Tetsu-to-Hagane
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The Conditions of Ettringite Formation by the Reaction of a Blast Furnace Slag with Aqueous Alkaline Solutions
Aya HarashimaKimihisa Ito
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2015 Volume 101 Issue 11 Pages 566-573

Details
Synopsis:

Blast furnace (BF) slags have been utilized in cement, concrete aggregate, roadbed materials, and earthwork materials. If an appropriate control of the elution and compound formation is developed under severer environmental conditions, their usage would be more diverse. Because the chemical composition of BF slag is similar to that of Portland cement, the possibility of ettringite (3CaO·Al2O3·3CaSO4·32H2O) formation from BF slag following a mechanism similar to that of cement hydration might be possible under a wet alkaline environment. Therefore, the effect of an alkaline solution on ettringite formation from BF slags was investigated by slag-leaching experiments and thermodynamic calculations using PHREEQC. The formation of ettringite was observed only for the high pH solutions in the experiments, whereas its thermochemical possibility from the air-cooled BF slags was always expected by the calculation. The kinetic analysis showed that the dissolution of alumina from the slag may control the whole reaction rate. The mixing of granulated BF slag with air-cooled ones tended to enhance the ettringite formation. Furthermore, a technique for removing the ettringite formed in the slag was also developed.

1. 緒言

鉄鋼産業において副産物として発生する鉄鋼スラグは,省資源・省エネルギーを可能とするリサイクル材としてさらなる活用が期待されている。2013年度統計における鉄鋼スラグの生産量は約3,900万トンであり,そのうち約2,500万トンが高炉スラグである1)。高炉スラグは,セメント,道路,コンクリート骨材,土木,地盤改良材などの用途にほぼ100%が有効利用されているが,さらに付加価値を高め,広範な用途における利材化を促進するためには,使用環境下でのスラグからの成分溶出や化合物生成を適切に制御する技術の開発が重要な研究課題となる。高炉スラグからの成分溶出・化合物生成に関しては,主として硫黄の溶出および硫黄化合物の生成について,数多くの研究が1970年代後半よりなされており,黄色水の発生や硫酸塩化処理,硫黄の挙動や溶出防止,形態分析法などについての貴重な知見が得られている2,3,4,5,6,7)

高炉スラグからの化合物生成の課題として重要なものの一つに,エトリンガイトが挙げられる。エトリンガイトは化学式が3CaO・Al2O3・3CaSO4・32H2Oで表される針状結晶体であり,通常,セメントの水和初期において,アルミネート相(3CaO・Al2O3)と二水石膏(CaSO4・2H2O)が反応して生成することが知られている8)。また,コンクリートにおいては,エトリンガイトの遅延生成(DEF;Delayed Ettringite Formation)と呼ばれる現象が存在し,コンクリートの膨張・破壊の原因となっている9,10)。これは,蒸気養生を行ったコンクリートにおいて数年から数十年後に,針状結晶体のエトリンガイトが内部に集中的に生成することにより,硬化体が膨張し破壊が起こる事例である。この膨張は,エトリンガイトが生成時に示す体積増加によって引き起こされる。高炉スラグはその組成がセメントと類似しているため,セメントの水和初期のような状況下に置かれた場合,同様なエトリンガイトの生成の可能性を否定できない。したがって,高炉スラグをより広範な用途で活用するためには,セメント混練時におけるようなアルカリ性環境下でのエトリンガイト生成の可能性について検討する必要がある。

そこで筆者らは,高炉スラグと接する環境水のpHがエトリンガイト生成に及ぼす影響をスラグの浸出実験によって調査するとともに,地球化学コードPHREEQC11)を用いた熱力学計算に基づいてエトリンガイト生成メカニズムの検討を行った。さらに,スラグ中に生成したエトリンガイトの簡便な分解方法についても検討を行った。

