鉄と鋼
Online ISSN : 1883-2954
Print ISSN : 0021-1575
ISSN-L : 0021-1575
論文
冷間強圧延によりヘテロナノ組織を付与した二相ステンレス鋼の疲労破壊
山崎 恭和小林 正和 戸髙 義一渡邊 千尋青柳 吉輝三浦 博己
著者情報
ジャーナル オープンアクセス HTML

2019 年 105 巻 2 号 p. 272-281

詳細
Synopsis:

Fatigue behaviors of duplex stainless steels with excellent tensile properties brought by heterogeneous nanostructure were examined with changing volume fraction of ferritic-austenitic phases. In as-rolled samples, fatigue strength taken by 107 cycles became double comparing with those of conventional stainless steels. The volume fraction of ferritic-austenitic phases has not affected fatigue behavior. Further, the fatigue strength was improved additionally 200 MPa by aging heat-treatment after cold rolling. The duplex stainless steels with heterogeneous nanostructure possessed enough fatigue strength even in 3%NaCl solution though its fatigue strength declined.

1. 緒言

巨大ひずみ加工法は,金属材料の結晶粒径を1 μm以下に微細化し,極めて優れた力学特性の超微細結晶粒材料を得る手法である。現在では,繰返し押出加工(Equal Channel Angular Pressing:ECAP)1)をはじめ,高圧ねじりせん断変形(High Pressure Torsion:HPT)2),重ね接合圧延(Accumulate Roll bonding:ARB)3),多軸鍛造(Multi-Directional Forging:MDF)4),高圧スライド加工(High-Pressure Sliding:HPS)5)などの巨大ひずみ加工法が考案され,各種の金属材料において様々な材料特性が報告されている。

巨大ひずみ加工法の一つであるMDF法を用いたとき,銅合金やオーステナイト系ステンレス鋼のようなfcc結晶構造を持つ低積層欠陥エネルギーにおいて,微細粒中に熱的にも安定な変形双晶が非常に狭い間隔で多量に入り,延性を損なわずに高強度化できることが報告4,68)されている。この好ましい力学特性を示す変形双晶を含んだ超微細粒組織は,同様の合金において90%程度の冷間強圧延によっても得ることができる。圧延による場合は双晶の形成に加え,さらに,ナノサイズの微細ラメラ組織中に,高角粒界を有するせん断帯が斜めに交差し,せん断帯に囲まれた内部に多くの変形双晶を有する,あたかも目玉を思わせる独特なミクロ構造,“目玉状双晶ドメイン”912)が微細ラメラ組織中に分散された“ヘテロナノ組織”が形成される。このヘテロナノ組織を有する圧延試料は,他の巨大ひずみ加工法で作製した材料の力学特性に匹敵する特性を示す。さらに,粒界エネルギーの低いラメラ組織の低角粒界と双晶粒界を含むことから,比較的熱安定性が高く,時効硬化させることもできる特徴を持つ12)

fcc構造のオーステナイト相とbcc構造のフェライト相の二相からなる二相ステンレス鋼は,応力腐食割れや孔食に強い耐食鋼で,海水用熱交換器などに利用されている。二相ステンレス鋼においても,巨大ひずみ加工による高強度化の取り組みがなされ,フェライト相分率55%二相ステンレス鋼の4パスECAP13)で,最大引張強度1460 MPa,破断伸び9%程度や,フェライト相分率70%の二相ステンレス鋼の静水圧押出加工(総ひずみ3.8)14)で,最大引張強度1878 MPa,破断伸び2.4%などの報告がある。これまでに,我々の研究グループで,二相ステンレス鋼を90%冷間強圧延したところ,オーステナイト相に先述のヘテロナノ組織が形成され,最大引張強度2300 MPa,破断伸び8%と大幅な力学特性向上が確認されている11,12)

一方で構造材用途の二相ステンレス鋼としては,巨大ひずみ加工による大幅な力学特性向上による疲労特性の変化が気になる点である。巨大ひずみ加工による超微細粒材の疲労特性については,幾つかの解説1517)で知ることができるが,その結果は材料に依存している。ECAPで超微細粒化したチタンの疲労強度は向上するものの,純銅や5056アルミニウム合金のECAP材の疲労特性は向上しない。純銅においては,疲労サイクルによる軟化やすべり帯の形成による早期き裂発生などにより,粗粒の常用材に比べて疲労寿命が短くなる場合もあるようである。ステンレス鋼に関しては,Uenoらにより,ECAPにより超微細化した316Lステンレス鋼の疲労強度は,粗粒材を大きく上回ると報告されている18)

