Tetsu-to-Hagane
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Forming Processing and Thermomechanical Treatment
Evaluation of the Performance of Nanofluid as Quenching Coolant
Yutaro UmeharaTomio Okawa Koji Enoki
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2019 Volume 105 Issue 11 Pages 1050-1058

Details
Synopsis:

Nanofluid is a liquid in which nanometer-sized particles are dispersed in base liquid. It is known that the critical heat flux and the wall superheat at the minimum heat flux in pool boiling are improved in nanofluids. In this research, performance of silica-water nanofluid as quenching coolant is explored experimentally since the above-mentioned parameters play important roles in this application. First, we investigated the immersion cooling of high-temperature test piece in the nanofluid; here, the test piece was cylindrical in shape and made of Inconel 718 or SUS304. It was confirmed that the test piece is cooled faster in the nanofluid than in distilled water. It was also found that non-uniformity of temperature in the test piece during quenching is mitigated in the nanofluid. This indicates that the silica nanofluid is considered a promising coolant to avoid the occurrence of hardening crack during quenching. Finally, Vickers hardness test was done for the Inconel 718 test piece. It was shown that the hardness tends to increase with an increase in the cooling rate even under the high cooling rate of about 1000 K/min although the difference of hardness was not noticeable between the experiments using the distilled water and the silica nanofluid as the quenching coolant.

1. 緒言

Inconel 718の熱処理は,主に次に示す3つの工程から構成される1)。(1)溶体化処理:常温では二相で構成される合金を高温下にさらすことで,固溶体を作成する。(2)急冷処理:固溶体を急速冷却し,過飽和固溶体を作成する。(3)時効処理:過飽和固溶体を室温で放置もしくは弱く加熱し,γ’’粒子が析出することで,硬化を生じさせる2,3)。本研究では,2つ目の工程である急冷処理に着目する。なお,急冷処理は,鋼材の熱処理の一種である焼入れでも行われる。この際の冷却材としては,水,油脂,濃厚塩水溶液,鉱物油などが検討されてきた47)。冷却材に水を用いる場合,冷却初期の膜沸騰の際に,高温物体が部分的に蒸気膜で覆われる期間があるため,冷却が空間的に非均一となる。これに伴い,焼割れが生じるなどの問題が報告されている8)。これらの問題の解決策の一つとして,ポリマー水溶液や油などの水以外の冷却液を使用することで,冷却速度を低下させ,冷却の空間的非均一を緩和する手法が提案されている9,10)。しかし,冷却速度の低下の他,ポリマー水溶液は水溶液の経年劣化,油は取り扱いの難しさなどの問題を抱えている11,12)。近年,高温物体を短時間で冷却するのに有効な新規の冷却材として,ナノ流体が注目されている。ナノ流体とは,水や油などのベース液中にナノメートルサイズの微粒子を縣濁させた流体を指す。ナノ流体中のプール沸騰では,限界熱流束(CHF)の向上1319)が,高温物体の冷却では,極小熱流束点温度(TMHF)の向上20)が報告されており,いずれの場合も熱伝達の向上が生じている。これらの熱伝達の向上要因は,伝熱面表面にナノ粒子の層が形成されることにあると考えられている2022)。これより,ナノ流体は水よりも高速の冷却を可能とする冷却材の一つである。

本研究では,蒸留水中にシリカ(SiO2)ナノ粒子を縣濁したナノ流体について,急冷処理用の冷却材としての有効性を実験的に調べる。具体的な検討項目は,浸漬冷却における冷却速度,浸漬冷却中における試験体内温度分布,インコネル718の溶体化処理後の冷却速度が材料硬さに及ぼす影響の3項目である。

2. 実験装置と実験方法

実験に用いるナノ流体は,まず0.4 gのシリカナノ粒子(AEROSIL90G)を200 mlの蒸留水と混合し,次に超音波洗浄機を用いた撹拌を周波数430 kHzで3時間継続することにより作成した23)。シリカナノ粒子(石英ガラス)の物性値をTable 1に示す24,25)。その後,800 mlの蒸留水を加えて冷却液の体積を1 Lとして,シリカナノ流体の濃度を0.4 kg/m3に調整したものを実験に用いた。この粒子濃度は,予備実験の結果26)より,後で述べるナノ流体中での急速冷却を容易に生じるのに十分な粒子濃度条件として設定した。なお,既存研究27)によれば,本研究における低濃度では,ナノ流体の熱伝導率等の物性値の変化は無視できる程度と考えられる。

