Tetsu-to-Hagane
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Proposal of Grain Growth Model Based on Two-dimensional Local Curvature Multi-vertex Model in the Presence of Pinning Particles
Teruyuki TamakiKenichi MurakamiKohsaku Ushioda
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2015 Volume 101 Issue 4 Pages 260-268

Details
Synopsis:

A grain growth model based on a two-dimensional local curvature multi-vertex model in the presence of pinning particles was developed. This model is a physical model which pursues the minimum total grain boundary energy as the evaluation function, where the unpinning conditions are as follows. The first unpinning condition is that the total energy of the unpinned grain boundary is smaller than the total energy of the pinned grain boundary. The second unpinning condition is that the energy of the grain boundary necessary to surpass the energy barrier is assumed to be smaller than the jumping energy, which is presumably assisted by thermal lattice vibration. Using only the first condition, the Zener pinning effect caused by the finely dispersed particles during normal grain growth was reproduced. With the second condition, the selective abnormal grain growth was reproduced when the abnormally grown grain was surrounded by the grains with low-energy grain boundaries.

1. 緒言

多結晶材料の結晶粒径と集合組織は材料特性に大きく影響を及ぼすため,これらを予測して制御することは,高品質な材料を造り込むために極めて重要である。結晶粒径については,良く知られているように微細化するほど強度と靱性のバランスが向上するので,正常粒成長を抑制して微細結晶粒組織を得ている。一方,加工用軟質鋼板では,冷間圧延とそれに続く焼鈍プロセスにおいて粒成長を促進して延性や深絞り性を向上させている1)。また,方向性電磁鋼板ではゴス方位と呼ばれる特定の方位の選択的異常粒成長を促進することで,磁気的特性を向上させている2)

正常粒成長や異常粒成長にともなう結晶粒径や集合組織の変化を予測するために,種々のモデルが提案されている。その一つである統計論的手法は,例えば二次再結晶プロセスでの方向性電磁鋼板の方位選択的な異常粒成長のメカニズムを理解するのに用いられている3)。しかし,個別の結晶粒ごとに結晶方位を考慮して検討することができないという課題があった。また,結晶粒成長を記述するモデルとして,確率論的手法(モンテカルロ法)4)やフェーズフィールド法5),フロントトラッキングモデル6,7)やバーテックスモデル8,9,10,11)のようなトポロジカルネットワークモデルが既に提唱され開発されている。これらのモデルは,個々の結晶粒の結晶方位を取り扱っている点では優れており,特定の条件下において結晶粒成長の記述に成功している。しかしながら,確率論的手法では,粒界特性とピン止め力が数学的に取り扱われている。そのため,異常粒成長を,物理的イメージをもって十分に表現できていないという課題がある。また,フェーズフィールド法も結晶粒成長モデルに適用されているが,粒界を有限の幅に設定しなければならないという課題がある。そのため,多くの微小結晶粒が存在する結晶成長の初期段階では,計算精度が必ずしも十分とは言えない。また,三重点の張力バランスのような物理原理を導入することは容易ではない。さらに,二次元モデルではピン止めが外れ難いという課題がある12)。フロントトラッキングモデルは,粒界が曲線で近似され曲率中心に移動するモデルである。二次元のフロントトラッキングモデルでは,2つの三重点の間の粒界上にいくつかの仮想点(二重点,vertex)を配置して,粒界を多項式で表される曲線で近似することで,粒界の局所曲率を計算している。しかしながら,三重点は物理的に取り扱われておらず数学的に取り扱われており,粒界エネルギーによる粒界張力が平衡となる角度で粒界が交わるように,三重点の位置が数学的に調整される6),という課題がある。また,初期のバーテックスモデルでは,粒界は常に直線で近似されており8,9),通常直線でない粒界を直線で近似している点に課題がある。初期のバーテックスモデルは,粒界上に仮想点を配置すること,つまりマルチバーテックス化によって改善され10,11),粒界は折れ線で近似された。この改善されたバーテックスモデルは物理原理に基づいているので,結晶粒成長を記述するのに適していると考えられる。しかしながら,粒界を曲線ではなく折れ線で近似しているために,粒界上の仮想点が少ない場合には大きな誤差を生じるという課題がある。

