鉄と鋼
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論文
Na2CO3-FeSフラックスによる溶銑からの脱銅
内田 祐一松井 章敏岸本 康夫三木 祐司
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2014 年 100 巻 6 号 p. 769-777

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Synopsis:

In order to develop a practical method of Cu removal from the viewpoints of promoting utilization of scrap procured in the market and reduction of energy consumption, it is necessary to develop a practical method of Cu removal. In this study, Cu removal from hot metal by sulfidation of Cu was identified as a potential candidate for industrial use and was investigated in laboratory experiments using ferrous sulfide (FeS) and sodium carbonate (Na2CO3) as commercially-available fluxes. A laboratory experiment on removal of Cu from hot metal was carried out using a 10 kg-scale furnace. Cu removal occurred while feeding the Na2CO3-FeS fluxes, and stopped after the end of flux feed. In the experimental temperature range, lower temperatures were advantageous for Cu removal reflecting the exothermic nature of Cu sulfidation. The dependence of Cu removal on the composition of the hot metal was also confirmed based on the analysis in terms of Cu partition ratio.

1. 緒言

鉄スクラップを利用した製鉄は,高炉法による鉄鉱石からの製鉄に比して,還元熱が不要であり,その省エネ効果は約70%にも及ぶ。我が国鉄鋼業は世界最高水準の省エネルギーレベルを実現しているが,一層の省エネルギーを実現するためには鉄スクラップ利用の推進が鍵である。市中鉄スクラップの利用推進は国内鉄源の再利用の観点からも有益である。国内のスクラップ発生量はスクラップ蓄積量にほぼ比例して増加しており1),市中スクラップの利用は重要な課題といえる。

鉄スクラップの利用に際して,主な問題となるのがトランプエレメントの混入である。中でも銅は鉄スクラップの再利用の過程で混入する可能性が高く,最も問題となる元素である2)。鉄スクラップ中の銅濃度に関して幾つかの調査や推算が散見される3,4,5,6)。それらによれば,スクラップ中の銅濃度はスクラップ中の電線やモーターコアなどの銅の混入源により増加し,30年後には現在の1.5倍に達する可能性があるとされている。したがって,鉄スクラップ利用の推進には銅の除去技術の開発が急務となっている。

80年代後半以降の鉄鋼スクラップ発生量の増加に伴い,種々の原理で銅を除去することを目的とした研究が活発に行われた。事前の機械的手段で分別できない銅を除去する方法として,固体状態での除去と溶鉄からの除去の2通りに大別できる。このうち,固体状態での除去7,8,9)については,スクラップ表面近傍に存在する銅しか除去できず,循環使用に伴って鋼材中へ濃縮する銅への対処は不可能である。

一方,溶鉄からの除去については,混入する全ての銅に対処可能であること,既存の鉄鋼プロセスを応用出来る可能性が高いことから,より実用的な手段と考えられる。ただし,いったん鉄中に取り込まれた銅を,鉄鋼精錬操作の基本である酸化精錬で除去することは熱力学的に困難である。酸化精錬以外の種々の原理で溶鉄から銅を除去することを目的とした研究が過去に行われ,高真空またはプラズマを用いた蒸発除去法10,11),反応性ガス吹き付けによる脱銅法12,13)などが提案されたが,設備の複雑さやガスの取扱いの困難さなどの種々の要因から実用化されたものはない。その中でも,鉄中の銅が優先的に硫化する性質を利用した硫化物系フラックスによる脱銅法は,大量処理を想定した場合にも比較的設計が容易であり,工業的に有望な方法として注目できる。

硫化物フラックスによる炭素飽和溶鉄での脱銅精錬の平衡論的研究については,Langenbergらによる初期の研究14)に続き,Imai and Sanoら15)およびWangら16,17)による優れた報告がなされている。これらの報告によれば,FeSを基本とするフラックスにアルカリ硫化物またはアルカリ土類硫化物を添加した場合,アルカリ元素(Li, Na, K)の硫化物が脱銅に好適であり,アルカリ土類(Ca, Mg)の硫化物は効果が小さいことなどが示されている。速度論的見地からは,Liu and Jeffes18)やChenら19)によるFeS-Na2S系スラグでの報告が散見される。

これら実験室規模の多くの先行研究14,15,16,17,18,19)において用いられているアルカリ硫化物は反応性に富み,大気中の酸素や湿気と容易に反応するため,工業的規模で取り扱うのが困難である。安定なアルカリ源としては炭酸塩が考えられる。中でも,炭酸ナトリウムは工業的に多用されており,実用面でも有望であるが,これまで硫化脱銅のフラックス原料としての知見はほとんど報告されていない。