本研究では,フェライト相とオーステナイト相の体積分率を変化させた二相ステンレス鋼を準備し,それらに90%冷間強圧延を施してオーステナイト相にせん断帯によって囲まれた“目玉状”の双晶ドメインが微細な低角ラメラ組織中に分散するヘテロナノ組織を付与した。これら静的強度を向上させたヘテロナノ二相ステンレス鋼に対し,疲労試験を実施し,その疲労特性および破壊挙動を調査した。さらに,冷間圧延後の時効熱処理が疲労特性に与える影響および3%NaCl中での疲労寿命も調べた。

2. 実験方法

2・1 試料

本研究では,化学組成調整によってフェライト相体積分率を26%,46%および73%とした二相ステンレス鋼を試料とした。試料の化学組成をTable 1に示す。冷間強圧延を施す前の熱間圧延材の走査型電子顕微鏡による後方散乱電子回折(Scanning Electron Microscopy-Electron Backscatter Diffraction:SEM-EBSD)解析から得たミクロ組織をFig.1に示す。フェライト相体積率26%においては,Fig.1(a)および(b)のように,熱延後の焼鈍処理温度1373 Kと1273 Kで,(a)フェライト相とオーステナイト相が明瞭に分離したものと,(b)フェライト相内にオーステナイト相が包含されたものとで組織様相に違いが見られたため,それぞれの二相ステンレス鋼を26%A材および26%B材として区別して,各試験に供した。なお,フェライト相体積分率が46%および73%の二相ステンレス鋼も,以後,それぞれ46%材および73%材と呼称する。

Table 1. Chemical composition of duplex stainless steels used in this study. (mass%)
SampleCSiMnPSAlNCrNiMoFe
α26%0.00690.410.97< 0.0030.00090.0080.16721.58.832.6Bal.
α46%0.00790.401.06< 0.0030.00090.0120.14622.67.883.3Bal.
α73%0.0110.411.02< 0.0030.0010.0090.09723.96.473.71Bal.
Fig. 1.

Microstructures of hot-rolled sheet in duplex stainless steels with different ferrite-austenite volume. (Online version in color.)

2・2 ミクロ組織観察

試料のミクロ組織観察は,EBSD解析装置(TSLソリューションズOIM Analysis Ver.7.1.0)および反射電子(Back Scattered Electron:BSE)検出器付きのショットキー走査型電子顕微鏡(日立ハイテクノロジーSU-5000)で行った。ミクロ組織観察試料の表面処理は,#4000までエメリー紙研磨した後,粒径0.1 μmのダイヤモンド研磨剤を使用し表面が鏡面状になるまでバフ研磨,さらに,イオンミリング装置(日立ハイテクノロジーズ製IM4000)で5 kV,6 minの条件でミリングを行い,研磨による表面加工変質層を除去した。なお,冷間強圧延まま材は蓄積ひずみが大きいため,そのままで明瞭なEBSDパターンを得ることができなかった。そこで,773 Kのひずみ除去焼鈍を行い,EBSDによる結晶方位マップ(加速電圧15 kV,ステップサイズ0.1 μm)を得た。

2・3 力学特性試験

引張試験は,インストロン型試験機(島津製作所AG-100kNX)を用いて,圧延方向(Rolling Direction:R.D.),圧延板幅方向(Transverse Direction:T.D.)に沿ってFig.2(a)に示すような試験片を作製し,初期ひずみ速度ε˙=2.5×10−3 s−1,クロスヘッド速度一定で行った。

Fig. 2.

Specimens for (a) tensile test and (b) fatigue test.

