Tetsu-to-Hagane
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ISSN-L : 0021-1575
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Development of High-chromium Ferritic Heat-resistant Steels with High-nitrogen Addition
Shigeto YamasakiMasatoshi MitsuharaHideharu Nakashima
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2017 Volume 103 Issue 1 Pages 64-72

Details
Synopsis:

New ferritic heat resistant steels with high nitrogen content were developed and these microstructure and the mechanical properties at high temperature were evaluated. 0.3 mass% N could be added into ferritic steels without blow holes by applying pressurized melting methods with pressurized atmosphere up to 4.0 MPa. The high nitrogen ferritic heat resistant steels contained several kind of nitrides within the lath martensitic structure. V-rich coarse particles were identified as crystallized VN. Fine VN or Cr2N particles were precipitated on the martensitic grain boundaries depending on the amount of V content. The martensitic structure in the high nitrogen steels contained a hierarchical structure of martensitic lath, block, packet and prior austenitic grain. These martensitic structure satisfied the K-S relationship as with the conventional carbon steel. The creep strength of the developed steels were comparable to Gr.91 steel though weaker than Gr.92. It is required additional precipitates other than nitrides for further strengthening of the developed steels.

1. 緒言

高Crフェライト系耐熱鋼は火力発電プラントの高温用構造部材として使用される。体心立方構造のフェライト相は熱膨張係数が小さく,熱伝導性に優れるという特徴を有するため,頻繁な起動停止を繰り返す火力発電プラントの高温部材に適している。火力発電プラントは蒸気温度を上昇させることで高効率化を図ることができるため,高温部材に対する高温強度と耐酸化性の向上に対する要求に応えるべく,フェライト系耐熱鋼の化学組成や微細組織の改良が続けられてきた1)。現在,火力発電プラントに使用されているフェライト系耐熱鋼のうちで最も高温強度に優れる鋼種はASME Grade P/T92(Gr.92)鋼であり,その最高使用温度は約620°Cとされている2)。Gr.92鋼の化学成分上の特徴は,まず耐酸化性向上のために質量%で約9%(以後,元素添加量はすべて質量%で示す)のCrが添加されていることが挙げられる。また,Crは鋼中に含まれる炭素と結合することでM23C6型炭化物(Mは金属元素)を形成し,この炭化物が高温使用時の微細組織安定化を図る上で重要な役割を果たしている3)。WとMoはそれぞれ約1.5%と約0.5%添加され,母相中での固溶強化に加えてM23C6炭化物に固溶することでM23C6炭化物の熱的安定性向上に寄与している3,4)。また,MX型炭窒化物もGr.92鋼の高温強度を担う重要な析出物である。主にVNとNbC からなるMX型炭窒化物はM23C6炭化物よりもさらに熱的に安定であると考えられており,とくに長時間クリープ強度の維持に重要である3)。一般的に使用されている9%から12%のCrを含有する高Crフェライト系耐熱鋼の微細組織の特徴は,焼戻しラスマルテンサイト組織を有することである。中でもマルテンサイト組織の最小構成単位であるマルテンサイトラスがクリープ強度を担う主要因3,5)と考えられており,上述の析出物は直接的に転位運動の障害となることに加えて,微細なラス組織を高温で長時間維持することにより間接的にも強度に寄与している。クリープ強度の基本的な考え方に基づけば,マルテンサイト変態によって多くの結晶粒界が導入されるマルテンサイト組織はクリープ強度の観点においては不利な微細組織である。それにもかかわらず実用鋼がマルテンサイト組織を採用しているのは,靭性などのプラントを建造・運用する上での材料特性を重視しているためである6)

現在,蒸気温度を700°Cまで上昇させた先進超々臨界圧(A-USC)プラントの開発が各国で進められている。現時点では700°Cでの長時間使用に耐え得るフェライト系耐熱鋼は存在しないため,A-USCプラントのボイラ材料にはFe-Ni基合金やニッケル基耐熱合金の採用が検討されている7)。一方,すでに述べたように,十分な高温強度と耐酸化性が保証できれば,火力発電ボイラ用材料としては基礎物性に優れているフェライト系耐熱鋼が好適であることから,フェライト系耐熱鋼の高温特性向上への取り組みが行われている。A-USC条件である700°C以上での使用を想定したものとしては,母相組織を焼戻しラスマルテンサイト組織ではなくフェライト組織とした鋼種が開発されており,強化相としてLaves相やχ相などのW系金属間化合物を析出させた鋼種8)や,NiAlやNi2TiAlを析出させた鋼種9)で,優れたクリープ強度を示すことが報告されている。しかし,フェライト組織の鋼種では著しい靭性の低下が問題となっている10)。著者らの知る限りでは,焼戻しラスマルテンサイト組織を母相とするフェライト系耐熱鋼としては,物質・材料研究機構のグループが開発した,Gr.92鋼に対してWとCoを増加,Cを低減させた鋼種が現時点での最高強度の鋼種であり,650°Cまでの温度域での十分なクリープ強度を達成している2,6)。この鋼種では,C量を低減することによりM23C6の析出を抑制し,主要な析出相となるMX粒子を微細かつ緻密に分散させることで,高温におけるラス組織の安定性を向上させ,クリープ強度を向上させている11)

