Tetsu-to-Hagane
Online ISSN : 1883-2954
Print ISSN : 0021-1575
ISSN-L : 0021-1575
Mechanical Properties
Lattice Defect Formation Behavior of Cold-drawn Pearlitic Steel Fractured under Elastic and Plastic Region in the Presence of Hydrogen
Ryosuke KonnoToshiyuki ManabeDaisuke HirakamiKenichi Takai
Author information
JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2018 Volume 104 Issue 1 Pages 36-45

Details
Synopsis:

Factors causing hydrogen embrittlement of cold-drawn pearlitic steel fractured in plastic/elastic region have been investigated from the viewpoint of lattice defects. Tensile tests were conducted for hydrogen-charged specimens containing 1.5 and 4.0 ppm hydrogen under various crosshead speeds. The amount of tracer hydrogen which corresponds to the amount of lattice defects in the specimens subjected to plastic strain or elastic stress was measured using a thermal desorption analysis. As a result, specimens containing 1.5 ppm hydrogen fractured in the plastic region under all experimental conditions in the present study. In contrast, specimens containing 4.0 ppm hydrogen fractured in the elastic region at crosshead speed of 0.01 mm·min–1 or less and fractured in the plastic region at 0.1 mm·min–1 or more. Subjecting plastic strain in the presence of hydrogen increased the amount of lattice defects corresponding to vacancies. In contrast, the presence of hydrogen had no effects on the formation of lattice defects under subjecting elastic stress. The amount of lattice defects in the specimens fractured in plastic region with hydrogen was equivalent to that of lattice defects in the specimens fractured under same conditions without hydrogen. The amount of lattice defects in the specimens fractured in elastic region with hydrogen was less than that of lattice defects in the specimens fractured under same conditions without hydrogen. These results indicated that lattice defects enhanced by hydrogen affected the fracture in plastic region with hydrogen. However, the effects of lattice defects on the fracture in elastic region with hydrogen were small.

1. 緒言

冷間伸線パーライト鋼は高強度でありながら,同一強度を有する他の鉄鋼材料と比較して水素脆化感受性が低いことが報告されている1,2,3)。その理由として,伸長した結晶粒4)や結合エネルギーの大きな水素トラップサイト5,6)などが考えられる。この冷間伸線パーライト鋼は時効処理を施されることで,転位周りの炭素雰囲気形成に伴う水素トラップサイトの減少,および転位の安定化の両方の効果により,伸線まま材に比べさらに水素脆化感受性が低下する7)。しかし,同一時効条件においても,水素脆化感受性は水素量や引張速度の影響を大きく受ける。そのため,同一時効処理を施した冷間伸線パーライト鋼において,水素量や引張速度を変化させ,異なる水素脆化感受性を示す条件下で生じる鋼材内での微視的な変化を検出できれば,よりミクロな視点から水素脆化機構の本質に迫ることが可能となる。

従来,代表的な高強度鋼である焼戻しマルテンサイト鋼の水素脆化破面として,粒界破壊8),擬へき開破壊9),浅いディンプル10)が知られている。粒界破壊を引き起こす因子として,結晶粒界や原子間での水素による凝集力低下が報告されている11)。擬へき開破壊を引き起こす因子としては,粒内での格子欠陥の蓄積12),あるいは水素による局所的な塑性ひずみの促進13)が報告されている。一方,冷間伸線パーライト鋼の組織は焼戻しマルテンサイト鋼とは異なり,フェライト(α)相とセメンタイト(θ)のラメラ組織が伸線方向と平行に配列するため,冷間伸線パーライト鋼の水素起因割れの発生と進展は,引張方向,すなわち伸線方向に伸長したラメラ組織を垂直に横切る粒内破壊と,一部,伸線方向に沿った縦割れとなる2)。これまで,時効前の冷間伸線パーライト鋼に水素添加し引張試験すると,塑性変形した後,ラメラ組織を垂直に横切る粒内破壊となり,その際の格子欠陥形成が水素によって助長され,この助長された格子欠陥量と延性低下量に相関があることを報告した6)。しかし,水素量の増加,あるいはひずみ速度の低下とともに破壊発生領域が塑性域から弾性域へ変化する過程において,格子欠陥形成の水素による助長の有り無し,および水素脆化感受性に及ぼす影響については明確になっていない。

本研究では同一の条件で時効処理を施した冷間伸線パーライト鋼を対象とし,水素量および引張速度を変化させて水素脆化感受性を評価した。この水素脆化感受性の変化に対応する鋼材内で起こる微視的な変化に着目し,弾性・塑性域に分けて格子欠陥の形成挙動について調査した。水素脆化感受性と格子欠陥形成挙動の関係から,弾性および塑性域で起こる水素起因の破壊において水素の存在によって助長されるひずみ誘起格子欠陥の役割について考察した。

2. 実験方法

2・1 供試材

供試材には共析鋼のSWRS82Bを用いた。供試材の化学成分をTable 1に示す。直径13 mmに熱間圧延したパーライト線材を880°Cで600 s加熱後,530°Cで100 s保定しパーライト変態させた。その後,直径5 mmまで真ひずみ1.91の乾式伸線加工し,300°Cで600 sの時効処理を施した。Fig.1に直径3 mm,長さ20 mmの平行部付き平滑試験片の形状を示す。電解放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM)を用いて観察した金属組織写真をFig.2に示す。金属組織は伸線方向に伸長されたα相とθの層状組織であった。0.2%耐力,引張強さはそれぞれ1720 MPa,2032 MPaであった。

Table 1. Chemical composition of material used (mass %).
CSiMnPS
0.840.250.730.0170.005
Fig. 1.

