Tetsu-to-Hagane
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Regular Article
Effects of CaF2 on Light Absorption and Radiation Heat Transfer Characteristic of Mould Flux Containing Iron Oxides
Rie EndoYuta KonoYoshinao KobayashiMasahiro SusaSatoru MinetaHideaki Yamamura
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2014 Volume 100 Issue 4 Pages 571-580

Details
Synopsis:

Optical properties were measured for synthesised mould flux containing iron oxides, and radiative heat transfer from the steel shell to the mould was estimated to investigate the effect of CaF2 additions to mould fluxes on heat transfer in continuous casting process from the perspective of absorption by iron oxides. The sample compositions were designed so that T.CaO/SiO2=1 and Fe2O3 concentration was 1 mass%. All the glassy samples show optical properties and radiative heat transfer similar to each other, suggesting that there is no effect of CaF2 on the basicity of flux. In addition, there was no change in the absorption wavelength and the absorptivity by divalent Fe ion, suggesting that the coordination of Fe ions and the electric charge strength do not change with additions of fluoride. On the other hand, crystallised samples show reflectivity increase and transmissivity decrease with increasing CaF2 concentration, resulting in the decrease of the radiative heat transfer. The fluoride facilitates the crystallization of the flux, and induces a decrease in radiative heat transfer. The Fe ions were mainly contained in the glassy portion rather than in crystals (cuspidine or CaF2) in the crystallised samples. To optimize the refractive index in the glassy portion is a possible way to reduce further radiative heat transfer of mould flux containing iron oxides.

1. 緒言

鋼の生産効率を向上させるためには,上工程においては連続鋳造工程における効率化が最も有効である。連続鋳造において,高速に鋳造するために単純に鋳片を高速で引き抜くと,鋳片には縦割れなどの欠陥が生じてくる。これは,鋼の不均一凝固・冷却に由来するものである。その対策として,鋳片の緩冷却が試みられている。

連続鋳造において,溶鋼は鋳型に流し込まれ,鋼は表面から徐々に冷却されていく。その熱は水冷された鋳型に伝わっていくが,このときに,伝熱速度を制御するのが,鋳片/鋳型間に存在するモールドフラックスである。モールドフラックスは,伝熱以外にも鋳片/鋳型間の潤滑,また鋳片の再酸化防止などの役割も担う1)。フラックスフィルムは,液層,結晶層およびガラス層から成っており,その厚さは数mmと薄いため,伝熱は伝導および放射によるものと考えられる。近年のモールドフラックスは,鋼の凝固の初期から結晶化するように設計されている。結晶化によって伝導伝熱は大きくなるものの,放射伝熱は大幅に低減できるため,鋳片の緩冷却につながる。これは,鋳片からの非常に強い放射光をフラックスの結晶相を用いて反射させることを原理としている2,3,4)

さらなる緩冷却のためには,フラックスの組成を調整することが考えられる。伝導伝熱については,熱伝導度データをみると,その組成依存性は小さく,組成を変化させても伝導による熱流束はあまり変化しないことが予想できる5,6)。一方で,放射伝熱を見積もるための指標となる光学特性(反射率,透過率および吸収率など)は組成によって大きく変化することが知られている。例えば,フラックスに遷移金属酸化物が含まれているときには,遷移金属イオンによる吸収があるために,可視光域では吸収率が増加する。これは,遷移金属の錯体はd電子軌道間の電子遷移に基づく光吸収を起こすためである。モールドフラックスに含まれる遷移金属酸化物のうち,最も濃度が高いのは酸化鉄であるため,Susaらは放射伝熱への酸化鉄の影響について調査している4)。特に,鉄イオンによる吸収の影響が顕著に現れるのは,結晶化フラックスの場合であり,酸化鉄濃度が増えると放射伝熱は増大する7)。これは,2価の鉄イオンによる吸収が500 nmから1600 nmに存在するのに対し7,8),溶鋼からの放射光も1600 nmを中心として高い強度で分布するためである。ところが溶鋼に散布され溶融したモールドフラックスは,初期に酸化鉄を含んでいない場合でも溶鋼より酸化鉄が不可避に溶存するため9),どのようにして酸化鉄の影響を低減するかが課題となっている。そこでKobayashiら10)はフラックスの塩基度を調整して,2価と3価の鉄イオンの割合を変化させ,モールドフラックスの放射伝熱低減の可能性について報告している。

