Tetsu-to-Hagane
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Improvement of Desalted Paddy Soil by the Application of Fertilizer Made of Steelmaking Slag (Recovery of a Paddy Field Damaged by the Tsunami Using Fertilizer Made of Steelmaking Slag-1)
Nobuhiro MaruokaMichimasa OkuboHiroyuki ShibataXu GaoToyoaki ItoShin-ya Kitamura
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2015 Volume 101 Issue 8 Pages 445-456

Details
Synopsis:

Paddy fields located near the coast of northeastern Japan have suffered significant damage from the tsunami caused by the earthquake. The restoration of a damaged paddy field can be achieved with the washing out of Na by desalting treatment and fertilization with silica. The concentration of Na can be effectively reduced with Ca supplements. As steelmaking slag contains CaO and SiO2, it has a strong potential to become an economic solution for the recovery of fields.

To evaluate the effect of fertilizer made of steelmaking slag, a new soil-filled column testing method was developed to simulate the paddy field conditions. The column was composed of a plow layer containing pore water and soil with fertilizer, along with a layer of surface water. Every day, water sample was collected from the bottom of the column and the same amount of fresh water was supplied for approximately 2 months. The original soil and the soil after desalting were used with and without fertilizer made of steelmaking slag. The influence of soil particle size was also investigated.

During the experiment, the pH increased, while the oxidation and reduction potential decreased day by day; thus, the typical changes under paddy field conditions were simulated. Supplementation with fertilizer made of steelmaking slag led to the increase in Ca content and pH. In contrast, most of the Na was washed out by water exchange during the experiment; however, an initial decrease in its content was observed by the addition of fertilizer made of steelmaking slag.

1. 緒言

2011年3月11日に発生した東日本大震災に伴う大津波によって,宮城県を中心とした東北地方太平洋沿岸部の水田は大きな被害を受けた。津波による被害は物理的被害と化学的被害の2つに分けられる。物理的被害とは,砂,泥土,瓦礫の堆積や作土層の流失であり,化学的被害とは主に海水による塩害である。塩害は,海水に含まれるNaClを主体とした塩分の濃度が高くなることにより稲が水を吸収しにくくなる浸透圧ストレスと,ナトリウムイオンおよび塩素イオンの過剰吸収によるカリウムなどの必須養分の吸収阻害等による障害(イオンストレス)によって起こるとされている1)。また,Naが土壌粒子に吸着しているCaと交換・吸着すると,土壌構造の単粒化(団粒構造の破壊)を引き起こし,土壌の排水性を低下させ作物の根腐れの原因となる場合もある2)。この塩害対策としては,真水による除塩作業とともに,土壌表面に吸着したNaを除去しCaを増加させるために消石灰や石膏などの石灰系土壌改良材を散布する事が推奨されている2)。一方,ケイ酸は通常の土壌条件において稲の生育を向上させるのに有益であり3),さらにNaが多い環境においてケイ酸はNaの吸収を抑制することが明らかにされている4,5)。このように,除塩水田を復旧させるには石灰やケイ酸の施用が効果的と考えられるが,製鋼スラグは水溶性の高いfree-CaOや2CaO・SiO2と3CaO・P2O5の固溶体相(C2S-C3P相と略す)を多く含むため,優れた資材であると期待される。

ところで,日本鉄鋼協会では製鋼スラグの肥料としての特性に注目し,産発プロジェクト「製鋼スラグによる東日本大震災で被災した沿岸田園地域の再生」を2012年4月にスタートさせた6)。このプロジェクトでは,市販の製鋼スラグ系肥料を用いて除塩した水田への施用効果を明らかにし,すでに良好な結果を得ている6,7)。しかし,製鋼プロセスは多段分割精錬であり各工程から出るスラグ組成は異なる上に,冷却方法も必ずしも制御されていない。このため,今後,肥料としての需要を増すには,その適正な製造条件を把握する必要がある。これまでも,製鋼スラグからの水への各成分の溶出挙動については,環境基準試験条件8)や海水条件9)で数多くの知見がある。しかし,水田での溶出挙動は,単純な水への溶出挙動から推定することは困難である。一般に製鋼スラグを中性水溶液に混合させると,極少量であってもpHは11を超えるまでに急上昇することが知られている10,11,12)。一方,鉄鋼スラグ系肥料のケイ酸溶出量は溶液の高いpHと高いCa濃度によって抑制され13,14),イオン交換樹脂を添加して溶液中のpHを6~7に保つことによってイネが吸収できるケイ酸(有効態ケイ酸)をより正確に測定できることが明らかにされている15)。このことから,少なくとも製鋼スラグの主成分であるケイ酸カルシウムの土壌中での溶解性を評価するためには,純水や海水を用いたバッチ溶出試験は適していないと考えられる。

水田土壌の最表層である作土層は養分や有機物を多量に含み稲が養分,水分を吸収する最も重要な場である。水田土壌は湛水状態(水を張った状態)の作土層では酸素が欠乏し,土壌中の酸素は微生物によって消費され,酸化状態から還元状態へと移行する。この時に嫌気性細菌の作用によりアンモニア化成作用等が起こり土壌中のpHと酸化還元電位は長期的に変化していく16)