 Geometry and dimension of specimen for tensile test.

Fig. 2.

 Microstructure of cold-drawn pearlitic steel observed by FE-SEM.

2・2 水素添加・水素分析・水素脆化感受性評価

試験片平行部の表面をエメリー紙を用い#2000まで機械研磨した。その後,試験片に定電流陰極電解法により,2種類の条件で水素予添加した。それぞれの条件は,①電流密度150 A・m−2,30°Cの0.1 N NaOH水溶液,および②電流密度50 A・m−2,30°Cの0.1 N NaOH水溶液+5 g・L−1 NH4SCNとした。試験片表面と中心の水素濃度が一定となり平衡状態に達する,96 h水素予添加した。

水素分析にはガスクロマトグラフを検出系とした昇温脱離分析法(Thermal desorption analysis:TDA)を用いた。水素添加後,アセトン洗浄した試験片を液体窒素冷却後,昇温用加熱炉の中にある石英管に挿入し,昇温速度100°C・h−1で室温から測定を開始した。①と②の条件で水素予添加後,試験片から切り出した平行部においてTDAで得られた水素放出温度プロファイルをFig.3に示す。両条件において,水素放出は室温から開始し160°Cで終了した。得られた水素量はそれぞれ①1.5 mass ppm,②4.0 mass ppm(以下,ppmと省略)であった。

Fig. 3.

 TDA profiles of specimens precharged with hydrogen of 1.5 ppm (●) and 4.0 ppm (■) by cathodic electrolysis until saturation.

水素無添加材,および1.5 ppm,4.0 ppm水素添加材に関して,温度30°C,引張速度0.005~10 mm・min−1(初期ひずみ速度4.2×10−6~8.3×10−3s−1)の条件で引張試験した。なお,水素添加材においては,引張試験中の試験片内部の水素濃度を一定に保つため,水素予添加後も引き続き同一条件で連続水素添加しながら引張試験した。

2・3 格子欠陥量評価

引張変形過程で形成する格子欠陥の量を評価するための実験手順をFig.4に示す。Fig.4中の(A)~(D)の作製方法を順に説明する。

Fig. 4.

 Procedure for clarifying the effect of elastic stress and plastic strain on formation of enhanced lattice defects associated with hydrogen.

(A)水素無添加材,および1.5 ppm水素添加材に引張速度0.005~10 mm・min−1で,一様伸び範囲である3.6%の塑性ひずみ付与後に除荷した試験片をそれぞれ[Strain],[1.5H+strain]材と記す。なお,この塑性ひずみ3.6%は,1.5 ppm水素添加材が最も脆化する引張速度0.01 mm・min−1以下における,くびれを開始する直前のひずみに相当する。

(B)水素無添加材,および1.5 ppm水素添加材に各引張速度0.005~10 mm・min−1で,破壊までひずみを付与した試験片をそれぞれ[Fracture],[1.5H+fracrure]材と記す。なお,破壊させる際,水素無添加材に比べ,1.5 ppm水素添加材は水素の影響で延性低下が大きいため,破壊までのひずみは水素無添加材の方が大きい。

(C)水素無添加材,および4.0 ppm水素添加材に各引張速度0.005~10 mm・min−1で,弾性応力範囲である1500 MPa負荷後,直ちに除荷した試験片をそれぞれ[Stress],[4.0H+stress]材と記す。なお,負荷応力1500 MPaは,4.0 ppm水素添加材が最も脆化する引張速度0.005 mm・min−1において破壊する直前の応力に相当する。

(D)水素無添加材,および4.0 ppm水素添加材に各引張速度0.005~10 mm・min−1で,破壊までひずみを付与した試験片をそれぞれ[Fracture],[4.0H+fracture]材と記す。

次に,各試験片中の格子欠陥量を測定した箇所の写真をFig.5に示す。途中除荷し,破壊させなかった試験片に関しては,(I)で示すように平行部から長さ20 mmの試験片を採取した。一方,破壊させた試験片に関しては,(II)で示すように破面を含み破面から長さ4 mmの試験片(Local)を採取し,さらに破面から4 mm離れた箇所から長さ8 mmの試験片(Uniform)も採取した。

Fig. 5.

 Photograph of specimens for evaluating the amount of lattice defects. (I) Specimen subjected to elastic strain and plastic stress. (II) Specimen after tensile fracture. (Local) part includes specimen length of 4 mm from the fracture surface. (Uniform) part includes specimen length of 8 mm from the end of the (Local) part.

