鉄と鋼
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分析・解析
走査レーザー誘起プラズマ発光分析法による化成処理アルミニウム合金の表面被膜の面方向分析
中畑 翔子柏倉 俊介我妻 和明
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2018 年 104 巻 7 号 p. 358-362

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Synopsis:

Laser-beam scanning – laser-induced breakdown plasma optical emission spectrometry was applied to obtain the elemental distribution in three-dimensional direction for different surface states corresponding to chemically-pretreatments of an Al-alloy sample. The distribution of magnesium oxide inclusion particles could be estimated from the intensity ratio of Mg/Al each for the irradiation points, indicating that chemical-etching and desmutting treatments made the magnesia particles to be reduced both in the lateral and in-depth directions. The resolution of our measurement was within 200 μm in the lateral position and ca. 15 μm in the depth direction, which were mainly determined by the crater size of the laser shot. The objective of this paper is to suggest an analytical technique suitable for evaluating the spatial distribution of inclusion or contaminant particles on the surface rapidly during the chemical surface pretreatment of Al-alloy materials.

1. 緒言

工業用金属材料の多くは,その耐食性や耐摩耗性等の材料特性の向上を図るため,あるいは,表面光沢等の美観を確保するために,様々な表面処理が施されている。また,これら素材は大量生産を意図した大規模な設備で製造されるため,表面処理においてもこれに対応できる工程管理が必要とされる。一般に,工業材料の表面処理の成否は,表面近傍にあるマクロな欠陥,例えば,表面汚れや傷,介在物や夾雑物により左右されるものと考えられており,従来の工程管理では目視による確認が重要な役割を果たしている。しかしながら,酸化物の介在物粒子等ではその径が数100 μm程度となるため,それを目視により確認することは困難であり,この分析対象を同定するためには材料表面の元素分布を迅速に確認できる方法が極めて有効に機能することが予想される。SEM/EDXやEPMAに代表される電子線プローブ分析法は,試料表面の元素分布を解析するために有効な方法であるが,素材製造の現場におけるオンサイト運用1)を行うためには不適である。本研究では,このような運用が可能である新たな分析法として,レーザービーム走査型(laser-beam scanning:LBS)−レーザー誘起プラズマ発光分析法(laser-induced breakdown plasma optical emission spectrometry:LIBS)24)の適用を提案する。

本報では,アルミニウム合金を供試試料としたLBS-LIBS法による測定結果について述べる。アルミニウム合金はその軽さや耐食性,加工性の良さ,美しさなどから工業的用途で広く利用されている材料であるが,その表面は非常に安定な酸化アルミニウム不動態皮膜に覆われ,この皮膜は除去してもすぐに形成されるために,アルミニウムに良好な表面処理を施すことは困難となっている。この問題を解決するためには,アルミニウム合金表面の前処理が重要となる。代表的なメッキの前処理としては,陽極酸化法,亜鉛および亜鉛合金置換法(ジンケート処理法,ダブルジンケート処理法)などがあり,前者は硫酸,シュウ酸,リン酸などの電解浴を用いてアルミニウム表面にポーラスな酸化被膜を形成させ,その孔を足掛かりにメッキを行う方法,後者はアルカリ性の亜鉛メッキ浴にアルミニウムを浸漬することでアルミニウムの酸化膜を破壊し,露出した下地のアルミニウムとメッキ液を反応させ,表面にメッキ前の中間層として亜鉛の置換皮膜を生成させる方法である58)。この工程において重要となるのが,陽極酸化処理やジンケート処理のさらに前段階である下地処理(素地の清浄・活性化)である。本論文では,この下地処理の各段階で得られた試料表面の元素分布を,LBS-LIBS法で測定して比較を行った結果を報告する。

