Tetsu-to-Hagane
Online ISSN : 1883-2954
Print ISSN : 0021-1575
ISSN-L : 0021-1575
Regular Article
Tensile Properties and Plastic Strain Distribution in a Metastable Cr-Mn-N Duplex Stainless Steel
Mitsuyuki FujisawaRyota MauchiTatsuya MorikawaMasaki TanakaKenji Higashida
Author information
JOURNALS FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2016 Volume 102 Issue 7 Pages 405-414

Details
Synopsis:

The effect of stress-induced martensite on the work hardening behavior of ferrite-austenite duplex stainless steels has been investigated. A precise grid marker method was utilized to observe the plastic strain distribution in each phase during the tensile tests. Two kinds of duplex stainless steels containing 22Cr-5Mn-0.34N and 20Cr-5Mn-0.25N were employed. Stress-induced martensitic transformation did not occur in 22Cr-5Mn-0.34N steel while it occurred in 20Cr-5Mn-0.25N steel. The former uniform elongation is 0.33, but the latter is 0.61, indicating that the transformation-induced plasticity (TRIP) is apparent in the latter steel with metastable austenite due to the low nitrogen content. The precise grid marker method revealed the inhomogeneous plastic deformation in both steels. Particularly, a large difference of plastic strain was observed between the areas of newly formed martensite and the austenite adjacent to the martensite, although the plastic strain due to the martensitic transformation itself was not clearly detected. Vickers hardness tests were performed, and it was clarified not only that austenite phase is harder than ferrite phase but also that stress-induced martensite is harder than residual austenite. Based on these results, the contribution of the stress-induced martensite to the work hardening behavior in the duplex stainless steel was discussed from the view point of load transfer from the soft phase to the hard phase, i.e., the internal stress induced between the two phases.

1. 緒言

オーステナイト・フェライト系ステンレス鋼(二相ステンレス鋼)は優れた耐食性と高い強度を有する金属材料である。近年では,オーステナイト生成元素としてマンガンと窒素を活用し,ニッケルを低減した二相ステンレス鋼も実用化されている1,2)。新たな省ニッケル型のステンレス鋼としてその適用範囲の拡大が期待される。そのためには,延性のさらなる向上が有効と考えられる。

高い強度を低下させずに延性を向上させる手法として,オーステナイトの変態誘起塑性3,4,5)(TRIP)の活用があげられる。二相ステンレス鋼についても,加工誘起マルテンサイト変態と力学的性質の関係についてこれまで研究が行なわれている6,7,8,9,10,11,12,13,14,15)。我々は前報14)において,オーステナイト生成元素としてマンガンと窒素を活用したCr-Mn-N二相ステンレス鋼の延性が,室温でのTRIP活用によって,著しく向上することを明らかにした。オーステナイトの安定度はオーステナイト中の窒素濃度およびクロム濃度に大きく依存するとともに,均一伸びの増大に際して引張変形中のマルテンサイトの変態率に最適値があることを示した。

TRIPを発現するCr-Mn-N二相ステンレス鋼の高延性化機構を理解するためには,加工誘起マルテンサイトが加工硬化挙動におよぼす影響を明らかにする必要がある。そのためには,初期オーステナイト領域におけるマルテンサイトの発生箇所の把握とともに,マルテンサイトとその周囲の金属組織における局所的な塑性変形の様相を明らかにすることが重要である。

本研究では,オーステナイトの安定度の異なる2種のCr-Mn-N二相ステンレス鋼を用いて,引張特性におよぼすTRIPの影響を明らかにする。さらに,SEM-EBSD法と微細格子マーカー法16,17,18,19)を併用して,初期オーステナイト領域とフェライト領域の各領域における局所的な変形の進行挙動を解析する。以上の結果を踏まえ,複合組織鋼における加工硬化挙動とそれにおよぼす加工誘起マルテンサイトの影響について検討し,TRIPを発現するCr-Mn-N二相ステンレス鋼における高い加工硬化能と大きな均一伸びの発現機構を考察する。

2. 実験方法

2・1 供試材

オーステナイトの安定度の異なる2種類の二相ステンレス鋼を溶製した。Table 1に溶製された50 kg鋼塊の化学成分を示す。これらの鋼塊を1523 Kに加熱後,熱間圧延により厚さ3 mmの熱延板を作製し,その後,熱延板を1373 Kで600 s焼鈍後空冷した。冷間圧延により厚さ0.8 mmの冷延板を作製した後,冷延板を1373 Kで120 s焼鈍後空冷し供試材とした。前報14)より,20Cr-5Mn-0.25N鋼におけるオーステナイトの化学組成は,Crγ=20.1%,Mnγ=5.3%,Nγ=0.38%であり,フェライトの化学組成はCrα=21.8%,Mnα=4.7%,Nα=0.03%である。また,22Cr-5Mn-0.34N鋼におけるオーステナイトの化学組成は,Crγ=22.1%,Mnγ=5.3%,Nγ=0.53%であり,フェライトの化学組成はCrα=23.2%,Mnα=4.7%,Nα=0.05%である。22Cr-5Mn-0.34N鋼に比べて,20Cr-5Mn-0.25N鋼ではオーステナイトのCr濃度およびN濃度が低いため,オーステナイトのMd点が高く,加工誘起マルテンサイト変態が生じやすい。

Table 1.  Chemical compositions of experimental duplex stainless steels in mass%.
Steel C Si Mn P S Cr Ni Cu N
20Cr-5Mn-0.25N 0.011 0.36 4.98 0.034 0.002 20.21 0.50 0.52 0.25
22Cr-5Mn-0.34N 0.012 0.38 5.03 0.034 0.003 22.28 0.50 0.52 0.34

