鉄と鋼
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論文
溶銑脱燐プロセスシミュレーションモデルの開発
北村 信也伊藤 公久パレバニ ファルシッド森 正樹
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2014 年 100 巻 4 号 p. 491-499

詳細
Synopsis:

The simulation model for hot metal dephosphorization process by multi-phase slag was developed by the ISIJ research group of “Process Simulation for Dephosphorization of Pig Iron by Multi-Phases”. The model employed a multi-scale model, which was an integration of macro- and meso-scale models. In the macro-scale model, the reactions between the liquid slag and the metal were described by a coupled reaction model. In the meso-scale model, the fraction of solid phase was calculated from the numerated phase diagram data, and the distribution of P2O5 between solid and liquid slag phases was evaluated by thermodynamic data. The dissolution of flux was also considered in the model. The program runs on a normal Windows personal computer (PC) with Microsoft C++ 2010. The pull-down menu is available for selecting jobs. The input and output data files are written in CSV style, which can be handled easily by a spreadsheet processor such as Microsoft Excel. One calculation requires less than a second when a typical PC is used. This program was applied the various experiments carried out by five steelmaking companies in Japan and the reasonable results were obtained. The use of the program is sufficiently easy and enables the user to apply it to processes control as well as process simulation.

1. 緒言

溶銑脱燐は1980年代に我が国で開発された独自技術であり,現在では東アジアを中心に海外でも広く用いられている1)。開発された当初は,溶銑輸送容器を用いて生石灰と蛍石を酸化鉄又は酸素とともにインジェクションするプロセスが多かった。しかし,2000年にフッ素が環境規制されたことを受けて,蛍石を用いないプロセスとして転炉を用いた溶銑脱燐処理が主流となった2)。このプロセスは,欧州で広く行われていたダブルスラグと類似しているが,脱炭を抑制して溶銑温度で脱燐をおこなうと言う溶銑脱燐の思想が活かされている点や,脱炭スラグをリサイクル利用する点等が異なっている。フラックスをインジェクションした場合には,フラックスが浴内を浮上する過程で反応が進行するとされていたが,転炉を用いた場合には反応はトップスラグと溶銑間でのみ進むため,スラグ組成の制御が重要になる。溶銑脱燐スラグはCaO-SiO2-FeO-P2O5系であり,多くの場合,2CaO・SiO2(C2Sと略す)飽和域で操業が行われている。このC2Sと3CaO・P2O5(C3Pと略す)は広い組成範囲で固溶体を形成することが知られており3),また,溶融スラグとC2S-C3P固溶体との間で,燐酸は高い分配比で固溶体に濃縮されるという結果が得られている4,5)。これは,脱燐反応で溶鉄相からスラグ液相へ移動した燐酸は,液相に留まるよりも,固溶体を形成して固相に入る方が安定である事を示している。このような固液共存スラグはマルチフェーズスラグ又はマルチフェーズフラックスと称され,それを利用した精錬方法が様々な視点から研究されている6,7)

ところで,溶銑脱燐は高い酸素ポテンシャルのスラグと低い酸素ポテンシャルの溶銑との間で起こる反応のため非平衡であり,速度論に基づく解析が行なわれている。その代表的なモデルが競合反応モデル8)である。過去にも,この競合反応モデルを基礎としてインジェクションプロセスも含めた溶銑脱燐プロセスをシミュレーションするプログラムは開発されていた9)。しかし,従来のモデルではスラグは均一液相として取り扱われているため,マルチフェーズスラグへの適用には限界があり,最近ではスラグ中の固相の影響を考慮した新しいプロセスシミュレーションモデルが提示されている10,11)。このモデルを実験値と比較した報告もあるものの,その適用性は限定的であり,より広範囲な操業条件に適用するには,各パラメータの汎用化が必要であった。そこで,本論文では,ユーザーインターフェースの付与とパラメータの汎用化を行った新しいプロセスシミュレーションモデル(MPSRモデル;Multi-Phase Slag Refiningモデル)の概要を述べるとともに,様々な操業への適用結果を紹介する。尚,本研究は,日本鉄鋼協会生産技術部門B型研究会「マルチフェーズ利用による溶銑脱燐プロセスシミュレーション研究会(主査・伊藤公久)」で行ったものである12)

2. モデルの概要

MPSRモデルの基本的構成をFig.1に示す。モデルは反応速度等を計算するマクロスケールモデルと,状態図やフラックス溶解速度等を計算するメゾスケールモデルから成り立っている。メゾスケールモデルには,ニューラルネットワークによる液相スラグの粘性13),固液共存スラグの熱伝導度14)を計算するモデルも含まれているが,この2つについてはマクロスケールモデルには組み込んでいないため,その詳細は本報告では触れないことにする。

Fig. 1.