筆者らは,これらのモデルの課題を改善した,結晶粒成長を記述する二次元のトポロジカルネットワークモデルである局所曲率マルチバーテックスモデルを提案している13)。このモデルでは,メゾスケールにおいて,物理原理を直接的に導入できるという利点がある。局所的な粒界,つまり粒界上の二重点pgb,iは移動速度vgb,iで移動する。   

vgb,i=Mgb,iFgb,i(1)
  
Fgb,i=γiκgb,i(2)

ここで,Mgb,iは二重点pgb,iが属する粒界の易動度,Fgb,iは粒界に作用する単位長さ当たりの駆動力で,その方向は二重点pgb,iから曲率中心へ向かう方向である。γiは粒界の単位長さ当たりの粒界エネルギー,κgb,iは二重点pgb,iでの粒界の曲率を大きさとし,二重点pgb,iからその曲率の中心へ向かう方向を有する曲率ベクトルであり,隣接する2つの点と合わせて3つの点で決定される。一方,粒界三重点ptp,iは移動速度vtp,iで移動する。   

vtp,i=Mtp,iFtp,i(3)
  
Ftp,i=j=13γijqijqij(4)

ここで,Mtp,iは三重点ptp,iの易動度,Ftp,iは三重点ptp,iに作用する駆動力,γijは三重点ptp,iと隣接する点pjが属する粒界の単位長さ当たりの粒界エネルギー,qijは三重点ptp,iから隣接する点pjへのベクトルである。

本論文では,上記の提案モデルに基づいて,ピン止め粒子存在下での結晶粒成長モデルを提案する。提案するピン止めモデルは,エネルギー最小を評価関数とした,物理モデルである。

ピン止め粒子存在下での正常粒成長のモデル化は,既に多くの議論がなされており12,14,15,16,17,18,19),多くはZenerのピン止めモデル20)を基本としている。Zenerのピン止めモデルによって,ピン止め現象を理解でき,材料の造り込みにおいてもZenerのピン止めモデルで示されるピン止め粒子の微細分散効果とその制御が活用されている1)。ここで,1つのピン止め粒子によって生じるのはピン止め力[N]であるが,結晶粒成長の駆動力は三次元では単位面積当たりの力つまり圧力[N/m2]であり,二次元では単位長さあたりの力つまり張力[N/m]であるため,ピン止め力とこれらを直接比較することはできない。そこで,Zenerのピン止めモデルでは,粒界がピン止め粒子と交差する個数に関して,三次元では単位面積当たりの個数[1/m2]を,二次元では単位長さあたりの個数[1/m]を導出して,1つのピン止め粒子のピン止め力[N]を圧力[N/m2]又は張力[N/m]として取り扱うことで,粒界の駆動力とピン止め力から粒界の移動を記述している。つまり,Zenerのピン止めモデルでは,ピン止め力は1つのピン止め粒子について定義しているものの,粒界の移動の記述に関しては,巨視的に記述されていると言える。しかしながら,ピン止めされた粒界がピン止め粒子から外れる現象は,1つのピン止め粒子において起こる現象である。このことを記述するためには,Zenerのピン止めモデルのような巨視的なアプローチとは異なるアプローチが必要となる。

一方,Zenerのピン止めモデルにおいては,三次元では,Fig.1に示したピン止め粒子でピン止めされた粒界の頂角2θが90°のときにピン止め力が最大になることから,ピン止めされた粒界の頂角 が90°未満になるとピン止めが外れる。二次元では,ピン止め力は頂角2θが0°で最大となるので,Zenerのピン止めモデルではピン止めが外れることは極めて困難である。モデルの精度の観点からは,二次元モデルは三次元モデルに劣るものの,三次元の結晶方位データを取得することは,後方散乱電子回析(electron backscatter diffraction:EBSD)技術21)やシリアルセクショニング技術22)が発達した現在においても,それほど容易なことではないので,二次元の集合組織データから実材料を予測できるようにすることは,材料開発において極めて重要なことである。したがって,三次元で起こり得る現象を,物理原理に基づいて二次元モデルに組み込んで記述することは,有用であると考えられる。

Fig. 1.