2. 実験方法

2・1 スラグの浸出実験

スラグからの化学物質の溶出量試験方法は,一般にJISK0058-112)に従って行われる。これは,粗砕分級して得られた2 mm以下の試料を一定量採取し,その10倍量の溶媒(水)を加えて毎分約200回で6時間振とうして化学物質を溶出させて検液を得る方法である。本研究では,高炉スラグが周囲環境に存在する水と接触することによる化合物生成の調査を目的としているので,実験終了後の溶液の分析が実際に可能な範囲で,スラグと水溶液の比をできるだけ高い値に設定した。JIS法と同様に2 mm以下に調整したスラグ試料を用い,スラグ100 gと水溶液100 ml,もしくはスラグ30 gと水溶液30 mlとを混合した後,ガラス製容器内に密封した。生成したエトリンガイト結晶の破壊を防ぐため,振とうや撹拌を行わずに25°Cに保たれた室内に静置して,最大4週間保持した。実験終了後の試料は,孔径0.45 μmのメンブレンフィルターを用いて吸引ろ過を行い,溶液とスラグに分離した。ろ過後のスラグは,エトリンガイトの分解が起こらない温度25°Cで注意深く保持し,乾燥した。実験に用いたスラグはエージング処理後の2種類の徐冷スラグAとB,および水砕スラグGである。それぞれのスラグの化学組成をTable 1に示す。

Table 1. Chemical composition of the BF slags used for the experiment (mass%).
SlagCaOSiO2Al2O3MgOMnOT.FeT.S
A41.934.215.45.670.430.330.51
B41.834.814.35.700.370.320.64
C41.634.114.45.810.320.330.86
G42.634.514.66.360.210.200.86

ろ過後の浸出溶液は,pHを測定した後,ICP-MS(Agilent Technologies製7700x型)を用いて,Ca,T.S(全硫黄)濃度を分析した。さらに100 mlの溶液を用いた実験試料については,イットリウムを添加した内標準法によって,Al濃度をICP-MSで分析するとともに,イオンクロマトグラフィー(Thermo Scientific製ICS-2100)を用いて,SO42−およびS2O32−(チオ硫酸イオン)の形態別定量分析を行った。

一方,乾燥後のスラグはエトリンガイトの分解を防ぐため,2-プロパノール(関東化学,特級)を添加して湿式粉砕を行った後,XRD(Rigaku製Mini-flex II)分析に供した。測定は,走査範囲7~12 deg.,走査速度1 deg./min,ターゲットCuKα,管電圧30 kV,管電流15 mAで行い,エトリンガイトの結晶方位(100)のピーク(2θ=9.1 deg.)の有無を確認した。エトリンガイト結晶は配向性を有するため,試料を押し固めずに注意深く表面を平坦にした後,回転試料台を用いて測定を行った。エトリンガイトのピークが見られたスラグについては,あらかじめ作成した検量線を用いてエトリンガイトの生成量を求めた。なお,検量線作成には標準添加法(エトリンガイトの添加割合は0,2.5,5.0 mass%とした)を用いたが,いずれのスラグにおいても良好な直線性が得られた。

2・2 スラグ中エトリンガイトの分解実験

スラグの安全・安定的な利用のためには,スラグからのエトリンガイト生成の条件を明らかにするだけではなく,スラグ中に生成した場合の対策として,スラグ中のエトリンガイトを分解させる方法を検討する必要がある。エトリンガイトは大気雰囲気下で高温の熱履歴が加わると分解する性質があることが知られているが13),スラグ中のエトリンガイトを高温に加熱することで,どの程度のエトリンガイトを分解除去することができるかを調査した。

試料には,あらかじめ約3 mass%のエトリンガイトを生成させた徐冷スラグCを粒径2 mm以下に調整して,実験に供した。スラグCの化学組成をTable 1に示す。

実験はスラグ処理を行う場所が,大気中と水中の二つの場合を想定して行った。大気雰囲気の実験では,スラグ1.0 gを乾燥炉中に40~90°Cで2時間保持した後,XRD測定を行い,以下の式(1)により,エトリンガイトの分解率を計算した。   

(%)=(1II0)×100(1)

ここでI0は処理前のエトリンガイトのピーク強度,Iは処理後のエトリンガイトのピーク強度である。

また水の場合には,スラグ1.0 gを純水100 mlと混合し, 40~90°Cで2時間保持した後,ろ過後のスラグについてXRD測定を行い,同様に(1)式を用いて分解率を求めた。