 Basic structure of the “Multi-Phase Slag Refining (MPRS) Model”, which consists of macro-scale model and meso-scale model.

MPSRモデルの概念をFig.2に,計算フローをFig.3に示す。ユーザーインターフェースの項で示す各種の計算条件をインプットした後,まず,反応前のスラグ組成,溶銑組成を計算する。スラグ量と組成は1ステップ前の組成と量,添加されたフラックスからの溶解量,上吹き酸素で生成されるFeOから計算され,溶銑量と組成は1ステップ前の組成と量,添加されたスクラップの溶解量,上吹き酸素による直接脱炭で消費される炭素量から計算される。次いで,スラグの固相比と液相組成を状態図情報に基づき計算する。ここで,状態図はCaO-SiO2-FeOの3元系に単純化し,その相境界を組成と温度の関数で与えた10)。また,蛍石等の滓化剤の効果は,C2S飽和組成と液相との相境界組成の滓化剤10%添加による変化量が,温度を何度上昇させるのに等しい効果を持つか(例えば蛍石ではCaF2が5%の場合,温度が100 K上昇した場合の状態図を用いる)という考え方で入れた。計算の結果,1ステップ前よりC2S晶出量が増えた場合には,新たに晶出した質量を加えたC2S相の総質量を計算し,そのC2S相と液相スラグ間でP2O5が分配されるとした。分配比は,C2S相のP2O5活量と正則溶液モデルで計算した液相スラグのP2O5活量が等しくなるように計算した15)。一方,1ステップ前よりC2S晶出量が減る場合には,減少量を除いたC2S相の総質量を計算し,そのC2S相と液相スラグ間でP2O5が分配されるとした。このようにして液相スラグ組成が決定された後に,そのスラグと溶銑の間での反応を競合反応モデルで計算した。計算方法の詳細は既に他の論文10)で示しているため省略する。

Fig. 2.

 Schematics of the MPSR model (Phases and reactions that considered in the model).

Fig. 3.

 Flow chart of the calculation.

計算に必要なパラメータのうち,スラグ中各酸化物の活量係数は正則溶液モデル16)で計算し,メタル側物質移動係数(km;m/s)とスラグとの反応による脱炭反応速度を規定するCOガス発生速度定数(GCO;mol/(m2・s))はフィッティングパラメータとし,後で示すようにそれらの回帰式を構築した。パラメータの計算方法は既報で示されているが,あらためて整理すると以下のようになる。

・メタル側物質移動係数(km)

インプット条件として後記の(3)式を使うか,(3)式を用いず任意の値を入れるかを選択でき,さらに必要に応じて(3)式の計算値を任意の係数で補正できるようにした。

・スラグ側物質移動係数(ks)

インプット条件としてメタル側物質移動係数との比(km/ks)で入れるか,ks自体を任意の値で入れるかを選択できるようにした。尚,インプット条件でkm/ksを選択した場合は,ksは,さらに,固相率,スラグ撹拌状況(CO発生量),スラグ原単位を考慮した関数で補正して用いている10)

・スラグとの反応によるCOガス発生速度定数(GCO)

インプット条件として後記(4)式を使うか,任意の値を入れるか,あるいは既報で述べたFeOのCOガスによる還元速度(塩基度の関数)をスラグ量,スラグ撹拌状況(CO発生量)で補正した値を用いるかが選択できるようにした10)

