Tetsu-to-Hagane
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Crystal Plasticity Simulation on Effect of Heterogeneous-nanostructure Induced by Severe Cold-rolling on Mechanical Properties of Austenitic Stainless Steel
Yoshiteru Aoyagi Chihiro WatanabeMasakazu KobayashiYoshikazu TodakaHiromi Miura
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2019 Volume 105 Issue 2 Pages 262-271

Details
Synopsis:

Severe plastic deformation has attracted interests as one of the breakthrough procedures to improve various properties of metals and alloys. Recently, it has been revealed that heavy cold rolling of some kinds of austenitic stainless steels can cause ultrafine-grained structure comparable with those achieved by severe plastic deformation. Coarse initial grains were fragmented by deformation induced microstructure to develop heterogeneous nanostructure. Tensile strength of heterogeneous-nanostructured stainless steel exceeds 2 GPa. It is considered that high strength of heterogeneous-nanostructured metals is attributed to such peculiar microstructure with dispersed “eye-shaped twin domains”. In this study, microstructural mechanisms and factors which contribute to macroscopic strength of heterogeneous-nanostructured austenitic stainless steel were evaluated on the basis of multiscale crystal plasticity simulation. Microstructure of heavily cold-rolled SUS316LN austenitic stainless steel was investigated by transmission electron microscopy, and stress-strain curves were attained by tensile tests. It was observed that microstructure of SUS316LN manufactured by 92% cold rolling was composed of deformation nano-twins, shear bands, and lamella structure. Evaluation of mechanical properties of heterogeneous-nanostructured SUS316LN was conducted using crystal plasticity finite element simulation considering microstructural information, such as dislocation density, crystal orientation, shape of grains, and dislocation sources. Information of microstructure obtained by electron backscatter diffraction, e.g. geometry of heterogeneous nanostructures and crystal orientation, were introduced to computational models for multiscale crystal plasticity simulation. It was revealed that deformation behavior depends on the tensile direction and the strength increases with the increase of volume fraction of twin domains as well as nano-twin and lamellar inter-spacings.

1. 緒言

望ましい材料特性を得るために,金属材料には合金化,熱処理および表面処理などが行われている。しかし,近年の材料加工においては,高水準な材料特性が求められるだけでなく,環境,資源およびエネルギーなどへの配慮に対する要求も高くなってきている。高度で多面的になる要求に従来の材料開発法のみで応えていくのは困難になりつつある。そこで,以上のような要求に同時に応えられる画期的な方法として巨大ひずみ加工による結晶粒超微細化が注目されている15)。巨大ひずみ加工を施した金属材料は加工前の粗粒材と比較して優れた機械的特性を示すばかりでなく611),化学組成の変更および複雑な熱処理を必要としないため環境,資源およびエネルギーの点においてもブレイクスルーとなり得るとして期待が大きい。一方で,巨大ひずみ加工材料の特異な機械的特性は超微細結晶粒組織に起因すると考えられるため,巨視的機械的特性を発現する微視的メカニズムの解明が重要である。近年では,巨大ひずみ加工を用いて,結晶粒の均一な超微細化ではなく階層的あるいは複合的に複雑な微細組織の導入による機械的特性の向上が試みられている。積層欠陥エネルギーの低い金属は,塑性変形において転位の運動によるすべり変形だけでなく変形双晶および積層欠陥の形成が可能である。Morikawaら12)およびNakao and Miura13)はオーステナイト系ステンレス鋼に強ひずみまたは巨大ひずみ加工を施すと,一部または全域に変形双晶を形成し,非常に高い強度を示すことを報告した。その中で,巨大ひずみ加工の一種である多軸鍛造加工を施したSUS316オーステナイト系ステンレス鋼の降伏応力は2 GPaを超えることが報告されている13)。オーステナイト系ステンレス鋼は耐食性および加工性が優れており広い分野で需要が大きいため,化学組成の変更を必要としない巨大ひずみ加工による高強度化が期待される。また,単純な結晶粒の微細化だけでなく変形双晶誘起の微細組織に起因する高強度化のメカニズムの解明は,他の金属材料への応用も期待される。近年では,双晶による高強度化の研究が進んでおり1518),冷間で単純強圧延を施したオーステナイト系ステンレス鋼において圧延によるラメラ組織,変形双晶,そして,せん断帯を含む「ヘテロナノ組織」19)が形成し,巨大ひずみ加工によって作製された超微細結晶粒材に匹敵する高強度化が達成されている。このヘテロナノ組織における変形挙動を評価することで更なる高強度化が期待される。単純強圧延によるヘテロナノ組織の発達と高強度化は,巨大ひずみ加工では困難であった大量生産や工業化に適しているだけではなく,巨大ひずみ加工材の機械的特性を凌ぐ可能性が報告され始めた13,14)。しかし,変形双晶を含む複合的な微細組織を有する材料が特異な力学挙動を発現する微視的メカニズムはまだ十分に解明されていない。