冷延焼鈍板のTD面について,フェリシアン化カリウムと水酸化カリウムの混合水溶液を用いてエッチングを行い,光学顕微鏡により金属組織観察を行った。Figs.1(a),(b)にそれぞれ20Cr-5Mn-0.25N鋼および22Cr-5Mn-0.34N鋼の冷延焼鈍板の光学顕微鏡写真を示す。写真中の白色部がオーステナイト,灰色部がフェライトにそれぞれ相当する。いずれの鋼もフェライトの中に,圧延方向に伸張したオーステナイトが層状に分布する金属組織を呈しており,オーステナイトの分布形態に顕著な差は認められなかった。冷延焼鈍板のオーステナイト体積分率をX線回折により測定した14,20)。研削および化学研磨によって露出した板厚1/4位置の評価を,Co-Kα線を用いて回折角40-110°の範囲で行った。各面方位のピーク位置が重ならない,オーステナイトの(200)面,(220)面,フェライトおよびマルテンサイトの(200)面,(211)面の各ピークの積分強度を求め,各相のピークの積分強度の合計が各相の体積分率に比例するものとしてオーステナイト体積分率を算出した。本方法で測定した変形前の各鋼のオーステナイト体積分率は,20Cr-5Mn-0.25N鋼および22Cr-5Mn-0.34N鋼でそれぞれ,55 vol%および57 vol%であった。変形前の冷延焼鈍板において,この2鋼種の間には,オーステナイトの分布形態,量ともに顕著な差は認められなかった。

Fig. 1.

 Cross sectional microstructures parallel to rolling direction of (a) 20Cr-5Mn-0.25N steel and (b) 22Cr-5Mn-0.34N steel. The white area and the grey area indicate austenite and ferrite, respectively.

2・2 力学的性質の測定

冷延焼鈍板の応力−ひずみ曲線を評価するため,平行部幅12.5 mm,平行部長60 mm,標点距離50 mmのJIS13B号引張試験片を採取,加工し,293 Kの恒温槽の中でクロスヘッド速度1.7×10−1 mm・s−1(初期ひずみ速度3.3×10−3 s−1)で,圧延方向と平行方向に引張試験を行った。

同様にして所定の引張ひずみを付与したJIS13B号引張試験片の均一変形部を用いて,X線回折により板厚1/4位置のオーステナイト体積分率を測定し,変形過程におけるオーステナイト体積分率の変化を調査した。

また,所定の引張ひずみを付与した均一変形部のTD面について,板厚1/4位置付近における初期オーステナイト領域およびフェライト領域の各領域のビッカース硬さを荷重10 gで測定し,変形過程における硬さの変化を調査した。この際,他の組織領域による拘束の影響が極力小さくなるように,各組織領域が広い部分を選び,その中心部で評価するようにした。なお,引張ひずみを付与した試験片では,オーステナイトがマルテンサイト変態している場合もあるが,未変態のオーステナイトと加工誘起マルテンサイトは区別せず,あわせて初期オーステナイト領域の硬さとして示す。また,圧子押込みの際にオーステナイトがマルテンサイト変態する可能性もあるが,初期オーステナイト領域の硬さはその影響も含むものである。

2・3 局所結晶方位と局所塑性ひずみ分布の解析

ひずみ増加にともなって試験片表面にあらわれる変形組織と局所塑性ひずみ分布の変化を同一視野で追跡するため,SEM内に挿入可能な平行部幅2.5 mm,平行部長3.8 mm,標点間距離0.5 mmの小型引張試験片を作製し,室温における引張変形とSEM内での表面観察を逐次的に繰り返した。試験片表面の組織と相変化はSEMの反射電子および2次電子によるコントラストとEBSD法により観察した。いずれも加速電圧は20 kV,EBSD法の走査ステップは0.5 μmであった。局所塑性ひずみ分布は微細格子を用いたマーカー法19)により測定した。微細格子マーカー法では,電子線リソグラフィを活用して,変形前の試験片表面に線幅70 nm,一片500 nmの正方形格子状に金のマーカーを蒸着し,引張変形にともなう各格子点の変位より局所塑性ひずみ分布を解析した。変形前後の各格子点の位置をSEM像により取得し,各格子点のx方向(引張方向),y方向(引張方向と垂直な方向)の相対変位を求め,次式により相当塑性ひずみ(εeq)を算出した。   

ε e q = 4 3 ( ε x 2 + ε x ε y + ε y 2 ) + 1 3 γ x y 2 (1)

ここで,εxおよびεyは各正方格子における法線ひずみであり,γxyは各正方格子におけるせん断ひずみである。なお,この小型引張試験では平行部の長さが短いため,標点間の端部に比べて中央部でひずみ量が高くなる傾向があり,その結果,試験片中央部の微細マーカーを付与した領域のひずみ量と標点間の伸びから求めたひずみ量との間に不一致が生じた。したがって,各引張段階におけるひずみ量は,マーカーを描画しない試験片については標点間距離から算出された値を用い,マーカーを描画した試験片については,マーカー変位から算出された,ひずみ測定領域における相当塑性ひずみの平均値を用いる。

3. 実験結果および考察

3・1 20Cr-5Mn-0.25N鋼および22Cr-5Mn-0.34N鋼の応力−ひずみ曲線

Fig.2に,22Cr-5Mn-0.25N鋼と22Cr-5Mn-0.34N鋼における293 Kでの真応力−真ひずみ曲線と加工硬化率−真ひずみ曲線をあわせて示す。内挿図は変形初期段階を拡大した図である。真ひずみ0.1~0.2の範囲では20Cr-5Mn-0.25N鋼の加工硬化率は22Cr-5Mn-0.34N鋼に比べて低い。しかしながら,真ひずみ約0.2を越えると,両鋼の硬化率の変化に大きな差異が現れ大小関係が逆転する。すなわち,22Cr-5Mn-0.34N鋼では加工硬化率がひずみの増加とともに単調に減少するのに対して,20Cr-5Mn-0.25N鋼では加工硬化率がひずみの増加とともに最初は減少するが,その後,真ひずみ0.18付近で増加に転じて真ひずみ0.38付近で極大値を示す。その結果,20Cr-5Mn-0.25N鋼では大きなひずみ範囲まで高い加工硬化率が維持されている。このような変形途中での硬化率の増加とそれにともなう高い硬化率の持続が,20Cr-5Mn-0.25N鋼における引張強度の増加と均一伸びの向上に寄与している。本試験で測定された各鋼の引張特性値は,20Cr-5Mn-0.25N鋼の引張強度が公称応力846 MPa,均一伸びが公称ひずみ0.606であり,22Cr-5Mn-0.34N鋼の引張強度が公称応力807 MPa,均一伸びが公称ひずみ0.333である。

Fig. 2.

