Tetsu-to-Hagane
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Regular Article
Effect of Intercritical Quenching on Mechanical Properties of Cu-containing Low Alloy Steel
Yuta HonmaKunihiko HashiGen SasakiTakuya OkawaKotobu Nagai
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2017 Volume 103 Issue 10 Pages 579-588

Details
Synopsis:

Better balance of strength and toughness is a strong demand for the ASTM A707 L5 grade steel. In the present study, therefore, the combination of hardening by Cu precipitates and toughening by quenching from a dual-phase (α+γ) region, so-called intercritical quenching or lamellarizing, has been investigated for a better balance of strength and toughness. The combination procedure resulted in a drastic increase in toughness at low temperatures with a slight decrease in yield strength.

The lamellarizing brought about a complicated microstructure with meandered high angle grain boundaries (HAGB) and fine grains bordered by the HAGB. The final microstructure was composed of granular bainitic ferrites without retained γ and basically dual of a softer phase and a harder phase. The softer phase inherited the not-transformed α phase region in lamellarizing and contained coarse Cu precipitates. The harder phase inherited the transformed γ phase region in lamellarizing and contained no Cu precipitates. Hence, over-aging of Cu precipitation in the softer phase might result in the slight decrease in yield strength.

In the present steel, the retained γ has nothing to do with the improved toughness. Hence, the effective grain size (dEFF) approach was verified to account for the microstructural effect on toughness. The unit microstructure to determine the dEFF was identified to be the bainitic ferrite grain bordered by the HAGB. The refinement of the dEFF through lamellarizing can be attributed to the improved toughness.

1. 緒言

石油・天然ガスはエネルギーの中心として,世界の一次エネルギーの約6割を占めており,世界人口と新興国のエネルギー消費量の増加とともに,今後も石油・天然ガスの需要は増加傾向と予想されている。これらの開発は陸地から海洋へ移行し,近年の海洋資源開発は大陸棚より大水深でTension Leg Platform(TLP)やFloating Production,Storage and Offloading System(FPSO)を利用した採掘が主流になりつつある。さらに最近では5000 ft(約1500 m)以深の超大深水の開発に向けた取り組みが行われている1)。一方,一度海洋事故が発生すると,周辺環境に与える悪影響が甚大であるため,極地,大水深における気象・海象条件が厳しい開発エリアでは,掘削リグや生産プラットフォームの設計基準は高いレベルとなっている。それにともない,海水中での引張−圧縮荷重下で使用される海洋構造物用厚肉鍛鋼部材には,安全性確保の観点から,落重試験(Drop Weight Test:DWT)やき裂先端開口変位(Crack Tip Opening Displacement:CTOD)試験など,材料のアレスト性,破壊靱性に対する評価およびその要求値も厳しくなってきている。

これら海洋構造物用鋼の多くは,溶接されて組み立てられることから,溶接性の確保のために,低い炭素当量(Ceq)と溶接割れ感受性組成(Pcm)が要求される。一方で,部材の軽量化を目的に高強度化が志向されることから,低Cでかつ析出硬化元素であるCuを含有する低合金鋼(ASTM A707 Grade L5の改良鋼)が広く適用されている2)。A707 Gr. L5改良鋼は,通常の調質熱処理(焼入れ−焼戻し)により,80 ksi級(0.2%Y.S.≧552 MPa)の強度の比較的安定的な確保は可能であるが,昨今の海洋構造物用鋼に要求されている高い破壊靱性に対しては安定的な確保が困難である。

そこで,二相域焼入れ(Lamellarizing:L)処理に着目した。L処理は,AC3点以上の保持温度(γ相単相)から焼入れを実施する通常の焼入れ処理とは異なり,AC1点とAC3点の間のαγ相からなる二相域温度で保持した後,焼入れを実施する熱処理方法である。L処理の適用事例は,780 MPa級建築用鋼の高強度−低降伏比(Yield Ratio:YR)化3),および9%Ni鋼などの極低温用鋼の低温靱性の確保4)などがある。前者については,二相域加熱中にα相から逆変態したγ相が,その後の焼入れによりフレッシュマルテンサイト,即ち硬質相となることで引張強度(T.S.)を担保し,未逆変態のα相は高温焼戻しを受けて軟質相となり,降伏強さが低下することで,低YR化を実現している3)。また,後者については,二相域加熱中にα相から逆変態したγ相にNiなどのγ安定化元素が濃化し,低温まで安定に存在できるようになったγ相が残留,分散することが主要因であると報告されている4)