Table 1. Properties of silica nanoparticle.
Density of silica [kg/m3]2190
Specific heat of silica [J/kg·K]740
Thermal conductivity of silica [W/m·K]1.38
Particle size [nm]10 ~ 200

急冷処理用冷却材としての有効性を明らかにするため,浸漬冷却時の冷却速度,冷却中の試験体内温度分布,溶体化処理後の冷却速度が試験体硬さに及ぼす影響の3項目について,実験的に調べた。試験体の材料は,主にインコネル718とした。ただし,任意の深さの温度計測用穴を加工できなかったため,深い穴を加工する必要のある試験体内温度分布の計測では,SUS304製の試験体を用いた。以下では,各項目の実験方法を述べる。

2・1 浸漬冷却の冷却速度計測実験

Fig.1に本研究で使用した実験装置,Fig.2に試験体の概略を示す。試験体には,直径16 mm,長さ30 mmのインコネル718製円柱を用いた。Fig.2に示すように,直径1.6 mm,深さ15 mmの熱電対挿入穴を,中央と半径6.2 mmの位置の2ヶ所に設けた。温度計測には,測定誤差が-40°C~333°Cで±2.5°C,333°C以上で測定値の±0.75%のK型熱電対を用いた。実験手順を以下に示す。

Fig. 1.

Experimental apparatus. (Online version in color.)

Fig. 2.

Test piece (Inconel 718). (Online version in color.)

1.試験体をアセトンと蒸留水で洗浄する。

2.1 Lの冷却液(蒸留水またはシリカナノ流体)を入れたパイレックスガラス製のビーカーをホットプレート上に配置し,ヒーター加熱により液温を80°C(サブクール度20 K)に調整する。

3.電気炉で試験体を1000°Cに加熱する。

4.試験体を冷却液に浸漬し,試験体温度が冷却液温度と等しくなるまで冷却する。冷却中の沸騰の様子を高速度カメラで撮影するとともに,熱電対による温度データを0.1秒ごとに記録する。

なお,ナノ流体の浸漬冷却では,沸騰中に試験体の表面状態が変化し,熱伝達に影響を及ぼす。このため,手順1,2の後,手順3,4の操作を5回繰り返した。ここで,1回の浸漬で冷却液の温度が4 K程度上昇するため,2回目以降の実験は,サブクール度を20 Kに調整し直してから実施した。なお,初期サブクール度の20 Kは,連続熱処理によって冷却液の温度が上昇し,急冷が相対的に困難となった状況を想定して設定した。

上記の冷却実験で得られる試験体内部の温度履歴より,半径方向一次元の円筒座標系非定常熱伝導方程式を用いて逆問題解析2831)することで,壁面温度と壁面熱流束の時間変化を推定した。Table 2に,インコネル718の物性値の温度依存性を示す32)。本解析では,25°Cと1000°Cにおける物性値の平均値を用いた。

Table 2. Properties of Inconel718 and SUS304.
Density
[kg/m3]
Thermal conductivity [W/m·K]Specific heat [J/kg·K]Thermal diffusivity [mm2/s]
Inconel 718 [32]
25ºC81908.94352.5
1000ºC780626.76205.52
Ave.799817.8527.54.22
SUS304 [33]
25ºC7920164904.12
1000ºC7500286505.74
Ave.7710225705.01

一次元非定常熱伝導方程式を式(1)に,初期条件と境界条件の一般形を式(2)~(4)に示す。壁面温度と壁面熱流束は,これらの式をラプラス変換して算出した。また,式(3),(4)中に含まれる係数Pは,各測定点での温度履歴を最小二乗法で近似することにより求めた。Nk,αは,それぞれ最小二乗法近似の際の次数,温度伝導率を表す。