そこで本研究では強圧延を施したオーステナイト系ステンレス鋼の強度に影響を及ぼす微視的影響因子の解明を目的として,まず,強圧延誘起微細組織の形態や結晶学的情報を明らかにするため,単純冷間強圧延を施したSUS316LN材に対する透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscopy,TEM)による組織観察結果20)を示す。また,実験および解析で得られる応力−ひずみ線図を比較して組織観察結果を考慮した解析手法がヘテロナノ組織の変形挙動を表現できることを示す。さらに,ヘテロナノ組織がマクロな材料強度に及ぼす影響を検討するため,引張方向,ヘテロナノ組織を構成するそれぞれの組織の幾何学的寸法および体積分率を疑似的に変更して有限要素解析を行った。強圧延を施したSUS316LN材の変形双晶バンド幅,小角粒界に囲まれたサブグレインの粒径およびラメラ間隔はナノオーダとなるため,転位源を持たない粒が存在する。このような粒では,塑性変形は転位の粒界の通過,粒界からの転位の発生あるいは発生した転位による新たな転位源の活動などによって起こると考えられる。そこで本研究では,著者らが提案した転位源挙動を表現する結晶塑性モデル21)を数値解析へ適用した。ヘテロナノ組織内の構造を変更した場合の解析結果を比較し,強度に影響を及ぼす微細組織の評価を行うことで,ヘテロナノ組織を有する材料の特異な力学挙動の発現メカニズムについて考察した。

2. 実験方法・結果

本章では,単純強圧延を施したオーステナイト系ステンレス鋼が有する微細組織を明らかにし,有限要素解析に反映させるため,既報20)にて報告されているヘテロナノ組織の概要および力学特性を簡単に示す。本研究では,厚さ6.3 mmのオーステナイト系ステンレス鋼SUS316LNの熱間圧延板に対し,厚さが0.5 mmになるまで冷間圧延(圧延率約92%)を施した試料に対する組織観察および力学特性測定を行った。

2・1 TEMによる組織観察

92%の冷間圧延を施したSUS316LN材に対し,数値解析で使用する微細組織の形態および結晶方位を測定した。測定にはTEMを用い,圧延方向(Rolling Direction,RD),圧延面法線方向(Normal Direction,ND)および圧延ロール方向(Transverse Direction,TD)から観察を行った。

Fig.1にTEMを用いてTDより観察した明視野像を示す。組織は,Fig.1の中心部に観察されるNDに垂直な双晶境界面を持つ変形双晶領域,その周りを囲む領域に存在するせん断帯およびさらにその領域の外側のRDに伸長したラメラ状組織の3種類の組織に分類できる。双晶領域中の双晶面間隔(双晶境界間隔)dtは20±2 nm,ラメラ境界間隔dlは100±20 nmおよびせん断帯幅dsは90±20 nmであった。Fig.1における領域1から領域4における電子回折パターンをFig.2に示す。いずれの領域においても[011]がTDとほぼ平行となっており,変形双晶である領域1では双晶境界(//(111))がND面とほぼ平行となっていた。領域2(ラメラ状組織部),領域3および領域4(せん断帯部)では領域1の双晶1の結晶方位に対して[011]を回転軸としてそれぞれ48.1°,50.6°および39.2°回転した結晶方位が得られた。電子回折パターンから[011]を回転軸とした[111]のばらつきは領域2で10°,領域3で16°および領域4で25°程度であり,ラメラ状組織およびせん断帯内が小角粒界に囲まれていることが確認された。

Fig. 1.

TEM micrograph of severely cold-rolled SUS316LN stainless steel. Incident beam direction is parallel to TD.

Fig. 2.

Selected area diffraction patterns of severely cold-rolled SUS316LN stainless steel obtained from the regions depicted in Fig.1.

2・2 引張試験による応力−ひずみ関係の測定

ヘテロナノ組織を有するSUS316LN材のRDおよびTDに対し引張試験を行い応力−ひずみ関係を測定した。Fig.3に得られた応力−ひずみ線図を示す。引張試験片ゲージ部に貼付したひずみゲージで測定したヤング率は引張方向がRDの場合は177 GPaおよびTDの場合は233 GPaであった。0.2%耐力は引張方向がRDの場合は1411 MPaおよびTDの場合は1548 MPaであった。いずれの値も,引張方向がTDの場合の方がRDの場合より大きくなる傾向を示した。

Fig. 3.

Experimental stress-strain curves of a severely cold-rolled SUS316LN stainless steel. Tensile axis is parallel to RD or TD.

