Tetsu-to-Hagane
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ISSN-L : 0021-1575
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Effect of Microstructure on Brittle Fracture Initiation Behavior in Upper Bainite Steel
Nobuyuki YoshimuraHiroyuki ShirahataManabu HoshinoTomoya KawabataShuji Aihara
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2016 Volume 102 Issue 6 Pages 276-285

Details
Synopsis:

Many studies on brittle fracture initiation mechanisms have focused on Ferrite-Pearlite steel. Recently, high-strength steel has attracted attention in order to achieve cost saving. Since the 1970’s, Bainite microstructure has been commonly used for structural high-strength steel instead of Ferrite-Pearlite steel. In engineering, it is important to understand the mechanism of brittle crack initiation of Bainite as well as that of conventional Ferrite-Pearlite. However, due in part to the complexity of the Bainite microstructure, its micro-mechanism has not been revealed. In this study, six laboratory-scale steels with a composition of 0.2%C-2%Mn-1.5%Ni were prepared in order to clarify the qualitative and quantitative effects of several candidate controlling factors on brittle crack initiation behavior, which are phase transformation, prior austenite grain size, Martensite-Austenite constituent amount and size, cementite shape and size and orientation information inside the prior austenite grain. Charpy impact tests were used for analysis of the brittle crack initiation conditions. The results suggest that the most effective key factor in degrading the brittle crack initiation behavior is the existence of the tempered Martensite-Austenite constituent on the prior austenite grain boundary.

1. 緒言

船舶や建築分野等における溶接構造物は,高効率化や省コスト化の観点から,その大型化や軽量化が進行している。この構造物の大型化や軽量化を支える鉄鋼材料は,より高い強度レベルのものが求められる傾向にある。さらに,構造物の信頼性の観点から,破壊に対する優れた安全性が鋼材に求められることは言うまでもない。特に,脆性破壊は瞬時に構造物の機能を失い,多くの人命・資産の喪失に直結するため,極めて慎重な検討が求められる。これら高強度化と高靭性化は基本的には相反する特性であり,これらの両立が鋼材開発における主要な課題であると言える。この課題に対し,下部ベイナイトとマルテンサイトの混合組織が強度と靭性のバランスにおいて有利であることなどが研究成果として挙げられ1,2),一部の超高張力鋼の母材設計にはこれらの組織を有する鋼が用いられてきた。しかし,これらの組織は溶接熱影響部で安定して得ることが難しく,組織が上部ベイナイトにシフトした場合に靭性劣化を招くため,構造用鋼の主組織として使用されるには至っていない。その代わりに高張力化を担ったのは,組織微細化を主眼としたTMCP(Thermo-Mechanical Controll Process)であるが,TMCP適用鋼であっても変態組織としてはフェライト組織を主体とするものがいまだ多い。しかし,鋼材のさらなる高強度化に向けた開発では,ベイナイトやマルテンサイト組織の重要度がより増していくと予想され,その設計指針の構築が必要である。

鋼の靭性向上を図る上で,まず脆性破壊メカニズムの理解が必要である。フェライト組織鋼およびフェライト/セメンタイト組織鋼における脆性破壊は,粒径や脆化相サイズ,強度で概ね整理できるとされている3,4,5,6,7,8,9,10)。これは,粒径が大きく,強度が高いほど局部的な応力集中が生じやすく,また脆化相が大きいほど初期き裂が大きくなることで,マクロな破壊につながり易いことを意味している。同様の観点から,これまでベイナイトおよびマルテンサイト鋼の組織と靭性について多くの研究がなされてきた。その結果,ベイナイトやマルテンサイト組織においても,有効結晶粒径により靭性が整理できる1)こと,ベイニティックフェライトラス間のMA(Martensite-Austenite Constituent)やセメンタイトを包含する疑似パーライト等の脆化組織がき裂発生起点となり易いこと2,11,12,13,14,15,16,17,18),が明らかにされてきた。これらは定性的にはフェライト/セメンタイト組織鋼における脆性破壊メカニズムと一致する。しかし,ベイナイトおよびマルテンサイト鋼はその組織が複雑なため,有効結晶粒径や脆化組織の定量化が容易ではなく,その評価方法は研究者毎に見解が異なる場合がある。本研究は,実用鋼の熱処理や溶接プロセスで形成し易く,また他の組織と比較し相対的に靭性が劣位となる上部ベイナイト組織について,その脆性破壊発生メカニズムを明らかにすることを最終目標とするものである。本報では,恒温熱処理により均一な上部ベイナイト組織を有する鋼を基本とし,その結晶粒径や焼戻し条件を変化させた鋼材を準備した。これらの供試材に対し,組織キャラクタリゼーションを行うとともに,脆性破壊試験および脆性破壊起点に関する観察と考察を行った。

