2016 Volume 102 Issue 5 Pages 253-259
To evaluate heterogeneous strain distribution developed by pre-deformations in dual phase (DP) steel accurately, a combinational technique of Electron Backscatter Diffraction (EBSD) and Digital Image Correlation (DIC) methods was newly introduced in this study. A good correlation is established between kernel average misorientation calculated by EBSD and local equivalent strain measured by DIC in ferrite matrix of DP steels regardless of the difference in deformation process, which means that an EBSD orientation map can be easily converted into an applicative strain map by employing the individual correlation formula. This new technique reveals that very high strain region is locally formed within dozens of micrometer from the punched edge in a punched DP steel. On the other hand, hard martensite grains dispersed in DP steel remarkably promote the heterogeneity of strain distribution in ferrite matrix. As a result, the high strain region is also developed in the form of bands in a cold-rolled DP steel by only 60% thickness reduction at least, as if it is affected by the distribution and morphology of martensite grains. In addition, the local strain mapping demonstrates that the equivalent strain of the high strain band in cold-rolled material is comparable to that of the heavily deformed edge in punched one. The very high strain band in ferrite matrix is characterized by ultrafine grained structure, which leads to the possibility for the losing ductility in ferrite matrix and the martensite cracking.
軟質なフェライトと硬質なマルテンサイトの複相組織であるDual Phase(DP)鋼は,自動車用高強度薄鋼板として広く用いられており,更なる高強度化が求められる一方,加工性の改善も強く望まれている1)。打抜き穴広げ加工など複数の加工プロセスが実施される薄鋼板において,その加工性を改善するためには,大変形の予加工(打抜き加工)によって生じる組織と力学特性の変化を把握し,これらがその後の二次加工(穴広げ加工)特性にどのように影響するかを理解しなければならない。前報において,著者らは,電子線後方散乱回折(Electron Backscatter Diffraction;EBSD)法やナノ硬度試験,マイクロ引張試験を用いて,打抜き加工したDP鋼の組織と力学特性の評価をミクロスケールで詳細に行った2)。その結果,EBSD法で取得されるkernel average misorientation(KAM)値がナノ硬度ならびにマイクロ引張試験によって得られる引張強度と対応しており,EBSD-KAMが打抜き加工によって導入されるフェライト母相のダメージ量を表す指標として有益であることを明らかにした。しかしながら,このEBSD-KAMは塑性変形の度合いを結晶方位回転量として間接的に表す値でしかないため,ひずみ量そのものを直接測定する技術が今後必要になるとの課題を残した。もし,このような技術が導入されれば,これを活用して,任意のひずみ量をDP鋼中に広範に付与できる大変形予加工プロセスを検討することができ,打抜き加工によるDP鋼の組織と力学特性の変化を定量的かつ再現性良く評価することが可能になるであろう。