 The definition of the apex angle 2θ of grain boundary pinned by a particle.

以上の観点から,1つのピン止め粒子に着目して,ピン止めされた粒界がピン止め粒子から外れるか否かを,粒界エネルギーの最小を評価関数として判断するモデルを本論文で提案する。具体的には,ピン止め粒子存在下の正常粒成長のモデル化,および粒界エネルギー制御による異常粒成長のモデル化を行うことを目的とする。提案したピン止めモデルの妥当性を,Zenerのピン止めモデル,あるいはその修正モデルと比較することで,検証した。

2. ピン止めモデルの提案

二次元局所曲率マルチバーテックスモデルでは,実在点である三重点と,仮想点である二重点を導入して,粒界三重点と粒界の移動を記述している13)。さらにここで,エネルギー最小の原理に基づいたピン止めモデルを提案する。粒界は結晶格子不整合の状態であるので,粒界のエネルギーは結晶格子のエネルギーに比べて,一般的に大きい。したがって,粒界は全エネルギーが小さくなるように,つまり二次元では粒界長さが短くなるように移動する。主相結晶粒中の分散粒子(ピン止め粒子)に粒界が交差すると,ピン止め粒子では粒界がなくなるので,その分の粒界エネルギーの利得を受ける。このエネルギー利得によって粒界がピン止めされる。粒界がピン止め粒子にピン止めされたり,ピン止めされた粒界がピン止め粒子から外れたりする現象は,ピン止め粒子と主相結晶粒の界面のエネルギーも考慮する必要があると考えられるが23),以下の提案モデルでは,ピン止め粒子と主相結晶粒との界面エネルギーは結晶粒界の状態が依らずに一定であると仮定し,ピン止め粒子からピン止めが外れる前後の粒界エネルギーにのみ着目した。

提案するピン止めモデルでは,ピン止め粒子を特殊な二重点または三重点とした(Fig.2)。その特徴は以下の通りである。

・固定されている(移動しない)。

・有限のサイズである。

・円形状である。

Fig. 2.

 Pinned grain boundaries in two-dimensional local curvature multi-vertex model. Solid lines represent real grain boundary. Broken lines represent virtual grain boundary. (a) Pinned double junction. (b) Pinned triple junction.

粒界がピン止め粒子に交差すると,粒界はピン止め粒子にピン止めされる。このとき,既提案の二次元局所曲率マルチバーテックスモデルでは,粒界のみがピン止め粒子に交差する場合と,二重点または三重点を含む粒界がピン止め粒子に交差する場合がある。前者の場合は,ピン止め粒子内の粒界上に新たに二重点を生成して,その二重点をピン止め粒子の中心に固定させることで,ピン止め状態を実現できる(Fig.3(a))。後者の場合は,ピン止め粒子内の二重点または三重点をピン止め粒子の中心に固定させることで,ピン止め状態となる(Fig.3(b),(c))。その後,粒界がピン止め粒子から外れるか否かは,粒界エネルギーが小さくなる方向に粒界が移動して進行する,ピン止め粒子が存在しない結晶粒成長と同様に,粒界のエネルギーが小さい状態を選択することで判定する。

Fig. 3.

 Pinning of grian boundaries (a) without junctions, (b) with double junction and (c) with triple junction. Broken lines represent the grain boundaries intersecting with pinning particles. Solid lines represent the grain boundaries pinned by pinning particles after intersecting.