2. 実験方法

供試鋼の6鋼種は,Table 1に示す同一の化学成分を有する。これらは,真空溶解で100 kgインゴットを作製し,鍛造および圧延により15 mm厚とした。その後,ミクロ偏析のない均一な組織を得るために,均質化熱処理を施した。均質化熱処理条件を検討するため,まず1300°C,3 hour(10.8 ks)の熱処理を実施し,組織中の元素分布をEPMA(Electron Probe Micro Analyzer)を用いた波長分散型X線分析(WDS:Wavelength dispersive X-ray Spectrometry)で測定した(Fig.1)。この結果から,1300°C,3 hour(10.8 ks)の熱処理条件でMnの濃化バンドが概ね消失することを確認したため,均質化熱処理条件はより長時間である1300°C,4 hour(14.4 ks)とした。

Table 1. Chemical Compositions of Steels (mass%).
CSiMnPSNiAlBNO
0.200.402.02< 0.0020.00101.520.0280.00100.0011< 0.001
Fig.1.

 EPMA line analysis results of Mn obtained from a rolled plate and a homogenized plate (1300°C, 3 h).

均質化熱処理後,狙いとするミクロ組織を得るため,Table 2およびFig.2に示す種々の熱処理を行った。これらの熱処理により,焼戻しマルテンサイト組織(A1),焼戻し上部ベイナイト組織(A2),上部ベイナイト組織(A3)を有する鋼を作製した。さらに焼戻し上部ベイナイト鋼(A2)の比較として,焼戻し温度を高温化した鋼 (A4)や有効結晶粒径を変化させた鋼 (A5, A6)も作製した。

Table 2. Heat Treatment Conditions and Corresponding Microstructures of Tested Steels.
MarkHeat treatmentsMicrostrucrure
HomogenizeAustenitizeQuenchTemper
A11300°C,
14.4 ks
1050 ± 5°C,
3.6 ks
Water500°C ± 5°C,
3.6 ks → A.C.
Tempered martensite
A21050 ± 5°C,
3.6 ks
Salt bath
(500°C, 1.8 ks)
→ A.C.
Tempered bainite
A3Bainite
A4650°C ± 5°C,
3.6 ks → A.C.
Tempered bainite
(spheroidal carbide)
A51150 ± 5°C,
3.6 ks
500°C ± 5°C,
3.6 k → A.C.
Tempered bainite
(coarse grain γ)
A6950 ± 5°C,
3.6 ks
Tempered bainite
(fine grain γ)
Fig. 2.

 Heat treatments of each steel after the homogenized treatment.

ミクロ組織観察では,まずナイタール腐食およびレペラ腐食19)サンプルの光学顕微鏡観察を実施した。レペラ腐食組織で観察されたMAの解析は,倍率500倍のレペラ腐食写真4視野を用いて,その画像処理解析によりMAの円相当径や体積率等を抽出した。SEM(Scanning Electron Microscope)観察には,SPEED(Selective Potentiostatic Etching by Electrolytic Dissolution)法20)で腐食したサンプルを用い,JEOL製JSM-6500F電解放出型SEMを用いた。また,SEM-EBSD(Scanning Electron Microscope-Electron Back Scattering Diffraction Patterns)解析は,TSL製の装置を用いて,加速電圧25 kV,ステップ間隔0.1 μmで実施した。ナノインデンテーション法による微小領域の硬度測定は,Hysitron社製の装置を用いて,押込み荷重約2000 μNで行った。

引張試験は,JIS Z3111 A2号引張試験片相当のサンプルを載荷方向がC方向になるように採取し,試験に供した。シャルピー試験には,JIS Z2242に基づくVノッチ試験片を長手方向がC方向(圧延および板厚方向と垂直な方向)になるように採取したサンプルを用いた。これらの板厚方向の採取位置は,均質化熱処理プロセスによる表層近傍の脱炭の影響を考慮し1/2 t部とした。A2鋼についてはシャルピー破面の破壊発生起点調査を行い,特定した起点の断面にWDSおよびSEM-EBSDを実施した。この時,観察面にはコロイダルシリカによる鏡面研磨を施した。WDSには,JEOL製JXA-8500F電解放出型EPMAを用いて,加速電圧15 kV,ステップ間隔0.2 μmで実施した。また,SEM-EBSD解析は先述の解析と同じ条件で実施した。

