Tetsu-to-Hagane
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Effect of B on Growth of Recrystallized Grain of Ti-added Ultra-low Carbon Cold-rolled Steel Sheets
Jun HagaHideaki SawadaKohsaku Ushioda
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2017 Volume 103 Issue 5 Pages 221-229

Details
Synopsis:

The effect of boron (B) on the recrystallization behavior, in particular the growth of the recrystallized grain into unrecrystallized grain, of titanium (Ti) added interstitial atom free (IF) steel sheets was studied from the viewpoint of the solute drag effect considering the interaction between B and Ti atoms. The growth rate of the recrystallized grain at 5% fraction recrystallized decreased with increasing B content. Furthermore, the decrease became more pronounced in the B added steels with the higher Ti content. The interaction energy between B and Ti atoms at the grain boundary was evaluated by the first-principles calculation in the bcc-Fe(111)Σ3[110] symmetrical tilt grain boundary. Attractive interaction between B and Ti atoms was obtained in most of the grain boundary atom sites examined. B segregation at the interface between recrystallized and unrecrystallized grains was concluded to induce Ti segregation through the attractive interaction between B and Ti atoms during interface migration. The mechanism for the suppression in the growth of the recrystallized grains was proposed to be caused by the decrease in the interface mobility caused by the enhanced Ti segregation.

1. 緒言

極低炭素鋼にTiやNbを添加し鋼中のC,Nを析出固定したIF(Interstitial atom Free)鋼板は,自動車の内外板パネル用途を中心に広く使用されている。IF鋼板では,固溶状態のC,Nがほとんど存在しないため,冷間圧延後の焼鈍工程で深絞り性に好ましい再結晶集合組織が形成され,高いランクフォード値(r値)を得ることができる。一方,IF鋼板では,結晶粒界にCやNが偏析しないため,低温で二次加工脆化や縦割れと呼ばれる粒界破壊が生じやすい1)。二次加工脆化を防止するために,粒界に偏析し易いBが添加されることが多い2,3,4)が,B添加により再結晶温度が上昇しr値が低下することが知られている5,6)。すなわち,IF鋼板の製造においては,深絞り性の確保と耐二次加工脆性の確保を両立するために,Bを添加したうえ高温で再結晶焼鈍を行う必要があり,生産性が阻害される問題がある。このような問題を解決するためには,Bによる再結晶抑制機構を明確化することが必要である。再結晶挙動に及ぼすBの影響に関しては,著者らはこれまでに,Ti添加極低炭素冷延鋼板(Ti-IF鋼板)の再結晶挙動に及ぼすBの影響を,回復,再結晶粒の核生成およびその成長(本論文では核成長と呼ぶ)の素過程に分離して調査し,各過程ともにB添加により抑制されることを示した6)。また,Bによる再結晶温度の上昇は,Ti含有量の多い鋼において大きく,核成長の抑制には,BのみならずTiが寄与する可能性が示唆された7)。Ti,Nb添加極低炭素冷延鋼板(Ti,Nb-IF鋼板)においても,B添加により再結晶温度が上昇し,この傾向はNb含有量が多いほど顕著であることが知られている8)。このように,極低炭素冷延鋼板におけるBの再結晶抑制機構を解明するためには,Bと置換型固溶元素との関連性に着目することが重要と思われる。そこで,本研究では,再結晶の素過程の中でも特に,再結晶の核成長過程,すなわち再結晶核の加工マトリックス中への成長過程に注目し,BとTiの原子間相互作用の観点から,Bの核成長抑制機構について検討した9)

2. 実験方法

Table 1に示す化学組成を有するTi添加極低炭素鋼を実験用真空溶解炉で溶製し,熱間鍛造により板厚20 mmの鋼材とした。二水準のTi添加量(平均Ti量0.025 mass%および0.051 mass%)に対しB添加量を1 ppmから14 ppmまで変化させた。Fig.1に示すように,鋼材を1240°Cで1.8 ks加熱した後,920°C以上の温度域で板厚5 mmまで熱間圧延した。熱間圧延後,鋼板を水スプレーで700°Cまで冷却し,その温度で1.8 ks保持した後20°C/hの冷却速度で室温まで徐冷した。得られた熱延板からJIS5号引張試験片を採取し,時効指数測定を行った。時効指数は,10%の引張予ひずみを付与した後除荷し,100°Cで3.6 ksの熱処理を施し,熱処理後に再度引張試験を行うことにより求めた。また,透過型電子顕微鏡を用いて,抽出レプリカ法により熱延板中の析出物を観察した。続いて,熱延板の表裏面を0.5 mmずつ機械研削した後,圧下率80%で板厚0.8 mmまで冷間圧延した。冷延板にソルトバスを用いて650°Cで20 sから48 hの等温焼鈍を施した。得られた焼鈍板からミクロ組織観察用試験片を採取し,圧延方向に平行な縦断面をバフ研磨した後,極低炭素鋼用に開発された腐食液10)を用いて腐食し,表面から0.2 mmの位置において光学顕微鏡観察を行った。また,焼鈍板から硬さ測定用試験片を採取し,ロックウェル硬さ(HR30T)を測定した。

