鉄と鋼
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論文
Fe-Mn-C-Al TWIP鋼の水素脆化における静的および動的ひずみ時効の影響
小山 元道秋山 英二津﨑 兼彰
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2014 年 100 巻 9 号 p. 1132-1139

詳細
Synopsis:

Al effects on strain aging and resistance against hydrogen embrittlement were examined in Fe-18Mn-0.6C-based twinning-induced plasticity steels deformed at different strain rates. The Fe-18Mn-0.6C steel showed hydrogen-induced fracture when it had been pre-deformed at a strain rate of 1.7×10–6 s–1. The hydrogen-induced fracture was suppressed by increasing strain rate and increasing Al content. From the viewpoint of material strengthening by strain aging, we found two important factors improving the resistance to the hydrogen embrittlement; (1) suppression of dynamic strain aging by increasing strain rate and Al content, and (2) suppression of static strain aging under loading by the Al addition.

1. 諸言

Fe-Mn-C基Twinning-induced Plasticity(TWIP)鋼は,延性および強度を兼備することで注目されている材料であるが1,2,3),水素脆化の発現が実用上の問題になっている3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13)。水素脆化は,一般に高強度材料にみられる現象で,その中でも特に加工された材料,例えば,自動車ボディ材などの高い残留応力を有する部材で報告される3)。Fe-18Mn-0.6C鋼(wt.%)では0.36 wt.ppmの拡散性水素が侵入した場合,流動応力1010 MPaで水素誘起の粒界破壊が観察される5)。また,εマルテンサイト変態(FCC→HCP)6),双晶変形9),ならびにひずみ時効硬化10)がFe-Mn-C基TWIP鋼の水素脆化を促進する。

Fe-Mn-C基TWIP鋼の耐水素脆化特性を改善するためには,Al添加が有効である。例えば,Fe-18Mn-0.6C-1.5Al鋼はFe-18Mn-0.6C鋼と比較して耐水素脆化特性に優れる3,8)。耐水素脆化特性改善におけるAlの役割は種々報告されているが,未だ議論が続いている。Alは様々な現象に強く影響するので,より包括的な理解のため,詳細な水素脆化機構の解析が求められる。TWIP鋼の耐水素脆化特性改善に寄与するAlの効果として,変形応力の低下4),Al2O3表面層の形成13),双晶変形およびεマルテンサイト変態の抑制14),転位密度および集合組織の発達挙動の変化8),静的および動的ひずみ時効の抑制15,16)が挙げられる。特に,Al添加によって炭素拡散の活性化エネルギーが上昇し15),かつ,積層欠陥エネルギーが増大する16)ため,静的および動的ひずみ時効はAl量が少量でも劇的に抑制される。動的ひずみ時効の抑制は転位密度の低下8),炭素による転位のピン止め頻度の低下15)に起因して変形応力および加工硬化能を低下させる。静的ひずみ時効の抑制もまた,変形応力を低下させる。これらAl添加による変形応力の低下は水素脆化感受性に対して有意な影響をもつ。

前報10)において我々は,変形を加えたFe-22Mn-0.6C TWIP鋼の水素脆化感受性を水素チャージ下での定変位保持試験によって評価した。水素誘起破壊はひずみ速度1.7×10–5 s–1で予ひずみ後,変位保持中に観察された。この水素誘起破壊は予ひずみ速度を上昇すると抑制された。ひずみ速度変化が影響するFe-Mn-Cオーステナイト鋼における重要現象は動的ひずみ時効である16,17)。つまり,予ひずみ速度上昇による水素脆化感受性低減の理由は動的ひずみ時効の抑制に起因すると考える。Al添加も上述の通り,ひずみ時効を抑制する。それ故,上記実験と同じく定変位保持試験で評価した場合,Fe-Mn-C基TWIP鋼の耐水素脆化特性は,ひずみ時効抑制に起因するAl量依存性を示すと推察する。このAl量依存性を調査することは,Al添加による耐水素脆化特性改善機構の一端解明につながると考える。