格子欠陥量評価には水素を欠陥検出のトレーサーとして用いた6,14,15)。鋼中の水素はさまざまな格子欠陥にトラップされ,鋼中の格子欠陥量が多いほど同一水素添加条件で吸蔵される水素量も増加する。すなわち,同一条件で水素添加した試験片におけるトレーサー水素量の多少は,格子欠陥量の多少に対応する。試験片表面と中心の水素濃度が一定となり平衡状態に達するまでトレーサー水素添加し,TDAで測定されたトレーサー水素量から格子欠陥量の多少を評価した。その際,各条件においてn=1~3で試験した。なお,トレーサー水素量はR.T.~200°Cの範囲で放出した水素量とした。水素予添加した試験片内部には元々水素が存在するため,それぞれの試験片中に既に水素予添加された水素量より多くの水素量を吸蔵可能なトレーサー水素添加条件を選定した。それぞれのトレーサー水素添加条件として,Fig.4の(A)の手順で作製された[Strain],[1.5H+strain]材の測定,および(B)の手順で作製された[Fracture],[1.5H+fracture]材の測定には温度30°Cの20 mass% NH4SCN水溶液による浸漬法を用いた。また,Fig.4の(C)の手順で作製された[Stress],[4.0H+stress]材の測定,および(D)の手順で作製された[Fracture],[4.0H+fracture]材の測定には,温度30°Cの60 mass% NH4SCN水溶液による浸漬法を用いた。

3. 実験結果

3・1 水素脆化感受性

Fig.6(a)に水素無添加材,(b)に1.5 ppm水素添加材,(c)に4.0 ppm水素添加材の各引張速度における公称応力−変位曲線を示す。Fig.6(a)に示す水素無添加材では,一様伸びは引張速度に依存する傾向にあるが,局所伸びは引張速度に依存しない。一方,Fig.6(b),(c)の水素添加材の一様伸び,局所伸びはどちらも引張速度の低下に伴い減少傾向にある。

Fig. 6.

 Nominal stress-displacement curves of (a) non-charged, (b) 1.5 ppm hydrogen and (c) 4.0 ppm hydrogen specimens under various crosshead speeds.

また,1.5 ppm水素添加材は,Fig.6(b)に示されるようにいずれの引張速度においても塑性域破壊する。引張速度0.01 mm・min−1以下において延性低下が下げ止まる。この条件下で塑性不安定の開始するひずみは3.6%である。なお,3・2節にて示す一定の塑性ひずみ付与後に形成した格子欠陥量を測定する際は,破壊直前のひずみとして点線で示した3.6%までひずみを付与し,直ちに除荷した。

一方,Fig.6(c)で示される4.0 ppm水素添加材は,引張速度0.1 mm・min−1以上では塑性域破壊するのに対し,0.01 mm・min−1以下では降伏強さ以下の弾性域で破壊する。弾性域で破壊した際の応力は引張速度0.005 mm・min−1,0.01 mm・min−1においてそれぞれ1573 MPa,1580 MPaである。なお,3・3節にて示す弾性応力負荷後に形成した格子欠陥量を測定する際は,破壊直前の応力として点線で示した1500 MPaまで応力負荷後,直ちに除荷した。

Fig.7に引張速度0.01 mm・min−1で破壊させた(a)水素無添加材,(b)1.5 ppm水素添加材,(c)4.0 ppm水素添加材の各起点近傍をFE-SEMを用いて観察した破面写真を示す。(a)の水素無添加材は微細なディンプル破面,(b)の1.5 ppm水素添加材は微細な二次き裂を含む擬へき開破面,(c)の4.0 ppm水素添加材は(b)と同様に微細な二次き裂を含む擬へき開破面であるが,伸線方向に平行な段差が多く観察される。

Fig. 7.

 Microscopic fracture surfaces in crack initiation areas of (a) non-charged, (b) 1.5 ppm hydrogen and (c) 4.0 ppm hydrogen specimens fractured at a crosshead speed of 0.01 mm·min–1.

3・2 塑性域での格子欠陥形成挙動

Fig.4(A)の手順に従い,水素無添加材,および1.5 ppm水素添加材に引張速度0.01 mm・min−1で3.6%の塑性ひずみを付与後,除荷した[Strain],[1.5H+strain]材を作製した。その後,同一条件でトレーサー水素添加後,TDAで得られた水素放出温度プロファイルをFig.8に示す。[Strain],[1.5H+strain]材のトレーサー水素量はそれぞれ3.1 ppm,3.9 ppmである。同一のひずみを付与したにもかかわらず,[Strain]材に比べ[1.5H+strain]材のトレーサー水素量の方が多く,特に[Strain]材のピーク温度である90°Cより高温側での水素放出が増加する。この結果は,1.5 ppm水素添加材に塑性ひずみを付与することで格子欠陥形成が促進されることを示す。この水素によって助長された格子欠陥を以後,水素助長欠陥と記す。Fig.8で得られた[Strain],[1.5H+strain]材のトレーサー水素量測定と同様の方法で各引張速度において測定した結果をFig.9にまとめて示す。いずれの引張速度でも[Strain]材に比べ[1.5H+strain]材のトレーサー水素量は多い。すなわち,本研究で実施した引張速度の全範囲において,塑性ひずみに伴う欠陥形成の水素による助長が見出された。また,低引張速度ほど両試験片の差,すなわち水素助長欠陥量は増加傾向にある。

Fig. 8.

 TDA profiles and tracer hydrogen contents of [Strain](●) and [1.5H+strain](○) specimens subjected to same plastic strain of 3.6%.

Fig. 9.

 Tracer hydrogen content as a function of crosshead speed of [Strain](●) and [1.5H+strain](○) specimens subjected to same plastic strain of 3.6%.