粒界のエネルギーを比較する際,比較する粒界の範囲を決める必要があるので,その範囲を有効範囲(有効長さReff)とした(Fig.4)。しかしながら,有効長さReffの位置に二重点が配置されていることは非常に稀であるので,Fig.4に示すように有効長さReffの外側で有効長さReffに最も近い二重点を基準に粒界のエネルギーを比較することとした。このとき,有効長さReffと粒界とが交差する点を基準とすることも可能である。Fig.5に示すように,ピン止めされた粒界のエネルギーとピン止めが外れて平衡状態となった粒界のエネルギーを比較して,より小さいエネルギーの状態を選択することで,粒界がピン止め粒子から外れるか否かを判定する。後者のエネルギーが小さく,ピン止めが外れたと判定された場合には,まず通常の二重点または三重点をピン止め粒子表面に生成させる。その後,この二重点または三重点をピン止めされていない点として移動させる。これらの一連の処理によって,粒界のピン止め,および粒界のピン止め外れをモデル化できる。二次元モデルにおいては,ピン止めが外れる時に一旦粒界エネルギーが増大する(粒界の長さが長くなる)が,このことを許容することにより,二次元モデルにおいても三次元で起こり得るようなピン止め外れを表現できることになる。この考え方は二重点の場合も,三重点の場合も同様である。

Fig. 4.

 Pinned grain boundary (solid line), unpinned grain boundary in equilibrium (broken line) and effective range (chain line). Criterial junctions are set just outside of the effective range.

Fig. 5.

 Unpinning of grain boundaries. Solid lines represent the grain boundaries pinned by pinning particles. Broken lines represent the unpinned grain boundaries in equilibria. Dotted lines represent the grain boundaries right after unpinning. Chain lines represent the effective range. (a) Unpinning of double junction. (b) Unpinning of triple junction.

以下に,二重点と三重点のそれぞれの場合について,ピン止めが外れる条件の詳細を記す。Fig.5(a)に示すように二重点がピン止めされている場合,ピン止めされた粒界の長さをK11およびK12,ピン止めが外れて平衡状態となった粒界の長さをA11およびA12,ピン止めが外れると判定されて通常の二重点をピン止め粒子表面に生成させたときの粒界の長さをC11およびC12とすると,それぞれの粒界エネルギーEK,gbEA,gbEC,gbは,   

EK,gb=γ1(K11+K12)(5)
  
EA,gb=γ1(A11+A12)(6)
  
EC,gb=γ1(C11+C12)(7)

となる。ここで,γ1は単位長さあたりの粒界エネルギーである。先に述べた二重点のピン止めが外れる条件は,   

EK,gb>EA,gb(8)

となる。このとき,式(8)の場合でも,二次元では常にEK,gb<EC,gbとなり,粒界が外れるときに粒界エネルギーは一旦増大することになる。同様に,Fig.5(b)に示すように三重点がピン止めされている場合,ピン止めされた粒界の長さをK1およびK2,ピン止めが外れて平衡状態となった粒界の長さをB1B2およびB3,ピン止めが外れると判定されて通常の三重点をピン止め粒子表面に生成させたときの粒界の長さをC1およびC2とすると,それぞれの粒界エネルギーEK,tpEB,tpEC,tpは,   

EK,tp=γ1K1+γ2K2(9)
  
EB,tp=γ1B1+γ2B2+γ3B3(10)
  
EC,tp=γ1C1+γ2C2(11)

となる。ここで,γ1γ2γ3はそれぞれの粒界の単位長さあたりの粒界エネルギーである。先に述べた三重点のピン止めが外れる条件は,   

EK,tp>EB,tp(12)