Table 1.  Chemical compositions of the steels used. (mass%)
Steel C Si Mn P S sol.Al N Ti B Ti*
A 0.0020 < 0.01 0.10 0.007 0.005 0.035 0.0015 0.026 0.0001 0.005
B 0.0017 < 0.01 0.10 0.010 0.005 0.029 0.0017 0.025 0.0005 0.005
C 0.0017 < 0.01 0.10 0.009 0.005 0.030 0.0017 0.025 0.0010 0.005
D 0.0017 < 0.01 0.10 0.010 0.005 0.029 0.0014 0.025 0.0014 0.006
E 0.0023 < 0.01 0.10 0.008 0.005 0.039 0.0017 0.052 0.0001 0.029
F 0.0018 < 0.01 0.10 0.011 0.005 0.033 0.0018 0.050 0.0005 0.029
G 0.0019 < 0.01 0.10 0.009 0.005 0.032 0.0016 0.050 0.0010 0.029
H 0.0018 < 0.01 0.10 0.010 0.005 0.033 0.0014 0.051 0.0014 0.032

Ti*=Ti–(48/12×C+48/32×S+48/14×N)

Fig. 1.

 Schematic illustration of the hot-rolling, cold-rolling and annealing conditions.

3. 実験結果

3・1 熱延板の時効指数

熱延板の時効指数(AI)を,熱処理後の降伏応力と予ひずみ付与時の10%変形抵抗(σ10)の差から求めた。熱処理後の再引張試験では,いずれの鋼とも降伏点伸び(YP-El)が発現せず連続降伏したため,0.2%耐力(σ0.2)を熱処理後の降伏応力として時効指数を算出した。σ0.2σ10よりも小さい場合は時効指数を0 MPaとした。Table 2に示すように,B量およびTi量によらず,各鋼の時効指数は2 MPa以下であった。時効指数は鋼中の固溶C,N量と相関があることが知られており11,12),本研究で用いた熱延板中には固溶C,Nはほとんど存在しないと考えられる。析出物を観察した結果,熱延板中にはTiN,TiS,Ti4C2S2およびTiCと考えられる析出物が確認された。本実験では,熱間圧延後に700°Cで1.8 ks保持し徐冷する700°C巻き取り相当の熱処理を施したため,熱延板中で鋼中のCおよびNは完全に析出固定されたと考えられる。したがって,上記析出物の化学量論組成を仮定して固溶Ti量を計算すると,熱延板中にはTable 1にTi*として示される量のTiが固溶状態で存在すると推定される。また,鋼中のC,NおよびS量はほぼ同じであるため,C,NおよびSの析出量はいずれの鋼においても同一水準にあると考えられる。

Table 2.  Mechanical properties of the hot bands.
Steel σ10 (MPa) σ0.2 (MPa) YP-El (%) AI (MPa)
A 252 250 0.0 0
B 250 248 0.0 0
C 248 246 0.0 0
D 250 252 0.0 2
E 249 247 0.0 0
F 250 248 0.0 0
G 251 249 0.0 0
H 251 252 0.0 1

3・2 再結晶挙動に及ぼすBの影響

Fig.2に650°Cで960 s焼鈍した焼鈍板のミクロ組織を示す。図中のa)およびb)はTi量が約0.025 mass%である鋼A,Cのミクロ組織であり,図中のc)およびd)はTi量が約0.051 mass%である鋼E,Gのミクロ組織である。また,鋼A,EはBを添加していないが,鋼C,Gは10 ppmのBを添加している。いずれのTi量を有する鋼に対しても,B添加により再結晶が抑制されていることが明らかである。点計数法により各ミクロ組織の再結晶率を求め,再結晶率の焼鈍時間に対する変化を調べた。Fig.3に示すように,B量の増加に伴い再結晶の進行が遅延し,遅延の程度はTi量が多い鋼の方が大きかった。

Fig. 2.

