Tetsu-to-Hagane
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Change of Phosphorus-concentrated Phase in Low Basicity Steelmaking Slag
Yu-ichi UchidaNaotaka SasakiYuji Miki
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2016 Volume 102 Issue 12 Pages 691-697

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Synopsis:

Recently, interest in the art of dephosphorization in steelmaking has turned toward relatively lower basicity slag saturated with a [2CaO・SiO2-3CaO・P2O5] solid solution rather than CaO-saturated slag. In this work, laboratory experiments were carried out in order to investigate the change of the phosphorus-concentrated phase in low basicity slag. Phosphorus-containing slag was added onto 10 kg of hot metal, and its basicity was lowered through the desiliconization reaction of the hot metal at 1573 K.

EPMA observation of the slag after the experiment showed different mineral phases corresponding to the slag basicity (mass%CaO) / (mass%SiO2). When basicity was larger than 0.8, the phosphorus-concentrated phase (P-phase) was observed but was different from the solid solution phase in the initial slag. When basicity was lower than 0.8, the P-phase was not observed, and phosphorus was distributed through the slag at a low concentration. These results would reflect decomposition of the P-phase and formation of homogeneous liquid slag.

Based on a thermochemical consideration with the phase diagram of the [CaO-SiO2-FeO] system, the dissolution of the P-phase observed in the present experiment would be due to the slag composition approaching the SiO2 saturated region and a resulting decrease in CaO activity. From the viewpoint of the phase diagram of the [CaO-SiO2-P2O5] system, lowering the slag basicity to CaO・SiO2 saturation would come to coexistence of a higher P-phase such as 5CaO・SiO2・P2O5 or even 3CaO・P2O5, which would lead to an increase in the driving force for phosphorus transfer from slag to metal (so-called rephosphorization) at lower slag basicity.

1. 緒言

溶鉄からのリンの精錬除去において脱リン剤として石灰が使用される。この石灰(CaO)の投入量は,溶鉄中のSiが酸化されて生成するSiO2とのバランスとして,mass%CaO/mass%SiO2として示される塩基度を用いて調整されることが多い。一般に,CaO飽和となるような塩基度の高いスラグの方が熱力学的な脱リン能力は高いが,資源節減やスラグ処理の観点からはできるだけ低い塩基度で操業できることが望ましい。

CaO,SiO2,P2O5を含むスラグ中では,脱リン生成物として2CaO・SiO2-3CaO・P2O5固溶体が生成することが知られている。2CaO・SiO2-3CaO・P2O5固溶体は幅広い固溶範囲を有し1),溶銑~溶鋼温度域で固体としてスラグ中に存在する。この固溶体を含む固液共存脱リンスラグ(マルチフェーズスラグ)については,近年国内において以下に挙げるような研究が精力的に行われている。

・固体CaOと溶融スラグ界面における反応生成相の観察・分析2)

・固体2CaO・SiO2と溶融スラグ界面における反応生成相の観察・分析3)

・固体2CaO・SiO2と5CaO・SiO2・P2O5飽和溶融スラグ界面における反応生成相の観察・分析4)

・固体5CaO・SiO2・P2O5のCaO-SiO2-FeOx系スラグへの溶解挙動5)

・CaO-SiO2-FeO-P2O5系スラグの低酸素分圧での相平衡6)

・CaO濃度が高い組成範囲におけるCaO-SiO2-P2O5三元系の相平衡7)

・溶融スラグと2CaO・SiO2-3CaO・P2O5固溶体間のリン酸分配8,9,10)

・P含有スラグの凝固時のリン分布11)

・CaO濃度が高い組成範囲におけるCaO-SiO2-FexO-P2O5系スラグのFexO活量12)

・2CaO・SiO2-3CaO・P2O5固溶体中のP2O5活量係数の算出13)

・CaO-SiO2-P2O5三元系の三相共存領域におけるP2O5活量の測定14)

スラグの塩基度が低下すると,定性的にはリン濃化相である2CaO・SiO2-3CaO・P2O5固溶体がスラグ中に安定的に存在できなくなり,リンを放出しやすくなるとされる。スラグから溶鉄にリンが放出されるのは,一般に復リンと呼ばれる現象であるが,脱リン精錬の効率に大きな影響を及ぼす15,16)。しかしながら,低塩基度組成域でのリン濃化相の存在限界等についての知見は乏しい。