水田環境では主に微生物活動に伴って物質が長期的に変化していくため,肥料としての製鋼スラグの作用を評価するには,湛水下にある水田環境を再現する必要がある。これまでもカラム試験により水田環境下での鉄鋼スラグ系肥料を評価した研究は報告されている。例えば,野副らは10 g/kg乾土の鉄鋼鉱さいを混合し,蒸留水とともにカラムを作成し連続的に土壌溶液を採取している17)。また,加藤らは可溶性ケイ酸1 g/kg乾土の鉱さいを混合し,湛水状態とし土壌溶液を採取している13)。その結果,pHが上昇しORPが低下する挙動が明らかにされ,また,鉱さい組成(アルカリとSiの比)とケイ酸溶解性との関係も調べられている。しかし,前者は18日間の短期間の実験であり,後者は4週間の実験期間中に2回土壌溶液を採取した連続溶脱条件とは言えない条件での実験である。さらに,いずれも除塩土壌を対象としたものではなく,施用量が実際の水田における標準的な量に比べて非常に多いことやスラグ処理後の土壌の交換性陽イオン濃度が測定対象となっていない等が問題点として指摘される。したがって,製鋼スラグによる除塩土壌の改善効果を検討するのは,適用場面である水田圃場の状態に近い条件で行うのが望ましい。水田圃場の最も顕著な特性は湛水条件下で土壌が還元環境になることである。水田は表面に水があるために,大気から土壌への酸素供給よりも土壌中の微生物による酸素消費速度が早いために土壌中の酸素は急激に消失する。土壌中の酸素が消失すると,呼吸の際に酸素の代わりに硝酸イオンを利用できる微生物が主になり,硝酸は分子状窒素に還元される。次いで,呼吸に伴って電子を受容することができる微生物が優先し,還元生成物である二価マンガン,二価鉄,硫化水素が生成する。これと並行して,土壌中の有機物は微生物によって分解され,二酸化炭素とアンモニアが生成する18)。この還元化過程で,主に2価鉄イオンの生成に伴って土壌粒子に吸着していた陽イオンが土壌溶液中に交換溶出し19),さらに2価鉄の生成過程で水素イオンが消費され,土壌のpHは次第に上昇する20)ことも水田の大きな特性である。以上のように,水田土壌では製鋼スラグの成分の溶解に影響すると考えられるpHや溶液中のCaイオン濃度が還元の進行とともに次第に変化し,その変化の強さは土壌の性質(主には,還元の原動力となる有機物の含有量,および還元を受けやすい酸化鉄の含有等)によって異なるので,性質の異なる複数の土壌を用いてpHや溶解成分濃度を連続的に測定することが重要と考えられる。

そこで,本研究では,湛水期の水田土壌を模擬した新しい実験方法を考案し,製鋼スラグの除塩された水田土壌環境における長期溶出挙動を,土壌粒度を変化させて調査した。

2. 実験方法

2・1 カラム試験装置

水田土壌環境を模擬するためのカラム装置を開発した。その模式図をFig.1に示す。カラム本体は透明塩化ビニル製パイプ(外径φ60,内径φ52,高さ250 mm)で,下部に塩化ビニル製のキャップを接着して取り付けた。このキャップには,土壌溶液のみを透過するポーラスカップ(藤原製作所製ガラスフィルター,外径18 mm 有効カップ長さ50 mm 浸透壁厚み1.5 mm 表面積30 cm2)と土壌溶液採取管を接着した。予備実験の結果,ムライト製ポーラスカップはリン酸を吸着することが明らかになったため,上記のガラス製ポーラスカップを使用した。カラム上部はイオン交換水補充用の管を取り付けたシリコンキャップで封じた。カラムは土壌溶液採取用カラム(Fig.1a)とpHとORP(酸化還元電位)を測定するためにプローブを挿入したpH・ORP測定用カラム(Fig.1b)の2種類用意した。これは,予備実験によりpHおよびORPプローブに装塡されている塩化カリウムの流出が無視できないほど大きく,土壌溶液中のKおよびCl濃度が時間とともに高くなることが明らかになったためである。pHおよびORPプローブは先端が土壌層中央に位置するよう鉛直上方向から45°の角度で挿入した。塩化ビニル製パイプは酸素を透過するため,空気中に保持するとカラム内壁で酸化反応が進行することが予想されたので,カラム全体をプラスティックバッグで覆い,窒素ガスを0.1 L/min(1 atm,20°C)流通させることで不活性雰囲気に保持した。また,装置全体を恒温槽に入れ温度を25°Cに保持した。

Fig. 1.

 Experimental apparatus for simulating the dissolution behavior of fertilizer made of steelmaking slag under paddy field conditions.

カラム内に土壌およびスラグをよく混合した後装塡し,空気飽和水を投入し浸透させた。空気飽和水は,イオン交換水に空気を1時間以上吹き込んだものを使用した。カラム中の土壌と水は,土壌と間隙水からなる作土層が15 cm厚で,その上にできる表面水層の厚みが5 cmとなるように投入した。

2・2 土壌および製鋼スラグ系肥料

土壌は,宮城県大崎市古川地区で採取した細粒質土壌と中粒質土壌,および,山形県鶴岡地区で採取した粗粒質土壌を使用した。比重法(JIS A 1204)による粒度分布(粒径画分)と,風乾細土1に対して2.5の脱塩水を加え,懸濁液のpHをpHメーターで測定した値,酢酸アンモニウム(1M)溶液で交換抽出される陽イオン量から水(土壌:水=1:5)で抽出される陽イオン量を差し引いた塩基濃度である交換性塩基濃度,粉砕土壌試料を用いて乾式灰化法で測定した有機態炭素濃度(TC),および,易還元性酸化鉄濃度を示す酸性シュウ酸塩可溶Fe濃度(Feo)をTable 1に示す21)。ここで,土壌粒度は,国際土壌学会法によりclayは2 μm未満,slitは2 μm以上,20 μm未満,sandは20 μm以上,2 mm未満のものを指す。また,土壌環境分析法22)により行った全量分析値をTable 2に示す21)。ここで,I.L.は燃焼減量であり,いずれにおいても,OSF,OSM,OSCは細粒質,中粒質,粗粒質の原土壌を意味する。まず,土壌を1 mmメッシュのふるいにかけ植物の根や茎,石などを取り除いた。次に土壌を袋に入れ,恒温槽内で25°Cに保持しながら1週間以上空気を吹き込むことで乾燥,酸化させた。これは,水田土壌は稲刈りから翌年の田植えまでの間は大気にさらされ,酸化されるためである。

