Tetsu-to-Hagane
Online ISSN : 1883-2954
Print ISSN : 0021-1575
ISSN-L : 0021-1575
Regular Article
Electrochemical Hydrogen Permeation Test under Controlled Temperature and Humidity after Outdoor Exposure at Beijing, Chongqing and Okinawa
Eiji AkiyamaSongjie LiHideki KatayamaBoping ZhangKai ZhaoWataru Oshikawa
Author information
JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2017 Volume 103 Issue 2 Pages 93-100

Details
Synopsis:

Electrochemical hydrogen permeation tests were carried out under controlled temperature and humidity using pure Fe sheet specimens outdoor-exposed at Beijing and Chongqing, China and Okinawa, Japan in order to understand the effect of environmental factors on hydrogen uptake behavior. The maximum hydrogen permeation current densities of the exposed specimens were in the order of Beijing > Chongqing >> Okinawa, while the order of the degree of corrosion of the specimens was Okinawa > Chongqing >> Beijing. X-ray fluorescence analysis showed that the surface concentrations of sulfur on the Beijing- and Chongqing-exposed specimens were higher than that of the Okinawa-exposed specimens, whereas chlorine concentrations of the Beijing and Okinawa-exposed specimens were higher than that of the Chongqing-exposed specimen. Nitrate concentrations of Beijing- and Chongqing-exposed specimens evaluated using nitrate test strips were obviously higher than that of the Okinawa-exposed specimens. It is suggested that air pollutants such as SO2 and NO2 and particulate matters containing inorganic acid ions, likely sulfate and nitrate ions, and possibly organic acids contribute to acidification of rust layer leading to the enhanced hydrogen entry.

1. 緒言

高強度鋼の遅れ破壊(水素脆化)感受性の評価は,高強度鋼の使用や開発における安心・安全の確保にとって重要である。高強度鋼の遅れ破壊の決定要因の一つとして,遅れ破壊発生限界拡散性水素量(HC)が提案されている1,2,3)。HCや破断応力と拡散性水素量の関係は,水素チャージした引張試験片の定荷重試験1,2,3,4),低ひずみ速度引張試験5,6,7,8,9),通常速度引張試験(conventional strain rate test, CSRT)10,11,12,13)と水素昇温脱離分析(thermal desorption analysis, TDA)を組み合わせて求められている。

水素量が鋼の機械的特性に及ぼす影響と同様に,材料中への使用環境からの水素侵入もまた重要でありこれを把握することが求められる。大気腐食は水素侵入の原因の一つであり,多くの高強度鋼は大気腐食環境下で用いられることから,大気腐食による水素侵入の理解は不可欠と考えられる。しかしながら,大気腐食の挙動は,表面の生成錆層,錆中に取り込まれる大気汚染物質,温度や湿度などの様々な環境因子の変化に影響されるため,これに左右される水素侵入挙動は非常に複雑となる。

電気化学的水素透過試験(Electrochemical hydrogen permeation test, ECHPT)14,15,16,17,18)は水素侵入挙動の経時変化を観察するのに有用な方法であり,多くの研究者によって大気腐食環境下,あるいはそれを模擬した環境下での水素侵入挙動の検討に用いられてきた19,20,21,22,23,24,25,26,27)。著者らのこれまでの研究では,大気腐食を模擬したサイクル腐食試験(CCT)条件下でのECHPTにより,大気腐食による生成錆層が水素侵入に重要な影響を与えることを見出している25)。また,更に水素侵入挙動を理解するため,鉄板試験片をCCT24,27)および屋外大気暴露27)に供した後に温湿度制御下でのECHPTを行なった。大気暴露後の温湿度制御下のECHPTの利点は,オンサイトのECHPTに比べて簡便であり,オンサイトのECHPTが簡単には実行しづらい遠隔地,海外等でも暴露さえ行えばよく,暴露サイト環境に依存した水素侵入挙動は実験室で得ることができる点にある。