  
1αTt=1rr(rTr)(1)
  
T|t=0=T0(2)
  
T|r=r1=T1(t)=T0+k=0NkPk,1tk/2Γ((k/2)+1)(3)
  
T|r=r2=T2(t)=T0+k=0NkPk,2tk/2Γ((k/2)+1)(4)

上記の逆解析による壁面温度と壁面熱流束の算出では,熱電対による温度計測誤差の他,熱電対の測温位置に関する誤差,半径方向一次元の仮定に起因する誤差が生じる。測温位置については,熱電対の直径が1.6 mmのため,半径方向に±0.4 mmの誤差を仮定して逆解析を行ったところ,これに起因する熱流束の最大誤差は,±20%と見積もられた。次に,本実験体系における基本的な熱移動は,高温物体から冷却液に向かって半径方向に生じる。このため,冷却液に水とナノ流体を用いた場合における冷却性能の定性的比較検討は,半径方向一次元の仮定の下でも十分に実施可能と仮定して解析を実施した。ただし,高温物体の浸漬冷却では,軸方向に急峻な温度勾配が形成され得るため,より定量的評価を行う場合には,軸方向温度分布の影響を考慮する必要がある。

2・2 浸漬冷却中の試験体内温度分布計測実験

浸漬冷却中に,試験体の内部に生じる温度非均一について実験的に調べた。本実験では,熱電対挿入穴の製作上の都合により,試験体には,直径15 mm,長さ30 mmのSUS304製円柱を用いた。なお,Table 2に示すように,SUS30433)とインコネル718の物性値は同オーダーであるため,両者の内部で生じる温度変化は,定性的に同様と考えられる。

Fig.3に示すように,円柱側壁から4 mm(半径3.5 mm)の位置の2ヶ所に,直径1.6 mmの熱電対挿入穴を設けた。冷却中の試験体内部における軸方向温度非均一に関する実験情報を得るため,穴の深さは円柱の上端面より5 mmおよび20 mmとした。実験手順は,2・1節で述べた冷却速度計測実験と同様である。

Fig. 3.

Dimension of the test piece (SUS304).

2・3 時効硬化による試験体硬さの計測実験

インコネル718材は,時効硬化により材料の硬度が上昇する2,3)。得られる硬度は,溶体化処理後の冷却速度に依存するため34),4種類の方法(炉冷,空冷,蒸留水浸漬冷却,シリカナノ流体浸漬冷却)で冷却するとともに,ビッカース硬さ試験を行った。実験における時効硬化の方法は,冷却速度と硬度の関係を報告しているAokiらの方法34)を参考にした。以下に実験手順を示す。

1.試験体をアセトンと蒸留水で洗浄する。

2.試験体を電気炉内にて,1025°Cで10分間保持する。

3.1回目の冷却:サブクール度20 Kの1 Lの冷却液に試験体を浸漬し,冷却液の温度と等しくなるまで冷却する。冷却液には,2回目の冷却が蒸留水浸漬冷却,空冷,炉冷の場合には蒸留水,シリカナノ流体浸漬冷却の場合にはシリカナノ流体を用いる。

4.冷却した試験体を再び電気炉に入れ,982°Cで1時間,溶体化処理を行う。

5.2回目の冷却:溶体化処理の後,上述した4種類の方法のいずれかで試験体を冷却する。

6.試験体を再び電気炉に戻し,718°Cで8時間保持する。その後,621°Cまで炉冷し,この状態を8時間保持する。

7.試験体に空冷(室温25°C)を施し,時効処理を完了する。

8.試験体の中心(円柱の両端面より15 mmの位置)で試験体をカットし,円柱の側面より0.5 mmの位置から0.5 mmおきに,10点でビッカース硬さを計測する。計測時の負荷荷重は1 kgf,負荷時間10 sとする。

3. 実験結果および考察

3・1 浸漬冷却の冷却速度

3・1・1 蒸留水中での浸漬冷却

高温の試験体を蒸留水に浸漬したときに試験体の半径6.2 mmの位置で計測された温度履歴をFig.4(a)に,温度履歴の測定結果に逆解析を施して得られた壁面過熱度ΔTwallと壁面熱流束の関係(沸騰曲線)をFig.4(b)に示す。また,2回目の冷却中における沸騰状況の高速度カメラによる観察結果をFig.5に示す。ここで,熱電対による温度計測では,沸騰曲線で時間的に初めて変曲点が生じるときの時刻をt=0,高速度カメラによる観察では,熱電対の測温部である下端から15 mmの部分が冷却液中に没した瞬間をt=0として,両者の同期をとった。

Fig. 4.