 Optical microstructures of steels annealed at 650°C for 960 s: a) Steel A (0.026%Ti-1ppmB), b) Steel C (0.025%Ti-10ppmB), c) Steel E (0.052%Ti-1ppmB), d) Steel G (0.050%Ti-10ppmB).

Fig. 3.

 Changes in fraction recrystallized in relation to annealing time at 650°C. Ti content: a) 0.025%, b) 0.051%.

次に,特定の再結晶率に達するまでの焼鈍時間を再結晶時間として,0.2%再結晶時間(再結晶率0.002)および5%再結晶時間(再結晶率0.05)とB量の関係を調べた。再結晶時間はFig.3に示した再結晶率の測定結果から求めた。鋼A~Dおよび鋼Gの0.2%再結晶時間については,短時間側の測定結果を外挿することにより求めた。Fig.4に再結晶時間に及ぼすBの影響を示す。Fig.4 a)に示す0.2%再結晶時間はB量の増加に伴い長くなった。再結晶時間の変化はTi量によって異なり,Ti量が高い方が変化量が大きかった。再結晶率0.002は再結晶のごく初期であり,0.2%再結晶時間は核生成の潜伏期に近い時間である。Bは回復−核生成過程に影響を及ぼし,Bによる回復−核生成の抑制効果はTi量が多いほど強くなる可能性がある。

Fig. 4.

 Effect of B content on recrystallization time at 650°C. Fraction recrystallized: a) 0.002, b) 0.05.

Fig.4 b)に示すように,5%再結晶時間は0.2%再結晶時間と同様に,B量の増加に伴って長くなり,再結晶時間の変化はTi量が高い方が大きかった。5%再結晶時間には,回復−核生成過程に加え核生成した再結晶粒の未再結晶領域への成長,すなわち核成長過程の挙動が反映されていると考えられる。5%再結晶時間の変化は0.2%再結晶時間の変化よりも大きく,Bによる核成長の抑制効果もTi量が多いほど強くなることが示唆される。

3・3 再結晶核の成長に及ぼすBの影響

焼鈍板のミクロ組織において,視野中に存在する最大の再結晶粒に着目し,その板厚方向の粒径を最大粒径として,最大粒径の焼鈍時間に対する変化を調べた。Fig.5に示すように,最大粒径の増加はB添加により抑制され,粒成長の抑制はTi量が多い鋼において顕著であった。

Fig. 5.

 Changes in maximum grain diameter in relation to annealing time at 650°C. Ti content: a) 0.025%, b) 0.051%.

次に,単位時間当たりの最大粒径変化の1/2を再結晶粒の成長速度と定義し,再結晶初期(再結晶率0.05)における成長速度から再結晶核の成長挙動を評価した。Fig.6に示すように,再結晶核の成長速度(核成長速度)はB量の増加に伴い低下した。低下の仕方はTi量によって異なり,Ti量が高い方が核成長速度の低下が大きかった。また,Ti量の影響に注目し,核成長速度を同一のB量で比較すると,核成長速度はTi量の増加により低下した。B無添加(1 ppmB)であっても核成長速度は低下したが,B量が高いほど低下量が大きくなった。このように,B量の増加もしくはTi量の増加により再結晶核の成長が抑制されたが,B添加とTi添加は核成長の抑制に対して相乗効果を有し,BとTiの複合添加によって核成長がより強く抑制された。

Fig. 6.

 Effect of B content on the growth rate of recrystallized grains at 5% fraction recrystallized.

4. 考察

4・1 再結晶核の成長に及ぼすBの影響

B添加により再結晶核の成長が抑制された原因について,再結晶核の界面移動の観点から考察する。一般に,界面の移動速度(V)は界面の易動度(M)と駆動力(ΔG)を用いて,   

V = M Δ G (1)

で表わされる。再結晶核の成長においては,冷間圧延時に蓄積されたひずみエネルギーが駆動力として作用する。鋼中の析出物はピン止め効果により駆動力を減少させる13)が,本実験では熱延板中に存在する析出物の種類および分散状態はB量によってほとんど変化しておらず,B添加はピン止め効果にはあまり影響を及ぼさないと考えられる。