また,脱リン精錬や脱炭精錬の実操業では,吹錬初期に,精錬容器の炉壁に付着するなど不可避的に炉内に残留した前チャージのリン含有スラグと,溶銑中の珪素が優先酸化されて生成する塩基度の低いスラグとの接触,混合が起こる。このような低塩基度スラグ中でのリン濃化相の挙動を知ることも,吹錬初期の脱リン挙動を制御する上で重要である。

そこで今回,リン濃化相を含むスラグの塩基度を低塩基度側に変化させたときのリン濃化相の挙動や安定存在限界を明らかにすることを目的に,小型溶解炉中でリン含有スラグと低塩基度スラグを接触させ,リン濃化相の変化を調査したので報告する。

2. 実験

脱珪中のスラグ鉱物相の変化を調査するため,ラボ溶解炉でリン含有スラグを用いた脱珪実験を行い,スラグ鉱物相の変化を調査した。Fig.1にラボ実験の概要を示し,主な実験条件をTable 1に示す。高周波誘導溶解炉を用いて黒鉛ルツボ中でSiとPを含有する溶銑10 kgを溶製し,炉上から生石灰と酸化鉄を分割投入し,インペラで撹拌しながら脱リン処理を行った。この脱リン処理で得られたリン含有スラグを冷却後,250 μm以下に粉砕した。その後,高周波誘導溶解炉を用いて黒鉛ルツボ中でSiとPを含有する別の溶銑10 kgを溶製し,1573 Kに調整した。炉上からリン含有スラグ約50 gと酸化鉄を一括投入し,スラグが溶銑浴面上で固化しない程度の弱い撹拌をインペラで加え,溶銑中珪素と酸化鉄を反応させて脱珪処理を行った。この脱珪処理において,初期スラグの組成,溶銑中珪素濃度,添加した酸化鉄の量などによって実験後のスラグの塩基度を調整した。本実験条件では,4~6分の反応時間でスラグの塩基度は1以下に低下した。所定時間後に溶銑上のスラグを鉄棒で採取した。

Fig. 1.

 Schematic illustration of laboratory experiment.

Table 1. Experimental conditions.
CrucibleGraphite
Inner diameter 140 mm × height 200 mm
Stirring deviceImpeller, 4 blades
Width 50 mm × height 30 mm
Stirring conditionsImmersion depth* 60 mm
Rotation rate 600 rpm
Immersion depth* 60 mm
Rotation rate 100 rpm
Metal10 kg (bath depth 100 mm)
Temperature1573-1673 K1573 ± 25 K
Initial composition[Si]=0.05-0.15 mass%
[P]=0.09-0.11 mass%
[Si]=0.05-0.15 mass%
[P]=0.09-0.11 mass%
Flux compositionCaO (reagent grade)
Iron oxide (reagent grade)
Dephosphorization slag
Iron oxide (reagent grade)
Flux feedSeparately additionAddition at beginning

*) Distance between hot metal surface and bottom of impeller

脱珪実験の初期スラグおよび実験後スラグをEPMA測定に供し,スラグ中のリン分布の観察(マッピング)とリン濃縮相の組成の点分析を行った。得られた結果から,状態図情報を参考にリン濃化相の変化について考察した。

3. 結果と考察

3・1 スラグ組成の変化

Fig.2に,脱珪実験の初期スラグおよび実験後スラグ中のCaO,SiO2,FeOの質量濃度の合計を100%に換算して,バルク組成を[CaO-SiO2-FeO]3元系状態図上に示す。図中には1573 Kにおける等温断面を太線で示す。初期スラグは,概ね塩基度(mass%CaO/mass%SiO2)が1.6~1.7,FeO濃度が11~23 mass%程度の範囲であり,2CaO・SiO2飽和領域の組成を有していた。

Fig. 2.