水素侵入に及ぼす環境の影響を検討するために,本研究では,中国の北京および重慶,日本の沖縄を暴露サイトとして選択し,暴露試験片のECHPTを実験室にて温湿度制御下で行った。近年中国の大都市での大気汚染が悪化していることがしばしば報じられているが,その大気汚染が水素侵入に及ぼす効果があるかどうかについても興味が持たれる。これら中国で暴露した試験片と,飛来海塩粒子堆積量が多い海浜環境の沖縄で暴露した試験片の水素侵入の比較を行った。

2. 実験方法

2・1 試験片

ニラコ社製の純鉄板(純度99.5%)を用いた。試験片の初期厚さは0.5 mmで,Fig.1に示すように8角形に切って用いた。ECHPTの際の実効面積は片面で20 cm2である。#800のSiC紙で両面を研磨後,ワット浴(NiCl2·6H2O 45 g/L,H3BO3 40 g/L,NiSO4·6H2O 250 g/L)を用い,60 °C,3 mA cm−2の電流密度で180 sの条件で片面にNiめっきを施した。計算上のめっき厚は180 nmである22)

Fig.1.

 Optical photographs of Fe specimens exposed at Beijing for 2 months (a) and 4 months (b); at Chongqing for 2 months (c) and 6 months (d); at Okinawa for 2 months (e) and 4 months (f).

2・2 暴露試験

試験片のNiめっき面をマスクし,暴露試験に供した。暴露サイトは,北京(E 116.46,N 39.92),重慶(E 106.54,N 29.59)および沖縄(E 127.50,N 26.20)で,2013年1月より暴露を開始した。北京および沖縄での暴露では2および4ヶ月の暴露の後に試験片を回収し,重慶の場合は2および6ヶ月の後に回収して,暴露サイトより物質・材料研究機構機構に航空便で送付し,ECHPTを行った。

2・3 電気化学的水素透過試験(ECHPT)

ECHPTは恒温恒湿槽中で行った。実験のセットアップは以前報告したものと同様である24,27)。大気腐食したサンプルは,1 M NaOH水溶液を満たした改造型のDevanathan-Stachurskiセルにo-リングを用いて固定し,Hg/HgO参照電極(E0=+99 mV vs SHE(25°C))およびPt対極を取り付けた。水素の出口側はポテンショスタットを用いて+0.1 V vs Hg/HgOでアノード分極し,水素透過電流をデータロガーで記録した。槽中の温度は30°Cに保ち,湿度を40,50,70,80,98%RHの順に段階的に上昇させた。40から80%RHの湿度にはそれぞれ約2 h保持した。槽中の湿度を98%RHに設定した際には,腐食した試料の表面を脱イオン水で湿らせたろ紙で覆い湿潤条件とした。この湿潤条件に保持した後に,ろ紙を除き段階的に相対湿度を低下させた。槽中の温湿度は温湿度計でモニターし,データを上記のデータロガーで記録した。

2・4 腐食試料表面の分析

試料表面の腐食生成物を分析するために,35 mm×75 mm×0.5 mmtの短冊型の純鉄の試験片も各暴露サイトで暴露した。暴露後の試験片の表面分析には,HORIBA社製MESA-500W蛍光X線分析装置を用い,直径10 μmの領域を分析した。

錆層中の硝酸イオン濃度はQuantofix®試験紙を用いて定性的に求めた。0.02 mLの蒸留水を腐食した試料表面にシリンジを用いて滴下し,2 min置いた後にこの液滴の硝酸イオン濃度を試験紙の呈色から推定した。

3. 結果と考察

3・1 暴露試験片

北京と重慶および沖縄に暴露した試験片の光学写真例をFig.1に示す。これらの中で北京に暴露した試験片は他の暴露サイトに置いたものよりも明らかに腐食が軽微で,金属光沢が残る面積が大きかった。暴露試験は1月に開始したため,北京では暴露期間中の環境が低温,低湿度であったことがその原因と思われる。目視では沖縄の暴露試験片の腐食の程度が最も著しく,これは海浜で亜熱帯の沖縄の環境が腐食に寄与したためと考えられる。

Fig.2に北京,重慶および沖縄に2ヶ月間暴露し,恒温恒湿槽中でのECHPTに供した後の試験片のSEM像を示す。北京で暴露した後の試験片の場合腐食は軽微であったが,恒温恒湿槽中での実験で腐食が進んでいる。暴露サイトによる試験片の腐食生成物層に顕著な違いは見られなかった。

Fig. 2.