3. 実験結果および考察

3・1 ミクロ組織観察結果

供試鋼の1/2t部の光学顕微鏡およびSEM観察結果をFig.3に示す。A1鋼は組織中に微細な炭化物を有する焼戻しマルテンサイト組織であり,その他のA2~A6鋼は,A1鋼に比べ粗大なMAや炭化物を有する上部ベイナイト組織である。

Fig. 3.

 Microstructure of A1-A6 steels.

まずは恒温熱処理ままの上部ベイナイト組織を有するA3鋼の組織について述べる。A3鋼の組織は,幅2~6 μmのベイニティックフェライト(以降α)とそのラス間に存在するMAが主体の組織であり,一部フェライト+セメンタイト(以降α+θ)組織の形成が認められる(Fig.3)。α中には炭化物の生成が認められず,主にラス間にMAやα+θ組織が確認されたことから,A3鋼は上部ベイナイト組織と判定した21)。この組織のレペラ腐食組織写真を適切に二値化処理することでMA量を抽出し,画像解析により数値化した結果をTable 3に示す。A3鋼中には約23%の分率でMAが分散し,そのサイズは円相当径の上位10個平均で16.2 μmである。

Table 3. Measured Microstructural Factors (γ grain size and MA) in Steels Used.
Markγgrain size, μmMA (sphere-equivalent diameter > 1 μm)
Number of MAMA area fraction, %MA area, μm2MA sphere-equivalent Diameter, μmAspect ratio
AverageAverage of the top 10AverageAverage of the top 10AverageAverage of the top 10
A114200
A2172100.0081.301.301.261.262.762.76
A3158383922.69.822142.7716.23.252.50
A41631820.161.804.791.312.444.644.65
A526770.0061.501.501.331.333.143.14
A64730.0031.252.071.241.241.511.51

このA3鋼の組織をSEM観察により詳細に解析した。Fig.4のA3鋼のSEM像中において,細長いラス状の暗いコントラストの領域(図中a)と,白く明るいコントラストの領域(図中b),それらの中間の灰色コントラストの領域(図中c, d)が確認できる。まず,SEM像で暗いコントラストの領域は,同視野のEBSD解析結果(Fig.5)と比較すると,領域内の結晶方位がほぼ揃っており,かつImage Quality (IQ:EBSD解析領域の結晶格子の完璧さを示す値で,転位などの欠陥が少ないほど1に近づき,欠陥が多く含まれるほど0に近づく)の値も比較的高い。これらの特徴は,拡散変態により形成したフェライトで認められる特徴と一致しており,この領域はαと推測できる。つぎに,SEM像で明るいコントラストの領域は,領域内部に微細な炭化物が確認できることからα+θ組織と判定した。この領域のEBSD解析では,αと同様に,結晶方位が概ね揃っており,かつIQ値も比較的高い。これらの解析結果は,この領域が十分に拡散を伴い形成したことを意味しており,フェライトおよびセメンタイトの変態機構から理解できるものである。最後に灰色のコントラストの領域は,同視野のEBSD解析結果において,領域内に複数の結晶方位が混在し,またIQ値も低いことが確認された。つまり,この領域においては,変態時に複数の結晶方位が形成し,結晶内部に多くの格子欠陥(転位)が導入されたことを意味している。したがって,この領域はマルテンサイト主体のMAであると考えられる。なお,これらの領域についてEBSD解析によりbcc(α)相かfcc(γ)相かを判定した結果,ほとんどはbcc(α)相として判定されるが,一部の領域ではfcc(γ)相が検出された(図中d)。

Fig. 4.

 SEM image of A3 steel microstructure.

Fig. 5.

 (a) Inverse Pole Figure map observed from ND (Normal Direction), (b) IQ map and (c) Phase map in A3 steel microstructure in the same area of Fig.4 (Confidential Index value > 0.1).