Cooling characteristics during quenching of high-temperature test piece (Inconel718, φ16×30 mm) in distilled water. Cooling curves are constituted by thermocouple is located at 1.8 mm from the wall. Boiling curves are calculated by inverse problem. (Online version in color.)

Fig. 5.

Observation of boiling during quenching of high-temperature test piece (Inconel718, φ16×30 mm) in distilled water. (Online version in color.)

まずFig.4より,蒸留水中では,浸漬冷却を繰り返しても,冷却特性に目立った変化は生じていない。次に,Fig.5より,蒸留水中の冷却特性を次のように解釈できる。まず,初期温度約1000°Cの高温の試験体を蒸留水中に浸漬すると,試験体は蒸気膜で覆われ,膜沸騰状態となる(Fig.5(a))。このとき,試験体と冷却液は蒸気膜によって隔てられるため,熱流束が低い値となる。その後,過熱度の低下とともに熱流束も低下していく。ΔTwallが極小熱流束点の過熱度ΔTwallTMHF=516 K程度まで低下すると,試験体の底部近くで蒸気膜の崩壊が開始し(Fig.5(b)),沸騰様式が遷移沸騰に移行する。この後,蒸気膜で覆われる領域が徐々に減少して,熱流束が上昇に転じる(Fig.5(c))。Fig.5(d)で,蒸気膜崩壊領域が温度測定高さに達し,ΔTwallが限界熱流束点の過熱度ΔTwallTCHF=159 K程度で限界熱流束点を迎える。過熱度が急速に低下するため,その後は,沸騰が終了して冷却様式が対流冷却に移行し,熱流束も低下していく。以上をまとめると,蒸気膜が一定時間維持された後,試験体の下部から上部に蒸気膜の崩壊が進展する結果,試験体の冷却様式は,膜沸騰,遷移沸騰,核沸騰,対流冷却と推移することが確認できた。

3・1・2 シリカナノ流体中での浸漬冷却

シリカナノ流体に浸漬した場合の温度履歴と沸騰曲線をFig.6に示す。Fig.6(b)に示すように,シリカナノ流体では,浸漬回数の増加とともに極小熱流束点温度TMHFが上昇した。Fig.6(a)Fig.4(a)と比較すると,1回目の冷却で既に蒸留水よりもやや短時間で冷却が完了し,2回目以降では冷却時間がさらに短縮されることがわかる。また,Fig.6(b)Fig.4(b)と比較すると,すべての過熱度領域で,シリカナノ流体の方が熱流束の値が高くなっていることがわかる。これより,シリカナノ流体中では,TMHFの飛躍的な上昇と熱流束の増大に起因して,蒸留水中よりも冷却速度が大きく増加したといえる。

Fig. 6.

Cooling characteristics during quenching of high-temperature test piece (Inconel718, φ16×30 mm) in silica-water nanofluid. Cooling curves are constituted by thermocouple is located at 1.8 mm from the wall. Boiling curves are calculated by inverse problem. (Online version in color.)