3. 熱力学計算

浸出液中に溶出したスラグ成分からのエトリンガイト生成の可能性を,PHREEQCにより計算した。PHREEQCはアメリカ地質調査所(USGS)により開発され一般公開されている地球化学コードであり,比較的低温の水溶液における多様な化学平衡計算が可能である11)。本研究では,実験で得られた浸出液のpH,Ca,Al,SO42−,S2O32−濃度を用いて,エトリンガイトの飽和指数(SI;Saturation Index)を計算した。データベースには,エトリンガイトをはじめとした鉱物など広範な物質のデータを含む,llnl.datを利用したが,当該データベースのエトリンガイトの熱力学データは,報告されている多くの平衡実験との乖離が見られるため,本研究では,Perkins and Palmerによって求められた溶解度積データ14)を別途使用して計算を行った。また,モノサルフェート水和物(3CaO・CaSO4・12H2O)に関しては,Damidot and Glasser15)の報告した値を用いた。

ここで,エトリンガイトの溶解−生成反応は,次の(2)式で表される。   

3CaOAl2O33CaSO432H2O=6Ca2++2Al(OH)4+3SO42+4OH+26H2O(2)

この時,エトリンガイトのイオン活量積IAPは,式(3)で定義され,溶解度積Kspの値は(4)式で与えられる。なお,(3)式において[X]は成分Xの活量を表している。   

IAP=[Ca2+]6[Al(OH)4]2[SO42]3[OH]4[H2O]26(3)
  
logKsp=10689T8.867(4)14)

このとき飽和指数SIは,イオン活量積IAPおよび溶解度積Kspを用いて式(5)で表され,SI>0ならば析出,SI=0ならば平衡,SI<0ならば溶解を意味する。   

SI=log(IAPKsp)(5)

4. 実験結果および考察

4・1 スラグの純水への浸出実験

予備実験として,浸出時間に対するスラグ成分の純水への溶出挙動を調査した。スラグA,Bを各100 g取り,それぞれ25°Cで所定時間純水100 mlに浸出させた後,溶液中のCa,T.S濃度を測定した結果をFig.1に示す。Ca,Sともに浸出開始から1日で速やかに溶出し,28日後まで濃度に大きな変動はなかったため,7日間浸出させれば溶出濃度の評価が十分に行えると判断し,7日間を浸出時間の基準とした。

Fig. 1.

 Variation of Ca and total S concentrations in the leaching solution with time.

100 gのスラグA,B,G,A+G(重量比1:1),B+G(重量比1:1)を7日間浸出させた溶液のpHおよび各濃度の測定結果をTable 2に示す。なお表の右側の欄には,浸出液の組成を用いて,PHREEQCにより計算したエトリンガイト(ettringite),モノサルフェート水和物(monosulfate),二水石膏CaSO4・2H2O(gypsum),水酸化カルシウムCa(OH)2(portlandite)それぞれの飽和指数SIの値を示してある。

Table 2. The concentration of dissolved components in the solution and pH after one week’s leaching in a pure water and the calculated saturation indexes.
SlagpH after leachingCa (ppm)Al (ppm)Total S (ppm)SO42– (ppm)S2O32– (ppm)SI of ettringiteSI of monosulfateSI of gypsumSI of portlandite
A11.139610.461585156616752.92–2.570.08–2.38
B10.927470.4510081540 6541.66–3.740.03–2.89
G11.2761.33.33 13255.721.1–3.11–4.74–1.86–2.98
A + G11.448210.5410171519 8474.03–1.400.04–1.82
B + G11.226850.75 7431516 2923.14–2.220.01–2.33

浸出後の溶液のpHはいずれも上昇し,主としてCaおよび硫黄化合物が溶出している。Total S濃度とSO42−,S2O32−濃度との比較により,徐冷スラグから溶出した硫黄の約90%がSO42−あるいはS2O32−として存在していることが分かる。徐冷スラグAのS2O32−濃度は,Bに比べて高く,それに伴ってCa濃度も高くなっている。スラグ中では,S2O32−はチオ硫酸カルシウム(CaS2O3)の形態で存在しているものと予想されるが,チオ硫酸カルシウムの水への溶解度は,正確な値は報告されていないものの,非常に大きいといわれている16)ため,水と接触した部分のチオ硫酸カルシウムは全量溶解しているものと考えられる。徐冷スラグA,Bいずれの実験においても,エトリンガイトの飽和指数は,正であり,熱力学的にはエトリンガイトの生成が可能である。しかし,XRD測定の結果,いずれのスラグについてもエトリンガイトのピークは認められず,CaSO4・2H2Oのピークのみが観察された。本実験においては,完全な密封状態で浸出を行っているので,S2O32−の酸化反応は無視できるため,S2O32−がエトリンガイト生成に直接関与はしないが,チオ硫酸カルシウムの溶解によって溶液中のCa濃度が増加していると考えられ,その結果S2O32−濃度がより高いスラグAのSIがBよりも高い値となっている。また,CaSO4・2H2OのSIはほぼ0であり,CaSO4・2H2O飽和の状態になっていることが熱力学計算からも裏付けられる。また,モノサルフェート水和物,Ca(OH)2のSIはいずれも負であり,これらの化合物は析出しないことが分かる。

