Tetsu-to-Hagane
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Effect of Ultrasound on Concentration Boundary Layer Formed by Anodic Reaction
Yuki YamakadoTakashi YamadaKazuhiko Iwai
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2016 Volume 102 Issue 3 Pages 127-133

Details
Synopsis:

Mass transfer is sometimes rate-determining step in a high temperature process. For enhancement of production efficiency, concentration boundary layer formed in the vicinity of interface between two phases should be controlled in these processes. Ultrasound is one of the candidates for this purpose because it can excite acoustic streaming, micro-jet and accompanying flow in a high temperature liquid from its outside. Thus a lot of researches on the effect of the ultrasound on the mass transfer have been done. However, researches on dynamic behavior of concentration boundary layer under the irradiation of the ultrasound have not yet been done until now. In this study, effect of the ultrasound irradiation on the boundary layer formed in an aqueous solution by anodic reaction of a copper electrode has been investigated. Because concentration of bivalent copper ions is related to brightness of the solution by Lambert-Beer law, the concentration boundary layer was evaluated using recorded data of a high speed camera. A constant voltage was imposed on the solution for excitation of the anodic reaction. The observed boundary layer thickness was roughly agreed with the theoretically calculated boundary layer thickness using Kármán-Pohlhausen methods when the ultrasound was not irradiated. As soon as the ultrasound was irradiated, brightness increased within 0.05 seconds in the region away from the anodic electrode more than 20 μm. This was caused by the micro-jet and/or flow excited by it. On the contrary, the current gradually increased and its relaxation time was 0.5seconds.

1. 緒言

金属精錬に於けるスラグ−メタル間界面や合金の凝固に於ける固液界面など,界面が存在するプロセスではその近傍に濃度境界層がしばしば形成される。反応速度は高温になるほど速くなるため,反応律速ではなく物質移動律速となることが多い。例えば,溶鋼のスラグによる脱硫反応のような高温環境下において,反応種の反応界面への物質移動が律速段階であることが知られている1,2)。従って,スラグ−メタル間界面反応の高速化には濃度境界層厚みの低減が有効である。そこで,従来はガス吹込み3,4),電磁攪拌5)などにより異相界面近傍の流速を増加させる方法が採られてきた。しかしながら,これらの方法は異相界面近傍のみならず,バルクにおいても溶鋼の流動を増加させるので,耐火物の溶損助長などの負の側面も増加させる。一方,合金の固相内に於ける溶質濃度分布は凝固時の濃度境界層厚みに依存する6)ので,濃度境界層厚み制御は濃度分布の制御に繋がる。しかしながら,スラグ−メタル間界面や固液界面などは高温環境下にあり,かつ周囲を耐火物や鉄皮などに取り囲まれているので,制御したい箇所のみへ直接外力を及ぼすことは困難である。

超音波は指向性を有する7)ため,外力を所望の位置へ直接伝達可能である。また,局所的かつ瞬間的に発生する超高温高圧場8)が化学反応に大きな影響を与えるので,有機合成,無機合成などの分野では様々な研究が行われてきている9,10)。音響流と呼ばれる対流の誘起も可能9)であり,凝固組織の微細化などが試みられている。加えて,圧力変動により発生した気泡が崩壊する時にマイクロジェットと呼ばれる微小スケールの高速噴流が発生する11)。このマイクロジェットは固体壁方向へ向かう可能性がある12)ので,固液界面近傍に形成された濃度境界層に何らかの影響を与えるものと考えられる。

超音波に関する従来研究は,音響キャビテーション挙動13)や気泡の観察14),或いは凝固過程に超音波を印加した金属試料の組織観察15)など幅広く行われているものの,超音波印加されている固液反応界面近傍の液体挙動や濃度境界層の厚み変化,および反応速度の経時変化などに関する研究報告は見あたらない。