 Composition of slag before and after desiliconization. (projected on isothermal section of phase diagram of [CaO-SiO2-FeO] ternary system at 1573 K)

Fig.3に,脱珪実験の初期スラグおよび実験後スラグ中のCaO,SiO2,P2O5の質量濃度の合計を100%に換算して,バルク組成を[CaO-SiO2-P2O5]3元系状態図上に示す。本図ではスラグ中リン濃度のマクロな変化を見ることができる。図中には,初期スラグの平均組成とSiO2頂点を結んだ線を実線で示す。この実線は,初期スラグにSiO2が混入して他の成分が単純希釈された場合の組成変化に対応するが,脱珪後スラグの組成は,実線より低P2O5濃度側に位置していることが分かる。特に,塩基度0.8程度を境に,スラグ組成と実線との差が大きくなっていることが分かる。すなわち,塩基度0.8以下では復リンが促進される条件であることが示唆される。

Fig. 3.

 Composition of slag before and after desiliconization. (projected on phase diagram of [CaO-SiO2-P2O5] ternary system)

3・2 スラグのEPMA観察

実験で使用したリン含有スラグをEPMA測定に供した。Fig.4~6に,初期スラグおよび実験後スラグのマッピング像の一例を示す。実験後のスラグ中の高P含有相の定量分析値およびバルク組成値から求めた塩基度をTable 2に示した。

Table 2. Elemental compositions of phosphorus-concentrated phase in slag after desiliconization experiment.
Slag No.CaFeSiPB*
120.7188.76917.3271.0160.81
222.4707.09916.2842.8310.88
322.4837.71115.3073.3820.87
426.5127.81211.3985.8100.87
522.4537.91716.4092.2770.89
623.4088.35215.3962.6050.97
721.8214.49823.5430.0860.59
819.4653.82620.5830.3070.63
914.89018.29319.6450.5490.74
1025.6046.02417.1651.5720.87
1139.7411.5886.21113.0960.82
1239.9801.3306.12812.9871.18

*B; (mass%CaO) / (mass%SiO2) of bulk slag

Fig.4は初期スラグのEPMA像である。初期スラグにはリンの濃化相が存在することが分かる。リン濃化相の点分析結果から,この相は2CaO・SiO2-3CaO・P2O5固溶体組成に近く,その組成比は73:27であった。リン濃化相中のリン濃度は5.5 mass%であった。固溶体を取り巻くマトリクス相は液相と考えられ,P濃度は約1 mass%と低く,T.Fe+Mn濃度は約20 mass%と高位であった。

Fig. 4.

 Typical EPMA images of slag before desiliconization.

Fig.5は実験後スラグのEPMA像であるが,リン濃度の高い相と低い相が認められた。このスラグのバルク組成の塩基度は0.89である。角ばった形状の相はリン濃度が0.2 mass%程度と低く,CaO・SiO2相当の組成であることが確認された。この相を取り囲むマトリクス部のリン濃度は2 mass%程度であった。高リン相中のリン濃度は,バルク組成値のリン濃度1.4 mass%より高位であった。

Fig. 5.

 EPMA images of slag after desiliconization. ((mass%CaO) / (mass%SiO2)=0.89)

Fig.6は,Fig.4と同じ初期スラグを使用して脱珪実験を行ったスラグの元素マッピング像である。このスラグのバルク組成の塩基度は0.63である。各元素のマッピング像から,特定の元素が顕著に濃化した相は見られず,均一液相スラグに近い状態であったことが伺われる。リンが濃化しているように見える相も,リン濃度は0.2 mass%程度であった。点分析の値は,バルク組成分析値とほぼ同等であった。すなわち,この条件では 初期スラグ中のリン濃化相は全て溶解したと考えられる。

Fig. 6.

 EPMA images of slag after desiliconization. ((mass%CaO) / (mass%SiO2)=0.63)

3・3 リン濃化相の組成変化

Fig.7に,実験に供した全ての初期スラグおよび実験後スラグにおける,EPMA観察で得られたPを高濃度で含有する鉱物相(以下,リン濃化相と称する)の組成を,各相中のCaO,SiO2,P2O5の質量濃度の合計を100%に換算して,[CaO-SiO2-P2O5]3元系状態図上に示す。リン濃化相が見られなかったスラグについては均一液相中のリン濃度で示している。実験後スラグで見られたリン濃化相について,比較的低塩基度でP2O5含有量が初期スラグのそれより低位な相と,塩基度が高くP2O5含有量が初期スラグのそれより高い相が観察された。低塩基度側の相では,塩基度の低いほどP2O5含有量が低位であった。

Fig. 7.