一方,再結晶開始後には回復と再結晶が同時に進行するため,焼鈍時間が長くなるほど未再結晶部のひずみエネルギーが回復により解放され,核成長速度が低下することが知られている14)。本実験ではB量の増加に伴い5%再結晶時間が遅れたことから,回復による駆動力の減少量がB量によって異なる可能性がある。そこで,焼鈍中の硬さの変化から軟化度を求め,駆動力に及ぼす回復の影響を評価した。軟化度(S)は下記式   

S = ( H R 0 H R ) / ( H R 0 H R f ) (2)

から求めた。ここで,HR0は焼鈍前の冷延板の硬さ,HRは各時間焼鈍した後の焼鈍板の硬さ,HRfは再結晶完了時点の焼鈍板の硬さである。Fig.7に示すように,再結晶率0.05における軟化度はB量によってあまり変化しなかった。この軟化度には未再結晶部における回復と再結晶の双方が寄与するが,再結晶率が同じであるため,回復による軟化量はB量による違いが小さいと考えてよい。また,HR0およびHRfの値はB量によらずほぼ一定であったことから,再結晶率0.05において未再結晶部の硬さはB量によってあまり変化せず,核成長の駆動力は同程度であったと考えられる。B添加により5%再結晶時間が遅れるため未再結晶部では回復が長時間進行する。しかし,Fig.4 a)に示した結果が示唆するように,B添加により回復の速度が低下するため,再結晶率0.05における未再結晶部の回復による軟化量はB量によらず同程度になったものと推定される。Bは転位との相互作用により回復を抑制することが知られている6)。以上に述べたように,B量の増加に伴う核成長速度の低下は,核成長の駆動力がほぼ一定である状況下で生じた現象であり,核成長の抑制は易動度の低下に起因したと考えるべきであろう。

Fig. 7.

 Effect of B content on the softening ratio at 5% fraction recrystallized.

界面の易動度(M)は,純鉄においては鉄の粒界拡散係数(DgbFe)を用いて,   

M = D Fe gb / λ R T (3)

で表わされる15)。ここでλは粒界厚さ,Rはガス定数,Tは絶対温度である。界面に溶質元素が偏析すると,溶質元素のsolute drag効果により易動度は低下すると考えられる13)。易動度の低下限界は,界面の偏析サイトが溶質元素で飽和して溶質元素の体拡散が界面移動を律速する場合に相当し,その際の易動度(M’)は,(3)式において鉄の粒界拡散係数を溶質元素の体拡散係数(Dls)に置き換え,   

M ' = D s l / λ R T (4)

で表わされる13)。Bは非常に粒界偏析しやすい元素であり,Ti添加極低炭素冷延鋼板では熱延板の段階で粒界に偏析していることが知られている6)。また,Bは拡散係数が大きいため,再結晶開始後は再結晶核と加工マトリックスの界面に偏析すると考えられる。しかし,650°Cにおける鉄の粒界拡散係数(DgbFe)16)とBの体拡散係数(DlB)17)を下記式   

D Fe gb = 1.3 × 10 3 exp ( 167400 / R T ) (5)
  
D B l = 1.5 × 10 7 exp ( 88700 / R T ) (6)

から見積もると,DgbFe=4.2×10−13 m2/s,DlB=1.4×10−12 m2/sとなり,Bの体拡散係数の方が鉄の粒界拡散係数よりも大きい。したがって,Bが単独で界面に偏析しても易動度は低下しないと推定される。B添加による核成長抑制を,そのTi量依存性を含めて合理的に説明するためには,後述するように易動度に対するTiの影響を考慮する必要がある。

4・2 再結晶核の成長に及ぼすTiの影響

本実験では,Bを添加していない鋼においても,Tiを増量することにより核成長速度が低下した。Ti増量により析出物の分散状態が変化せず,Fig.7に示したように軟化度の変化も小さいことから,Bを添加する場合と同様に,Ti増量によっても核成長の駆動力はあまり変化しないと考えられる。一方,650°CにおけるTiの体拡散係数(DlTi)18)は下記式   

D Ti l = 6.8 × 10 3 exp ( 261000 / R T ) (7)

からDlTi=1.1×10−17 m2/sと見積もられ,Feの粒界拡散係数に比べて4桁程度低いことから,Ti増量による核成長の抑制は,再結晶核界面へのTiの偏析量が増し,界面の易動度が低下したために生じたと推察される。Tiの拡散は遅いが,再結晶核界面の移動に伴い,粒内に固溶していたTiが界面に堆積していく(sweep効果)ことにより,Tiの界面偏析が生じることが考えられる。

