Tetsu-to-Hagane
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Effect of Aging Treatment on Hydrogen Embrittlement of Drawn Pearlitic Steel Wire
Daisuke HirakamiToshiyuki ManabeKohsaku UshiodaKei NoguchiKenichi TakaiYoshinori HataSatoshi HataHideharu Nakashima
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2015 Volume 101 Issue 1 Pages 59-64

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Synopsis:

Hydrogen embrittlement has become a crucial issue with the promotion of high-strength steel. As-drawn pearlitic steel wire is well known to have superior resistance to hydrogen embrittlement. The resistance to hydrogen embrittlement is clarified as being further improved by aging treatment at 100-ºC and 300-ºC for 10-min. of as-drawn 0.8 mass% C pearlitic steel wire with φ5.0 mm (ε=1.9). The higher the aging temperature is, the better the resistance to hydrogen embrittlement becomes. Simultaneously, the strength even increased slightly by aging treatment. The mechanism is investigated by exploiting thermal desorption analysis (TDA) and the newly developed TEM precession analysis. Aging at 100-ºC led to a decrease in the hydrogen content at peak I around 100-ºC in the TDA curve, which is inferred to be caused by C segregation to dislocations resulting in improvement of hydrogen embrittlement. Aging at 300-ºC further improved the resistance to hydrogen embrittlement, which is presumably brought about by the local recovery of the heterogeneously deformed lamellar ferrite area together with the C segregation to dislocations. Here, the strength increased slightly by aging due to the softening factor of recovery and the hardening factor of strain aging.

1. 緒言

近年,自動車の軽量化や構造物の施工コスト削減のため,鋼材の更なる高強度化が進められている。鋼材の高強度化を推進する上で水素脆化はその阻害因子となっており,例えば高強度ボルト用鋼の水素脆化機構の解明や耐水素脆化特性を向上させるための研究が行われている1)。一般的に,環境から鋼材に侵入した水素量が限界拡散性水素量を越えると水素脆化が生じる2)。ここで,限界拡散性水素量とは,鋼材の強度レベルや応力状態で決定される水素量であり,これ以上の拡散性水素が鋼材中に存在すると水素脆化が発生する。鋼材中の水素の存在状態として格子間位置以外にも,空孔,ボイド,転位や析出物界面などが知られている3,4,5)。格子間位置に存在する水素は室温で容易に拡散する。したがって,例えば引張応力下の中炭素焼戻しマルテンサイト鋼においては旧オーステナイト粒界近傍に格子間位置に存在する水素が拡散集積し,粒界強度を低下させて水素脆化を引き起こすことが知られている6)。微細析出物界面の水素は,界面のひずみ場にトラップされるため拡散が困難となり,耐水素脆化特性が改善されることが知られている7,8)。一方,水素は空孔や転位と相互作用を持つ。すなわち,水素は塑性変形で形成される空孔との相互作用を通して空孔を安定化させると考えられている9)。また,水素は転位のひずみ場あるいは転位芯にトラップされると考えられている9,10,11)

一般に,伸線加工したパーライト組織は耐水素脆化特性に優れていることが知られている12)。しかしながら,伸線パーライト鋼の耐水素脆化特性を向上させるメカニズムについては,未だ明確にはなっていない。伸線パーライト組織は,伸線方向にラメラー組織が配向した組織となっており,また高密度の転位が導入されているため,これらの組織因子と耐水素脆化特性の関係を解明することが重要である。すなわち,伸線方向に伸長した〈110〉繊維組織やラメラーセメンタイトが靭性におよぼす効果,および導入された転位に水素がトラップされる挙動とCが偏析する挙動との競合現象を考えることが必要となる。

水素の存在状態の解析には,マクロな実験手段として昇温脱離分析(TDA:Thermal Desorption Analysis)が良く知られている13)。伸線パーライト組織の昇温脱離分析では,100°C付近の第一ピーク水素および300°C付近の第二ピーク水素が見られ,複数の水素トラップサイトが存在する14)。Doshida and Takai15)は第一ピーク水素の存在下でひずみを付与すると格子欠陥が形成されるので,水素脆化感受性が高まると述べている。Chidaら16)は伸線パーライト鋼に250°Cおよび450°Cの時効処理を施すと第一ピーク水素量が減少し,限界拡散性水素量が増加することを示しており,これは時効により伸線時に導入された転位にCがトラップされ水素侵入量が減ったためと考察している。また,450°Cの時効処理においては回復が生じるため強度が低下し耐水素脆化特性が向上することが推察されている。しかし,回復の様子や転位への炭化物析出などの詳細な組織解析は行われていない。また,乾湿繰り返し腐食試験における時効による侵入水素量の減少17)は転位へのCの偏析で説明できるが,限界拡散性水素量が増加する理由については必ずしも明確ではない。