となる。このとき,式(12)の場合でも,二次元では常にEK,tp<EC,tpとなり,粒界が外れるときに粒界エネルギーは一旦増大することになる。二重点の場合においても,三重点の場合においても,ピン止めが外れる時に粒界エネルギーは一旦増大するが,そのときに増大する粒界エネルギーに対して,乗り越え可能なエネルギーEHを考える。この乗り越え可能なエネルギーEHは,熱エネルギー(格子振動)を仮定しているが,この仮定の評価については今後の課題と考える。しかしながら,粒界エネルギーと熱エネルギーの大きさについてはここで確認しておきたい。温度Tのときの熱エネルギーはkBT(kB=1.38×10−23J/K;ボルツマン定数)で表されるので,温度T=1000 Kのときの熱エネルギーはkBT=1.38×10−20Jとなる。一方,結晶粒界のエネルギーはおおよそ0.5 J/m2である。鉄フェライト相の平均格子間距離は2.3×10−10mであるので,原子1個当たりの粒界エネルギーはおおよそ2.6×10−20Jとなる。したがって,熱エネルギーは粒界エネルギーとオーダーが同じで数分の1から数十分の1と見積もれることから,ピン止めが外れるときの粒界エネルギーの増大による山を熱エネルギーによって乗り越えることは可能であると考えられる。乗り越え可能なエネルギーEHが十分に大きい場合,つまりEC,gbEK,gbEHおよびEC,tpEK,tpEHが常に成り立つ場合には,式(8)および式(12)の条件(以下,第一条件と呼ぶ)のみでピン止め外れを判断できるが,乗り越え可能なエネルギーEHが十分に大きくない場合,つまりEC,gbEK,gbEHおよびEC,tpEK,tpEHが常に成り立たない場合には,これらを条件(以下,第二条件と呼ぶ)として考慮する必要がある。   

EC,gbEK,gb<EH(13)
  
EC,tpEK,tp<EH(14)

Fig.6に,ピン止めされた粒界の半頂角θに対する粒界エネルギーの一例を示す。ピン止め粒子の半径Rpと有効長さReffの比を1/4とし,単位長さあたりの粒界エネルギーはすべて同じ値としγ=1(arb. units)とした。粒界の半頂角θが小さくなると,二重点の場合も三重点の場合も,ピン止めが外れた平衡状態の粒界のエネルギーの方がピン止めされた粒界のエネルギーより小さくなり,二重点の場合はθ≤53.1°で,三重点の場合はθ≤34.2°で,ピン止めが外れることになる。また,式(13),(14)より,乗り越え可能なエネルギーEHが二重点の場合にはEH<0.94(arb. units)のとき,また三重点の場合にはEH<0.42(arb. units)のとき,第一条件ではピン止めが外れずに第二条件を満たす半頂角θで,ピン止めが外れることになる。一方,単位長さあたりの粒界エネルギーγが小さい場合,粒界エネルギーが相対的に小さくなるため,乗り越え可能なエネルギーEHが同じときには,第二条件を満たす半頂角θはより大きくなる,つまりピン止めが外れやすくなる。

Fig. 6.

 Grain boundary energy as a function of half of apex angle θ. (a) Double junction. (b) Triple junction.

本論文では以降一部を除いて,エネルギー,長さおよび時間は無次元量で取り扱い,単位は省略する。各種のエネルギーの比率,および長さの比率を用いて議論する。エネルギーおよび長さの比率を一定に設定することで,角度については絶対値で取り扱うことができる。

3. 提案モデルの検証および考察

二次元局所曲率マルチバーテックスモデルにおけるピン止めモデルを提案した。提案したモデルでは,ピン止めされた粒界のエネルギーとピン止めが外れて平衡状態となった粒界のエネルギーを比較して,より小さいエネルギーの状態を選択することで,ピン止めが外れるか否かを判定するとした。そのために,粒界のエネルギーを比較する際の粒界の範囲を設定することとした。

上記の提案モデルに関して,粒界の最小長さLmin,最大長さLmaxおよび有効長さReffの影響,乗り越え可能エネルギーEHおよび単位長さあたりの粒界エネルギーγの影響,ならびにピン止め粒子の大きさ(半径)Rpの影響について,Fig.7に示す粒界移動モデルを用いて,Table 1の条件でシミュレーションを行って評価した。粒界の最小長さLminおよび最大長さLmaxとは,隣接する2つの点の間隔の最小値および最大値である13)Fig.7の粒界の両端を強制的に左から右に移動させることで,粒界全体を移動させた。粒界の右側で,粒界の長さ方向の中央の位置にピン止め粒子を配置し,移動してくる粒界をピン止めするようにした。

Fig. 7.

 Simulation model of pinning.