 SEM photos of the surface of pure Fe specimens exposed at Beijing (a), at Chongqing (b) and Okinawa (c) for 2 months. The SEM photos were taken after electrochemical hydrogen permeation tests.

3・2 温湿度制御下での暴露試験片のECHPT

Fig.3に,北京に2および4ヶ月間暴露した試験片の水素透過電流密度の湿度による変化を示す。いずれの暴露期間の場合でも変化の傾向は同様で,相対湿度を上昇させる過程では水素透過電流密度に明らかな変化は見られないが,設定相対湿度を98%RHとし,濡れたろ紙で覆い湿潤条件とした時に顕著な電流の増加が見られた。北京に暴露した試験片の水素透過電流密度の最大値はいずれの暴露期間でも0.15 μA cm−2程度であった。湿潤条件の後に湿度を低下させると,水素透過電流は小さなピークを示した後に急速に低下した。

Fig. 3.

 Changes in hydrogen permeation current density with applied relative humidity for pure Fe specimens exposed at Beijing for 2 months (a) and 4 months (b).

2および6ヶ月間重慶に暴露した試験片の水素透過電流密度の変化をFig.4に示す。2ヶ月間暴露した試験片の水素透過電流密度の変化の傾向は北京に暴露した試験片と同様であったが,電流密度の最大値は約0.1 μA cm−2と北京暴露試験片に比較して低かった。重慶に2ヶ月間暴露した試験片の場合,相対湿度を70%RHに上昇させた際にわずかな水素透過電流密度の増加が認められた。

Fig. 4.

 Changes in hydrogen permeation current density with applied relative humidity for pure Fe specimens exposed at Chongqing for 2 months (a) and 6 months (b). The result of similar measurement repeated for the 6-month-exposed specimens is shown in (c).

重慶に6か月暴露した試験片の場合には2ヶ月暴露の場合とは非常に異なった水素透過電流密度の変化が見られた。湿潤条件での水素透過電流密度の上昇はわずかであったが,湿潤条件の後に湿度を下げた際に急激な上昇を示し,さらに80%RHに下げた際には急速な低下を見せたが,相対湿度を50%RHに下げた時に再び顕著な上昇を示した。さらに40%RHまで下げると水素透過電流密度はやや緩やかに低下した。Fig.4(c)に示すように,同様の湿度変化を再び同じ試験片に与えたところ,1回目の試験条件での腐食生成物の成長があるものの,1回目と同様に乾燥過程で2つのピークが現れる水素透過電流密度の変化が再現された。

一方,沖縄に暴露した試験片の水素透過電流密度はFig.5に示すように湿潤条件化でもほとんど上昇しなかったが,その後に90%RH狙いで相対湿度を下げた際に著しい上昇を見せ,さらに80%RHまで相対湿度を下げるとほぼ初期と同程度まで急速に低下した。この水素透過電流密度のピークの出現は,重慶に6ヶ月間暴露した試験片で湿潤後の湿度低下の際に見られたものと類似したものと思われる。我々の先の研究で行った同様の実験では,暴露時期が異なるが沖縄に2ヶ月間暴露した試験片では湿潤条件下で0.01 μA cm−2程度水素透過電流密度が増加し,その後に相対湿度を80%RHに下げるとその初期に小さなピークが現れ,さらに70%RHを経て50%RHまで低下させていく過程でさらに増加し,相対湿度を50%RHに低下させた際に湿度低下の初期のピークより大きなピークが現れてその後緩やかに低下した27)。この場合の2番目のブロードなピークは,重慶に6か月間暴露した試験片の乾燥過程で見られた2番目のピークに相当するものと思われる。前回と今回の沖縄での2ヶ月間暴露した試験片の水素透過電流密度の変化の違いは,暴露時期が違うために,生成した腐食生成物の特性に差があったことに起因すると考えられる。重慶に暴露した試験片の場合の暴露時間の違いによる差もまた腐食生成物の特性の変化に基づくものと思われるが,詳細は不明である。

Fig. 5.