耐熱鋼の使用上限温度はクリープ強度だけでなく耐酸化性によっても制限される。既存のフェライト系耐熱鋼の耐酸化性は主にCr添加量に依存しているが,Crはフェライト安定化元素であるため,高濃度のCrを添加した鋼種で母相をマルテンサイト組織とするためにはCrの増加に対応した量のオーステナイト安定化元素の添加が必要となる。フェライト系耐熱鋼の耐酸化性向上に寄与するCr以外の元素としてはNの有効性が報告されている。MasuyamaらはGr.92相当鋼に約0.15%のNを添加した鋼の600°Cから650°Cにおける耐酸化性を調査し,N添加を行っていない場合と比較して耐酸化性が大幅に向上することを明らかにしている12)。オーステナイト安定化元素であるNによって耐酸化性が向上することは,フェライト系耐熱鋼の耐酸化性向上と組織制御の両立という観点において合金設計の可能性を広げるものであると期待される。さらに,上述したフェライト系耐熱鋼中の主要な強化相であるMX粒子は,N添加鋼においてはMN型窒化物として存在し得る。すなわち,フェライト系耐熱鋼に高濃度のNを添加することができれば,主要な強化相としてMN粒子を多量に析出させられる可能性がある。

フェライト系耐熱鋼への窒素添加には上記のような材料特性向上の可能性があるにもかかわらず,Nを添加したフェライト鋼に関する過去の研究が少ない理由は,フェライト相中へのN添加の困難さにある。Fe-N二元系で考えた場合,フェライト相中に固溶しうるN量は最大で約0.1%である。そのため大気溶解では,溶鋼中に多量のNを添加したとしても,凝固時に発生した初晶のδフェライト相中で過飽和となったNが気化し,離脱してしまう。したがって,Nの気化離脱を抑制しフェライト相中に多量にNを添加するためには,加圧溶解法13)を用いて固相中にNを強制固溶させる必要がある。そこで本研究では,フェライト系耐熱鋼へのN添加が微細組織と高温強度に及ぼす影響を明らかにすることを目的として,加圧溶解法を用いた高窒素添加フェライト系耐熱鋼の作製を試みるとともに,高窒素添加フェライト系耐熱鋼の微細組織と高温強度を評価した。

2. 実験方法

高窒素添加フェライト系耐熱鋼の試作に際して,既存鋼と同様の焼戻しラスマルテンサイト組織中に第二相粒子が分散した微細組織を形成させること目標とし,Thermo-Calcを用いた熱平衡状態計算を用いた合金組成の検討を行った。熱力学データベースにはSSOL5を使用し,平衡相としてLIQUID(液相),FCC_A1(オーステナイト相またはMX型炭窒化物),BCC_A2(フェライト相),HCP_A3(Cr2N窒化物),M23C6(M23C6炭化物),LAVES_C14(Fe2W Laves相)を想定して計算を行った。熱平衡状態計算結果から3種類の化学組成の鋼を選定し,試作を行った。