疲労試験は,Fig.2(b)に示す形状の試験片およびき裂伝播挙動を調査するため切り欠きを設けた試験片で,油圧サーボ材料試験機(島津製作所サーボパルサ)を用い,応力比R=0.1とし,各試料の引張試験結果に基づいて応力振幅σaを決定して,繰返し速度30 Hzの正弦波で応力制御にて負荷を与えて行った。疲労試験は,室温大気中に加え,3 mass%NaCl水溶液中でも行った。107サイクルに達しても破断しない場合は,試験を中断した。なお,予備試験にて試験片の表面粗さが,疲労試験結果に大きな影響を与えることが分かったため,引張試験,疲労試験の両試験片とも,エメリー紙研磨そしてバフ研磨を十分に施して試験に供した。疲労破断後の試験片は,走査型電子顕微鏡を用いて破断面を観察した。

2・4 放射光マイクロトモグラフィー

試料の介在物の分布状態を調査するため,φ400 μmの棒状小試験片を準備し,放射光施設SPring-8のビームラインBL20XUにて,放射光マイクロトモグラフィーによる内部組織観察を行った。X線エネルギーは37.7 keVを用い,画素サイズ(0.5 μm)2の可視光変換型二次元検出器で,透過像を露光時間0.15 sで1800枚/180°の条件で撮像し,フィルタ畳込積分法にて再構成することで三次元画像を得た。なお,三次元画像の空間分布分解能は1 μm程度である。得られた三次元画像を二値化,ラベリング処理および計測の三次元画像解析することで,試料内部の介在物の定量評価を行った。

3. 実験結果と考察

3・1 ミクロ組織観察

Fig.3は,試料の冷間強圧延後のミクロ組織である。図にSEM-EBSDによる試料のT.D.断面組織観察結果(圧延板面方向(Normal Direction:N.D.)の逆極点図マップ,相マップ)を示す。図はEBSD結晶方位解析におけるConfidence Index値0.1以上で描画している。いずれの二相割合の試料においても,90%冷間強圧延のために,内部蓄積ひずみが高く,ひずみ除去焼鈍を施したにもかかわらず,図中の黒色で示されるEBSDパターンの解析不能点が見られる。二相ステンレス鋼のそれぞれの組織はフェライト相−オーステナイト相が交互に重なって,圧延によってR.D.に引き伸ばされており,特に26%B材において組織全体が微細になっていることが分かる。オーステナイト相には,ラメラ状の組織中に,(c)α46%中に大きなものを破線で囲んで示したように,目玉状に見える組織が観察できる。目玉状組織のひし形をした周辺が解析不能点なのは,そこがせん断帯であり,結晶粒が非常に微細なためである。板材断面にて板厚表面から内部にかけて幅広い領域をSEM-BSEによって観察したところ,目玉状組織のサイズは,フェライト相体積率が大きくなると,徐々に大きくなる傾向がみられた。

Fig. 3.

Microstructures of duplex stainless steels after 90% cold-rolling. (Online version in color.)

フェライト相の集合組織を方位分布関数(ODF)に基づき示した図が,Fig.4である。(a)α26%Aおよび(b)α73%のODF,φ2=45°断面で示されるように,いずれのフェライト相分率試料においても,圧延によって過去に報告されている19)ようなαファイバーおよびγファイバー集合組織の発達が確認できた。(c)αファイバーおよび(d)γファイバーの集積強度をグラフ化した結果を見ると,α73%材でαファイバーに集積(Φ=40°付近)が見られ,26%材において,γファイバーの集積度が他に比べていくらか高くなっているが,フェライト−オーステナイト相分率で明瞭な傾向は見られず,大きな違いはない。

Fig. 4.

Rolling texture developed in ferrite phase. (Online version in color.)

オーステナイト相の集合組織はFig.5(a)に示されるα26A材のODFのように,すべての試料においてfccのβファイバー圧延集合組織形成19)が確認できた。βファイバーに沿う集合組織強度をFig.5(b)に示すが,すべての試料において非常に似た集積の傾向を示しており,オーステナイト相の圧延集合組織においても,フェライト相−オーステナイト相分率の影響はほとんど見られない。

Fig. 5.

Texture of austenite phase; (a) Orientation distribution function, (b) Intensity of β fiber texture. (Online version in color.)

一方,ヘテロナノ組織中の目玉状組織内の結晶方位は,Fig.6に示したα46%材のEBSD拡大図からもわかるように,{111}〈110〉または,{111}〈112〉の2つである。Fig.5(b)のODF中にも,それらの結晶方位が含まれており,目玉状組織は圧延変形による結晶方位回転中に形成される組織であることが推察できる。目玉状組織内の結晶方位差を調べると,Fig.6(d)および(e)に示されるように,方位差はおよそ60度と一定であり,その内部に双晶が含まれていることが確認できる。これまでにオーステナイト系SUS316LNの圧延プロセスにおいて,目玉状組織の詳しい形成過程が観察されており9,10),二相ステンレス鋼のオーステナイト相においても,SUS316LNと同様な形成過程で目玉状組織ができると考えられる。しながら,二相の体積分率や初期組織によって目玉状組織のサイズが異なることから形成には隣接するフェライト相の影響があると推察できる。

Fig. 6.