本研究は以下の二つの目的の下に行う。(1)水素チャージ下での引張変位保持試験によって,Al添加型TWIP鋼の水素脆化感受性を評価する。(2)応力下における静的ひずみ時効に対するAlの効果を明らかにする。実際の自動車部材やカップ試験片における遅れ破壊試験のような実用化に向けた実験では,変形後の残留応力の影響下で水素が侵入し,水素誘起破壊が起こる。それ故,予ひずみ後における水素チャージ下定変位試験は,実際の水素脆化に近い現象を反映していると考える。本論文では,Fe-Mn-C基TWIP鋼におけるAl量,ひずみ時効,ならびに水素誘起破壊の発現の相関を水素チャージ下定変位試験により明らかにする。

2. 実験方法

2・1 試料

Fe-18Mn-0.6C-(0, 1.0, 1.5, 2.0)Al(wt.%)鋼を真空誘導溶解で作製した。Fe-18Mn-0.6C-1.5Al鋼は優れた耐水素脆化特性を有するTWIP鋼として知られる3)。作製した試料は60 mmから2.6 mmまで1273 Kで熱間圧延後,1.4 mmまで冷間加工を施した。その後,1073 Kで溶体化処理後,放電加工によって試料を切り出した。Fig.1はFe-18Mn-0.6C鋼,Fe-18Mn-0.6C-1.0Al鋼,Fe-18Mn-0.6C-1.5Al鋼,ならびにFe-18Mn-0.6C-2.0Al鋼の溶体化処理ままの微細組織を示している。すべての鋼の初期組織はオーステナイト単相であり,結晶粒径(平均粒切片)はそれぞれ3.8,4.4,4.9,4.0 μmである。これら結晶粒径は焼鈍双晶界面を含んで測定された。試料は熱処理の影響層を除去し,かつ水素の感受性を高めるために,0.3 mmまで研削加工によって減厚した。本研究で用いる試験片形状はつかみ部を有するゲージ部サイズ4.0 mmw×0.3 mmt×10 mmlの板状試片である。

Fig. 1.

 Optical micrographs in the as-solution-treated condition of (a) Fe-18Mn-0.6C, (b) Fe-18Mn-0.6C-1.0Al, and (c) Fe-18Mn-0.6C-1.5Al, (d) Fe-18Mn-0.6C-2.0Al steels.

2・2 水素脆化感受性評価法

インストロン型引張試験機を用いて,変形保持過程を含む引張試験を室温で行った。諸言で言及したように,実用のTWIP鋼の水素脆化では,変形後に残留応力の影響下で水素が侵入し,破壊に至る。それ故,本研究の水素脆化評価では試料を69%塑性変形後*1,変位保持中に水素チャージを行った。ひずみは変位を初期ゲージ長さで割ることで算出した。Fig.2(a)はFe-18Mn-0.6C鋼における,変位保持過程を含む公称応力−ひずみ曲線の一例である。この曲線にみられるセレーションは動的ひずみ時効に起因する16,17)。予ひずみ速度は1.7×10−5 s−1とし,69%塑性ひずみで変位を保持した。最大保持時間は,引張試験機のモータの損傷を避けるために10 hとした。水素チャージは前報10)と同じく,3% NaCl+3 g/L NH4SCN電解液中,電流密度7 Am−2で,変位保持開始直後から行った。対極には白金を用いた。Fig.2(a)のように,水素誘起破壊が変位保持中に起こらなかった場合にはひずみ速度1.7×10−2 s−1で再負荷し,水素チャージ下で破断まで変形させた。再負荷から破断までの時間はいずれの場合も10 s以内であった。

*1 弾性ひずみを含めて約70%となるよう変形を与えた。

Fig. 2.

 An example of stress-strain response at an initial strain rate of 1.7×10–5 s–1 in the Fe-18Mn-0.6C. (a) Engineering stress-strain curve. (b) Portion of Fig.2(a) outlined by the dotted lines. (c) Engineering stress plotted against strain holding time. SSA: Static strain aging.