フラックスの塩基度は,慣用的にCaO/SiO2を用いて算出されているが,フラックス中にCaF2が含まれる場合,そのCaもCaOを形成すると仮定している。その理由として,CaF2とNa2Oが共存する場合,NaとFとの親和力が強いため,以下の反応に従ってFとOの置換反応が起こることが指摘されている11,12)。   

Na 2 O + CaF 2 CaO + 2 NaF (1)

Hayashiら13)はCaO-SiO2-CaF2-Na2O系において,FについてのMAS NMR分光分析を行い,式(1)の反応が起きることを確認している。このことは,CaF2濃度を変化させても,式(1)の反応により,CaOが生成するため,CaO/SiO2の値は変化しないことを示唆している。しかしながら,CaF2とCaOは異なる成分であるため,CaF2濃度の変化とともに,モールドフラックスの真の塩基度が変化して,鉄の価数が変化する可能性がある。

また,CaF2が添加されるとフッ化物イオンが存在することになるため,これが鉄イオンに影響を及ぼして光吸収波長の変化を起こす可能性もある8)。フッ素を含むフラックスやシリケート系に関しては,分光学的な手法を用いて,構造に関する研究が多くなされている13,14,15,16,17,18)。一方で,同時に酸化鉄を含む場合についてはほとんど報告がない。唯一,Iwamotoら19)は,xCaF2-(1-x)CaO・SiO2ガラス(0≤x≤0.3)について,電子スピン共鳴法(ESR)を用いて分析している。特に,10 mol%CaF2の場合に,最もフッ化物イオンの負の部分電荷が小さくなり,Fe3+イオン間の双極子−双極子相互作用が大きくなると報告されている。このことは,Fe3+-O-Fe3+結合がFe3+-F-Fe3+結合よりも形成されやすいことを示唆しているが,フッ化物イオンは鉄イオンには配位しないが,間接的に鉄イオンの電荷の大きさに影響を与え,フラックスの光学特性を変化させる可能性も示唆している。

以上より,酸化鉄を含むモールドフラックスに対してCaOをCaF2に置換すると,CaO/SiO2は変化しないが,フッ化物イオンによって2価の鉄イオンによる光吸収波長や強度が変化する可能性がある。そこで,本研究では酸化鉄を含むモールドフラックスの光学特性に対するCaF2の影響を明らかにし,また,放射伝熱低減の可能性について検討することを目的とする。

2. 実験

2・1 試料作製

試料組成は実用フラックスを模擬して決定した。Table 1にフラックス組成を示す。試料は5種類である。T.CaO,SiO2,Al2O3およびNa2Oの比を一定とし,塩基度(=T.CaO/SiO2)は1,F濃度は2-14 mass%としている。これらに,Fe2O3を1 mass%添加したものを基礎試料とした。ここで,FはCaF2として添加した。このため,CaF2由来のCaOを合わせて実質的なCaO濃度をT.CaOとして表わしている。CaOは特級試薬のCaCO3を1323 Kにて43.2 ks間熱分解して作製した。またNa2OはNa2CO3を用い,その他の成分には特級試薬を用いた。以後,各々の試料を2F,5F,8.3F,11Fおよび14Fと呼ぶこととする。基礎試料を白金るつぼに入れ,電気炉内において大気中,1673 Kで600 s溶融保持した後,真鍮製の鋳型に流し込んだ。試料が凝固したのを確認してから鋳型から取り出し,厚さ5 mm,幅20 mm,長さ40-50 mmのガラス試料を得た。各組成において2枚ずつ試料を作製した。これらを「鋳込みまま試料」と呼ぶこととする。さらに,鋳込みまま試料(各組成で1枚)を熱処理することで試料を結晶化させた。熱処理条件は,933 Kにおいて1800 s間保持とした。この温度は試料8.3 F鋳込みまま試料の結晶化温度を示差走査熱量計(DSC)によって測定して決定した。以降,これらの試料を「熱処理試料」と呼ぶ。

Table 1.  Chemical compositions of samples (in mass%).
Sample CaO SiO2 Al2O3 Na2O F Fe2O3 T.CaO/SiO2
2F 39.97 39.97 3.98 13.02 2 1 1
5F 38.74 38.74 3.86 12.62 5 1 1
8.3F 37.38 37.38 3.72 12.18 8.34 1 1
11F 36.30 36.30 3.61 11.82 11 1 1
14F 35.07 35.07 3.49 11.43 14 1 1