高窒素フェライト系耐熱鋼の作製には加圧エレクトロスラグ再溶解(Electro-Slag Remelting:ESR)法13)と加圧誘導溶解法14)を用いた。加圧ESR法ではNを固体の窒化物として添加するため,N添加量を目標値に精度良く合わせるためには加圧ガスから溶鋼へのNの溶解を抑制する必要がある。そこで本溶解を実施する前に予備試験として,ガス圧力に対するNの溶解量を測定した。予備試験には高Crフェライト系ステンレス鋼であるSUS410(12Cr-0.13C)を用いた。SUS410のみの電極と,電極組成が0.3%N となるようにFeCrN粉末を充填した鋼管を装填したSUS410製電極の二種類のESR電極を作製し,ガス圧力を0.5 MPa,1.0 MPa,2.0 MPaと変化させながら加圧ESR溶解を行った。使用した加圧ガスの組成は90%He-10%N2である。予備試験の結果を踏まえ,加圧ESR法では,窒素以外の元素を含んだESR電極に目標N量に相当するFeCrN粉末を充填した鋼管を装填し,全圧4.0 MPa,窒素分圧0.4 MPaの圧力下でESR溶解を実施した。スラグには純度99.99%のCaF2を使用し,これを通電加熱することで電極を溶解させた。スラグへの入力条件は,電流値を約2.8 kA,電圧値を約24 Vとした。溶解した材料はスラグを通過して水冷鋳型に滴下した。ESR後のインゴットは約φ100 mm×350 mmの円柱状であり,重量は約15 kgであった。ESRインゴットは染色探傷検査の後,上中下の三部位に切断し,各部位で化学組成の定量分析を行った。なお,Nの分析には不活性ガス融解−熱伝導度法を用いた。熱間鍛造は鋼塊を1200°Cに昇温したのち約900°C程度に低下する度に再熱し,約40 mm角から約80 mm角の角棒状に加工した。なお,探傷試験で割れが確認されたインゴットに関しては,割れ部を切断したのち,熱間鍛造を実施した。その後,1200°Cでの熱間溝ロール圧延によって12 mm角から15 mm角の棒材へ成形した。加圧ESR法では組成の異なる3鋼種を作製し,本論文中ではそれぞれHN-A,HN-B,HN-Cと呼称する。

加圧ESR法で作製した鋼種と同一組成の高窒素フェライト鋼を加圧誘導溶解法で作製し,作製手法に依らず高窒素添加が行えるかどうかについて確認した。加圧誘導溶解法ではガス圧力を2.0 MPa,加圧ガス組成を100%N2とし,N以外の元素を含んだ溶鋼にNを加圧ガス雰囲気より導入し,2.0 MPaの圧力を保持したまま鋳型へ鋳造した。鋳造の直前に溶鋼からサンプリングし,インゴットと同一のチャンバー内において2.0 MPaの圧力下で凝固させた小型の試料を用いて成分分析を行った。インゴットと分析用試料とでは体積の違いから冷却速度が異なるため,両試料では凝固までの間に気相から導入される窒素量にわずかな差異が生じる可能性は否定できないものの,本論文ではインゴットと分析用試料の組成の差異については考慮しない。なお,加圧ESR材と同様に,Nの分析には不活性ガス融解−熱伝導度法を用いた。インゴットの重量はおよそ500 kgである。インゴット上下端部を切断した後に700°C−5 hの焼鈍処理を行い,次いで表面研削を実施した,その後,φ20 mmもしくはφ80 mmまで熱間鍛造を行った。加圧誘導溶解法で作製した鋼種はHN-Bと同一の目標組成であり,本論文中ではPN-Bと呼称する。加圧ESR材,加圧誘導溶解材ともに,1200°C−30 minの焼ならしの後,空冷により冷却し,780°C−1 hの焼戻しを行った。

焼ならし焼戻し後の各鋼種について,走査電子顕微鏡(CarlZeiss社製 Ultra55)の反射電子像による微細組織観察を行った。微細組織観察用試料は鋼棒から適当な大きさに切り出した後,湿式研磨により鏡面とした。その後,コロイダルシリカ研磨によって表面の加工ひずみ層を除去した上で,観察を実施した。反射電子像による観察に加えて,エネルギー分散型X線分光(Energy Dispersive X-Ray Spectroscopy:EDS)法による析出相の元素分析ならびに電子線後方散乱回折(Electron Back-Scattered diffraction:EBSD)法による焼戻しラスマルテンサイト組織の解析を行った。反射電子像観察,EDS測定およびEBSD測定は加速電圧15 kVで行った。EDS測定では,N-Kα線,V-Kα線,Cr-Kα線,Fe-Kα線,Nb-Lα線を使用して,第二相粒子を含む領域で面分析を行った。EBSD測定はスキャン形式を正六角形格子モード,ステップ間隔を0.5 μmとし,各鋼について200 μm×200 μmの視野を4視野ずつ測定した。EBSD解析の対象とする結晶構造は体心立方構造と面心立方構造とし,各測定点で発生した菊池パターンを結晶構造データベースと照合することで結晶相と結晶方位を決定した。なお,結晶相と結晶方位が決定された測定点のうち,指数付けの信頼性を表すConfidence Index値が0.1以上の測定点のみを結果として採用した。