沸騰の様相は,1回目の冷却では蒸留水の場合と定性的に同様であったが,2回目以降では大きく異なった。2回目の冷却中における沸騰様相の観察結果をFig.7に示す。浸漬直後は,蒸留水の場合と同様に,試験体周囲は蒸気膜に覆われ,膜沸騰状態となる(Fig.7(a),(b))。しかしながら,Fig.7(b)の直後(ΔTwallTMHF=774 K)に,試験体の表面全域で蒸気膜が一挙に崩壊し,試験体が多数の小気泡によって覆われ,熱流束が急激に上昇した(Fig.7(c))。その後,小気泡が成長して(Fig.7(d)),Fig.7(g)に示すように,ΔTwallTCHF=505 Kの高過熱度条件で1回目の限界熱流束状態を迎えた。その後,熱流束が一旦低下した後,蒸留水中の沸騰状態であるFig.5(c)と類似の状況となり(Fig.7(e)),核沸騰域が温度計測点に達したところで2回目の限界熱流束状態に至った(Fig.7(f))。

Fig. 7.

Observation of boiling during quenching of high-temperature test piece (Inconel718, φ16×30 mm) in silica-water nanofluid. (Online version in color.)

Fig.8に,各浸漬の後の試験体表面の様子を示す。浸漬回数の増加とともに,試験体の表面により多くのナノ粒子が付着している様子が見える。伝熱面上に形成されるナノ粒子の層の影響によって,熱伝達の向上が報告されており1922),本実験でも,ナノ粒子層の形成によって冷却特性が変化したことが示唆される。Kikuchiら35)は,母材金属より熱伝導率の低い物質が金属表面に付着すると,接触面温度が低下するため,蒸気膜が早期に崩壊して核沸騰に移行することで,冷却が促進されると報告している。これより,本実験でも,主に母材の金属よりも熱伝導率の低いナノ粒子が付着したことに起因して,TMHFが向上したものと考えられる。

Fig. 8.

Photos of test piece (Inconel718, φ16×30 mm) after quenching (taken after 1st to 5th cycles). (Online version in color.)

なお,Fig.7(c)に示すような特異な沸騰が2回目の浸漬で生じるには,一定以上の濃度が必要である。例えば,粒子濃度が0.2 kg/m3では5回目の浸漬でも生じず,粒子濃度が0.3 kg/m3では3回目の浸漬で初めて同様の沸騰現象が生じた26)

3・2 浸漬冷却中の試験体内温度分布

2回目の冷却において,試験体の上端より5 mm(Shallow)および20 mm(Deep)の位置で計測された温度履歴をFig.9に示す。まず,蒸留水の場合,膜沸騰の期間中はShallowにおいて冷却がより急速に進んでいる。これは,Shallowの位置が円柱の上端から5 mmであるのに対し,Deepの位置は下端から10 mmであるため,端面での冷却を反映したものと考えられる。次に,Fig.5に示したように,蒸気膜の崩壊は円柱の底部から上方に進展するため,核沸騰による急冷はDeepで先に開始している。Shallow-Deep間の温度差ΔTSD(=TShallow-TDeep)の時間変化をFig.10に示す。急冷が開始するタイミングのずれに起因して,時刻38 sで温度差が最大値130 Kに達している。

Fig. 9.

Temperature transients measured at two elevations within the test piece (SUS304, φ15×30 mm). (Online version in color.)

Fig. 10.

Transients of temperature difference between the two elevations within the test piece (SUS304, φ15×30 mm). (Online version in color.)

次に,シリカナノ流体中の浸漬冷却で生じる温度差について考察する。Fig.9に示すように,冷却開始直後の膜沸騰期間中は,蒸留水中と同様に,Shallowの位置で冷却が早く進んでいる。この原因は,蒸留水の場合と同様に,円柱端面における冷却が影響していると考えられる。次に,900°C程度で急冷を開始するが,Fig.7(c)に示すように試験体の表面全域でほぼ同時に沸騰が開始するため,温度差は小さい。その後,Fig.7(e),(f)に示すように核沸騰領域が上方に向かって広がる段階で,蒸留水の場合と同様にDeepで先に温度低下が開始している。この結果,Fig.10に示すように,時刻14 sでΔTSDが最大となるが,蒸留水の場合よりも低い90 Kに抑えられている。以上より,シリカナノ流体を冷却液として用いた場合,蒸留水の場合と比較して,急冷中に物体内部に形成される軸方向の温度勾配を緩和できるため,焼割れや焼入れ変形等の欠陥を生じる確率を低減できると考えられる。