つぎに,各組織の硬さを比較するため,Fig.4の領域中の丸印のポイントに対して,ナノインデンタ―による測定を実施した。結果をTable 4に硬さ測定値をHnとして示す。また,Fig.6には組織分類毎に整理した結果を示す。これらの測定結果より,MAの硬さの値はαの値よりも,平均で2~3倍高い値を示すことを確認した。また同時に,MAの硬さ測定値にはバラつきがあり,αと同程度の値からその3倍以上もの値まで存在する。このバラつきの原因については,MA中のC量の違いによるもの,測定点内部に他の組織(α等)が存在することによるもの,MA中に含まれる場合がある軟質なγ相の存在およびその加工誘起変態22)によるものが考えられるが,個々についての詳細な解析は実施していない。MA組織の硬さについては,Komizo and Fukada23)は溶接継手でHv650~700,Okadaら24)は溶接熱サイクル試験材でHv700~1000の値を得ており,いずれも母相Hv200~230に対し3~4倍の値を示すことが報告されている。一方で今回の結果では,MAの硬さ測定値は母相の概ね2~3倍の値であり,従来知見とは定性的には一致するが若干の差がある。これには,熱処理条件(連続冷却と等温保持)や測定方法の違いが関与している可能性があるが,その原因は定かではない。なお,αとα+θ組織の硬さの値には明瞭な差は見受けられなかった。

Table 4. Hardness of A3 Steel at the Points Corresponding to Figure 2.
PointMicrostructurehc,
nm
Hn,
Gpa
PointMicrostructurehc,
nm
Hn,
Gpa
1MA62.57.6017α112.83.30
2MA62.57.6018MA60.47.94
3MA62.47.6119MA65.27.18
4MA58.88.2420MA60.27.98
5MA77.15.7221MA60.67.91
6MA110.33.4122MA68.86.69
7MA54.39.1223α123.12.89
8MA59.18.1824α114.53.23
9MA57.18.5525α119.63.02
10MA52.29.5926α + θ120.62.98
11MA57.78.4327α + θ115.53.18
12α + θ109.33.4628α + θ112.33.32
13α + θ118.53.0629γ117.33.11
14α107.73.5430γ116.83.13
15α116.43.1531γ47.110.9
16α123.82.86
Fig. 6.

 Hardness of each microstructural component in A3 steel.

上部ベイナイト鋼に焼戻しを施したA2,A4,A5,A6鋼のミクロ組織について述べる。A2鋼はA3鋼に500°Cの焼戻し熱処理を付加しただけのものであり,両者を比較することにより焼戻しによる組織変化を抽出することが可能である。A2鋼では,そのベイナイトラス間に微細なセメンタイトを有する領域が存在する(Fig.3のA2鋼SEM像中矢印)。レペラ腐食組織で観察されたMAの分率は0.008%であり,A3鋼の組織中に面積分率で約23%存在したMAは,その殆どが焼戻しによりフェライトとセメンタイトに分解したと推測できる(Table 3)。A4鋼は焼戻し温度を650°Cと高めに設定したものである。その組織は光学顕微鏡観察ではA2鋼のものとほぼ同様であるが,SEMでセメンタイトを観察すると,A2鋼のものより粗大かつ球状であることを確認した(Fig.3)。なお,A4鋼中のMA分率の値がA2鋼より高いのは,650°Cの焼戻しにより,わずかにγ化が生じた可能性が考えられる。オーステナイト化温度を変化させたA5鋼,A6鋼のミクロ組織は,γ粒径が異なる以外はA2鋼とほぼ同様である。A5鋼とA6鋼のγ粒径は,それぞれA2鋼のおよそ1.6,0.3倍の値を示した(Table 3)。なお,オーステナイト化温度が同一のA1~A4鋼については同程度のγ粒径であった。

3・2 機械的特性評価結果およびシャルピー脆性破面の破面単位測定結果

供試鋼の引張試験結果をTable 5に示す。まず,引張り試験の結果については,焼戻しマルテンサイト鋼であるA1鋼が降伏応力(Yield Strength:以降YS),引張応力(Tensile Strength:以降TS)ともに比較的高い値を示し,YS約750 MPa,TS約850 MPaである。γ化加熱温度のみ異なりその後の熱処理条件は同一であるA2鋼,A5鋼,A6鋼についてはYSが520~550 MPa,TSが690~720 MPaでほぼ同等である。650°C焼戻し上部ベイナイトであるA4鋼のYS,TSは他の鋼種よりも低くYS約450 MPa,TS約600 MPaである。焼戻し無しのA3鋼は,YSはA2鋼, A5鋼, A6鋼と同等であるが,加工硬化量が他の鋼種よりも大きく,TSは約900 MPaである。