本研究では,ナトリウム源として炭酸ナトリウムを使用したNa2CO3-FeSフラックスによる溶銑段階での硫化脱銅法について,工業化に資する知見を獲得することを目的として,実験室規模での脱銅実験を行って調査した。

2. 硫化脱銅の原理

鉄中に溶解した銅を酸化除去することは熱力学的に困難であるが,硫黄との親和力が強いことを利用して,硫化脱銅を行うことは可能である。溶鉄中の銅の硫化反応は,溶鉄中の銅および硫黄濃度が希薄であれば(1)式で表される。   

Cu_+12S_=CuS0.5()(1)
  
ΔG0=41980+50.1T(J/mol)(2)
  
K1=γCuS0.5XCuS0.5fCu[%Cu]×fs1/2[%S]1/2(3)
  
[%Cu]=γCuS0.5XCuS0.5fCu×fs1/2[%S]1/2×K1(4)

ここでK1は(1)式の平衡定数15)γCuS0.5XCuS0.5はそれぞれスラグ中CuS0.5のラウール基準の活量係数およびモル濃度,fCuおよびfSはそれぞれ溶鉄中の銅および硫黄のヘンリー基準の活量係数,[%Cu]および[%S]はそれぞれ溶鉄中の銅および硫黄の質量濃度を表す。

(1)式より,脱銅反応を促進させるための熱力学的な条件として,溶鉄中の銅の活量が高いこと,溶鉄中の硫黄活量(濃度)が高いこと,スラグ中(CuS0.5)の活量が低いこと,が挙げられる。また本反応が発熱反応であることから,熱力学的には低温ほど有利となる。

メタル側条件として,溶鉄中の炭素が銅および硫黄の活量係数を高めることが知られている。したがって,溶鋼に対して高炭素条件(=メタル中銅の活量が高い)かつ低温条件である溶銑段階で脱銅を行うのが有利である。溶銑段階での処理は,後工程での脱硫を行うならば高硫黄条件を許容し得ることも有利である。

3. 実験方法

実験室溶解炉で溶銑脱銅実験を行った。Fig.1に実験の概要を示す。高周波誘導炉で工業用純鉄を母材として10 kgの高炭素溶銑を溶製し,銅濃度および硫黄濃度を所望の濃度に調整した。上部からフラックスを所定時間ごとに分割して投入した。実験中は充分な反応を確保するため,インペラを浸漬して機械撹拌を与えた。るつぼ,インペラはカーボン製とした。るつぼ内の溶銑浴面上の空間にはアルゴンガスを流通し,空気の混入を防ぐようにした。溶銑温度を一定に保つために溶解炉の誘導電流を調節した。実験中に溶銑を採取し,成分分析に供した。スラグの採取は,インペラ撹拌を停止してスラグを溶銑上に浮上させてから行った。スラグは鉄製の治具で採取し,直ちに鉄板上で急冷した。これを粉末状にして成分分析およびXRD測定に供した。スラグ中の全鉄(T.Fe),Si,Mn,P,Ca,Mg,Alはガラスビード/蛍光X線分析法,Cu,Naは原子吸光法,全硫黄(T.S)は重量法で分析した。XRD測定時のX線管球にはCo-Kαを使用した。

Fig. 1.

 Experimental setup.

主な実験条件をTable 1に示す。溶銑温度,溶銑成分,フラックス添加速度などを変化させて実験を行った。溶銑成分については,母材の純鉄を溶解して高炭素溶鉄を溶製した後に別途調整した。

Table 1. Experimental conditions.
FurnaceInduction furnace
CrucibleGraphite
inner diameter 140 mm × height 200 mm
Metal10 kg (bath depth 100 mm)
Temperature1507-1677 K
AtmosphereAr
Stirring deviceImpeller, 4 blades
width 50 mm × height 30 mm
Stirring conditionImmersion depth* 60 mm
Rotation rate 600 rpm
Initial [Cu]0.27 - 1.13 mass% (mainly < 0.4 mass%)
Initial [S]0.07 - 0.30 mass% (mainly < 0.15 mass%)
Flux compositionNa2CO3 250 g + FeS 520 g
or Na2CO3 500 g + FeS 1040 g
Flux feed rate38.5, 77, 154 g min–1 (mainly 77 g min–1)

*) Distance between hot metal surface and bottom of impeller

ナトリウム源としては炭酸ナトリウム(Na2CO3,和光純薬製,試薬特級,純度99.8%以上)を使用した。また硫黄源としては,化学量論化合物である硫化鉄(II)(FeS,和光純薬製,化学用)を用いた。硫化鉄(II)は別途成分分析を行い,FeS含量が95 mass%以上であることを確認した。硫化鉄(II)は入手時に塊状のものを1 mm以下程度の粒度に粉砕して実験に供した。