 True stress and strain-hardening rate of experimental steels as a function of true strain at 293 K.

3・2 引張変形にともなう相変態挙動と硬さ変化

両鋼の応力−ひずみ曲線の特徴的な差異の原因を確認するため,293 Kでの引張変形にともなう平均的な相変態挙動をX線回折によって測定した。Fig.3に真ひずみの増加にともなうオーステナイト体積分率の変化を示す。22Cr-5Mn-0.34N鋼においては,変形開始から均一変形の終了までオーステナイト体積分率の値は57 vol%とほぼ一定で,その変化は実験誤差の範囲内である。すなわち,加工誘起マルテンサイトの発生は認められない。一方,20Cr-5Mn-0.25N鋼においては,ひずみの増加にともないオーステナイト分率が55 vol%から15 vol%まで大きく減少しており,加工誘起マルテンサイトの発生と増加が認められる。また,オーステナイトの減少率が,真ひずみ0-0.15の変形初期に比べて真ひずみ0.15-0.35の変形中期において,より大きくなっていることが注目される。Fig.2で確認された20Cr-5Mn-0.25N鋼における真ひずみ0.18程度以降での加工硬化率の増加は,変形中に生じる加工誘起マルテンサイトの影響と考えられる。加工硬化率の増加機構を考察するためには,これらの複合組織鋼を構成する各相の強度水準が塑性変形とともに,どのように変化しているかを調べることが重要である。

Fig. 3.

 Volume fraction of austenite as a function of true strain at 293 K.

Fig.4は,20Cr-5Mn-0.25N鋼および22Cr-5Mn-0.34N鋼を293 Kで引張変形したときの初期オーステナイト領域とフェライト領域の硬さ変化を示す。すべてのひずみ範囲において,両鋼ともに初期オーステナイト領域の硬さがフェライト領域の硬さより明らかに高く,いずれの鋼でも基本的に初期オーステナイト領域が硬質相として機能していることがわかる。ここで,フェライト領域の硬さ変化に着目すると,真ひずみ0から0.25(22Cr-5Mn-0.34N鋼の均一変形がほぼ完了するひずみ)までの範囲で,両鋼ともほぼ同様の上昇傾向を示している。塑性ひずみの増加にともない,硬度が上昇するとともに硬化率が低下する通常のフェライト鋼の加工硬化挙動に対応した変化が認められる。一方,初期オーステナイト領域の硬さ変化に着目すると,真ひずみ0から0.15の範囲では,両鋼で大きな違いはなく,22Cr-5Mn-0.34N鋼の硬さ上昇が20Cr-5Mn-0.25N鋼のそれよりもわずかに大きい。しかしながら,真ひずみ0.15を超えると,その傾向は逆転し,加工誘起マルテンサイト変態が起こる20Cr-5Mn-0.25N鋼の初期オーステナイト領域の硬さが急激に上昇し,均一変形が終了する真ひずみ0.47では約530 HVに達する。これに対して,マルテンサイト変態が起こらない22Cr-5Mn-0.34N鋼の初期オーステナイト領域の硬さ上昇率は,フェライト領域と同様に,いずれにおいても真ひずみの増加にともない減少し,比較的早期に均一変形が終了する。このように20Cr-5Mn-0.25N鋼の初期オーステナイト領域は,特徴的な硬さ上昇挙動を示すが,これは侵入型元素として固溶した窒素によって硬さを高めたマルテンサイトが21)Fig.3に示したように,変形過程で発生,増加したためと考えられる。

Fig. 4.

 Influence of true strain on Vickers hardness of initial austenite region and ferrite region in 20Cr-5Mn-0.25N steel and 22Cr-5Mn-0.34N steel at 293 K.

以上のように,20Cr-5Mn-0.25N鋼においては,変形にともなう初期オーステナイト領域での加工誘起マルテンサイトによる硬さの増加が,高い加工硬化率に寄与し,その結果,大きなひずみ範囲まで均一変形が持続し,高い引張強度と大きな均一伸びが発現したものと考えられる。

3・3 引張変形にともなう微視的な変態挙動と変形挙動

Figs.5(a)−(f)は,Fig.3のX線回折測定で加工誘起マルテンサイトの形成が認められなかった22Cr-5Mn-0.34N鋼を室温で引張変形し,試料表面の凹凸の様相と相分布を,ひずみ量を変えてSEM-EBSD法によりほぼ同一領域で追跡した結果である。ここでFigs.5(a),(b),(c)はそれぞれ,変形前の段階,真ひずみ0.11の段階,真ひずみ0.23の段階におけるSEM像であり,Figs.5(d),(e),(f)は,それぞれFigs.5(a),(b),(c)の各段階に対応する相分布図である。なお,Figs.5(d),(e),(f)中の緑色の領域がオーステナイト,赤色の部分はフェライトに対応する。なお,塑性ひずみの増加とともに,相分布を示す図において黒色の領域が増加しているが,これは変形による転位密度の増加のため,方位決定の信頼性に関する指標であるIQ値が低下し,相の同定が困難になった領域である。まず,Figs.5(a)−(c)において変形とともに個々の結晶粒の内部ですべり帯が発達し,表面凹凸が激しくなっていることがわかる。Figs.5(d)−(f)において変形前に存在したオーステナイトとフェライトはそれぞれ引張変形により引張方向に伸長するのみで,オーステナイトを示す緑色の領域が,マルテンサイトの生成を示す赤色の領域に転ずる様子は観察されない。Fig.3の結果と同様に,SEM-EBSD法に用いた試料においてもマルテンサイト変態は起こっていないものと考えられる。

Fig. 5.

