Tetsu-to-Hagane
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Instrumentation, Control and System Engineering
Microwave Time Domain Measurements for Measuring Thicknesses of Mold Powder Layers
Yuhei Yamaguchi Yasumoto SatoYuichi Inoue
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2018 Volume 104 Issue 10 Pages 567-576

Details
Synopsis:

In a continuous casting process, a mold powder layer consisting of a powder layer and a molten layer on molten steel is important to ensure a quality of steel. Therefore, measuring the thicknesses of the powder and molten layers is needed. In this study, a method to measure the thicknesses of each layer with microwave time domain measurement using VNA (Vector Network Analyzer) is proposed. Because a microwave is insensitive to dust and high temperature, the method has the possibility to measure the thicknesses of the powder and molten layers stably in a real field environment around the continuous casting process. Moreover, VNA can measure wideband frequency signals with high SN ratio. Thus, the method has high range resolution and SN ratio. The measurements of thicknesses of the powder layer on an aluminum plate and the mold powder layer consisting of the powder and molten layers were attempted using the method. As the results, it was shown that the method can measure the thickness of the powder layer on the aluminum plate with the error of 0.56 mm. It was also shown that the method has the ability to measure the thickness of the powder layer on the molten layer. Since the measurements were performed in a laboratory, the investigation of the applicability of the method to the real field environment is future work. The ability of the method to measure the thickness of the molten layer, on which the powder layer exists, should also be evaluated in the future.

1. 緒言

鋼の連続鋳造においては,鋳型と溶鋼の間の潤滑などを目的として,モールドパウダー(以下,単にパウダーと呼称する)と呼ばれる粉末が鋳型内に投入されている。鋳型内の溶鋼湯面上に投入されたパウダーは,溶鋼の熱で液体状態となって鋳型と溶鋼の間に流れ込んでいく溶融層と,その上の粉末層とに分かれ,各層の厚さはパウダーによる潤滑,保温,不純物除去および再酸化防止の働きを維持する上で非常に重要である。しかし,鋳型の周囲は溶鋼による高温にさらされ,かつ多量の粉塵が舞う過酷な環境のため,超音波やレーザーといった従来の厚さ計は利用できない。そこで,本研究では,パウダーの粉末層および溶融層の厚さ計測法として,マイクロ波反射波を用いた手法を検討している。

マイクロ波とは周波数0.3~300 GHz(波長1 m~1 mm)の電磁波のことで,空気中を良好に伝播できるため,遠距離からの非接触計測が可能である。また,電磁気的な特性が異なる材料間の界面において反射と透過を生じるため,計測対象の表面および裏面からの反射波を計測できれば,その対象の厚さを計測可能である。さらに,マイクロ波の速度は伝播する材料の比誘電率に依存するが,空気は温度によって比誘電率がほとんど変化しないため,高温環境においても安定した計測が可能である。加えて,波長が1 mm~1 mと長いため,粉塵のようなμmオーダーの粒子の影響をほとんど受けないと期待できる。このような特長から,製鋼現場においては,周波数変調方式であるFMCW(Frequency Modulated Continuous Wave)レーダーを用いた溶銑レベルの計測法13),スラグレベルの計測法4)および高炉内装入物のプロファイル計測法5,6)などが研究されてきた。一方で,厚さ計測法としては,海氷上の積雪の厚さを計測した研究例7,8)などがある。以上から,連鋳工程におけるパウダー層の厚さ計測法として,マイクロ波反射法を適用できると考えられる。

しかし,FMCWレーダーをパウダー層の厚さ計測にそのまま適用した場合,距離分解能に関する問題が生じる。厚さ計測を行うためには,計測対象の表面および裏面という近接する位置からの反射波を分離して計測できる距離分解能が必要であるが,例えば粉末層の場合は一般的に数十mmの厚さで運用されており,FMCWレーダーの距離分解能では不十分である(文献8)での距離分解能は37.5 mmである)。距離分解能を向上するためには,変調する周波数の掃引範囲を広げる必要があるが,受信器も広帯域になるためノイズが大きくなる問題がある。加えて,十分な感度を得るためにアンテナが大型になる傾向にあり,既存の設備への導入も難しい。そこで本研究では,ベクトルネットワークアナライザ(以下,VNAと呼称する)を用いたタイムドメイン計測の適用を試みた。VNAは,周波数を離散的に掃引し,各周波数での反射信号を狭帯域のフィルタを通して計測することで,広帯域の信号を高SN比で計測可能な装置である。タイムドメイン計測は,そのようにして得られた広帯域の周波数スペクトルを時間および距離軸での情報に変換する手法で,VNAと併用することで高い分解能を有した情報を高SN比で取得でき,感度を高めるための大型のアンテナも不要になると期待できる。