一方,水砕スラグGでは,徐冷スラグA,Bに比べCa,T.S,SO42−,S2O32−濃度が低く,pHおよびAl濃度は高かった。熱力学計算によると,対象とした化合物すべてのSIは負であり,いずれの化合物の析出も起こらないことが推定され,XRDによる分析でも,いずれのピークも観察されなかった。

徐冷・水砕両者を混合したスラグA+G,B+Gの場合には,徐冷スラグ単味の場合に比べてpHおよびAl濃度が高くなり,徐冷スラグと水砕スラグの両者の傾向が同時に見られた。その結果,エトリンガイトのSIは徐冷スラグの場合よりも高い値となり,またCaSO4・2H2Oも飽和となっていることが推定された。しかし,XRD測定ではエトリンガイトのピークは観察されず,CaSO4・2H2Oのピークのみが観察された。

4・2 スラグのアルカリ性水溶液への浸出実験

4・2・1 徐冷スラグからのエトリンガイト生成

スラグA,B 100 gをNaOH溶液100 mlに7日間浸出させた後の,溶液のpHおよび各成分濃度の測定結果をTable 3に示す。いずれの溶液においても,スラグ浸出前より浸出後の溶液のpHは低下した。また,浸出させる溶液のpHが高くなると,Ca濃度は低くなり,SO42−濃度は大幅に,S2O32−濃度はやや増加する傾向が見られた。XRD測定の結果,溶液の初期pH=12.01の場合には,A,Bいずれのスラグにもエトリンガイトのピークは確認されなかったが,pH=12.63の場合にはA,Bの両者にエトリンガイトの生成を示すピークが認められた。

Table 3. The concentration of dissolved components in the solution and pH after one week’s leaching in NaOH solutions with different concentrations. (*: Formation of ettringite was observed.)
SlagpH before leachingpH after leachingCa (ppm)Al (ppm)Total S (ppm)SO42– (ppm)S2O32– (ppm)
A12.0111.168680.37161718081674
A*12.6311.526470.25198230181735
B12.0111.046730.2610581817 677
B*12.6311.475310.4614793216 765

熱力学計算による各化合物のSIの値をTable 4に示す。各スラグについて,表の上段の数字は溶液の初期pHを,下段の太字の数字はTable 2と同様に実験終了後の浸出液のpHを用いて計算したSIの値を示している。まず,下段の値に着目すると,いずれの実験においても,エトリンガイトとCaSO4・2H2OのSIは正であり,モノサルフェートとCa(OH)2のSIは負となっている。エトリンガイトの析出が認められた実験においては,XRD測定でもエトリンガイトとCaSO4・2H2Oのピークが観察され,熱力学計算の結果と対応している。

Table 4. The saturation index SI for various compounds calculated by using the pH of the solution before and after the leaching. (*: Formation of ettringite was observed.)
slagpH usedSI of ettringiteSI of monosulfateSI of gypsumSI of portlandite
A12.015.900.450.06–0.71
11.162.66–2.840.08–2.38
A*12.636.881.63–0.030.25
11.523.03–2.430.07–1.88
B12.015.12–0.210.00–0.81
11.041.42–3.970.03–2.73
B*12.637.011.85–0.080.16
11.472.96–2.410.03–2.07

一方上段の計算値は,反応経路を推定するために,浸出後の組成の溶液が初期のpHであったと仮定した場合の計算結果である。これは浸出実験の初期段階においてスラグ近傍の浸出溶液に未反応のNaOH溶液が供給された場合を想定したものであり,エトリンガイト生成の駆動力が最大の場合に対応している。高pHでは,エトリンガイト析出に対してSIが大きな正の値となっていることが分かる。エトリンガイトの析出が認められた実験においては,CaSO4・2H2OのSIが負で,それ以外の化合物は正の値を示している。しかし実際には,スラグからの新たな成分溶出によって溶液全体のpHは,浸出後の値に向かって速やかに低下するので,CaSO4・2H2OのSIは正に変化し,逆にモノサルフェートとCa(OH)2のSIは負へと転じる。この結果,エトリンガイトの生成は,CaSO4・2H2Oの析出に伴って進行したものと考えられる。