Table 1.  Size distribution and concentration of exchangeable cation in each soil type.
Demarcation (mass%) pH Exchangeable cation (cmol (+) /kg) TC, mass% Feo, mass%
Clay Silt Sand Ca Mg K Na
OSF 29 55 16 5.1 10.20 4.62 0.92 0.72 3.2 1.63
OSM 18 48 34 5.0 5.14 3.53 0.94 0.62 1.8 0.57
OSC 12 31 57 5.2 5.05 1.24 0.31 0.02 2.2 0.18
Table 2.  Total composition of each soil type (mass%).
Fe2O3 CaO SiO2 MgO Al2O3 TiO2 MnO P2O5 K2O Na2O I.L.
OSF 3.93 2.05 62.2 1.63 15.6 0.62 0.09 0.22 2.00 2.67 11.7
OSM 4.02 1.78 65.2 1.30 14.1 0.49 0.09 0.35 1.51 2.49 8.56
OSC 5.75 1.49 62.4 0.95 13.6 0.44 0.09 0.12 1.25 2.03 8.77

除塩土壌はFig.2に示す方法で作製した。まず,不純物を取り除いた原土壌を容器に入れ,人工海水アクアマリン(八洲薬品製)を土壌1 kgあたり1 L加えて混合した。人工海水の組成をTable 3に示す。人工海水を混合後,30~60分間静置し,表層水を取り除いた。その後,土壌表層に約5 cmの水層ができるよう蒸留水を加え混合し,再び表層水を取り除くことで除塩処理を行った。この操作を表層水のEC(電気伝導度)が基準値以下になるまで繰り返した。ECの基準値は,水稲の栽培限界土壌塩素濃度である100 mg/100 g23),および,塩素濃度とECの関係24)から算出し0.76 dS/mと設定した。最後に,表層水を取り除き大気中で乾燥させた後,1 mmメッシュのふるいにかけて粒度調整を行い除塩土壌とした。

Fig. 2.

 Experimental method to make desalted soil under laboratory conditions.

Table 3.  Composition of artificial sea water.
mol/L
MgCl·6H2O 0.0547
CaCl2·2H2O 0.0104
SrCl·6H2O 0.0002
KCl 0.0093
NaHCO3 0.0024
KBr 0.0008
B(OH)3 0.0004
NaF 0.0001
NaCl 0.4198
Na2SO4 0.0288

本研究では市販の製鋼スラグ系肥料を粒径500 μm以下に整粒し使用した。今回使用したスラグ系肥料の組成をTable 4に示す。水田へのケイ酸肥料(ケイ酸カルシウム)の一般的な施用量は200 kg/10a(= 200 g/m2)とされている25)ので,標準的な水田作土層の厚さを15 cmとして質量当りの肥料施用量を計算すると,土壌1 g当り9.565×10−4 gとなった。本実験条件ではカラム内の土壌と間隙水の合計質量が460 gであるため,スラグの投入量は0.44 gとした。

Table 4.  Composition of fertilizer made of steelmaking slag used in this experiment.
mass%
T-Fe 19.0
M-Fe 1.2
FeO 10.3
Fe2O3 14.0
SiO2 11.4
CaO 42.6
Al2O3 1.5
MgO 8.9
MnO 4.0
P2O5 2.2
S 0.05
Pb < 0.01
Cr 0.15
F 0.03
f-CaO 6.85
f-MgO 0.014

尚,本論文では細粒質,中粒質,粗粒質の除塩土壌をDSF,DSM,DSCと略し,それにFBの製鋼スラグ系肥料を混合したものを,それぞれDSF+FB,DSM+FB,DSC+FBと記載する。また比較のため示した中粒質の原土壌をOSMとした。

2・3 実験手順

十分に混合した土壌とスラグをカラムに装填後,イオン交換水を投入し土壌に浸透させた。浸透後,プラスティックバッグ内にカラムを設置して密封し,窒素を流通させた。その後pH,ORP,温度を測定し,0日目として記録した。水田土壌では自然排水と降雨および灌漑による潅水により,土壌溶液は自然に入れ替わって行く。これを模擬するため,土壌溶液を下部の採取管を通してシリンジ吸引で採取した。土壌溶液採取量は基本的に1回につき21 mLとした。これはカラム内表面水の水位が1日当たり約0.5 cm低下する量である。採取後に同量の空気飽和水をカラム上部から補充した。この操作は土壌溶液採取用カラムだけでなくpH・ORP測定用カラムでも同様に行った。サンプリングの頻度は2日に1度とし約2か月間に渡って行った。

カラム実験終了後,上澄み液を採取して取り除いたのち,カラム中の土壌を取り出して空気乾燥させた。乾燥した土壌(空乾土壌)は砕いた後に交換性陽イオンの濃度を分析した。また,同様の手法でカラムに投入する前の土壌も土壌分析を行った。上澄み液は,採取水と同じ方法で組成を分析した。