本研究では基礎検討として,タイムドメイン計測のパウダー粉末層および溶融層の厚さ計測法としての適用性を調査した。まず,粉末層のみに対してタイムドメイン計測を行い,粉末層の厚さを計測できるかを確認した。その後,電気炉を用いて形成した溶融層上に粉末層を積層する,鋳型内と同様の構成において,各層の厚さを計測できる可能性があるかを調査した。本報では,その実験の内容と結果を報告する。

2. 計測原理

2・1 タイムドメイン計測の原理

本研究では,VNAによるタイムドメイン計測によりパウダー粉末層および溶融層の厚さの計測を試みる。VNAとは,高周波信号の振幅および位相情報を計測する装置で,一般的には高周波部品の反射および伝送特性の評価に用いられる。周波数を離散的に掃引し,狭帯域のフィルタを通して各周波数での情報を取得するため,広帯域であっても優れたSN比で信号の振幅および位相を計測できることが特長である。また,タイムドメイン計測とは,VNAによって得られた信号の振幅および位相の周波数スペクトルを,逆フーリエ変換により時間軸に変換する手法で,超音波探傷法のパルス反射法に相当する計測をシミュレートする手法である。本来は高周波回路の断線部の位置の検出などに用いられ,高SN比の周波数スペクトルを基にした変換によって時間軸での情報を得るため,周波数領域と同様に優れたSN比での計測が可能で,微小な信号も識別可能である。この計測原理は,レーダー分野においてはSFCW(Stepped Frequency Continuous Wave)レーダー9)として知られており,地層探査などに利用されている。

タイムドメイン計測における,時間軸上の情報への変換は,以下の式(1)および(2)により行われる。

  
a ( T ) = n = 1 N A w ( f n ) e x p { j 2 π f n T + j θ ( f n ) } (1)
  
A w ( f n ) = A ( f n ) W ( f n ) (2)

ここで,a(T)は時間Tにおける反射波の大きさで,A(fn)およびθ(fn)は掃引した周波数範囲のうちn番目の周波数fnで計測された反射波の振幅および位相である。また,Nは掃引した周波数の総数で,jは虚数単位,AW(fn)は窓関数W(fn)を乗じた後の振幅である。本研究では,式(1)および(2)によって得られるパルス波形のエンベロープを,タイムドメイン計測結果として用いる。これは,パルス波形よりもエンベロープの方が,反射波のピークを明瞭に判別しやすいためである。なお,タイムドメイン計測における距離分解能の大きさは,このエンベロープのメインローブ幅に概ね相当し,その幅は式(2)で適用する窓関数によって変化する。

2・2 タイムドメイン計測による厚さ計測

Fig.1は計測対象に入射されたマイクロ波の伝播を表した模式図である。マイクロ波は電磁気的な特性が異なる材料間の界面において反射波と透過波を生じる。そのため,絶縁性材料のようなマイクロ波が透過しやすい材料に入射すると,表面から反射波が返ってくると同時に一部が計測対象内を伝播する。そして,計測対象の表面と同様に裏面で反射波と透過波を生じる。タイムドメイン計測ではこれらの反射波の大きさと,帰ってくるまでの時間を計測できる。時間軸に空気中のマイクロ波の速度c0=3.0×108 m/sを乗算すれば,計測対象の表面および裏面までの距離を算出可能で,それらの距離差から計測対象の厚さも算出できる。

Fig. 1.

Schematic diagram of microwave propagation.

しかし,計測対象中のマイクロ波の速度csは,式(3)で表されるように,計測対象の比誘電率εrに依存してc0とは異なる値になる。

  
c s = c 0 ε r (3)

そのため,計測対象の厚さtaを正しく求めるためには,タイムドメイン計測により得られた計測対象の表面および裏面までの距離の差tmに対して,計測対象の比誘電率を用いた補正が必要である。その補正式を式(4)に示す。

  
t a = t m ε r (4)

また,近接した二つの反射源を分離して計測できる最小の値,つまり距離分解能の大きさtminは,前節で述べたようにタイムドメイン計測結果であるエンベロープのメインローブ幅に概ね相当し,これは式(5)に示すように掃引する周波数範囲frangeに反比例する10,11)

  
t m i n = c 0 2 f r a n g e (5)