 Composition of phosphorus-concentrated phase before and after desiliconization experiment. (projected on phase diagram of [CaO-SiO2-P2O5] ternary system)

この3元系には,2CaO・SiO2-3CaO・P2O5固溶体が存在することが知られている1)。初期スラグのリン濃化相は,若干のズレはあるが,概ねこの2CaO・SiO2-3CaO・P2O5固溶体組成を有していると考えられる。なお量論組成との差違は,相中に数mass%オーダーで含まれるFe,Mn,Mgなどの影響と考えられる。

実験後スラグのリン濃化相のうち,初期スラグのリン濃化相よりも低塩基度かつ低P2O5濃度であった試料について考察する。この3元系の低塩基度側では,脱リン温度域では固体CaO・SiO2と2CaO・SiO2-3CaO・P2O5固溶体および固体3CaO・P2O5が共存することが報告されている17,18)

実験後スラグのリン濃化相のうち,P2O5濃度が5-10 mass%の試料については,組成のずれはあるものの固体CaO・SiO2と固体3CaO・P2O5を結んだ線の近傍に位置しているように見られる。これらのスラグのEPMA観察においては,Pをほとんど含まない固体CaO・SiO2と,相対的にP濃度が高く塩基度が1より低いマトリクス相が観察された。すなわち,これらのスラグに関してPを高濃度で含有する鉱物相の組成としてFig.7にプロットしたものは,固体CaO・SiO2を取り巻くマトリクス相のそれである。

以上を勘案すると,これらのスラグについては,初期スラグ中の2CaO・SiO2-3CaO・P2O5固溶体が,脱珪反応に伴う低塩基度化により固体CaO・SiO2と固体3CaO・P2O5に分解したことが示唆される。本研究の脱珪実験の実験時間で得られたスラグのEPMA観察では,3CaO・P2O5は点分析が可能なサイズの相としては観察されなかったが,鉱物相として成長する前に溶銑と反応してリン酸が還元された可能性が考えられる。

Fig.8に,[CaO-SiO2-P2O5]3元系状態図の1573 Kにおける等温断面を示す18)。固体CaO・SiO2と共存する3CaO・P2O5中のP2O5の活量についての知見は乏しいため,これまでに報告されているCaO-SiO2-P2O5系のP含有化合物中のP2O5活量を用いて今回の現象を考察する。Hasegawaらは,2CaO・SiO2と3CaO・P2O5を結ぶ固溶体組成線上での,高CaO化合物と共存する場合のP2O5活量の変化を1573 Kにおいて実測値と計算値により示している19)。一例として,CaOおよび3CaO・SiO2と共存するmass%P2O5=9.0の2CaO・SiO2-3CaO・P2O5固溶体のP2O5活量は,常用対数で−26.3と報告されている。固溶体のP2O5活量は3CaO・P2O5含有量の増加とともに増大し,2CaO・SiO2と3CaO・P2O5の1:1化合物である5CaO・P2O5・SiO2相当の組成では常用対数で−25.2と計算されている。一方,固溶体の端成分であるα-3CaO・P2O5のP2O5活量は4CaO・P2O5との共存下で求めることができ,この場合は1573 Kにおいて常用対数で−23.7となる20)。これらの比較において,3CaO・P2O5のP2O5活量は,本実験の初期スラグ中のmass%P=10−17(CaO-SiO2-P2O53元系換算)のP濃化相よりも2桁程度高位と見積もられる。本実験は低CaO化合物(CaO・SiO2)の共存条件であるが,析出した3CaO・P2O5相が本実験のように溶銑と接触すると,溶銑中の炭素と容易に反応してリン酸が還元されるものと考えられる。

Fig. 8.

 Isothermal section of phase diagram of [CaO-SiO2-P2O5] ternary system at 1573 K.