2・2 試料の分析

フラックス中に析出する結晶相の同定には粉末X線回折(XRD)を用いた。ターゲットにはCoを用い,測定角度は2θ=10−70°として測定を行った。

組織観察および組成分析にはエネルギー分散型X線分光器付き走査型電子顕微鏡(SEM-EDS)を用いた。2次電子像および反射電子像により組織を観察し,EDSの点分析により組成を分析した。

結晶を含む試料の結晶化度は反射電子像の結晶相の面積比率として見積もった。1つの試料につき3枚の画像から結晶化度を見積り,その平均を各試料の結晶化度とした。

2・3 光学測定

反射率および透過率は積分球を付属した分光光度計を用い,測定波長範囲300-2600 nmにて測定した。作製した鋳込みまま試料および熱処理試料をそのまま測定に供した。融点における鉄の放射光は1600 nm付近にピークを持つ。使用した分光光度計はこの波長の光学特性を測定できる仕様となっている。結晶化した試料では,ガラス/結晶界面において光を散乱するが,積分球を使用することによって全ての反射光または透過光の検出を可能にしている。反射率の測定ではAl蒸着板を基準として試料の相対反射率を測定し,Alの反射率の文献値20)を用いて,試料の反射率を計算した。また,積分球付きフーリエ変換赤外分光光度計(FT-IR)も用いて,波長範囲2600 nm-15341 nmの反射率および透過率も測定した。

3. 結果

3・1 試料

得られた鋳込みまま試料と熱処理試料の写真をFig.1に示す。鋳込みまま試料には試料名のあとに“q”,また,熱処理試料には“a”を付加して,試料名としている。鋳込みまま試料のうち,試料5Fq,8.3Fqおよび11Fqはガラス状である。一方,試料2Fqでは大部分はガラス状であるが,内部には粒状の結晶も存在している。この結晶は未溶融のCaF2であると考えられる。試料14Fqは緑白色の不透明体であり,大部分が結晶化していることがわかる。ガラス状の試料はいずれも緑色を呈している。これは,試料中のFe3+イオンの吸収によるものである。一方,熱処理試料では,試料8.3Fa,11Faおよび14Faが白色であり,結晶化していることがわかる。試料2Faおよび5Faは,熱処理前後で外観に変化はなかった。これらを結晶化させるためには,熱処理温度をさらに高温にする必要があったと考えられる。以降,試料5Fq,8.3Fqおよび11Fqを「ガラス試料」,結晶相を含む試料14Fq,8.3Fa,11Faおよび14Faを「結晶化試料」として取り扱う。

Fig. 1.

 Photographs of samples.

3・2 組織観察および組成分析結果

各結晶化試料の結晶相はXRDを用いて同定した。Fig.2にその分析結果を示す。試料8.3Faおよび11Faの結晶相は3CaO・2SiO2・CaF2(カスピディン)である。また,試料14Fqの結晶相はCaF2であり,これを熱処理した試料14Faの結晶相はCaF2およびカスピディンであることが確認できた。すなわち,今回の熱処理によっていずれの試料においてもカスピディンが析出したことがわかる。Table 2に各試料中に観測された相を示す。

Fig. 2.

 XRD profiles for samples containing crystals: ○ cuspidine and ● CaF2.

Table 2.  Phases observed in samples.
%F 2 5 8.3 11 14
as quenched 2Fq 5Fq 8.3Fq 11Fq 14Fq
glassy + CaF2(non-melt) glassy glassy + CaF2
annealed 2Fa 5Fa 8.3Fa 11Fa 14Fa
glassy + CaF22(non-melt) glassy glassy + cuspidine glassy + CaF2 + cuspidine

Fig.3に結晶化試料をSEMで観察した際の反射電子像を示す。白色または薄い灰色の部分が結晶相であり,その周りの濃い灰色の部分がガラス相である。試料8Faおよび11Faに析出している結晶は楕円形をしている。試料14Fqでは花状に結晶が析出しており,これを熱処理した試料14Faでは花状の結晶が成長し,さらに,細かい楕円状の結晶も析出していることがわかる。ガラス部分および結晶部分の組成分析をSEM-EDSにより行った。その1例として試料14Faの組成分析結果およびそのときの分析点をTable 3 およびFig.4に示す。分析は花状の結晶(分析点1-3),その周辺の細かい結晶(分析点4-6)およびガラス部分(分析点7-9)について行った。SEM-EDSの分析範囲は直径数μmであるため,今回の分析結果には,分析点以外の相の影響も含まれることになる。これを考慮して,Table 2にまとめたXRDの結果も合わせると,花状の結晶はCaF2,その周辺の細かい結晶はカスピディンであると考えられる。また,ガラス相中のFe濃度は結晶中よりもわずかに高いことがわかる。同様にして,Fig.3において観察された結晶相は,試料8Faおよび11Faではカスピディンであり,試料14FqではCaF2であることを確認した。

Fig. 3.