開発鋼の高温強度を評価するために,HN-A,HN-BおよびHN-Cに関して引張試験とクリープ試験を実施した。引張試験とクリープ試験には,平行部直径φ6 mm,平行部長さ30 mmのつば付き単軸試験片を用いた。引張試験のひずみ速度は,ひずみ1.0%までを0.3%/min,その後破断までを7.5%/minとした。引張試験の試験温度は,HN-AとHN-Bについては室温と100°Cから500°Cまでを100°C毎,500°Cから750°Cまでを50°C毎とし,HN-Cについては室温と600°Cから750°Cまでを50°C毎とした。クリープ試験は650°Cでは80 MPaから140 MPa,700°Cでは40 MPaから100 MPaの応力範囲で行い,各条件における破断時間を測定した。

3. 結果と考察

3・1 合金組成

高窒素フェライト系耐熱鋼の合金組成の検討にあたっては,まず既存の高Crフェライト系耐熱鋼と同等の耐酸化性を付与するために9%のCrを添加することを決定した。次いで,MN型窒化物形成元素にはNとの親和性が高いIV,V族元素のうちで,比較的添加が容易な元素であるVを選定し,VNを析出させることによる強化を狙った。熱平衡状態計算から,過剰にVとNを添加すると溶鋼中にVNが晶出することが予想されたため,VN晶出を抑制するためにVとNの添加量の上限値をそれぞれ1.3%Vと0.3%Nとした。また,炭化物の析出を抑制するためにC添加量を0.01%とした。以上の検討に基づき,作製する合金組成をTable 1に示すように決定した。HN-Aは上限値の1.3%Vと 0.3%Nを添加した鋼種,HN-BはHN-Aに対して固溶強化を意図して1%のWを添加するとともにオーステナイト相安定化のために2%のCoを添加した鋼種である。HN-CはCr窒化物を主要な析出物とした場合の組織と強度を検討するために,HN-Bに対してV量を低減したものである。また,HN鋼が加圧エレクトロスラグ再溶解(ESR)法により作製したものであるのに対し,PN-BはHN-Bと同等の化学組成として加圧誘導溶解法によって作製した鋼種である。Fig.1にThermo-Calcで計算した開発鋼中の各相の相分率と温度の関係を示す。Thermo-Calc計算結果より,HN-AとHN-BではMX(主にVN)窒化物が,HN-CではCr2N窒化物が主要な析出物となることが予想される。また,HN-BとHN-Cでは750°C以下の温度域においてLaves相と微量のM23C6の析出も予想される。HN-Aでは析出しないM23C6がHN-Bで析出すると計算されるのは,W添加がM23C6を安定化させるためだと考えられる。また,HN-CでHN-BよりもM23C6の析出量が増加するのは,W添加の効果に加えて,V量の低減によりVX炭窒化物の析出量が減少し,余剰な炭素が存在するためである。

Table 1.  Target chemical compositions of the developed steels (mass%).
C Cr V Nb W Co N
HN-A 0.01 9.0 1.3 0.02 0.3
HN-B, PN-B 0.01 9.0 1.3 0.02 1.0 2.0 0.3
HN-C 0.01 9.0 0.6 0.02 1.0 2.0 0.3
Fig. 1.

 Relationship of phase fractions and temperature in the developed steels calculated by Thermo-Calc. (a) Fe-9Cr-1.3V-0.02Nb-0.01C-0.3N (HN-A), (b) Fe-9Cr-1.3V-0.02Nb-1W-2Co-0.01C-0.3N (HN-B, PN-B), (c) Fe-9Cr-0.6V-0.02Nb-1W-2Co-0.01C-0.3N (HN-C).

3・2 加圧溶解法による高窒素添加フェライト系耐熱鋼の作製

Fig.2に,予備試験としてガス圧力を変化させて作製した材料中の窒素量を示す。FeCrN粉末を含まない材料では,全圧を最大2.0 MPa,窒素分圧0.2 MPaまで加圧しても窒素量の増加は認められず,加圧ガス雰囲気から溶鋼中へのNの溶解は生じていない。ESR溶解ではスラグによって溶鋼が加圧ガス雰囲気から遮蔽されており,圧力はスラグ浴を介して溶鋼に付加される。このスラグによる遮蔽の効果により加圧ガスから溶鋼へのNの溶解が抑制されたものと考えられる。FeCrN粉末を含む材料では全圧0.5 MPa以上で約0.21%のNが材料中に添加されたが,全圧を2.0 MPaまで上昇させても窒素添加量は0.22%と大きく変化しておらず,目標値である0.3%には到達しなかった。これは,ガス圧力を2.0 MPaにしても凝固過程で窒素溶解度の小さいδフェライト域を通過する際に,過飽和なN量がガス化して離脱していることを示している。そこで,本溶解の際にはガス圧力を4.0 MPaまで上昇させるとともに,凝固時のNの離脱を見越して目標N添加量0.3%に対してFeCrN粉末から供給されるN量を0.33%として加圧ESR溶解を実施した。

Fig. 2.