2. 実験

2・1 供試試料

アルミニウム合金の表面処理における下地処理は主に,機械研磨,脱脂,エッチング,デスマット処理によって成り立つ。エッチングとはアルカリ浸漬によりアルミニウムおよびアルミニウム合金表面を反応させる工程で,アルミニウム上の酸化被膜の除去と,表面をミクロ的に腐食し表面を荒らすという二つの作用をする。デスマット処理(Desmutting treatment)とは,エッチング処理後に発生するスマット(Smut)と呼ばれる黒色酸化物被膜の除去を目的とするもので,フッ酸,硝酸,硫酸などの混酸によって除去を行う。アルカリ溶液によってエッチングされたアルミニウム,特にアルミニウム合金は合金添加元素や不純物元素,特に銅,マグネシウム,ケイ素の酸化物スマットを表面に生成する。このスマットが下地処理において難点で,デスマット処理によってスマットが完全に除去されない場合,陽極酸化被膜やジンケート皮膜が密着しないばかりか処理槽への不純物の混入をまねく他,製品への色むらなどにも影響すると考えられている5,9)。アルミニウム合金表面におけるスマットの被膜状態についての詳しい報告はあまり存在せず,スマットがどのように存在・分布しているのかは明らかにされていない。そこで本研究ではエッチング前,エッチング後,デスマット処理後のそれぞれの段階において,アルミニウム合金試料(5056番)における表面皮膜の状態を,LBS-LIBS法を用いて評価することとした。

供試試料は,実際の表面処理工程から抽出したものの提供を受けた。その形状は直径約8mm,高さ約2mmの円柱型である。以降,エッチング前,エッチング後,デスマット処理後の試料を,BE,AE,DMと略記する。5056番アルミニウム合金の化学組成は,合金元素として,Mg(4.5~5.6 mass%),Mn(0.05~0.2 mass%),Cr(0.05~0.2 mass%)を含有し,その他,Fe,Cu,Zn,Siを微量含む10)。特に,第一合金添加元素であるマグネシウムの挙動が重要である。両性金属であるアルミニウムと異なり,マグネシウムの酸/アルカリ溶液に対する化学反応性は異なる。本研究ではマグネシウムの表面分布について注目して測定を行った。

2・2 分析装置

本報で使用した実験装置の詳細は既報で紹介している3)。ここではその概略を述べる。プローブレーザーとしてQ-switched Nd:YAGレーザー(LOTIS TII/LS-2137,波長:532 nm,パルス幅:16~18 ns)を使用した。レーザー光を焦点距離100 mmの片凸レンズにより集光し,X-Y-Zステージ上に設置した固体試料表面に照射して試料表面近傍のガスをプラズマ状態とし,同時に,試料の一部を蒸発,原子化し生成した微小プラズマへ導入した。プラズマから放射された発光は,光ファイバーによってMechelle型分光器(SOL instruments/MS7504i)とICCD検出器(Andor Technology/iStar DH334)から構成される分光システムに伝送して分光計測した。固体試料を設置したX-Y-Zステージはステージコントローラ(シグマ光機/SHOT-304GS)を用いて制御した。また,光学系に組み込んだマイクロスコープ(SUGITCH/TS-93003N-CZ5,ズーム比:8.0倍)を用いてレーザー照射中試料表面の観察を行った。レーザーのエネルギーはサーマルセンサ(OPHIR/15(50)A-PF-DIF-18)を用いて計測した。

2・3 測定操作

測定はすべて大気開放下で行った。照射レーザーの平均エネルギーは50 mJ/pulseに固定し,その繰り返し周波数は1.0 Hzとした。発光スペクトルの測光条件としては,レーザー照射後に500 nsの遅延時間を取り,その後100 ms間を積算する時間分解測定を行った。この目的は,照射直後に発生する連続光の影響を避けて,良好な信号−バックグラウンド比で発光強度を得るためである。これらのパラメータの最適化は,同型の測定装置を用いて発光強度プロファイルを検討した既報の結果を参考とした11,12)

各試料における1発のレーザー照射痕径を測定ステップとし,1発測定毎に試料ステージを移動させることにより,試料表面各点の発光スペクトルを一定間隔で測定した。このスキャニングを同一面に繰り返し行うことで,深さ方向についての分析も行った。レーザー走査に係るパラメータの決定については3・2節で示す。

3. 結果と考察

3・1 発光スペクトルと分析線

表面処理を施したことにより,試料表面に偏析する可能性のあるMgO粒子の面方向分布の測定を行うため,Mgの発光線と同時にAlの発光線を観測できる波長位置についてスペクトル解析を行った。その測定の標準試料として,AlMgSi合金(98.5 Al-0.544 Mg-0.613 mass% Si),純Al,MgO基板を用意した。