Table 5. Measured Mechanical Properties of A1-A6 Steels.
MarkmicrostructureTensile test (JIS A2)Charpy test (JIS 4)
YS, MPaTS, MPaEL, %RA, %YR, %vTrs, °CvE0, J
A1Tempered martensite74885822.968.087.2–23114
A2Tempered bainite (Base)54371716.736.075.7391
A3Bainite51490417.128.056.91077
A4Tempered bainite
(spheroidal carbide)
44461729.269.872.0–23208
A5Tempered bainite
(coarse grain γ)
52669423.357.975.83061
A6Tempered bainite
(fine grain γ)
52569327.166.175.89112

シャルピー試験結果の結果をTable 5およびFig.7に示す。延性−脆性遷移温度(以降vTrs)は,焼戻しマルテンサイトのA1鋼と650°Cで焼戻した上部ベイナイト組織を有するA4鋼が最も低い値であり−23°Cである。500°Cでの焼戻し上部ベイナイト組織を有するA2鋼, A5鋼, A6鋼のvTrsの値はそれぞれ3°C,30°C,9°Cであり,γ粒の粗大なA5鋼がA2に比べ高い値を,γ粒の微細なA6鋼はA2鋼とほぼ同等の値を示した。そして,焼戻し無しのA3鋼はvTrsが107°Cと全鋼種の中で最も高い値を示した。つぎに,これらの鋼種の有効結晶粒径を調査するため,破面単位の測定を実施した。破面単位の測定方法はいくつか考えられるが,Petchモデル3,8)と同様の脆性き裂発生挙動を念頭に置き,破壊起点に隣接する粗大な結晶粒に対応するものを測定することとした。具体的には,破面観察で特定した脆性破壊起点に隣接する破面単位のうち,最も粗大なものの円相当径を代表値とした。各鋼種2温度の試験条件からそれぞれ2サンプル測定した結果をFig.8に示す。個値にバラつきはあるが,平均値はA2,A3鋼は約100 μm,A4,A5鋼は約130 μm,A6鋼は平均68 μmであった。なお,A1鋼は粒界破壊が生じたため,へき開破壊としての脆性破壊起点特定および破面単位測定が実施できなかった。A1鋼で粒界破壊が生じたのは,実用の構造用鋼と比較しγ粒径が大きく炭素量も多いため,焼戻し時に旧γ粒界へ優先析出した炭化物を起点にき裂が発生し,粒内の{100}面を伝播することなく旧γ粒界上を伝播した結果と考えられる。

Fig. 7.

 Results of Charpy tests (●: absorbed energy, ◆: brittle fracture fraction).

Fig. 8.

 Fracture facets of Charpy specimens of steels used.

3・3 A2鋼の脆性き裂発生挙動調査

焼戻し上部ベイナイト組織を有するA2,A4,A5,A6鋼のうち,中心的な熱処理条件であるA2鋼を取り上げ,破壊発生起点の調査を実施した。シャルピー試験破断サンプルの外観と,その破面観察および断面解析方法をFig.9に模式的に示す。破面観察で特定した脆性き裂発生起点は,Fig.10(a)中の太線の矢印で示した長さ約6 μm,幅約2 μmの領域である。その領域のコントラストは,周囲とほぼ同一であり,粗大な介在物や炭化物の存在は確認できない(Fig.10(b))。この起点のき裂発生メカニズムについて調査するため,起点断面の解析により脆化組織を特定することとした。解析面はFig.10(a)中の5000倍写真の点線部である。断面研磨後の起点位置のSEM像(45°傾斜)をFig.10(c)に示す。ここで,断面研磨前後の位置の対応を細線の矢印で示した。この起点断面に対してWDSおよびSEM-EBSDを実施した結果をFig.11に示す(観察方向はFig.9参照)。まず,Fig.11(a)のWDSによるC濃度マップを見ると,左側の起点直下に炭素が濃化した10×8 μm程度の塊状の領域が存在する。この領域のC量を周囲と比較するため,いくつかの代表的な領域について平均C濃度を算出した結果をTable 6に示す。先述の起点直下領域(Fig.11中の領域d)の平均C濃度は0.29%であり,全体平均(0.2%)よりも約1.5倍高い値である。しかしながら,例えば領域eの0.56%のように,Cが領域dよりも高い濃度に達している領域も散見された。なお,破面表面でも非常に高いC値が検出されているが,これは表面起伏に起因する異常値と考えられる。つぎに,同視野のSEM-EBSDを実施した。上述の起点直下のC濃化部に着目すると,単一の結晶方位ではなく複数の結晶方位が混在する構造であり,先述のミクロ解析の際にA3鋼で観察されたMAと同様である。これらの結果から,この起点直下の領域には焼戻しを受けたMAが存在すると推測できる。また,結晶方位解析でK-S関係から推測される旧γ結晶方位25)を調査したところ,両破面が異なる方位を有することが判明した(Fig.11(c)(d))。これらの結果から,このサンプルの破壊起点は,旧γ粒界に隣接する焼戻しされたMAであると結論づけられる。