Bが添加された鋼では,Bが再結晶核界面に偏析し,Bによる被覆率の高い界面が移動しながら再結晶が進行することが想定される。界面内でB原子とTi原子の間に引力相互作用が働くと仮定すれば,B添加量が多いほど界面に偏析するTi量が増加し,核成長がより強く抑制されるであろう。Takahashiら19)はTi-IF鋼板の再結晶核界面におけるBとTiの偏析状況を三次元アトムプローブ(3DAP)を用いて調査し,BとTiが核界面に共偏析することを明らかにしている。原子間相互作用については,γ-Fe中においてTi原子はC,N原子との間に引力相互作用を有することが知られている20)が,B原子との相互作用は不明である。そこで,本研究では第一原理計算の手法により,α-Feの粒界中におけるB-Ti原子間の相互作用について調べた。

4・3 α-FeにおけるB-Ti原子間相互作用の第一原理計算21)

4・3・1 計算方法

第一原理計算には,密度汎関数理論に基づくProjector-Augumented-Wave(PAW)法22,23)を採用したViennna Ab-initio Simulation Package(VASP)24,25)を用いた。交換相関エネルギーには,Perdew-Burke-Erunzwerhof(PBE)による一般化勾配近似を使用した。FeとTiについては3p,3dおよび4s状態を,Bについては2sおよび2p状態を価電子として扱った。波動関数のカットオフエネルギーは320 eVとした。占有状態の積算は,逆格子点をMonkhorst Pack26)のスキームで1×4×4とし,幅を0.2 eVとしたMethfessel-Paxton smearing法27)で行った。電子状態の収束においては,電子系の自己無撞着解を得るための繰り返し計算で,全エネルギーとバンドエネルギーの連続する2ステップ間のエネルギー差の閾値を1×10−4 eVとした。また,構造最適化における各原子に働く力の閾値を0.02 eV/Åとした。

一般的に多結晶Feの粒界は大部分がランダム粒界であるが,第一原理計算ではランダム粒界の取り扱いが困難であるため,本研究では,α-Fe(111)Σ3[110]対称傾角粒界を計算の対象とした。この粒界は,両側の結晶格子が[110]軸を回転軸として70.5°傾いた粒界であり,古典分子動力学法を用いた計算28)によるとランダム粒界に近い粒界エネルギー(1.23 J/m2)を有する粒界である。また,これまでにこの粒界に対する第一原理計算が行われており, 溶質元素の粒界偏析によるα-Feの粒界脆化現象が,(111)Σ3[110]粒界を用いた粒界凝集エネルギーの計算結果からうまく説明できることが知られている29)

Fig.8 a)に本計算で用いた(111)Σ3[110]粒界の粒界構造を示す。図中の白丸および黒丸は[110]方向に垂直な面内におけるFe原子の配列であり,白丸からなる原子層と黒丸からなる原子層は[110]方向に1原子層ずれた位置関係にある。ユニットセルは白丸と黒丸の原子層が2原子層ずつの計4原子層で構成され,ユニットセルに含まれる原子の数は76個である。[111]方向には粒界(原子層1)を含め[111]方向に垂直な原子層19層からなり,両端には真空領域を設け,粒界近傍での膨張収縮に自由度を持たせている。Fig.8 b)は粒界を含まない場合の原子構造である。

Fig. 8.

 Atomic structure models for the first-principles calculation: a) With (111)Σ3[110] symmetrical tilt grain boundary, b) Without grain boundary.

Fig.9は,Fig.8 a)に示した[111]方向に垂直な原子層(原子層1から原子層7)に位置するFe原子のボロノイ体積である。ボロノイ体積は,注目する原子が位置する格子点と近接する原子が位置する格子点とを結ぶ線分を垂直二等分する平面で囲まれた最も小さな多面体(ボロノイ多面体)の体積であり,注目する原子が結晶中で占める体積と考えることができる。原子層1から原子層4までは,原子配列の乱れによりボロノイ体積が変動する。原子層5から原子層7までは,ボロノイ体積はほぼ一定となり,これらの値はFig.8 b)に示した粒界を含まない場合のFe原子のボロノイ体積(11.40 Å3)とほぼ一致する。本論文ではボロノイ体積に変動が見られる原子層−4から原子層4までの範囲を粒界層と呼び,粒界層への偏析を粒界偏析とする。

Fig. 9.