しかし,低Cで,かつCu粒子により析出強化される海洋構造物用鋼においては,機械的特性に及ぼすL処理の影響を調査した研究は少ない。そこで本研究では,代表的な海洋構造物用鋼であるASTM A707 Gr. L5改良鋼を対象に,機械的特性に及ぼす二相域焼入れの影響を明確にすることを目的とした。また,組織や析出物の詳細観察を実施し,機械的特性発現機構についても検討した。

2. 実験方法

供試材は真空誘導溶解(Vacuum Induction Melting:VIM)で溶製したASTM A707 Gr. L5改良鋼の50 kg小型試験鋼塊を初期加熱温度1523 Kで鍛造したものである。Table 1に供試材の化学組成を示す。本鋼種は,調質熱処理時の焼入れ性と溶接性確保のために,低CかつNiを約2.0 mass%,調質後の強度確保および耐食性向上の観点から,Cuを約1.2 mass%,調質の結晶粒微細化を達成するために,Alを含有することが特徴である。なお,本鋼種の連続加熱時の変態点も同表に示しているが,AC1点が927 K,AC3点が1081 Kである。なお,AC1およびAC3点の測定はφ3 mm,L10 mmの試料を用いて,変態点測定装置(富士電波工機 Formastor-EDP)にて実施した。本実験では,この供試材を用いて機械的特性に及ぼすL処理の影響を調査した。

Table 1. Chemical composition (mass%) and transformation temperature (K) of the steel investigated.
Chemical composition (mass%)Transformation temp. (K)
CSiMnNiCrCuMoOtherAC1AC3
0.030.351.402.150.721.270.46Al, Nb9271081

Fig.1に熱処理条件を示す。1233 Kで焼準(Normalizing:N)後,1173 Kから肉厚300 mm製品の中心部相当の水冷の冷却速度を模したシミュレーション冷却(Quenching:Q)を実施した。なお,大型肉厚製品では,水冷でも冷却速度が小さいため,本鋼の場合マルテンサイトではなくベイナイト組織となる。Q後に873 Kで焼戻し(Tempering:T)を施したQ-T材,Q後に1053 KでL処理し,その後873 Kで焼戻したQ-L-T材を準備した。

Fig. 1.

 Heat treatment condition producing Q-T (a) and Q-L-T (b) materials.

ミクロ組織観察は,2%硝酸アルコール(2%ナイタール)にてエッチングを施し,光学顕微鏡により行った。旧γ粒の結晶粒度は,界面活性剤を加えた飽和ピクリン酸水溶液に浸漬させた後,5%ピクリン酸アルコール/ピロ亜硫酸ナトリウム水溶液の混合液に浸漬させることで得た旧γ粒界組織を画像解析から求めた。それぞれの旧γ粒径を円相当径に換算し,最大値,平均値および粒径分布から旧γ粒径を評価した。

材料特性評価としては,引張試験,シャルピー衝撃試験およびCTOD試験を実施した。引張試験は標点間距離(G.L.)50 mm,直径φ12.5 mm(JIS Z2201 10号試験片)の平滑丸棒引張試験片を用いて室温で実施した。

シャルピー衝撃試験は2 mmVノッチ試験片(JIS Z2242)を用い,試験温度133~273 Kで実施し,延性破面率が50%となる延性−脆性遷移温度(Fracture Appearance Transition Temperature:FATT)を求めた。また,有効結晶粒径(dEFF)に及ぼすL処理の影響を明確にするために,シャルピー衝撃試験後の脆性破面(へき開破面)を走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM,JEOL JSM-6060A)にて観察し,画像解析から求めたそれぞれのへき開破面の大きさ(破面単位)を円相当径に換算し,それらをdEFFとした。最大値,平均値および粒径分布からdEFFを評価した。なお,各種dEFFの平均サイズは全ての割合で重み付けした加重平均値を用いた。