実験後スラグのリン濃化相のうち,初期スラグのリン濃化相よりも高塩基度かつ高P2O5濃度であった試料については,2CaO・SiO2-3CaO・P2O5固溶体のうちの化学量論化合物である5CaO・P2O5・SiO2に近い組成であることが認められた。この相も2CaO・SiO2-3CaO・P2O5固溶体の分解に起因して生じたと考えることができる。5CaO・P2O5・SiO2中のP2O5の活量は,前述と同様に高CaO化合物との共存下での値を引用すれば1573 Kにおいて常用対数で−25.2と報告されており,前掲の3CaO・P2O5のP2O5の活量の常用対数−23.7よりは小さい。このため,溶銑中の炭素との反応は相対的に緩やかと推定され,高P濃化相としてスラグ中に観察されたと考えられる。

Fig.9に,スラグのバルク塩基度とリン濃化相中のP2O5濃度の関係を示す。初期スラグにおいては,スラグ塩基度とリン濃化相中リン濃度に顕著な相関は認められない。実験後スラグについては,塩基度0.8以下ではリン濃化相が表れないが,塩基度が0.8を超えるとリン濃化相が出現し,同程度の塩基度でもリン濃化相中のリン濃度は大きく異なる。これは上述のように,脱珪に伴い2CaO・SiO2-3CaO・P2O5固溶体が固体CaO・SiO2と固体5CaO・P2O5・SiO2や固体3CaO・P2O5に分解していく過程に起因すると考えられる。[2CaO・SiO2-3CaO・P2O5]固溶体の脱珪に伴う分解機構,特に固体3CaO・P2O5が固体CaO・SiO2中もしくは周縁のマトリクス相にどのように移行するか等については今後の研究課題である。

Fig. 9.

 Relationship between (mass%P2O5) in phosphorus-concentrated phase in slag and slag basicity.

3・4 復リン臨界塩基度に関する考察

リン含有スラグを溶銑脱珪に供した実験におけるスラグ組成およびEPMA観察の結果から,脱珪後スラグの塩基度が0.8程度を境に,スラグ中のリン濃度が低下する傾向が伺われた。このような塩基度の影響についての考察を以下に試みる。

Fig.10に,[CaO-SiO2-FeO]3元系状態図の1573 Kにおける等温断面を示す。本節では以下の表記を用いる;3CaO・SiO2=3CS,2CaO・SiO2=2CS,3CaO・2SiO2=3C2S,CaO・SiO2=CS。

Fig. 10.

 Isothermal section of phase diagram of [CaO-SiO2-FeO] ternary system at 1573 K.

本実験の初期スラグの組成は,2CS飽和組成域から脱珪により低塩基度側に移行し,CS飽和域に達する。CS飽和域よりさらに低塩基度側はSiO2飽和域になるが,SiO2飽和域では極端にスラグからのリン放出の駆動力が大きくなることが予想される。すなわち,この領域にバルク組成の存在するような条件では,スラグ中のCa濃化相(およびリン濃化相)の溶解が促進されると考えられる。

CS飽和域とSiO2飽和域の境界組成は,スラグFeO濃度により異なる。Fig.10に示すように,FeO濃度の低いほど境界組成は高塩基度側となる。ここでの3元系スラグと実操業で生成する多成分系スラグとではSiO2飽和線は異なると考えられるが,実操業においても,このような状態図情報に基づき,塩基度の低下する場合のリン濃化相の溶解を抑制する条件を考えることは重要といえる。

Fig.11には,文献に報告されている[CaO-SiO2-FeO]系スラグのリン分配を示す21)。本図に示したリン分配の値は,文献21に示された[CaO-SiO2-FeO]系状態図上の等リン分配線から,CS飽和域の液相線上のリン分配を読み取り,塩基度に対してプロットしたものである。文献中の図から読み取れるリン分配値のみでの評価となるが,塩基度が0.9より低い領域ではリン分配の低下が顕著になることが示唆される。この傾向は,これまでの結果で塩基度0.8近傍を境にスラグ中リンの分布状況が異なることと定性的に一致する。

Fig. 11.

 Relationship between phosphorus distribution ratio and slag basicity. (after Im et al.)

Fig.12は,[CaO-SiO2-FeO]系スラグの1573 K等温断面図において,FeO=10 mass%における組成線上に現れる[CaO-SiO2]化合物について,CaO活量を示したものである。図中で活量が一定になっている区間は,[CaO-SiO2-FeO]3元系の三相共存領域に対応している。これらの領域では2つの[CaO-SiO2]化合物と液相スラグが共存するため,熱力学的自由度は1であり,温度が一定なら成分の活量は一定となる。CaO活量はBarinのデータ22)から算出した。

Fig. 12.