フラックスは,炭酸ナトリウムと硫化鉄(II)を所定の比率で混合して用いた。このフラックスを溶銑に添加すると,Na2CO3とFeSの間に以下のような反応が起こると考えられる。   

Na2CO3+FeS+2C_=Na2S+3CO+Fe(5)

フラックスには硫化鉄(II)をNa2S生成当量よりも多く配合し,FeS-Na2S系スラグが形成されるようにした。フラックス中のNa2CO3およびFeSの量は,(5)式にしたがってNa2CO3が全てNa2Sを生成した場合,残りのFeSとNa2Sの和が500 gもしくは1000 gになるように配合した。例えばFeS-Na2S系スラグ500 gに相当する出発原料としては,炭酸ナトリウム250 g,硫化鉄(II)520 gとした。このフラックスの初期配合組成はモル比で40Na2S-60FeSの2元系スラグに相当する。

フラックス投入速度は,一回あたりの投入量や投入間隔を増減することで変化させた。具体的には,フラックス添加総量が770 gの場合,投入速度154 g/minおよび77 g/minの条件では,10 kgの溶銑に対し,77 gずつに分割したフラックスをそれぞれ30秒および1分間隔で添加した。37.5 g/minの条件では,37.5 gずつに分割したフラックスを1分間隔で添加した。大半の実験はフラックス添加量770 g,投入速度77 g/minで行った。

4. 実験結果

実験結果をTable 2および3に示す。Table 2には,実験後のスラグ中の銅濃度(Cu)f(mass%)と溶銑中の銅濃度[Cu]f(mass%)の比である銅分配比も示した。   

Lcu(=(Cu)f/[Cu]f)(6)

Table 2. Compositional analysis of molten iron at the end of each run.
Run No.T(K)Metal phaseLcu
[C]f (mass%)[S]f (mass%)[Cu]f (mass%)
115764.170.100.629.0
215714.420.190.418.9
315884.000.190.1912.9
415714.370.170.1713.5
515853.500.290.1611.2
615823.780.210.2012.1
715694.300.340.1813.9
815824.540.310.2113.2
915974.460.110.219.2
1015794.380.220.2011.4
1115694.420.160.1611.3
1215764.400.510.1615.5
1315194.140.150.1814.5
1416594.450.270.2010.8
1515073.940.170.1412.9
1616584.200.400.2110.0
1716774.310.480.2010.1
1816704.400.250.2012.0

実験時にNa2CO3およびFeSはいずれも安定で,取り扱い上の支障は起こらなかった。また本実験においては溶銑成分を意図的に変化させて異なるデータを得ているが,溶銑成分,フラックス量などを同一条件にして実験を行った際は,ほぼ同じ結果が得られることを予備実験で確認した。

Fig.2に,種々の投入速度でフラックスを添加した場合の脱銅挙動を示す。主な実験条件は図中に示した。フラックス投入速度は154,77および37.5 g/minとした。各条件での初期溶銑銅濃度は同等で,フラックス添加総量は770 gと同じとしたところ,フラックス投入後の溶銑銅濃度は0.20 mass%で同じであった。また,いずれの条件でも,フラックス投入中に脱銅が起こり,フラックス投入が終了すると脱銅は起こらなくなることが分かる。

Fig. 2.

 Change in [Cu] at various flux feed rates.

本実験時の溶解炉内の観察では,インペラ回転中にスラグは溶銑浴面上には存在せず,溶銑内に巻き込まれていた。今回の実験条件(インペラ寸法,回転数,浴深さ)における撹拌動力密度は361 W/tと算出される20)。この撹拌動力は,Kikuchiら21)の報告した4トン規模溶銑での機械撹拌脱硫実験において,脱硫剤の巻き込みが観察されて脱硫速度が急激に増加した撹拌動力密度である約200 W/tよりも大きい。

また,FeS,Na2S,および脱銅生成物のCu2Sの融点は,それぞれ1460 K,1448 K,1398 Kであり22),いずれも本研究で最も低い実験温度の1507 Kよりも低い。また本実験のフラックスの初期配合組成に相当するモル比で40Na2S-60FeSの2元系スラグの液相線温度は973 Kである22)。さらに,今回実施したいずれの実験においても,フラックス量の大小によらず,実験後に溶銑浴面上に浮上したスラグは目視では均一溶融状態であった。