 Change in the voronoi volume of Fe atoms in relation to the distance from the (111)Σ3[110] symmetrical tilt grain boundary.

Fig.10に,本計算で検討したB原子およびTi原子の配置を示す。B原子の位置は,原子層1,2,3内のsite 1(Fig.10 a)),site 2’(Fig.10 b)),site 3(Fig.10 c))の3ヶ所とした。Ti原子の位置は,粒界層内であって各B原子に近接する位置とした。同図中に同じ記号で示される位置は互いに等価な位置である。α-FeにおけるBの固溶形態については,侵入型に固溶するという実験結果30)と置換型に固溶するという実験結果31)の双方が報告されている。第一原理計算による検証例としては,Bialonら32)α-Fe(バルク)のエネルギー計算を行い,置換型位置は侵入型の四面体格子間位置に比べて0.81 eV,八面体格子間位置に比べて0.07 eV安定であることを報告している。本研究では,Bialonらの結果にしたがい,粒内および粒界においてBは置換型に固溶すると考えた。

Fig. 10.

 Sites of B and Ti atoms in the (111)Σ3[110] symmetrical tilt grain boundary region examined in the first-principles calculation. Site of B atom: a) Site 1, b) Site 2’, c) Site 3.

4・3・2 TiおよびB原子の粒界偏析エネルギー

ユニットセルにTi原子1個を単独で配置する場合のTi原子の粒界偏析エネルギー(ΔE0Ti)および,B原子1個を単独で配置する場合のB原子の粒界偏析エネルギー(ΔE0B)を下記式から求めた。   

Δ E Ti 0 = E gb [ Fe 75 Ti ] + E l [ Fe 76 ] E gb [ Fe 76 ] E l [ Fe 75 Ti ] (8)
  
Δ E B 0 = E gb [ Fe 75 B ] + E l [ Fe 76 ] E gb [ Fe 76 ] E l [ Fe 75 B ] (9)

ここで,Egbは粒界を含み括弧内の原子で構成されるユニットセルの全エネルギー,Elは粒界を含まず括弧内の原子で構成されるユニットセルの全エネルギーである。Fe76はユニットセルがFe原子76個からなること,Fe75TiおよびFe75BはFe原子の一つがTi原子またはB原子で置換されていることを表す。また,粒界層にB原子1個を含むユニットセルにTi原子1個を配置する場合のTi原子の粒界偏析エネルギー(ΔEBTi)および,粒界層にTi原子1個を含むユニットセルにB原子1個を配置する場合のB原子の粒界偏析エネルギー(ΔEBTi)を下記式から求めた。   

Δ E Ti B = E gb [ Fe 74 TiB ] + E l [ Fe 76 ] E gb [ Fe 75 B ] E l [ Fe 75 Ti ] (10)
  
Δ E B Ti = E gb [ Fe 74 TiB ] + E l [ Fe 76 ] E gb [ Fe 75 Ti ] E l [ Fe 75 B ] (11)

Fe74TiBはユニットセルの二つのFe原子がTi原子とB原子で置換されていることを表す。

Fig.11 a)にTi原子の粒界偏析エネルギーとTi原子が占めるボロノイ体積の関係を示す。同図中の添字はFig.10に示した各位置にTi原子を配置したことを表す。Ti原子が単独で存在する場合,Ti原子の粒界偏析エネルギー(ΔE0Ti)はsite 2’を除いて負の値をとり,Ti原子は粒界偏析傾向を示す。ΔE0Tiの最低値はsite 1における−0.480 eVである。Ti原子は原子半径がFe原子よりも大きく,site 1やsite 3のようなボロノイ体積が大きなサイトに偏析し易い。粒界偏析エネルギー(ΔE0Ti)はTi原子のボロノイ体積(VTi)との相関が高く,ΔE0TiVTiが大きくなるほど低下する。粒界中にTi原子がB原子と共存する場合も,粒界偏析エネルギー(ΔEBTi)はVTiが大きいほど低く,Ti原子の粒界偏析エネルギーはB原子の有無によらずVTiに対しほぼ同じ値をとる。したがって,Ti原子の近傍位置にB原子を配置することによりVTiが大きくなれば,Ti原子の粒界偏析エネルギーが低下し,Tiの粒界偏析が促進されると考えられる。B原子がsite 1にありTi原子がsite 2またはsite 2’にある場合はΔEBTiが特異的に低い値となるが,これは後述するように,Ti原子の配置によるB原子のボロノイ体積変化(収縮)が大きい位置関係にあることによる。

Fig. 11.