CTOD試験から得られる破壊靱性特性(CTOD値)は試験片寸法によって異なることが言われている。そこで本研究では,薄型試験片と厚型試験片の2種類の試験材を用いて評価を実施した。各試験片形状をFig.2に示す。薄型試験片として試験片板厚(B)が16.7または17.1 mm,高さ(2B)のB×2B試験片を用いた。また,厚型試験片として試験片板厚(B)が80または100 mm,高さ(B)のB×B試験片を用いた。試験温度は,薄型試験片では253 K,厚型試験片では273 Kとし,試験はBS7448-15)に従い,荷重負荷速度(dK/dt)は0.5~3.0 MPa・m1/2/sの範囲で実施した。得られたクリップゲージ開口量と荷重から,式(1)を用いてCTOD値(δ)を算出した6)。   

δ=K2(1ν2)2σYE+rp(Wa0)Vprp(Wa0)+a0+z(1)

Fig. 2.

 CTOD specimen sizes of thin type (a) and thick type (b) (3 point bending type).

ここで,δはき裂先端開口変位(mm),Kは応力拡大係数(MPa・m1/2),Eはヤング率,νはポアソン比,rpはローテーションファクター(a0/W=0.5の場合,rp=0.4),Wは試験片幅(mm),a0は初期き裂長さ(mm),Vpは切欠き末端開口変位の塑性成分(mm),zはナイフエッジ高さ(mm)である。

L処理時の組織形成挙動の把握は,機械的特性発現メカニズムを推定するために必要な情報であり,特にL処理温度でのαγ逆変態挙動を把握する必要がある。そこで本研究では,高温加熱および保持中にin-situで測定可能な加熱ホルダーを用い,サーマル型電解放射型走査型電子顕微鏡(Field Emission Scanning Electron Microscope:FE-SEM,JEOL JSM-7100F)に取り付けた電子線後方散乱分光(Electron Back Scatter Diffraction:EBSD)装置(TSL MSC-2200)にて,L処理時の逆変態挙動の高温EBSD測定を実施した。供試材はQまま材(1173 K)を用い,Fig.3に示すように,AC1点以下の温度からAC3点以上の温度範囲にて,任意の温度で,相変態の様子を観察した。各測定位置はおおよそ同位置とし,αγ逆変態挙動をPhase mapを用いて評価した。

Fig. 3.

 In-situ EBSD measurement condition.

析出物観察は透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)にて評価した。L処理中の析出物(特にCu析出物)の分散状態を把握するため,L処理温度1053 Kで2 h保持した後,組織凍結のため室温まで水冷した試料の薄膜を用い,逆変態γおよび未逆変態α中の析出物を観察した。

さらに,dEFFを支配する金属組織を特定するため,EBSDを用いて,シャルピー衝撃試験後の脆性破壊の起点部近傍の断面に観察されるサブクラック周辺の結晶方位解析を実施した。加えて,結晶方位差15°以上の大角境界で囲まれた粒径(以下,ベイニティックフェライト粒径と定義する)を求めた。1視野あたりの測定範囲は80×200 μm,視野数5とし,それらの集計結果から最大,平均値および粒径分布について評価した。なお,ベイニティックフェライト粒径の平均値も加重平均値を用いた。