上記試験に用いた試料における水素量は昇温脱離分析(TDA)によって測定した。測定は試料破断後20分以内に開始し,室温から550 Kまで200 K/hの昇温速度で行った。拡散性水素量は室温から523 Kまでに脱離した水素の累積量として決定した。拡散性水素は室温にて拡散可能な水素と定義する。拡散性水素は水素脆化を支配する制御因子であることが報告されている18)

Fig.2(b)は,Fig.2(a)において四角で囲まれた部分の拡大図である。変位保持による応力低下および再負荷における応力増加が観察される。この応力低下は緩和現象に起因し19),応力増加は静的ひずみ時効に起因する10,19)。これら応力低下および応力増加の値は以下のように定義される。   

Δσrelax=σ1σ0(1)
  
Δσssa=σ2σ0(2)

ここで,σ0,σ1,σ2Fig.2(b)に示すとおりである。水素誘起破壊は変位保持中に起こる10)ので,公称応力−変位保持時間曲線は水素脆化挙動を応力−ひずみ曲線よりも明確に表す。Fig.2(c)Fig.2(a)および2(b)で示された応力変化を変位保持時間に対してプロットした結果である。Fig.2(c)に示した例では,応力は緩和現象により徐々に低下し,水素誘起破壊は起こらずに変位保持が終了している。本研究では,水素脆化挙動を水素チャージ下で変位保持中の応力変化から議論する。水素チャージ下変位保持試験は各鋼種の各予ひずみ速度で一度ずつ行った。

2・3 応力緩和および静的ひずみ時効による応力変化の評価法

諸言で言及したように,ひずみ時効は水素脆化感受性に重要な影響を与える。加えて,応力緩和現象もまた重要である。このため,水素チャージをしない変位保持過程を含む引張試験によって,各Al量のTWIP鋼における静的ひずみ時効特性を評価した。Fig.2(b)に示すように69%塑性ひずみでは動的ひずみ時効によるセレーションが激しくなり,応力変化と種々ひずみ時効に関連するパラメタの定量的な関係が乱れるので,静的ひずみ時効特性評価では49%塑性ひずみで変位保持を行った。本鋼において,予ひずみ速度および変位保持時間は応力緩和現象と静的ひずみ時効の挙動に影響し,水素脆化感受性も変化させる10)。このため,静的ひずみ時効による強化度の予ひずみ速度および変位保持時間依存性についても調査した。予ひずみ速度は1.7×10−5から1.7×10−2 s−1の範囲で変化させた。49%塑性ひずみで変位保持後,予ひずみ速度と同じひずみ速度で破断させた。これら実験は各鋼種の各予ひずみ速度で,一度ずつ行った。

3. 結果および考察

3・1 水素脆化感受性におけるAlと予ひずみ速度の効果

Fig.3(a)は予ひずみ速度1.7×10−5 s−1で69%予ひずみを加えたFe-18Mn-0.6C鋼,Fe-18Mn-0.6C-1.0Al鋼,Fe-18Mn-0.6C-1.5Al鋼ならびにFe-18Mn-0.6C-2.0Al鋼の水素チャージ下における公称応力−変位保持時間曲線である。同じ実験方法により得られたFe-22Mn-0.6C TWIP鋼の既報研究結果10)も参考データとして示す。用いたFe-22Mn-0.6C鋼は破断に至ってもマルテンサイト変態は誘起されず,Fe-18Mn-0.6C鋼よりも低い流動応力を示す10)。Fe-22Mn-0.6C鋼では予ひずみ速度1.7×10−5 s−1で変位保持中に水素誘起破壊が観察されたが,本研究で用いた全ての鋼は同予ひずみ速度で変形後の変位保持中に水素誘起破壊を示さなかった。カップ試料の遅れ破壊試験でもFe-22Mn-0.6C鋼はFe-18Mn-0.6C鋼よりも高い水素脆化感受性を示すことが知られる3,20)。Fe-18Mn-0.6C鋼は予ひずみ速度1.7×10−6 s−1で変形されたときに,変位保持中に水素誘起破壊を示す(Fig.3(b))。この水素誘起破壊が観察された条件では,変位保持開始から緩和現象により応力が徐々に低下し,8時間後に破断にいたる。Fig.3(a)Fig.3(b)の比較からわかるように,69%流動応力はひずみ速度が1.7×10−5 s−1から1.7×10−6 s−1へ低下することで増大する。ひずみ速度低下にともなう流動応力の増大は動的ひずみ時効の促進に起因する16,17)

Fig. 3.