3. マルチスケール結晶塑性モデル

本研究では,引張試験を想定し,著者らが提案したマルチスケール結晶塑性モデル21)を用いた有限要素解析を行った。結晶塑性論における弾粘塑性構成式が次式のとおりである。

  
T=Ce:DCe:α(s(α)m(α))Sγ˙(α)(1)

ここで,TはCauchy応力の共回転速度,Ceは弾性係数テンソル,Dは変形速度テンソル,s(α)はすべり方向の単位ベクトルおよびm(α)はすべり面の法線方向の単位ベクトルである。すべり速度γ˙(α)に対するひずみ速度依存型の硬化則として,次式で表されるPan-Rice型のすべり速度硬化則22)を用いた。

  
γ˙(α)=γ˙0(α)(τ(α)g(α))|τ(α)g(α)|1m1(2)

ここで,γ˙0(α)は参照すべり速度,τ(α)は分解せん断応力,g(α)は流れ応力およびmはひずみ速度感度指数である。また,流れ応力g(α)の発展式はすべり系の相互作用を考慮した硬化係数h(αβ)を用いて次式で表される。

  
g˙(α)=βh(αβ)|γ˙(β)|(3)

ここで,h(αβ)はすべり系間の相互作用を表す硬化係数マトリクスである。流れ応力に転位密度の情報を考慮する場合は多重すべり系に拡張されたBailey-Hirshの式23)

  
g(α)=τ0(α)+βΩ(αβ)aμb˜ρd(β)(4)

を適用する。ここで,τ0(α)は参照流れ応力,Ω(αβ)は各すべり系間の転位相互作用行列23)aは0.1オーダの数値係数,μは横弾性係数,b˜はBurgersベクトルの大きさおよびρd(β)はすべり系βに蓄積された転位密度である。転位密度の定義には,著者らが提案した次式に示すすべり変形に伴う蓄積転位密度21)を用いる。

  
ρ˙d(α)=(1kρd(α))rρfb˜|γ˙(α)|(5)

ここで,kは転位の対消滅率,rは残留転位の平均長さおよびρfは林立転位密度である。拡張Bailey-Hirshに時間微分を施し,その結果に式(5)を代入することによって,転位密度に基づく硬化係数が次式のように求められる。

  
h(αβ)=aμr2Ω(αβ)ρfρd(β)(1kρd(β))(6)

超微細結晶粒材料やナノ双晶を有するヘテロナノ材料は転位がほとんど存在しない領域,すなわち転位密度が極めて低い領域が存在する。このような領域では転位源が存在しないために臨界分解せん断応力が完全結晶を想定した理想せん断強度に近づくと考えられる。この場合,転位はまず粒界から発生するか,他の粒で発生した転位が粒界を跨いで伝播し,それらの転位が新たな転位源を形成すると考えられる。したがって,転位密度が低い場合,臨界分解せん断応力は転位密度だけでなく,転位源の数および粒界にも大きく影響を受ける。本解析では,転位源および転位源としての粒界の情報を考慮して,既報21)と同様に結晶塑性論における流れ応力g(α)を次式のようにモデル化した。

  
g(α)=max{τd(α),min(τs(α),τm(α),τg(α))}(7)

ここで,τd(α)τs(α)τm(α)およびτg(α)はそれぞれ蓄積転位,初期転位源,可動転位および結晶粒界の存在に起因する流れ応力である。式(7)におけるτd(α)は拡張したBailey-Hirshの式を適用する。すなわち

  
τd(α)=τ0(α)+βΩ(αβ)aμb˜ρd(β)(8)

となる。式(8)におけるτ0(α)はmin(τs(α)τm(α)τg(α))に置き換えることができるが,min(τs(α)τm(α)τg(α))が極めて小さい場合にはg(α)が零に近づき,式(2)で表されるすべり速度が発散してしまうため計算が実行できない。そのため,本解析ではτ0(α)を式中に残し,数値解析の際には解析結果に影響を与えない程度の小さい値を代入する。一方,τs(α)τm(α)およびτg(α)はそれぞれ次式で与えられる,転位源となり得る各サイトから転位を放出あるいは転位が運動する際の分解せん断応力の値である。

  
τs(α)=12(τPτFR)+tanh(cρs(α)ρscρsr)+12(τP+τFR)(9)
  
τm(α)=12(τPτMD)+tanh(cρgn(α)ρmrρmr)+12(τP+τMD)(10)
  
τg(α)=12(τPτGB)+tanh(cϕg(α)ϕrϕr)+12(τP+τGB)(11)