ここで距離分解能の大きさtminは,計測可能な最小厚さを意味し,周波数をより広帯域で掃引するほど,より薄い材料の厚さを計測可能と分かる。なお,このtminは矩形窓を適用したときのものであり,他の窓関数を適用した場合にはエンベロープのメインローブ幅が変化するため異なる値になる。

3. 粉末層のみの場合の計測

3・1 実験装置の構成

外径153 mm×高さ225 mmのビーカー内にパウダーの粉末層のみを形成し,タイムドメイン計測によりその厚さを計測した。このとき,粉末層の厚さを変えて計測を行い,厚さの変化を計測できるかを確認した。一般に粉末層は数十mmの厚さで運用されていることから,今回の実験では目標とする設定厚さを20~50 mmまで5 mm間隔で変更して計測を行った。

実験装置の構成の模式図をFig.2に,タイムドメイン計測の条件をTable 1に示す。計測装置は,マイクロ波の送受信源であるVNA,マイクロ波の発信および受信を行うセンサ,それらを接続する同軸ケーブルで構成した。センサにはKa-band(周波数26.5~40 GHz)のマイクロ波を発信可能で,27.8 mm×36.8 mmの開口面を有するホーンアンテナを用い,その位置はx-y-zステージによって制御した。このセンサの周波数帯域の広さは13.5 GHzのため,矩形窓を適用したときの距離分解能は,式(5)によれば11.1 mmとなる。今回はTable 1中のWindow shapeに示すように,窓関数としてハミング窓を適用したため,距離分解能に相当するメインローブ幅は実際には14.4 mmとなるが,今回の実験における粉末層の最小厚さである20 mmに対しては,この距離分解能で十分に計測可能と考えられる。なお,ハミング窓を適用したのは,適用後のメインローブの幅とサイドローブの大きさのバランスを考慮したためである。また,ビーカーの底部には直径120 mmのアルミニウム製の円形プレートを設置し,その上にパウダーを投入することで粉末層を形成した。ここで,粉末層の厚さは,アルミニウム製の円形プレート上面からの高さとした。アルミニウムのような導電性を有する材料はマイクロ波をほぼ完全に反射するため,この構成により粉末層底面からの反射波が大きくなる。また,センサ開口がビーカーの上端より上方に位置する場合,ビーカーの上端から不要な反射波が生じるおそれがあるため,センサ開口とアルミプレートの距離を180 mmとし,センサ開口がビーカーの上端より下方に位置するようにした。粉末層の上方からマイクロ波を入射してタイムドメイン計測を行うことで,粉末層の表面および底面からの反射波を計測できるかと,粉末層の厚さを計測できるかを確認した。計測位置はビーカーの内径の概ね中央とし,Table 1に示したように,周波数を26.5~40 GHzの範囲で0.0054 GHz間隔で変更して計測した。また,Table 1中のAveraging factor はSN比を上げるための加算平均化処理の回数である。

Fig. 2.

Schematic diagram of experimental setup.

Table 1. Conditions of time domain measurement.
Sweep frequency range (GHz) 26.5 - 40
Frequency step (GHz) 0.0054
Averaging factor (–) 10
Window shape Hamming

なお,粉末層の厚さおよび表面形状は,Fig.3に示すようなハイトゲージを利用した治具により調節した。手順としては,まずハイトゲージに取り付けた金属板の下端を,所望の設定厚さの粉末層表面に当たる高さに合わせた。その後,金属板を回転させることで粉末層を所望の厚さにすると同時に,表面形状を平坦に整えた。この手順により形成された粉末層の厚さの不確かさを確認するため,ビーカー内に設定厚さ20 mmの粉末層を形成し,レーザー変位計により厚さを計測するという手順を10回繰り返したところ,設定厚さに対するレーザー変位計の計測厚さの差は平均で−0.56 mmであった。これは,ガタつきなどの治具の構造に起因する系統誤差と考えられる。また,レーザー変位計により計測された厚さの標準偏差は0.23 mmであったため,本研究の粉末層の形成方法では,設定厚さに対して−0.56±0.23 mm程度はばらつきうると考えられる。

Fig. 3.

Schematic diagram of method to prepare powder layer.

3・2 タイムドメイン計測の結果

タイムドメイン計測の結果をFig.4に示す。図中には,粉末層の厚さが20および50 mmのときの結果を示す。横軸はタイムドメイン計測の時間軸に空気中のマイクロ波の速度を乗算して,距離に換算したものである。ここで,距離0 mmの位置はセンサと同軸ケーブルの接続部である。また,縦軸の反射波の大きさは,入射波の大きさに対する反射波の大きさの比である。

Fig. 4.