(a) “eye” shaped twin domains observed at austenite phase in TD section of α46% sample. (b) and (c) indicate two kinds of twin domain with different crystallographic orientation. (d) and (e) show misorientation within “eye” shaped twin domains. (Online version in color.)

Table 2に,SEM-BSE観察によって調べたラメラ組織間隔およびヘテロナノ組織の数密度を示す。ラメラ間隔は,Fig.3の組織図からも分かるように,α26%B材の組織が他に比べてやや狭く,幾分,α73%材において広いが,いずれの試料もほぼ同程度である。フェライト相とオーステナイト相でラメラ間隔に違いはない。ヘテロナノ組織中の目玉状双晶ドメインの数密度は,フェライト相−オーステナイト相分率の影響が見られ,オーステナイト量が多い方が,高い密度となっている。すなわち,数密度は,オーステナイト量が多く,かつ,ラメラ間隔のやや狭いα26%B材が最も高く,それは,オーステナイト量が少なく,もっとも数密度の低いα73%材の約4倍の密度になっている。なお,ここではSEM-BSEの分解能以下の微細なヘテロナノ組織は,数えられていないことに注意が必要である。一方で,独特な超微細構造が発達したオーステナイト相内部に比べ,フェライト相内部は,通常のフェライト鋼の圧延材と大きな差異は見られなかった。

Table 2. Characteristics of lamellar spacing and number density of “eye” shaped twin domains observed by SEM-BSE.
SampleLamellar spacing, μmNumber density of eye-shaped twin domains, mm–2
FerriteAustenite
α26%A0.170.174440
α26%B0.140.147330
α46%0.180.173110
α73%0.210.211770

3・2 引張試験結果

Fig.7に90%冷間強圧延した二相ステンレス鋼試料の引張試験結果を示す。図では,2~3本の試験片に対して引張試験を行ったものの中から,代表的な応力−ひずみ関係を示している。R.D.引張においては,オーステナイト相の割合が多く,ラメラ組織が微細でヘテロナノ組織の多いα26%Aおよびα26%B材の強度が,最大引張強度,1500 MPa程度と高い。次いで,α46%材の強度が高く,本研究の試料の中では,α73%材の強度が最も低い。延性は,いずれの試料においても,破断伸びが概ね7~8%程度である。フェライト相分率が小さいほど引張強度が高いのは,単純に考えれば,オーステナイト相の強度がフェライト相より高いためと考えられる。窒素添加された二相ステンレス鋼おいては,フェライト相よりオーステナイト相の硬さが高くなることが報告20,21)されている。加えて,Fig.3のEBSD解析不能点がオーステナイト相部に多いことや,TEM観察でフェライト粒内よりオーステナイト粒内の蓄積転位によると思われるひずみが大きいことから,その考えが支持される。T.D.引張も似た傾向を示すが,R.D.引張よりも強度は高い。この異方性は二相ステンレス鋼の圧延材に見られる傾向2022)である。T.D.引張において,α26%A材およびα26%B材では,1700 MPa程度の最大引張強さを誇る。伸びもR.D.引張と同程度であるが,α73%材の破断伸びは,他の試料に比べてやや小さい。

Fig. 7.

Stress strain curves in tensile test.