 Changes in hydrogen permeation current density with applied relative humidity for pure Fe specimens exposed at Okinawa for 2 months (a) and 4 months (b).

先の研究で沖縄での暴露を開始し27),暴露時間が2年間になった試験片についても同様の温湿度制御下でのECHPTを行った。先の研究でこれと同時期に沖縄で暴露を開始し2ヶ月間暴露した試験片は,前述のようにある程度の水素透過電流密度の上昇が見られたものの27),2年間暴露した試験片ではFig.6に示すように有意な水素透過電流密度の上昇はほとんど見られず,2回目に行った湿度サイクルの湿潤条件後の乾燥過程の初期で小さなピークが見られたのみであった。 これは,2年間の長期の暴露で生成した錆層の大気腐食に対する保護性がある程度水素侵入を抑制したためと推測される。

Fig. 6.

 Changes in hydrogen permeation current density with applied relative humidity for pure Fe specimens exposed at Okinawa for 2 years.

3・3 暴露試験片の錆層中の汚染物質の分析

Fig.7に蛍光X線分析で求めた,北京,重慶および沖縄で暴露した試験片の腐食表面の塩素および硫黄の濃度を示す。比較のため,田園環境のつくばに暴露した試験片の分析結果も加えた。沖縄と北京に4ヶ月間暴露した試験片の塩素は同程度で,重慶に6ヶ月間暴露した試験片よりも著しく高かった。海浜環境の沖縄に暴露した試験片の塩素は飛来海塩粒子中の塩化物イオンに由来すると考えられる。一方,北京は地理的に海から遠く海塩粒子の堆積の可能性が低いことから,北京暴露試験片の塩素は融雪剤もしくは大気汚染物質に由来する塩化物イオンと思われる。重慶の冬は北京より温かく,1月に見られる年間の最低気温は5.4°Cである。このため,重慶の場合には融雪剤由来の塩化物イオンが見られなかったものと思われる。なお,つくば暴露試験片上の塩素も沖縄や北京に比べて低い傾向が見られた。

Fig. 7.

 Contents of Cl (a) and S (b) in the rusted surfaces of specimens exposed at Beijing, Chongqing and Okinawa. The concentrations were measured by means of X-ray fluorescence analysis. Cl and S contents of specimens exposed at Tsukuba for 2 and 4 months are added for comparison.

国内の沖縄とつくばに暴露した試験片と,中国の北京と重慶に暴露した試験片とで大きな違いが見られたのは硫黄濃度で,沖縄とつくばの違いは大きくないが,中国の2カ所に暴露した試験片の硫黄濃度はそれらより著しく高かった。この中国に暴露した試験片上の高い硫黄濃度は,大気汚染物質であるSO2ガスもしくは粒子状物質に取り込まれた硫黄を含む物質に起因すると考えられる。SO2は式(1)および(2)23)に示すように加水分解によってSO32−さらにSO42−となる際にH+を生成するため,腐食や表面の酸性化を促進し,これが水素侵入を促進したものと考えられる22,23)。   

SO 2 +  H 2 O SO 3 2 + 2 H + (1)
  
SO 3 2 + H 2 O SO 4 2 + 2 H + + 2 e (2)