Table 1. Simulation condition of pinning.
Condition 1Condition 2Condition 3
–1–2
Pinning particle radius Rp110.1 to 2
Effective range Reff0, 344
Jumping energy EH100.5 to 2110
Grain boundary energy per unit length γ110.5 to 21
Minimum distance between adjacent vertices Lmin1 to 522
Maximum distance between adjacent vertices LmaxLmin + 0.54.54.5
Initial total grain length505050

Fig.8に,Table 1のcondition 1を用いて粒界の最小長さLminおよび有効長さReffの影響を評価した結果を示す。粒界の最小長さLminを1から5まで変化させ,粒界の最大長さLmaxを2Lmin+0.5とした。その他,ピン止め粒子の大きさRpを1,乗り越え可能エネルギーEHを10,単位長さあたりの粒界エネルギーγを1とし,初期の粒界の全長を50とした。有効範囲を設定しない(有効長さReff=0の)場合,ピン止めが外れるか否かを判定する粒界の範囲が粒界の最小長さLminになる。このとき,Lmin<3ではピン止め時間が粒界の最小長さLminに大きく依存することがわかる。具体的には,粒界の最小長さLminを小さくするとピン止め時間が長くなった。これは計算精度が悪くなったことを意味すると考えられる。一方,有効範囲を設定した(有効長さReff=3の)場合,粒界の最小長さLminが有効長さReffより短いとき,つまりLmin<3のとき,ピン止め時間は粒界の最小長さLminにほとんど依存せずほぼ一定であることがわかる。これは計算精度がほぼ一定であることを意味すると考えられる。また,粒界の最小長さLminが有効長さReffより長いとき,つまりLmin>3のとき,粒界の最小長さLminが長くなるとピン止め時間がわずかに短くなるものの,その変化は有効範囲を設定しない場合のLmin<3のときに比べると小さいことがわかる。この小さな変化は,最小長さLminが長くなることによる計算精度の低下で,一般的なメッシュを大きくしたときの計算精度の低下と考えられる。以上から,有効長さReffを設定することで,粒界の最小長さLminに依らず,ピン止めを一定の条件で設定できることがわかる。このとき,粒界の最小長さLminを有効長さReffより短く設定することが好ましく,粒界の最小長さLminを有効長さReffより長く設定すると計算精度が低下することが懸念される,と言える。

Fig. 8.

 Pinning time as a function of minimum distance between adjacent vertices under the conditions of effective range Reff = 0 and Reff = 3.

Fig.9に,Table 1のcondition 2を用いて乗り越え可能エネルギーEHおよび単位長さあたりの粒界エネルギーγの影響を評価した結果を示す。その他,ピン止め粒子の大きさRpを1,有効長さReffを4,粒界の最小長さLminを2,最大長さLmaxを4.5とし,初期の粒界の全長を50とした。単位長さあたりの粒界エネルギーγを一定(γ=1)として乗り越え可能エネルギーEHを変化させた(EH=0.5~2とした)場合(Table 1のcondition 2-1)と,乗り越え可能エネルギーEHを一定(EH=1)として単位長さあたりの粒界エネルギーγを変化させた(γ=0.5~2とした)場合(Table 1のcondition 2-2)のいずれも,全体の傾向としてはEH/γが大きくなるとピン止め時間が小さくなることがわかる。単位長さあたりの粒界エネルギーγは隣接する2つの結晶粒の方位差によって決まるので,実材料では粒界ごとに粒界エネルギーγが異なる。乗り越え可能エネルギーEHが一定の条件では,EH/γが大きくなると,つまり低エネルギー粒界になるとピン止めが外れ易くなると言える。EH/γ≥1ではピン止め時間はあまり変化していないが,これはFig.8に示した第二条件の半頂角θが,第一条件の半頂角θより大きいためである。一方,単位長さあたりの粒界エネルギーで規格化された乗り越え可能エネルギーEH/γが小さくなるとピン止め時間が長くなり,EH/γ=0ではピン止めが外れることが極めて困難となる。また,乗り越え可能エネルギーEHを一定として,粒界エネルギーγを変化させた場合,EH/γが1より小さくなると徐々にピン止め時間が長くなるが,γが一定の場合と比べるとその変化は小さい。これは,γが大きいために粒界の曲率が小さくなる(粒界がより直線に近づく)ためである。一方,EH/γが1より大きくなった場合も徐々にピン止め時間が長くなる。これは,EH/γが1より大きくなるとピン止めが外れる半頂角θはほとんど変化しないものの,γが小さいために粒界の曲率が大きくなる(粒界がより小さな円弧になる)ためである,と考えられる。

Fig. 9.