 Change in engineering stress during strain holding after the pre-deformation at strain rates of (a) 1.7×10–5 and (b) 1.7×10–6 s–1 in the Fe-18Mn-0.6C, Fe-18Mn-0.6C-1.0Al, Fe-18Mn-0.6C-1.5Al, and Fe-18Mn-0.6C-2.0Al steels. The strain was held at 69%. Hydrogen was introduced at the current density of 7 Am–2. The result of the Fe-22Mn-0.6C steel was obtained in our previous paper10).

水素誘起破壊が観察される場合の主な破壊様式は,Fig.4に示すように粒界破壊である。動的ひずみ時効が起こるとき,ひずみが局在化する(Portevin-LeChatelier bandの形成)。局所的な塑性変形は加工硬化率が低い場合に試料くびれの原因となり,延性破壊を引き起こすので,水素による塑性変形の促進効果と合わせて,延性低下の原因の一つとなりうる。ひずみの局在化が延性低下の原因である時,破壊様式は完全に延性的である。しかし,本研究で観察された変形様式は粒界破壊であったので,ひずみの局在化による早期塑性不安定現象の発現,すなわち延性破壊促進による延性低下機構は,本研究の水素脆化機構から除外される。ひずみ速度1.7×10−6 s−1で変形させた場合の水素脆化現象はAlの添加によって抑制される(Fig.3(b))。Fe-18Mn-0.6C鋼におけるAl添加の水素脆化抑制効果はマルテンサイト変態の抑制にも起因している20)。しかし,Fig.3(a)で,Fe-18Mn-0.6C鋼がFe-22Mn-0.6C鋼よりも低い水素脆化感受性を示していることに注目されたい。Fe-22Mn-0.6C鋼は破断後もマルテンサイトが観察されない鋼種であり21),少なくとも,Mn量の増加分は,Fe-22Mn-0.6C鋼の方がFe-18Mn-0.6C鋼よりもオーステナイトの相安定度が高い22)。これら事実は,Alの水素脆化感受性に対する効果がオーステナイト相の安定化だけではないことを示唆している。

Fig. 4.

 Fractograph of the Fe-18Mn-0.6C steel showing the intergranularly fractured part as indicated by the arrow. The specimen was fractured during the strain holding at 69% plastic strain after the pre-deformation at the strain rate of 1.7×10–6 s–1 as shown in Fig.3(b).

Fig.5は上記実験直後に測定した水素の昇温脱離速度曲線である。拡散性水素量はこのTDAの結果から決定した。Fig.5中の400 K周辺に現れているピークがFe-Mn-Cオーステナイト鋼の拡散性水素に対応する11)Fig.6では拡散性水素量をAl量に対してプロットした。Al無添加鋼と比較してAlを含む鋼では,同程度またはそれ以上の拡散性水素量が測定された。この拡散性水素量のAl量依存性は既報における測定結果と異なる。Ryuら23)がFe-18Mn-0.6C-1.5Al鋼の拡散性水素量がFe-18Mn-0.6C鋼よりも多いと報告しているものの,その他多くの論文において拡散性水素量はAl量の増加とともに低下すると報告されている8,12,13)

Fig. 5.

 (a). Hydrogen desorption rate curves in the fractured specimens that were used for (a) Fig.3(a) and (b) Fig.3(b).

Fig. 6.

 Diffusible hydrogen content estimated from Fig.5.