KAMを利用したEBSD法は,試料内部で発達する極微小領域での塑性変形挙動を解析する汎用技術として大変有効であるが3),すでに述べたように,これは隣接する測定点間の微小な結晶方位差を表しているだけで,ひずみ量そのものではない。その一方で,著者らは金属の組織写真にデジタル画像相関(DIC:Digital Image Correlation)法と呼ばれる画像解析技術を応用することで,高い空間分解能と定量性を兼ね備えた直接的なひずみ解析手法となることを報告した4)。しかし,このDIC法では変形前後の組織写真が必要となるため,必然的に,その測定領域が試料表面に限られてしまう。つまり,EBSD法とDIC法は,いずれにも一長一短があり,どちらか単独ではDP鋼内部で発達するひずみを直接測定することは出来ないのである。ところが,EBSD法の“試料内部の加工組織を評価可能”という長所と,DIC法の“ひずみ量を定量的に測定可能”という長所だけを融合することが出来れば,“試料内部のひずみ量を定量的に測定可能”な新たなひずみ解析技術が誕生すると期待される。
そこで,本研究ではDP鋼内部で発達するひずみを定量的に解析することを目的に,EBSD法とDIC法を融合した新たなひずみ解析技術の提案を行う。具体的には,試料の同一領域から取得したEBSD-KAMとDIC法で算出した相当ひずみの相関性を検証した。そして,両者の相関性に基づいた局所ひずみマッピングによって,打抜き加工ならびに打抜き加工の代替となる大変形予加工プロセスとして期待される冷間圧延5)によってDP鋼中に発達するひずみの特徴を比較した。
供試材には,炭素量が異なる二種類の低合金炭素鋼を用いた(Table 1)。これらの供試材を1373 Kで600 s溶体化した後,(フェライト+オーステナイト)二相域である983 Kで1.8 ks等温保持することでフェライト変態を部分的に進行させ,その後の焼入れ処理によってマルテンサイト体積率の異なる二種類の(フェライト+マルテンサイト)DP組織を得た。組織観察は,光学顕微鏡,走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて行った。EBSD法による結晶方位解析は,電界放出形走査電子顕微鏡(FE-SEM:Carl Zeiss社製Ultra55および日本電子社製JSM-7001F)を用いて行い,エメリー紙による湿式研磨とバフ研磨の後,コロイダルシリカによる仕上げ研磨を行った試料に対して,加速電圧20 kV,作動距離15 mm,解析間隔0.5 μm(hexagonal grid)の条件にて取得したEBSD図形を結晶方位解析ソフトウェア(TSLソリューションズ社製OIM Analysis Ver 7.1.0)にて解析することで行った。EBSD-KAMの算出は,測定点とこれに接する第一近接点の平均方位差として算出し,5°以上の方位差は計算から省いた。一方,DIC法によるひずみ解析では,バフ研磨の後,3%ナイタールならびに10%次亜硫酸ナトリウム水溶液による過腐食によって金属組織を現出させた試料を用い,その変形前後の同一視野組織をSEM(キーエンス社製VE-9800)によりデジタル画像として取得した後,これらを市販DICソフトウェア(Correlation Solutions社製VIC-2D)を用いて解析することでひずみの量と分布を定量的に測定した4)。このとき,サブセットサイズは41×41 pixel,測定間隔は5 pixelとし,実質の測定間隔がEBSD法における解析間隔0.5 μmと等しくなるように観察倍率とデジタル画像の解像度を調整した。そして,EBSD法とDIC法を同一視野で実施・比較する試験においては,引張試験ならびに冷間圧延した試料を用いて行った。なお,引張試験では,平行部6l×3w×1t mm3の平板引張試験片を用い,初期ひずみ速度1.67×10−3 s−1で試験を実施した。引張試験片の平行部板広面,冷間圧延材のTD面に対して,DIC法を適用することで冷間加工に伴うひずみ分布を実測すると同時に,冷間加工した試料の同一観察面に対して直接EBSD法を適用することで同一視野での結晶方位解析も行った。一方で,一部の冷間圧延材を対象としてTEMによる微細組織観察も行った。RD面およびTD面のマルテンサイト近傍のフェライトの組織観察を行うために,集束イオンビーム加工装置FIB(FEI社製Versa 3Dおよび日本電子社製JEM-9320FIB)を用いて該当箇所から面積約30×10 μm2,厚さ約5 μmの薄片をマイクロサンプリングした。その後,厚さ100 nm以下までFIBを用いて薄膜化した領域を観察した。TEM観察は日本電子社製JEM-2000FXを用いて加速電圧200 kVの条件で行った。冷間圧延により蓄積される試料全体の相当ひずみεeqは,von Misesの条件で成立する次式によって算出した。
| (1) |
| C | Si | Mn | P | S | Al | N | Fe | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| M10 | 0.049 | 0.005 | 1.01 | < 0.002 | 0.0007 | 0.016 | 0.0013 | Bal. |
| M30 | 0.14 | 0.005 | 1.00 | < 0.002 | 0.0007 | 0.015 | 0.0012 | Bal. |
ここで,t0とtは,圧延前後の板厚である。打抜き試験は,面積80×80 mm2,厚さ0.6 mmに加工した試験片中央部に穴径10 mmの打抜き穴をクリアランス12.5%の条件で打ち抜くことで実施した。
Fig.1は,供試材の光学顕微鏡組織を示す。いずれの試料においても,平均結晶粒径60 μm程度のフェライト母相中に塊状のマルテンサイトが分散した典型的なDP組織を呈している。それぞれのマルテンサイト体積率は,(a)12%と(b)29%であったが,その硬度は,(a)6.12,(b)5.90 GPaと鋼種間で大差はなかった。以降では,マルテンサイト体積率に従って,それぞれの試料を(a)M10,(b)M30と呼称する。