次に,Fig.4(B)の手順に従い,水素無添加材に破壊までひずみ付与した[Fracture]材,および1.5 ppm水素添加材に破壊までひずみ付与した[1.5H+fracture]材におけるトレーサー水素量と引張速度の関係をFig.10に示す。なお,Fig.5に示したように,破壊した[Fracture],[1.5H+fracture]材それぞれにおいて,局所伸びの影響を抽出可能な(Local)部,および一様伸びの影響を抽出可能な(Uniform)部に分けてトレーサー水素量を測定した。その際,水素無添加材に破壊までひずみ付与した[Fracture]材における(Local)部を[Fracture(Local)]材,(Uniform)部を[Fracture(Uniform)]材と記す。同様に,1.5 ppm水素添加材に破壊までひずみ付与した[1.5H+fracture]材における(Local)部を[1.5H+fracture(Local)]材,(Uniform)部を[1.5H+fracture(Uniform)]材と記す。[Fracture],[1.5H+fracture]材それぞれにおいて,どちらも共通して一様伸びの(Uniform)部に比べ,くびれの(Local)部のトレーサー水素量の方が多い。また,くびれ部同士である[Fracture(Local)]材と[1.5H+fracture(Local)]材のトレーサー水素量は,いずれの引張速度においてもほぼ一致する。同様に,一様伸び部同士である[Fracture(Uniform)]材と[1.5H+fracture(Uniform)]材のトレーサー水素量も,いずれの引張速度においてほぼ一致する。すなわち,水素添加有り無しで破壊までのひずみが異なるにもかかわらず,塑性域で破壊後の試験片における(Local)部,(Uniform)部のトレーサー水素量はともに一致する。

Fig. 10.

 Tracer hydrogen content as a function of crosshead speed of [Fracture (Local)](●), [Fracture (Uniform)](■), [1.5H+fracture (Local)](○) and [1.5H+fracture (Uniform)](□) specimens subjected to plastic strain until fracture.

3・3 弾性域での格子欠陥形成挙動

Fig.4(C)の手順に従い,水素無添加材,および4.0 ppm水素添加材において,引張速度0.01 mm・min−1で1500 MPaの弾性応力負荷後,直ちに除荷した[Stress],[4.0H+stress]材を作製した。その後,同一条件でトレーサー水素添加後,TDAで得られた水素放出温度プロファイルをFig.11に示す。[Stress],[4.0H+stress]材のトレーサー水素量はそれぞれ4.2 ppm,4.3 ppmであり,ほぼ一致する。同様の方法で各引張速度において測定した結果をFig.12にまとめて示す。いずれの引張速度でも[Stress]材と[4.0H+stress]材のトレーサー水素量は,ほぼ一致する。この結果は,4.0 ppm水素添加材にいずれの引張速度で破壊直前応力である1500 MPaの弾性応力を負荷し,直ちに除荷しても,水素助長欠陥の形成は認められないことを示す。

Fig. 11.

 TDA profiles and tracer hydrogen contents of [Stress](●) and [4.0H+stress](○) specimens subjected to same elastic stress of 1500 MPa.

Fig. 12.

 Tracer hydrogen content as a function of crosshead speed of [Stress](●) and [4.0H+stress](○) specimens subjected to same elastic stress of 1500 MPa.

次に,Fig.4(D)の手順に従い,水素無添加材に破壊までひずみ付与した[Fracture]材と,4.0 ppm水素添加材に破壊までひずみ付与した[4.0H+fracture]材におけるトレーサー水素量と引張速度の関係をFig.13に示す。水素無添加材に破壊までひずみ付与した[Fracture]材における(Local)部を[Fracture(Local)]材,(Uniform)部を[Fracture(Uniform)]材と記す。同様に,4.0 ppm水素添加材に破壊までひずみ付与した[4.0H+fracture]材における(Local)部を[4.0H+fracture(Local)]材,(Uniform)部を[4.0H+fracture(Uniform)]材と記す。[Fracture]材,[4.0H+fracture]材それぞれにおいて,どちらも共通して(Uniform)部に比べ(Local)部のトレーサー水素量の方が多い。4.0 ppm水素添加材が塑性域破壊する引張速度0.1 mm・min−1以上では,[Fracture(Local)]材と[4.0H+fracture(Local)]材のトレーサー水素量はほぼ一致する。同様に,[Fracture(Uniform)]材と[1.5H+fracture(Uniform)]材のトレーサー水素量もほぼ一致する。一方,4.0 ppm水素添加材が降伏強さ以下の弾性域で破壊する引張速度である0.01 mm・min−1以下では,[Fracture(Local)]材に比べ[4.0H+fracture(Local)]材のトレーサー水素量は少ない。同様に,[Fracture(Uniform)]材に比べ[4.0H+fracture(Uniform)]材のトレーサー水素量も少ない。すなわち,(Local)部,(Uniform)部のトレーサー水素量は,塑性域で破壊後の試験片においては水素添加有り無しにかかわらず一致し,弾性域で破壊後の試験片では,水素添加有り無しで一致しない。

Fig. 13.

 Tracer hydrogen content as a function of crosshead speed of [Fracture (Local)](●), [Fracture (Uniform)](■), [4.0H+fracture (Local)](○) and [4.0H+fracture (Uniform)](□) specimens subjected to elastic stress or plastic strain until fracture.