 Relationship between grain boundary segregation energy and voronoi volume of Ti and B atoms. a) ΔE0Ti and ΔEBTi vs. VTi, b) ΔE0B and ΔEBTi vs. VB. The small numbers denote the Ti sites.

粒界中にB原子が単独で存在する場合,B原子の粒界偏析エネルギー(ΔE0B)はsite 1で0.389 eV,site 2’で−1.848 eV,site 3で−1.489 eVであり,これらの値はYamaguchi29)の計算結果とよく一致する。Liuら33)による実験値−1.04 eV(100 kJ/mol)とは乖離するが,非常に強い粒界偏析傾向を示す点で本計算結果は実験結果と符合する。

Fig.11 b)示すように,ΔE0Bは概ねB原子のボロノイ体積(VB)が小さくなるほど低下する傾向を示す。この傾向はB原子がTi原子と共存する場合においても同様である。同じサイトにあるB原子に着目すると,Ti原子の位置に応じて変化するVBが小さくなるほどΔEBTiが低下することが分かる。

4・3・3 B-Ti原子間の相互作用エネルギー

粒界におけるB原子とTi原子間の相互作用エネルギー(ΔEintB,Ti)は,粒界中にB原子とTi原子が近接して存在する場合と個別に(無限遠離れて)存在する場合のエネルギー差として定義され,下記式から求められる。   

Δ E B,Ti int = E gb [ Fe 74 TiB ] + E gb [ Fe 76 ] E gb [ Fe 75 B ] E gb [ Fe 75 Ti ] (12)

一方,(10)式と(8)式を用いてΔEBTiとΔE0Tiの差をとるとΔEintB,TiはΔEBTi−ΔE0Tiと同一であり,粒界にTi原子とB原子が共存する場合とTi原子が単独で存在する場合のTi原子の粒界偏析エネルギーの差がB-Ti原子間の相互作用エネルギーに相当する。

Fig.12に(12)式から求めたΔEintB,TiとΔVTiおよびΔVBの関係を示す。ΔVTiおよびΔVBは,粒界中にTi原子とB原子が共存する場合と各原子が単独で存在する場合のTi原子またはB原子のボロノイ体積の変化量である。ΔEintB,Tiは−2.436~0.084 eVの範囲をとり,今回検討した多くのサイトにおいてB-Ti原子間には引力相互作用が働く。また,ΔEintB,TiはΔVTiの増加またはΔVBの減少に伴い低下する傾向を示す。ΔEintB,TiをTi原子のボロノイ体積の増加量(ΔVTi)とB原子のボロノイ体積の減少量(−ΔVB)の和で整理すると,Fig.12 c)のようにΔEintB,TiはΔVTi−ΔVBと良い相関を示す。すなわち,粒界中でTi原子とB原子が近接した際に,Ti原子のボロノイ体積が増加(膨張)しB原子のボロノイ体積が減少(収縮)する位置関係にあるほどB-Ti原子間の引力相互作用が強くなると考えられる。

Fig. 12.

 Relationship between the interaction energy of B and Ti atoms and the change in voronoi volume by co-segregation. a) ΔEintB,Ti vs. ΔVTi, b) ΔEintB,Ti vs. ΔVB, c) ΔEintB,Ti vs. ΔVTi–ΔVB. The small numbers denote the Ti sites.

B原子がsite 1にありTi原子がsite 2やsite 2’にあるような,各原子が単独で偏析しにくいサイトに位置する場合にΔVTiと−ΔVBが大きく,引力相互作用が強くなる傾向にある。一方,B原子がsite 2’にありTi原子がsite 1やsite 1’にあるような,各原子が単独で偏析し易い位置にある場合はΔVTiと−ΔVBが小さく,相互作用は小さい。

粒界にB原子とTi原子が近接して存在する場合と粒内に個別に存在する場合のエネルギー差を共偏析エネルギー(ΔEcoB,Ti)と定義し,共偏析エネルギーを下記式   

Δ E B,Ti co = E gb [ Fe 74 TiB ] + 2 × E l [ Fe 76 ] E l [ Fe 75 B ] E l [ Fe 75 Ti ] E gb [ Fe 76 ] (13)