・反応界面積

基本的には容器断面積とし,スラグに固相が存在している場合は,反応界面積はメタル相とスラグ液相の界面積であるため,液相率の2/3乗に比例させて補正した。

・滓化速度

CaO,MgOのスラグへの溶解速度は既存の式17,18)を用いた。生石灰はCaOの溶解速度を用い,C2S飽和域では液相スラグ中に比べて1/mの速度になるようにmの値をインプット条件とした。ドロマイトや脱炭滓はCaOとMgOの溶解速度を計算し,遅い方で律速されるとした。珪石や鉄鉱石は,SiO2,FeOの濃度差を駆動力としたが物質移動係数はCaOと同じ値を用いた。低融点の化合物をフラックスとして用いた場合,融点が操業温度以下になれば計算される溶解速度を10倍に増加させた。生ドロマイト等CO2を発生するフラックスの場合,CO2の発生は熱収支計算には考慮したが滓化速度には反映させなかった。いずれのフラックスについても,一定粒径の球として取り扱ったが,実効表面積を補正できる係数をインプットできるようにした。

・上吹き酸素

上吹き酸素は,直接脱炭に消費される割合(DCR),FeO生成に消費される割合,2次燃焼に消費される割合をインプット条件で与えることにした。尚,2次燃焼率(PCR)は溶銑の脱炭量から計算されるCOガス発生量(スラグとの反応と直接脱炭との合計)と2次燃焼に消費される酸素量で計算される。

・スクラップ

スクラップは一定速度で溶解するとし,溶解に必要な時間をインプットするようにした。

・熱バランス

熱収支計算に用いた物性値をTable 1に示す。熱収支には,①溶鉄,スラグの顕熱,②鉄鉱石のFe2O3からFeOへの分解熱,③上吹き酸素による直接脱炭時の反応熱。④上吹き酸素によるFeOの生成熱,⑤2次燃焼熱,⑥溶鉄中C,Mn,Si,Pとスラグ中FeOとの反応熱,⑥C2S,C3P生成熱,⑦ドロマイト分解熱,⑦熱ロスを考慮した。熱ロスは溶鉄顕熱とスラグ顕熱の合計の関数とし,その何パーセントを熱ロスとするかをインプットするようにした(h)。反応熱の着熱効率は2次燃焼熱も含めて100%として扱っており,温度変化はすべてを熱ロスで合わせこむ事にした。

Table 1. Used values to calculate heat balance.
Specific Heat
Hot Metal0.88kJ/kg/deg
Slag1.13kJ/kg/deg
Reaction Heat
C+1/2O2=CO11665kJ/kg-C
C+O2=CO233338kJ/kg-C
Fe+1/2O2=FeO4812kJ/kg-Fe
Fe+3/4O2=1/2Fe2O37343kJ/kg-Fe
Si+O2=SiO231213kJ/kg-Si
Mn+1/2O2=MnO5326kJ/kg-Mn
P+5/4O2=PO2.511376kJ/kg-P
Heat of Formation
2CaO+SiO2=2CaO・SiO24515kJ/kg-Si
3CaO+P2O5=3CaO・P2O513016kJ/kg-P

3. ユーザーインターフェース12)

プログラムはWindowsがインストールされたパーソナルコンピューター上でMicrosoft C++2010により実行される。オープニングスクリーンの画像をFig.4に示す。インプット項目は画面左上にあるプルダウンメニューから選び,「パラメータ1」では,計算前提,フラックス添加条件,上吹き底吹き条件,その他実験条件を,「パラメータ2」では,初期スラグ,フラックスサイズ,フラックス組成,滓化条件がインプットされる。パラメータ1のイメージをFig.5に示す。入出力データファイルはCSV形式のためMicrosoft Excelで作成でき,予め作成したインプット条件の数値リストをプルダウンメニューの「ファイル」から開けば,各数字が読み込まれる。プルダウンメニューの「計算」には,このモデルを実行する他に,液相スラグの粘性,固液共存スラグの熱伝導度を計算するモデルが独立に実行できる。MPSRモデルの計算時間は1 s程度であり,結果はFig.6のような表形式で作成される。

Fig. 4.

 Open window of the MPSR model.

Fig. 5.

 Example of the input data for “Parameter 1” in the MPSR model.

Fig. 6.

 Example of the output data after the calculation.