2・4 分析方法

pHとORPは標準液で補正して求めた。つまり,実験前にpHプローブで3種類のpH標準液(pH=4.01, 6.86, 9.18)を,ORPプローブでORP標準液(ORP=83, 254(25°C))を測定し,カラム実験終了後に各プローブをカラムから取り外して洗浄し,再度,それぞれの標準液を測定した。カラム実験前後の各標準液の測定値が日時とともに一次関数的に変化すると仮定して測定時の値を計算した。尚,ORPプローブには比較電極として3.33 mol/L KClを内部液とするAg/AgClが用いられているので,式(1)を用いて水素標準電極の値(EN.H.E., V)に換算した。   

E N .H .E . = E + 206 0.7 × ( T 25 ) (1)

ここで,Eは測定値(V),Tは温度(°C)である。

一方,採取した土壌溶液は0.45 μmのシリンジフィルターで濾過した後,10倍希釈して分析試料とし,Ca, Fe, Mg, Mn, Na, P, Siの元素濃度をICP発光分光装置(SPECTRO ARCOS)で標準試料とともに分析した。測定した元素のうち,Naは海水に起因して塩害を引き起こす元素であり,他の元素は土壌に含まれると同時にスラグから供給されることが想定される元素である。また,PO43−,SO42−はイオンクロマトグラフィー陰イオン分析システム(Thermo SCIENTIFIC, DIONEX ICS-1100)を用いて分析し,標準溶液を用いて作成した検量線から各陰イオン濃度を決定した。さらに,土壌溶液中のアンモニア態窒素(NH4+-N)濃度を分光光度計(HITACHI, Spectrophotometer U-5100)で分析した。測定には吸光光度法(インドフェノール青吸光光度法)を用い,標準試料の吸光度から検量線を作成し,濃度を決定した。尚,SO42−は湛水状態の水田で硫化水素を発生させる原因となるため,また,PO43−,NH4+-Nは植物の生育に必要な要素であるため測定した。

土壌粒子に吸着し,水に溶出していない成分は交換性陽イオンと称され,その濃度を分析するため,0.05 mol/Lの酢酸アンモニウムと0.0114 mol/Lの塩化ストロンチウムの混合液を浸出液とし,0.2 gの風乾土壌と40 mLの浸出液をポリエチレン製の容器に入れて1時間振とうした22)。これにより吸着している成分元素が溶液に浸出されるため,振とう液を0.45 μmのフィルターでろ過しICPで標準液とともに分析した。このとき,標準液中の酢酸アンモニウムと塩化ストロンチウムの濃度を浸出液と等しく調製した。分析方法は,宮城県農業・園芸総合研究所園芸環境部土壌環境チームから提供された既知の土壌サンプルを分析する事で検証した。

3. 実験結果および考察

3・1 pHとORPの変化

pHおよびORPの経日変化をFig.34に示す。すべての系で,時間とともにpHは上昇しORPは減少した。これは,湛水により土壌は極表面を除いて空気と遮断されるため嫌気性微生物の代謝によって,土壌中の酸素が消費されて酸化的環境から還元的環境に移行し,その際の酸化鉄の還元に伴う水素イオン消費によってpHが上昇したもので,詳細は考察で述べるが,水田土壌の特性である16)

Fig. 3.

 Changes in pH of each desalted soil type with or without fertilizer made of steelmaking slag.

Fig. 4.

 Changes in the oxidation-reduction potential (ORP) of each desalted soil type with or without fertilizer made of steelmaking slag.

中粒質同士で比べると,原土壌の初期pHは約5.0で除塩土壌も同程度の値を示した。その後,時間とともに上昇し,原土壌は30日程度で約6.4の一定値になった。一方,除塩土壌はpHの上昇が早く10日程度で約6.3に達したが,その後は徐々に低下し,30日以降では原土壌より低くなった。これは,除塩土壌では,海水処理によって土壌中の微生物の一部が死に,その微生物遺体が生残した微生物のエサとなるために,急激に酸素が消費されたためと考えられる。除塩土壌について土壌粒度の影響を比較すると,初期pHは4.75~5.0と大差はないが,10日以降は粗粒質<中粒質<細粒質の順番で高くなった。また,粗粒質と中粒質では,約10日以降は一定値を示したが,細粒質は20日で上昇が緩やかになるものの,その後も上昇し続けた。粗粒質除塩土壌でpHが低くなる理由は,海水処理で生じた微生物遺体が除塩処理により流されやすいためと考えられる。スラグ系肥料を施用した場合,いずれも初期pHは原土壌や除塩土壌より高くなった。また,土壌粒度の影響を見ると,初期pHは中粒質が高く出たが,10日以降では粗粒質<中粒質<細粒質の順番で高くなった。スラグ系肥料施用によるpHの増加は,粗粒質が最も顕著であり,細粒質では大きな差は見られなかった。これは,細粒質の場合は土壌中に微生物遺体が十分に残存しているため,スラグ系肥料の効果が相対的に見えにくくなったものと思われる。

中粒質同士で比べると,除塩土壌の初期ORPは原土壌と同程度の値を示したが,時間とともに減少し,4日前後で正から負になった。また,スラグ系肥料の施用により原土壌と同じ程度に回復した。いずれの場合も30日以降では一定値を示した。除塩土壌について土壌粒度の影響を比較すると,初期ORPは細粒質が最も高かった。その後時間とともに減少し,細粒質は11日,中粒質は7日,粗粒質は5日で正から負になった。30日時点では粗粒質>細粒質>中粒質の順で低くなったが,差は小さかった。スラグ系肥料を施用した場合の土壌粒度の影響を見ると,初期ORPは細粒質が最も高く,その後時間とともに減少し,細粒質は15日,中粒質は3日,粗粒質は5日で正から負になった。30日時点の電位も含めスラグ施用による大きな違いは見られなかった。

3・2 Na,Ca,Mgの挙動

Fig.57にNa,Ca,Mg濃度の経日変化を示す。

Fig. 5.