強加工されたパーライト鋼の組織変化については,多くの研究がされている18,19,20)。ラメラーセメンタイトは伸線加工ひずみの増加に伴い伸線方向に配向するが,伸線前に伸線方向に対して垂直に近い方向に向いていたセメンタイトは湾曲し,ひずみが大きくなるとせん断帯が入る21)。また,ひずみが4付近になるとラメラーフェライトがナノ結晶化し,セメンタイトもアモルファスになるとの報告がある22)。しかしながら,本研究のようにひずみが2付近の伸線加工で100~300°C−10分の比較的低温短時間の時効処理による組織変化と機械的特性や水素脆化特性の変化については明確になっていない。

そこで,本研究では,伸線パーライト鋼の時効による水素脆化感受性への影響を組織変化の観点から理解を深めることを目的とした。すなわち,伸線パーライト鋼の伸線まま材と時効処理材のTEM(Transmission Electron Microscopy)による転位組織やカーバイドの観察およびTEMを用いたナノビームプリセッション電子回折法による微小領域の結晶方位解析(TEM方位マッピング)23)を行い,伸線パーライト鋼の時効に伴う組織変化と水素脆化感受性との相関を明らかにすることを目的とした。

2. 実験

2・1 供試材

供試材には高炭素鋼のSWRS82B(0.8 mass %C鋼)を用いた。SWRS82Bは,先ず122 mm×122 mm断面のビレットを1100°Cに加熱後,φ13.0 mmに熱間圧延した。圧延材の組織はパーライト組織であった。素材の化学成分をTable 1に示す。

Table 1. Chemical composition of the steel used (mass %).
CSiMnPSCrMoNO
SWRS82B0.820.190.750.0170.0150.00350.0015

このパーライト線材を880°Cで10分加熱後,530°Cで120秒保定しパーライト変態させた。このように熱処理した線材を酸洗後にリン酸亜鉛皮膜処理を施し,φ5.0 mmまで乾式伸線加工を行った。伸線加工したサンプルを伸線まま材とし,これに100°Cで10分(BL100)および300°Cで10分(BL300)の時効処理を行った。Table 2に各試験片の引張強さを示す。表から明らかなように,100°C時効および300°C時効により,伸線まま材より引張強さが約100 MPa程度上昇した。

Table 2. Tensile strength of as-drawn and as-aged wires for 10 min at 100 ºC (BL100) and 300 ºC (BL300).
SampleTensile strength (MPa)
as-drawn1943
BL1002029
BL3002038

2・2 伸線加工パーライト鋼の水素脆化特性の評価方法

伸線パーライト鋼における水素脆化に及ぼす時効処理の影響を調べるため,2・1で作製したφ5 mmのSWRS82Bの低ひずみ速度試験(SSRT:Slow Strain Rate Test)を行った。SSRTで用いた試験片は,長さ300 mmで切断した丸棒の端部から140 mmのところに切欠き底深さ0.4 mm,角度60°,曲率半径0.12 mmの円周切欠きを付けたものである。まず,試料表面の酸化膜を取り除くためエミリー紙を用いて表面研磨を行った。その後,水素未チャージ材および電流密度2~5 A/m2の条件で飽和状態まで水素を吸蔵させた水素プレチャージ材を準備し,SSRT(引張速度0.0005~50 mm/min)を行った。その際,水素プレチャージ材の水素濃度を一定にすることを目的として,連続チャージ下で試験した。ここでは破壊応力比(水素プレチャージ材の破壊応力/水素未チャージ材の破壊応力)を求め,遅れ破壊特性の指標として時効処理の影響を評価した。

一方,定荷重試験で用いた試験片形状は,SSRTで使用した円周切欠き丸棒試験片と同形状である。まず,試料の酸化膜を取り除くためエミリー紙を用いて表面研磨を行った。そして,水素プレチャージ後,一定荷重を加え,破断時間を調べた。載荷時はSSRT試験と同様に,水素プレチャージ材の水素濃度を一定にすることを目的として,連続チャージ下で試験した。