 Relationship between the gas pressure and nitrogen additive amount.

Table 2に加圧溶解法で作製した各鋼の作製条件,窒素添加目標値およびインゴット上部,中部および下部における窒素実測値の一覧を示す。いずれの鋼種にもブローホールは確認されず,ほぼ目標窒素量である0.3%の添加に成功した。加圧ESR材では,ガス圧力を4.0 MPaとしたことで凝固時の窒素の離脱が抑制されたことに加えて,1.3%VのHN-AやHN-Bと比較して0.6%VのHN-Cでは窒素実測値が0.5%程度小さいことから,予備試験材のSUS410には含まれていなかったVが鋼中へのNの導入に寄与していると考えられる。加圧ESRインゴットの上部,中部,下部で窒素量に大きな偏りは見られず,均質に窒素が添加された鋼塊が作製できた。また,加圧誘導溶解材については窒素を加圧ガスから導入しているが,0.33%と目標値から大きく逸脱すること無く窒素添加に成功した。加圧誘導溶解で作製したインゴットについて放射線透過試験を行ったところインゴット中に窒素の離脱によるブローホールは確認されず,2.0 MPaでの加圧誘導溶解によっても健全な高窒素鋼インゴットの作製に成功した。

Table 2.  Summary of the manufacturing conditions and the actual N addition amount.
Steel code Melting method Melting atmosphere Total pressure [MPa] N2 partial pressure [MPa] N addition target amount [mass%] N addition charged amount [mass%] Actual N amount [mass%]
Top Mid. Bot. Avg.
HN-A Pressurized ESR 90%He+10%N2 4.0 0.4 0.3 0.33 0.32 0.30 0.30 0.31
HN-B Pressurized ESR 90%He+10%N2 4.0 0.4 0.3 0.33 0.34 0.32 0.30 0.32
HN-C Pressurized ESR 90%He+10%N2 4.0 0.4 0.3 0.33 0.26 0.26 0.28 0.27
PN-B Pressurized induction melting 100%N2 2.0 2.0 0.3 0.33

加圧ESRで作製したHN-Cのインゴットに大きな割れが観察されたため,染色探傷検査を行った。Fig.3に染色したHN-Cインゴット外観を示す。Fig.3(a)を見るとインゴット長手方向にインゴット下部から上部まで貫通するようにクラックが観察される。Fig.3(b)のインゴット上面を見ると,クラックはインゴット中心部まで到達しており,さらに二方向に分岐していた。Fig.3(c)に示すように,インゴットを切断し,断面を観察すると,インゴット上部ではクラックはインゴット中心まで到達していたが,下部に向かうほどクラックは浅くなっていた。HN-Cに関してはFig.3(c)中の赤線または青破線で示す位置で切断・切削した上で,次の熱間鍛造工程を実施した。HN-Cではその後の焼入れ処理を行った試料で置割れが生じたことから,加圧ESRインゴットに発生した割れは,冷却時のマルテンサイト変態に伴う焼割れと考えられる。また,HN-AやHN-B,加圧誘導溶解材のPN-Bでは割れが生じなかったことから,V添加量の少ないHN-Cでは母相中に固溶しているN量が多く,マルテンサイト変態に伴う変態ひずみが大きかったことが焼割れ発生の要因と推察される。熱間加工や熱処理時での焼割れの発生を防止するために,熱間鍛造の下限温度をHN-CのA3点以上となる約900°Cとするとともに,空冷による焼入れ後速やかに焼戻しを行った。これにより,HN-Cの最終的な棒材ではクラックの無い健全な材料が得られた。

Fig. 3.

 Appearance of the dyed HN-C ingot. (a) crack on the longitudinal direction of the ingot, (b) cracks on the ingot upper surface, and (c) cracks on the cross section of the ingot.