ここで,τPは理想せん断強度,τFRはFrank-Read源が活動するせん断応力,cは数値パラメータ,ρs(α)は転位源の転位密度,ρscはFrank-Read源に関するしきい値,τMDは可動転位が移動するせん断応力,ρgn(α)は可動転位密度,ρmrは可動転位に関するしきい値,τGBは結晶粒界から転位が放出されるのに必要なせん断応力,φg(α)は方位差パラメータおよびφrは方位差に関するしきい値である。式(9)から式(11)は転位密度や方位差パラメータがしきい値を超える際の臨界分解せん断応力の低下を表現する。理想せん断強度τP,Frank-Read源が活動するせん断応力τFR,可動転位が移動するせん断応力τMD,転位源の転位密度ρs(α),可動転位密度ρgn(α)および方位差パラメータφg(α)はそれぞれ次式で表される。

  
τP=μb˜2πh(12)
  
τFR=μb˜l(13)
  
τMD(α)=12(τPNτGT)+tanh(cϕg(α)ϕrϕr)+12(τPN+τGT)(14)
  
ρs(α)=eρd(α)(15)
  
ρgn(α)=ρgn(α)=1b˜(s(α)m(α))×γ(α)(16)
  
ϕ g ( α ) =| curl m ( α ) | (17)

ここで,hはすべり面間の距離,lは転位源の大きさ,τPNはPeierls-Nabarro応力に基づくせん断応力,τGTは可動転位が結晶粒界を飛び越えるのに必要なせん断応力,eは転位密度に対する転位源密度の割合に関する係数およびρgn(α)はGN転位密度テンソル24)である。式(7)は,塑性変形は最も活動しやすい転位源(τs(α)τm(α)およびτg(α))から開始するが,蓄積転位が転位運動へ与える抵抗(τd(α))との大小関係によって流れ応力が決定されることを示している。すなわち,転位源が活動しやすい状態では流れ応力は蓄積転位に支配され式(4)と同様の挙動を示すが,転位源が活動しにくい超微細粒材料やヘテロナノ材料などでは転位源挙動が降伏挙動を支配することを示す。

均一に近い連続分布を仮定して初期転位密度を設定すると,ヘテロナノ材料のような双晶間隔がナノオーダである材料に対しては転位密度が極端に低い領域を表現することはできない。本解析では円盤状の転位源形状を仮定し,ある大きさの転位源を離散的に配置することによって,ヘテロナノ材料の初期状態を模擬する。既報21)と同様に,位置xにおける初期転位密度ρd0(α)を次式で与える。

  
ρd0(α)(x)=insρs0(α){12tanh(c|xμ(i)|l/2l/2)+12}(18)

ここで,nsは解析領域内の転位源の数,ρs0(α)は初期転位源密度およびμ(i)は転位源の中心を示す位置ベクトルである。転位源の数nsは次式で与えられる。

  
ns=2dρt0A3πl(19)

ここで,dは平均結晶粒径,ρt0は全初期転位密度およびAは解析モデルの面積である。また,初期転位源密度ρs0(α)は次式のように求められる。

  
ρs0(α)=6dl(20)

式(20)を式(19)に代入し整理すると全初期転位密度ρt0が次式のように求められる。

  
ρt0=ρs0(α)nsπ(l2)2(21)

本モデルを用いた結晶塑性シミュレーションの特徴として,転位源や粒界からの転位の放出やGN転位を介した転位の隣接粒への伝播といった,超微細組織における転位挙動を直接表現可能となっており,本報で対象としているようなナノオーダの組織を有する金属材料の微視的塑性変形挙動を検討するのには適していると考えられる。

4. 数値解析結果および考察

4・1 有限要素解析モデル

本解析ではFCC構造を有するオーステナイト系ステンレス鋼を想定し,FCCの12すべり系を考慮した結晶塑性シミュレーションを行った。用いた材料定数および材料パラメータをTable 1に示す。Burgersベクトルの大きさb˜,横弾性係数μおよび異方性弾性係数C11C12およびC4425)などの材料定数に関しては化学組成の近いステンレス鋼の値を用い,参照すべり速度γ˙0,参照流れ応力τ0(α),ひずみ速度感度指数m,Peierls-Nabarro応力に基づくせん断応力τPN,結晶粒界から転位が放出されるのに必要なせん断応力τGB,可動転位が結晶粒界を飛び越えるのに必要なせん断応力τGT,Frank-Read源に関するしきい値ρsc,可動転位に関するしきい値ρmrおよび方位差に関するしきい値φrといった実験では測定が極めて困難な材料パラメータに関しては文献値21)を参考に決定し,初期転位密度ρ0(α),転位の対消滅率k,蓄積転位長さr,転位源サイズlおよび数値定数aは実験で得られた応力−ひずみ関係との比較により同定した。