 Changes in the Ca content of water samples taken from each desalted soil type with or without fertilizer made of steelmaking slag.

Fig. 6.

 Changes in the Na content of water samples taken from each desalted soil type with or without fertilizer made of steelmaking slag.

Fig. 7.

 Changes in the Mg content of water samples taken from each desalted soil type with or without fertilizer made of steelmaking slag.

中粒質同士で比べると,土壌間隙水中のNa濃度は原土壌では低いが,除塩土壌には海水に浸漬された後に除塩処理を行ってもなお500 mg/L以上含まれていた。これが,湛水し水を入れ替える事で次第に低下して行く様子が見られた。スラグ系肥料を施用した場合,初期のNa濃度は100 mg/L以上低下した。これは土壌表面に吸着したNaがスラグ系肥料から溶解したCaで置換され,水とともに流れ出たためと考えられるが,10日以降の濃度変化は施用しない場合と大きな差はなかった。除塩土壌について土壌粒度の影響を比較すると,初期値は粗粒質<中粒質<細粒質の順番で高く,粗粒質では単調に低下するのに対して細粒質では10日以降に増加する傾向を示した。これは吸着態Naが細粒質では多く,単純に水の入れ替えで流されるのではなく,pHの変化による土壌陽イオン吸着特性の変化26)と,2価鉄イオン濃度変化とのバランスで,このような挙動を示したと考えられるが,詳しくは次報で考察する。また,スラグ系肥料を施用した場合も挙動に大きな差は見られなかった。

Caについて中粒質同士で比べると,初期濃度は原土壌に比べて除塩土壌の方が30 mg/L程度低く,除塩処理によりCaが溶脱している様子がわかる。スラグ系肥料を施用しても初期濃度は大きくは変わらない。その後,いずれの場合でも濃度は減少したが,5~10日後に再度増加に転じ,20~30日にピークを迎え,再び減少した。これも,pH変化による土壌陽イオン吸着特性の変化26)と,2価鉄イオン濃度変化とのバランスによると思われるが,詳しくは次報で考察する。30日以降は,スラグ系肥料を施用した場合は原土壌と除塩土壌の中間に位置し,60日時点では原土壌と同じ程度の濃度になった。この結果からスラグ系肥料施用によってCaが供給される効果が確認された。

除塩土壌について土壌粒度の影響を比較すると,初期値は中粒質原土壌より低いが,10日以降は粗粒質<中粒質<細粒質の順番で高くなった。また,粗粒質では10日以降のCa濃度の増加が見られなかった。これは,Table 1に示したように原土壌の吸着態Ca(交換性Ca濃度)は細粒質が他の土壌の2倍近いこと,および,粗粒質の場合はpHが低く陽イオン交換容量が小さい26)ので吸着態Caがさらに少ないためと思われる。スラグ系肥料を施用した場合は,初期濃度が中粒質原土壌に近づき,10日目以降は粗粒質<中粒質<細粒質の順番で高く,中粒質と細粒質では比較の中粒質原土壌よりも高くなった。さらに,粗粒質でもスラグ系肥料からのCa供給とpH上昇の効果により10日以降のCa濃度の増加が見られた。

Mgについて中粒質同士で比べると,原土壌に比べて除塩土壌で濃度が高く,海水によって土壌に多量に供給された事がわかる。スラグ系肥料を施用する事で初期濃度は低下するが,全体的には大きな差は見られなかった。また,MgもCaと同様に,初期に濃度が減少し,5~10日後に再度増加に転じ,20~30日にピークを迎え,再び減少するという傾向を示した。土壌粒度の影響はCaと類似の挙動を示したが,スラグ系肥料からのMg供給があるため,全体に施用した事でMg濃度がやや高くなった。

3・3 Fe,Mnの挙動

Fig.89にFe,Mn濃度の経日変化を示す。

Fig. 8.

 Changes in the Fe content of water samples taken from each desalted soil type with or without fertilizer made of steelmaking slag.

Fig. 9.

 Changes in the Mn content of water samples taken from each desalted soil type with or without fertilizer made of steelmaking slag.

中粒質同士で比べると,原土壌のFe濃度が10日目から増加し始めているのに対して,除塩土壌は実験開始直後から増加した。経時変化の傾向は同様だが,原土壌の方がピークを示す時期が遅く,スラグ施用によりピークを示す時期が早くなった。また,Mnも濃度は低いが傾向はFeと同様であった。本実験で測定される元素濃度は,土壌粒子の間にある水(土壌間隙水=土壌溶液)に溶解している元素の濃度である。FeとMnは微生物の作用によって還元されると溶解度が増加する。原土壌に比べて除塩土壌のFe, Mn濃度が早期に上昇したのは,除塩土壌でより早く還元が進行したためと考えられる。ORPはこのことが現れていないが,pHが原土壌に比べて早期に除塩土壌で上昇していることに現れている。さらに,除塩土壌において,スラグ系肥料無添加時よりも添加した場合にFe, Mnの濃度上昇が早かったのは,スラグ系肥料添加時はpHが高いために微生物の活動がより活発だったために還元状態が早期に発達したことが原因と考えられる。

Feについて除塩土壌について土壌粒度の影響を比較すると,中粒質や細粒質では原土壌よりも早く増加が始まり,最大値は細粒質が最も高かった。しかし,粗粒質は低いままであった。Mnも濃度は低いが挙動はほぼ同じであった。前述のように,pHが高い方が微生物の活動が活発になり,FeとMnの溶解度が増加する。Fig.3に示したように,中粒質では原土壌よりも除塩土壌の方が早くpHが増加し,pHの到達値は細粒質が高く粗粒質は低かったが,この傾向とFeとMnの挙動は良く対応している。一方,スラグ系肥料を施用した系で比較すると,中粒質のFeが低い点を除くと,Fe,Mnともスラグ系肥料を施用しなかった場合と大きな差は見られなかった。

3・4 Si,Pの挙動

Fig.1011にSi,P濃度の経日変化を示す。

Fig. 10.