Optical micrographs of dual phase steel with different martensite fraction. (a) M10, (b) M30
Fig.2は,DIC法とEBSD法を同一視野で実施,比較した結果の一例であり,引張試験によって5%引張ひずみを付与したM10のSEM写真の上にDIC法によって測定した相当ひずみを重ね合わせたひずみマップ(a)とEBSD法によるbcc逆極点図とIQ(Image Quality)を組み合わせた結晶方位マップ(b)を示す。過腐食した供試材をDIC法に用いることで,フェライト粒内を含めたほぼ全ての観察領域において局所ひずみ解析が可能となる一方(a),この過腐食によって粒界での凹凸が顕著となり,EBSD法においては電子線が照射または後方散乱されない領域が形成されやすくなる。そのため,マルテンサイト内部のみならずその近傍において,EBSDパターンを物理的に得ることは叶わないが,フェライト粒内においては十分な結晶方位解析を行えていることがわかる(b)。つまり,フェライト粒内であれば,本手法によってひずみと結晶方位の解析が同時に行えるといえる。そこで,DIC法により算出される相当ひずみ;εDICとEBSD法により取得されるEBSD-KAM;θKAMを同一測定点で取得し,同様の手順を複数の領域で行った結果をFig.3にまとめる。なお,εDICとθKAMはFig.2中に白枠で示すように8×8 μm2の領域を単位として平均化した値である*1。 本図のデータは引張試験だけでなく,冷間圧延した試料についてもまとめたものであるが,引張試験においては引張ひずみ10%,圧延においては断面減少率20%(εeq=0.26)を越える冷間加工によって観察面全面が激しく湾曲するようになり,それ以上加工した試料ではデータを所得することが出来なかった。ただし,20%圧延した試料表面では局所的にεDICが0.4を越える領域が形成されており,比較的広範囲でεDICとθKAMの関係を比較することができる。塑性変形の進行に伴って金属材料は結晶回転するため,εDICの増加に伴ってθKAMは単調増加すると考えられ,本実験においてもその傾向を確認できる。本研究ではEBSD-KAMの算出定義として方位差の上限を5°と規定しているため,εDICが無限に増大したとき,θKAMは5°に漸近していくべきであるが,仮にεDICとθKAMの関係をべき乗則でフィッティングすると以下の相関式が得られる*2。
| (2) |