 SEM images of samples containing crystals.

Table 3.  Chemical compositions for phases observed in sample 14Fa analysed by SEM-EDS (in at%).
element CaF2 cuspidine glass
1 2 3 4 5 6 7 8 9
C 3.7 4.5 4.3 5.8 4.4 4.7 4.7 5.4 5.1
O 15.9 17.9 18.9 37.4 43.6 41 41 44.5 46.4
F 43.9 41.6 39.5 14.5 10.9 12.6 12.6 7.3 7.2
Na 3.2 3.1 2.7 6.4 4.5 4.3 4.3 5.3 5.9
Al 0.6 0.8 0.9 1.7 2.1 1.8 1.8 2.4 2.1
Si 6.8 7.1 7.5 17.1 19.3 18.2 18.2 21.2 19.8
Ca 25.6 24.8 25.9 16.8 14.8 17 17 13.1 12.8
Fe 0.1 0.3 0.3 0.4 0.4 0.3 0.3 0.9 0.7
average for Fe 0.23 0.36 0.63
Fig. 4.

 Results of point analysis of sample 14Fa by SEM-EDS. (Online version in color.)

Table 4に各相におけるFe濃度の分析結果を示す。全ての試料において,Fe濃度は配合組成と結晶中では同程度の値であるが,ガラス中では大きな値を示していることわかる。これは,Feは結晶に取り込まれにくいことを示している。Iwamotoら19)は,Fe3+-O-Fe3+結合がFe3+-F-Fe3+結合よりも形成されやすいことを指摘しているが,今回の結晶中にはFが多く含まれるため,Feは結晶中には入りにくく,ガラス中に残されたと考えられる。

Table 4.  Concentrations of Fe analysed by SEM-EDS (in at%).
sample nominal analysed
glassy cuspidine CaF2
8.3Fa 0.28 0.43 0.30 -
11Fa 0.28 0.40 0.33 -
14Fa 0.28 0.63 0.36 0.23
14Fq 0.28 0.43 - 0.20

3・3 結晶化度

試料14Faでは,2つの結晶相が同時に存在するため,結晶化率を求めるために一般的なXRDの内部標準法を用いることができなかった。そこで,本研究では,SEMの反射電子像から画像処理により,以下のように,面積率から結晶化度を求めた。まず,反射電子像に対して二値化処理を行い,結晶が白色およびガラスが黒色となるようにした。得られた画像をFig.5に示す。結晶化度は白色部分の面積を画像の全面積で除することによって見積もられる。結晶化試料の結晶化度の算出結果をTable 5に示す。試料8.3Faと11Faの結晶化度は同程度であり,試料14Faの結晶化度はこれらよりも10%程度低い。また,試料14Faの結晶化度は試料14Fqよりも大きく,熱処理により結晶化度が増加したことがわかる。

Fig. 5.

 Digitised SEM images of csystallised samples.

Table 5.  Degree of cystallinity of samples containing crystal phases (in vol%).
sample 8.3Fa 11Fa 14Fa 14Fq
degree of cry stallinity 73 71 56 27

今回得られた画像処理法の妥当性を既報の文献データを用いて検討した。Susaら21)はモールドフラックスを模擬したガラスを作製し,本研究と同様に結晶化させた試料の結晶化度を報告している。結晶相はカスピディンのみであったため,XRDを用いた内部標準法により結晶化度を求めている。この報告では試料のSEM画像も同時に報告されているため,画像処理法によっても結晶化度を求めることができる。Fig.6に2つの方法で見積った結晶化度を示す。横軸は熱処理温度である。熱処理温度の増加は結晶粒径の粗大化に対応しているが,結晶化度は一定に保たれている。この図から,画像処理法で算出した結晶化度の方が,内部標準法で算出した結晶化度よりも大きいことがわかる。一方で,いずれの方法で算出した結晶化度も熱処理温度に対して一定の結晶化度を示している。

Fig. 6.