 SEM images on the surface of 22Cr-5Mn-0.34N steel deformed by equivalent plastic strain of (a) 0, (b) 0.11 and (c) 0.23. Phase distribution maps of (d), (e) and (f) corresponding to (a), (b) and (c), respectively. The green area indicates austenite, and the red area indicates ferrite or martensite in the phase distribution maps.

一方,Figs.6(a)−(f)に,Fig.3で加工誘起マルテンサイトの形成が確認された20Cr-5Mn-0.25N鋼について,Fig.5と同様の観察を行った結果を示す。ここでFigs.6(a),(b),(c)はそれぞれ,変形前の段階,真ひずみ0.10の段階,真ひずみ0.23の段階におけるSEM像であり,Figs.6(d),(e),(f)は,それぞれFigs.6(a),(b),(c)の各段階に対応する相分布図である。

Fig. 6.

 SEM images on the surface of 20Cr-5Mn-0.25N steel deformed by equivalent plastic strain of (a) 0, (b) 0.10 and (c) 0.23. Phase distribution maps of (d), (e) and (f) corresponding to (a), (b) and (c), respectively. The green area indicates austenite, and the red area indicates ferrite or martensite in the phase distribution maps.

なお,この鋼では室温の変形でマルテンサイト変態が生じるため,Figs.6(d),(e),(f)に示す相分布図中の赤色の領域にはフェライトに加えて新たに生成したマルテンサイトも含まれることになる。相分布図の変化に着目すると,単に引張変形にともなう像の伸張だけでなく,Fig.6(e)中に白丸印で示した部位に確認されるように,変形前のオーステナイト粒の三重点やオーステナイト粒同士の粒界から,新たにマルテンサイトが発生していることが確認される。また,Fig.6(f)では相の同定の困難な領域が増加しているものの,Fig.5(f)に比べて比較的少ない。この理由には,固溶窒素量が少ないため,オーステナイトとフェライトの強度差が小さく,この二相間の界面近傍のひずみ集中が比較的抑えられたことが考えられる。Fig.6(f)ではマルテンサイトが引張変形とともにさらに増加していることが確認される。

加工誘起マルテンサイトの発生前後である,Fig.6(d)およびFig.6(e)の黒四角の領域に注目し,その領域の拡大をFigs.7(a)−(d)に示す。Figs.7(a),(b)はそれぞれ変形前の段階,真ひずみ0.10の段階におけるSEM像であり,Figs.7(c),(d)はそれぞれFigs.7(a),(b)の各段階に対応する相分布図である。Fig.7(a)の変形前のSEM像は各結晶粒でコントラストが異なっておりチャネリングの効果を大きく含んだ像である。このSEM像と対応するFig.7(c)の相分布図において,結晶粒界を黒線で表示するが,この黒線がFig.7(a)で視認できる結晶粒界と対応している。Fig.7(c)中に緑色と赤色で示されるオーステナイトおよびフェライトに対応したコントラストがFig.7(a)中にもわずかに現れている。引張変形により,Fig.7(d)の中央に新たにマルテンサイトが生成し(矢印で示す),初期オーステナイト粒を縦断して上下の粒界に到達している様子がわかる。一方,Fig.7(b)においても,この新たに形成されたマルテンサイトの位置(矢印で示す)に対応して凹凸があらわれている。Fig.7(b)中の各結晶粒には多くのすべり帯が形成されているが,矢印で示す加工誘起マルテンサイトが発生した位置でのすべり帯の様相は,上部に隣接する結晶粒のそれと比較して明確でない。すなわち,Fig.7(b)中の矢印で示す位置の表面段差は,すべり帯によるものではなく,マルテンサイトの形成に対応するものと考えられる。

Fig. 7.

 Enlarged SEM images and phase distribution maps corresponding to rectangular area in Fig.6.

3・4 微細格子マーカー法による微視的変形挙動の観察

Figs.8(a),(b),(c)は,オーステナイトが安定である22Cr-5Mn-0.34N鋼を室温で引張変形し,その変形途中の3段階の塑性ひずみ量で変形を止め,相当塑性ひずみ分布の変化を同一視野で観察した結果である。引張方向は図中の水平方向である。測定領域の広さは180格子×100格子(変形前で90 μm×50 μmの領域に対応)である。これらの図には引張にともなう試験片の形状変化は反映させておらず,変形前のそれぞれのマーカー格子の初期位置に対応する場所に,そこでのマーカー交点の変位量から求められる相当塑性ひずみの値を色の違いとして示している。相当塑性ひずみの値は図下部に示すカラーコードに準じた色で表示する。また,図中にSEM-EBSD法により判定した,変形前の初期オーステナイトとフェライトの異相界面を黒線で示す。Figs.8(a),(b),(c)の測定領域に存在するすべてのマーカー格子点の変位より算出した相当塑性ひずみの平均値はそれぞれ,0.152,0.345,0.517である。なおFig.2に示したように,JIS規格にしたがう試験片を用いた時,この鋼の均一伸びは真ひずみで0.29であり,平均相当塑性ひずみ0.517の値はそれを大きく超えている。これは実験方法2・3で述べたように,ここで用いた試験片はJIS規格とは異なる小型試験片であるためである。Figs.8(a),(b),(c)より,90 μm×50 μmという小さな領域において,塑性ひずみ分布は均一ではないことが理解される。Fig.8(a)の中央付近に観察されるように,平均相当塑性ひずみ0.152の段階では,異相界面を中心に帯状のひずみ集中域が形成されている。Fig.8(b)に示す平均相当塑性ひずみ0.345の段階では,その傾向がさらに顕著になると同時に,その他の領域にも応力軸に45°傾斜した方向に沿って高ひずみ帯状領域が現れている。Fig.8(c)に示す平均相当塑性ひずみ0.517の段階に達すると,異相界面における相当塑性ひずみは部分的に2程度にまで達し,帯状に多数のひずみ集中領域が発生している。帯状のひずみ集中領域はフェライト−初期オーステナイト界面近傍のフェライト領域ばかりでなく,硬質相のオーステナイト領域の内部でも多数形成されるようになる。

Fig. 8.