 Changes in the Si content of water samples taken from each desalted soil type with or without fertilizer made of steelmaking slag.

Fig. 11.

 Changes in the P content of water samples taken from each desalted soil type with or without fertilizer made of steelmaking slag.

中粒質同士で比べると,Siはスラグ系肥料施用により初期にやや高くなったが,原土壌,除塩土壌との大きな差は見られなかった。また,スラグ系肥料を施用しない除塩土壌で土壌粒度の影響を比較すると,中粒質や細粒質では原土壌とほぼ同じ濃度変化であったが,粗粒質は全体に低濃度で推移した。スラグ系肥料を施用した場合も挙動は同じであったが,施用しない場合よりやや濃度が高かった。尚,土壌溶液のSi濃度は,土壌や肥料から溶解するSiとそれが土壌粒子に吸着されて土壌溶液から除去されるSiのバランスで決まるため,このことが直ちにスラグ系肥料からSiが溶解してこなかったことを意味するものではない。ケイ酸カルシウム肥料を添加したにも関わらず土壌溶液のSi濃度は増加しない結果が報告されており,それは土壌溶液のpHが上昇するとSiの土壌吸着量が増加することが一因であることが明らかにされている14)。本実験でもスラグ系肥料を添加した場合に土壌溶液のpHが上昇したため,土壌粒子へのSi吸着量が増加したとも考えられる。

Pについて中粒質同士で比べると,20日目頃までは除塩土壌の方が原土壌よりも高い。湛水条件にある土壌では,リンの多くは酸化鉄に吸着または結合しており,酸化鉄の還元に伴ってPの溶解度が上昇することが知られている27)。このことから,除塩土壌では微生物活動が最も強く促進され,還元の進行が早かったためにPの土壌溶液への放出も早期化したと考えられる。しかし,スラグ系肥料の効果は不明瞭だった。除塩土壌で土壌粒度の影響を比較すると,中粒質で10日目頃に濃度が増加する挙動を示したが,30日目以降で比較すると中粒質>粗粒質>細粒質となり,他の成分とは異なる傾向を示した。また,スラグ系肥料を施用した場合は中粒質で5日目頃に濃度が増加する挙動を示したが,30日目以降で比較すると細粒質が低く中粒質と粗粒質は同程度の濃度であった。尚,いずれの場合でもPO43−濃度の挙動はPと一致しており,土壌溶液中のPはPO43−として存在することがわかった。

3・5 SO42−,NH4+-Nの挙動

Fig.1213にSO42−,NH4+-N濃度の経日変化を示す。

Fig. 12.

 Changes in the SO42– content of water samples taken from each desalted soil type with or without fertilizer made of steelmaking slag.

Fig. 13.

 Changes in the NH4+ content of water samples taken from each desalted soil type with or without fertilizer made of steelmaking slag.

中粒質同士で比べると,SO42−の初期濃度は除塩土壌の方が原土壌より高く,スラグ系肥料の施用によりさらに増加した。これは,海水処理によって添加された硫酸イオンが除塩処理によってもすべては除去されなかったことを表わし,またスラグ系肥料はわずかながら硫酸イオンを含むためと考えられた。スラグ系肥料を施用した場合は初期値から急激に減少し,10日前後で約1.0 mg/Lになった。これは,土壌が還元条件に移行した事でSO42−からS2−に還元されたためと考えられる。除塩土壌で土壌粒度の影響を比較すると,初期濃度は細粒質>中粒質>粗粒質の順で高かった。これは,海水から供給された硫酸イオンの残留量は細粒であるほど大きい事を表している。しかし,時間とともに土壌が還元条件に移行するため,いずれの場合も20日目以降はほぼゼロになった。スラグ系肥料を施用した場合も傾向は同じであるが,初期濃度はいずれも増加した。

NH4+-Nについて中粒質同士で比べると,初期濃度はほとんど変わらなかったが,原土壌より除塩土壌の方が日を経つにつれ増加して11日前後でピークとなり,その後減少した。スラグ系肥料を施用する事で除塩土壌のみより高い値を示した。NH4+-Nは土壌有機物が微生物によって分解された結果生じ,多くは土壌粒子の負荷電に吸着して,一部が土壌溶液中に存在する。NH4+-N濃度が除塩土壌+スラグ系肥料>除塩土壌>原土壌であることは,Fe,Mnの挙動において考察したように,この順番で微生物の活動がより活発だったためと思われる。これは,硫酸イオンの減少速度およびアンモニウムイオンの増加速度が除塩土壌にスラグ系肥料を添加した場合に大きい事にも現れている。土壌粒度の影響を比較すると,スラグ系肥料の施用の有り無しによらず同じ傾向であり,細粒質と中粒質では日を経つにつれ増加して10日前後でピークとなり,その後やや減少する挙動を示したが,粗粒質は低濃度のままで推移した。粗粒質が低いのはpHの上昇が低く微生物の活動が不活発であったためと考えられる。