Table 1. Material constants and material parameters used in multiscale crystal plasticity simulation.
Elastic shear modulus μ75.2 GPa
Anisotropic elastic modulus C11191.1 GPa
Anisotropic elastic modulus C12117.8 GPa
Anisotropic elastic modulus C44138.5 GPa
Magnitude of burgers vector b˜0.257 nm
Referential slip rate γ˙00.001 s–1
Referential flow stress τ0(α)1 MPa
Strain rate sensitivity m0.005
Numerical number a1
Critical shear stress based on Peierls-Nabarro stress τPN10 MPa
Minimum shear stress for dislocations released from grain boundaries τGB3000 MPa
Minimum shear stress when dislocation traverse grain boundaries τGT1000 MPa
Reference density of dislocation source ρsc1.0×1010 m–2
Reference mobile dislocation density ρmr1.0×1013 m–2
Threshold of misorientation φr3.0×107
Initial dislocation density ρ0(α)1.0×1013 m–2
Annihilation ratio k2.0×10–14 m2
Mean length of remaining dislocation lines r17.7 nm
Size of dislocation source l20 nm

2・1節に示した強圧延を施したSUS316LN材の組織観察結果に基づき,ヘテロナノ組織に見られる目玉状組織部を簡素化して作製した有限要素解析モデルをFig.4に示す。Fig.4において左および中央の分布はNDおよびRDに対する結晶方位を表し,黒線は方位差15°以上の大角粒界に相当する。解析モデルにおけるx方向はNDと一致しており,y方向はRDと平行である。なお,解析モデルにおける結晶方位をx軸(ND)に対して90°回転させ,引張方向がTDと一致するような方位分布を有する解析モデルも作製して解析を行い,引張方向による変形挙動の差異を考察した。実際には目玉状組織はTDに若干伸張した形状となっている26)が,そのアスペクト比にはばらつきがあり,また,その形状を圧延加工によって制御するのは困難である。そこで本解析では,計算の簡単化のため形状の影響を取り除き,圧延加工によって制御することが可能であると考えられる双晶領域の体積分率,双晶境界間隔およびラメラ間隔あるいはせん断帯幅を変化させ,RDおよびTDに対する引張変形挙動を調査する。Fig.4の右の分布はある一つのすべり系における初期の転位源の分布を表しており,青色の領域は転位源に相当する。転位源は各粒の中央に配置するようにし,どの粒に配置するかは無作為に選択した。双晶,せん断帯およびラメラ状組織の各境界を直線で近似し,双晶間およびラメラ状組織間の境界をy方向(RDあるいはTD)と平行とした。解析モデルは計算時間の短縮のため,2次元の平面応力状態を仮定した。全方向に周期境界条件を適用し,x方向に対する荷重が零になるように解析領域の頂点を制御し,公称ひずみが0.05となるまでy方向へ強制変位を与えて引張試験を模擬した。2・1節の測定結果に基づき双晶境界間隔を20 nm,ラメラ状組織間隔を100 nmおよびせん断帯幅を90 nmとした。双晶領域ではFCC金属の2種類の双晶の結晶方位を双晶境界を境に交互に与えた。ラメラ状組織の境界は小角粒界であるため,境界に囲まれた各ラメラ状組織に測定した結晶方位から最大15°のゆらぎを持つ結晶方位をランダムに与えた。同様に,せん断帯は微小なサブグレインによって構成されているため,せん断帯内の各要素に測定した結晶方位から最大15°のゆらぎを持つ結晶方位をランダムに与えた。解析モデルは三角形要素を用いて,節点数38 756および要素数76 670に分割した。

Fig. 4.

Computational model of heterogeneous-nanostructure for multiscale crystal plasticity simulation. (Online version in color.)

双晶境界間隔,ラメラ状組織間隔およびせん断帯幅の影響を考察するために,Fig.4に示す解析モデルにおける双晶境界間隔,ラメラ状組織間隔およびせん断帯幅を変更して有限要素解析モデルを作製した。双晶境界間隔dtを50 nm,100 nm,ラメラ状組織間隔dlを250 nm,500 nmおよびせん断帯幅dsを45 nm,120 nmと変更し解析を行った。解析モデルの節点数および要素数はFig.4のものと同程度である。また,実験では約57%もの双晶領域の面積率が計測されており26),双晶領域の面積率は合金組成や圧延プロセスに依存して幅広い分布を示すと考えられる。そこで,変形双晶領域の体積分率の影響を考察するために,Fig.5(b)および(c)に示すような変形双晶領域が中心のみに存在し,その体積分率ftが4.2%,18.8%となる解析モデルおよびFig.5(d)から(f)に示す変形双晶領域が中心と四隅に存在し,その体積分率ftが25.0%,40.1%,70.6%となる解析モデルを作製し解析を行った。また,ラメラ状組織および変形双晶のみ,すなわち,ft=0%,100%の解析モデルも作製し解析を行った。なお,変形双晶領域の体積分率は,解析モデル全体の面積に対する変形双晶の面積であり,Fig.4の解析モデルの変形双晶の体積分率は12.5%となる。この値はFig.1で観察した目玉状組織に対する双晶の体積分率10%前後に相当する。いずれの解析モデルもほぼ同サイズの三角形要素を用いて分割した。

Fig. 5.

