2014 Volume 100 Issue 10 Pages R30-R31
本論文は,連続鋳造の安定化と高品質化を格段に進歩させた溶鋼の湯面レベルセンサの開発と制御系への実装法に関するものである。内容の説明の前に,製造技術に用いられるセンサに必須な要件について述べる必要がある。その一つは悪環境への耐性と高信頼動作である。本件では,溶鋼に近接する高温,振動,狭隘,モールドパウダによる湯面の隠蔽などがこれに当たる。この中で連続鋳造プロセス安定のキーとなる湯面レベルを高感度に計測しなければならない。もうひとつはフィードバックループ中での実時間動作である。安定な高制御性能を得るため,被制御量に対して線形な出力と十分なダイナミックレンジ,高い応答速度と低遅延が求められる。また,操業条件の変動にも柔軟に対応できなければならない。
本論文の筆者らが着目したのは渦電流式の近接センサであった。このセンサは,現在でも悪環境での応用に多数用いられるもので,電磁誘導の検出原理に由来する構造のシンプルさと高速応答,導電体のみへの選択性,温度依存性の低さなどに特徴をもつ。応用は,煤塵や油まみれの中での近接スイッチ,回転機の回転検出,レベル計測,降雨や積雪中での鉄道レールの軌間や高さの計測など多種多様である。しかし,当時これをもってしても溶鋼湯面の計測には対応不可能であった。湯面を覆うモールドパウダや溶鋼の高温・振動のゆえに,その近接した動作範囲におさまらなかったためである。
これに対して,本論文のセンサはFig.1の構造をもつ。検出コイルに生じた磁束は対象の金属を貫き,金属表面に渦電流を生じるため,検出コイルの等価的なインダクタンスが変化する。通常の渦流近接センサでは,コイルに生じた抵抗成分から距離を求めるが,ここでは,インダクタンスの減少に着目する。これを定インダクタンスのダミーコイルとの分圧とフィードバックにより電圧として取り出すが,驚くべきことに,このフィードバックは正帰還である。正帰還を有する増幅回路は古典的には再生増幅器と呼ばれ,増幅が難しい条件で高利得を得る手段として用いられる。ここではこれを非線形利得特性を得る手段として活用した。すなわち,インダクタンスは近接領域では急激に低下するが,動作時のリフトオフではその変化はわずかである。大きなリフトオフではこれを強い正帰還で増強し,小さなリフトオフでは正帰還のレベルを下げて利得の増強を押さえる。Fig.2は,リフトオフと出力の関係を用いる交流増幅器の利得をパラメータとして描いたものである。利得の調整により,ほぼ線形な応答特性が得られ,外径60 mmの検出コイルでのリフトオフは150 mmにも達した。正帰還には不安定を助長する欠点があるが,これを自動利得調整(AGC)の機能で緩和し,さらに現場での校正や操業条件変更の補助として活用できるようにした。回路への深い理解と,欠点を長所に変える優れた技術的センスに敬意を表したい。
Principle of positive feedback amplification applied distance measurement.
Output characteristics of positive feedback amplification applied to the eddy-current distance detector.
ここでとられた回路的な方法には,制御ループの中での実時間的適用もその背景にある。プロセッサや高速A/D,D/A内蔵型のセンサが主流の現在では若干状況が異なるが,補正関数などの非線形処理をアナログの制御ループに入れることは,当時では十分な実時間性や信頼性が得られなかったであろう。センサ近辺での構造の工夫や回路的処理の有効性は,特に先進的領域では今後とも変わることはない。
本論文には,さらに検出コイルの差動化による改良についても述べられている。検出コイルの側方に導電体の構造物があると,高リフトオフの配置ゆえその影響を受けやすいが,検出コイルを2段に縦方向に配置し,その逆相接続の距離応答特性から溶鋼湯面を検出すると,同相で加わる壁面や外部磁界の影響が除かれる。同時に,正帰還増幅器の帰還合成のパラメータを増やし,非線形特性の補償精度の改善にもつなげている。Fig.3が制御系を含む全体の構成図である。溶鋼湯面センサの高速応答とノズルの強い非線形性の補償により,ノズルの溶損を含む広範な操業条件変動への対応が可能になった。これによる製品品質の向上により,冷却を必要とする鋳片の疵取り手入れ工程が不要となり,再加熱不要により省エネルギーに貢献した。
Arrangement of the mold level control system.
対象を良く観察し,計測手段を選び,その問題点を捉え,練達の技で的確に対応方法を考えて行く。分野横断的に醸成された物理的センス・アナログ的センスが困難な問題にコンパクトですっきりとした解決を与える。これが製造上のキーとなる計測量であるがゆえに,製品の格段の高品質化と省エネルギー化につながり,競争力を高め,その技術は国内外に拡がり,日本の鉄鋼産業の人的,技術的レベルの高さを世界に知らしめた。産業に深く結びついた計測技術の特色の大きな一面が実によく現れている。これからの鉄鋼産業も,まさにこうあってほしいと心から願っている。