4. 考察

4・1 弾性・塑性域における水素助長欠陥の形成挙動の比較

一定引張速度下における水素助長欠陥の形成有無に及ぼす因子,および形成された欠陥の種類と量について検討する。Fig.12より,4.0 ppm水素添加材に破壊直前の弾性応力を負荷しても欠陥形成の水素による助長は認められなかった。一方,Fig.9より,1.5 ppm水素添加材にくびれ開始直前の塑性ひずみを付与した場合,水素が存在するとひずみ誘起格子欠陥の形成が助長され,引張速度の低下に伴ってより助長される傾向が認められた。水素助長欠陥の形成有無は,付与したひずみ量に依存することから,弾性・塑性域破壊で得られた結果の違いについて転位すべりの観点から考察する。

まず,塑性域で形成された欠陥の種類について考察する。水素存在下で3.6%の塑性ひずみ付与時に助長された欠陥として,

(i)微小割れ

(ii)転位

(iii)原子空孔およびクラスター

の可能性が挙げられる。そこで,それぞれの欠陥の消滅温度の違いから絞り込みを行う。水素無添加材,1.5 ppm水素添加材に引張速度0.01 mm・min−1で3.6%の塑性ひずみを付与後,除荷した[Strain],[1.5H+strain]材に200°Cで2 hの加熱を施した。200°C加熱後の試験片をそれぞれ,[Strain+200°C],[1.5H+strain+200°C]材と記す。その後,30°Cの20 mass % NH4SCN水溶液を用いた浸漬法により,試験片表面と中心の水素濃度が一定となり平衡状態に達する時間までトレーサー水素添加し,TDAで得られた水素放出温度プロファイルをFig.14に示す。なお,基準となるひずみ付与前の[No strain]材のプロファイルを省略したが,トレーサー水素量は2.1 ppm であった。一方,ひずみを付与した[Strain]材は3.1 ppm,[1.5H+strain]材は3.9 ppmへ増加する。逆に,ひずみを付与した[Strain]材を200°C加熱すると,3.1 ppmから2.5 ppmへと0.6 ppm減少する。また,[1.5H+strain]材を200°C加熱すると,3.9 ppmから2.5 ppmへと1.4 ppm減少する。なお,本試験片は製造時に既に300°Cで時効処理を施しているため,その後の200°C加熱による元の組織変化の影響は無視できる。

Fig. 14.

 TDA profiles and tracer hydrogen contents of [Strain](●), [Strain+200°C](■), [1.5H+strain](○) and [1.5H+strain+200°C](□) specimens.

まず,(i)の微小割れに関しては,3.6%のひずみを付与したため,StrohモデルやCottorellモデルで提唱されている転位の合体・堆積による微小割れが発生し,そこにトレーサー水素がトラップされ,増加した可能性も考えられる。しかし,200°C加熱によりトレーサー水素量が減少したことから,200°C加熱で微小割れが消滅することはないので,(i)の微小欠陥の可能性は排除できる。

次に,(ii)の転位に関しては,[Strain],[1.5H+strain]材ともに塑性域までひずみを付与しているので,転位と空孔密度が増加したと予想される。実際に,ひずみ付与前と3.6%ひずみ付与後のトレーサー水素量は,それぞれ2.1 ppmと3.1 ppmであったことから,この増加分1.0 ppmが転位と空孔密度の増加分に相当すると考えられる。しかし,水素有無で同一の3.6%ひずみを付与したにもかかわらず,トレーサー水素量はそれぞれ3.9 ppmと3.1 ppmであり,0.8 ppmの差が生じた。この差に相当する水素助長欠陥の種類の同定について,200°Cでの加熱実験の結果から考察する。一般に,α相中の転位の再配列は250~350°Cから生じるため,この温度範囲以上において転位密度の減少が始まる。冷間伸線パーライト鋼の製造過程においても,ブルーイングという時効処理を施して使用するが,強度は200°C加熱まで逆に上昇する。これは,転位密度は減少せず,炭素による転位の固着効果が作用するためと報告されている16)。以上より,本研究では200°C加熱でもトレーサー水素量が減少したため,水素助長欠陥の減少が(ii)の転位の再配列に伴う転位密度の減少に相当する可能性は低い。

そこで,(iii)の原子空孔およびそのクラスターである空孔型欠陥の可能性について考察する。一般的に,塑性ひずみを付与すると,まずはパイエルス障壁の低い刃状転位がα相内のすべり面上を移動し,一原子間隔離れたすべり面上における反対符号の刃状転位が合体し原子空孔が形成される17)。さらにひずみを付与すると,次にパイエルス障壁の高いらせん転位が交差すべりを繰り返しながら移動し,異なるすべり面上で交差し,形成されたジョグを引きずりながら原子空孔列が形成される18,19)。しかし,形成された原子空孔は室温においてα相中を容易に拡散し,転位,粒界,表面などで消滅する不安定な格子欠陥である20,21,22)。一方,水素存在下で塑性ひずみ付与することで,原子空孔が水素により安定化されクラスター化するため23),消滅しにくい。よって,水素存在下で塑性ひずみを付与することで,空孔型欠陥の形成が促進された可能性がある。