Computational models with different volume fraction of deformation twin region. (Online version in color.)

4・2 引張方向による変形挙動の評価

Fig.6に双晶領域の体積分率がft=12.5%のときの引張方向がRDおよびTDの場合の応力−ひずみ線図を示す。ヤング率はそれぞれ引張方向がRDの場合143 GPaおよびTDの場合234 GPaであり,実験で得られたヤング率(RD:177 GPa,TD:233 GPa)と近い値を示している。一方,0.2%耐力はそれぞれ引張方向がRDの場合2485 MPaおよびTDの場合3009 MPaであった。実験値(RD:1411 MPa,TD:1548 MPa)に対して本解析で得られた0.2%耐力は大きな値を示した。なお,弾性率および0.2%耐力に関する考察については双晶の体積分率の関係と併せて4・4節で行う。本解析では双晶領域に合わせて転位源のサイズをすべての領域で20 nmとしているため,せん断帯やラメラ状組織領域でも転位源の活動には非常に高い分解せん断応力が必要とされる。双晶領域と比べて大きい転位源をこれらの領域で配置することによって,実験で測定された程度の応力値を示すものと考えられる。また,実験では結晶方位の違いに起因して力学特性の異なる変形双晶,ラメラ状組織およびせん断帯が不規則に並んでいるが,本解析では局所的な組織観察結果を基に周期境界条件を用いて各組織が規則的に並んだ材料を表現したことに起因すると考えられる。さらに,実験では方位の異なる変形双晶領域も観察されており20),このような方位差も応力に差が生じた原因の一つと考えられる。実験および解析における引張方向がTDに対する0.2%耐力の値はRDに対する0.2%耐力のおよそ1.10倍および1.16倍であり良い一致を示した。引張方向がTDの場合の方がRDの場合よりヤング率および0.2%耐力が大きくなり,本解析手法を用いて局所的なヘテロナノ組織における引張方向による変形挙動の差異の傾向は表現されていることが確認できた。

Fig. 6.

Numerical stress-strain curves for RD tension and TD tension when the volume fraction of deformation twin region is 12.5%. (Online version in color.)

Fig.7およびFig.8に各公称ひずみ値のときの相当塑性ひずみの分布を示す。引張方向がRDの場合,塑性変形は主にせん断帯およびラメラ状組織で開始し,変形双晶では塑性ひずみの値は比較的小さい。一方,引張方向がTDの場合,塑性変形はせん断帯およびラメラ状組織から開始するが,変形双晶においても同様に塑性変形が進行する。変形双晶の双晶間隔は20 nmであり,転位源が存在しない双晶が多数存在する。変形双晶領域では引張方向に関係なく転位源から塑性変形が開始するものの,変形双晶領域内の塑性変形挙動を比較すると,引張方向がTDの場合は転位源から開始した塑性変形が双晶境界を跨いで全体へ伝播するのに対し,引張方向がRDの場合は他の双晶へ塑性変形が伝播せず,全体的に塑性ひずみが増大するのはさらに変形が進行してからであった。双晶領域の塑性変形挙動,すなわちすべり系の活動状況について検討するため,Fig.5(g)に示すft=100%の解析モデルの中心に転位源を配置した解析を行った。この際,すべてのすべり系が同等に活動可能となるように,転位源をすべてのすべり系に配置した。Fig.9に各引張方向に対する主すべり系のすべりの分布を示す。引張方向がRDの場合,すべりは解析領域の中心,すなわち転位源の存在する双晶内で進展しいるものの,双晶境界を跨いだすべりの伝播は見られない。それに対し,引張方向がTDの場合は,転位源から進展した塑性変形が双晶境界を跨いで広がっていることが確認できる。同様の挙動はFig.7およびFig.8にも見ることができる。Fig.10に各双晶のすべり系に相当するThompson四面体を示す。Fig.10において,太線で表された正三角形は双晶境界面と平行である。各引張方向に対するSchmid因子から,主すべり系となり得るすべり系の数は引張方向がRDおよびTDの場合,それぞれ2つおよび4つであり,Schmid因子の値はいずれも0.4082であった。主すべり系のすべり方向をFig.10の矢印で示す。引張方向がRDの場合には,ある粒において発生した転位はすべり面やすべり方向が異なる隣接粒へと伝播せず,粒内で塑性変形が完結してしまっている。それに対し,引張方向がTDの場合には主すべり系が4種類あり,すべり方向が一致しているすべり系が双晶境界を跨いで存在することから,発生した転位が容易に双晶境界を跨いで伝播することが想定される。ただし,本解析では転位はある一つのすべり系内でのみ活動するとしている。すべり系には1から12まで番号を設定し,設定した12のすべり系の相対的な位置関係を保ちつつ,隣接する双晶においては同じ番号のすべり系のすべり方向とすべり面の法線方向が全体的に最も近くなるように自動的にすべり系の初期配置を決定している。そのため,理想的にすべての転位が双晶境界を跨いですべり方向・すべり面の近いすべり系へと伝播するわけではないが,このような双晶の方位差の影響によって引張方向に依存した塑性変形挙動の違いが生じ,強度の差が生じたのだと考えられる。一方,ラメラ状組織においては,ラメラ境界間隔を100 nmとしているため転位源が組織内全体に存在し,ラメラ粒同士の方位も近いことから塑性変形がラメラ状組織内で全体的に進行しており,引張方向による変形挙動の顕著な差異は見られなかった。