本試験法で評価した場合に導入される拡散性水素量が,従来の拡散性水素量と異なる傾向を示した理由を考える。炭素が合金元素として含まれる場合,静的ひずみ時効処理を施すと,炭素が転位へ偏析する。このため,炭素と水素のサイトコンペティションが起こり,水素トラップサイトの総数が低下する24,25,26)。すなわち,転位は拡散性水素のトラップサイトなので,静的ひずみ時効により拡散性水素量が低下する。Tojiら25)は,炭素鋼を低温熱処理した試料の水素侵入を調査し,炭素量の増加に伴って侵入水素量が低下することを示した。彼らも,炭素の転位への偏析が原因で,転位の一部が水素のトラップサイトとして働かなかったため,侵入水素量が低下したと主張している。Al添加は,炭素拡散の活性化エネルギーを増大させるため,静的ひずみ時効を抑制する。このために,Al添加は炭素の転位への偏析を遅延する。静的ひずみ時効に起因する水素と炭素のサイトコンペティションの観点では,このAlの炭素偏析抑制効果が拡散性水素量を増加させると考える。ここで,動的ひずみ時効の効果は静的ひずみ時効の効果とは全く異なることに注目したい。動的ひずみ時効も転位への炭素偏析に関連するが,動的ひずみ時効は,予ひずみ変形中における,ひずみあたりの転位密度の増加率を上昇させる8,27)。このため動的ひずみ時効が起こると,むしろ拡散性水素のトラップサイトは増加する。さらに,Al添加と拡散性水素量の関係を議論する場合には,Al2O3表面被膜形成の影響13)を無視できない。つまり,本実験環境では,以下の三つの現象がAl添加の影響を受けて拡散性水素量を変化させている。①水素侵入を抑制するAl2O3表面被膜の形成13),②動的ひずみ時効による転位密度の増加8),③静的ひずみ時効による水素トラップサイト数の減少,の三つである。第一および第二の現象におけるAlの効果は拡散性水素量を低下させる。第三の現象に対するAl効果は逆に,拡散性水素量を増加させる。これらAl添加の複合的な効果が,Fig.6に示すように,拡散性水素量のAl量依存性を複雑にしている。静的ひずみ時効におけるAlの効果の有意性については次節で述べる。少なくとも本実験では,Al添加による水素侵入抑制効果は確認されなかったので,今回観察されたAl量の増加およびひずみ速度の上昇による水素脆化の抑制は,拡散性水素量のAl量依存性とは別の因子によるものと考える。

ひずみ時効におけるAlの効果は,本実験で観察された水素脆化現象と関連付けて考えることができる。Fig.7はひずみ速度1.7×10−5 s−1と1.7×10−6 s−1における公称応力−ひずみ曲線である。流動応力はAl量およびひずみ速度の増大にともない低下している。また,動的ひずみ時効に起因するセレーションもAl量およびひずみ速度増大により抑制されている。つまり,Al量およびひずみ速度の増大は動的ひずみ時効を抑制することが確認される。Fig.7(c)は,1.7×10−5 s−1から1.7×10−6 s−1へひずみ速度を低下させた場合の,69%流動応力変化をAl量に対してプロットしたものである。流動応力に対する負のひずみ速度依存性はFe-18Mn-0.6C鋼で顕著である。流動応力が低下すると,水素脆化発現のためにより多くの拡散性水素が必要なので8,11),流動応力を低下させたAl添加およびひずみ速度の上昇は水素脆化感受性を低くする。

Fig. 7.

 Portions of engineering stress-strain curves at the initial strain rates of (a) 1.7×10–5 and (b) 1.7×10–6 s–1. (c) 69% flow stress change by decreasing strain rate from 1.7×10–5 to 1.7×10–6 s–1.

3・2 応力緩和および静的ひずみ時効に及ぼすAlの影響

動的ひずみ時効がAl添加によって効果的に抑制されたことから,Al添加は静的ひずみ時効にも影響すると考える。緩和現象による応力低下および静的ひずみ時効による強度上昇は水素脆化に影響する重要因子である10)。静的ひずみ時効は応力下で保持することで有意に発現することが報告されており19),本実験でもFig.1で確認した。本節では応力下における緩和現象および静的ひずみ時効に及ぼすAlの効果について示す。

Fig.8に緩和現象による応力低下のAl量依存性を示す。応力低下は,ひずみ速度1.7×10−2 s−1で49%塑性ひずみを与えた後に変位保持試験によって測定した。緩和による応力の低下度はAl量の増大にともないわずかに減少した。つまり,外力の観点から考えると,Al添加が水素脆化を抑制した原因を応力緩和現象へのAlの効果に求めることはできない。

Fig. 8.

 The magnitude of stress drop due to the relaxation and its Al content dependence. The values for each holding time were obtained by different tests.