4. 各種操業への適用

各種実験に対して,このモデルを適用した。全体を通しての計算手順は以下の様なものである。

1)温度変化を合わせるため熱ロス(h)を変化させる(誘導炉の実験の場合は入熱させる場合もある)。

2)塩基度を合わせるために生石灰粒径を変化させる(酸化鉄も含め,他の添加物も同じ粒径とした)。尚,スラグのフリーCaOを分析してある実験結果もあるが,その値を添加したCaOから差し引くと塩基度が極端に低くなるので,実験結果の塩基度を計算する際にはフリーCaOは考慮しなかった。

3)実験結果で2次燃焼を考慮しないで酸素収支を計算して無効酸素量を求め,その酸素が2次燃焼に費やされたとみなして2次燃焼率とする(直接脱炭率は原則的に50%とした)。

4)(FeO)と[P]の濃度推移が実験値に合うように,GCOとkmを変化させる(メタル側とスラグ側の物質移動係数の比(km/ks)は5で一定とした)。尚,スラグ中のFe2+,Fe3+は,実験結果では分離して分析されていない場合が多いのですべてFe2+として扱った。

尚,上吹き酸素の直接脱炭率は脱炭速度に影響し,FeO生成比率はT・Feに影響する。一方,GCOはスラグ中のFeOと炭素の反応によるCOガス発生速度を規定するものなので,脱炭速度だけでなくT・Feに大きく影響を与える。本モデルではいずれもがパラメータであり,脱炭速度とT・Feの変化に合うように決められるが,ここでは直接脱炭率を原則的に50%として,T・Feの変化に合うようGCOを決めた。

用いた実験データの概要を以下に示す。

・A社:300 kg規模誘導溶解炉での実験で,フラックスと酸化鉄を初期一括添加している。酸素ガスは用いず,撹拌ガスはランスインジェクションで供給されている。

・B社:数トン規模誘導溶解炉での実験で,フラックスと酸化鉄は初期一括添加している。酸素ガスは上吹きで,撹拌ガスは炉底ノズルから供給されている。

・C社:200 kg規模誘導溶解炉での実験で,フラックスは初期一括添加。酸化剤は酸素ガスのみを上吹きで供給し酸化鉄は用いていない。撹拌ガスは炉底ノズルから供給されている。

・D社:100 kg規模誘導溶解炉での実験で,フラックスを初期一括添加している。酸化鉄は連続的に分割添加されているが,酸素ガスは用いていない。撹拌ガスは炉底ノズルから供給されている。尚,一部の実験ではフラックスと酸化鉄を同時に連続添加している。

・E社:実機上底吹き転炉での実験で,フラックスと酸化鉄は初期一括添加している。酸素ガスは上吹きで供給し,撹拌ガスは炉底羽口から供給されている。

4・1 A社実験への適用

実験は撹拌ガス流量を変化させた他は一定条件で行われた。フラッグスは生石灰(40 mm以下)とSiO2(1 mm以下)を用い,鉄鉱石は10 mm以下の細粒のものを用いた。尚,実験前[Si]濃度は0.25~0.4%であった。計算においては,塩基度を実験値に近づけるためフラックスと鉄鉱石の粒径を20~30 mmに仮定し,初期滓化を進めるためC2S飽和組成での生石灰の滓化速度を,液相スラグでの滓化速度の1/2とした(m=2)。フラックスと鉄鉱石は初期60 s間に添加させ,温度が合うように熱ロス(h:溶鉄顕熱とスラグ顕熱の合計のh%を熱ロスとする)を決めた。計算は,酸素バランスが比較的とれていて実塩基度と設定塩基度の差が比較的小さい4chsを対象とした。計算条件をTable 2に計算結果をFig.7に示すが,[%P],[%Mn],[%C]や温度の推移は良い対応が得られた。塩基度や(T・Fe)は実験値のバラツキが多いが概ね対応する計算結果となった。尚,No.3だけは塩基度が低く推移したためフラックス粒径を他の条件より大きくする必要があった。

Table 2. Parameters to calculate the experiments carried out by A-Company.
NoStirring GasFlux Diameterkmkm/ksGcomh
Nm3/min/tmmm/smol/(m2・s)%
10.50201.98E-0352.50E-1027.00E-03
20.95202.74E-0352.50E-1028.00E-03
31.28303.17E-0355.00E-1027.50E-03
41.26203.15E-0355.00E-1027.25E-03
Fig. 7.