そこで本研究では,水溶液の電極反応で形成される濃度境界層を直接観察することで,濃度境界層に及ぼす超音波印加の影響について調査したので報告する。

2. 実験装置と実験方法

Fig.1に実験装置の概略図を示す。1 Pa以下の減圧雰囲気下で数十分減圧脱気した蒸留水でpH=2.1の0.2 mol/L CuSO4+0.1 mol/L H2SO4水溶液を作製した。流動を観察するためのトレーサー粒子(ポリスチレン製,∅153 μm)を作製した水溶液に添加し,再度同条件で減圧脱気した水溶液を,内寸で底面が25 mm×12 mmの矩形アクリル製セルに注ぎ,液深を26 mmとした。幅10 mmの一対の銅板の下端から15 mm~20 mmの範囲がアノード,あるいはカソードとなるよう,それ以外の部分に対して電気的絶縁被覆を施した後に,容器の両側面に挿入することで水溶液内を水平方向に通電できるようにした。一方,周波数28 kHzの超音波を印加するために,超音波振動子に接続された直径10 mmの振動子ホーンの下端が,アノード電極から水平方向に約0.4 mm離れた領域で水溶液液面に接するように配置した。その状態で,最初は1.0 Vの直流電圧のみを一対の銅電極を通して溶液に印加,通電した。一定時間経過後に超音波印加を開始し,約4秒の間,直流電圧と超音波を重畳印加し続けた。通電中は,オシロスコープを用いて水溶液へ通電された電流値の経時変化の計測と,高速度カメラを用いてのセル内全体およびアノード電極反応面近傍での流動状況の記録を行った。また,記録した画像より,アノード電極反応面の高さ方向中央において,アノード電極反応面から垂直にバルク沖合方向へ,サイズが20 μm×20 μmである1 pixelごとに明度の経時変化を求めた。なお,明度は暗から明に向かって数値が増加する256階調で計測した。本論文では明度を,Cu2+を含まない0.1 mol/L H2SO4水溶液で計測した明度である150段で無次元化した値で示してある。例えば,初期濃度0.2 mol/L CuSO4+0.1 mol/L H2SO4水溶液のバルクにおける明度は90段に相当するので,明度は90/150=0.6となる。この値が0に近づくほど溶液の色が濃化したことを示す。

Fig. 1.

 Schematic View of Experimental Apparatus.

3. 超音波印加のみで誘起される現象の観察

予備実験として,通電せずに超音波印加のみで誘起される現象を観察した。

超音波への印加電圧を400 Vp-pとしたところ,音響キャビテーションが発生している様子が目視で観察できた。その際のセル内の流動の様子をFig.2に示す。振動子ホーンの下端からアノードに沿って下方へ向かい,底部を通過した後にカソードに沿って上昇する,セル内全体にわたる循環流が形成された。循環流により移動するトレーサー粒子は40~80 mm/s程度であった。

Fig. 2.

 Flow Pattern by Irradiation of Ultrasound.

また,循環流として移動するトレーサー粒子より明確に高速に運動するトレーサー粒子が同時に観察され,その速度は粒子ごとにばらつきがあり最大500~600 mm/s程度であることが高速度カメラの観察結果から分かった。キャビテーションが発生している事から,この高速で運動するトレーサー粒子はマイクロジェットによって吹き飛ばされていると推測された。なお,マイクロジェットそのものは今回のカメラでは撮影できなかった。また水溶液の液深は水中での半波長である26 mmであったが,定在波は確認できなかった。

次に,幅10 mmの市販アルミ箔をアノード電極反応面と平行かつ鉛直となるように水溶液内に挿入して,印加電圧400 Vp-pの条件で超音波を数十秒印加した。超音波印加後のアルミ箔の写真をFig.3に示す。液面から下方へ約1 mmの位置に直径数mmの大きな孔が開き,その下部に圧痕が多数観察された。確認された圧痕のうち最下端は液面から11 mmの位置であった。なお,アルミ箔の左下部に見られる明暗は,湾曲により生じた陰影であり孔や圧痕ではない。孔,圧痕の発生原因は超音波印加により生じたマイクロジェットがアルミ箔に向かい吹き付け,アルミ箔を浸食したためであると考えられる16)。従って本実験条件におけるマイクロジェットは少なくとも電極面に向かう方向には吹き付けることが分かった。なお,電圧を200 Vp-pとすると,アルミ箔には孔,圧痕のどちらも観察されなかった。そこで,これ以降の実験では,超音波の印加電圧を400 Vp-pとした。

Fig. 3.

 Appearance of Aluminum Foil Surface after Ultrasound Treatment.