二相ステンレス鋼の475°C脆性23)として知られる温度域での析出は,フェライト相におけるα'相の形成2326)である。Fig.7に示すように,90%冷間強圧延材に温度748 Kで,173 ksまたは691 ksの時効熱処理を加えると引張強度が増加する。α26%B材では,約1540 MPaの最大引張強度が,173 ksの熱処理で,200 MPa増加の1740 MPa,691 ksでは,300 MPa以上増加の1870 MPaとなった。一方,時効によって破断伸びは大きく変化せず,173 ksおよび691 ksで,それぞれ10%および8%である。α73%材の時効熱処理による強度上昇はさらに大きく,90%冷間強圧延材で1350 MPaだった最大引張応力が,2030 MPa程度(+680 MPa)まで向上する。6.2%程度だった伸びは,173 ksの熱処理では,8.3%へと増加し,691 ksの熱処理では,5.2%と減少した。フェライト相が時効硬化するために,フェライト相分率の高い試料の方が強度の増加が大きい。一方で,フェライト相が時効硬化しても伸びが失われない現象は,文献21の粗大粒組織材でも見られており,オーステナイト相が優先変形することによるとされる。本研究の試料においては,オーステナイト相の加工組織が熱処理でいくらか延性を取り戻すことも想定でき,さらにはナノラメラでの双晶誘起塑性(Twinning-Induced Plasticity/TWIP)発現10,27)の影響の可能性もある。また,二相ステンレス鋼のひずみ時効の報告28)もあることから,熱処理後の引張特性には,その効果も含まれているかも知れない。これら特性の異なる二相組織の効果によって,強度延性バランスが保たれたものと考える。

以上の引張結果のまとめをFig.8に示す。この結果には,市販SUS403およびSUS304ステンレス鋼の引張試験結果も示している。なお,それらの試験片形状は二相ステンレス鋼の場合と同一ある。SUS304は,他の試料に比べて伸びが極めて大きい(εf=86.8%)ので,実際はグラフ外のプロットであることに注意いただきたい。二相ステンレス鋼の90%冷間強圧延およびその時効材は,SUS403やSUS304に比べて,3倍以上の引張強度であり,伸びは概ね10%前後である。フェライト−オーステナイト相分率による強度特性は,先にFig.7で述べた通りである。それぞれの試料で,最大引張強度のバラつきは少ないようであるが,伸びにはいくらかのバラつきが見られる。特にα26%A材のバラつきが大きく,SUS403と同程度の15%以上の伸びが出る場合もある。時効熱処理すると,フェライト相のα'相析出によって,伸びが若干低下して最大引張強度が向上する。

Fig. 8.

Summary of ultimate tensile stress and total strain to failure.

3・3 90%強冷間圧延材の疲労試験結果

フェライト相−オーステナイト相体積分率の異なる90%冷間強圧延材の疲労試験結果をFig.9に示す。90%冷間強圧延した二相ステンレス鋼のS-N曲線は,SUS304およびSUS403ステンレス鋼のS-N曲線よりも上方にある。107サイクルにて未破断による疲労強度は,おおよそ500 MPa程度であって,SUS304およびSUS403ステンレス鋼の疲労強度の200 MPa前後に比べ2倍程度高い。Akitaら29)によって調査されたSUS329J4L(粗粒材)における疲労強度は,200~250 MPaであり,詳細な実験条件が本試験とは異なるが,それよりも十分高い値を示している。ECAPにより超微細化した316Lステンレス鋼においても疲労強度が2倍程度18)になっており,本研究においてもそれと類似の傾向がある。90%冷間強圧延材の疲労におけるフェライト相−オーステナイト相の二相分率の影響はそれほど大きくない。いずれの二相分率の試料も疲労試験のバラつきの範囲内にある。引張強度が高かったα26%B材あるいは伸びの大きなα26%A材のS-N曲線が,α46%材やα73%材に比べて,やや上方にあるようにも思えるが,疲労試験のばらつきを考えると,有意差があるとは言い難い。粗粒材のSUS329J4Lにおける二相分率の疲労挙動への影響29)においても,二相分率でS-N曲線に大きな違いは確認されておらず,90%冷間強圧延後でも二相分率の影響はかなり小さいことが分かった。引張試験においては,T.D.負荷の最大引張強度がR.D.負荷に比べて明瞭に高く,特性に異方性があったが,疲労試験においては,R.D負荷試験とT.D.負荷試験で,ほとんど強度の違いは見られない。

Fig. 9.

Result of fatigue test in 90% cold-rolled duplex stainless steels and ordinary stainless steels (SUS304 and SUS403).