3. 実験結果および考察

3・1 機械的特性に及ぼすL処理の影響

Q-T材およびQ-L-T材のミクロ組織の光学顕微鏡像をFig.4に,旧γ粒観察結果をFig.5に示す。まず,ミクロ組織についてであるが,Arakiらの分類7,8)によると,グラニュラーベイニティックフェライト(αB)およびベイニティックフェライト(α°B)が上部ベイナイトとして定義されているが,それらは低炭素鋼特有の形状の違いによって区別されている。αBは塊状のベイニティックフェライトであり,転位下部組織は存在するものの,回復がかなり進行しており,ラスの形状が不明瞭であると言われている。一方で,α°Bはラス状のベイニティックフェライトで,低炭素鋼の場合は,内部に炭化物を含まず,旧γ粒界が保存されていると言われている。これらの分類判別を基に,本鋼種の組織が塊状であること,旧γ粒界がやや不鮮明であることなどを考慮すると,Q-T材,Q-L-T材ともにミクロ組織はαBと判断された。L処理によって生成した逆変態γも,本実験条件の冷却速度(肉厚300 mm製品の中心部相当)では,マルテンサイト変態しなかった。また,L処理後であっても,残留γは認められなかった。一方で,組織の様相は若干異なり,L処理を適用したQ-L-T材の方が,やや複雑な様相を示した。この複雑さについてはEBSD測定結果にて記述する。また,旧γ粒径測定結果は,Q-T材では平均旧γ粒径24.0 μmに対し,Q-L-T材では平均旧γ粒径15.7 μmとなり,Q-L-T材が微細な結果となった。

Fig. 4.

 Optical images of microstructure for Q-T (a) and Q-L-T (b) materials.

Fig. 5.

 Prior austenite grain boundary image of Q-T (a) and Q-L-T (b) materials.

室温引張試験結果をTable 2に示す。Q-T材では0.2%Y.S.が640 MPa,T.S.が729 MPaであったのに対し,Q-L-T材では0.2%Y.S.が569 MPa,T.S.が726 MPaとなり,L処理により0.2%Y.S.のみが低下し,結果的にYRの低下が認められた。本鋼種のようなCu添加鋼においても,高強度建築用鋼などと同様の傾向3)が示された。

Table 2. Tensile properties of the Q-T and Q-L-T materials.
YS (MPa)TS (MPa)El. (%)RA (%)YR (-)
Q-T64072928760.88
Q-L-T56972627750.78

シャルピー衝撃試験より得られた遷移曲線(衝撃吸収エネルギー,延性破面率)をFig.6に示す。いずれの熱処理条件であっても,上部棚エネルギーはほぼ同等と考えられ,約270 Jであった。FATTはQ-T材で233 K,Q-L-T材で193 Kとなり,L処理によってFATTが約70 K低下した。また,これらの結果からQ-L-T材は,非常に優れた低温靱性を有していることが確認された。

Fig. 6.

 Transition curves of absorbed energy (bottom) and areal fraction of ductile fracture (top) in Charpy impact test for Q-T and Q-L-T materials.

Q-T材,Q-L-T材ともに脆性破面が主体(下部棚)となる試験温度で破断させたシャルピー衝撃試験片を用い,起点部近傍の破面のSEM観察を実施した。SEM像をFig.7に示す。破面はいずれもリバーパターンを示すへき開破面となっており,粗大なセメンタイトや介在物などは認められなかった。これより,いずれの供試材も脆性破面形態は粒内へき開破壊であると判断され,L処理による脆性破面形態の変化は認められなかった。

Fig. 7.

 SEM images of fracture surface broken at lower shelf energy temperature in Charpy test for Q-T (a) and Q-L-T (b) materials.

一般にdEFFが小さいほど靱性が向上する9,10)ことから,この破面のSEM像からdEFFを求めた。なお,dEFFFig.7に示したように,へき開破面の一単位(破面単位)を円相当径に換算したものである。dEFFの分布をFig.8に示す。Q-T材では最大で41.5 μm,平均で12.0 μmであったのに対し,Q-L-T材では最大で31.7 μm,平均で8.0 μmとなった。また,その分布ピークはQ-L-T材では細粒側に移行した。したがって,L処理でのdEFFの微細化が,FATTを低温側にシフトさせた一つの要因として考えられる。また,dEFFを支配する組織因子については,EBSD測定による組織詳細観察結果で後述する。

Fig. 8.

 Histogram of effective grain size for Q-T and Q-L-T materials.