 Comparison between degrees of crystallinity calculated by internal reference method and image processing method using data in reference 21. (Online version in color.)

内部標準法で算出される結晶化度は質量分率(mass%)であるが,画像処理法により算出される結晶化度は体積分率(vol%)であり,この違いが結晶化度に影響する可能性がある。そこで,画像処理で求めた結晶化度(vol%)を質量分率で表わすことを試みた。この際,ガラスの密度2.8 g/cm3およびカスピディンの密度3.1 g/cm322)を用いた。ガラスの密度は報告されている組成のガラスを作製して,室温においてアルキメデス法で測定した。Fig.6には画像処理法で求めた結晶化度を質量分率で表した値も示してある。質量分率で表した結晶化度の方が体積分率で表した結晶化度よりも約3%高い結果となった。画像処理法と内部標準法によって求めた結晶化度の相違の要因は不明であるが,Fig.6において,いずれの測定法でも一定の結晶化率が得られていることから,画像分析法によって,本研究の試料間の結晶化度の比較は可能であると考えられる。

3・4 光学測定結果

各鋳込みまま試料の見かけの反射率(R),透過率(T)および吸収率(A)の測定結果をFig.7に示す。吸収率は,A=1−RTから求めた。波長2600 nm以下が分光光度計による測定結果であり,2600 nm以上がFT-IRによる結果である。波長2600 nm以下では,試料14Fqの反射率が最も高く,一方で試料14Fqの透過率は低くなっている。これは,試料14FqではCaF2結晶が存在しているためである。波長2600-4500 nmにおいても同様の傾向がみられるが,その違いは短波長のときほど顕著ではない。一方,ガラス試料(5Fq,8.3Fqおよび11Fq)ではF濃度による光学特性の違いはないことがわかる。波長約4500 nm以上では,全ての試料で透過率がほぼ0となり,反射率は同様の値を示している。

Fig. 7.

 (a) Reflectivity, (b) transmissivity and (c) absorptivity of as-quenched samples. (Online version in color.)

熱処理試料の反射率,透過率および吸収率の測定結果をFig.8に示す。結晶化試料(8.3Fa,11Faおよび14Fa)では,ガラス試料と比較して反射率は高く,透過率は低いことが分かる。また,F濃度を変えると特に3000 nm以下の光学特性が変化することが分かる。一方,約4500 nm以上では,全ての試料で透過率がほぼ0となり,吸収率は0.8程度と高い。

Fig. 8.

 (a) Reflectivity, (b) transmissivity and (c) absorptivity of annealed samples. (Online version in color.)

波長4500 nm以上では,Fig.7と8のいずれにおいても試料によらず,同様の値を示し,特に,吸収率は0.8と高い値を示している。赤外線の波長領域では,試料表面および内部における原子間の結合(Si-OやCa-Oなど)の振動に起因する吸収が観測される23,24,25,26,27,28)。本研究で用いた試料組成は複雑であるため詳細な解析は難しいが,例えば,4.5 μmにはSiO2構造の振動に由来する吸収があり,また,9-10 μmにはSi-O結合の伸縮振動による吸収があることが報告されている。本研究の試料はCaOとCaF2の比以外は同じ組成であり,結合に関しては相違がないために,すべての試料において長波長域(4500 nm以上)におけるスペクトルが同様になったと考えられる。

4. 考察

本節では各試料をモールドフラックスとして用いたときの放射伝熱流束を評価し,ガラス試料および結晶化試料それぞれに対するFの影響について検討する。

4・1 放射伝熱流束の算出

鋳片/鋳型間の放射伝熱流束の算出には,Susaらが構築したモデル21)を用いて行った。モールドフラックスが溶融層と結晶層から成ると考えた場合,鋼から放射されたエネルギーのうち,鋳型に到達するエネルギー(分光放射熱流束,I(λ))は次の式で表される。   

I ( λ ) = n 2 C 1 λ 5 { 1 ( 1 ε s ( λ ) ) R a } { ( 1 R a ) ε s ( λ ) exp ( C 2 / λ T s ) 1 A a ε s ( λ ) exp ( C 2 / λ T f ) 1 } (2)

ここで,λは波長,C1=3.7469×10−16 Wm2C2=0.014398 mK,nは溶融フラックスの屈折率,εsは鋳片の放射率,Tsは鋳片の温度(K),Tfは固体フラックスの温度(K),Raは固体フラックスの反射率,Aaは固体フラックスの吸収率である。式(2)を全波長域において積分することで,鋳片からの全放射熱流束ITotalを導出することができる。   