以上より,本実験では生成するスラグの融点が低く,フラックス投入と同時に速やかにスラグが形成されて溶銑内に巻き込まれるため,脱銅反応の進行は速やかであり,Fig.2のようにフラックス投入中に脱銅が起こり,フラックス投入が終了すると脱銅は起こらなくなったといえる。すなわち,今回の実験におけるフラックス投入速度の範囲では,フラックス投入後には反応が完了して系が平衡に近い状態にあることが示唆される。

小型抵抗炉(溶銑4 kg)でNa2CO3-FeSフラックスを一括添加し,撹拌を加えずに1時間にわたり溶銑成分の変化を調査した実験も別途行ったが,目視でフラックスの溶融が確認できた以降は溶銑成分は一定であった。

Fig.3に,異なる溶銑温度における実験中の銅濃度の変化を示す。各温度の実験における開始時の溶銑中銅濃度の値は異なっているが,1519 Kおよび1579 Kでの銅濃度の低下量は1677 Kのそれよりも大きい。これは銅の硫化反応が2節で述べたように低温ほど有利なことを反映しているといえる。

Fig. 3.

 Change in [Cu] at various temperatures.

Fig.3において,溶銑中銅濃度は1519 Kでは0.30 mass%から0.18 mass%に,1579 Kでは0.31 mass%から0.20 mass%に,それぞれ低下した。鋼材を鉄スクラップとして再利用する過程で銅が混入し,鋼材中の銅濃度が上昇するとされるが,一例として,形鋼では銅濃度が現状の0.2 mass%程度から,許容上限の0.3 mass%程度まで上昇するとの予想がある4)。本実験の結果は,Na2CO3-FeSフラックスによってこのような銅濃度の上昇分を除去する脱銅が行えることを示しており,実用的な脱銅処理の可能性を与えるものである。

Na2CO3-FeSフラックスの投入に伴い,溶銑中の硫黄濃度が上昇する。Fig.4に,Fig.3に示したのと同じ実験での溶銑中の硫黄濃度の変化を示す。いずれの温度においても,フラックスの投入に伴い溶銑中の硫黄濃度が上昇し,フラックス投入後は一定となった。溶銑温度の高いほど,フラックス投入後の硫黄濃度は高くなった。

Fig. 4.

 Change in [S] at various temperatures.

硫化物スラグ中のFeSと溶銑中の硫黄の反応は下記のように表せる16)。   

FeS=Fe+S_(7)
  
ΔG0=9665+24.06T(J/mol)(8)

上式によれば,溶銑中の硫黄濃度は温度の上昇とともに高くなることが予想されるが,Fig.4に見られた温度依存性はそのような熱力学的な予想と矛盾しない。溶銑中の硫黄濃度についても,フラックス投入中に速やかに変化し,フラックス投入終了後に一定となったことは,本実験系のスラグの反応が極めて早く,実験後は平衡に近い状態であることを示唆するものである。

本研究のスラグの代表的なXRD結果をFig.5に示す。非晶相の存在を示すブロードなピークの上に,Na3Fe2S4に由来する幾つかのピークが認められる23)。Na3Fe2S4はNa2SとFeSの化学量論化合物ではないが,少なくとも本実験においてNa-Fe-Sを主要成分とする融体が形成され,スラグ試料を急冷した際にNa3Fe2S4が晶出したと考えられる。XRD結果にはNa2CO3のピークもわずかに認められた。

Fig. 5.

 X-ray diffraction pattern of slag after experiment (Run 10).

他の試料でも概ね同様の回折図形が得られた。Cu化合物の回折ピークは,スラグ中のCu濃度(本試料では2.28 mass%)が低いこともあり,いずれの試料でも確認されなかった。

5. 考察

本研究のスラグ系は均一融体を形成すると考えられる。このため,Cu+,Fe2+,Na+などの陽イオンとS2−,O2−などの陰イオンからスラグが形成されていると考えることができるが,スラグ中の構成成分について便宜上,(1)式に表したような分子種を基に取り扱った。

Fig.6Lcuと実験後の溶銑中硫黄濃度[S]f(mass%)の関係を示す。図中のデータは,図中に表した溶銑成分の濃度範囲で得られたものである。Lcuは[S]fの高いほど増加した。(4)式に示すように,銅の硫化反応において,溶銑中の硫黄濃度の高いほど,溶銑中の銅濃度は低くなり,銅分配比は高くなると予想される。本図の結果は,本研究の硫化物スラグと溶銑中の銅との反応が平衡関係から予測されるものと矛盾しないことを示している。

Fig. 6.

 Relationship between Cu partition ratio and [S] after Cu removal.