4・2・2 混合スラグからのエトリンガイト生成

純水への浸出実験によって,徐冷スラグに水砕スラグを混合した場合には,pHとAl濃度が増加するため,エトリンガイトのSIが増加することが明らかとなった。そこで,徐冷スラグと水砕スラグとを混合した場合のエトリンガイト生成条件を明らかにするため,様々な混合比の,徐冷・水砕混合スラグを純水および種々の濃度のNaOH溶液に浸出させた。実験終了後の固体試料中のエトリンガイト分析を主目的としたため,スラグ重量を30 g,溶液を30 mlに設定して実験を行った。

徐冷スラグAに水砕スラグGを50%添加した場合における実験終了後の固体試料のXRDパターンをFig.2に示す。純水,およびNaOH濃度=0.005 mol/lでは,エトリンガイトのピークは見られないが,0.01 mol/l以上の濃度では,2θ=9.1 deg.において明瞭なピークが確認された。なお,2θ=11.6 deg.の位置に見られるピークは,CaSO4・2H2Oの結晶方位(020)のものである。

Fig. 2.

 XRD patterns of the mixed slag 50A-50G after leaching-experiment under various NaOH concentrations.

スラグAとGの混合スラグにおける浸出実験後のエトリンガイト生成量を,溶液の初期pHの関数として表した図をFig.3に示す。なお図中の凡例において,スラグ名の右の数字はそのスラグの混合率を示しており,例えばA70は,70%A-30%Gを表している。スラグA単味(A100)では初期pH=12.3からエトリンガイトの生成が開始するのに対して,混合比50%の場合にはpH=11.8から生成が開始しており,水砕の混合率が高くなるほど,より低いpHからエトリンガイト生成が始まっている。また,混合率が高くなると生成するエトリンガイトの濃度も高くなる傾向にある。A100および水砕の混合率が低いA90では,pHの上昇に伴ってエトリンガイトの濃度は増大していくが,混合率の高いA70とA50では,pH=12.4の近くで最大値を取っている。Table 4に示した結果から考えると,高pH領域では,Ca(OH)2のSIが大きな正の値となるので,Ca(OH)2の生成がエトリンガイトの生成に優先して進行した可能性が考えられる。この一連の実験では溶液量が少なく,熱力学計算を行うのに必要な溶液の分析データが得られなかったため,エトリンガイトと他化合物生成との競合については,今後の課題である。

Fig. 3.

 Effect of the initial pH of NaOH solution on the formation of ettringite from the mixture of slag A and G.

Fig.4には,スラグBとGの混合スラグについて,Fig.3と同様の図を示した。スラグAの場合同様,スラグGの混合率が高くなるとより低いpHからエトリンガイト生成が始まる傾向が見られるとともに,エトリンガイト濃度はpH=12.4の近くで最大値を取っている。全体的にスラグAに比べて生成したエトリンガイトの濃度は低めであるが,この差は両者の組成のみならず鉱物相の賦存状況や熱履歴に起因している可能性があり,今後検討すべき重要な項目であると考えられる。

Fig. 4.

 Effect of the initial pH of NaOH solution on the formation of ettringite from the mixture of slag B and G.

Fig.3,4を用いて作成した,種々のpHのNaOH溶液における,スラグ中生成エトリンガイト濃度と水砕スラグの混合率との関係図を,Fig.5,6に示す。例えばFig.5を用いると,pH=12.0の環境下では,スラグAに対して水砕の混合率が約35%を超えた時,本実験条件下でのエトリンガイトの生成が予想され,環境のpHが12.2に増加すると,エトリンガイトが生成しない限界の混合率が約18%まで低下することが読み取れる。またFig.6を用いれば,スラグBでは,許容される水砕の混合率がpH=12.0では約35%であるが,pH=12.0では単味でもエトリンガイトの生成が予想される。

Fig. 5.

 Estimated concentration of ettringite formed by the leaching in alkaline solutions as a function of the mixing ratio of slag G with A.