I Total = 0 I ( λ ) d λ (3)

ITotalの値が小さいほど,鋼から鋳型に到達し得る放射エネルギーが小さくなり,放射伝熱という点からは緩冷却に有利ということになる。

本研究では,式(3)の積分を以下の2つの方法で行った。   

I Total = 0 300 I ( λ ) d λ + 300 2600 I ( λ ) d λ + 2600 I ( λ ) d λ (4)
  
I Total = 0 300 I ( λ ) d λ + 300 2600 I ( λ ) d λ + 2600 15341 I ( λ ) d λ + 15341 I ( λ ) d λ (5)

式(4)では従来の報告のように,波長区間300-2600 nmの光学測定結果を用いる。式(5)では波長2600-15341 nmの光学測定結果も用いる。式(4)の計算では,第1項は無視できるとし,第3項は以下のように1809 Kにおける黒体放射エネルギーの積分値を2600 nmにおけるI(λ)の値に応じて縮小することで算出した。   

2600 I ( λ ) d λ = I ( 2600 ) I b ( 2600 ) 2600 I b ( λ ) d λ (6)

式(5)の場合は,第1項および第4項を無視して,積分を求めた。

計算の1例として,Fig.9に2FaI(λ)の計算結果を黒体放射の値(Ib(λ))とともに示す。フラックスの光学特性を考慮しても1600 nm付近の放射伝熱が最も大きいことがわかる。この図を元にして放射伝熱流束は,式(4)より3.10×105 Wm−2および式(5)より2.67×105 Wm−2とそれぞれ得られた。2つの式による相違は,式(5)を用いた計算結果の方が2600 nm以上において式(4)の値より小さいことによるものである。これは,2600 nmを境として測定装置が異なるため,光学特性が不連続に変化したことおよび波長4500 nm以上において透過率が0に近い値を示したことに起因すると考えられる。本来,光学特性は2600 nmにおいても連続的に変化するのが妥当であるが,Fig.7(a)をみると2600 nmにおいて反射率は約0.2増加している。そのため,それ以降の長波長域においても大きな反射率を示していると考えられる。そこで,2600 nm以上の反射率からその差約0.2を引くことによって,反射率が連続的に変化するように補正をして式(5)にもとづいて放射伝熱流束を求めた。その結果,2.69×105 Wm−2を得た。わずかに放射伝熱流束は大きくなったものの,式(4)による値よりも小さい。したがって,式(4)と式(5)との差は4500 nm以上において試料の透過率が0に近いことに由来すると考えられる。長波長域では原子間の結合によって光が吸収されるため,透過が起きにくくなる。式(4)ではこの効果を考慮できないため,放射伝熱流束を過剰に見積もっていると考えられる。このような過剰な見積もりはあるが,式(4)を用いても試料間の放射伝熱流束の比較は可能であり,また,過去の文献との比較をする上での有用性から,今後は式(4)に基づいた放射伝熱流束の値を用いていく。

Fig. 9.

 Radiative heat flux of sample 2Fa and blackbody radiation as function of wavelength. (Online version in color.)

4・2 ガラス試料の光学特性および放射伝熱に及ぼすFの影響

Fig.10に,鋳込みまま試料の放射伝熱流束のF濃度依存性を示す。ガラス試料の放射伝熱流束にF濃度依存性はないことがわかる。これは,Fig.7にも示したように,F濃度を変化させてもガラス試料の光学特性値が変化しないことによる。本研究の試料組成では,主としてガラスの光学特性は鉄イオンによる吸収に支配される。ガラス試料の光学特性がF濃度に依存しないということは,鉄イオンの2価と3価の割合は変化していないことを示唆している。すなわち,CaF2とCaOの割合を変えることで,系の真の塩基度は変わる可能性があるが,鉄イオンの価数を変化させるほどではないことがわかる。

Fig. 10.

 Fluorine concentration dependence of total radiative heat flux for as-quenched samples based on Eq.(4). (Online version in color.)