Fig.7Lcuと実験後の溶銑中銅濃度[Cu]f(mass%)の関係を示す。データ比較に及ぼす他の実験条件の影響を避けるために,図中のデータは溶銑組成が類似の実験から選んでいる。[Cu]fが高いほど,分配比は小さくなった。溶銑中銅濃度自体が銅除去反応に及ぼす影響は,溶銑組成とスラグ中銅濃度によって説明される。すなわち,過去の文献で溶銑中の銅濃度が高いほど,溶銑中の銅の活量係数が低下することが示されている15)。またWangらは,スラグ中(CuS0.5)濃度が高いとスラグ中のFeSの活量が低下し,そのためにメタル側の硫黄活量が低下すると報告している16)。したがって,溶銑中銅濃度の高い条件での脱銅反応は,溶銑中の銅と硫黄の活量の低下により,銅分配比が低くなると考えられる。Fig.7の結果はこのような傾向と定性的に合致している。

Fig. 7.

 Relationship between Cu partition ratio and [Cu] after Cu removal.

Fig.8Lcuと実験後の溶銑中炭素濃度[C]f(mass%)の関係を示す。図中のデータは,図中に表した溶銑成分の濃度範囲で得られたものである。[C]fの低い実験はフラックス量1540 gで行われたものである。Lcuは[C]fの増加に伴いなだらかに増加した。溶銑中の炭素は溶銑中の銅の活量を高めるため,[C]fの上昇が脱銅反応の促進に寄与したことを反映している。Huiらは1853 Kにおいて[Na2S-FeS]スラグによる溶銑および溶鉄からの脱銅を調査し,溶銑の場合に高い脱銅率を得ている24)。Matsuoは硫酸塩を用いた脱銅実験において,溶銑中炭素濃度の高いほど脱銅が促進されることを報告している25)。したがって,本研究を含めて硫化脱銅反応に関して,一般に炭素濃度を高くすることが脱銅の促進には有利といえる。

Fig. 8.

 Relationship between Cu partition ratio and [C] after Cu removal.

本実験では,先述のようにフラックス投入に10分を要した後には溶銑成分は一定値となっていたので,今回は各条件の最終サンプリング時点でメタル・スラグがほぼ平衡に達していたと仮定して,以下の考察を行う。

溶銑中炭素濃度が銅分配比に及ぼす影響を,成分の平衡関係を表す(3)式をもとに検討する。温度と溶銑中硫黄濃度が一定で,本研究のスラグ組成の範囲においてXCuS0.5がほぼスラグ中(CuS0.5)濃度に比例し,またスラグ中CuS0.5の活量係数γCuS0.5は一定とするならば,(3)式は溶銑中炭素濃度の関数として次のように書き下すことができる。   

logLCu=logfCu+12logfs+A=(eCuC+12eSC)[%C]+A'(9)

ここでeCCuおよびeCSはそれぞれ銅および硫黄に関する炭素の相互作用助係数であり,AおよびA’は定数である。eCCuおよびeCSは1573 Kにおいてそれぞれ0.077および0.129と見積もられるので26),式(5)中の[%C]の乗数は0.141となる。

Fig.9に,Fig.8に示したデータについてLcuの対数と実験後の溶銑中炭素濃度[C]f(mass%)の関係として再掲した。上記で見積もられた[%C]の乗数0.141に相当する勾配をFig.9中に示したが,炭素濃度が3.5 mass%から4.3 mass%の範囲の実験データの傾きと近い。したがって,本実験における溶銑中炭素の影響は熱力学的な予想と合致しているといえる。

Fig. 9.

 Relationship between logarithm of Cu partition ratio and [C] after Cu removal.

上記で示した,本研究における銅の分配比に及ぼす各種溶銑成分の影響のうちでは硫黄濃度の影響が大きいと考えられる。そこで,(3)式を下式のように書き下した形で,銅分配比への硫黄濃度の影響を考慮することとする。   

XCuS0.5[%Cu][%S]1/2=fCufs1/2K1γCuS0.5(10)

本研究でXCuS0.5を決定することは困難であるが,本研究の組成範囲においてXCuS0.5がほぼスラグ中(CuS0.5)の質量濃度に比例するとするならば,上式の左辺は(%CuS0.5)[%Cu][%S]1/2(以後K’と表記する)に比例することになる。上式の右辺には温度の影響が最も大きいと考えられるので,K’と温度の関係をFig.10に示した。

Fig. 10.

 Temperature dependence ofK’.