4.直流定電圧および超音波印加により濃度境界層の変化

4・1 直流定電圧のみの印加

4・1・1 電流値とアノード電極近傍における液相明度の経時変化

水溶液にFig.1に示す電極を通して直流定電圧(1.0 V)のみを印加,通電した。

その際オシロスコープで計測した電流値の経時変化をFig.4に示す。本実験では16.243 sにおいて超音波を印加したので本節で対象となるのは0 sから16.24 sまでの範囲である。直流電圧印加開始(0 s)時に電流値は0.028 Aを記録したが,16.24 sには0.024 Aまで減少した。

Fig. 4.

 Time Variation of Current.

また,直流電圧印加によってアノード電極近傍に形成された低明度の液相領域の様子をその模式図,および形成前の様子とあわせてFig.5に示す。この図では縦横比を1:3として,電極近傍を見やすくした。Fig.5(a)は観察領域の模式図である。右側の黒い領域は上下を絶縁材で被覆されたアノード電極であり,左側がトレーサー粒子を含む水溶液である。直流電圧を印加開始する前の写真Fig.5(b)において,電極の上部と下部から水溶液側へ突起がみえるが,これは絶縁被覆材である。電極と水溶液とは明度に差があり,境界は明瞭である。直流電圧の印加開始から時間が経過するにつれて,明度が低い液相領域が電極表面の全面からバルク方向に向かってせり出すように徐々に発達する様子が確認された。直流電圧印加から超音波印加を開始する直前である16.240 s後の様子をFig.5(c)に示す。明度の低い液相領域は,電極上部は薄く下部は厚い形状でアノード電極近傍に形成されていることが見て取れる。なお,これらの図中で,アノード電極の高さ方向中央領域付近に「Measured Position」と記されているのは,次に示す,明度の経時変化を計測した領域である。具体的には,アノード電極の高さ方向中央の電極表面を原点として,水平方向に水溶液のバルク方向へ,20 μmから140 μmまでの領域について,明度の経時変化を求めた。その結果をFig.6に示す。縦軸は2章で述べた無次元化した明度を示す。電極に近いほど,明度の減少速度は速い。電極表面近傍の40 μmの領域では明度が0.1に低下するまでに必要な時間は約5 sであるのに対して80 μmの領域では約11 s,さらに電極表面から離れた120 μmの領域の明度は電圧印加開始から10 s経過しても明度は0.45程度までしか低下していない。電極表面から140 μmの領域の明度はあまり変化がない。なお,15 s程度でみられる乱れはトレーサー粒子の通過によるものである。

Fig. 5.

 Formation of Dark Layer in the Vicinity of Anode and Its Schematic View.

Fig. 6.

 Brightness in the Vicinity of Anode without Ultrasound.

本実験条件における化学反応であるが,アノードでは電極材料である金属CuがCu2+となり水溶液中に溶解する反応,カソードではCu2+が金属Cuとして電極に析出する反応がそれぞれ,起きていると考えられ,それらは次式で示される。   

Cu 2 + + 2 e Cu (1)
  
Cu Cu 2 + + 2 e (2)

今回の実験で呈色するイオンはCu2+のみであり,それを含まないときの明度は前述の通り1である。

一方,CuSO4水溶液の濃度を種々変化させて明度の計測を行い,その結果にLambert-Beerの法則17)を適用して飽和濃度における明度を求めたところ,約0.3となった。従って,Cu2+濃度による呈色具合を明度という形で表すことが出来る領域は明度が0.3~1の時であり,それ以下の明度を示す領域では,Cu2+の増加による明度の減少では無く,以下に記すアノードにおける不均化反応による金属Cuの析出18)により明度が低下したものと考えられる。

アノード反応として一般的にCu2+を生ずる反応が進行するが,条件によって,例えば,印加電圧が高い,Cu2+が多量に存在している場合などには,Cu+が生成するといわれている。すなわち,   

Cu Cu + + e (3)

の反応が上述のアノード反応と並行して進み,微量のCu+が生成する。Cu+は不安定であり,中間生成物として存在するのみで,引き続き,下記の不均化反応が進むとされている。   

Cu + 1 2 Cu + 1 2 Cu 2 + (4)