Fig. 6.

 Estimated concentration of ettringite formed by the leaching in alkaline solutions as a function of the mixing ratio of slag G with A.

4・3 エトリンガイト生成メカニズムの推定

エトリンガイトの生成メカニズムについては,古くから液相反応とトポケミカル反応の2つが提案されている。液相反応17)では,エトリンガイトの結晶化の速度がCa2+,Al(OH)4,SO42−の溶出速度よりも小さい場合に,固相から離れた液相中でランダムに核生成・結晶成長が起こるため,有害な膨張は生じないとされている。一方,トポケミカル反応18)では,結晶成長はエトリンガイトの結晶化の速度がCa2+,Al(OH)4,SO42−の溶出速度よりも大きい場合に固相表面で起こり,指向性の成長により周囲に圧力を及ぼすことで,有害な膨張が生じるとされている。

本研究においては,水砕スラグGを単味で用いた場合を除いたすべての実験において,浸出溶液の組成とpHから計算したエトリンガイトの飽和指数は正となり,熱力学的にはエトリンガイト生成の可能性がある。しかし,実際の実験においてエトリンガイト生成が観察されたものは,初期溶液のpHが高い場合のみであった。これは,エトリンガイト生成が速度論的な要因によって支配されていることを示唆している。高炉スラグからのエトリンガイトの生成過程は,①エトリンガイトを構成する成分のスラグからの溶出,②エトリンガイト析出サイトまでの成分の輸送,③溶液からのエトリンガイトの析出,の3つの段階に分けることができるので,これらの各段階について速度論的な考察を加えることとする。

本研究ではいずれの実験条件下でも,Ca2+とSO42−が大量に溶出していることから考えて,①のスラグ構成成分の溶解においては,徐冷スラグ中のAlを含む鉱物相であるメリライト(ゲーレナイトCa2Al2SiO7とオケルマナイトCa2MgSi2O7の固溶体)19)からのAl(OH)4の溶出が,(2)式で表されるエトリンガイト析出反応を律速する可能性があると考えられる。メリライトのアルカリ水溶液への溶解速度に関する研究は皆無に近いが,唯一Engstromら20)は,スラグ成分となる各種鉱物の水溶液(pH=4,7,10)への溶解量を,粒径20-38 μmの試薬を用いて,自動滴定法により連続的に測定している。彼らの測定した25°C,pH=10のNaOH水溶液へのゲーレナイトの溶解実験データを用いて,溶解量の経時変化からAl2O3に換算したAl(OH)4溶出速度(フラックス)Jdissol.を求めた結果,以下の(6)式を得た。   

Jdissol.=3.2×109[molAl2O3m2s1](6)

②の溶液中成分の輸送については,液流れがない場合にはAl(OH)4の拡散が律速段階となり得る。Al(OH)4の拡散係数は文献に与えられていないので,Al3+の値であるDAl3+=5.41×10−10[m2s−1]21)を用い,反応界面における濃度を0とすると,拡散フラックスJdiff.は拡散距離をδ[m]として,以下の(7)式で与えられる。なお,Al(OH)4の拡散係数を他の錯陰イオンの拡散係数で見積もった場合には,(7)式の約2倍の値となる。   

Jdiff.=1.0×1011(ppmAl)δ[molAl2O3m2s1](7)

③の溶液からのエトリンガイトの析出速度に関しては,Baurら22)が,同位体交換法によって,平衡状態における固体のエトリンガイトと水溶液間の溶解−析出反応速度を25°Cで測定している。同位体交換法では,化学平衡が保たれているので,原理的に析出速度と溶解速度は等しい値keq[mol∙m−2s−1]を取る。アイソトープに,45Caと35SO4の2種類を用いて2回の実験を行い,45Caでは,1回目と2回目でそれぞれlogkeq=−12.15と−11.86を,また35SO4では,logkeq=−11.65と−12.12の値を報告している。これら4つの値を平均して平衡状態における溶解−析出反応速度を求めると,keq=−1.12×10−12が得られる。

一方,過飽和領域における溶液からのエトリンガイトの生成速度については,20°CにおいてDamidot23)による実験式が与えられており,エトリンガイトを1モル生成するのには,スラグ中アルミナ1モルが必要であることから,エトリンガイト析出フラックスJprecip.として次の(8)式を導くことができる。ここで式中のSIは,熱力学計算によって求められるエトリンガイトの飽和指数である。   