二相ステンレス鋼の疲労に関する研究は,二相組織故,組織依存する表面き裂の発生3033),微小き裂成長34,35)やき伝播裂経路36)に関するものが多い。通常の二相ステンレス鋼においては,フェライトまたはオーステナイト粒内のすべり帯からき裂発生する。疲労破断面を見ると,Fig.10に示すように,き裂は側面から入り,板材中心部方向に進展している。ここで破面をよく見ると,(a)に示したα26%A材の破面では,表面近傍に明瞭な円形模様が見られる。この中心部を拡大して観察すると,Fig.11(a)のように,き裂発生点に介在物があったらしい痕跡から典型的なFish-eyeが観察され,上記介在物の近くには破面に埋没した介在物も観察できる。他の試料もき裂起点は,Fig.11の(a)~(d)に示すように介在物であった。今回の90%冷間強圧延材の疲労試験において,き裂は応力集中する表層近傍の介在物から生じている。介在物のサイズが比較的大きいので,断言はできないが,本試料においては微細化によってすべり帯が形成し難いなどの効果により表面き裂発生がし難いのかも知れない。起点となった介在物をSEM-EDSで分析したところ,Fig.11(e)および(f)のように,アルミナであることが確認できた。

Fig. 10.

Fatigue fracture surface of 90% cold-rolled duplex stainless steels (loaded along T.D.). The arrows indicate crack initiation point.

Fig. 11.

(a)-(d) Magnified images in the vicinity of crack initiation points in Fig.10. (e)-(f) Result of EDX analysis at inclusions observed in (a) and (b).

試料中に含まれる介在物の分布状態をSPring-8の放射光マイクロトモグラフィーを用いて撮像した結果が,Fig.12である。(a)α26%B材および(b)α73%材の2種について撮像を行った。両試料において,母相部分を除いて三次元で表示すると,材料内部に点が見られる。これらはアルミナであり,かなりの数が含まれていることが分かる。三次元画像の計測によって粒子数および体積を求めたところ,(c)および(d)に示すように,両試料とも,平均サイズ2 μm程度の介在物が,1 mm3α26%B材で21426個,α73%材で21024個の数密度で含まれていることが分かった。(a)および(b)で介在物は圧延したためにR.D.に一列に並んでいる様子も見られるが,材料内部において比較的均一に分布している。本試料は実験用に特別に二相分率を調整し準備したものなので,十分な介在物サイズ制御は行っていない。き裂起点となっている介在物の数もしくはサイズの低減によって,より疲労強度を向上させることができるものと考えられる。なお,試料を切断・研磨してSEM-BSEで介在物の位置を観察したが,フェライト相およびオーステナイト相のどちらの粒の内部か粒界上か,あるいは,二相界面に存在するのかは判別することはできなかった。概ね均一に分布しているものと思われる。

Fig. 12.

3D volume rendering image of inclusions in (a) α26%B and (b) α73% samples by synchrotron radiation micro-tomography (Steel matrix was removed). (c) and (d) are size distribution of inclusions in (a) and (b).

3・4 時効熱処理材および3%NaCl中の試験結果

Fig.13に(a)α26%B材および(b)α73%材において,90%冷間強圧延材を時効熱処理して,疲労試験に供した(R.D.負荷)結果と3%NaCl水溶液中における疲労試験結果を示す。時効処理条件は,予備実験に基づき,温度748 Kにおいて保持時間173 ksおよび691 ksとした。ここで,Fig.7に示したように,691 ksの時効により,α26%B材では,最大引張強度1800 MPa程度で破断伸び10%程度となり,α73%材では最大引張強度2100 MPa,破断伸び5%程度になる。時効による強度上昇は,フェライト相分率の高いα73%材が,α26%B材に比べて大きい。疲労試験結果は,α26%B材,そしてα73%材,共に,時効熱処理した試料のS-N曲線が冷間圧延まま材に比べて上方にあることから,引張強度に準じて疲労特性が良いことが分かる。α26%B材では,短時間時効処理の173 ks材の疲労強度が長時間時効処理の691 ks材の疲労強度にくらべて,高い結果となったが,α73%材においては,長時間時効処理の691 ks材の疲労強度が短時間時効処理の173 ks材に比べて疲労強度が高い。両試料とも時効処理していない試料に比べて,疲労強度は200 MPa程度向上している。静的強度上昇に従って疲労強度も向上する結果となった。

Fig. 13.

Effect of aging heat-treatment and corrosive environment on fatigue strength (a) α26%B and (b) α73% samples.