Table 3に薄型CTOD試験結果(試験温度253 K)を,Table 4に厚型CTOD試験結果(試験温度273 K)を示す。表中のδcは安定き裂長さが0.2 mm以下で不安定き裂進展が生じた際のCTOD値,δuは安定き裂長さが0.2 mm以上で,かつ最大荷重点前に不安定き裂進展が生じた際のCTOD値,δmは最大荷重点でのCTOD値を示す。薄型CTOD試験結果より,Q-T材では3本中2本は不安定破壊が生じることなく最大荷重点まで到達(δm)したが,残りの1本はほぼ安定き裂が発生することなく,不安定き裂進展が生じ(δc:0.09 mm),安定的なCTOD特性が得られなかった。一方,Q-L-T材は3本中3本で最大荷重点まで到達(δm)し,L処理により安定的にCTOD値が得られた。また,厚型CTOD試験ではQ-T材(試験片板厚:80 mm)とQ-L-T材(試験片板厚:100 mm)で試験片形状が異なるが,いずれも実験値の妥当性が保たれる板厚であるため,CTOD値を比較した。Q-T材では2本中2本で最大荷重点到達前に(δu)不安定破壊が生じたのに対し,Q-L-T材では2本中2本で最大荷重点(δm)まで到達した。本試験結果から得られた試験片板厚とCTOD値の相関をFig.9に示すが,特に厚型CTOD試験片を用いた場合において,L処理による顕著なCTOD特性の向上が認められた。不安定破壊の発生は,板厚の増加に伴う塑性拘束の増大によるき裂端の引張応力の最大値の増加(塑性拘束効果)およびき裂先端に存在する破壊起点と成り得る領域の体積(体積効果)に起因することが知られている11)。また,塑性拘束効果と体積効果ともに試験片板厚に依存するが,試験片厚さ約10 mmを超えると体積効果が支配的となる。本実験では,板厚10 mm以上の試験片を用いていることから,L処理によるCTOD特性の向上は,破壊起点と成り得る領域が減少したためと考えられる。本結果からも,シャルピー衝撃試験と同様に,L処理による低温靱性の飛躍的な向上が認められた。

Table 3. CTOD properties used thin type specimen of Q-T and Q-L-T materials at 253 K.
Specimen size (mm)T.P. No.Load (kN)Notch opening displacement V (mm)CTOD value δ (mm)
Q-T17.1 × 34.2
(B × 2B)
131.20.510.09 (δc)
237.33.680.99 (δm)
336.93.821.02 (δm)
Q-L-T17.1 × 34.2
(B × 2B)
133.63.790.94 (δm)
232.83.950.96 (δm)
331.53.980.97 (δm)
Table 4. CTOD properties used thick type specimen of Q-T and Q-L-T materials at 273 K.
Specimen size (mm)T.P. No.Load (kN)Notch opening displacement V (mm)CTOD value δ (mm)
Q-T80 × 80
(B × B)
13872.680.59 (δu)
23731.830.38 (δc)
Q-L-T100 × 100
(B × B)
15689.882.63 (δm)
25799.892.67 (δm)
Fig. 9.

 Relationship between thickness of specimen and CTOD value at 253 K (Open) and 273 K (Solid) for Q-T and Q-L-T materials.

上述した結果より,本鋼種における機械的特性に及ぼすL処理の影響として,0.2%Y.S.はやや低下するものの,低温靱性が飛躍的に向上することが明らかとなった。また,L処理は海洋構造物用鋼などで要求されるCTOD値などの破壊靱性特性に対しても,安定的に,かつ良好な材料特性を得るための調質方法と成り得ることが示された。