 Pinning time as a function of the jumping energy divided by grain boundary energy, EH, under the conditions of constant γ and constant EH, respectively.

Fig.10に,Table 1のcondition 3を用いて一つのピン止め粒子の大きさRpの影響を評価した結果を示す。その他,有効長さReffを4,乗り越え可能エネルギーEHを10,単位長さあたりの粒界エネルギーγを1,粒界の最小長さLminを2,最大長さLmaxを4.5とし,初期の粒界の全長を50とした。ピン止め粒子が大きくなるとピン止め時間が長くなり,ピン止めが外れ難くなることがわかる。これは,1つのピン止め粒子の影響であり,総面積または総体積一定の下でのピン止め粒子の微細分散効果とは異なるものである。

Fig. 10.

 Pinning time as a function of the pinning particle radius, Rp.

Zenerのピン止めモデルでは,ピン止め粒子によるピン止め力(三次元では張力[N/m],二次元では力[N])と粒界による駆動力が釣り合っているとしており,三次元,二次元の場合とも,ピン止め力が最大となる角度はピン止め粒子の大きさRpには依らない。三次元の場合は頂角2θが90°で,二次元の場合は0°で最大となり,その角度でピン止めが外れることになる。Fig.11に,Ti-IF(Interstitial Atoms Free)鋼(0.002%C-0.04%Ti-0.05%Al-0.0007%N;wt%)の冷間圧延(75%)とそれに続く焼鈍プロセス(800°C-60s)において,ピン止め粒子(Ti4C2S2)にピン止めされている,バルク中(三次元)の粒界のTEM写真を示す。Fig.11でピン止めされた粒界の頂角2θを決めるのは難しいが,明らかに90°より小さいことから,頂角2θが90°未満の場合にもピン止めされていることがあり得る,と言える。本論文で提案するピン止めモデルは,有効範囲(有効長さReff)の設定の仕方でピン止め力が異なることになるが,有効長さReff一定の条件においては,ピン止め粒子の大きさRpにより,ピン止めが外れる頂角(離脱角)2θが変化する。この点はZenerのピン止めモデルと異なるところであり,本提案モデルはメゾスケールでの現象を説明できるという特徴を持つ,と言える。

Fig. 11.

 TEM micrograph showing grain boundary pinned by a particle (Ti4C2S2) in the process of cold-rolling and annealing of Ti-IF steel.

最後に,ピン止め粒子の微細分散効果について検証した。AlNおよびMnSが析出した冷延鋼板のマクロ組織をFig.12に示す。結晶粒径は10 μmのオーダーであり,ピン止め粒子となる析出物の大きさは0.1 μmのオーダーであることがわかる。この粒径比を条件として,二次元局所曲率マルチバーテクモデルを用いて,ピン止め粒子存在下での結晶粒成長シミュレーションを行った。Fig.13に,初期状態と,結晶粒成長させて平衡状態となった(結晶粒成長が停止した)終状態の一例を示す。100×100 μm2の領域に100個の結晶粒がある状態を初期状態とした。ここでは,シミュレーションを実材料と比較しやすいように,長さの単位のみを任意単位ではなく通常の長さの単位で表記する。したがって,初期の平均結晶粒半径は5.6 μmとなる。また,有効長さReffを1 μm,乗り越え可能エネルギーEHを10,単位長さあたりの粒界エネルギーγを1,粒界の最小長さLminを0.7 μm,最大長さLmaxを1.5 μmとし,ピン止め粒子の個数と大きさを変更して,微細分散効果を評価した。乗り越え可能エネルギーEHを10としたことは,第一条件のみを設定したことになる。Fig.13から,ピン止め粒子の総面積が一定の場合,ピン止め粒子が微細な方が終状態の結晶粒が小さいことがわかる。

Fig. 12.