Strain map laid on SEM image (a) and inverse pole figure map (b) of M10 DP steel taken at the same position.

Relation between strain measured by DIC and EBSD-KAM value in ferrite matrix of tensile deformed and cold-rolled M10 DP steel.
*1 平均化する単位面積を大きくした場合でも,εDICとθKAMの間に同様の相関が確認されたものの,単位面積を小さくした場合には,DIC法とEBSD法における同一測定位置を正確に一致させることが難しくなり,実験結果に有意な誤差が生じる。これを踏まえて,本研究では局所的なひずみ解析を目的としつつ,安定した測定を可能にする最小単位面積として上記の面積を試行錯誤の末に決定した。
*2 (2)式において,θKAMが5°となるεDICは12程度と非常に大きいため,(2)式はべき乗則で表記されるが,本研究で議論するひずみ量の範囲においては,その有用性が見込まれる。
この式の決定係数R2は0.9以上と非常に高く,εDICとθKAMの間には良好な相関関係があると判断できる。さらに,相当ひずみとして評価することにより,引張試験,冷間圧延の両データが同一の曲線で整理できていることから,この相関関係は加工方法に依存しないものと考えられる。また,上述したように大変形によって試料表面の平滑性が失われるため,非常に大きなεDICを実験的に得ることは難しいものの,後述する60%冷間圧延したM10の切断面から得られる広範囲における平均的なEBSD-KAMを試料全体の相当ひずみ(εeq=1.06)で整理すると,(2)式の曲線上に概ねプロットされる(図中の白四角)。このことは,より大きなεDICの領域まで,この関係式が成り立つことを示唆している。ただし,この相関式に物理的意味はなく,EBSDならびにDIC法の測定条件はもちろんのこと,測定対象の結晶構造や化学組成,さらに加工温度によっても変化するものと推察され,(2)式は本実験のみに適用できる相関式と考えられる。
3・2 打抜きDP鋼の局所ひずみ分布打抜き試験を行ったM10の片側横断面をFig.4に示す。(a)はマルテンサイトを除いたフェライトのみの結晶方位マップ,(b)はこれをもとに算出したEBSD-KAMマップ,さらに,(c)は(b)を(2)式に従って変換した局所ひずみマップである。フェライト結晶方位マップ(a)では,図中右端に剪断面,破断面を伴う打抜き端面が形成されており,打抜き方向に沿って連続的な結晶回転を伴いながらフェライトが大きく塑性流動している様子がわかる。これに対応して,EBSD-KAMマップ(b)では打抜き端面に近づくほど値が高くなっており,その領域は端面から約100 μmまで広がっている。一方で,ひずみマップ(c)に注目すると,EBSD-KAMマップと同様に打抜き端面で高いひずみ量を示すものの,ひずみが高くなっている領域は端面近傍に集中しており,ひずみ分布は比較的急峻に変化することを示している。これは,(2)式で示すようにEBSD-KAMとひずみの間にはべき乗則で近似される相関があることに由来しており,EBSD-KAMそのものをひずみ量の指標として直接用いた場合,低ひずみ域が誇張されて表現される危険性があることを意味している。ここで,マルテンサイト粒を横断するように打抜き端面から試料内部に沿って相当ひずみ量を測定し((c)中の白矢印),これを打抜き端面からの距離で整理したひずみプロファイルをFig.5に示す。打抜き端部から約20 μmの深さまで非常にひずみ量の高い領域が形成されており,最大で4.0,平均で2.0を越える高ひずみ領域となっていることがわかる。前述したように(2)式はべき乗則を仮定した相関式であり,相当ひずみ2.0を越えるような高ひずみ領域については,その定量性は高くなく,より詳細な実験が必要である。しかしながら,有限要素法解析を用いたシミュレーションにおいても,打抜き端面の相当ひずみが3.0程度に達するという報告もあることから6),本解析手法により測定されたひずみ量は,高ひずみ域であっても定性的には妥当な値と思われる。いずれにしても,このような打抜き端面に形成される高ひずみ領域こそが,その後の穴広げ性に大きな影響を及ぼすものであり,その組織と力学特性を理解することが重要といえる。これに加えてFig.5で注目すべき点は,組織に起因して不均一なひずみが形成されるということである。打抜き端面から十分に離れたフェライト粒内ではひずみがほとんど存在しない一方,フェライト粒界(白矢印)やフェライト/マルテンサイト異相界面(黒矢印)において,ひずみ量が増加していることがわかる。とくに,異相界面では,打抜き端面から200 μm以上離れているにもかかわらず,ひずみ量が1.0まで増加している。DP鋼では,二相域焼鈍後の水冷時に生じるマルテンサイト変態によって,異相界面近傍のフェライト母相に転位が導入されることが知られている。しかしながら,この転位導入によるひずみ量は小さく,EBSD法で確認することは出来ない。つまり,本手法で確認される,打抜き端面から十分に離れたフェライト粒界やフェライト/マルテンサイト異相界面でひずみ量が増加する現象は,打抜き加工によって生じたものであり,DP組織中のマルテンサイトが不均一変形を助長することを明示している。

Inverse pole figure (a), EBSD-KAM (b) and strain (c) maps of ferrite matrix in punched M10 DP steel.

Equivalent strain profile in ferrite matrix on cross-section at the punched M10 DP steel. Strain was measured along the white line in Fig.4(c).
Fig.6は,60%冷間圧延したM10のND断面を示す。(a),(b)は,圧延前後のフェライトに関するND結晶方位マップであり,(c)は(b)から取得したEBSD-KAMマップ,さらに,(d)は(c)を変換した局所ひずみマップである。冷間圧延によってフェライトの結晶方位は激しく変化しており(a→b),EBSD-KAMマップ(c)では全体的に値が増大し,試料全体に比較的均一にひずみが蓄積されているように見えるが,局所ひずみマップ(b)より,ひずみが不均一に分布していることがわかる。とくに緑や黄色で表示された高ひずみ領域は,フェライト/マルテンサイト異相界面だけでなく,マルテンサイト粒同士をつなぐようにフェライト母相中にも分布し,圧延方向(RD)に垂直かつ帯状に発達している様子が見受けられる。ここで,局所ひずみマップ(d)中の白線に沿って測定した相当ひずみラインプロファイルをFig.7に示す。圧延加工では試料全体が変形されるため,フェライト/マルテンサイト異相界面近傍のひずみ量は,打抜き材(Fig.5黒矢印)に比べて高く,その幅も広い(黒矢印)。その一方で,フェライト母相中に発達するひずみ帯(白矢印)は,異相界面近傍のひずみ領域に匹敵するほどのひずみ量と幅を持って分布していることがわかる。つぎに,これらの高ひずみ領域の不均一性を定量的に評価するため,Fig.6(d)のひずみマップで測定された局所的なひずみ量の頻度分布をFig.8にまとめる。最大頻度はひずみ量0.04程度であるの対して,算術平均値は0.85,そして標準偏差はこれよりも大きな1.04となっており,裾野が非常に広いプロファイルであることがわかる。このことは,60%圧延によってほとんど塑性変形しない領域が広範囲に残存する一方で,Fig.6(d)やFig.7で確認されるフェライト母相中の高ひずみ帯が不均一かつ高頻度に形成されることを意味している。実際,相当ひずみ2.0を越える高ひずみ領域の割合は14%に達し,4.0以上となる領域は3%となっていた。測定されるひずみ量から判断して,このような領域は Fig.4,5の打抜き端面に形成された大変形部に相当する加工組織を呈するものと予想される。そこで,冷間圧延によって形成される高ひずみ帯の特徴をより詳細に調査することを目的にマルテンサイト体積率の高いM30を用いて以降の実験を実施した。