図中には本研究で得られた全ての結果を示した。図に見られるように,溶銑成分の違いなどに起因するばらつきはあるものの,K’は低温ほど大きくなる傾向にある。この傾向は,Fig.3に示したように低温ほど溶銑中銅濃度の低下量が大きいことにも対応している。

ここで,これまで報告されている熱力学諸量をもとに,Na2S-FeS-Cu2S系スラグのK’を算出し,本実験結果と比較する。(10)式の右辺のfcuおよびfsは,溶鉄中の銅および硫黄に及ぼす炭素および硫黄の相互作用助係数を利用して求めた26)。相互作用助係数は正則溶体近似により各温度の値に換算した。炭素濃度は温度ごとの飽和炭素濃度を用い,硫黄濃度はスラグ中FeSと平衡する溶鉄中の値とした。K1は(2)式から温度依存の関数で与えられる。したがって,γCuS0.5が決まればNa2S-FeS-Cu2S系スラグのK’を算出することができる。WangらはNa2S-FeS-Cu2S系スラグでのXNaS0.5γCuS0.5の関係を1673 Kにおいて報告している16)。その結果から,本研究の出発配合組成に近いXNa2S=0.4におけるγCuS0.5として0.82が得られる。Fig.10に,γCuS0.5=0.82におけるNa2S-FeS系スラグのK’の計算値を実線で示す。ここではγCuS0.5の温度変化は考慮せずに一定とした。本実験のK’はNa2S-FeS系スラグの計算値よりも低い。

本実験のK’とNa2S-FeS系スラグの計算K’の差の要因の一つとして,計算では炭素飽和濃度を使用したことが挙げられるが,それだけでは両者の差は説明できない。したがって,上記のK’の差異はスラグ側にも求める必要がある。比較のために,仮にNa2S-FeS系スラグにおいてγCuS0.5を変化させて求めたK’を計算線を図中に破線で示す。本実験の結果はγCuS0.5=1.0および1.9で得られた線の間に位置していることが分かる。本実験のスラグは,前述のように出発原料に由来してNa2SだけでなくNa2O,Na2CO3を含む可能性がある。本実験結果でK’が小さく,γCuS0.5が純粋Na2S-FeS系スラグより大きい傾向にあることは,本実験のスラグ中においてCuS0.5が相対的に不安定な状態にあることが示唆される。

Na2CO3とFeSを出発原料とした溶銑からの硫化脱銅において,フラックスを溶銑に投入したときの反応として,(5)式以外に,Na2CO3が分解してCO2を放出し,Na2Oを生成する反応が考えられる。   

Na2CO3=Na2O+CO2(11)

一方,Na2CO3はNa2Sと高温で均一融体を形成することが報告されており27),分解せずにスラグ中に溶解することも考えられる。すなわち,本研究のスラグ系は先行研究のような純粋なNa2S-FeS系スラグではなく,Na化合物としてのNa2S,Na2O,Na2CO3を含むようなスラグであると考えられる。

Table 3に示した分析対象とした各スラグ中の成分(Na,Fe,Cu,S,Si,Mn,P,Al,Ca,Mg)の濃度の総和の残部は9~17 mass%であった。原料中の微量成分や実験器具類から混入すると考えられるSi,Mn,P,Al,Ca,Mgの和は5 mass%以下であった。したがって,これら混入成分の総和を除いた上記の残部の大半は,スラグ中の酸素および炭素に相当すると考えられる。スラグ中には多くの成分が共存し,種々の酸化物や炭酸化物の分子種を想定し得るが,混入成分の全てを酸化物として換算したとしても,まだ余剰の酸素が存在するバランスとなる。実験時の炉内はAr雰囲気を保っていることを考え合わせると,スラグ中の酸素や炭素が出発原料のNa2CO3に由来し,その一部がスラグ中でNa2O,Na2CO3のような分子種を構成する可能性が示唆される。Fig.5に示したように,スラグのXRD測定においてはNa2CO3のピークもわずかに認められた。

Table 3.

 Compositional analysis of slag at the end of each run.

上記で推定したスラグ中CuS0.5の不安定さの原因も,このような本研究のスラグの出発原料に起因する成分の共存により,先行研究で報告されている純粋なNa2S-FeS系スラグとは異なるものであることが一因の可能性がある。上記を踏まえ,Na2CO3-FeSフラックスにより形成されるスラグ中のCuS0.5の不安定さについて以下に考察を進めた。

前述のようにFeS,Na2S,Cu2Sの融点,およびNa2S-FeS2元系スラグの液相線温度はいずれも本実験の実験温度より充分に低いので,これらを主成分とするスラグは均一融体と考えられる。そこで,Fig.10に見られるような本研究のスラグと純粋Na2S-FeS系スラグの銅分配比の差を理解する手掛かりを得るために,光学塩基度の考え方を適用した解析を行った。