から求めると,B原子がsite 2’でTi原子がsite 3に位置する場合にΔEcoB,Tiは最低値(−2.326 eV)をとり,この配置がB原子とTi原子が共偏析するときの最安定位置となる。最安定位置におけるB-Ti原子間の相互作用エネルギーは−0.098 eVであり,このエネルギーの大きさは,α-FeにおけるC原子とCr原子間の相互作用エネルギー(−0.11 eV)34)と同程度である。低炭素鋼板にCrを添加すると{111}再結晶集合組織の発達が抑制されることが知られており,この原因は,C原子とCr原子間の引力相互作用によってCr-Cダイポール(原子対)が形成され,回復の抑制を通じて再結晶核の方位選択性が弱められるためと考えられている35)。本研究で計算したのは粒界中での相互作用であるが,−0.098 eVの相互作用エネルギーであれば再結晶挙動に影響を及ぼし得ると思われる。B原子とTi原子の最安定位置は,各原子が単独で比較的偏析し易い位置であり,相互作用エネルギーはFig.12に示した中でさほど低くはない。本研究では粒界中にB原子およびTi原子を2個以上配置した場合の計算は行っていないが,BとTiの粒界偏析量が増し,各原子が最安定位置以外のサイトを占めるようになれば,平均的な相互作用エネルギーはさらに低く見積もられる可能性がある。

4・4 B添加による再結晶核の成長抑制機構

以上に述べた内容に基づき,Fig.13に,再結晶核の成長に及ぼすBの影響を模式的に示す。Bを単独で添加した場合,Bは再結晶粒と未再結晶粒の界面に偏析するが界面の易動度は低下しないため,核成長は抑制されないと考えられる。Tiを単独で添加した場合には,界面の移動に伴いTiが界面に偏析し,Tiのsolute drag効果により易動度が低下して再結晶核の成長が抑制されると考えられる。BとTiを複合添加した場合には,Bが偏析した界面が移動するに伴い,B-Ti原子間の引力相互作用を通じてより多くのTiが界面偏析し,Tiのsolute drag効果が増すことにより,再結晶核の成長がより強く抑制されると推察される。この場合,B添加量とTi添加量が多くなるほど,Tiの界面偏析量が増加すると考えられ,B添加による核成長抑制効果はTi量が多いほど強くなるという,Fig.6に示した実験結果が定性的に説明される。

Fig. 13.

 Schematic illustration showing the effect of B and Ti addition on the growth of the recrystallized grain.

回復−核生成過程に及ぼすBの影響については,3・2節で述べたように,Bは回復−核生成を抑制し,Bの抑制効果はTiとの複合添加により強くなる傾向を示した。回復−核生成過程においても,B-Ti原子間の相互作用が影響を及ぼす可能性が示唆されるが,詳細を議論するためには,今後,回復速度や核生成頻度を測定するとともに,BおよびTi原子と転位や原子空孔との相互作用について検討する必要がある。Bによる回復−核生成の抑制機構を明確化することは今後の課題としたい。

5. 結言

Ti添加極低炭素冷延鋼板の再結晶挙動に及ぼすB添加の影響を調査し,Bによる再結晶核の成長抑制機構をB原子とTi原子の相互作用の観点から検討した。その結果,以下に示す結論を得た。

(1)B添加により再結晶の進行が遅延した。遅延の程度はTi添加量が多い鋼ほど大きかった。

(2)B添加により,再結晶初期(再結晶率5%)における再結晶核の成長速度が低下した。成長速度の低下はTi添加量が多い鋼ほど大きかった。また,B添加とTiの増量は再結晶核の成長抑制に対し相乗効果を有した。

(3)α-Fe(111)Σ3[110]対称傾角粒界を用いた第一原理計算により,結晶粒界中でB原子とTi原子の間に引力相互作用が生じる傾向が確認された。引力相互作用は,粒界中でB原子とTi原子が近接した際,Ti原子のボロノイ体積が増加しB原子のボロノイ体積が減少するほど強くなることが示された。

(4)Ti添加極低炭素冷延鋼板にBを添加すると,B-Ti原子間の引力相互作用によって再結晶核と加工マトリックスとの界面に偏析するTiの量が増加し,Tiのsolute drag効果が増すことにより,再結晶核の成長が抑制されると考えた。

文献
 
© 2017 The Iron and Steel Institute of Japan

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