3・2 L処理によるミクロ組織変化と析出物

上述したように,光学顕微鏡を用いた組織観察結果では,Q-T材と比較して,Q-L-T材の方が組織が複雑となった。この複雑さの詳細を確認するために,EBSD測定を用いて,組織の詳細観察を実施した。Q-T材とQ-L-T材のImage Quality(IQ)マップをFig.10に,境界マップ(境界角度≧15°)をFig.11に示す。Q-T材と比較すると,Q-L-T材では15°以上の大角境界の蛇行および粒界・粒内に15°以上の大角境界を有する細粒が多く認められた。この組織の形態変化が光学顕微鏡で認められる複雑さに起因したと推察される。さらに,この形態変化は,L処理中のαγの逆変態挙動が1つの要因として挙げられる。そこで,高温EBSDを用い,AC1点以下からAC3点以上の各温度における逆変態挙動を調査した。Phase mapをFig.12に示す。加熱温度が903 Kとなるとα相の粒界から,わずかに逆変態γが生成していることがわかる。また,昇温に伴いその領域が徐々に広がり,1003 Kでは一部の粒内逆変態も進んできている。加熱温度が1053 Kまで上昇すると,未逆変態α領域と逆変態γ領域がかなり入り組んだ形で存在し,AC3点以上の加熱温度1103 Kではγ単相となった。温度とα相およびγ相の面積率の関係をFig.13に示す。AC1点近傍ではほとんど逆変態せず,約950 Kから徐々に逆変態γ相が生成し始め,約1050 KからAC3点に近づくにつれ,γ相の面積率が急激に上昇した。本鋼種の変態点測定結果ではAC1点が927 K,AC3点が1081 Kであったが,in-situ EBSD測定では,1083 Kでもγ単相にならなかった。高温EBSDで得られた変態温度が変態点測定から得られた変態温度(AC1点,AC3点)と異なる理由として,測定環境および測定範囲の違いが挙げられる。高温EBSD測定では高真空中で加熱しているため,極表層で脱炭や脱元素が生じる可能性があり,さらに80×200 μmというミクロな領域の変態挙動を観察している。一方で,変態点測定はφ3×L10 mmの試験片全体,即ちマクロな領域の熱膨張量から読み取る。この測定領域のサイズの違いが,変態点に差を生じさせた可能性がある。また,1003 K以降に認められた粒内逆変態は昇温過程で生じた炭化物および未固溶炭窒化物が起因していると考えられる。本鋼種のようなαBを有する鋼種は,低Cであっても島状マルテンサイト(M-A)が析出することが報告されている12)。従って,未固溶炭窒化物に加え,L処理時の昇温過程でM-Aの分解により生成した炭化物が粒内逆変態の核生成サイトとなったと推論される。

Fig. 10.

 Image quality maps of Q-T (a) and Q-L-T (b) materials measured by EBSD.

Fig. 11.

 EBSD grain boundary (>15°) map for Q-T and Q-L-T materials.

Fig. 12.

 Phase map of α and γ phase measured by in-situ EBSD at 823 K (a), 903 K (b), 1003 K (c), 1053 K (d), 1083 K (e) and 1103 K (f).

Fig. 13.

 Relationship between temperature and areal fraction of α and γ phase.

本測定では局部から全体に広がる逆変態挙動を観察できたものと考える。逆変態γ相が未逆変態α相中に非常に入り組んだ形で生成していることが確認され,これがQ-L-T材で複雑な組織となった主因と考えられる。L処理中のαγ逆変態には,保持温度だけでなく保持時間も影響するので13),それについては今後の調査で明らかにしたい。

3・3 L処理による機械的特性発現メカニズムに関する考察

上述したように,Cu添加低合金鋼においてL処理は以下の特徴をもたらすことが分かった。

[1] Q-T材と同等レベルのT.S.を維持しながら0.2%Y.S.が低下するため,結果的にYRが低下する。

[2] 著しいFATTの低下やCTOD値の増加が生じる(低温靱性が顕著に向上する)。

[1]については,緒言で述べたように硬質相と軟質相の共存が重要とされてきた。その観点から考察を試みる。まず,未逆変態α相と逆変態γ相の面積率および各相中のCuの析出挙動について検討する。Fig.14にQ-Lまま材(L処理温度:1053 K,保持時間:2 h,水冷材),Qまま材(焼入れ温度:1173 K,保持時間:1.5 h,水冷材)およびQ-T材(焼戻し温度:873 K,保持時間:4 h)のTEM観察結果を示す。Qまま材では析出物がほぼ認めらなかったが,Q-T材では粒内に多数の析出物が認められた。EDS分析により,析出物はCu析出物およびNb,Mo系の炭窒化物であることを確認している。また,Q-Lまま材では,粒界を挟んで析出物のほぼ存在しない領域(右側)と析出物が凝集,粗大化している領域(左側)が認められた。この析出物もCu析出物であることから,析出物の認められる領域は,未逆変態α相と考えられる。L処理は1053 K保持でT処理よりも高温であり,Cu析出物の凝集,粗大化が進んだものと考えられる。一方で,析出物が認められない領域は逆変態γ相と考えられ,Qまま材と同様に,L処理後の冷却過程でもCuは母相中に固溶したままと推定される。この逆変態γ相中の固溶Cuはその後の焼戻し過程で析出し,母相は時効硬化する。すなわち,Q-L-T材においては,L処理中の未逆変態α相は高温焼戻しを受け軟質相となり,逆変態γ相はL処理後の焼戻し中に時効硬化し硬質相となるため,軟質相と硬質相の複合組織となる。この軟質相の存在が0.2%Y.S.の低下をもたらしたと考えられる。一方,Q-T材とQ-L-T材がほぼ同じT.S.を示した理由として,Q-T材とQ-L-T材の加工硬化特性の違いが考えられる。Fig.15にQ-T材とQ-L-T材の応力−ひずみ曲線を示すが,Q-L-T材に顕著な加工硬化が認められる。そこで,(2)式のHollomonの式を用いて,加工硬化係数を算出した。   