次に,Fの濃度変化による鉄イオンの局所構造の変化について検討する。鉄イオンの配位構造が変化すると,鉄イオンによる吸収ピーク波長とその吸収率が変化すると考えられる。そこで,Fig.7よりガラス試料の2価の鉄イオンによる吸収ピークの波長およびその吸収率を読み取った。その結果をFig.11(a)および(b)にF濃度依存性として示す。Fig.11(a)におけるエラーバーは吸収率に対して0.0001の精度で均しい値を示した波長範囲を示している。F濃度5%のときには,吸収波長範囲に幅があり,8.3% および11%のときよりもわずかに平均波長は小さくなっている。Fig.11(b)より,吸収ピークを示すときの吸収率はF濃度に依存せず一定の値になっていることがわかる。

Fig. 11.

 (a) Wavelength of absorption peak and (b) absoptivity at the wavelength by divalent iron ions as function of mass%F.

Iwamotoら19)xCaF2-(1-x)CaO・SiO2ガラス(0≤x≤0.3)をESRにより分析し,1 mol%Fe2O3を含む試料において,CaF2濃度が10 mol%のときに,最もフッ化物イオンの負の部分電荷が小さくなり,Fe3+イオン間の双極子−双極子相互作用が強められることを報告している。Fig.11(a)においてF濃度が5%のときに2価の鉄イオンによる吸収ピークの波長範囲が広がったことはFeイオンの配位構造が変化してことを示している可能性がある。しかしながら,その吸収波長の変化量は小さく,鉄イオンによる吸収は鉄イオンの周囲に存在する酸化物イオンとの相互作用で決定されていると考えられる。

4・3 結晶化試料の光学特性および放射伝熱に及ぼすFの影響

Fig.12に結晶化試料の放射伝熱流束のF濃度依存性を示す。Fig.10と比較すると放射伝熱流束値はガラス試料よりも小さく,また,F濃度依存性を示し,F濃度が増えると放射伝熱流束は大きくなっている。これは,F濃度の変化にともなって結晶化試料の光学特性値も変化することによる。Fはフラックスの結晶相(CaF2やカスピディン)を形成する成分であるために,CaF2添加により,結晶化が促進されたためと考えられる。結晶化試料では,鉄イオンは結晶中よりもガラス中に多く存在するため,ガラス部分の光学特性を変化させることで放射伝熱流束に影響を与えていると考えられる。

Fig. 12.

 Fluorine concentration dependence of total radiative heat flux for annealed samples based on Eq.(4).

酸化鉄を含むモールドフラックスの放射伝熱をより低減する方法について,光の散乱の観点から考察する。試料中を光が伝搬するときには,以下のような散乱がある29)

①表面での散乱(反射)

②ガラス/結晶界面での散乱

屈折率(n)が既知の場合,表面での反射率(Rs)は以下の式で表される。   

R S = ( 1 n ) 2 ( 1 + n ) 2 (7)

Table 6にカスピディンおよびCaF2の屈折率の文献値および式(7)より求めた反射率を示す。カスピディンの屈折率は,Larsenら30)が報告している。この測定波長は不明であるが,同時に報告されているCaF2の屈折率と他の報告を比較して,Larsenらの報告はナトリウムのD線(589 nm)と推察できる。本研究のガラス試料はいずれも同様の反射率を示し,波長589 nmでは約0.06であった。これをRsと考え,式(7)に基づいて求めた屈折率もTable 6に載せた。反射率はいずれの相でも数%である。このことは結晶化試料の見かけの反射率増加は,①表面の反射ではなく②ガラス/結晶界面での散乱の寄与がほとんどであることを示している。

Table 6.  Refractive index and reflectivity of cuspidine, CaF2 and mould flux.
refractive index, n reflectivity, Rs
Larsen30) at 589 nm at 589 nm
cuspidine 1.590-1.602 - 0.053
CaF2 1.434 1.433831) 0.0318
mould flux - 1.65 0.06

ガラス/結晶界面における散乱機構は複雑であるが,結晶化試料の結晶粒径は数100 nm−数μmであり,光学特性の測定波長のオーダーと一致するため,ミー散乱の機構から考察を行う。ミー散乱の一例として,球状散乱体と媒質の屈折率比が1に近く,かつ散乱体の光吸収が全くない場合については,散乱断面積(S)は以下の式で近似解が得られている29)。   

S = π d 2 ( 2 4 x sin ( x ) + 4 x 2 ( 1 cos ( x ) ) ) (8)

ここで,dは散乱体の直径,x=4πd(M-1)/λであり,Mは散乱体と媒質の屈折率比である。式(8)は散乱体1個あたりの散乱断面積を示しているため,単位体積当たりの散乱体の個数との積が実際の散乱断面積となり,この値が大きいほど見かけの反射率は大きくなる。