超微細粒化した二相ステンレス鋼の耐食性が向上するとの報告37)があるが,3%NaCl水溶液中での疲労試験は,大気中の結果に比べて疲労強度を低下させる。α26%B材においては,時効処理していない90%冷間強圧延まま材の疲労強度に明瞭な低下が見られるが,時効処理した試料の疲労強度低下は少ない。α26%B材の熱延板,90%冷間強圧延材,そして,その時効熱処理材の腐食電位測定を5 mass%硫酸水溶液で常温(25°C)にて行ったところ,熱延板と90%冷間強圧延材はほぼ同等の腐食電位(それぞれ,−0.026および−0.023 V vs SE)であり,748 K-691 ksの時効熱処理材で,熱延板や90%冷間強圧延材よりもほんの少し耐食性が向上している傾向(−0.019 V vs SCE)が見られた。二相ステンレス鋼に加工材を時効すると応力腐食割れ感受性が低下するとの報告38)と一致するような傾向である。また,α26%B材の691 ks時効熱処理材は,引張試験において10%程度の伸びを示していることもあって,疲労強度低下が抑えられたのではないかとも考えられる。時効熱処理材の3%NaCl中の疲労強度は,大気中に比べ低下するが,それでも時効熱処理しない90%冷間強圧延まま材と概ね同等のレベルにある。α73%材の時効熱処理材については,α26%B材に比べて,3%NaCl中における疲労強度の低下が大きいが,時効熱処理しない90%冷間強圧延まま材よりも疲労強度は高い。Fig.14に,時効熱処理材の疲労破断面のSEM観察結果を示す。大気中における破断面である。時効熱処理しない90%冷間強圧延まま材との破断面における差は,試料の内部に圧延面に平行な割れが見られるところにある。図に示すように,フェライト相分率の低いα26%B材においては,その割れはそれほど多くないが,フェライト相分率の高いα73%材では,多数の割れが観察できる。時効熱処理した試料の引張試験破断面においても,類似の割れが観察できるが,疲労破断面の割れを拡大してみると,(a')のように,割れ部においてもストライエーション模様が観察でき,最終破壊でなく,き裂進展時に割れが入ったものと判断できる。また,α73%材では,大きな割れ部以外でも,(b')のように小さな割れが高い頻度で観察できた。疲労強度のみならず,き裂伝播過程にも,時効熱処理による組織あるいは力学特性変化が影響を及ぼしていることが分かった。これらの割れは,フェライト相に生じているのか,オーステナイト相に生じているのか,あるいは,二相界面に生じているのかは破面観察から判断するに至らなかった。しかしながら,フェライト相分率が高くなると割れの頻度が高くなることや,時効熱処理によって硬化が顕著なのはα’相の析出するフェライト相であると考えられるので,フェライト相内での割れの可能性が高いと推察している。

Fig. 14.

Fatigue fracture surface in (a), (a’) α26%B sample aged at 748 K for 691 ks and (b), (b’) α73% sample aged at 748 K for 691 ks.

Fig.15に3%NaCl水溶液中で疲労試験したα26%B材およびα73%材の破断面を示す。(a)および(c)は,それぞれ,α26%B材およびα73%材の90%冷間強圧延材の破断面であり,(b)および(d)はそれらに743 Kで691 ksの時効熱処理を施した試料の破断面である。大気中と同様に,図の右に示した試料側面から,板幅中央に向かって図の右方向へき裂は進展している。α26%材の破断面は,大気中とほぼ同じ様相を呈しており,3%NaCl水溶液による影響は認められなかった。しかしながら,Fig.13で示したように,3%NaCl水溶液中で疲労特性は低下している。そこで,一部の試験片にワイヤー放電加工でr=0.1 mmのノッチを設け,CCDカメラを用いてき裂発生とその進展挙動を観察したところ,90%冷間強圧延材およびその時効熱処理材は共に,き裂発生(き裂長さ0.1 mmとした)までの疲労サイクルが破断寿命サイクルのほとんどを占めることが分かった。き裂伝播サイクルは破断寿命サイクルの1割程度であった。3%NaCl中の疲労において,二相ステンレス鋼の二相分率はき裂伝播に影響を与える39,40)と報告されている。本研究では,き裂伝播サイクルは短い。大気中に比べ,3%NaCl水溶液中でき裂発生サイクルが短くなる傾向が見られることから,3%NaCl水溶液は,き裂発生に影響を与えると推察できる。なお,CCDカメラ記録画像のき裂長さの時間変化から,き裂進展速度を求めたところ,低応力拡大係数でき裂進展速度のバラつきが大きく,大気中と3%NaCl水溶液中で明瞭な違いを見出すことはできなかった。時効熱処理材についてもき裂発生と進展サイクルの傾向は90%冷間強圧延材と同様である。しかしながら,3%NaCl水溶液中のα73%材の疲労破断面においては,Fig.15(e)と(f)に示すように,大気中では見られなかった微細な割れが見られた。

Fig. 15.