Results of time domain measurement of powder layers.

厚さ20 mmの粉末層での結果について見てみる。図中の反射波R0はセンサ開口からの反射波であり,これはマイクロ波の伝播に影響を与える特性インピーダンスが,センサ内部と外部とで異なるために生じたものである。同様に,R0の発生位置よりも近い距離で発生している複数の反射波は,センサの接続部など装置内の特性インピーダンスのミスマッチに起因して生じたものである。R0の発生位置より遠方では,R0の発生位置から159.2 mm離れた位置で反射波R1が発生していた。センサ開口から粉末層底面までの距離が180 mmであることを考えると,この距離は粉末層の厚さが20 mmのときのセンサ開口と粉末層表面との距離である160 mmと概ね一致している。このことから,R1は粉末層表面からの反射波と考えられる。また,R1の発生位置からさらに遠方でも大きな反射波R2が発生しており,これは粉末層底面からの反射波と考えられる。

続いて,厚さ50 mmの粉末層での結果について見てみる。厚さ20 mmの結果と同様,センサ開口からの反射波R0,粉末層表面からと考えられる反射波R1,粉末層底面からと考えられる反射波R2が計測された。厚さ20 mmの粉末層の結果と比較して,R1の発生位置がセンサ開口に近くなったのは,粉末層が厚くなり粉末層表面の位置が高くなったためである。一方,R2が遠方で計測されたのは,粉末層内のマイクロ波の速度が,比誘電率の影響で空気中より減速した影響である。Fig.4の横軸は時間軸に空気中のマイクロ波の速度を乗じて換算した距離であるため,減速によって粉末層底面から反射波が帰ってくるまでの時間が長くなった結果,粉末層底面が実際より遠方にあるように計測されたと考えられる。また,厚さ20 mmの粉末層の場合と比較して,厚さ50 mmの粉末層の場合はR2の大きさが小さくなっていることから,マイクロ波は粉末層内を伝播する際に減衰していると考えられる。粉末層の厚さが極端に厚い場合,粉末層底面からの反射波が計測できないおそれがあるため,計測可能な最大厚さの検証も今後必要である。

以上から,厚さ20~50 mmの粉末層に対しては粉末層表面および底面からの反射波を計測できたため,それらの発生位置の距離差を基にした厚さ計測が可能と考えられる。

3・3 厚さ計測の結果

各厚さの粉末層における,反射波R1およびR2の発生位置の距離差をFig.5に示す。横軸は粉末層の設定厚さで,目標として設定した厚さである20~50 mmに系統誤差である−0.56 mmを加えてプロットしてある。縦軸はその厚さのときの粉末層で得られたR1およびR2の発生位置の距離差で与えられる評価厚さである。粉末層の設定厚さと,評価厚さが異なっているが,これは粉末層内のマイクロ波の減速の影響により,底面までの距離が実際より遠方に計測されたためである。この差異を2・2節で示した式(4)により補正する。

Fig. 5.

Relationship between set and estimated thicknesses of powder layers.

補正のために,まずは粉末層の比誘電率を評価する。粉末層の比誘電率は,式(4)を変形した式(6)から求めることができる。

  
ε r = ( t m t a ) 2 (6)

Fig.5の結果においては,横軸がtaに,縦軸がtmに当たる。この関係から,各厚さの粉末層の比誘電率はTable 2のようになる。表から分かるように,比誘電率は2.29~2.47の範囲でばらついており,これは各厚さのときの粉末層の粗密が異なるためと考えられる。比誘電率が変われば,式(4)で算出される粉末層の厚さも変化するため,計測誤差を小さくするためには比誘電率を適切に選定する必要がある。今回は,tatmの間に式(7)に示す一次関数の関係があることを利用し,Fig.5の近似直線の傾きの二乗である2.33を粉末層の比誘電率とした。

  
t m = t a ε r (7)

Table 2. Calculation results of relative permittivities.
Set thickness (mm) 19.44 24.44 29.44 34.44 39.44 44.44 49.44
Relative permittivity (–) 2.47 2.43 2.42 2.34 2.32 2.29 2.31

得られた比誘電率と式(4)により,Fig.5に示した評価厚さを補正し,縦軸を粉末層の計測厚さとした結果をFig.6およびTable 3に示す。Fig.6の横軸は粉末層の設定厚さで,Fig.5と同様に系統誤差−0.56 mmを考慮したものである。また,Table 3のErrorは設定厚さに対する計測厚さの差である。Fig.6を見ると,粉末層の設定厚さと計測厚さが良好に一致していることが分かる。さらに,Table 3に示したように,粉末層の設定厚さに対する計測厚さの差は,粉末層の設定厚さが19.44 mmのときの0.56 mmが最大で,高い精度で計測できることが分かった。

Fig. 6.