Jprecip.=2.0×105(SI1)[H+]0.05[SO42]0.2[Al(OH)4]0.3[molAl2O3m2s1](8)

なお,(8)式において[i]は,イオンiの溶液中濃度[mol/kg]を表している。

以上の3つの律速過程における速度を,アルミナ換算のフラックスとして整理したものを,それぞれの律速過程を比較するため,飽和指数SIの関数として図示したものがFig.7である。図中の水平な破線は,(6)式で与えられるpH=10の溶液へのゲーレナイトからのAl(OH)4溶解速度,水平な一点鎖線は,溶液中(ppmAl)=0.4のときに,拡散距離を1 μmと0.1 μmと仮定した場合の拡散フラックスを表している。図中の黒丸は,Table 2に示した水への浸出実験の溶液組成とpHの値から,(8)式を用いて計算したエトリンガイトの析出速度を示している。また図中の白丸はTable 3に示したNaOH溶液への浸出実験の結果と初期pHの値を用いて同様の計算を行った結果であり,エトリンガイトのSIにはTable 4の上段の値を用いている。初期pHの値を用いたのは,エトリンガイト生成の駆動力が最大の場合の析出速度を評価するためである。なお,実際の実験は25°Cで行ったのに対して,(8)式は20°Cのものであるが,反応速度の温度依存性が不明なため,温度補正は行わなかった。破線で囲まれたプロットは実際にエトリンガイトの生成が確認されたものである。また,同位体交換法で測定された析出速度は著しく小さいので,図には表示していない。Fig.7より明らかなように,拡散フラックスおよびエトリンガイトの析出速度に比べて,pH=10におけるAl(OH)4の溶出速度は遥かに小さいので,エトリンガイトの生成反応は,スラグからのAl(OH)4の溶出律速である可能性が高い。実際の実験では,溶液のpHが10よりも高いので,溶出速度は図の破線よりも大きな値になっていると予想される。図中のプロットのSIとpHの大小関係は対応しており,図の左から右に行くにつれて,pHは10.92から12.63まで単調に増加している。熱力学計算によれば,いずれの場合にもゲーレナイトのSIは常に大きな負の値となったので,スラグ中のAl2O3は溶解する方向にあると考えられる。したがってpHの増大に伴ってAl(OH)4の溶出速度が増大した結果,最も溶液のpHが高かった実験においてエトリンガイトの生成が観察されたと説明できる。Fig.7より,Al(OH)4の溶出速度に比べてエトリンガイトの結晶化速度が大きいことが推定されるので,スラグ表面でトポケミカルなエトリンガイトの生成が進行すると想定され,指向性の結晶成長によって有害な膨張が生じる可能性が考えられる。また,スラグからのAl(OH)4溶出が律速過程であると考えれば,水砕スラグからの溶液中へのAl(OH)4の供給とpH増大によるAl(OH)4溶出促進の相乗効果によって,徐冷スラグへの水砕スラグ添加によるエトリンガイト生成促進のメカニズムも説明することができる。

Fig. 7.

 Comparison of the possible rate-determining steps as a function of the saturation index of ettringite SI.

陸域での利用環境のようなスラグ含水比が低い場合においても,スラグ層底部に含水率の十分に高い領域が形成された場合には,本研究の結果が適用できるものと考えられる。高炉徐冷スラグをより高濃度のアルカリ環境下で使用するためには,Al(OH)4の溶出速度が低い鉱物相の析出を促す冷却法を含めた技術開発が有効であり,ゲーレナイトやメリライトからのAl(OH)4の溶出速度の測定を広い範囲のpHで行うことにより,計算熱力学と連成させた速度論シミュレータを用いた,より詳細なスラグの耐環境性評価が可能になるものと思われる。

4・4 エトリンガイトの分解実験

エトリンガイトを含むスラグCを純水および乾燥空気中に1時間保持した時の,エトリンガイト分解率の温度依存性をFig.8に示す。純水および乾燥空気中いずれにおいても,分解率は60~70°C付近から大きく増加し,温度上昇に伴って増大している。90°Cでは,いずれの場合とも約80%のエトリンガイトが分解した。

Fig. 8.

 Decomposition degree of ettringite for slag C in a dry air or in a distilled water as a function of temperature.