Fig.9に静的ひずみ時効に及ぼすAlの効果を示す。静的ひずみ時効による強化度は(2)式より見積もった。予ひずみは,ひずみ速度1.7×10−2 s−1で49%まで与えた。変位保持後のひずみ速度も同じく1.7×10−2 s−1である。Fig.9(a)およびFig.9(b)に示すように,静的ひずみ時効による強化度は変位保持時間の対数に対して線形に増加し,Al量の増加とともに低下する。Al添加はFig.9(a)に示す線形関係の傾きを小さくするので,長時間変位保持するほど,静的ひずみ時効による強化度へのAlの影響は大きくなる。Fig.9(a)の傾きがAl添加によって低下した原因は,ひずみ時効発現の活性化エネルギー上昇15)および積層欠陥エネルギー増大16,28)による拡張転位(積層欠陥)と炭素の相互作用頻度の低下が考えられる。Fe-Mn-Cオーステナイト鋼において水素脆化に及ぼす静的ひずみ時効の影響を考えるとき,予ひずみ速度の効果も調べる必要がある10)Fig.10に静的ひずみ時効の予ひずみ速度依存性を示す。静的ひずみ時効による強化度は,ひずみ速度の対数に対して線形に増加する。この変化傾向はFe-22Mn-0.6C鋼と同じである10)Fig.10中の近似直線の傾きはAl量に依存しなかった。静的ひずみ時効の予ひずみ速度依存性は,予ひずみ速度増大による動的ひずみ時効の抑制によって説明される29)。Al添加は動的ひずみ時効を有意に抑制するが,同時に静的ひずみ時効も同程度抑制すると考えられるので,Fig.10の傾きにAl添加が影響しなかったと考える。

Fig. 9.

 (a) Stress increase by the static strain aging under loading plotted against aging time. (b) Al effect on the stress increase after strain holding for 1000 and 36000 seconds.

Fig. 10.

 Strain rate dependence of the stress increase due to the static strain aging. The Al addition did not change the slope significantly.

水素脆化におけるAlの効果を,静的ひずみ時効処理による材料強度の変化と関連付けて議論する。本実験の場合には,外力と材料強度それぞれが及ぼす水素脆化への影響を分けて考える必要がある。水素脆化感受性は一般に,材料強度の増大とともに高くなる30,31,32,33)。水素誘起破壊の臨界応力が降伏強度よりも低くなることは,幾つかの高強度鋼において報告されている33)Fig.11に模式的に示すように,外力は緩和現象のため,変位保持時間とともに徐々に低下する。一方,材料強度は静的ひずみ時効によって増加する。つまり,変位保持時間とともに,外力は低下するが,材料強度が水素脆化発現に十分なだけ増加すれば破壊は起こると考える。

Fig. 11.

 Relationship among external stress, critical stress for hydrogen-induced fracture, and occurrence of fracture at a constant hydrogen content. The material strength increases by static strain aging during holding at a fixed strain under loading, decreasing the critical stress for hydrogen-induced fracture.