光学塩基度は,本来は広範な酸化物系のガラスやスラグについて,塩基性や酸性の大小を示すのに利用された28,29)。光学塩基度は酸化物融体中の酸素イオンの電荷供与能力を定量的に表すものであり,ガラスの種々の物理化学的性質と関連づけて用いられてきた。Duffyは光学塩基度の尺度をフッ化物や硫化物に拡張した30)。すなわち,酸化物,フッ化物,硫化物の光学塩基度が,陰イオンの分極率をもとに相互に関連づけることができる。したがって,酸化物の光学塩基度Λ(Oxide)から硫化物の光学塩基度Λ(Sulfide)を推定できる。Fig.11に両者の関係を示す。図中のデータはDuffyとNakamuraらの報告から引用した30,31)。この図に示した酸化物と硫化物の光学塩基度は良好な相関にあり,硫化物の光学塩基度が未知な場合に,同じ陽イオンの酸化物の光学塩基度をもとに推定できると考えられる。

Fig. 11.

 Relationship between Λ(oxide) and Λ(sulfide).

Fig.11から,陽イオンがNa,Fe,Cuの場合の硫化物の光学塩基度を,酸化物のそれから推定した。Cuについては,ΛCu2Oの値が報告されていないため,ΛCuOをもとにΛCuSを算出した。それぞれΛNa2S=1.38,ΛFeS=1.30,ΛCuS=1.28と見積もられ,ΛCuSはΛNa2SやΛFeSより小さい値となった。

Cu2SとCuSの光学塩基度の大小関係に関して,Cu2OとCuOの大小をもとに類推する。Nakamuraらは,理論光学塩基度のパラメータとして陰イオン−陽イオン間の電子密度を考えた31)。具体的には,下式で示されるBasicity moderating parameter γを平均電子密度Dの関数として表した。   

γ=1.34(D+0.6)(12)
  
D=αZr3(13)

ここでαは陰イオン種による固有のパラメータ,Zは陽イオンの価数,rは陽イオン−陰イオン間距離である。

Cu2OとCuOにおける銅と酸素の結合間隔は,それぞれ1.84Aおよび1.95Aと報告されている32)。これらの値を用いると,陰イオンが酸素でありαが一定とするならば,Cu2OとCuOの平均電子密度は,Cuの価数も考慮するとそれぞれ0.16α,0.27αと見積もられる。すなわち,Cu2Oの方が平均電子密度が小さくなり,Basicity moderating parameter γは大きくなる。γの大きい方が光学塩基度は小さくなることを表すので,ΛCu2OはΛCuOより小さいと推測される。FeOとFe2O3についても,価数の小さいFeOの方が光学塩基度の小さいことが報告されている31)。Cu2SとCuSにおける銅と酸素の結合間隔については,銅と硫黄との化合物系が複雑であることから信頼に足るデータが報告されていないが,上述の議論を踏まえると,Cu2SとCuSの光学塩基度についてもΛCu2SCuSであることが推測される。

以上を勘案すると,本研究の融体中のCu2SはNa2SやFeSに対してさらに塩基性が低いと考えられる。このため,脱銅促進のためにスラグ中の銅の硫化物の活量係数を小さくするには,CuよりFe,FeよりNaというように,マトリクス融体の塩基度を高くした方が有利と考えられる。

さらに,前述のようにNa2CO3が融体中に存在する場合の影響を考える。Na2CO3の光学塩基度は報告されていないが,Na2CO3の構成成分であるNa2O(ΛNa2O, 1.15)およびCO2CO2, 0.4)は示されている31)。これら構成成分の値は,いずれも上記に見積もったΛNa2S,ΛFeS,ΛCuSの値より小さいので,Na2CO3の光学塩基度もこれらより小さいものと推定できる。これらの分子種の光学塩基度をFig.12に示す。横川もNa2CO3含有スラグの塩基度と酸素ポテンシャルの関係をもとに,Na2CO3がNa2Oより穏やかな塩基性の化合物であると述べている33)

Fig. 12.

 Optical basicity of various compounds.