Relationship between set and measured thicknesses of powder layers.

Table 3. Measured results of thicknesses of powder layers.
Set thickness (mm) 19.44 24.44 29.44 34.44 39.44 44.44 49.44
Measured thickness (mm) 20.00 24.92 29.95 34.35 39.27 43.98 49.22
Error (mm) 0.56 0.48 0.51 –0.09 –0.17 –0.46 –0.22

また,Table 2に示した比誘電率の最小値である2.29を基に計測厚さを算出したところ,粉末層の設定厚さに対する計測厚さの差は最大で0.82 mmとなった。同様に,Table 2に示した比誘電率の最大値である2.47を基にした場合,厚さの差は最大で−1.69 mmとなった。そのため,最小二乗法を用いて導出した比誘電率を用いた場合が,最も誤差が小さくなると分かった。

以上から,粉末層のみでの計測であれば粉末層表面および底面からの反射波を計測可能と分かった。さらに,それらの発生位置の距離差と,最小二乗法を用いて導出した比誘電率を基にすることで,粉末層の厚さを誤差0.56 mm以下で計測可能と分かった。

4. 溶融層上に粉末層を形成した場合の計測

4・1 実験の手順

溶融層上に粉末層を形成した場合に,粉末層および溶融層の厚さを計測できるかを確認した。まず,溶融層のみに対して計測を行い,溶融層の表面および底面から反射波が得られるかを確認した。その後,溶融層上に粉末層を形成し,粉末層表面,粉末層と溶融層との界面,溶融層底面からの反射波を計測できるかと,粉末層と溶融層の厚さを計測できるかを確認した。

以下,Fig.7に示す模式図を基に,実験手順を述べる。なお,手順2および3のタイムドメイン計測で用いた計測装置(センサ,同軸ケーブル,VNA,x-y-zステージ)は前章のものと同じである。

Fig. 7.

Schematic diagram of experimental procedures.

《手順1》

溶融層を形成するために,電気炉内でパウダーを加熱する。このときパウダーは「内ルツボ」と呼称される緻密性が高いアルミナ製のルツボ(外径112 mm×高さ132 mm)に投入されている。さらにこの内ルツボは,熱衝撃によって割れた際にパウダーの流出を防ぐため,「外ルツボ」と呼称される見掛け気孔率20%のアルミナ製のルツボ(外径150 mm×高さ168 mm)内に設置する。以下,内ルツボ,外ルツボおよびパウダーを総称して「試験体」と呼称する。今回使用するパウダーの軟化温度は1065°Cのため,設定温度1200°Cで加熱を行い,パウダーが十分に溶融するように電気炉内が設定温度に達してから1時間保持する。

《手順2》

上記の時間経過後に,試験体を電気炉内から取り出し,耐火レンガ上に設置する。その後,溶融層に向かって,上方のセンサからマイクロ波を入射してタイムドメイン計測(計測条件はTable 1と同じ)を1回行う。このとき,センサ開口と耐火レンガ表面の距離は250 mmとする。この距離の場合,センサ開口は内および外ルツボの上端よりも上方に位置するため,上端から不要な反射波が生じるおそれがある。しかし,センサをルツボに近づけ過ぎると,高温のルツボと溶融層の熱によりセンサが急激に加熱されるおそれがあるため,この距離で計測を行った。

《手順3》

溶融層上にパウダーを投入し,粉末層を形成する。粉末層および溶融層に対して,タイムドメイン計測を連続で複数回行う。計測ごとの間隔は10秒前後である。センサはルツボと溶融層の熱によって徐々に加熱される。今回使用するセンサの耐熱温度は200°Cのため,熱電対によるセンサ側面の計測温度が190°Cに達した時点で計測を終了する。なお,今回の場合,計測は16回実施できた。

《手順4》

計測が完了したら,安全のため試験体を電気炉内に戻した後に電気炉の電源を切り,24時間以上放置する。冷却が十分に完了したら,電気炉から試験体を取り出し,内ルツボを高さ方向に沿ってダイヤモンドソーで二等分し,断面観察を行う。断面観察から得られた粉末層および溶融層の厚さなどの寸法を基に,得られたタイムドメイン計測の結果を検証する。

4・2 断面観察の結果

タイムドメイン計測の結果に先立って,計測終了後に行った内ルツボの断面観察の結果を述べる。Fig.8は内ルツボの断面の写真である。

Fig. 8.