 Equivalent plastic strain distribution maps on the surface of 22Cr-5Mn-0.34N steel after deformation of (a) 0.152, (b) 0.345 and (c) 0.517 at room temperature. The measurement area is 90 μm × 50 μm in the state before deformation.

Figs.9(a),(b),(c)は,変形中にマルテンサイト変態が起きる20Cr-5Mn-0.25N鋼について,Fig.8と同様に変形量を変えて同一領域で相当塑性ひずみ分布の変化を観察した結果である。測定領域の広さもFig.8と同様である。相当塑性ひずみの値は図下部のカラーコードに準ずる。また,図中に変形前の初期オーステナイトとフェライトの異相界面を黒線で示す。Figs.9(a),(b),(c)各段階における相当塑性ひずみの平均値はそれぞれ,0.128,0.353,0.428である。Fig.9(a)に示す平均相当塑性ひずみ0.128の段階では,応力軸方向と45°をなしたフェライト領域にひずみ集中域が見られるが,Fig.9(b)に示す平均相当塑性ひずみ0.353の段階では,初期オーステナイト領域の多くの場所でも大きなひずみが帯状に発生している。SEM観察よりこれらの帯状のひずみ集中領域は各粒内部の粗いすべり帯の形成位置に主に対応している。Fig.9(c)に示す平均相当塑性ひずみ0.428の段階に達すると,新たな局所ひずみ領域が発生するというよりむしろ,平均相当塑性ひずみ0.353の段階で現れていたひずみ集中領域が拡大するとともにひずみ値が増加する傾向が認められる。

Fig. 9.

 Equivalent plastic strain distribution maps on the surface of 20Cr-5Mn-0.25N steel after deformation of (a) 0.128, (b) 0.353 and (c) 0.428 at room temperature. The measurement area is 90 μm × 50 μm in the state before deformation.

Fig.10は,Fig.8Fig.9で示した各変形段階での塑性ひずみ分布の測定結果をもとに,両鋼における初期オーステナイトおよびフェライトの各領域の平均相当塑性ひずみの変化を比較した結果である。いずれの鋼でも,塑性ひずみの増加にともない,各領域における平均相当塑性ひずみは増加するが,各領域が担う塑性ひずみ量の分配に差が認められる。Fig.10(a)に示す22Cr-5Mn-0.34N鋼では,平均相当塑性ひずみは初期オーステナイト領域に比べフェライト領域で高く,その差は変形の進行とともに顕著となっている。この鋼では,冷延板の焼鈍時に鋼中の窒素が固溶状態でオーステナイトに濃化するため,Fig.4に示したようにオーステナイトがフェライトに比べて硬質である14)。一方,Fig.10(b)に示す20Cr-5Mn-0.25N鋼では,フェライト領域の平均相当塑性ひずみは初期オーステナイト領域のそれに比べわずかに大きいが,22Cr-5Mn-0.34N鋼に比べてその差は極めて小さい。

Fig. 10.

 Mean value of equivalent plastic strain in each region of initial austenite and ferrite on the surface of deformed (a) 22Cr-5Mn-0.34N steel and (b) 20Cr-5Mn-0.25N steel.

両鋼の各領域における,このような相当塑性ひずみの増加挙動の違いを理解するためには,加工誘起マルテンサイトとその周囲の局所的な相当塑性ひずみ分布の変化をさらに微視的に観察することが重要と考えられる。Figs.11(a),(b),(c)は20Cr-5Mn-0.25N鋼の同一領域における,変形にともなう相当塑性ひずみ分布の変化を,カラーコードの平面図と,カラーコードおよび柱の高さで強調した鳥瞰図の両方で示したものである。測定領域の広さは変形前で8 μm×15 μmに対応する。Figs.11(a),(b),(c)における相当塑性ひずみの平均値はそれぞれ,0.115,0.339,0.427である。SEM-EBSD法で確認したフェライトとオーステナイト,あるいは,オーステナイトとマルテンサイトの界面に対応した格子を平面図中に黒色で示す。各格子のひずみ値は図下部のカラーコードに準ずる。Fig.11(a)に示す平均相当塑性ひずみ0.115の段階では,図中央部にオーステナイト中に形成されたマルテンサイトが位置しているが,マルテンサイトに対応する領域の色は周囲とほぼ同等であり,変態したことによるひずみ増加は今回のマーカー法のひずみ検出精度では見出されなかった。Fig.11(b)に示す平均相当塑性ひずみ0.339の段階では, Fig.11(a)に比べてマルテンサイト領域が拡大しているとともに,全体的にひずみが増加しているが,フェライトやオーステナイトに比べてマルテンサイトにおけるひずみは比較的小さい。その一方,マルテンサイト近傍のオーステナイトでは局所的にひずみが増大する傾向がある。Fig.11(b)のマルテンサイト領域の下側にひずみが比較的小さい領域が見られるが,この領域は別途SEM-EBSD法で得た相分布図において,IQ値の低下により相の同定が困難であった領域に対応しており,SEM-EBSD法では確認できなかったものの,実はマルテンサイトに変態している可能性がある。Fig.11(c)に示す平均相当塑性ひずみ0.427の段階に達すると,マルテンサイトに隣接するオーステナイトでのひずみ値がさらに増大しているにもかかわらず,Fig.11(c)の鳥瞰図で顕著に示されるようにマルテンサイトでは依然としてひずみの増加が抑えられている。

Fig. 11.

 Equivalent plastic strain distribution maps around the strain-induced martensite on the surface of 20Cr-5Mn-0.25N steel after deformation of (a) 0.115, (b) 0.339 and (c) 0.427 at room temperature. The measurement area is 8 μm × 15 μm in the state before deformation.