水素吸蔵方法は電解水素チャージ法を用い,溶液は0.1 N NaOH+5 g/L NH4SCN,電流は2 A/m2,温度は30 °Cとした。

2・3 鋼材中水素の分析方法

水素分析は,ガスクロマトグラフィーを用いたTDAにて行った。測定前にアセトンで試料を超音波洗浄し,乾燥後に昇温用加熱炉の中にある石英管中に挿入し,キャリアガスのアルゴンで置換が終了した後に測定を開始した。アセトン洗浄から測定開始までの間は,10分以内である。昇温速度は100°C/hrであり,測定は600°Cまで行った。

2・4 TEMによる組織観察および結晶方位マッピング方法

伸線材の時効による組織変化を調べるために,TEM観察を行った。伸線ままおよび時効後の試験片をφ5.0 mm×10 mmに切断し,外周部から1.5 mmの深さが中心になるようにφ3.0のディスクを打ち抜いた。その後,機械研磨とツインジェット電解研磨により薄膜試料を作製した。その後,TEM観察を行った。さらに,ナノビームプリセッション電子回折法と呼ばれる電子線を試料上で歳差運動させる手法(ビーム照射径10 nm程度,入射角度0.6°)を用いて,α-Fe母相の結晶方位分布測定を行うことを本研究の特徴とした。すなわち,スポットサイズが10 nmの電子線をステップサイズ10 nmにて自動でスキャンさせ,結晶方位に関する電子回折スポットを採取した。ここで,TEM観察面は,伸線長手方向を含む面である。

2・5 X線回折による転位密度測定

転位密度は,L断面に切断したサンプルの1/4D部についてX線回折装置を用いて測定した。転位密度の算出にはWilliamson-Hall法を用いた24)

3. 実験結果

3・1 時効による伸線パーライト鋼の水素脆化特性変化

Fig.1にSWRS82B(0.8 mass% C鋼)の伸線まま材およびそれを時効処理させた材料の水素脆化特性を示す。SSRTでは,Fig.1(a)に示すように引張試験機のクロスヘッド速度が10−3 mm/minから100 mm/minの範囲では,各サンプルともクロスヘッド速度が遅くなる,すなわちひずみ速度が遅くなるほど破断応力比が低下していた。また,伸線まま材と比較して時効材の方がいずれのクロスヘッド速度においても破断応力比は高くなっていた。

Fig. 1.

 (a) Fracture stress ratio (σHff) as a function of cross -head speed in the SSRT test, and (b) applied stress ratio (σaf) as a function of time to fracture in the constant-load tensile test of specimens as-drawn and as-aged at 100 ºC and 300 ºC. σHf and σf are fracture stresses with and without hydrogen charging. σa is applied stress in the constant-load tensile test.

また,Fig.1(b)に示す定荷重試験においては,水素チャージ無し材の破断応力に対する負荷応力の比(負荷応力比)を下げていくといずれのサンプルも破断時間が長くなった。また,伸線まま材に対し時効処理した材料は,同一破断時間における破断応力比が大きくなった。

3・2 伸線パーライト材の時効による水素トラップ状態の変化

Fig.2にSWRS82B(0.8 mass% C鋼)を2 A/m2で電解水素チャージを行った試料のチャージ時間とTDAにおける100°C付近の第一ピーク水素量の関係を示す。伸線まま材では飽和水素量が4.0 mass ppmであるのに対し,100°C時効材では2.5 mass ppm,300°C時効材では1.0 mass ppmと時効温度が高くなるにつれて飽和水素量が減少している。

Fig. 2.

 Effect of aging treatment on the hydrogen content of peak 1 in the TDA test as a function of the hydrogen charging time.

3・3 伸線パーライト鋼の時効による組織変化

Fig.3に伸線パーライト鋼の伸線まま材,100°C時効材,および300°C時効材のL断面のTEM明視野像を示す。伸線方向は図中の白矢印で示した。各試料においてラメラーセメンタイトを跨ぐラメラーフェライト中に転位が見られた。各試料のラメラーフェライトの幅は50~100 nmであり,時効処理によるフェライト相の幅,およびセメンタイト構造の明瞭な変化は認められなかった。ただし,300°C時効材においてはFig.3(c)の破線のサークルに示すようにラメラーフェライトに存在する転位の整理が進行したことを示唆する像やFig.3(c)の黒矢印に示すように炭化物の析出と思われるコントラストが認められた。また,Fig.3 a)~c)のサークルで示したような局所的に高密度の転位が存在することに起因するひずみコントラストが見られるが,TEMの明視野像では時効処理の有無による明瞭な差は見られなかった。

Fig. 3.