硝酸イオン用の試験紙を用いて求めた硝酸イオン濃度をTable 1に示す。この方法は定性的なものではあるが,北京と重慶に暴露した試験片の腐食生成物に取り込まれた硝酸イオン濃度が沖縄暴露試験片に比較して顕著に高いことが明らかに示された。窒素と酸素の反応生成物NOx(NO+NO2)のNOは酸化されてNO2となり28),NO2は式(3)によってH+を生じて酸性化を招く。試験紙で検出された硝酸イオンもまた,大気汚染物質に由来したものと考えられる。   

2 NO 2 + H 2 O NO 3 + NO 2 + 2 H + (3)

Table 1.  Nitrate concentrations in water droplet put on the rusted surface of exposed specimens. The nitrate concentrations were measured by means of Quantofix® test strips for nitrate.
Beijing Chongqing Okinawa
2 month 25 25 < 10
4 or 6 months 50 50 < 10

unit: mg/L

塩化物イオン,硫酸イオンや硝酸イオンは腐食を促進しそれによる水素侵入を促進すると思われ,また硫酸イオンや硝酸イオンは酸性化によっても水素侵入の効率を上げると考えられる。沖縄に暴露した試験片では塩化物イオンが高い一方,硫黄濃度と硝酸イオン濃度は中国に暴露した試験片よりも低く,腐食の程度は最も高いものの水素侵入は中国暴露試験片に比べて低かった。このことから,北京と重慶に暴露した試験片では硫酸イオンと硝酸イオンの水素侵入促進の効果が大きかったことがうかがわれる。北京に暴露した試験片では本研究の中で最も著しい水素侵入が見られたが,硫酸イオンおよび硝酸イオンに加えて比較的高い濃度の塩化物イオンが共存していることが原因となっていると考えられる。以上のように,腐食生成物層に堆積あるいは取り込まれた汚染物質が水素侵入に大きな影響を及ぼすことが明らかとなった。

4. 考察

著者らは以前の研究で大気腐食を模擬した乾燥(50% RH,5.75 h),湿潤(98% RH,1.75 h)および塩水噴霧(0.5% NaCl 水溶液,0.5 h)のステージからなるサイクル腐食試験(CCT)の後に同様の温湿度制御下でのECHPTを行っている27)。これにより得られた30および60サイクル後の試験片の水素透過電流密度の変化を,本研究で得られた北京暴露試験片のものとFig.8に比較する。

Fig. 8.

 Comparison of the changes in hydrogen permeation current densities of pure Fe specimens corroded by exposure at Beijing for 2 months and by CCT.

湿潤条件での水素透過電流密度は,北京に暴露した試験片とCCTに供した試験片とで同程度であるが,湿潤条件の後に湿度を下げると,北京暴露試験片では急激に水素透過電流密度が低下するのに対し,CCT後の試験片では幅の広いピークが現れた。CCTに供した試験片は暴露試験片よりも厚い腐食生成物に覆われているため,おそらくその湿潤度の低下に時間がかかるのが水素侵入挙動の違いに影響しているものと考えられる。

著者らはまた腐食性の厳しいCCTの場合,湿潤条件下およびその後の乾燥過程での水素透過電流密度はCCTのサイクル数とともに増加することを報告している27)。本研究で大気暴露した試験片の腐食量はCCTと比較して著しく低いものの,北京に暴露した試験片の湿潤条件下での水素透過電流密度は60サイクルのCCTに供した場合と同程度であり,この結果は,北京での暴露中に堆積した物質の水素侵入に及ぼす効果が大きいことを示している。

Fig.9には,北京に2ヶ月間暴露した試験片の湿潤条件下での水素透過電流密度の変化と,同じ厚さの純鉄板試験片の片面から1 M NaOH水溶液中,−4.5 μA cm−2の電流密度で水素をカソードチャージした場合の水素透過電流密度の変化25)を比較した。それぞれ,湿潤条件にした時の時間と,水素カソードチャージを開始した時間をt=0としている。湿潤環境での水素透過電流密度の増加に比べ,水素カソードチャージした場合の増加の方が著しく速い。このことは,暴露試験片の湿潤条件下での水素透過電流密度の増加が,カソード分極で水素チャージした場合の水素拡散によるビルドアップとは異なり,時間とともに水素侵入量が増えていること,言い換えれば表面直下の金属中の水素濃度が時間とともに増加していることを示していると言える。とりわけ湿潤条件では腐食した試験片表面の状態が腐食の進行とともに変化すると思われ,これが水素透過電流の緩やかな変化に影響しているものと思われる。

Fig. 9.