AlMgSi合金,純Al,MgO基板について,波長280 nmを中心とした276-284 nmの波長領域を測定した発光スペクトルをFig.1に示す。これらのスペクトルを比較すると,AlMgSi合金のスペクトル(a)において観測される3本の発光線のうち,長波長側の発光線は純Alのスペクトル(b)に,短波長側の2本の発光線はMgOのスペクトル(c)中に見い出される。これらの発光線は,それぞれのI価イオン線Mg II 279.55 nm,Mg II 280.27 nm,Al II 291.62 nmに帰属される13,14)。さらに,それぞれの波長位置ではスペクトル線の重なりがなく,アルミニウムとマグネシウムの発光線が分光干渉を受けることなく同時に観測可能であることがわかった。5056系アルミニウム合金試料における任意のサンプリング位置においてLIBS測定を行った時の発光スペクトルをFig.2に示す。アルミニウム合金試料に関しても,276 nm-284 nmの波長領域において両元素の発光線の検出が可能であった。分布評価測定においては,レーザー照射毎のサンプリング量の変動を補正するため,マグネシウム発光線のバックグラウンド値を差し引いた上で,マグネシウム発光線とアルミニウム発光線の強度比IMg/IAlの値を測定することとした。

Fig. 1.

Spectral profile of AlMgSi alloy (a), pure Al (b), and MgO (c) in a wavelength range from 276.0 nm to 284.0 nm.

Fig. 2.

Spectral profile of an Al alloy sample (#5056).

さらにAlMgSi合金試料を用いて58点のLIBS測定を行い,Mg II 279.55 nmとMg II 280.27 nmの両方の発光強度について測定したところ,IMg/IAl値は,Mg II 279.55 nmの場合には2.71±0.51,Mg II 280.27 nmの場合には2.52±0.39となった。それぞれの標準偏差を比較したところ,後者が小さい値を取り,より精度の高い測定値が期待できるところから,今回の実験においてはMg II 280.27 nmの発光線を測定することとした。

3・2 レーザー照射痕の測定

LBS-LIBS法により,アルミニウム合金の表面処理被膜の平面および深さ方向の分解能を見積もるため,三種類のアルミニウム合金試料BE,AE,DMについてクレーター痕形状の測定を行った。クレーター痕の三次元像を得るために,デジタルマイクロスコープ(キーエンス,VHX-700)を用いた。

単発のクレーター痕を撮影した投影像をFig.3に示す。図の左下部の断面図は,写真内の赤丸と白丸をつないだ直線上における深さ方向の形状を表す。また,50 mJ/pulseのレーザーをそれぞれの試料表面に1から5発,各2回ずつ照射し,レーザー照射毎にクレーター形状を観察した。各試料におけるレーザー照射回数に対するクレーターの深さについてまとめたものをFig.4に示す。図から,クレーターの深さは試料にほとんど依存せず,レーザー1発目におけるクレーター深さの平均は,約12.6 μmであった。また,レーザー照射数とクレーター深さの関係は,クレーター深さをy,照射数をxとしたとき図中にある近似直線式:y=5.2x+8.4,に従うと考えることができる。また,今回の測定において,レーザー照射により生成したクレーターの直径は,周辺の影響部を含めて最大200 μm程度となることから,面方向分布を評価するための測定ステップは200 μmとした。

Fig. 3.

Crater image resulted from laser irradiation onto an Al alloy sample (#5056).

Fig. 4.

Relationship between the irradiation number and the crater depth of the BE (square), AE (circle), and DM (triangle) samples of the Al alloy.

3・3 LIBS法を用いたアルミ系合金試料表面の測定

試料BE,AE,DMのそれぞれについて,表面(縦5点×横20点)×深さ3点の合計300点分(ショット数に対応する)の領域をLBS-LIBS法により測定した。3・2節の結果から,これは約1000 μm(縦)×4000 μm(横)×24 μm(深さ)の領域に相当する。その際,試料の真上に取り付けられた穴あき三角プリズムにより,直角方向に反射される試料表面の様子を装置システムに組み込まれたマイクロスコープで捉えることで,レーザー照射前後の試料表面の撮影を行った。得られたレーザー照射部分の発光強度の分布と試料表面の写真を比較し,表面層のマグネシウム原子の分布について考察した。