ここで,ひずみ時効強化に起因する水素脆化促進機構を提案する。まず,水素誘起破壊に至る過程について考える。水素侵入が原因で誘起されるき裂は,粒界三重点または変形双晶先端の応力集中部で発生する34)。これら脆性的なき裂は,水素が特定の箇所に局在化することで発生する。水素誘起破壊が発現した場合は,多量の微小き裂が破断部近傍に観察されることから7,9,34),脆性き裂は最終破断に至る前に,すでに形成しているはずである。この脆性き裂は成長し,き裂の大きさが臨界径に達したときに,急速に進展して最終破断が起こると考える。すなわち,水素誘起破壊の臨界応力を決定する因子は,き裂発生に影響する因子と,き裂伝播に影響する因子の二つに分類できる。ひずみ時効は転位への炭素偏析により転位をピン止めし,材料を硬化させる。しかし,試料全体が十分に時効された状態において,特定の領域で転位がピン止めから解放されれば,材料内のその領域は相対的に局所的な軟化を示す。き裂先端では応力集中部が存在するので,十分に動的ひずみ時効および静的ひずみ時効が進行した状態でき裂が発生すれば,き裂先端に存在する転位はピン止めから脱離することができる。したがって,ひずみ時効は局所的な軟化とすべり集中を通してき裂の伝播を促進し,水素誘起破壊の臨界応力を低下させると提案する。この機構は,従来報告されているTWIP鋼の水素脆化感受性に対するAlの効果を以下のように合理的に説明する。深絞り加工されたカップ試料での遅れ破壊試験20)および本研究結果は,Alに水素脆化抑制効果があることを明瞭に示す。対照的に,水素チャージ下引張試験や水素予チャージ後の引張試験でAlの効果を評価した場合には,わずかに延性劣化抑制の傾向を示すものの,Al添加材とAl無添加材の間で引張特性に顕著な差が観察されない2,23)。これは,前者のグループに属する試験(応力影響下での静的保持過程を含む試験)では静的ひずみ時効が働くが,後者では静的ひずみ時効の効果が寄与しないためである。後者の水素チャージ下引張試験におけるき裂の伝播挙動はき裂発生後のき裂先端への水素侵入が支配すると考えられる。また,Fe-22Mn-0.6C鋼がFe-18Mn-0.6C鋼よりも高い水素脆化感受性を示す(Fig.3参照)理由もひずみ時効の観点から説明することができる。TWIP鋼のひずみ時効は,積層欠陥エネルギーの上昇16,28)または変形誘起εマルテンサイト変態の発現35)によって抑制される。Fe-Mn基オーステナイト鋼の積層欠陥エネルギーのMn濃度依存性については種々議論があるが,実測結果として22%Mnを含むときオーステナイトの積層欠陥エネルギーが最も低くなる36)と報告されている。また,Fe-18Mn-0.6C鋼は変形誘起εマルテンサイト変態を変形後期において示す20)。つまり,Fe-22Mn-0.6C鋼はFe-18Mn-0.6C鋼よりもひずみ時効が起こりやすい化学組成であるため,水素脆化感受性が高いと考える。

最後に,本研究で得られた結果を,水素脆化の材料強度依存性と静的ひずみ時効へのAlの効果を一緒に考えることで理解する。Al量,静的ひずみ時効による強化度,水素脆化感受性の相関をFig.12 に模式的に示す。Al添加は,双晶変形,動的ひずみ時効ならびに静的ひずみ時効を抑制するので,流動応力および材料強度を低下させる。Fig.12に示すように,一定の外力と水素状態での水素誘起破壊の臨界材料強度を仮定すると,臨界材料強度に至る時間はAl量の増加とともに大きくなる。Al添加による静的ひずみ時効の抑制は変位保持時間が長いときに重要となる。なぜなら,Al添加は変位保持時間に対する強化度の上昇率を低下させるからである。そして,静的ひずみ時効の効果が飽和しないかぎり,静的ひずみ時効による強化度は変位保持時間の対数に対して線形に増加する。すなわち,Al添加による変位保持時間あたりの材料強化度の低下は,破断に至るまでの時間を著しく増加させる。結果として,Al添加型TWIP鋼は優れた耐水素脆化特性を示すと考える。

Fig. 12.

 A schematic for how the Al addition contributes to the hydrogen embrittlement, from the viewpoint of strain aging. The critical material strength for failure means a strength for fracture at a given condition of external stress and hydrogen content.

4. 結論

TWIP鋼における水素脆化感受性のAl量およびひずみ速度依存性をFe-18Mn-0.6C鋼,Fe-18Mn-0.6C-1.0Al鋼,Fe-18Mn-0.6C-1.5Al鋼ならびにFe-18Mn-0.6C-2.0Al鋼を用いて,水素チャージ下定変位試験により評価した。水素脆化感受性はAl量および予ひずみ速度の増加によって低下した。また,Al添加が予ひずみ中の動的ひずみ時効および,変位保持中の静的ひずみ時効を有意に抑制することを確認した。ひずみ時効の観点では,水素脆化の予ひずみ速度依存性は,動的ひずみ時効抑制による流動応力の低下が一因である。また,ひずみ時効挙動のAl量依存性は水素脆化感受性の変化傾向と対応しているので,Al添加による静的ひずみ時効および動的ひずみ時効の抑制が,Al添加型TWIP鋼の低水素脆化感受性の一因であるといえる。

謝辞

本研究で用いた試料はPOSCOから提供していただいた。また,本研究はNIMSジュニア研究員(2009~2010)および日本学術振興会特別研究員(2011)の制度の一環として行った。この場を借りて深謝いたします。

文献
 
© 2014 一般社団法人 日本鉄鋼協会

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