3・5 複合組織鋼の加工硬化におよぼす加工誘起マルテンサイトの影響

結晶性材料の加工硬化は,塑性変形にともなう転位密度の増加によって引き起こされる。それは一般にBailey-Hirschの式22)であらわされる。この式は,変形抵抗の主体としていかなる転位を想定したとしても,まずは転位の密度増加にともなうその平均間隔の減少による転位間相互作用の増大が硬化を引き起こすと考えることで理解出来る。

フェライト・マルテンサイト鋼など,軟質相と硬質相とが混在した複合組織鋼では,フェライト単相鋼に比べて一般に大きな加工硬化能があらわれ,その降伏比が低いことが良く知られている23,24)。このような二相鋼の加工硬化能,特にその変形初期に加工硬化が著しく促進される機構を考える場合,Bailey-Hirschの平均的硬化理論は有効でない。この場合は硬質相と軟質相との間に生ずる塑性ひずみ差に起因した内部応力が重要と考えられる。すなわち理論的にはEshelby理論25)と平均場理論26)とに基づくマイクロメカニクスを基盤とする内部応力解析27),あるいは,転位論を基盤とする硬質相と軟質相の界面の軟質相側に堆積した転位によるback stressを想定すれば理解が可能である28)。実験的には,中性子回折を用いて,パーライト鋼やフェライト・オーステナイト鋼などにおける構成相の格子定数の変化から各相の弾性ひずみが実測され,硬質相と軟質相との間の応力分配が実証されている29,30)。なお,フェライト・マルテンサイト鋼など構成相が似通ったものについても,近年両相のピーク分離が可能となり,応力分配の検証がなされている31,32)

このような内部応力の発生は加工硬化率を顕著に増加させる。Manchester大学を中心とする研究グループは,球形のマルテンサイト(硬質相)がフェライト(軟質相)の母相に分散した状態において,軟質の母相のみがΔΣp塑性変形したときの母相中に発生する平均の内部応力を解析している。そしてこの内部応力の発生によって引き起こされる塑性変形抵抗の増分(加工硬化量)ΔσAが次式のように表わせることを示している33,34)。   

Δ σ A = f ( 7 5 ν ) 5 ( 1 ν ) μ Δ ε p (2)

ここでfは硬質相の体積分率,νはポアソン比,μは剛性率,である。なおこの解析では硬質相は弾性変形のみするものとしている。この式より硬質相と軟質相との塑性ひずみ差によって生ずる単位ひずみ当たりの外力増分(加工硬化率ΘH)は次式で与えられる。   

Θ H = d σ A d ε p = f ( 7 5 ν ) 5 ( 1 ν ) μ (3)

また硬質相の形状が板状である場合,その加工硬化率ΘHは次式で与えられる35)。   

Θ H = 2 f μ ( 1 f ) ( 1 ν ) cos 2 ( 2 α ) (4)

ここでαは板状硬質相の板面と応力軸とのなす角度である。この式によれば,α=π/4のときに加工硬化率がゼロとなる一方,硬質相板面と応力軸とが垂直(α=π/2),あるいは平行(α=0)のときに硬化率が最大となる。

本研究で用いた2種類の二相ステンレス鋼はいずれも初期状態で,軟質相のフェライトと硬質相のオーステナイトとの複合組織となっており,Fig.4で示したように,両鋼に共通して,各相の初期硬さには,80-90 HV(フェライト約200 HV,オーステナイト約280-290 HV)という大きな差が存在する。このため,変形初期に,まず軟質のフェライトがすべり変形で降伏した後も,オーステナイトは弾性変形に留まるため,両相の間には塑性ひずみ差が生じ,これにともない内部応力が発生(フェライトからオーステナイトへの応力分配)する。これによって急激な加工硬化が起こり,これは硬質相のオーステナイトが降伏するまで続くことが期待される。

ここで,式(3)を採用し,f=0.57,μ=80 GPa,ν=0.25と仮定するとΘH=70 GPaとなる。fは22Cr-5Mn-0.34N鋼のオーステナイト分率の値を用いている。この硬化率をもってオーステナイトとフェライトとの間に塑性ひずみ差0.002が生じると仮定すると,その加工硬化量は140 MPaとなる。Fig.2の内挿図は,両鋼の真応力−真ひずみ曲線の初期段階(真ひずみ0.012まで)を拡大したものである。この図で,弾性域からの変移は,いずれの鋼でも応力400 MPa辺りから生じており,この応力水準周辺でフェライトが降伏しているものと考えられる。まず,22Cr-5Mn-0.34N鋼の真応力−真ひずみ曲線に着目する。応力水準が400 MPaに到達以降の塑性ひずみ0.002の増分(真ひずみ0.002-0.004の範囲)による応力増分を評価すると,その増分値は約130 MPaである。この値は,前述の式(3)を用いて評価した値とほぼ一致する。一方,20Cr-5Mn-0.25N鋼に着目すると,22Cr-5Mn-0.34N鋼に比べて加工硬化量が少し小さいが,同様に塑性ひずみ0.002の増加で100 MPaに近い応力増分が現れており,20Cr-5Mn-0.25N鋼でも22Cr-5Mn-0.34N鋼と同様に,硬質相と軟質相の間に生じる内部応力がその加工硬化に寄与しているものと考えられる。

22Cr-5Mn-0.34N鋼および20Cr-5Mn-0.25N鋼ともに,その後,塑性ひずみの増加にともない加工硬化率は急激に低下し,Fig.2に示すように,真ひずみ0.1においてその値は1.6-1.7 GPa程度となる。この硬化率の急激な低下の原因は,フェライトからオーステナイトへの応力分配によってオーステナイトへの応力が大きく上昇してその降伏応力を越え,硬質相のオーステナイトも塑性変形を開始したためである。すなわち,フェライトに続きオーステナイトも塑性変形開始することで両相間に発生した内部応力(応力分配)のそれ以上の増加が停止するためである。

加工誘起変態を起こさない22Cr-5Mn-0.34N鋼では,そのまま硬化率は低下を続け,真ひずみ0.29で塑性不安定条件に達し,均一変形を終了する。一方,加工誘起変態を起こす20Cr-5Mn-0.25N鋼の加工硬化挙動は22Cr-5Mn-0.34N鋼とは全く異なる。真ひずみ0.1-0.2の範囲での硬化率の低下は,変態を起こさない22Cr-5Mn-0.34N鋼よりも著しいが,真ひずみ0.19での硬化率1.2 GPaを極小値として硬化率は増加に転じる。その後,真ひずみ0.38での極大値1.8 GPaに達するまで硬化率は増加し続け,極小値と比較すると,0.6 GPaの上昇,すなわち1.5倍の硬化率の増加を示す。