3・3 高窒素添加フェライト系耐熱鋼の微細組織

Fig.4に焼戻し後の各鋼の反射電子像を示す。4鋼種とも窒素添加によって焼戻しラスマルテンサイト組織が形成しており,母相のほとんどが焼戻しラスマルテンサイト組織となっていることがわかる。どの鋼種にも粒子径が数μmと粗大な塊状粒子が観察された。この粒子は熱間加工や熱処理を行っていない溶解ままの試料にも観察されたことから,溶解時に晶出した粒子だと考えられる。試料中には,主にマルテンサイト組織の粒界上に反射電子像で暗く観察される微細な粒子が多く観察された。また,HN-C中には黒矢印で示す粒子径が数百nmで球状の粒子も多く観察される。反射電子像で観察された分散粒子についてEDSによる元素分析を実施した結果をFig.5に示す。Fig.5(a)に示すHN-A中の晶出物と推測される粗大な粒子は,Vを主要構成元素としつつCrとNbを含んだ窒化物である。EBSDによる結晶構造解析の結果,この粗大な粒子は面心立方構造として認識されたことから正方晶のZ相15)の可能性は排除し,NaCl構造のMXだと考えるのが妥当であり,組成からVNであると判断される。Fig.5(b)は焼戻したHN-A中の粒界上に存在する微細な粒子のEDS分析結果である。この微細な粒子もVとNから構成されており,マルテンサイト組織の粒界上に存在していることからも焼戻しによって析出したVNである。Fig.5(c)に示すHN-Cの粒界上の微細粒子はCrを主要構成元素としており,Thermo-Calc計算結果との対応より,Cr2Nである。また,Fig.5(c)より,粒子径が数百nmの球状粒子はV窒化物であることが確認されたが,この粒子が晶出物か析出物かは不明である。以上より,開発の目的としたマルテンサイト組織中に窒化物粒子が分散した組織が得られていることが確認された。

Fig. 4.

 SEM backscattered electron images of the developed steels. Martensitic lath structure and rectangular coarse particles in (a) HN-A, (b) HN-B (c) HN-C and (d) PN-B.

Fig. 5.

 SEM-EDS element maps of the second phase particles in the HN-A and HN-C. (a) V-rich coarse particles in HN-A, (b) V-rich fine particles in HN-A and (c) Cr-rich fine particles in HN-C.

Fig.6に各鋼のEBSD測定から得られた結晶粒界マップを示す。Fig.6では,開発鋼のマルテンサイト組織がKurdjumov-Sachs(K-S)の関係16)を満たすと仮定して,5°以上の方位差を有する粒界をブロック境界,パケット境界および旧オーステナイト粒界に区別して示している。Fig.6より,窒素鋼のマルテンサイト組織もおおよそK-Sの関係を満たしており,炭素鋼と同様に旧オーステナイト粒,パケット,ブロックの階層組織となっていることがわかる。旧オーステナイト粒径はHN-AやHN-B,PN-Bがおよそ50 μm程度であるのに対して,HN-Cは10 μm程度とやや微細な組織となっている。これはHN-C中に多量に存在した球状のV窒化物により,熱間加工時ならびに焼ならし時のオーステナイト粒の粗大化が抑制されたためだと考えられる。HN-BとPN-Bを比較するとPN-Bの方が結晶粒径がやや粗大であるが,これは大型インゴットから作製したPN-Bでは最終形状の棒材を得るまでの熱間加工工程で長時間高温に保持されたことに起因していると考えられる。焼戻しラスマルテンサイト鋼ではマルテンサイトラスの幅が狭いほどクリープ強度が高くなることが知られており3),ラス幅は観察面上における単位面積当りのラス境界長さの逆数に比例する17)。そこで,各鋼の結晶粒界マップから,単位面積当りのラス,ブロック,パケットの各境界と旧オーステナイト粒界長さを求めた結果をFig.7に示す。なお本研究では,1°から5°の方位差を有する小角粒界をラス境界と定義した。また図中には比較としてGr.92鋼18)について同様に評価した結果も示している。ただし,比較に用いたGr.92鋼の焼戻し温度は760°Cであり,開発鋼の焼戻し温度である780°Cよりも低温である。Fig.7(a)に示す単位面積当りの境界・粒界長さについて,HN-A,HN-BとGr.92鋼はほぼ同様のマルテンサイト組織を有しているといえる。PN-Bはこれらの鋼種と比較してやや単位面積当りの境界・粒界長さが小さく,結晶粒が粗大である。HN-Cはブロック境界についてはHN-AやHN-B,Gr.92と同様であるが,パケット境界と旧オーステナイト粒界が長く,特にパケット境界の長さが顕著である。Fig.7(b)より,いずれの窒素鋼もGr.92鋼より単位面積当りのラス境界長さが小さいものの,Gr.92鋼の焼戻し温度が760°Cであることを考慮すると,HN-AとHN-Bのラス組織についてはGr.92鋼と大きな違いはない。一方で,HN-CとPN-Bでは明らかに単位面積当りのラス境界長さが低くなっており,焼戻しままの初期状態においても高いクリープ強度の発現は期待できない。以上のように開発鋼中のマルテンサイト組織はGr.92鋼などの炭素鋼のものと類似したものだと考えられるが,炭素と窒素によって形成するマルテンサイト組織の結晶学的特徴の違いと,それによる高温強度特性への影響に関しては,今後,添加量や焼ならし時の固溶量を考慮した系統的な研究が求められる。