 Comparison of the change in hydrogen permeation current densities of a pure Fe sheet specimen measured under cathodic hydrogen charging in a 1 M NaOH solution and that of a Fe sheet specimen exposed at Beijing for 2 month measured in a constant temperature and humidity chamber. For comparison, the hydrogen permeation current densities were normalized by the maximum current density. In the case of the Beijing-exposed specimen, the average hydrogen permeation current density was used as the maximum current density.

Fig.10は,北京に2ヶ月間暴露した試験片に繰り返し湿度の増加と低下の変化を与えた結果を示す。水素透過電流密度の相対湿度の変化に伴う挙動は同様の傾向を示したが,繰り返しによって水素透過電流密度は徐々に低下する傾向が見られた。この低下は,錆層中の塩化物イオン等の腐食因子が成長する腐食生成物中に取り込まれ,その実効濃度が薄められて,腐食とそれにともなう酸性化への効果が低くなっていったことによると思われる。

Fig. 10.

 The change in hydrogen permeation current density of a Fe sheet specimen exposed at Beijing for 2 month. Similar stepwise change of humidity was applied to the specimen repetitively. The number in the figure shows the order of the experiment carried out.

Fig.3(b)のように,北京に2および4ヶ月間暴露した試験片の場合には湿潤条件下で顕著な水素侵入が見られる一方,Fig.5の沖縄に暴露した試験片の場合には,腐食速度が大きいと思われる湿潤条件より,その後の乾燥過程で顕著な水素侵入の促進が見られた。このことは,水素侵入は腐食速度によって直接的に支配されているのではなく,鉄イオン(II)の加水分解反応による錆の内層の酸性化や電位の変化23,25,27)によって腐食にともなう還元反応中の水素還元反応の割合が高められ水素侵入の効率が上昇するなどの効果が大きいことが示唆される。

北京に暴露した試験片や重慶に2ヶ月間暴露した試験片とは異なり,重慶に6ヶ月間暴露した試験片の場合には湿潤条件後の乾燥の過程で2つの独立した水素透過電流密度のピークが観察された(Fig.4(b))。この現象を検討するために,Ag/AgCl参照電極を用いて湿度変化にともなう電位の変化の測定を試みた。参照電極の管には樹脂製のピペットを利用し,先端はKClを含む寒天で封じ,これを重慶で6ヶ月間暴露した試験片表面に接触させて電位を記録した。相対湿度変化による電位の変化をFig.11に示す。ここで,図中の相対湿度は実測の湿度ではなく設定相対湿度である。

Fig. 11.

 Change in potential of a specimen exposed at Chongqing for 6 months measured by means of Ag/AgCl reference electrode attached on the rusted surface of the specimen. The set relative humidity is also plotted in the figure.

相対湿度の上昇とともに電位は低下した。設定相対湿度を98%RHとし試験片表面に蒸留水で濡らしたろ紙を載せ湿潤条件とした際に電位が急激に上昇したが,その後徐々に低下した。この電位の低下は,Fig.4(b)および4(c)に示した水素透過電流密度の緩やかな増加と対応するものと思われる。重慶で2ヶ月間暴露した試験片(Fig.4(a))や北京で2および4ヶ月間暴露した試験片(Fig.3(a)および3(b))に見られた湿潤条件下での水素透過電流密度が上昇する際にも,同様の電位の低下があったものと推測される。湿潤条件に続く乾燥過程ではこの重慶に6ヶ月間暴露した試験片では2つの水素透過電流密度のピークが見られているが,測定した電位は乾燥過程で上昇した。参照電極先端の寒天は表面に触れており,電極直下の電位に環境の相対湿度が与える影響は直接的ではないと思われるが,湿度を下げた時に電位が上昇したということは,重慶に6ヶ月間暴露した試験片で見られた乾燥過程での水素侵入の促進が電位に影響されたものでないことが示唆される。