Fracture surface fatigue-tested in 3%NaCl solution. (a) α26%B sample. (b) α26%B sample aged at 748 K for 691 ks, (c) α73% sample and (d) α73% sample aged at 748 K for 691 ks. (e) and (f) are magnified images of (c) and (d), respectively.

本研究の90%冷間強圧延した二相ステンレス鋼は,オーステナイト相中に目玉状組織を含んでいる。目玉状組織の存在が,静的強度・延性を高めている41,42)。目玉状組織の疲労き裂進展への影響を調査するため,α26%B材の90%冷間強圧延材の疲労破断面において,負荷軸方向を含むように切断して,切断面研磨を行いSEM-BSE観察した結果をFig.16に示す。破断面は疲労き裂が進展した箇所であるが,その近傍に幾つかの目玉状組織が見られた。き裂はせん断帯領域を通っており,双晶領域を避けてき裂進展しているようである。しかしながら,切断面での観察は,試料の一部を見ているに過ぎないので,双晶領域が必ずしもき裂進展経路にならないとは言い切れない。先にも述べたように,疲労寿命中のき裂進展にかかるサイクル数は,き裂発生にかかるサイクル数に比べて非常に小さく,疲労寿命全体へのき裂進展の影響はそれほど大きくない。したがって,今後,破壊寿命予測のために,目玉状組織を有する二相ステンレス鋼のき裂進展メカニズムのより詳細な検討は必要と思われるが,き裂進展挙動自体が,疲労寿命向上へ大きく寄与するとは考え難い。

Fig. 16.

SEM-BSE images of near fracture surface on cross-section of fatigue fractured specimen (α46%). (a) R.D. loading (T.D. cross-section) and (b) T.D. loading (R.D cross-section).

4. 結言

フェライト−オーステナイト相分率を変化させた二相ステンレス鋼に90%冷間強圧延を施し,オーステナイト相にヘテロナノ組織を導入し静的力学特性を向上させ,これらに対して疲労試験を実施した。得られた結果は以下のようにまとめられる。

(1)90%冷間強圧延材において,従来の粗粒組織のステンレス鋼および二相ステンレス鋼に比べて,107サイクルにおける疲労強度は概ね2倍程度である。二相分率は疲労強度に影響しない。疲労き裂の起点は内部介在物であった。強圧延によって表面き裂が抑制された可能性がある。介在物の数あるいはサイズを減らすことで,更なる疲労特性向上が期待できる。

(2)90%冷間強圧延材に時効熱処理することで,破断伸びが維持されたまま静的強度が向上する。その効果は,フェライト相分率の高いものほど大きい。そして,743 Kでの173 ksおよび691 ksの時効熱処理材の疲労試験の結果,疲労特性も向上することが明らかになった。強冷間圧延まま材に比べて,フェライト相分率26%および73%ともに200 MPa程度向上する。一方で,時効熱処理材の疲労破断面は,熱処理のミクロ組織変化に依存すると思われる縦割れが見られた。

(3)3%NaCl水溶液中で疲労試験を行ったところ,疲労強度の低下が確認された。強冷間圧延まま材に比べて,時効熱処理材の疲労強度低下は小さく,時効熱処理材は,3%NaCl水溶液中でも90%冷間強圧延まま材の疲労特性と同等あるいはそれ以上となることが明らかになった。本試料において3%NaCl水溶液の疲労特性への影響は,き裂発生が早まることから,き裂発生にあると推察される。

謝辞

本研究は,科学技術振興機構(JST)による産学共創基礎基盤研究「革新的構造用金属材料創製を目指したヘテロ構造制御に基づく新指導原理の構築」の支援を受けて行われたものである。特別に研究用試料を作製していただきましたJFEスチール(株)高木周作博士に感謝いたします。また,本研究の放射光実験はSPring-8の課題番号2016A1061にて行った。放射光実験をご支援していただいた上杉健太朗博士,竹内晃久博士に感謝いたします。

文献
 
© 2019 一般社団法人 日本鉄鋼協会

This article is licensed under a Creative Commons [Attribution-NonCommercial-NoDerivatives 4.0 International] license.
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
feedback
Top