この20Cr-5Mn-0.25N鋼における硬化率の増加は加工誘起マルテンサイトの発生によるものと考えられる。Fig.3の20Cr-5Mn-0.25N鋼における変態挙動に着目すると,真ひずみ0-0.15の間にオーステナイト体積分率は変形前の55 vol%から46 vol%に減少し,変形の比較的初期段階から加工誘起変態が生じていることがわかる。真ひずみ0.15以降のオーステナイト減少率は,変形初期段階よりもやや大きくなり,真ひずみ0.47で15 vol%にまで減少しており,最終的に約40 vol%のオーステナイトがマルテンサイトに変態する。

オーステナイトから生成された加工誘起マルテンサイトでは,侵入型溶質原子を過飽和な状態で固溶しつつFCC系からBCC系(BCT構造を含む)への構造変化により,転位のパイエルス障壁が顕著に上昇し,その変形抵抗は大きく増加するものと考えられる。Fig.4の硬さ測定において,20Cr-5Mn-0.25N鋼の塑性ひずみの増加にともなう初期オーステナイト領域の硬さの上昇に着目すると,真ひずみ0.15以降で硬さの増加が顕著であり,真ひずみ0.47では530 HVに達している。仮に,真ひずみ0-0.15の硬さ上昇率を維持したまま真ひずみ0.47までの硬さの上昇を外挿しても(Fig.4中の一点鎖線),その値は430 HV程度である。すなわち「初期オーステナイト(55 vol%)」から「オーステナイト(15 vol%)+マルテンサイト(40 vol%)」に変化したことによる初期オーステナイト領域の硬さ上昇は少なくとも100 HV以上と見積もることができる。すなわちオーステナイトとその中に発生した加工誘起マルテンサイトとの硬さの差は100 HV以上と考えられる。

ところで,先のManchester大学を中心とする研究グループは,オーステナイト領域の方位がランダムであるとして,オーステナイトがマルテンサイト変態した時の伸びひずみを0.08(8%)と見積もっている33)。この結果を用いると,20Cr-5Mn-0.25N鋼の真ひずみ0.47の塑性変形量のうち,マルテンサイト変態による寄与は,0.08(変態による伸びひずみ)×0.4(マルテンサイト体積分率の増加量)=0.032程度であり,マルテンサイトによる塑性ひずみは,全体の塑性ひずみ量0.47の1割にも満たず,ほとんどの塑性ひずみはすべり変形により担われていることが理解される。

次に,このような加工誘起マルテンサイトが生じたときの加工硬化率への影響を考える。まず変形初期段階で,最初に降伏したフェライトから未だ弾性状態にある初期オーステナイトへの応力分配により急激な加工硬化が発生する。しかしオーステナイトも降伏を開始することで,このフェライト−オーステナイト間の応力分配,つまり内部応力の増加は停止し,加工硬化率は通常のBailey-Hirsch型の硬化率の水準に低下する。しかし,Fig.3から理解されるように,20Cr-5Mn-0.25N鋼では変形のかなり初期から加工誘起マルテンサイトが発生するため,初期オーステナイトの塑性変形は,すべり変形だけではなくマルテンサイト変態の連続的誘起によっても担われている(ただしマルテンサイトの寄与は1割未満のごく一部)。Fig.6に示すように,初期オーステナイト中に徐々に粒状のマルテンサイト領域が増加することも確認されている。このように形成されたマルテンサイトの変形抵抗は,オーステナイトのそれに比べて著しく高く,その結果,未変態オーステナイトからマルテンサイトへの応力分配が生じることが期待される。すなわち,変形初期のフェライト−初期オーステナイト間の応力分配による内部応力増加が停止すると,硬化率がいったん大きく低下するが,一方で初期オーステナイト領域での加工誘起マルテンサイトの発生により,未変態オーステナイト−加工誘起マルテンサイト間での応力分配により新たな内部応力の発生,増加が起こり,加工硬化率の再度の増加が引き起こされるものと考えられる。

ここでオーステナイト中に生成されるマルテンサイトを球状であると仮定すると,その硬化率への寄与は式(3)で表わされる。ここでμ=80 GPa,γ=0.25を代入すると代入すると次式を得る。なおここでfは弾性的挙動を示す硬質相の体積分率である。   

Θ H = 123 f ( : GPa ) (5)

Fig.2の20Cr-5Mn-0.25N鋼の硬化率の変化に着目すると,前述のように,真ひずみ0.19で硬化率1.2 GPaの極小値を取り,その後,硬化率は増加に転じ,真ひずみ0.38で極大値1.8 GPaに達している。しかし,仮にこの鋼が加工誘起相変態を起こさず,連続的に硬化率が低下するものと仮定すると,Fig.2の破線のような変化を示すものと考えられる。真ひずみ0.38での実際の硬化率と比較すると,その差は1 GPa以上と見積もられ,これがマルテンサイト変態したことによる硬化率増分への寄与と考えられる。