本研究結果においても,Fig.14で示した200°C加熱によるトレーサー水素量減少の結果は,前述したように熱的不安定な空孔型欠陥の特徴とよく対応する。また,冷間伸線パーライト中に含まれる主な水素トラップサイトの結合エネルギーに関しては,転位で20~30 kJ/mol24),結晶粒界で9.6 kJ/mol25),原子空孔で46 kJ/mol,51 kJ/mol26,27),空孔クラスターで68 kJ/mol27),セメンタイト界面で19~23 kJ/mol28)と報告されている。鋼の各種水素トラップサイトの中でも,空孔型欠陥の結合エネルギーは大きな値であることから,水素放出温度プロファイルの高温側で放出されることが予想される。実際に水素存在下でひずみ付与により新たに形成した欠陥は,Fig.8のプロファイルにおいて高温側のみの増加として表れた。さらに,Fig.14のプロファイルにおいて200 °C加熱により高温側のみ減少する。これらを総合して,水素によって形成が助長された格子欠陥は(iii)の空孔型欠陥であると判断できる。

次に,塑性域で形成した欠陥の増加,および200°C加熱による減少に対応する微視的変化の要因の分離・抽出を試みる。Fig.14で得られた各トレーサー水素量,および基準となるひずみ付与前の[No strain]材のトレーサー水素量をFig.15にまとめて示す。[No strain]材に比べ[Strain]材のトレーサー水素量の増加分1.0 ppmは,転位および空孔型の欠陥密度の増加に起因する。また,従来の研究6,14,15,22)においても同様の報告がなされており,[Strain]材に比べ[H+strain]材のトレーサー水素量の増加分0.8 ppmは空孔型欠陥に相当すると考えられる。一方,[1.5H+strain]材を200°C加熱すると,トレーサー水素量は3.9 ppmから2.5 ppmへと1.4 ppm減少する。200°C加熱で生じる微視的変化として,空孔型欠陥の消滅,およびα相中の固溶炭素の拡散の可能性がある。後者に関しては,[Strain]材と[1.5H+strain]材には3.6%の塑性ひずみを付与したため,α相中の転位は炭素原子の固着から一時解放される。α相中の固溶炭素は低温時効処理で拡散するため29),本実験の200°C加熱においても,固溶炭素が拡散し転位に再固着する。いわゆる,ひずみ時効が起こるため,200°C加熱後にトレーサー水素添加しても炭素が転位芯を先に占有しており水素のトラップサイトを減少させる7)。そこで,炭素の転位芯占有によるトレーサー水素量の減少分を考慮する必要がある。すなわち,水素を含まずひずみのみ付与した [Strain]材とこれを200°C加熱した[Strain+200°C]材のトレーサー水素の差0.6 ppmは,空孔型欠陥の減少と炭素原子による転位芯の占有に相当する減少分の和と考えられる。

Fig. 15.

 Tracer hydrogen contents of [Non-strain], [Strain], [Strain+200°C], [1.5H+strain] and [1.5H+strain+200°C] specimens, in addition, the factors causing change in tracer hydrogen contents. “C on dis.” indicates the effect of occupation by carbon atoms instead of hydrogen atoms on dislocations on the tracer hydrogen content. “Free dis.” indicates the effect of free dislocations by the lack of C on the tracer hydrogen content. “Vac.” indicates the effect of vacancies on the tracer hydrogen content.

なお,200°C加熱後の[Strain+200°C],[H+strain+200°C]材のトレーサー水素量はともに2.5 ppmであり,基準となる[No strain]材の2.1 ppmまで戻らなかった。この理由としては,クラスター化した空孔型欠陥が200°C加熱では完全に消滅しなかった可能性,および新たに増加した転位芯を占有するだけの十分な量の固溶炭素がα相中に存在しなかった可能性が挙げられる。以上,トレーサー水素量の増加・減少量に対応する各微視的要因をFig.15に追記して示す。

この空孔型欠陥に対応するトレーサー水素量の増加分0.8 ppmを原子空孔濃度に換算する。この原子空孔濃度は,本研究で用いた冷間伸線パーライト鋼の延性低下に必要な量と考えられる。鉄中の原子空孔1個に対して水素原子1個,および2個がトラップされた場合の結合エネルギーは,約58 kJ・mol−1と大きく,それ以上増えると徐々に低下する30)。そこで,原子空孔1個に対し水素原子1,または2個がトラップされたと仮定して計算する。ただし,本実験で添加したトレーサー水素がすべての空孔型欠陥に1~2個占有するだけの量に達していないことも考えられ,少なく見積もっている可能性もある。空孔型欠陥に相当するトレーサー水素量0.8 ppmを水素原子数に変換し,[1.5H+strain]材中の原子空孔濃度を原子比で算出すると,原子空孔1個に対し水素1個および2個トラップされたとした場合,それぞれ約4.5×10−5,2.3×10−5となる。

比較のため,室温における鉄中の熱平衡空孔濃度CVを以下の式(1)を用いて算出する。   

CV=Aexp(EfRT)(1)