Photograph of cross-section of inner crucible.

図中のAで示した内ルツボの内壁に付着している物体は,実験の最初に投入したパウダーが溶融した際の残留物と考えられ,その上端は,パウダーの溶融前の表面位置を示すと考えられる。Bで示した内ルツボの内壁に付着した残留物は,前節の手順3でのパウダーの追加投入によって溶融層上に形成された粉末層の溶け残りと考えられ,Bの上端はその粉末層の溶融前の表面位置を示すと考えられる。なお,溶融層上の粉末層が溶融したのは,接触している溶融層および内ルツボが非常に高温であったためである。また,計測終了後に電気炉に試験体を戻した際に,電気炉内の残存熱によって溶融した可能性もある。Cは溶融層上の粉末層が十分に溶融せずに残留した層である。最後にDは,溶融層が固化した層である。

続いて,各部の寸法L1~L4について述べる。寸法の計測はノギスによって行った。固化した溶融層の厚さL1は37.4 mmで,内ルツボの上端からBの上端までの距離L2は51.5 mmであった。図示はしないが,内ルツボの深さは128.7 mmであったため,パウダーの追加投入によって形成された粉末層の溶融前の厚さL3は,128.7−L1L2=39.8 mmと推定された。ここで,固化した溶融層の厚さL1は,計測中に溶融層の熱で溶けた粉末層の厚さも含むため,L1を基に推定された粉末層の厚さL3は,実際のパウダー追加投入直後の厚さとは誤差があると考えられる。しかし,粉末層は溶融時に粒子間の空気が抜けて見掛け上の体積が小さくなり,溶融層の厚さの増加もわずかと考えられることから,L3は実際のパウダー追加投入直後の粉末層の厚さと概ね同じと考えられる。また,計測終了後に残留した粉末層の厚さL4は16.6 mmであった。なお,このL4は,4・5節で述べる粉末層の厚さ計測結果の検証に用いた。

以上の数値とルツボなどの寸法を基に推定した,実験時の試験体の位置関係をFig.9に示す。この図は,溶融層上に粉末層を形成するためにパウダーを追加投入した直後を想定したものである。次節ではこれらの寸法を基に,タイムドメイン計測結果を検証する。

Fig. 9.

Schematic diagram of distances and thicknesses of each layer estimated from cross-sectional observation.

4・3 タイムドメイン計測の結果

溶融層のみに対して行ったタイムドメイン計測の結果をFig.10に示す。反射波RA0はセンサ開口からの反射波で,それよりも近い距離で発生している複数の反射波は,センサの接続部など装置内の構造に起因して生じたものである。RA0の発生位置よりさらに遠方では,RA0の発生位置から187.4 mm離れた位置で反射波RA1が計測された。この距離は,Fig.9で推定されたセンサ開口から粉末層と溶融層との界面,つまり粉末層の形成前の溶融層表面までの距離に当たる193.3 mmに近く,RA1は溶融層表面からの反射波と考えられる。このことから,本手法により,溶融層表面からの反射波を計測可能と考えられる。一方で,溶融層底面からと考えられる反射波は確認されなかった。距離約580 mmの位置に反射波が確認できるが,厚さが37.4 mmと推定された溶融層の底面からの反射波であるとするには,位置が溶融層表面から大きく離れており,この反射波はセンサと溶融層との間の多重反射などによるものと考えられる。

Fig. 10.

Result of time domain measurement of molten layer.

溶融層底面からの反射波が計測されなかったのは,溶融層内でマイクロ波が減衰したためと考えられる。マイクロ波が材料中に浸透する深さの目安は,式(8)の表皮深さδsにより表される12)

  
δ s = 2 ω μ σ (8)

表皮深さはマイクロ波の大きさが1/eに減衰する伝播距離のことで,非磁性体の場合,伝播する材料の導電率が高いほど,また周波数が高いほど短くなる。今回の実験で使用したパウダーの溶融層の導電率は不明であるが,典型的な組成である珪酸塩系のパウダーの溶融層の導電率は10~100 S/mであるとされる13)。この場合,今回使用した最低周波数26.5 GHzにおいて表皮深さは0.31~0.97 mmと,マイクロ波がほとんど浸透できないことが分かる。このように,マイクロ波は溶融層内で導電率の影響により大きく減衰するため,底面から反射波が計測されなかったと考えられる。

