鉄鋼材料の組織観察のためには,最適化された研磨やエッチングなどの表面仕上げの技術が必要となり,多くの実験・研究を要する。このことは光学顕微鏡による組織観察に限った話ではなく,近年の進歩が著しい走査型電子顕微鏡においても同様である。
鉄鋼材料おいて光学顕微鏡による組織観察が普及し始めた頃に,その手法・方法の確立の必要性を示した本論文の価値は高く,そのような視点に立った研究の重要性を改めて感じさせる論文である。