現状では湿潤条件下での水素透過電流密度の増加と乾燥過程で見られる明確に2つに分かれたピークのそれぞれの影響因子が明らかではない。湿度の変化にともなう水素侵入挙動に影響する因子としては,電位,腐食速度,pH22,23,29,30,31),溶解した金属イオンの反応,腐食や酸性化に寄与する塩化物イオン,硫酸イオンおよび硝酸イオンなどの濃度があげられ,これらが湿度により変わる液膜の厚さ32)あるいは腐食生成物の濡れの程度に影響を受けることで水素侵入挙動を左右するものと思われる。さらに,例えばマグネタイトの生成による水素侵入特性の変化23)など,腐食生成物による効果も考えられる。水素侵入促進の影響因子を把握するためにはさらに検討が必要で今後の課題である。

本研究では,沖縄やつくばで暴露した試験片よりも北京および重慶に暴露した試験片で多く見られた硫黄に関係する物質や硝酸イオンなど大気汚染物質の効果が大きいことが確かめられた。大気汚染に関しては,近年ではair quality index(AQI)が公開されており,ネットで見ることも可能である33)。例えば,2014年1月28日のSO2のAQIは北京で4-61,重慶で16-72,沖縄で0-2であり,NO2のAQIは北京で8-41,重慶で21-45,沖縄で2-6であった。明らかに日本国内に比較して中国での大気汚染が著しい。10 μm以下のPM10および2.5 μm以下のPM2.5といった粒子状物質(particulate matters,PM)についても日本と中国では差が見られ,中国ではPM2.5のAQIが150あるいはそれを超えることもしばしばある。粒子状物質はSOxおよびNOxに関連した物質を含むため,中国の粒子状物質のAQIが高いことも中国で暴露した試験片の水素侵入が著しかったことに関与しているものと考えられる。無機酸に加え,ジカルボン酸,ケトカルボン酸,脂肪酸や安息香酸といった水溶性の有機酸なども粒子状物質に取り込まれていると言われていることから34,35),中国で暴露した試験片では前述の硫酸や硝酸の効果に加えこれらの有機酸が堆積した粒子状物質から供給されることも酸性化に寄与し,水素侵入の促進を招いた可能性が考えられる。同様の暴露試験を他の地域でも行い,地域特異性のある水素侵入挙動を検討することにも興味が持たれる。

5. 結論

沖縄,北京および重慶で大気暴露した純鉄試験片を用い,温湿度制御下の電気化学的水素透過試験によって水素侵入挙動の検討を行い,下記の知見が得られた。

(1)大気暴露試験の後の電気化学的水素透過試験は,環境の地域特異性が水素侵入に及ぼす影響を検討するのに有効な手段である。

(2)北京および重慶で暴露した試験片での水素侵入は沖縄に暴露した試験片と比較して著しく,これには大気汚染物質が寄与したものと考えられる。

(3)大気汚染物質であるSOxやNOxガスあるいはそれらと有機酸を含む粒子状物質に由来する暴露試験片表面の汚染が水素侵入に大きな影響を及ぼすものと考えられ,北京に暴露した試験片で見られるように,塩化物イオンが共存するとさらに水素侵入が促進されると考えられる。

(4)湿度変化に対する水素透過電流密度の応答は暴露サイトの環境と暴露期間に大きく依存する。

謝辞

温湿度制御環境下での電位変化測定を手伝っていただいた物質・材料研究機構のDr. Hastuty Sriに感謝いたします。

文献
 
© 2017 The Iron and Steel Institute of Japan

This article is licensed under a Creative Commons [Attribution-NonCommercial-NoDerivatives 4.0 International] license.
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
feedback
Top