続いて,溶融層上に粉末層が形成された状態で行ったタイムドメイン計測の結果をFig.11に示す。これは,粉末層を形成した直後,つまり16回行った計測のうちの1回目の計測結果である。反射波RB0はセンサ開口からの反射波で,それよりも近い距離で発生している反射波は,装置内の構造に起因したものである。反射波RB1は外もしくは内ルツボの上端からの反射波と考えられ,センサ開口がルツボ上端よりも上部に位置するために生じたと考えられる。RB1よりさらに遠方の反射波を見ると,RB0の発生位置から155.5 mm離れた位置で反射波RB2が計測された。この距離は,Fig.9で推定されたセンサ開口から粉末層表面までの距離である153.5 mmに概ね一致することから,RB2は粉末層表面からの反射波と考えられる。また,反射波RB3はRB2より遠方で発生したことと,溶融層のみの計測で溶融層底面からと考えられる反射波が計測されなかったことから,粉末層と溶融層との界面からの反射波と考えられる。

Fig. 11.

Result of time domain measurement of powder layer on molten layer.

以上から,溶融層上に粉末層が形成されている状態において,溶融層の底面からの反射波は計測されなかったが,粉末層表面および粉末層と溶融層との界面からの反射波を計測可能と考えられる結果が得られた。

4・4 反射波RB2およびRB3の発生位置の変化

続いて,反射波RB2およびRB3の発生位置の変化を計測できるかを確認する。そのために,まずは計16回のタイムドメイン計測の間に生じる,粉末層表面および,粉末層と溶融層との界面の位置変化の傾向を推定する。溶融層上に粉末層が形成された場合,溶融層の熱により粉末層は溶融していくと考えられる。粉末層が溶融すると粒子間の空気が抜けて見掛け上の体積が減少するため,粉末層表面までの距離は長くなると考えられる。一方で,溶融層は増加するため,粉末層と溶融層との界面までの距離は短くなると考えられる。以上のような傾向を,タイムドメイン計測で得られるかを確認する。

各計測回における反射波RB2およびRB3の発生位置までの距離をFig.12(a)および(b)にそれぞれ示す。縦軸はそれぞれ,タイムドメイン計測結果上における反射波RB2およびRB3までの距離LB2およびLB3を表す。Fig.12(a)を見ると,RB2の発生位置までの距離LB2は,計測回が増えるごとに,つまり時間が経過するごとに長くなる傾向にあった。これは推定された粉末層表面の位置変化の傾向と一致している。10回目の計測以降で距離の変化が見られなくなったのは,時間の経過による溶融層の温度低下によって,粉末層が溶融されなくなったためと考えられる。

Fig. 12.

Measurement results of distances to positons reflecting microwaves. (a) distance to surface of powder layer and (b) distance to boundary between powder and molten layer.

一方で,Fig.12(b)を見ると,RB3の発生位置までの距離LB3は,計測回が増えるごとに,つまり時間が経過するごとに短くなる傾向にあった。これは推定された粉末層と溶融層との界面の位置変化の傾向と一致している。一方で,粉末層表面とは異なり,溶融が停止すると考えられた10回目の計測以降も位置が変化し続けた。これについては様々な要因が考えられる。そのうちの一つとして,10回目の計測以降のLB2の変化の傾向から,粉末層と溶融層の間に固化した層が発生した可能性がある。この場合,粉末層と固化した層との界面と,溶融層と固化した層との界面のそれぞれから返ってきた反射波が重なり合い,反射波RB3として計測されるおそれがある。溶融層の固化は時間とともに進行し,溶融層と固化した層との界面の位置も変化し続けるため,重なり合いから生じた可能性のある反射波RB3の発生位置も変化し続けたおそれがある。これは現時点の推定であり詳細は不明であるが,一方で実際の鋳型内のパウダーは粉末層の溶融が常に進行している状態にあるため,今回の10回目の計測までの状態は鋳型内の状態を模擬できていると考えられる。そのため,実際の鋳型内においても,粉末層と溶融層との界面の位置の変化を計測できると考えられる。

以上の結果において,溶融が進行していたと考えられる10回目の計測までについて,各反射波の発生位置は推定された傾向と一致する変化を示した。このことから,粉末層表面および粉末層と溶融層との界面の位置変化を計測できると考えられる。

4・5 厚さ計測の結果

反射波RB2およびRB3の発生位置の距離差を基に,式(4)により溶融層上の粉末層の厚さを算出した結果をFig.13に示す。これは,粉末層の溶融が進行していると考えられた10回目の計測までの結果を,横軸を計測回,縦軸を算出された粉末層の計測厚さとして整理したものである。粉末層の計測厚さは,粉末層の比誘電率を2.33として算出した。

Fig. 13.