Fig. 7.

Distribution of equivalent plastic strain when loading direction is parallel to RD and the volume fraction of deformation twin region is 12.5%. (Online version in color.)

Fig. 8.

Distribution of equivalent plastic strain when loading direction is parallel to TD and the volume fraction of deformation twin region is 12.5%. (Online version in color.)

Fig. 9.

Distributions of slip on the primary slip system when loading direction is parallel to (a) RD or (b) TD and the volume fraction of deformation twin region is 100%. (Online version in color.)

Fig. 10.

Active slip systems in Thompson tetrahedra for deformation twin region when loading direction is parallel to (a) RD or (b) TD.

4・3 双晶境界間隔,ラメラ境界間隔およびせん断帯幅の影響

Fig.11に双晶境界間隔dt,ラメラ境界間隔dlおよびせん断帯幅dsを変化させた場合の0.2%耐力を示す。基準となるFig.4の解析モデルに対する寸法には下線を引いてある。ラメラ境界間隔の減少に伴い0.2%耐力は若干増加し,これは結晶粒微細化による強度上昇と考えられるが,その差は小さくラメラ境界間隔の影響は小さいといえる。双晶境界間隔の変化に伴って0.2%耐力は変化しているが,相関はあまり見られない。ナノオーダである双晶境界間隔が変化すると,双晶内に含まれる転位源の数が零と1で無作為に変化してしまうため,双晶境界間隔と0.2%耐力の関係を本解析手法で求めることは難しい。本シミュレーションではこれらの間隔は粒の幅に相当し,粒ごとの変形挙動は異なる。しかしながら,双晶領域およびラメラ状組織領域のいずれも粒を複数含んでおり,これらの平均的挙動が巨視的な強度として現れるため,局所的な塑性変形挙動の差が現れなかったのだと考えられる。一方,せん断帯幅の変化に伴い0.2%耐力は大きく変化している。Fig.7に示すように,塑性変形はせん断帯から開始することから,せん断帯における降伏挙動が全体の降伏挙動に与える影響は比較的大きいと考えられる。せん断帯内は小角粒界に囲まれ結晶方位差がある多数の微細な領域で構成されており,その中で結晶のすべりを生じやすい結晶方位を持つ領域が存在したため,せん断帯において塑性変形が開始したと考えられる。実際,せん断帯内の結晶方位を一様として解析を行った場合には,Fig.4の解析モデルに対する0.2%耐力の値は1.13倍へと上昇した。せん断帯幅の減少による0.2%耐力の上昇については,せん断帯幅の減少に伴い,結晶のすべりを生じやすい結晶方位を持つ領域の数が減少するためであると考えられる。ただし,前述の通り本解析では初期転位源を含まない領域が無作為に存在するため,せん断帯幅と強度の相関は強くはない。以上のことから,強度においてはせん断帯幅の影響は,双晶境界間隔およびラメラ境界間隔の影響と比較して大きいと言える。ただし,強度の上昇率自体は大きくなく,せん断帯幅を圧延加工や熱処理によって制御するのは困難であるため,高強度化には有用ではないと考えられる。

Fig. 11.

Variation of 0.2% offset yield stress with different inter-spacings of twin boundaries and lamellar boundaries, and width of shear band. (Online version in color.)