試料BE,AE,DMについて領域内の発光強度IMg/IAlを測定した結果を,それぞれFig.5(a),(b),(c)に,レーザー照射前の試料表面を撮影した光学像と合わせて示す。強度比の平面方向分布に関しては,6段階の赤色系擬似カラーの濃淡で強度比の大小を表示し,一層につき縦5点×横20点分の測定結果について,上から順番に一層目(最表面),二層目,三層目の結果を示した。光学写真の中に示した赤い枠の中が5点×20点の測定領域であり,枠の中に白い枠で単発レーザーショット毎の照射領域を示す。LBS-LIBS測定より,三つのアルミニウム合金試料中,BE試料において表面にMgが濃化している部位(左端の約1000 μm×800 μmの範囲)が最も顕著に現れた。これは化学処理前の試料表面に現れていること,またレーザーを3回照射して30 μm程度表面層を除去しても明瞭に残っているところから,明らかにスマット層ではなく,切削や研磨等の物理的処理により生成したMg酸化物と考えられる。測定結果とレーザー照射前の表面写真と比較したところ,強度比IMg/IAlが高い箇所は不均一ではなく,どの試料もMg濃化層の現れる部位は,切削痕により表面が特に荒い箇所に集中して測定された。特にBE試料においてはレーザー照射一層目から三層目まで貫く強度比IMg/IAlの値の大きな箇所が,化学処理後の二つの試料AE,DMに比べ局在化して明瞭に測定された。表面観察の結果からも,この強度比の高い箇所は,スマット層ではなく機械加工に誘起されて生成したMgO濃化層を検出した可能性が考えられる。第3層における強度分布図の変化傾向より,DM試料のMgの発光強度が全般に小さくなることが分かる。これはデスマット処理によってスマット皮膜が取り除かれたことに依るものと思われるが,同時にデスマット処理後においてもスマット皮膜が残ることを示している。BE試料とAE試料およびDM試料の強度比分布を比較すると,化学処理が表面のマグネシウム酸化物粒子の除去に寄与していることが見いだされた。これが,その後の表面処理の良否に影響する要因の一つとなっていることが想像される。但し,AE試料とDM試料間で,LBS-LIBS測定で得られたIMg/IAlの強度比分布については明確な差異は認められなかった。この理由として,単発レーザー照射によるクレーター深さがスマット層の膜厚に対して大きいため,深さ方向の情報分解能の不足から,スマット量の増減についての情報が十分に得られなかったことが考えられる。今回使用した試料は通常の生産ラインから抽出したものであり,かなり荒い研磨痕が残存した状態で化成処理が施されている。このような表面状態も単発レーザープラズマの生成に影響を与え,LIBSによる定量評価を難しくした要因であると考えられる。しかしながら,LIBS測定の結果を半定量的に解釈することは可能であり,スマット層は厚い堆積物状のようなものではなく,その深さ方向分解能より小さい膜厚を持つ皮膜状のものであると推定される。

Fig. 5.

Optical microscope images of the BE (a), AE (b), and DM (c) sample surfaces before LIBS mapping, and two-dimensional mappings of the intensity ratio, IMg/IAl, on the BE (a), AE (b), and DM (c) sample surfaces after the first (outermost surface), the second, and the third laser-scanning.

4. 結論

レーザービーム走査型−レーザー誘起プラズマ発光分析法(LBS-LIBS)により,実用アルミニウム合金5056番試料の,化学表面処理による表面層のマグネシウムの三次元分布について測定を行った。マグネシウム酸化物と推定される介在物に起因する,マグネシウムの不均一分布が特に機械研磨後の表面に観察され,化学処理後ではその介在物は消失する傾向にあることがわかった。今回の測定条件における面方向の分解能は外周影響部を含めると200 μm程度,深さ方向の分解能は15 μm程度であり,その値は主にレーザー照射痕の大きさにより決められる。本法は,分析のための試料前処理を必要とせず大気開放下での測定が可能であり,また極めて短時間で結果が得られることから,当該素材の製造現場における欠陥検査法として提案することができる。

謝辞

本報で使用した試料は,(一社)日本アルミニウム協会,アルミニウム合金中の水素分析研究会より提供を受けた。試料の提供に深謝する。また,本研究に使用した測定装置の一部は,科学研究費補助金基盤研究B(17H01903)により購入したものである。

文献
 
© 2018 一般社団法人 日本鉄鋼協会

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