Initial (a) and 60% cold-rolled (b-d) M10 DP steels. (a,b) inverse pole figure map, (c) EBSD-KAM map and (d) strain map.

Equivalent strain profile in ferrite matrix of 60% cold-rolled M10 DP steel. Strain was measured along the white line in Fig.6(d).

Local strain distribution profile in ferrite matrix of 60% cold-rolled M10 DP steel.
Fig.9は,60%冷間圧延したM30のND断面のSEM組織を示す。これは極低角度に散乱された反射電子を専用機器(Angle Selective Backscattered Electron Detector)で検出することで得た像であり,チャネリングコントラストによって,マルテンサイト内の下部組織やフェライト中の加工組織が鮮明に顕れている。マルテンサイト粒の内部に圧延方向(RD)に対して垂直に発達した二つのき裂が観察され,左側のき裂はマルテンサイト粒を貫通している一方,右側のき裂の下端はマルテンサイト粒内部に留まっていることがわかる。とくに,右側のき裂はマルテンサイト粒のくびれに沿って進展している様子がうかがえる。同一視野をEBSD解析した結果をFig.10に示す。(a),(b),(c)は,IQマップ,結晶方位マップ,そして,フェライト中の局所ひずみマップに対応しており,Fig.9で観察されたき裂を白破線,その端部を白矢印で表示している。IQ(a)ならびに結晶方位マップ(b)より,フェライト母相が大きく塑性変形しているのに対して,マルテンサイト粒内部では下部組織が依然として維持されており,塑性変形の有無を確認することはできない。ただし,同様の試料を用いて行ったDIC解析では,ひずみ量は低いものの塊状のマルテンサイト粒も塑性変形することを確認しており7),本供試材においてもマルテンサイト粒はわずかに塑性変形しているものと考えられる。結晶方位解析の結果,き裂を含んだ中央のマルテンサイト粒内のすべてのマルテンサイトブロックはいずれもKurdjumov-Sachs方位関係に特徴付けられる固有の結晶方位を有しており8),このマルテンサイト粒が単一のオーステナイト粒から変態したものであることがわかった。このマルテンサイトの下部組織とき裂の関係に注目すると,パケット,ブロック境界など特定の粒界に沿うことなく,いくつかのブロックを横断するようにき裂は進展している。このことは,粒界破壊やへき開破壊など脆性破壊ではなく,延性的にマルテンサイトが破壊したことを物語っている。つぎに,マルテンサイト内部のき裂とフェライト中の高ひずみ帯を見比べてみると,いずれのき裂先端においても,その前方に高ひずみ帯が分布していることに気付く(c)。これは,フェライト中の高ひずみ帯とマルテンサイトの破壊が密接に関わっていることを直接示す結果であり,両者の因果性を考えると,1.塑性加工によって硬質なマルテンサイトが延性破壊し,その延性き裂の進展に伴ってフェライト母相中に高ひずみ帯が形成される,もしくは,2.まずフェライト母相に高ひずみ帯が形成し,これによって隣接するマルテンサイト中で延性破壊が誘起される,の二つの可能性が挙げられる。ここで,注目すべき点は,右側のき裂の下端がマルテンサイト/フェライト異相界面まで到達していないにも関わらず,その前方にすでに高ひずみ帯が広範囲に形成されていることである((c)中のA)。さらに,一般にき裂先端の塑性域は小さく,高ひずみ領域がき裂長さ(50~100 μm)と同程度の深さまで広がるとは考え難いため,高ひずみ帯の形成が先んじて生じ,これに誘起されてマルテンサイトが延性破壊するという後者のプロセスが妥当と考えられる。ここで,前述したようにマルテンサイト粒のくびれに沿ってき裂が進展した事実は,冷間圧延によってフェライト母相中に導入される不均一な高ひずみ帯は,マルテンサイトの分布状態や,その形状に影響されながら発達することを示唆している。打抜き・穴広げ加工などを想定し,もし,このように予加工されたDP鋼をさらに冷間加工した場合,マルテンサイト中の延性き裂は,フェライト中の高ひずみ帯を伝播することで成長し,破断に至ることが予想される。つまり,予加工したDP鋼の延性破壊機構を理解するためには,フェライト母相中の高ひずみ帯の組織的特徴ならびに延性などの力学特性を評価しなければならない。力学特性については続報9)にて詳しく述べるとして,つぎに高ひずみ帯領域の微細組織について述べる。Fig.11は,88%冷間圧延したM30中に存在するマルテンサイト近傍のフェライト領域のRD断面(a)とTD断面(b)のTEM明視野像である。なお,FIB加工による試料のサンプリングを行う前に,EBSD法による方位解析を行っており,TEM観察する領域がFig.6,7で観察された高ひずみ帯に対応することを予め確認している。観察される各フェライト結晶粒内には高密度の転位が存在し,各断面での結晶粒の大きさを暗視野像より測定したところ,幅約400 nm,厚さ約200 nmの伸長した超微細粒組織であった。さらに,Fig.11(a)の内挿図に示す電子回折図形には,ストリークを引いた複数の回折斑点が存在することから,各結晶粒が大角粒界に囲まれた加工組織であり,前報2)で観察した打抜き端面の超微細粒組織と同様のものであると判断される。M30のフェライト初期結晶粒径から予想される圧延後のND方向の結晶粒厚さが10 μm弱であることを考慮すると,このような超微細粒組織は動的な結晶粒微細化によって形成されたものと判断される。超強加工による微細粒組織形成に関する研究では,このような伸長超微細粒組織が形成するためには,相当ひずみ4~5の巨大ひずみ加工が必要であると報告されており10),Fig.6,7の局所ひずみマップで示した高ひずみ帯のひずみ量とも概ね一致する。すなわち,冷間圧延によりDP鋼のフェライト母相に発達する高ひずみ帯は,打抜き端面に形成される加工組織と同種であり,巨大ひずみ加工により形成された超微細粒組織,もしくはその前駆的な強加工組織であると結論付けることができる。これらの結果を踏まえて,続報9)では,冷間圧延が施されたDP鋼のフェライトおよびマルテンサイト単相,ならびに異相界面領域の力学特性についてマイクロ引張試験によって評価した結果を報告する。