 TEM images showing the dislocation structure of specimens of (a) as-drawn, (b) as-aged at 100 ºC, and (c) as-aged at 300 ºC. White arrows indicate the drawing direction. Black arrows stand for the carbides. Dotted circles show the area where dislocations are rearranged.

Fig.4に伸線パーライト鋼の伸線まま材,Fig.5に100°C時効材,Fig.6に300°C時効材のプリセッション電子回折によるフェライト相の方位解析の結果を示す。ここで,Fig.4~6に共通して,a)はIndex Mapであり,実験で得られた回折パターンとこれを元に計算した回折パターンの位置並びに強度の差を示すコントラストである。b)は回折スポットに指数付けを複数パターン行うが,その解析した1番確からしい指数付けと2番目に確からしい指数付けの確からしさの差を示したReliability Mapであり,明るい領域の方が解析の信頼性が高い領域である。c)はナノビームプリセッション電子回折法で得られたVirtual Bright Field像である。そしてd)はフェライトで回折スポットを指数付けして解析した結晶方位マップである。各試料における結晶方位マップ(d)は伸線方向に沿うように同系色が伸びた形態となっており,伸線加工によって結晶粒が伸線方向に伸長していることが分かる。また,結晶方位マップの同系色の領域は伸線方向に垂直に1~2 μm程度の幅を持つ初期ブロック領域を,またブロックの中の結晶方位のグラディエーションはパケットを反映していると推察される。このように伸線加工組織の場所的な不均一性は,伸線前のブロックの結晶方位と関連し,パケットは結晶方位のグラディエーションをもたらすと考えられる。また,Fig.6に示した300°C時効材の結晶方位マップにおいては伸線まま材および100°C時効材と比較して,一部大角粒界からなる微細な組織を呈する領域が認められた。また,(b)のReliability Mapと(d)の結晶方位マップにおいて,粒が微細化している領域が良い相関がある。今回の解析結果から,強加工を受けたフェライト粒の一部の領域において300°Cでの時効処理により局所的に回復,すなわち粒内転位密度の低下とサブグレイン化あるいは再結晶が進行したことが示唆された。

Fig. 4.

 TEM precession analyses of as-drawn wire. (a) Index map, (b) reliability map, (c) virtual BF image, and (d) grain orientation map.

Fig. 5.

 TEM precession analyses of 100 ºC aging wire. (a) Index map, (b) reliability map, (c) virtual BF image, and (d)grain orientation map.

Fig. 6.

 TEM precession analyses of 300 ºC aging wire. (a) Index map, (b) reliability map, (c)virtual BF image, and (d)grain orientation map.

4. 考察

Takai and Watanukiは14),伸線パーライト鋼のTDAにおいて,100°C付近の第一ピークの水素および300°C付近の第二ピーク水素が存在することを示している。また,Doshida and Takai15)は伸線パーライト鋼を水素存在下でひずみ付与すると水素脆化感受性が高まるが,これは第一ピーク水素量の増加と相関があると説明している。Chidaら17)は伸線パーライト鋼を時効すると第一ピークの水素量が減少することを示しており,例えば250°Cで30分の時効において第一ピークの水素量が大きく減少している。これは,時効中に転位にCがトラップされてHのトラップサイトが減少したためと説明している。本研究におけるFig.2はChidaらの結果と同じ傾向であり,100°Cで10分の時効においても第一ピークの水素量が減少した。また,Chidaら16)は250°Cで30分の時効処理では若干限界拡散性水素量の増加が認められる程度であるが,転位へのC固着による水素トラップサイト量の低下がその理由と考えている。また,450°Cで30分の時効処理では著しく限界拡散性水素量が増加しているものの,強度も低下しており回復による靭性の向上効果であると説明している。本研究のように比較的短時間の10分の時効条件では,Table 2に示したように強度は変化していないが,Fig.1に示すように水素脆化感受性はかなり低下している。これは転位へのC固着に加えて組織変化の影響が加わったことが考えられる。Fig.3に示す通りラメラーフェライト中の加工によって導入された転位は均一ではなく,局所的に転位が高密度に存在する領域がある。このような領域の存在は,Suzuki and Takai13)やDoshida and Takai15)の研究のように水素脆化感受性を高めることが予想される。一方,Chidaら17)の研究のように,時効処理を行うと水素脆化感受性が低下することも予想される。そこで,Fig.4およびFig.6に,伸線まま材および300°C時効材の微小領域におけるTEM結晶方位マップを比較して示す。双方とも伸線方向に伸長した粒になっているが,300°C時効材の方は転位が整理されており,さらに部分的には回復が進行しサブグレイン化,あるいは再結晶したように思われる大角粒界からなる微細組織化が生じていることが,TEM結晶方位マップで初めて明らかとなった。これは先の高ひずみ領域が,300°Cで10分の時効により局所的に回復ないしは再結晶している可能性を示唆している。このような組織の復旧過程は軟化をもたらすが,実際には若干の硬化があったことに留意する必要がある。