σ=Fεn(2)

Fig. 14.

 TEM images of As Q sample quenched from 1173 K (a), Q-T sample tempered at 873 K and As Q-L sample Lamellarized from 1053 K.

Fig. 15.

 Nominal stress-strain curves of Q-T and Q-L-T materials.

ここで,σは真応力,εは真ひずみ,Fは塑性係数,nは加工硬化指数である。Q-T材とQ-L-T材のn値は,それぞれn=0.17,n=0.25となり,Q-L-T材の方が,加工硬化能が高い。

この加工硬化挙動の違いは,硬質相と軟質相の強度差および変形能の違いに起因すると考えられる。Sugimotoら14)は,ベイナイトを含む複合組織鋼を対象に,強度と延性について詳細に検討しており,複合組織鋼の高い加工硬化率はフェライトと第2相組織の強度差に起因して発生する内部応力が原因としている。また,Kunishigeら15)は連続焼なまし型複合組織鋼(DP鋼)を対象に,加工硬化挙動をAshbyの理論16)を用いて詳細に検討しており,加工硬化挙動は第二相の量や粒径に支配されていると結論づけている。硬質相と軟質相の複雑な複合組織を形成する本鋼種のQ-L-T材においても,基本的には上述した挙動と類似の挙動が起こった結果,Q-T材と同等のT.S.を示したと推論される。

[2]については,緒言で述べたように従来は残留γの働きが重要とされてきた。しかし,本鋼種では残留γは観察されないので,靱性に及ぼすミクロ組織因子が他にあるはずである。そこで,dEFFを支配するミクロ組織の特定を試みた。上述したように,Q-L-T材では15°以上の大角境界の蛇行と粒界および粒内に15°以上の大角境界を有する細粒がQ-T材と比べ多く認められている。本鋼種のようなαBを有する鋼種においては,大角境界がき裂進展の抵抗性を有することが知られており17),粒界の蛇行や粒内の細粒がき裂進展の抵抗となる可能性がある。そこで,本鋼種のようなCu含有鋼であっても同様の傾向を示すのかを検証するために,シャルピー衝撃試験片の破壊の起点部近傍に発生したサブクラックに着目し,断面のEBSD測定を実施した。Q-T材およびQ-L-T材の大角境界マップをFig.16に示す。Q-T材,Q-L-T材ともにサブクラックは基本的には直線的であるが,大角境界と交差するところで折れ曲がりや不連続点を発生している。また,Fig.16(a)に示したQ-T材では,一つの粒内を直線的に横断するようなサブクラックが認められたが,Fig.16(b)に示したQ-L-T材では,粒内に存在する大角境界を有する細粒によって,サブクラックが分断されており,その存在がき裂進展の抵抗性を有していることが確認できる。以上の観察結果より,ベイニティックフェライト粒径が靱性を基本的に左右している可能性が高い。そこで,Q-T材およびQ-L-T材のdEFFとベイニティックフェライト粒径の分布をFig.17に比較して示す。参考として,同図に旧γ粒径の分布も示す。旧γ粒径はdEFF より全体的に粗大粒側に分布しており,一致しなかった。一方で,ベイニティックフェライト粒径(EBSD grain)はdEFFと概ね一致することが確認された。ミクロ組織がαB主体の本鋼種は,dEFFを支配するミクロ組織として,ベイニティックフェライト粒径が挙げられた。なお,この結果はIzumiyamaら17)の結果と矛盾はなかった。ところで,Fig.17(b)で示したQ-L-T材のベイニティックフェライト粒径の分布に,二つのピークが生じるのは興味深い。これは,L処理中の逆変態および未逆変態領域の分布を示している可能性があり,今後EBSD解析によってダブルピーク発生原因を明らかにしたい。

Fig. 16.