3・3 時効硬化による試験体硬さ

溶体化処理の後,炉冷,空冷,蒸留水浸漬冷却,シリカナノ流体浸漬冷却により,インコネル718試験体の冷却を行った。各冷却方法の場合に,試験体の中央部で計測された温度履歴をFig.11(a)-(d)に示す。また,先行研究34)を参考に,982°Cからそれぞれの冷却で600°Cまで冷却するのに要した時間より平均冷却速度を中心(r=0)・壁面近傍(r=6.8 mm)での測温履歴から算出した。平均冷却速度の計算結果をTable 3に示す。中心位置での冷却速度は,炉冷,空冷,蒸留水浸漬冷却,ナノ流体浸漬冷却の順で速くなり,炉冷を基準として,空冷では16倍,蒸留水浸漬冷却では74倍,シリカナノ流体浸漬冷却では175倍となっている。

Fig. 11.

Transient of test piece (Inconel718, φ16×30 mm) temperature during cooling after solution treatment. (Online version in color.)

Table 3. Time-averaged cooling rate.
Cooling method Vave [K/min]Furnace coolingAir coolingQuenching in distilled waterQuenching in silica nanofluid
r = 012.82149582243
r = 6.212.82229402319

中心位置での冷却速度と試験体硬さの関係をFig.12に示す。ここで,本研究ではビッカース硬さを計測したが,先行研究34)との比較のため,Fig.12にはロックスウェル硬さに変換した結果を示した。また,図中のプロットは10回の硬さ計測から最大値と最小値を除いた8個のデータの平均値,誤差棒は平均値の計算に用いた8個のデータの最大値と最小値を表す。先行研究では,溶体化処理後の冷却速度の増加とともに材料の硬さが向上する傾向が報告されている。本実験では先行研究よりも1オーダー速い冷却速度が得られているが,この領域でも同様の傾向が認められる。ただし,シリカナノ流体を用いて冷却した場合の硬さは蒸留水の場合と同程度であり,より硬さに優れたインコネル718材を得るためには,さらなる冷却速度の向上が必要と考えられる。このため,さらに高速で冷却が可能な方策について検討するとともに,引張試験や材料組織観察を通して,材料の機械的特性に及ぼすナノ流体の有効性を総合的に検討することが重要と考えられる。

Fig. 12.

Hardness of test pieces (Inconel718, φ16×30 mm) measured after age-hardening. (Online version in color.)

4. 結言

シリカナノ流体の急冷処理用冷却材としての有効性について,実験的に検討した。得られた主な知見を以下に示す。

(1)シリカナノ流体中の浸漬冷却では,膜沸騰時に高温壁と冷却液を隔てる蒸気膜が早期かつ一挙に崩壊するため,蒸留水中よりも冷却が急速に進行する。高温壁の表面に形成されるナノ粒子層が,冷却を促進する主要因の一つと考えられる。

(2)蒸留水中では,蒸気膜の崩壊に長時間を要するため,核沸騰と膜沸騰が混在する期間が長期化した。一方,シリカナノ流体中では,蒸気膜の崩壊が試験体の周囲でほぼ同時に生じた。この結果,シリカナノ流体を使用することで,急冷の最中に生じる試験体内部の最大温度差が緩和された。これは,焼き割れや焼入れ変形等の欠陥の発生を低減する上で,好ましい性質と考えられる。

(3)溶体化処理後の冷却速度が,時効硬化によるインコネル718の硬度に及ぼす影響を調べた。冷却液に蒸留水やシリカナノ流体を用いた場合,冷却速度は1000 K/min程度になるが,この高速冷却条件でも,冷却速度の増加とともにインコネル718の硬度が向上する傾向が認められた。ただし,冷却液にシリカナノ流体を用いた場合の硬さは蒸留水の場合と同程度であり,硬さに優れたインコネル718材を得るためには,さらに高速で冷却を行う必要があると考えられることを示した。

謝辞

逆問題解析および温度計測方法で有益な助言を頂いた劉維准教授(九州大学工学研究院)に謝意を表する。

文献
 
© 2019 The Iron and Steel Institute of Japan

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https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
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