この反応によって生じたCuの微粒子が光を散乱させて明度に影響を与えた可能性がある。

いずれにせよ,Figs.5,6で観察された明度の低い液相領域は,アノードの電極反応に伴いCu2+あるいはCuの微粒子の濃度が増加した濃化液相領域であり,ここでは濃度境界層と呼び,その厚みは120 μm程度と見積もられる。

4・1・2 濃度境界層厚みの計測値と理論値との比較

アノード電極近傍で形成された濃度境界層はCu2+あるいはCuの微粒子が濃化した領域であるため密度がバルクに較べて高いと推定され,かつ上部が薄く下部が厚くなっている様子が観察された。すなわち,濃度の不均一分布による密度差を起因とする自然対流が発生していた可能性があるので,計測された濃度境界層厚みと理論的に求まる境界層厚みとの比較を行った。具体的には,本実験系の鉛直におかれたアノード近傍では銅電極の溶解によりCu2+濃度が局所的に増加して密度に変化が生じ,対流を誘起した可能性がある。そこで,ここではKármán-Pohlhausenの方法19)により得られた解に,今回の実験条件の数値を代入して,濃度境界層厚みδを算出した。この方法は物質移動が律速段階となる定常状態を仮定して,Navier-Stokesの式,質量保存則,化学種の保存則を解き,電極近傍の濃度境界層厚みを求めるものである。濃度境界層厚みδは次式で与えられる。   

δ = { k x 24 ( c * + c 0 ) } 1 4

ここで,右辺のc0およびkは以下の式で与えられる。そこで現れるαCu2+αH+はそれぞれCu2+濃度およびH+濃度増加による密度ρの変化を,εH+はH+の輸率であるtH+に関する項であり,uは各化学種の移動度を表す。   

c 0 = c * { I n F D ( 32 c * l 3 k ) 1 4 }
  
k = 4032 9 α Cu 2 + 18 ε H + 6 + ε H + α H + ν * D g
  
α Cu 2 + = ln ρ c Cu 2 +
  
α H + = 2 l n ρ c H +
  
ε H + = 90 t H + 30 15 t H + + 2
  
t H + = u H 2 SO 4 u CuSO 4 + u H 2 SO 4
  
u = λ n F

算出に際し使用した値は,実験で記録した電流値I=0.028 A,電極長さl=5 mm,実験に使用した溶液中のCuSO4濃度としてc*=0.2 mol/Lを,H2SO4,CuSO4のモル伝導度20)として λ 1 2 H 2 S O 4 =23.43 Sm2/mol, λ 1 2 C u S O 4 =4.16 Sm2/mol,Cu2+の拡散係数21)としてD=10−9m2/s,水溶液の動粘度としてν*=10−6m2/s,明度の計測位置にあたるx= 2.5 mm,ファラデー定数F=96500 sA/mol,重力加速度g=9.8 m/s2を用いた。

以上の数値を代入して求めた濃度境界層厚みδは93 μmとなった。一方,Fig.6で示したとおり,明度の変化が顕著にみられたのはアノードから120 μmまでであり,両者はおよそ近い値を示した。定常状態を仮定して得られた理論解析の値と近い値が実験では観察されたので,実験における16秒程度の時間で密度差を起因として自然対流が励起されて定常になり物質移動が律速段階となりつつある状況であったと推定される。

一方,前述の通り,(4)式で示される不均化反応により濃度境界層にCuが生成されていることが考えられるため,Cuが生じた際の自然対流への影響について検討した。しかしながら,(2)式で示されるCuの溶解反応と不均化反応の二つの反応量比は不明である。そこで,これらの二つの反応に寄与した電荷量の合計が,本実験で記録された電流値および電圧印加時間から求めた総電荷量に等しいと仮定して,両者の反応による生成物の合計質量を算出した。ただし,二つの反応量比をパラメータとした。その上で,濃度境界層の見かけ密度を算出し,不均化反応が起こらずにCuの溶解反応のみが起こった際の密度との比を求めた。仮にアノードで起こる反応が不均化反応のみ,つまり電圧印加による流れた電流が全てCu2+とCuの生成に消費されたとしても,Cuの溶解反応のみが起こった場合と比較して溶液内の密度変化割合は1%を下回る結果となった。よって,不均化反応の有無による密度の変化は極めて小さく,自然対流に与える影響は無視できるものと考えられる。