式(5)に従って硬化率ΘHに1 GPaの増加をもたらすための体積分率fを求めてみると,その値は0.008となり,約0.8 vol%の硬質相が弾性的であれば,この程度の硬化率の増加を説明出来る。そして真ひずみ0.19から0.38までの硬化率の増加は,このような弾性的な硬化相の体積分率の増加によって理解出来る。ここで注意しなければならないことは,真ひずみ0.38の段階での,硬化相である加工誘起マルテンサイトの体積分率は,Fig.3に示したように約35 vol%に達していることである。この値は先の硬化率の増加を説明するための体積分率の値0.8 vol%に比べて桁違いに大きい。しかし,このことについては以下のように理解出来る。マルテンサイト変態によりその領域は硬化するが,その後,周囲のオーステナイトが,マルテンサイト変態によるeigenひずみ以上の塑性変形量に達すると,オーステナイトからマルテンサイトへの応力分配を開始し硬化率の増加が起こる。しかし周囲のオーステナイトから分配された内部応力を緩和するためマルテンサイト自身もすぐにすべりによる塑性変形を開始してしまい,そこでの内部応力増加は止まる。すなわち,マルテンサイトの体積分率は,Fig.3から概算されるように,平均で真ひずみ0.01あたり0.85 vol%の割合で,変形とともに増加するが,その一方で,周囲の未変態オーステナイトからの応力分配によって,硬質相マルテンサイトへの応力はすべりによる降伏応力に達して次々塑性変形を開始してしまう。その結果,体積分率の増加を続けるマルテンサイト領域のなかで,未変態オーステナイトとの間の応力分配に寄与しうる弾性状態に留まっているマルテンサイトの割合は。式(5)から計算された0.8 vol%程度に限定されるものと考えられる。そしてこの体積分率は真ひずみ0.01あたりで生成されるマルテンサイトの体積分率とほぼ同等である。

以上から,20Cr-5Mn-0.25N鋼での応力分配の遷移過程をまとめた模式図をFigs.12(a),(b)に示す。Fig.12(a)に示すように,変形初期ではまず初期オーステナイトとフェライト間での応力分配が生じるが,更にその後,Fig.12(b)に示すように,次々と増加する加工誘起マルテンサイトと未変態オーステナイト間で応力分配が継続することで,高い加工硬化率が維持し,大きな均一伸びが発現するものと考える。

Fig. 12.

 Schematic illustration showing a process of load transfer (a) before and (b) after martensitic transformation in 20Cr-5Mn-0.25N steel.

なお,Fig.2において両鋼の硬化率を比較すると,真ひずみ0.1-0.2の間で加工誘起相変態を起こす20Cr-5Mn-0.25N鋼の硬化率が,加工誘起変態を起こさない22Cr-5Mn-0.34N鋼のそれよりも低くなっていることがわかる。20Cr-5Mn-0.25N鋼では,このひずみ領域ですでに10 vol%前後のマルテンサイトが発生しており,これが直ちに硬質相として応力分配を引き起こすならば,相変態を起こさない22Cr-5Mn-0.34N鋼より,むしろその硬化率は高くなることが考えられる。しかし実際にはその逆である。これについては,今後議論がさらに必要であるが,ひとつの可能性として,マルテンサイト変態にともなう変態ひずみの影響があげられる。すなわち前述のように,この変態ひずみは変態領域での平均的な伸びひずみ0.08に及ぶ。このため,式(2)において,右辺の塑性ひずみ差は変態直後,マイナスとなり,オーステナイト−マルテンサイト間に直ちには内部応力が発生しない。マルテンサイトが硬質相として引張の内部応力を負担するようになるには,マルテンサイトの周囲のオーステナイトのすべりによる塑性ひずみが,マルテンサイト変態にともなう変態ひずみを越えることが必要と考えられる。このような変態ひずみは,初期オーステナイト領域に塑性的な伸びひずみを提供することから,変形初期に形成されていた初期オーステナイト領域とフェライト領域の塑性ひずみ差Δεを低減し,それに起因して発生する内部応力Δσを低下させる可能性がある。これは加工硬化率の一時的な低下に繋がりうる。これについては今後,より具体的な数値計算等による議論が必要である。

4. 結言

オーステナイトの安定度が異なる2種のCr-Mn-N二相ステンレス鋼を引張試験に供し,変形中の初期オーステナイト領域におけるマルテンサイト変態の様相をSEM-EBSD法で捉えるともに,微細格子マーカー法により引張変形中の局所ひずみ分布を測定し,以下の結論を得た。

(1)オーステナイトが安定な22Cr-5Mn-0.34N鋼の引張強度は公称応力807 MPa,均一伸びは公称ひずみ0.333であった。一方,引張変形の進行にともない加工誘起マルテンサイトが生成していく20Cr-5Mn-0.25N鋼の引張強度は公称応力846 MPa,均一伸びは公称ひずみ0.606であり,TRIPが顕在化した。

(2)いずれの鋼種とも変形初期ではフェライト領域に比べて初期オーステナイト領域の硬さが大きいが,TRIPを示す20Cr-5Mn-0.25N鋼では,真ひずみ0.15を超えるとマルテンサイトの形成に対応すると思われる初期オーステナイト領域の急激な硬さの上昇が認められた。

(3)SEM-EBSD法により引張にともなう同一領域の相変化を調べたところ,22Cr-5Mn-0.34N鋼では新たな相の出現は観察されなかったが,20Cr-5Mn-0.25N鋼ではオーステナイト粒界や粒界三重点よりマルテンサイトが生成し,これに対応する表面性状の変化が認められた。

(4)微細格子マーカー法を用いた局所ひずみ分布解析により各相の領域のひずみを見積もったところ,22Cr-5Mn-0.34N鋼では主に異相界面近傍に大きなひずみが現れ,各変形段階でフェライト領域のひずみが初期オーステナイト領域のそれを上回っていた。一方,20Cr-5Mn-0.25N鋼では主に初期オーステナイト内で局所的なひずみ集中が見られたが,初期オーステナイト領域およびフェライト領域の各領域のひずみの平均値は各変形段階でほぼ同一であった。

(5)20Cr-5Mn-0.25N鋼について,SEM-EBSD法と微細格子マーカー法を組み合わせて引張変形中に生成したマルテンサイト近傍のひずみ分布を調べたところ,変態によるひずみ増分はほとんど確認されなかったが,マルテンサイト周辺のオーステナイトに大きな局所ひずみがあらわれた。この局所ひずみの増加はオーステナイトから硬いマルテンサイトへの応力分配に寄与している可能性がある。

(6)TRIPによる大きな均一伸びの発現には,変形過程で次々に発生するマルテンサイトが応力を担うことでマルテンサイトとオーステナイトの間に応力分配が逐次的に生じ,広いひずみ範囲で加工硬化が持続することが寄与しているものと考えられる。

文献
 
© 2016 The Iron and Steel Institute of Japan
feedback
Top