Fig. 6.

 Grain boundaries maps evaluated from SEM-EBSD analysis. (a) HN-A, (b) HN-B (c) HN-C and (d) PN-B. The red lines represent martensitic block boundaries, the blue lines represent martensitic packet boundaries and the black lines represent prior austenitic grain boundaries, respectively.

Fig. 7.

 Comparison of the grain boundary densities in the developed steels and Gr.92 steel. (a) the density of block, packet and prior austenitic grain boundary and (b) martensitic lath boundary density.

3・4 高窒素添加フェライト系耐熱鋼の高温強度

Fig.8に各鋼の高温引張試験で得られた(a)0.2%耐力と(b)破断伸びの温度依存性を示す。Fig.8(a)より,すべての温度範囲でHN-Bの0.2%耐力が最も高く,HN-A,HN-Cの順となった。HN-Aと比較してHN-Bの0.2%耐力が高いのはWによる固溶強化に起因するもと考えられる。しかし,その効果は室温では40 MPa以上の0.2%耐力の上昇をもたらしているものの,600°C以上では0.2%耐力の差は小さくなっており,高温においてはWの固溶強化効果は大きくない。また,HN-CもHN-Bと同量のWを含んでいるが,HN-Cの0.2%耐力は室温でHN-Aと同程度,高温ではHN-Aよりも低い。このことから,HN-C中の主要な強化相であるCr2Nの強度への寄与はHN-AやHN-Bの強化相であるVNと比較して低いと考えられる。Fig.8(b)に示す破断伸びを見ると,いずれの鋼種でも約15%以上の破断伸びが得られており,十分な延性を有している。Fig.4に示したように,開発鋼は粗大な晶出VNを包含しているが,これによる極端な延性の低下は生じていない。また,室温および600°Cから750°Cの温度範囲に関して開発鋼の破断伸びを比較すると,当該温度域において最も強度の低いHN-Cの破断伸びがHN-AやHN-Bと比較して大きかった。

Fig. 8.

 Tensile test results of the developed steels for up to 750°C from room temperature. (a) 0.2% proof stress and (b) rupture elongation.