Angle Selected Backscatter SEM image showing a couple of cracks growing within a martensite grain in 60% cold-rolled M30 DP steel.

IQ (a), inverse pole figure (b) and strain (c) maps of ferrite matrix in punched M30 DP steel.

BF-TEM images of RD plane (a) and TD plane (b) in 88% cold-rolled M30 DP steel.
DP鋼中で発達するひずみを定量的に解析することを目的に,EBSD法とDIC法を融合した新たなひずみ解析技術を検討した。そして,これを用いて打抜き加工ならびに冷間圧延によってDP鋼中に発達するひずみの特徴を調査,比較し,以下の結論を得た。
1.DP鋼のフェライト母相において,EBSD-KAMと相当ひずみの間に非常に良好な相関性がある。そして,この相関性を用いることでDP鋼のフェライト母相に発達するひずみの量や分布を定量的に可視化する局所ひずみマッピングが可能になる。
2.打抜き加工したDP鋼では,打抜き端面から20 μm程度の深さ領域に平均相当ひずみ2.0以上の非常にひずみ量の高い領域が形成される。その一方で,打抜き端面から十分に離れた領域であっても,DP鋼中のマルテンサイト粒によりフェライト母相中には不均一なひずみが発達する。
3.冷間圧延したDP鋼では,マルテンサイト粒の分布や形状に影響を受けながらフェライト母相中に高ひずみ帯が形成される。そして,この高ひずみ帯の形成,発達に誘起されてマルテンサイト粒が延性破壊する場合がある。
4.冷間圧延したDP鋼に形成される高ひずみ帯は,巨大ひずみ加工によって形成した伸長超微細粒組織,もしくはその前駆的な強加工組織である。局所ひずみマッピングにより測定される相当ひずみ量およびその組織の特徴から,冷間圧延したDP鋼中の高ひずみ帯は,打抜き加工したDP鋼の打抜き端面に形成される高ひずみ領域と同質であると判断される。
本研究の一部は,JSPS科研費15K06488ならびに第23回鉄鋼研究振興助成の支援により実施したものである。