以上のことから,Fig.4の16.24 sまでに見られた電流値の減少は,濃度境界層の形成によってCu2+の溶解析出反応の律速段階が物質移動となったためであると考えられる。

4・2 直流定電圧と超音波の重畳印加

4・2・1 超音波印加による濃度境界層の流体挙動

4・1と同様に,水溶液にFig.1に示す電極を通して直流定電圧(1.0 V)のみを印加し,通電開始から16.243 s経過した後,超音波の重畳印加を開始した。

超音波印加直後,振動子ホーン直下からアノード電極に向かったマイクロジェットが濃度境界層に衝突して,濃化液相を吹き飛ばしている様子が肉眼で確認できた。マイクロジェットによって吹き飛ばされたトレーサー粒子が電極面に衝突し,濃度境界層を吹き飛ばしている様子が記録された画像を時系列に並べた。それらをFig.7に示す。なお撮影時の露光時間1/1000 sに対し約640 mm/sの速度で移動しているので,トレーサー粒子は変形して記録されている。また,Fig.5と同様に,実際に記録した画像を縦横比1:3に引き延ばした画像である。

Fig. 7.

 Dark Liquid Motion in the Vicinity of Anode Caused by Tracer Particle.

Fig.7(a)~(c)の各画像で楕円内の明度の低い箇所が,マイクロジェットを駆動力として矢印の方向へ高速に動いているトレーサー粒子である。Fig.7(a)16.278 sからFig.7(b)16.280 sの間は640 mm/sでアノード電極反応面に向かっていき,その後Fig.7(c)では向きを反転させている様子が確認できる。粒子の衝突からおよそ0.024 s経過したFig.7(d)の画像中の四角で囲まれている領域内にはトレーサー粒子の衝突により吹き飛ばされ,バルクへ流されていく濃化液相が捉えられている。粒子が衝突した付近ばかりではなくその下部においても濃化液相が筋状になってやや下方のバルク側へ向かっていく様子が観察される。仮に粒子が電極に衝突した時刻が16.281 sであり,そのときから濃化液相がバルク側へ運動を開始して,Fig.7(d)16.305 sまでに図中のAの位置からBの位置まで移動したとすれば,流速は約23 mm/sと見積もられる。これはアノード電極反応面に向かって動いていたトレーサー粒子よりもはるかに遅い。超音波印加を開始した時刻の16.243 sから0.035 s経ったFig.7(a)において濃度境界層は明瞭に観察されるものの,0.062 s経ったFig.7(d)では濃度境界層厚みの減少が見て取れる。これらの観察結果から,本実験条件では固液界面に形成される濃度境界層は,超音波印加を開始してから数十ミリ秒のオーダーでその厚みが減少することがわかった。

4・2・2 超音波印加による濃度境界層厚みの経時変化

超音波印加後の電流値と明度の経時変化について検討した。

直流電圧と超音波の重畳印加開始後の,電流値の経時変化をFig.4の16.243 s以降に示す。超音波印加開始直前の超音波印加開始直前(16.24 s)に電流値は0.024 Aを記録したが,超音波印加開始と同時に電流値は3 sほど上昇しつづけ,直流電圧印加開始時の電流値である0.028 Aと同じ値を記録した。この間の電圧は1.0 Vで一定なので,超音波印加は見かけ上,電気的抵抗を減少させた。

また,Fig.8に超音波印加直前から印加後約0.5 sまでのアノード電極反応面近傍の明度と電流値を示す。計測領域はFig.7(a)~(d)に示すとおり,高さ方向に電極の中央の位置である。超音波印加を開始した時刻の16.243 sから0.15 sの間に,アノード電極反応面から40 μm以上離れている領域において,激しい変動を伴いつつ明度は急上昇した。特に80 μm以上離れている領域では,0.05 s以内に明度が急上昇している。これはFig.7で示したとおり,超音波印加によって濃度境界層厚みが低減されたことを示す。所々でみられる激しい明度変動はトレーサー粒子が一時的に計測領域を通過したために観測された変動である。

Fig. 8.

 Change in Brightness and Current just after Irradiation of Ultrasound.