したがって,本研究の融体中にNa2OやNa2CO3が存在すると融体の塩基度を低下させ,ひいては融体中でのCu2Sの安定性を低下させると考えられる。このため,本研究のようにNa2CO3を出発原料とする融体では,スラグ中のγCuS0.5の上昇を伴い,結果としてLcuが低位になると考えられる。

なお,緒言に引用したようなアルカリ硫化物を含むフラックスの方がアルカリ土類硫化物を含むフラックスより脱銅に有効であった既往の結果17)に関しても,アルカリ元素の方が酸化物の光学塩基度度が高く31),その硫化物の塩基度も高いと推測されるので,ここでの考察にしたがえば定性的に説明可能である。

本実験と従来報告における硫化脱銅スラグのK’を比較した。Fig.13に,各種スラグのln K’を温度の逆数に対して示す。いずれの結果においても,温度が低下するのに伴いln K’は増大しており,硫黄の硫化反応が発熱反応であることを反映している。本実験結果は,Imai and Sano15)が(NaS0.5)=79.9~88.5 mass%,(%FeS)=10.7~19.4 mass%,(%CuS0.5)=0.55~0.76 mass%の組成のスラグを用いた溶銑との平衡実験で得たln K’よりも低位であった。これは,Imai and Sanoのスラグが本実験のスラグより高Na2S組成であり,塩基性が高いと考えられることを勘案すると妥当である。図中には,Matsuo25)がNa2SO4を出発原料としたフラックスを用いて種々の温度で溶銑の脱銅挙動の経時変化を調査したるつぼ実験の結果を示す。彼らの結果のうち,長時間側で溶銑中銅濃度が一定になった時点の値を図中に示した。これらのln K’は本研究および今井らよりも低位であった。

Fig. 13.

 Relationship between reciprocal temperature and ln K’.

なお,Fig.13に示した各種スラグのln K’と温度の逆数の関係から,下式の反応に相当する標準エンタルピー変化を評価することができる15)。すなわち,各データ群に対して引ける回帰線の勾配から,van't Hoff の式に基づき,標準エンタルピー変化ΔH°を見積ることができる。図中には回帰線の相関係数を併せて示した。   

Cu_+12S_=(CuS0.5)(14)

本実験結果についても,フラックス投入後には系が平衡に近い状態にあると考え,ΔH°を評価した。本実験のデータ群の相関係数は0.65と高くないが,ΔH°は−98 kJ mol−1と見積もられた。この値は,Na2S-FeS系スラグについてImai and Sano15)が報告した−104 kJ mol−1に近く,Na2SO4フラックスでの脱銅についてMatsuo25)が報告した−227 kJ mol−1とは大きく異なっていた。この結果は,本研究のスラグ系においてNa2OやNa2CO3の存在が示唆されるものの,Na-Fe-S系融体に近い脱銅挙動を示すことを反映するものといえる。

6. 結言

ナトリウム源として炭酸ナトリウムを使用したNa2CO3-FeSフラックスによる溶銑段階での硫化脱銅法について,工業化に資する知見を獲得することを目的として実験室規模での脱銅実験を行い,以下の結果を得た。

−溶銑10 kgに対してフラックスの投入速度が37.5 g min−1から154 g min−1の条件で,脱銅反応はフラックス投入中に速やかに進行し,フラックス投入が終了すると反応は停止した。

−溶銑中銅濃度は,銅の硫化反応が発熱反応であることを反映し,1677 Kよりも温度の低い1519 Kおよび1579 Kにおいて低くなった。溶銑中銅濃度は1519 Kでは0.30 mass%から0.19 mass%に,1579 Kでは0.31 mass%から0.20 mass%にそれぞれ低下し,Na2CO3-FeSフラックスによる実用的な脱銅処理の可能性が確認された。

−1573±15 Kにおいて,実験終了後の溶銑中炭素濃度が3.50から4.30 mass%に上昇すると,スラグ/溶銑間の銅分配比は11.2から13.9に上昇した。また実験終了後の溶銑中銅濃度が低いほど,溶銑中硫黄濃度が高いほど,銅分配比は大きくなった。

−本実験における見かけの平衡分配比K’(=(%CuS0.5)[%Cu][%S]1/2)の値は,Na2S-FeS-Cu2S系スラグの熱力学諸量から計算される値より小さかった。この差は,出発原料としてNa2CO3を使用したことに由来するスラグ中のNa2OおよびNa2CO3の存在に起因すると考えられた。これらの分子種がスラグの脱銅能に及ぼす影響を光学塩基度の観点から考察した。

本研究はNEDO「エネルギー使用合理化技術戦略的開発/エネルギー有効利用基盤技術先導研究開発/難利用鉄系スクラップの利用拡大のための先導的研究」に係る委託業務の成果である。

謝辞

本研究の遂行にあたり,有益なご助言をいただいた北海道大学大学院工学研究科・鈴木亮輔教授に謝意を表します。また,本研究のスラグのXRD測定を行ったJFEスチール(株)スチール研究所・高橋克則工学博士,井上陽太郎工学修士にも謝意を表します。

文献
 
© 2014 一般社団法人 日本鉄鋼協会

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