純水中に保持した場合には,水溶液の温度上昇に伴ってエトリンガイトの溶解度積Kspが増大するため,エトリンガイトの水への溶解が進行し,エトリンガイトの除去が可能になると考えられる。エトリンガイトと純水との平衡を計算したところ,90°Cにおいてエトリンガイトは1 lの純水に対して0.86 g溶解することが分かった。したがって,3 mass%のエトリンガイトを含むスラグ1.0 g中のエトリンガイトを完全に溶解するためは34 mlの純水が必要であると計算される。実験は100 mlの純水を用いているので,エトリンガイトの分解率が100%に達しなかったのは,速度論的な理由およびCa2+,SO42−等の溶出によるエトリンガイト溶解度の低下に起因するものと考えられる。

一方,乾燥空気中に保持した場合には,エトリンガイトからの水分子の脱離によって,エトリンガイトの構造が破壊されたものと考えられる。エトリンガイトはカラム({Ca6[Al(OH)6]2・24H2O}6+)およびチャンネル({(SO4)3・2H2O}6−)という2種類の構成要素から構築され,互いに水素結合のネットワークを作ることによって,全体の構造を保っている24)。エトリンガイトの熱的安定性を調査するため,大気雰囲気下で合成エトリンガイトの熱重量測定(TG)を行った結果をFig.9に示すが,50°C付近から水分子の離脱が始まり,約75°Cでエトリンガイトのチャンネルに相当する2個の水分子が脱離している。それ以上の温度では離脱した水分子の数はさらに増加しており,カラムからの脱離が進行していることが推定される。この一連の挙動は,Fig.8に示した分解率の温度依存性と良い対応を示している。しかし乾燥空気中で離脱した水分子の一部は可逆的にエトリンガイトの構造に取り込まれる可能性があるため,処理後のスラグが再度水と接触すると,エトリンガイトが再生成する恐れがあり,望ましい方法とは言えない。この問題点を検証するため,大気雰囲気下,乾燥空気中90°Cで2時間保持し94%分解させた合成エトリンガイト1.0 gを,25°Cで純水100 ml中に1~3日間保持したところ,全ての試料で約60%のエトリンガイトが再生成するという結果が得られた。したがって,スラグ中のエトリンガイトを完全に分解除去するには,高温水による処理が有効かつ簡便な方法であるといえる。

Fig. 9.

 Effect of temperature on the removal of water molecules from the synthesized ettringite under an atmosphere.

5. 結言

本研究では,高炉スラグと接する環境水のpHがエトリンガイト生成に及ぼす影響をスラグの浸出実験によって調査し,以下の知見を得た。

(1)徐冷スラグ,水砕スラグおよび両者を混合したスラグのいずれも,純水に浸出させたことによるエトリンガイト生成は認められなかった。

(2)徐冷スラグ中に存在するS2O32−は,溶液中のCa濃度を増加させ,エトリンガイトの飽和指数を増大させる。

(3)徐冷スラグをアルカリ性水溶液に浸出させた場合,アルカリ濃度が高くなると,エトリンガイトの生成が認められた。また,徐冷スラグに対する水砕スラグの混合率を高くすると,エトリンガイトの生成が開始する臨界のpHが低下した。

(4)エトリンガイト生成の律速段階はスラグからのAl(OH)4の溶出過程であると推定された。徐冷スラグへの水砕スラグの添加は,Al(OH)4の供給とpH増大の相乗効果によって,エトリンガイト生成を促進するものと考えられる。

(5)エトリンガイトを含むスラグを,純水および乾燥空気中で加熱すると,いずれの場合もエトリンガイトは分解し,その分解率は温度上昇に伴って増加して,90°Cでは約80%に達した。

謝辞

本論文の執筆に際し,PHREEQCに関しては早稲田大学創造理工学部所千晴教授に,エトリンガイトの分解に関しては早稲田大学大学院藤田直史氏(現 新日鐵住金株式会社)に様々なご教示をいただいた。この場をお借りして,両氏に心より御礼申し上げる。なお,実験に供したすべてのスラグおよび合成エトリンガイトは,鐵鋼スラグ協会よりご提供いただき,本研究の一部は,鐵鋼スラグ協会および,公益財団法人鉄鋼環境基金環境研究助成の援助により行われたことを付記し,関係各位に深謝する。

文献
 
© 2015 The Iron and Steel Institute of Japan

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