 Calculation results for the experiments carried out by A-Company (“-cal” indicates the calculated lines and “-exp” indicates the experimental result.)

4・2 B社実験への適用

実験は上吹きガス流量,撹拌ガス流量,フラックス組成を変化させた条件で行われた。フラックス(生石灰他)と鉄鉱石は5~25 mmに粒度を調整されたものを用い,実験前[Si]濃度は0.25~0.3%であった。計算においては,塩基度を実験値に近づけるためフラックスと鉄鉱石の粒径を20~38 mmに仮定し,C2S飽和組成での生石灰の滓化速度と液相スラグでの滓化速度の比は1/5とした(m=5)。フラックスと鉄鉱石は初期60 s間に添加させ,温度が合うように熱ロス(h)を決めた。直接脱炭率(DCR)を50%とし,実験の酸素バランスから2次燃焼率(PCR)を求めた。計算条件をTable 3に計算結果をFig.8に示すが,メタル組成,スラグ組成,温度の推移は,いずれも概ね実験結果と対応したが,上吹き送酸速度が遅いNo.1では[%P]は計算値の方が高く,[%Mn]は計算値の方が低く推移した。尚,塩基度を合わせるためにフラックス粒径を実際の値より大きな値とする必要があった。また,No.3は他の条件よりもkmをかなり大きくする必要があった。

Table 3. Parameters to calculate the experiments carried out by B-Company.
NoTop Blown O2Stirring GasFlux Diameterkmkm/ksGcomhPCRDCR
Nm3/min/tNm3/min/tmmm/smol/(m2・s)%%%
10.5-1.00.50301.98E-0352.00E-105-1.75E-037050
20.9-1.20.50201.98E-0352.00E-1050.00E+004550
30.9-1.70.5-0.7383.437-4.067E-0352.00E-105-1.25E-034550
Fig. 8.

 Calculation results for the experiments carried out by B-Company (“-cal” indicates the calculated line and “-exp” indicates the experimental result.)

4・3 C社実験への適用

実験は上吹きガス流量,撹拌ガス流量を変化させた条件で行われた。フラックス(CaO,SiO2)は1 mm以下の粉末を用い,実験前[Si]濃度は0%であった。計算手法はB社と同じであり,フラックス粒径は0.5 mm,C2S飽和組成での生石灰の滓化速度と液相スラグでの滓化速度の比は1/7とした(m=7)。計算条件をTable 4に計算結果をFig.9に示すが,[%P],[%Mn]や(%FeO)の推移は概ね実験結果と対応したが[%C]は実験値より高かった。実験値のように脱炭を大幅に進めるためには直接脱炭率を増加させる必要があるが,その場合には(%FeO)が低下するため,これ以上の合わせこみは難しかった。また,塩基度の推移も合わなかったが,CaO,SiO2とも粉末で供給しているので,高塩基度から時間とともに低下する挙動を計算で得るのは難しい。尚,温度は実験値が無いため,一定で推移すると仮定した。

Table 4. Parameters to calculate the experiments carried out by C-Company.
NoTop Blown O2Stirring GasFlux Diameterkmkm/ksGcomhPCRDCR
Nm3/min/tNm3/min/tmmm/smol/(m2・s)%%%
10.1250.0050.51.403E-0355.00E-117-4.50E-033050
20.0075-0.2000.0050.51.087E-0351.00E-107-4.25E-033050
30.0075-0.2000.005-0.0150.51.087-1.882E-0351.00E-107-4.25E-033050
Fig. 9.

 Calculation results for the experiments carried out by C-Company (“-cal” indicates the calculated line and “-exp” indicates the experimental result.)