ここで,Efは空孔生成エネルギー(α-Feにおいて,154 kJ・mol−1),Aはエントロピー項(金属では普通1~10),Rは気体定数,Tは絶対温度(K)である。25°Cにおけるα相中の熱平衡空孔濃度CVは,A=5として計算すると7.6×10−27となる31)。水素存在下で塑性不安定開始直前の3.6%塑性ひずみ付与で形成された空孔の濃度約2.3~4.5×10−5は,室温における熱平衡空孔濃度に比べ著しく高い値である。また,Cuに10%ひずみ付与した際の空孔濃度2.5×10−6 18),0.03%C鉄に20%塑性ひずみ付与した際の空孔濃度4×10−5 31)の値と比べても,本研究における1.5 ppmの水素量,かつ0.01 mm・min−1の条件では,少ないひずみ量でも同程度の値となる。これは,冷間伸線パーライトの組織構造,および水素の作用に起因すると考えられる。組織構造に関しては,ラメラ―間隔が約50 nmと細かいため,転位のすべりも短範囲に制限される。その結果,特定のすべり面しか移動できない刃状転位がα/θ界面でpile-upして堆積した高転位密度領域,およびθ間で拘束されたα相内において,らせん転位同士が交差し発達した転位セル壁などの高転位密度領域が形成され易い。従来,転位セル壁の転位密度は,平均転位密度の約5倍と報告されている19)。X線回折を用いてWilliamson-Hall法で算出した転位密度は,ひずみ付与前の[Non-strain]材で約3×1014m−2であったため7),3.6%塑性ひずみ付与後の転位セル壁はこの5倍以上の高転位密度領域と推察される。また,水素の作用に関しては,原子空孔に水素原子がトラップされることで,α相中での原子空孔の拡散係数を大きく低下させるため,原子空孔は転位・粒界・表面などで消滅しにくく,近傍の原子空孔同士で凝集し,さらに安定化する。このように,冷間伸線パーライト鋼の特徴として,元々高い転位密度であるため,少ない塑性ひずみでも転位の合体・切り合う確率が高く,さらに高濃度の水素が存在することと,低ひずみ速度の応力負荷により空孔安定化が促進され,高い空孔濃度となったことが考えられる。

次に,4.0 ppm水素添加材の破壊直前の弾性応力を負荷後,水素ひずみ誘起格子欠陥の形成が認められなかった理由について考察する。従来,焼戻しマルテンサイト鋼において水素存在下で長時間の一定の弾性応力負荷12),あるいは繰返し弾性応力の負荷15,32)することで,格子欠陥形成の促進が報告されている。これらの結果と本研究の結果が異なる要因として,金属組織の違い,および弾性応力負荷時間の違いが考えられる。第1に,本研究で使用した冷間伸線パーライト鋼には,伸線加工後に300°C時効処理を施しており,炭素の転位固着による転位安定度の高い材料7)であるため,伸線まま材に比べ比例限が高く,試料全体としてのマクロ的な降伏以前に局所的な塑性変形が起こりにくい組織であることが考えられる。第2に,本研究では,1500 MPa到達後に直ちに除荷したため,この応力で保持していない。焼戻しマルテンサイト鋼の実験でも,弾性応力負荷直後には増加は認められず,定荷重試験において0.8σBで約100 h,0.6σBで約160 h保持中に,徐々に空孔型欠陥の増加が検出された。この場合,マクロには弾性応力負荷であったが,ミクロには比例限以上の応力負荷にとなり徐々に局所的な転位すべりが起こったため,負荷時間とともに空孔型欠陥が増加したと考えられる。一方,本研究では,1500 MPa到達後,多くの可動転位がすべり出す前に除荷したため,空孔型欠陥の形成が認められなかったと考えられる。

以上,冷間伸線パーライト鋼において,水素存在下で塑性ひずみを付与すると,鋼材内での微視的な変化,すなわち空孔型欠陥の形成促進が起こり,一方,水素存在下で弾性応力を負荷し直ちに除荷しても,微視的な変化は認められなかった。

4・2 水素による弾性・塑性域での破壊機構の比較

水素存在下において塑性域で破壊した場合の機構について考察する。本研究結果において興味深い点は,Fig.9で示したように,同一ひずみを付与した場合,水素無添加材に比べ1.5 ppm水素添加材の格子欠陥量の方が多いこと,およびFig.10で示したように,破壊までひずみを付与した場合,1.5 ppm水素添加材,および水素無添加材の格子欠陥量がほぼ一致する点である。これは,水素無添加材の破断伸びに比べ,水素添加材の破断伸びが小さいにもかかわらず,破壊時の格子欠陥量がそれぞれ一致することを意味している。これらの結果から,水素起因により塑性域で破壊した場合,少ないひずみ量で多くの水素助長欠陥がα相内またはα/θ界面に形成されることがわかる。さらに,水素により助長された格子欠陥量がある限界の値を越えることで,一様伸びの低下,すなわち早期に塑性不安定化を助長し,塑性崩壊を起こして破壊に至った可能性が示唆される。

この破壊に至る限界の原子空孔濃度は,4・1節で得られた2.3~4.5×10−5に相当すると考えられる。しかし,Fig.10に示したように塑性域で破壊した際は, (Uniform)部に比べ(Local)部のトレーサー水素量の方が多いことから推測して,本実験で測定した長さ4 mmの(Local)部より,さらに破面近傍の局所領域を測定した場合には,2.3~4.5×10−5より大きな空孔濃度となることが予想される。さらに,冷間伸線パーライト鋼の変形組織の特徴として,前述したようにα/θ界面における転位の堆積,転位セル壁などの局所的な高転位密度領域の存在が挙げられる。同一の平均原子空孔濃度だったとしても,高温から急冷した焼入れ空孔は均一に分布するのに対し,水素とひずみにより誘起され形成した空孔は,転位密度の高い領域,すなわちすべり帯内などにおいて局所的に空孔濃度が高くなることも第一原理計算によって報告されている33)