時効による転位の回復ないしは再結晶挙動を間接的に評価するため,X線回折を用いた転位密度測定結果をFig.7 に示す。100°Cで10分の時効では転位密度は殆ど変化していないため,転位に炭素がデコレートされていることが示唆される。一方,300°Cで10分の時効では,若干転位密度が低下しており,TEM結晶方位マップの結果と合わせると,局所的に回復ないしは再結晶している可能性が推察される。

Fig. 7.

 Dislocation density of specimens of (a) as-drawn, (b) as-aged at 100 ºC, and (c) as-aged at 300 ºC.

伸線加工したパーライト鋼が時効処理により耐水素脆化特性を改善したメカニズムを概念的にFig.8に示す。伸線したパーライト鋼に100°Cで10分の時効処理を行うと,Chidaらが述べているように転位にCが偏析するため,水素脆化感受性は低下する。また,同時に歪時効硬化により強度も上昇したと考えた(Fig.8a)。一方,伸線したパーライト鋼に300°Cで10分の時効処理を行うと,転位へのCの偏析や炭化物の析出に加えて,水素脆化感受性が本来なら高い高ひずみ領域(Fig.8bの上図の複雑に線が絡み合っている箇所)が300°Cで10分の熱処理で局所的に回復あるいは再結晶しサブグレイン化(Fig.8bの下図のサークルで囲った領域)が進行することで低下し耐水素脆化特性が向上したと推定した。また,上記の回復あるいは再結晶は強度の低下を導くが,一方ではひずみ時効硬化も期待できるので,全体として強度の低下は無かったものと考えた。

Fig. 8.

 Schematic illustrations showing the mechanism of improvement of hydrogen embrittlement by aging at a) 100 ºC and b) 300 ºC of as-drawn wire.

5. 結言

0.8 mass% C伸線パーライト鋼の伸線まま材,100°C−10分の時効材,および300°C−10分の時効材における水素の存在状態と水素脆化特性を昇温離脱分析法(TDA),水素脆化感受性評価法およびTEMによる転位下部組織観察およびナノビームプリセッション電子回折による結晶方位マッピング法を用いて調査し,以下のことを明らかにした。

(1)0.80 mass% C鋼の伸線パーライト材は,時効処理により水素脆化感受性が低下し,時効温度が高くなるほどその傾向が強くなった。

(2)0.80 mass% C鋼の伸線パーライト材は,時効処理により電解水素チャージ時のTDAの第一ピーク水素量が低下し,時効温度が高くなるほどその傾向が強くなった。

(3)0.80 mass% C鋼の伸線パーライト材のミクロ組織には,高転位密度な領域が存在した。また,300°Cでの時効によりこのような領域は局所的に回復ないしは再結晶が進行することを認めた。

(4)以上の実験結果より,100°C時効材は,転位へのC固着により水素脆化感受性が低下し,強度も上昇したと考えた。一方,300°C時効材はこのような転位へのC固着に加え高歪領域の局所的な回復ないしは再結晶による脆化領域の減少が,耐水素脆化特性を改善したと考えた。また,回復による軟化と歪時効による硬化が加わり総合して,強度も上昇したと推察した。

謝辞

本研究の一部は,科学研究費補助金の援助の下で行われた。

文献
 
© 2015 The Iron and Steel Institute of Japan

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