Measured thickness of powder layer on molten layer.

Fig.13において,厚さTsFig.8に示したパウダーの投入直後の粉末層の厚さL3(39.8 mm)である。また,厚さTfは内ルツボの断面観察から得られた計測終了後の粉末層の厚さL4(16.6 mm)である。これらはそれぞれ計測前後の粉末層の厚さを示しているため,時間の経過により溶融が進むと,TsからTfに近づく傾向を示すと考えられる。Fig.13を見ると,実際に計測回が増えるにつれて,粉末層の計測厚さがTsからTfに近づいており,その変化を計測可能と考えられる。

1回目の計測厚さとTsとの間には7.8 mmの差がある。これは,厚さTfの算出に用いた寸法である,内ルツボ上端からパウダー追加投入直後の粉末層までの距離L3が,内ルツボの内壁近傍の距離であることが要因の一つとして挙げられる。実際の計測位置は,内ルツボの内径の概ね中央のため,パウダーの追加投入直後の粉末層表面の位置に差が生じたと考えられる。一方で,厚さTfと10回目の計測厚さの間にも6.5 mmの差がある。これは,計測終了後に電気炉内に試験体を戻したため,粉末層の溶融がさらに進んだことが要因の一つとして考えられる。

以上から,反射波RB2およびRB3の発生位置の差を基に,溶融層上の粉末層の厚さおよびその変化を計測できる可能性が示された。一方で,溶融層底面からの反射波は計測されなかったため,溶融層の厚さは計測できなかった。しかし,実際の鋳型内の溶融層底面は溶鋼との界面に相当し,溶鋼湯面の位置を計測する他のセンサとの組み合わせにより溶融層の厚さも計測できる可能性がある。そのための検討が今後の課題である。加えて,実際の現場では,鋳型のオシレーションや,高温環境による計測機器への影響などが懸念される。オシレーションの影響への対策としては,上下動の周期に合わせてセンサと鋳型との距離を一定に保つ機構や,鋳型の上下動によって生じる反射波の振幅および位相変化を解析し補正する信号処理などが考えられる。また高温環境については,セラミックスのような耐熱性の高い材料でセンサを封止することで対応可能と考えられるが,このときマイクロ波の透過性が高い材料を適切に選定する必要がある。現場適用のために,以上のような対策を検討することも今後の課題である。

5. 結言

モールドパウダー粉末層および溶融層の厚さ計測手法としての,マイクロ波を用いたVNAによるタイムドメイン計測の適用性を確認するため,粉末層のみを形成した場合と溶融層上に粉末層を形成した場合を対象に,本手法による各層の厚さ計測を試みた。得られた結果を以下に述べる。

(1)ビーカー内のアルミニウム製の円形プレート上に形成された,目標とする設定厚さを20~50 mmとした今回の粉末層に対しては,比誘電率を2.33とした場合に誤差0.56 mm以内で厚さ計測が可能であった。

(2)溶融層のみに対してタイムドメイン計測を行ったところ,溶融層表面からの反射波は計測できたが,溶融層底面からとみられる反射波は計測できなかった。これは,溶融層の導電性の影響により,溶融層内でマイクロ波が減衰したためと考えられた。そのため,タイムドメイン計測のみでの溶融層の厚さ計測は困難であると考えられた。

(3)溶融層上に粉末層を形成した場合において,粉末層表面および粉末層と溶融層との界面からの反射波を計測できた。また,時間の経過に伴う各反射波の発生位置の変化を見ると,粉末層表面からの反射波の発生位置までの距離は長くなり,粉末層と溶融層との界面からの反射波の発生位置までの距離は短くなるという,妥当と考えられる変化傾向が得られた。

(4)溶融層上の粉末層の厚さを計測したところ,時間の経過に伴い,厚さが減少していく傾向が確認できた。これは,粉末層が溶融層の熱によって溶融していると考えた場合に妥当な傾向であり,このことから溶融層上に形成された粉末層の厚さを計測できる可能性が示された。

文献
 
© 2018 The Iron and Steel Institute of Japan

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