次に,水素存在下において弾性域で破壊した場合の機構について考察する。4.0 ppm水素添加材を引張速度0.01 mm・min−1以下で破壊させた試験片の格子欠陥量は,水素無添加材を同一の低引張速度で破壊させた試験片の格子欠陥量に比べ小さい値であることがFig.13で示された。塑性域破壊した場合と異なり,弾性域での破壊機構を内部の格子欠陥量が限界値を越えて破壊に至ったという解釈のみで説明することは難しい。また,Fig.7(c)で示されたように,4.0 ppm水素添加材の破面の特徴として,伸線方向に平行な段差が認められ,α/θ界面ですべりが発生したような脆性的な垂直な面が多数観察された。すなわち,弾性域破壊においては,水素助長欠陥以外の因子が脆化に関与した可能性が示唆される。ただし,この結果は,破面から長さ4 mmの平均的な格子欠陥量の測定であり,かつ,弾性応力で保持していない結果である。破面近傍である局所領域の格子欠陥の測定,および弾性応力保持時間の影響については今後の課題である。

これまで,1.5 ppmと4.0 ppmの異なる水素量で得られた結果から破壊機構を比較してきたが,同一水素量でも引張速度を変化させることで,前述した弾性・塑性領域における破壊と欠陥形成の関係が成り立つか検証する。Fig.6に示されるように,4.0 ppm水素添加材において引張速度の増加に伴う弾性域破壊から塑性域破壊への変化に対応して,Fig.13に示されるように,引張速度の増加に伴い水素助長欠陥が形成した。このように,同一水素量で引張速度のみ変化させた場合の破壊機構においても,前述した破壊機構の関係が成り立つ。

以上,水素存在下での弾性域破壊の場合,局所的に可動転位がすべり始める応力以下で,α/θ界面にトラップされた水素による直接作用(凝集力低下など)で割れが既に発生したため,水素助長欠陥の形成が認められなかった可能性が示唆される。一方,低水素量あるいは高引張速度条件で生じる塑性域破壊の場合,水素の直接作用による延性低下より,水素助長欠陥と水素の両方の作用による延性低下の影響の方が大きかったため,水素助長欠陥の形成が認められたと推察される。過去の報告においても,時効処理を施した冷間伸線パーライト鋼は,弾性応力を負荷する定荷重試験での水素脆化感受性評価において優れることが報告されており1,2,3),本研究で得られた弾性応力下において水素助長欠陥が形成されにくい組織構造である結果とよく対応する。

5. 結言

冷間伸線パーライト鋼の水素起因の破壊過程で生じる微視的な変化に着目し,弾性・塑性域破壊した鋼材中の格子欠陥の形成挙動について,水素を欠陥検出のトレーサーとして用いることで,以下の知見が得られた。

(1)1.5 ppm水素添加材は,いずれの引張速度においても塑性域破壊する。この1.5 ppm水素添加材に3.6%の塑性ひずみを付与した試験片のトレーサー水素量は,水素を含まないで同一ひずみを付与した試験片のトレーサー水素量より多い。すなわち,水素の存在がひずみによって誘起される格子欠陥の形成を助長する。

(2)一方,4.0 ppm水素添加材は,低引張速度では弾性域破壊する。この条件下で破壊直前である1500 MPaの弾性応力まで負荷し,直ちに除荷した試験片のトレーサー水素量は,水素なしで同一の弾性応力まで負荷した試験片のトレーサー水素量とほぼ一致する。すなわち,水素存在下で破壊直前の弾性応力まで負荷し,直ちに除荷しても,ひずみ誘起格子欠陥の水素による増加は認められない。

(3)4.0 ppm水素添加材に関しては,引張速度を増加させると,弾性域から塑性域破壊へ変化し,それに伴い,水素助長欠陥が形成する。この同一水素量で得られた関係は,上記(1),(2)の異なる水素量で得られた関係でも成り立つ。

(4)水素存在下で塑性域破壊時に形成した水素助長欠陥は,水素放出温度プロファイルの高温側の増加として表れ,一方,200°C加熱によりプロファイルの高温側の減少として表れる。これは水素助長欠陥が200°Cで消滅する熱的不安定な欠陥であり,かつ各種格子欠陥の中で水素との結合エネルギーが大きな格子欠陥であることを示す。これらの結果より,水素助長欠陥は原子空孔,もしくは空孔クラスターなどの空孔型欠陥である。破面から長さ4 mm部分の平均原子空孔濃度は,原子空孔1個に対しトレーサー水素原子1~2個トラップされたと仮定して計算すると,約2.3~4.5×10−5の値となる。

(5)塑性域で破壊した場合,水素添加有り無しにかかわらず,破壊時の格子欠陥量はほぼ一致する。この結果は,水素添加材は延性低下しているため,水素無添加材に比べ少ないひずみ量で同量の格子欠陥が形成されたことを意味する。すなわち,水素存在下では,水素助長欠陥の形成が促進され,少ないひずみ量でも破壊に至る限界値に達し,早期の破壊を引き起こしたと推察される。

文献
 
© 2018 The Iron and Steel Institute of Japan

This article is licensed under a Creative Commons [Attribution-NonCommercial-NoDerivatives 4.0 International] license.
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
feedback
Top