4・4 D社実験への適用

実験はフラックス組成(CaOとSiO2の配合比)を大幅に変化させた条件で行われた。フラックスと酸化鉄は粉末を用い,実験前[Si]濃度は0%であった。No.1~3はフラックスを初期に全量添加しており,No.4はFeOとともにとフラックスも連続添加されている。計算手法はA社と同じであり,フラックス粒径は5 mm,C2S飽和組成での生石灰の滓化速度と液相スラグでの滓化速度の比は1/5とした(m=5)。計算条件をTable 5に示す。尚,CaOもSiO2もフラックスとして添加しているにもかかわらず,実験で得られたスラグ塩基度が計算値と大きく乖離した。そのためCaOとSiO2の合計量は実験値と同じにして,その比率が実験値にあうように合わせこんだ(Table 5のCalc/Exp)。計算結果をFig.10に示すが,[%P],[%C],温度,(%FeO)の推移は概ね実験結果と対応したが,[%Mn]は実験値より低かった。また,Table 5からわかるように,実験毎にGCOを大きく変化させる必要があった。これは,GCOの塩基度依存性がかなり大きい事を示唆している。

Table 5. Parameters to calculate the experiments carried out by D-Company.
NoStirring GasFlux Diameterkmkm/ksGcomhCalc./Exp
Nm3/min/tmmm/smol/(m2・s)%CaOSiO2
10.2051.06E-0357.50E-1151.48E-031.1700.899
20.2051.06E-0351.00E-0951.65E-030.9781.038
30.2051.06E-0355.50E-0951.65E-030.9791.043
40.2051.06E-0355.00E-1051.65E-030.9331.113
Fig. 10.

 Calculation results for the experiments carried out by D-Company (“-cal” indicates the calculated line and “-exp” indicates the experimental result.)

4・5 E社実験への適用

実験は工業用の上底吹き転炉で行われた。20~35 mmの焼結鉱,生石灰,石灰石等を初期に一括添加し,実験前[Si]濃度は0.25~0.3%であった。実機操業のため処理中の成分挙動はサンプリングしておらず,また操業条件も大きくは変化していない。計算手法はB社と同じであり,フラックス粒径は28 mm,C2S飽和組成での生石灰の滓化速度と液相スラグでの滓化速度の比は1/2とした(m=2)。計算は,酸素バランスが比較的とれている4chsを対象とした。計算条件をTable 6に計算結果をFig.11に示すが,溶銑組成や温度は概ね実験結果と対応し,(%FeO)もNo.2を除けば概ね一致していた。しかし,塩基度は実験値より低かった。計算でも生石灰の滓化率は50%程度であるが,いかにmを小さくしても15分程度の操業で3.0を超えるような塩基度に到達させる事は難しかった。

Table 6. Parameters to calculate the experiments carried out by E-Company.
NoTop Blown O2Stirring GasFlux Diameterkmkm/ksGcomhPCRDCR
Nm3/min/tNm3/min/tmmm/smol/(m2・s)%%%
10.9600.228285.99E-0353.00E-0921.00E-046550
20.9990.236286.09E-0353.00E-0926.00E-047550
30.9990.238286.12E-0353.00E-0921.00E-046550
40.9990.236286.10E-0353.00E-0922.25E-036550
Fig. 11.

 Calculation results for the experiments carried out by E-Company (“-cal” indicates the calculated line and “-exp” indicates the experimental result.)

5. 考察

前節で示したように,本モデルは装置サイズ,撹拌エネルギー,酸素供給方法,フラックス添加方法,スラグ組成等,様々な条件が異なる実験に対しても,ほぼ適用できる事が明らかになった。フラックス粒径は,実験で使用されたサイズと同程度の値で合わせこむ事ができたが実験毎に微調整する必要があった。塩基度推移挙動に大きな影響を与える,「C2S飽和組成での生石灰の滓化速度と液相スラグでの滓化速度の比(1/m)」は,同一装置での実験に対しては同じ値で良かったが,装置毎には2~7まで変化させる必要があった。メタル側物質移動係数(km)は同一装置での実験に対しては撹拌ガス流量とともに増加する傾向があり,また,COガス発生速度定数(GCO)はD社のように大きくスラグ塩基度を変化させない限り,実験毎に大きく変える必要はなかった。尚,放熱量は誘導加熱の出力や耐火物蓄熱量で大きく変わるため,実験毎に合わせこむ事は避けられない。

これらのパラメータの内,メタル側物質移動係数とCOガス発生速度定数について,今回得られた値を用いて,その支配因子を検討した。

一般的にメタル側物質移動係数(km)には,撹拌エネルギー,装置サイズが影響を与えると考えられている19)Fig.12は,(1)式20)で計算した底吹きガスによる撹拌エネルギー密度(εB:W/t)とkmの関係を示すが,工業規模の転炉を用いたE社を除き良い関係がある。   

ε˙B=6.18QgTLW{ln(1+h01.46×105Pa)+0.06(1TnTL)}(1)

Fig. 12.