4・4 変形双晶の体積分率の影響

Fig.12に変形双晶の各体積分率におけるヤング率Eおよび0.2%耐力σpを示す。いずれの双晶体積分率においても引張方向がTDの場合の方がヤング率の値は大きくなっていた。また,双晶領域の体積分率が大きいほどヤング率は大きく,その変化率はTDとRDで異なりRDの方が大きい。その方向きがほぼ一定であることから,巨視的なヤング率は双晶領域およびラメラ状組織領域の弾性異方性の影響を受け,その値は,各領域の弾性率および双晶領域の体積分率から決定されることがわかる。数値解析では体積分率が12.5%であるのに対し,実際の試験片は10%前後と観察領域によってばらつきがあるため,また,今回解析で使用した結晶方位,特にラメラ状組織の結晶方位が狭い領域で測定したものであるため,このような差が生じたと考えられる。より広域での方位測定の結果を反映させた解析モデルを用いることで計算精度を向上させることができると考えられる。一方,0.2%耐力に関してはいずれの体積分率においても引張方向がRDの場合は,変形双晶領域内の塑性ひずみは小さくラメラ状組織およびせん断帯の塑性ひずみが大きくなるのに対し,引張方向がTDの場合は変形双晶領域でも塑性ひずみが大きくなっていた。すなわち,ft=4.2%,12.5%,18.8%の解析モデルとft=25.0%,40.1%,70.6%の解析モデルでは変形双晶領域の配置に違いがあるが,いずれの体積分率においてもft=12.5%の場合と同様の変形挙動を示すといえる。Fig.10から変形双晶領域の体積分率の増加に伴う0.2%耐力の増加が確認できる。これは,ft=0%,100%の0.2%耐力を比較しても明らかなように,ラメラ状組織より変形双晶領域の方が高強度であることに起因する。双晶の強度のみを比較すると,引張方向がRDの場合の方が高い。これは,前述の通り,双晶境界を跨いだ転位伝播挙動の違いに起因する。いずれの引張方向の場合もSchmid因子の値は同一であったことから,すべての双晶領域に転位源が存在する場合に各粒の強度は計算上は一致するが,転位の伝播が困難な引張方向がRDの場合はTDの場合と比べて強度が上昇する。一方,ラメラ状組織の強度は引張方向がTDの場合の方が若干高い。ラメラ状組織での塑性変形挙動に違いが見られなかったことから,この差は単に結晶方位の違いに起因するものであると考えられる。そのため,変形双晶の体積分率の増加に伴う0.2%耐力の増分はTDの場合の方が小さく,変形双晶の体積分率が小さい場合は引張方向がTDの場合の方が高強度だが,変形双晶の体積分率が大きくなると引張方向がRDの場合の方が高強度となる。以上のように,強圧延誘起ヘテロナノ組織の強度は変形双晶領域の体積分率の増加に伴い向上するため,圧延により変形双晶を高密度に導入することによってさらなる高強度化が期待される。ヘテロナノ組織の塑性変形挙動は領域によって異なり,塑性変形の伝播が困難な双晶領域の存在によって,予想を超えた高強度化が実現したものであると考えられる。

Fig. 12.

Increase of strength of severely cold-rolled stainless steels with increase of volume fraction of deformation twin region. (Online version in color.)

5. 結言

本研究では,強圧延を施したオーステナイト系ステンレス鋼SUS316LNの強度に及ぼす微視的影響因子を明らかにするため,微細組織の観察および応力−ひずみ関係の測定を行い,ヘテロナノ組織および結晶方位の情報を導入した結晶塑性有限要素解析を用いて,強度に及ぼす因子について調査した。その結果,以下の知見を得た。

(1)ラメラ状組織では強度の差は結晶方位の影響によるものであり,その差は小さい。一方,双晶領域の強度の差は双晶境界を跨いだ転位の伝播挙動の違いによるものであり,結晶方位の影響以上の強度差が生じる。

(2)せん断帯から塑性変形が開始するため,せん断帯に含まれるサブグレインの数および転位源の数が強度に与える影響は大きく,双晶境界間隔およびラメラ境界間隔は各領域に対して十分に小さいため強度に及ぼす影響は小さい。

(3)ラメラ状組織と比較して変形双晶領域の強度が高いが,ヘテロナノ組織の塑性変形挙動は領域によって異なり,塑性変形の伝播が困難な双晶領域の存在によって,予想を超えた高強度化が実現したものであると考えられる。

謝辞

本研究は,科学技術振興機構(JST)による産学共創基礎基盤研究「革新的構造用金属材料創製を目指したヘテロ構造制御に基づく新指導原理の構築」およびJSPS科研費16H06059の支援を受けて行われたものである。また,本研究の遂行および本論文の執筆にあたり,大学院生(当時)の魚路知生氏の協力を得た。ここに感謝の意を表する。

文献
 
© 2019 The Iron and Steel Institute of Japan

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