散乱断面積は,式(8)のように媒質と散乱体の屈折率比,散乱体の直径および個数に依存するが,結晶相が1種類の場合には結晶化度としても評価できると考えられる。そこで,放射伝熱流束と結晶化度との比較を行った。その結果をFig.13に示す。放射伝熱流束は結晶の種類によらず,本実験群は1つの直線で整理できることがわかる。カスピディンとCaF2では屈折率や粒径が異なるため散乱断面積も異なると考えられるが,その影響は小さく,放射伝熱低減には結晶化度を高めることが重要であることがわかる。また,Fig.13にはSusaらの報告値21)もプロットした。この報告値は,Fe2O3を0%または1 mass%添加したフラックスにおいて,結晶粒径を変化させたときの値である。Fe2O3を1 mass%含む結晶化モールドフラックスの場合には,本研究と同程度の放射伝熱流束が得られている。Fe2O3を含まないフラックスでは,平均粒径1.6 μm のときは,本研究の放射伝熱流束と同程度であり,それよりも粒径が大きい1.9-2.8 μmの場合は本研究の値よりも小さい。

Fig. 13.

 Total radiative heat flux as function of degree of crystallinity.

結晶粒径の影響を評価するために式(8)に基づいてカスピディンがモールドフラックスに分散しているときの散乱断面積を計算した。このとき,屈折率比の波長依存性はないものと仮定し,Table 6の値を用いた。結晶相の析出によってガラス相の組成およびその屈折率も変化するが,今回の計算では屈折率の変化は考慮しなかった。Fig.14に波長1600 nmにおける結果を示す。散乱断面積は規格化散乱断面積(=S/πd2)として評価した。粒径が大きくなるほど散乱断面積が大きくなることがわかる。これは,Susaらの結果と一致している。また,Fig.14には分散相と媒質の屈折率比(M)が0.95または1.05,すなわち,|M−1|=0.05のときの散乱断面積も示した。カスピディンの粒径が小さくてもガラス部分の屈折率を変化させることで,粒径を大きくするのと同様に散乱断面積を大きくする効果があることが分かる。このためには,ガラス相の組成を調整する方法が考えられる。CaO-Li2O-SiO2系やCaO-Na2O-SiO2系ガラスの屈折率は,CaOをLi2OまたはNa2Oで置換することでより小さくなることが報告されている32)。これによってMの値は 1.05に近づく。ガラスの屈折率には加成則が成り立つため,Fe2O3を含むガラスにおいても同様に,Li2OやNa2Oの量を増加させることで,ガラスの屈折率を小さくできると考えられる。したがって,カスピディンが必要量析出できる範囲内でガラス相のCaOをより屈折率の小さいLi2OやNa2Oで置き換えると,散乱断面積を大きくすることができ,放射伝熱流束を小さくできると考えられる。

Fig. 14.

 Scattering cross-section of cuspidine in mould flux.

5. 結言

本研究ではCaF2の濃度を変化させたFe2O3を1 mass%含む模擬モールドフラックスを作製し,そのガラス試料および結晶化試料の反射率および透過率を測定した。この結果をもとに,連続鋳造工程における鋼凝固時の溶鋼/鋳型間の放射伝熱流束を評価した。その結果,以下の知見を得た。

・ガラス試料の光学特性および放射伝熱流束はCaF2濃度に依存しない。これは,T.CaO/SiO2が一定の条件下では,CaF2濃度を変化させても鉄イオンの価数を変化させるような真の塩基度の変化は起きないこと,また,フッ化物イオンはFeイオンの局所構造や電荷に影響を与えないことによる。

・結晶化試料の光学特性および放射伝熱流束はF濃度によって変化する。この主要因はCaF2濃度が変化することによって,結晶化度が変化することである。すなわち,フッ素はモールドフラックスの結晶相(CaF2やカスピディン)を形成する成分であるために,結晶化を促進することで放射伝熱を低減させる役割がある。

・結晶化試料において,酸化鉄はガラス部分に多く存在する。ガラス部分の組成を調整して屈折率を変化させることで,酸化鉄含有フラックスにおいても放射伝熱の低減が期待できる。

謝辞

本研究におきまして,積分球を用いたFT-IRの測定にご協力いただきました株式会社エス・ティ・ジャパンに対しまして,心より御礼申し上げます。

文献
 
© 2014 The Iron and Steel Institute of Japan

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