 Relation between mass transfer coefficient in metal phase and stirring energy.

ここで,Qgはガス流量(Nm3/min),Wは溶鉄質量(t),TLは溶鉄温度(K),Paは雰囲気圧力(Pa),Tnはガス温度(K),h0は吹き込み位置の浴深(m)である。

そこで,スケール因子を考慮するため,鋼浴直径(D;m)と鋼浴深さ(H;m)を考慮して整理したものがFig.13であるが,良い対応が得られた。

Fig. 13.

 Relation between mass transfer coefficient in metal phase and stirring energy considering the size of the equipment.

一方,スラグとの反応によるCOガス発生速度定数(GCO)はFig.14のように塩基度(B;(%CaO)/(%SiO2))(ここでは精錬時間での平均値をとった)と対応する。これまでも,GCOが塩基度に依存する事は示唆されていた19)。また,前報10)でも述べたが,Nagasakaら21)はFeOのCOガスによる溶融還元速度が,塩基度が高い方が増大する事を示している。この機構は不明な点も多いが,NagasakaらはFeOの活量変化ではなく,Fe3+/Fe2+の比が変化するためと考察している。しかし,Fig.14では酸素を上吹きでのみ供給し酸化鉄を用いなかったC社の値が小さい。そこで,平均塩基度が類似の条件で(2)式で定義される,気酸比(R;%)で整理するとFig.15のように対応が見られた。ただし,各実験で上吹き条件が異なるため,GCOに対する酸素ガス比以外の要因については,今後の検討課題である。   

R=(Nm3/t)(Nm3/t)×100(2)

Fig. 14.

 Relation between rate constant of CO gas formation and average basicity of slag.

Fig. 15.

 Relation between rate constant of CO gas formation and oxygen gas ratio.

ここで,全酸素原単位は,酸化鉄で供給した酸素を理想気体を仮定して酸素ガスに換算した値と,上吹き酸素ガス原単位との合計である。

以上の結果から,メタル側物質移動係数とCOガス発生速度定数は,回帰式(3),(4)で表すことができた。   

km×102=0.027534×exp(0.7124×log(ε˙B×(D2H)))(3)
  
log(GCO×104)=0.6179+1.4967×B+(2.0482×R2+0.2324×R0.1072)(4)

6. 結言

日本鉄鋼協会生産技術部門B型研究会「マルチフェーズ利用による溶銑脱燐プロセスシミュレーション研究会(主査・伊藤公久)」では,溶銑脱燐のプロセスシミュレーションモデル(MPSRモデル;Multi-Phase Slag Refiningモデル)を開発した。これは,競合反応モデルを基礎として作成された固液共存スラグへも適用できるプログラムに,ユーザーインターフェースを付与しパラメータの汎用化を行ったものである。モデルは反応速度等を計算するマクロスケールモデルと,状態図やフラックス溶解速度等を計算するメゾスケールモデルから成り立っている。プログラムはWindowsがインストールされたパーソナルコンピューター上でMicrosoft C++2010により実行され,計算時間は1 s程度である。インプット項目はプルダウンメニューから選び,入出力データファイルはCSV形式のためMicrosoft Excelで表示できる。このモデルを鉄鋼5社で実施された,装置サイズ,撹拌エネルギー,酸素供給方法,フラックス添加方法,スラグ組成等,様々な条件が異なる実験に対して適用した結果,概ね実験結果をシミュレートできることが確認された。また,合わせこみで得られたメタル側物質移動係数とCOガス発生速度定数について支配因子を検討し,広い条件で適用できる回帰式を求めた。

謝辞

本研究は日本鉄鋼協会生産技術部門B型研究会「マルチフェーズ利用による溶銑脱燐プロセスシミュレーション研究会」で行われたものであり,実験データを提供していただいた,新日本製鐵,JFEスチール,住友金属工業,神戸製鋼所,日新製鋼の各社(名称は研究会活動時)に心から感謝します。

文献
 
© 2014 一般社団法人 日本鉄鋼協会

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