一方,アノード電極反応面から20 μmの領域では,超音波印加開始から0.5 sかけて明度が上昇し,その後ほぼ一定値となった。また電流は超音波印加を開始後すぐに増加するわけではなく,やや遅れて増加しており,20 μmの領域で明度がほぼ一定となった時刻とおよそ同時刻で,ほぼ一定となっている。ここで示した明度の経時変化はアノード近傍全ての平均ではなく,ある狭い領域に着目したものであるので,電流と明度とは直接対応しないものの,20 μmの領域で明度がほぼ一定となるのに要した時間は,マイクロジェットにより濃化液相が直接排除されたものではなく,超音波印加に伴い生じる音響流やマイクロジェットにより生じる流れ,あるいは拡散によって,濃度境界層厚みが新たな厚みに変化するのに必要な時間を示していると考えられる。

以上よりマイクロジェットが発生している環境下において,濃度境界層を形成していた濃化液相は電極から離れているほど早期になくなるが,その時間は領域80 μmと領域20 μmとで10倍程度は異なり,濃度境界層は薄くなって定常に到達することがわかった。なお領域20 μmで明度が0.35程度で安定するのは,領域20 μmで記録される透過光は40 μm以上の領域よりも電極表面による反射の影響を強く受けるために,記録可能な明度幅が異なるためであると考えられる。

Fig.9に超音波印加を開始する直前から約3 s後までの,アノード電極近傍の明度と電流値を示す。超音波印加後0.5 s以降も電流値はゆっくりと上昇し続け,定常値を示すまでに超音波印加から約3 sを要した。一方,アノード電極で明度が一定となるのに要した時間は超音波印加から約0.5 sだったことから,超音波印加から0.5 s以降の電流値上昇はアノード電極近傍に生成する濃度境界層の厚み変化による影響ではないと考えられる。

Fig. 9.

 Time Variation of Brightness and Current under Irradiation of Ultrasound.

本実験では比較的高濃度の電解質が溶解しているため,バルクでの液抵抗は小さく,電流は流れやすい,すなわちイオンの移動は容易に行われると考えられる。また,上述したようにアノードでの濃度境界層の一部は超音波印加に伴うマイクロジェットによって流されその厚みが極めて薄くなっているので,物質移動はスムーズに行われていると考えられる。一方,カソード電極近傍は超音波によるマイクロジェットの影響が及ばないため,電極近傍のイオンの濃度差に伴う溶液の密度差に起因した自然対流が生じているものの,その流速はさほど大きいとはいえない。したがって自然対流によるカソード近傍でのイオンの移動の促進はあるものの,カソード近傍の濃度境界層でのCu2+の移動が反応速度を律速していると考えられる。そのような状況下で超音波印加を行うとマイクロジェットとは別に音響流が発生し,電解セルを周回するマクロ的な流れを生じさせる(Fig.2)。その流れがカソード側の濃度境界層厚みを低減させ,電極表面へのCu2+の供給を促進し電流値を上昇させる。超音波印加前後の電流値の推移を示すFig.9において,その効果が認められるのに1.5 s程度を要し,その後,流れが発達するに従い電流値は徐々に上昇したと推定される。

また,アノード電極反応面から20 μmの領域では,17 s以降では明度が再度減少しているのが観測された。これは,電流値の上昇に伴い,アノード電極のCu溶解反応が増加し,濃度境界層内部のCu2+が上昇したためと考えられる。

5. 結言

反応が起きている固液界面近傍に形成される濃度境界層に与える超音波印加の効果を解明するために,電気化学的な水溶液系モデルを用いて,濃度境界層の直接観察を行った。得られた知見を以下に示す。

・超音波が誘起する音響キャビテーション現象に付随して生成されたマイクロジェットが発生している環境下において,濃度境界層厚みの減少に要する時間は数十ミリ秒であった。

・超音波印加によって,濃度境界層厚みは薄くなり,新たな定常状態に到達する時間は約0.5秒であった。

謝辞

本研究の一部は日本鉄鋼協会「電磁振動印加時の物理現象解明」研究会に対する助成金によるものである。ここに記して感謝の意を表す。

文献
 
© 2016 The Iron and Steel Institute of Japan

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https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
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