Fig. 9.

 Observed direction of A2 steel Charpy specimen.

Fig. 10.

 (a), (b) SEM images showing brittle fracture initiation point of a pair of fracture surface of A2 steel Charpy specimen tested at –60°C (absorbed energy 21 J) and (c) SEM images of same area tilted 45° after cross section polishing at the dot-line position in (a).

Fig. 11.

 (a) C concentration map analyzed by WDS, (b) Inverse Pole Figure map observed from ND (Normal Direction), (c) (d) color map and pole figure showing prior austenite {001} assumed by K-S relation of cross section surface at the brittle fracture initiation point shown in Fig.10.

Table 6. C Concentration of Each Area in Figure11.
areaArea average C concenttation, mass%
a0.02
b0.39
c0.09
d0.29
e0.56
f0.46

4. 考察

4・1 強度,有効結晶粒径による靭性の整理

鋼の靭性は,強度,有効結晶粒径,脆化組織で整理できるという整理が広く支持を得ている。まず,各鋼種の強度−靭性バランスについて考察するため,靭性の代表値としてシャルピー試験で得られたvTrsを採り,強度は降伏応力を代表値としてその両者の相関関係を整理した(Fig.12)。強度靭性バランスの分布は,その焼入れ焼戻し条件毎に概ね分類することができる。すなわち,焼戻しマルテンサイト鋼であるA1鋼が最も優れた強度靭性バランスであり,続いて焼戻し上部ベイナイト組織を有するA2,A4,A5,A6鋼が良好であり,焼戻しを施していない上部ベイナイト組織のA3鋼は最も劣位である。なお,焼戻し上部ベイナイト鋼の中で比較すると,500°C焼戻しのA2鋼と650°C焼戻しのA4鋼は,等価な強度−靭性バランスの線上(図中の破線に平行な関係)に位置している可能性がある。

Fig. 12.

 Effect of yield stress on the impact transition temperature vTrs.

つぎに,有効結晶粒径の観点から,vTrsを破面単位で整理した結果をFig.13に示す。なお,破面単位にはFig.8で示す値を用いており,平均値を黒丸印で,範囲をエラーバーで示した。ここでも,上部ベイナイト鋼のA3鋼,500°C焼戻し上部ベイナイト鋼のA2,A5,A6鋼,650°C焼戻し上部ベイナイト鋼のA4鋼といった焼入れ焼戻し条件毎に,結果の分布を概ね分類できる。なお,オーステナイト化温度のみが異なるA2,A5,A6の間では,靭性と破面単位の相関があるようにも見受けられる(図中の破線に平行な関係)。しかし,破面単位の測定バラつきが大きいことと,A2鋼とA6鋼の靭性が同等であることから,必ずしも明言はできない。より正確に破面単位の評価を行うには,起点に隣接する粗大な破面単位の粒径を,2次元ではなく,3次元的に評価することが望ましいと考えられる。

Fig. 13.

 Correlation between fracture facet size and impact transition temperature vTrs.