 Subcracks in the sample broken at lower shelf energy with EBSD grain boundary map for Q-T (a) and Q-L-T (b) materials.

Fig. 17.

 Histograms of effective grain and EBSD grain (manifested by the boundaries with misorientation of 15 degrees or larger) and prior-austenite grain for the case with Q-T (a) and Q-L-T (b) materials.

上述した結果より,Q-L-T材は,Q-T材と比較してベイニティックフェライト粒径が細かく,さらに粒内にもき裂進展の障壁となる大角境界を有する細粒が多いため,靱性の飛躍的な向上が認められたと推定される。Q-L-T材のベイニティックフェライト粒径の微細化は,高温EBSD測定結果からも示されたように,α-γの逆変態が部分的に,かつ複雑に形成されていることに起因していることは容易に想像できる。

Table 5に本研究における実験結果をまとめた。L処理によって生じる強度特性は,未逆変態α相の軟質化により0.2%Y.S.が低下する。一方で,T.S.が保持された理由として,軟質相(未逆変態α相)と硬質相(逆変態γ相)の分散による強度不均一が要因となる加工硬化特性の変化が挙げられる。靱性の飛躍的な向上は,L処理中の部分的,かつ複雑なα-γの逆変態によるベイニティックフェライト粒径の微細化および粒内の大角境界を有する細粒によるものと推定される。L処理過程の逆変態γ相中にはC,Ni,Mnなどの元素の濃化も発生すると報告されており18),L処理による機械的特性発現メカニズムを結論付けるためには,元素の再分配なども考慮したより詳細な検討が必要であるが,その端緒的な知見は得られたものと思われる。

Table 5. Summary of experimental results for Q-T and Q-L-T materials.
Sample0.2%YS (MPa)TS (MPa)FATT (K)Prior austenite grain size (μm)EBSD grain (mm)dEFF (μm)
MaximumAverageMaximumAverageMaximumAverage
Q-T64072923368.324.052.010.941.512.0
Q-L-T56972619355.615.741.38.331.78.0

4. 結言

Cu添加低合金鋼を対象に,機械的特性に及ぼす二相域焼入れ(L)の影響を明確にし,その特性発現メカニズムについても組織形成挙動および析出物の詳細観察を基に考察した。得られた結論を以下に示す。

(1)Q-T材,Q-L-T材ともにミクロ組織はグラニュラーベイニティックフェライト(αB)の様相を呈した。また,Q-L-T材であっても,残留γは認められなかった。

(2)L処理の適用は,低温靱性を大幅に向上させた。また,その結果強度−靱性バランスが改善された。

(3)L処理により,大角境界の蛇行および粒界・粒内に大角境界を有する細粒が認められ,複雑な組織が得られた。この組織の複雑化は,L処理中のα-γの逆変態が非常に複雑かつ部分的に起こる挙動に起因していると考えられる。

(4)Q-L-T材では,Q-T材と同等レベルのT.S.を維持しながら0.2%Y.S.が低下した。L処理による0.2%Y.S.の低下は,未逆変態α相が高温焼戻しを受けて,軟質相となることに起因していると考えられる。さらにT.S.については,逆変態したγ相がγα変態し,焼戻されることにより,硬質相としてふるまう。その結果,強度不均一な組織となり,内部応力による加工硬化特性の向上に起因していると推論される。

(5)L処理による低温靱性の向上は,へき開破壊単位に対応するベイニティックフェライトの微細化が主要因と推定される。

文献
 
© 2017 The Iron and Steel Institute of Japan

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