3・6 実験前後のNa,Ca,Mgのマスバランス

実験前後のNa,Ca,Mgの物質収支を計算した。土壌に吸着している交換性陽イオン量は,土壌分析結果とカラムに装入した土壌の重量から求め(Adsorbed by Soil),採取水に含まれる量は,採取量と採取水組成を積算して求めた(Sampling Water)。また,カラムには土壌と間隙水が合計で15 cm厚に,表層水が5 cm厚になるように装入しており,実験前の土壌の重量と水の総添加量から間隙水の量を計算する事が出来る。実際には間隙水と土壌の体積比は4:5であり,その比から間隙水質量を求めた。ただし,間隙水の濃度は測定できないため,実験後に分析した表層水と同じと仮定して計算した(Pore Water)。スラグ系肥料に含まれる量は施用量と組成から求めた(Slag)。

結果をFig.1416に示す。

Fig. 14.

 Mass balance of Na in each desalted soil type with or without fertilizer made of steelmaking slag before and after the experiment.

Fig. 15.

 Mass balance of Ca in each desalted soil type with or without fertilizer made of steelmaking slag before and after the experiment.

Fig. 16.

 Mass balance of Mg in each desalted soil type with or without fertilizer made of steelmaking slag before and after the experiment.

中粒質同士で比べると,Naは,除塩土壌は原土壌に比べて実験前で3倍程度の量が含まれているが,実験後にはほぼ同程度の量まで低下しており,80%以上が水で流されている事がわかる。また,スラグ系肥料施用により,やや土壌粒子に吸着しているNaが低下している。粗粒質の場合は除塩処理によりかなり溶脱が進み,試験前でも原土壌に近い濃度になっていて,試験後の交換性Naは原土壌よりも低い。また,スラグ系肥料を施用した場合には,ほぼゼロにまで低下している。一方,試験前のNa濃度は細粒質>中粒質>粗粒質の順に大きく,細粒質では除塩処理後でも多量のNaが残っている事がわかる。しかし,水の入れ替えによりNaの溶脱は進み細粒質であっても60日間の試験後の交換性Na濃度は原土壌と同程度まで下がっている。さらに,スラグ系肥料を施用した場合には,試験後の交換性Na濃度がわずかではあるがさらに低下しており,Caの供給により交換性NaをCaで置換した効果が現れている。

Caは,中粒質同士で比べると,除塩土壌は原土壌に比べて実験前後とも1/2程度の量に減少しており,水で溶脱した割合もNaよりはるかに少ない。これにスラグ系肥料を施用することによって,実験後の値は原土壌に近づき,スラグによるカチオンバランスの改善効果(Na濃度の低下,Ca濃度の増加)が認められた。尚,スラグ系肥料施用時に,実験前後でCa量に差があるのは,水に溶けにくい鉱物相が未溶解で残存しているためと考えられる。この点は次報で詳しく検討する。土壌粒度の影響を見ると,中粒質や粗粒質の場合は除塩処理によりかなり溶脱が進み,試験前では原土壌の50%程度の濃度になっているが,細粒質の場合は溶脱されず原土壌と同じ程度の濃度になっている。しかし,試験前の細粒質土壌はNa濃度が高いためカチオンバランスとしては正常では無い。試験後も75~85%は交換性Caとして残っているが,いずれも原土壌よりは低下している。スラグ系肥料を施用した場合には,試験後の交換性Ca濃度は大幅に増加し,中粒質や粗粒質であっても原土壌に近い濃度になっている。

Mgは海水からの供給があるためNaと同様で,除塩処理を行っても試験前濃度は細粒質>中粒質>粗粒質の順に高く,粗粒質であっても原土壌よりも高い。水の入れ替えによる溶脱はNaよりも少なく,60日間の試験後でも交換性Mgは残っており,特に粗粒質では,ほとんど変わっていない。スラグ系肥料を施用した場合,試験前のMgは多くなるが,水溶性の鉱物相にはあまり含まれないため,試験後の交換性Mgはやや増加する程度である。

4. 考察

本論文では,水田環境における製鋼スラグ系肥料からの成分溶出挙動に対する土壌粒度の影響を調査した。津波被災からの復興を果たすには,交換性Naの濃度とカチオンバランスが重要であるので,それについて整理した。Table 5は各実験条件での実験前後の交換性Na濃度をまとめたものである。すでに述べたように,実験前のNaは除塩処理を行ったにも関わらず細粒質で高くなっているが,60日後には原土壌と同等にまで低下している。また,スラグ系肥料を施用した方が,僅かではあるが交換性Na濃度は低下しており,Caの供給による効果が認められた。一方,試験後のカチオンバランスをFig.17に示す。いずれの場合も除塩土壌ではCaが溶脱しているが,スラグ系肥料の施用によりCa濃度を原土壌に近づけられる事がわかる。ただ,細粒質では原土壌に含まれていたCaが多かったので,今回のスラグ系肥料施用量では不十分であった。また,海水由来のNaは低下できているが,Mgは除塩土壌で増加し,スラグ系肥料施用でも大きな変化は見られなかった。

Table 5.  Exchangeable Na content in each soil type before and after the experiment (mg/100 g soil).
OSM Desalted soil Desalted soli with slag
DSF DSM DSC DSF+FB DSM+FB DSC+FB
Before 18.90 89.70 58.32 30.04 89.70 58.32 30.04
After 9.29 8.92 10.74 1.70 6.68 8.66 0.50
Fig. 17.