Fig.9に650°Cと700°Cでのクリープ試験で得られた破断時間と応力の関係を示す。図中には比較としてGr.91鋼19)とGr.92鋼20)のクリープ破断強度も示している。本研究で開発した鋼の中ではHN-Cのクリープ強度が最も低く,HN-AとHN-Bのクリープ強度はほぼ同等であった。HN-AとHN-Bのクリープ強度について,低温または高応力・短時間破断の条件ではGr.91鋼と同程度かGr.91を上回る強度である。しかし,HN-AとHN-Bでは,高温または低応力・長時間破断の条件になるほど強度が低下する傾向が認められ,700°C-60 MPaでの破断時間で比較するとこれらの鋼種とGr.91鋼の強度にはGr.91鋼とGr.92鋼の強度差に相当するほどの差異が生じた。HN-CではCr2Nが,HN-AとHN-BではVNが主要な析出相であり,引張試験の結果と同様にクリープ強度からもVNと比較してCr2Nのクリープ強化への寄与が小さいことが推察される。ただし,低クリープ強度であったHN-Cでは他の高窒素鋼と比較して単位面積当りの境界・粒界長さが長いことに加え,単位面積当りのラス境界長さが短いため,析出粒子の以外にもこれらのマルテンサイト組織の差がクリープ強度に影響している可能性も考えられる。HN-AやHN-Bの変形前のラス幅はGr.92鋼と同程度であるにも関わらず,Gr.92鋼と比較してこれらの開発鋼のクリープ破断時間が短かった。このことは,Gr.92鋼中のM23C6と比べて,開発鋼中の析出VN粒子ではクリープ変形中に生じるラス組織の回復を抑制する効果が小さいことを示唆している。Gr.92鋼では1.5%のWを添加することでM23C6を安定化させ,これによりクリープ強度を向上させている4)。これに対して,HN-AとHN-Bの比較では,Wが添加されているHN-Bでのクリープ強度上昇は見られなかった。これは,窒化物中にはWが固溶しないため,W添加による窒化物の安定化は生じないためだと考えられる。また,650°Cから700°Cでのクリープ変形に対してはWの固溶強化によるクリープ強度への寄与がほとんどないことも明らかである。HN-AとHN-BではCo添加量も異なっている。焼戻しラスマルテンサイト組織を有する高Crフェライト系耐熱鋼の微細組織形成に及ぼすCo添加の影響については,Helisら21)が約0.08%の炭素を含む鋼種に関して行った研究から,Co添加はδフェライトの生成を抑制するとともに,3%以上のCoを添加すると1%以下のCo添加では析出しないVC炭化物の析出や,NbC炭化物やM23C6炭化物の析出量の増加が生じることがわかっている。また,VCが析出する3%以上のCo添加鋼では1%Co以下の鋼種よりもVN窒化物の析出量が減少することも報告している。これに対して,本研究での開発鋼ではCo添加量が2%と低いことに加えて,Coを添加していないHN-A鋼においても全面がラスマルテンサイト組織であり,δフェライトを含んでいない。さらに,開発鋼の炭素添加量は0.01%と低く,主要な析出物はVNもしくはCr2Nといった窒化物であるため,Co添加による析出物の増加は生じていないと考えられる。以下の理由から,クリープ強度に及ぼすCo添加の影響は無視できると考えられる。

Fig. 9.

 Relationship of creep stress and time to rupture at 650°C and 700°C.

HN-AやHN-Bに対してVNの析出量を増加させることができればクリープ強度が向上すると考えられるが,Thermo-Calc計算結果からは1.3%以上のV添加では粗大な晶出VNの増加を招くと予想されるため,VNを利用した更なる高強度化は困難である。したがって,窒素鋼についてクリープ強度を向上させるためにはVNやCr2N以外の析出相を併用した複合的な強化が必要である。

4. 結言

フェライト系耐熱鋼へのN添加が微細組織と高温強度に及ぼす影響を明らかにすることを目的として,加圧溶解法を用いた高窒素添加フェライト系耐熱鋼の作製を試みるとともに,高窒素添加フェライト系耐熱鋼の微細組織と高温強度を評価した結果,以下の結論を得た。

1.4.0 MPa加圧ESR法と2.0 MPa加圧誘導溶解法を用いることで,9%のCrに加えてVやNbを添加したフェライト鋼中に0.3%の窒素を添加し,ブローホールの無い健全なインゴットを作製することに成功した。

2.0.3%の窒素を含んだフェライト鋼中には晶出したと見られる粗大なVNが存在していた。焼戻しを行うことで,1.3%のVを添加した試料ではVNが,0.6%のVを添加した試料ではCr2Nが粒界上に析出した。

3.焼ならし焼戻しを行った試料の母相はほとんどがマルテンサイト組織であった。窒素鋼中のマルテンサイト組織はK-Sの関係をほぼ満たしており,炭素鋼と同様に旧オーステナイト粒,パケット,ブロック,ラスの階層組織となっていた。

4.本研究で開発した窒素鋼のクリープ強度はGr.92鋼より低く,VNで強化されたHN-A,HN-Bは低温または高応力・短時間破断の条件ではGr.91 鋼と同程度かGr.91を上回る強度であるが,高温または低応力・長時間破断の条件になるほど強度が低下する傾向が認められた。また,窒素鋼への1%のW添加はわずかに固溶強化に寄与するものの,析出した窒化物の安定化効果は認められず,クリープ強化には有効でない。

謝辞

本研究は,科学技術振興機構が実施する先進低炭素化技術開発(ALCA)プロジェクトの一環として行われた研究成果である。ここに明記して謝意を表す。また,加圧ESR法による材料作製には物質・材料研究機構の共同設備を利用した。操業にあたり,岩崎智氏,檜原高明氏,黒田秀治氏にご助力頂いた。ここに謝意を表す。

文献
 
© 2017 The Iron and Steel Institute of Japan

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