強度と有効結晶粒径で供試鋼の靭性の整理を試みたが,いずれの整理においても,靭性は焼入れ焼戻し条件によって大きく左右されることが判明した。

4・2 供試鋼の脆性き裂発生メカニズム

ベイナイト,マルテンサイト組織の脆性き裂発生挙動も,フェライト+セメンタイト組織鋼と同様のメカニズムで考えられることが報告されており,靭性は有効結晶粒径とMAのような脆化組織によって整理できる可能性がある1,2,11,12,13,14,15,16,17,18)。有効結晶粒径は,破面単位で整理した結果の通りであるので,ここでは省略する。本研究の供試鋼における脆化組織は,焼戻しマルテンサイト組織鋼(A1),上部ベイナイト組織鋼(A3),焼戻し上部ベイナイト組織鋼(A2)について,以下のように推測した。

まず,焼戻しマルテンサイト組織鋼では,組織中にセメンタイトが均一に微細分散しており,き裂発生起点となるような粗大なミクロンサイズのセメンタイトや脆化組織はほぼ見受けられなかった。このことが高強度かつ高靭性で最も優れた特性を示した原因の一つと考えられる。ただし,破面の形態は粒界破壊を含んでいたことから,脆性破壊は粒界破壊を伴っていたことが推測され,上記のへき開破壊のメカニズムとは異なる可能性がある。

つぎに,ミクロンサイズのMAを多量に有する上部ベイナイト組織鋼では,焼戻しを受けた鋼種と比較して靭性が著しく劣位であることを確認した。MAの存在により靭性が大きく劣化することは,過去に多数報告2,11,12,13,14,15,16,17,18)されている通りである。これは,母相に比べ硬質で脆いMAの近傍で局所的な応力集中が生じ,初期き裂が形成し易いためと予想される。実際,MAの硬さは母相よりも2~3倍高い値であることを確認しており,この推測を裏付ける一つの根拠と言える(Fig.6)。ただし,MAと言っても多様なサイズ,形状,硬さのものがあり,どのようなMAが靭性を劣化させるかは,さらに調査が必要である。

焼戻し上部ベイナイト組織を有する鋼では,靭性に対して明らかに有害なMAが分解されるため,その脆化組織は上部ベイナイト組織ほど単純ではない。これを詳細に調べるため,き裂発生起点の断面観察を行ったところ,起点直下には焼戻しされたMAが観察された。この結果から,焼戻しにより分解された場合においても,元々MAであった領域が脆化組織となる可能性があることが判明した。この領域では炭化物が集中して存在するため,母相と比較すると,依然として初期き裂の発生起点となり易いと推測できる。また同時に,この破壊発生起点は旧γ粒界に隣接することが確認された。このような大傾角粒界近傍での破壊発生は,従来報告されているフェライトおよびベイナイト鋼の破壊現象1,3,4,5,6,7,8,9,10)に則したものである。しかし,上部ベイナイト組織中には,旧γ粒界以外にもブロック境界等の高角粒界も存在しており,これらも同様に破壊発生点となると考えられる。これら旧γ粒界とブロック境界の違いとしては,粒界性格や形状の多様性や合金元素の粒界偏析が挙げられる。仮に主な破壊発生位置が旧γ粒界であるとすれば,今回のように明らかなへき開破壊においても,これらの要因が無視できない可能性がある。この点については,今後さらに多様な鋼種の破壊現象を調査し,見極めていく必要がある。

5. 結論

上部ベイナイト組織鋼の脆性破壊発生メカニズム解明を目的に,同一の組成の鋼材に対し,焼戻し上部ベイナイト,上部ベイナイト,焼戻しマルテンサイトを含む6種の狙いの組織形成を目的に熱処理を付与し,それらの機械的特性評価と組織解析を行った。その結果,以下の結論を得た。

・供試鋼の強度と靭性のバランスは,焼入れ焼戻し条件によって大きく左右され,焼戻しマルテンサイト鋼,焼戻し上部ベイナイト鋼,上部ベイナイト鋼の順に良好であった。その差異は,き裂発生起点近傍の粗大破面単位だけでは整理できず,破壊発生起点となり得る脆化組織が最も支配的である可能性がある。

・組織中のMAが分解した焼戻し上部ベイナイト鋼のき裂発生メカニズムについて,き裂発生起点の詳細な解析を通じて検証した。き裂発生起点断面のEPMAおよびEBSD解析の結果,起点直下には旧γ粒界に隣接する焼戻しを受けたMAが存在することを確認した。このことから,焼戻し上部ベイナイト鋼においても,フェライト/セメンタイト鋼と同様に,特定の有効結晶粒界近傍のセメンタイトを内包する組織が,初期き裂発生起点として働き,マクロな破壊につながる可能性がある。

文献
 
© 2016 The Iron and Steel Institute of Japan

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