 Comparison of cation balance in the desalted soil with or without fertilizer made of steelmaking slag.

次に,土壌溶液中のpHとORPの変化について考察を加える。Fig.34に示したように細粒質はpHもORPも高く推移するのに対して,粗粒質はpHが上がらずに電位は急速に低下している。湛水下での土壌中では,微生物が有機物を分解する時に発生する電子により酸化鉄が還元され,その時に土壌溶液中の水素イオンが消費されるためpHが上昇する。代表的な反応形態を(1)式で示す。   

Fe ( OH ) 3 + 3 H + + e = Fe 2 + + 3 H 2 O (2)

Table 1には微粉砕土壌試料を用いて乾式灰化法で測定した有機態炭素濃度と,易還元性酸化鉄濃度を示す酸性シュウ酸塩可溶Fe濃度を示してあるが,粒径が細かいほど有機物量も,還元されやすい酸化鉄量も多い事がわかる。つまり,粗粒質の場合には酸化鉄が少ないためpHが上昇しないままで還元が進み,より電位の低い反応(硫酸イオンの硫化水素への還元,二酸化炭素のメタンへの還元等)へと移るのに対して,細粒質では酸化鉄が多いので酸化鉄の還元がゆっくりと進行しながらpHが上昇して行く傾向を示したものと考えられる。Fig.18にpHと土壌溶液中のFe濃度の関係を示すが,細粒質はFe濃度もpHも高く推移している。また,原土壌より除塩土壌の方が,Fe濃度が高いのは,土壌中に海水処理で死んだ微生物遺体が多くあるため,生き残った微生物の活動がかえって活発になり還元が進んだ事によると解釈される。また,細粒質では還元で多量のFeが生成して,それが土壌粒子に吸着されるため,それまで吸着していたCaが脱着し土壌溶液中Ca濃度がFig.6のように増大したと考えられる。

Fig. 18.

 Typical relationship between the pH and Fe content of water samples taken during the experiment.

最後に,本実験結果と湛水下の水田土壌の特性との対応について考察する。前記のように,湛水下にある水田土壌では土壌中の酸素が消失すると還元化過程が進行し,これに伴い土壌粒子に吸着していた陽イオンが土壌溶液中に交換溶出し19),さらに2価鉄の生成過程で水素イオンが消費され土壌のpHは次第に上昇する20)。このように陽イオン濃度が土壌溶液中で増加することやpHが上昇することは,易還元性酸化鉄濃度が高い土壌でより強く起こることが知られている19,20,28)。本研究におけるpH,ORPの推移,土壌溶液の各種カチオンや,SO42−,NH4+-Nの濃度変化,および3土壌におけるこれらの濃度変化の違いは,上記の湛水下の水田土壌の還元発達に伴う物質変化と定性的ではあるが一致した。以上のことから,本研究の結果は湛水下の水田土壌の特性を再現できたと考えられる。

尚,各条件で複数回の実験を行っていないので再現性の確認は今後の課題である。また,今回得られた土壌の影響は,単に土壌粒径の差によるものではなく,土壌組成や微生物環境の違いの影響も含まれている。今回の実験で,これらを分離評価する事は困難であり,今後の課題である。

5. 結論

肥料としての製鋼スラグの作用を評価するため,湛水期の水田土壌を模擬したカラム装置を開発した。カラム本体は透明塩化ビニル製パイプで,下部に土壌溶液のみを透過するポーラスカップと土壌溶液採取管を接着したものである。カラム内に土壌と間隙水からなる作土層が15 cm厚で表面水層が5 cm厚となるように投入し,21 mL/日で土壌溶液を採取し,同量の空気飽和水をカラム上部から補充した。サンプリングの頻度は2日に1度とし,この操作を約2か月間継続した。土壌は細粒質,中粒質,粗粒質の3種類を用い,除塩処理をしたもの,それに製鋼スラグ系肥料を混合したもの,および,対照の無処理のもの(原土壌)を用いた。約60日間の実験を行った結果,以下の事が明らかになった。

1)時間の経過とともにpHは上昇し,ORPは減少するという水田土壌の特性を再現できた。また,スラグ系肥料の施用有無に依らずpHは粗粒質<中粒質<細粒質の順番で高くなり,スラグ系肥料施用によるpHの増加は,粗粒質が最も顕著で細粒質では大きな差は見られなかった。

2)除塩後も土壌に残存するNaは,その大部分は通水のみによって除去されたが,スラグ系肥料の施用は初期濃度の低下に有効であった。また,Naの初期値は除塩処理を行ったにも関わらず細粒質で高く,濃度変化も単純に低下するのではなく10日以降に増加する傾向を示した。また,60日後の交換性Na濃度は細粒質であっても原土壌と同等にまで低下し,スラグ系肥料を施用した方が,僅かではあるが低かった。

3)Ca,Mg,Fe,Mnとも粗粒質<中粒質<細粒質の順番で高くなった。また,土壌溶液中(溶脱水中)のCa濃度はスラグ系肥料の施用で増加し,除塩土壌で溶脱していた交換性Caもスラグ系肥料の施用により原土壌に近づいた。

謝辞

本研究は,日本鉄鋼協会・産発プロジェクト「製鋼スラグによる東日本大震災で被災した沿岸田園地域の再生」で行われたものであり,多くの助言をいただいたプロジェクトメンバーの方々,また,製鋼スラグ系肥料をご提供いただいたミネックス株式会社殿に対して心から謝意を表します。

文献
 
© 2015 The Iron and Steel Institute of Japan

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