 Microstructure of cold-rolled and annealed steel with precipitates of AlN and MnS.

Fig. 13.

 Grain growth simulation of steel with pinning particles.

シミュレーションで得られた終状態の結晶粒半径Rgと,ピン止め粒子の半径Rpおよび面積分率fsの関係を,Fig.14に示す。Fig.14(a)は結晶粒半径RgRp/fs1/2で,Fig.14(b)は結晶粒半径RgRp/fs1/3でフィッティングしたものである。このとき,シミュレーションの初期状態の結晶粒半径を約5 μmとしたことから,y切片を5 μmに固定してフィッティングした。Fig.14(a)より(b)の方が,高い相関係数でフィッティングできていることがわかる。修正したZenerモデル24,25)では,fsの指数は二次元の場合は1/2であり,三次元の場合1/3である。本提案モデルは二次元であるが,ピン止め粒子の微細分散効果に関しては,三次元の修正Zenerモデルに近い結果となった。金属組織の予測は,実材料のピン止め粒子存在下での結晶粒成長を正確に再現しているとは言い難く,今後更なる検討が必要であるが,実材料の粒成長にともなう集合組織の変化については,粒界特性を考慮することにより定性的な予測が可能であることが確認されていることから26),本モデルによるピン止め粒子存在下での集合組織予測への適用が期待できる。

Fig. 14.

 Relationship between equilibrium average grain radius Rg, particle radius Rp and area fraction of particles fs.

ここで,実在しない極めて特殊な条件ではあるが,1つの結晶粒に着目して,その結晶粒を囲む粒界は常に低エネルギーであるという条件で,微細分散粒子存在下での結晶粒成長シミュレーションを行った。その結果,Fig.15に示すように低エネルギー粒界で囲まれた結晶粒のみが選択的に異常粒成長することを確認できた。このときのシミュレーション条件としては,ピン止め粒子の個数を1000,半径を0.01,有効長さReffを5,乗り越え可能エネルギーEHを0.02,粒界の最小長さLminを0.7,最大長さLmaxを1.5として,着目した結晶粒を囲む粒界のエネルギーを0.7,それ以外の粒界のエネルギーを1とした。乗り越え可能エネルギーEHを0.02としたことは,第二条件を設定したことになる。実際には,隣接する結晶粒が消滅すると,単位長さあたりの粒界エネルギーγが変わるので,本結果が選択成長を再現しているものではないが,微細分散粒子存在下において,特定の条件では特定の結晶粒が隣接粒を蚕食して成長することが可能であることを示している,と言える。

Fig. 15.

 Selective abnormal grain growth controlled by grain boundary energy with the same area fraction of pinning particles.

4. 結言

既提案の二次元局所曲率マルチバーテックスモデルに適用可能なメゾスケールのピン止めモデルを提案した。このモデルは,粒界エネルギー最小を評価関数とする物理モデルであり,粒界エネルギーを算出するために,有効範囲(有効長さReff)を設定した。有効長さReffの設定により,粒界の最小長さLminに依らないピン止めモデルとすることができた。ピン止めが外れた平衡状態の粒界エネルギーがピン止めされた粒界のエネルギーより小さくなることを,ピン止めが外れる第一条件とした。さらに,ピン止めが外れるときに一旦増大する粒界エネルギーが,新たに導入した乗り越え可能なエネルギーEHより小さくなることを第二条件とした。

本提案モデルで第一条件のみを設定することにより,修正されたZenerのピン止めモデルの微細分散効果を再現できた。さらに,第二条件も考慮することにより,低エネルギー粒界で囲まれた結晶粒の異常成長を表現できた。

謝辞

本研究において,NSプラント設計株式会社の西俊二殿にはシミュレータのコーディングに関してサポート頂きました。感謝いたします。

文献
 
© 2015 The Iron and Steel Institute of Japan

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