 Dependence of CaO activity on CaO content in [CaO-SiO2] binary system at 1573 K.

図から,CaO濃度の低下するほど,CaO活量が低下することが分かる。CaO濃度が50 mass%以下になり,2CSと3C2Sの飽和域より低CaO組成の3C2SとCSの飽和域になると,CaO活量が急激に低下することが分かる。CaO活量の低下は熱力学的にはスラグ中のP2O5活量の上昇を招き,復リン側への駆動力が大きくなると考えられる。上記に示したように,塩基度が0.8より低い組成ではスラグ中リンの分布状況やリン分配に大きな変化が現れることは,このようなCaO活量の変化と定性的に対応しているといえる。

Fig.8に示した [CaO-SiO2-P2O5]3元系状態図の1573 Kにおける等温断面上に,本系におけるスラグ組成の変化に伴う相平衡の変化を理解するために,P2O5濃度が一定の線を描いている。この線に沿って,高塩基度から低塩基度に向けてスラグ組成が変化する場合を考える。CaO飽和領域から2CaO・SiO2-3CaO・P2O5固溶体を跨いでCaO・SiO2飽和領域に至るまでは,P2O5濃度が7 mass%以下の2CaO・SiO2-3CaO・P2O5固溶体が共存相として共通に現われ,他にバルク塩基度に応じて3CaO・SiO2,3CaO・2SiO2が出現する。さらに塩基度が低下してCaO・SiO2が飽和する組成になると,P2O5濃度の高い2CaO・SiO2-3CaO・P2O5固溶体と共存するようになる。狭い組成範囲ではあるが7CaO・P2O5・2SiO2と共存する領域を経て,3CaO・P2O5と共存する領域に至るようになる。

例えば本図において,本実験の脱珪後スラグの一例としてmass% P2O5=3([CaO-SiO2-P2O5]3成分系換算)の組成を考えた場合,塩基度が1.2以下程度になると,塩基度の低下に伴い,よりP2O5濃度の高い相と平衡するようになる。本実験では,このうち5CaO・P2O5・SiO2と共存する状態の試料を観察できたものと考えられる。塩基度がさらに低くなると,前述のようにCaO・SiO2と3CaO・P2O5が共存し得る。CaO・SiO2と3CaO・P2O5を結ぶ線より低塩基度側の状態図についての情報は少ないが,SiO2と3CaO・P2O5の擬2元系が共晶系で,1828 K以下で両者が共存するという文献が報告されている23)。このようなP2O5濃度が高い相が炭素含有溶鉄と接すると,スラグ中のP2O5が溶銑中炭素により容易に還元され,速やかに復リンが生じると考えられる。

4. 結言

−1300°Cの溶銑10 kgにリン含有スラグを投入して塩基度を低下させる実験を行い,リン濃化相の変化を調査した。

−初期スラグおよび実験後スラグをEPMA測定に供し,スラグ中のリン分布観察(マッピング)とリン濃化相の組成のスポット分析を行い,以下の結果を得た。

CaO/SiO2>0.8;

固体CaO・SiO2が観察されたスラグでは,マトリクス相の方が相対的にP濃度の高かった。固体CaO・SiO2が観察されないスラグでは,初期スラグよりもP濃度の高い2CaO・SiO2-3CaO・P2O5固溶体がリン濃化相として観察された。

CaO/SiO2<0.8;

スラグ中にリン濃化相は見られず,リンは低濃度で均一分布していた。初期スラグ中のリン濃化相は全て溶解し,均一液相スラグになったと考えられる。

−スラグ塩基度の低下によりリン濃化相が不安定になる原因として,熱力学的には[CaO-SiO2]系でスラグ組成がSiO2飽和域に近付き,CaO活量が大きく低下すること,それに伴い復Pの駆動力が大きくなりP分配比が大きく低下することにより,スラグ中のリン濃化相の分解が促進されることが挙げられる。

−[CaO-SiO2-P2O5]3元系状態図に基づき,スラグ塩基度がCaO・SiO2飽和組成まで低下すると,共存するリン含有化合物のP2O5濃度が高くなることも,復リンの駆動力を増大する可能性として示唆された。

文献
 
© 2016 The Iron and Steel Institute of Japan

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