鉄と鋼
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論文
伸線パーライト鋼におけるデラミネーション発生メカニズム
田中 將己 真鍋 敏之森川 龍哉東田 賢二
著者情報
キーワード: crack, pearlite, aging, fracture, work hardening
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2019 年 105 巻 2 号 p. 155-162

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Synopsis:

Fully pearlitic steel was wire-drawn up to the strain of 2.2. Torsion tests were performed using two types of specimen; one was as-drawn specimen, and the other was aged at 423 K for 3.6 ks. A delamination crack propagated along the longitudinal direction of the wire in the aged specimen while it showed normal fracture perpendicular to the longitudinal direction in the as-drawn specimen during the torsion tests. Backscattered electron images indicated that the cementite lamellae beneath the delamination crack had vanished while cementite lamellae beneath the normal fracture surface had rotated until the fracture in the as-drawn specimen. Torsion tests with different stain rates indicated the inverse strain-rate dependence of the onset of the delamination. Those suggest that the plastic deformability of ferrite and the existence of the thermally activated process which controls the cementite dissolution are the points for the onset of the delamination. In the present study, the effect of aging and deformability of ferrite on delamination is discussed, suggesting that the delamination crack propagates as the result of the local plastic instability in the scale of several microns.

1. 緒言

パーライト組織は階層構造を持ち,その最も小さな単位はフェライトとセメンタイトの層状構造である。パーライト鋼は伸線加工能に優れており,他鋼種と比べて低歪で高強度線材を作製することが可能である1,2)。伸線加工に伴いセメンタイトラメラー幅は次第に減少し,その幅はサブミクロンオーダーのヘテロナノ構造となる。伸線加工に伴う強度の上昇は伸線に伴うラメラー間隔の減少で説明され3),実験室レベルでは引張強度が6.3 GPaに達するパーライト鋼も開発されている4)。伸線パーライト鋼は高い強度と耐遅れ破壊特性5,6)を持つ一方で,線材を捻回変形させた際にデラミネーションと呼ばれる特有な縦割れを起こすことが知られている。伸線加工はパテンティングと呼ばれる熱処理と伸線加工とを繰り返す事で行われ,伸線後の棒(線)材における強度が同じであってもその強度を達成する方法によって,デラミネーション発生の容易さが異なる事が知られている。たとえば,パテンティングによって粒径を小さめに制御し強度を上昇させた後に伸線加工を施した試料と,パテンティング後の強度は低く押さえ,伸線加工によって同程度まで強度を上昇させた試料とを比較した場合では,後者の方がデラミネーションが発生しやすいことが知られている7)。このことは,パーライト鋼の変形,特に加工硬化挙動がデラミネーション発生に強く影響を与える事を示唆している。また,伸線加工時に加工発熱が生じることに起因して歪時効が起こることも知られており8,9),歪時効とデラミネーションの関係も指摘されている。更に,3Dアトムプローブによる元素マッピングによって,伸線歪の増加に伴ってパーライト中のセメンタイトが分解し,フェライト中の炭素濃度が上昇する事も指摘されており4,10),その際にはフェライト中の炭素濃度は偏析部では4 at%に達すると報告されている。Tarui and Maruyama11)はこの固溶炭素濃度とデラミネーションとの関係について着目し,伸線加工後の試料においてフェライト中の炭素濃度が1 at%を超えるとデラミネーションが発生する事を明らかにした。このことは,フェライト中に存在する固溶炭素がデラミネーション発生に影響を与える事を示唆している。そのような中,筆者等はデラミネーション亀裂直下の組織観察を行い,セメンタイト分解は伸線加工に伴う変形の進行によってのみ生じるだけでなく,デラミネーション亀裂の直下でも起きている事を明らかにした12)。デラミネーション発生に影響を与える因子について幾つか提案されているが,デラミネーションの発生機構ついて未だ明らかになったとは言い難い。そこで本論文では,まず捻回変形に伴ってデラミネーションが発生する試料と発生しない試料とを用いて破断後の亀裂周辺の組織観察を行った結果を示し,デラミネーション発生の有無による組織変化について示す。そしてその結果を基に,パーライト組織中のフェライトの塑性変形能に着目し,デラミネーション発生メカニズムについて考察する。

2. 実験方法

本研究では供試材として工場材であるピアノ線材(JIS規格記号:SWRS82B)を用いた。なお,規格成分をTable 1に示す。熱間圧延を施して線径が9 mmφとなった棒材を管状炉にて1223 Kで240 s保持し,その後833 Kの鉛浴に60 s浸漬させる鉛パテンティングを実施してフルパーライト組織を得た。このパテンティング材に線径が3 mmφとなるまで伸線加工を施した。伸線歪は伸線前後の線径をそれぞれd0,dとするとln(d0d)2で与えられることから13),本研究で用いた伸線後の試料に付与された最終伸線歪は2.2となる。デラミネーションは伸線加工歪の増加により促進されることが知られているが,本研究で与えた伸線加工歪ではまだ歪量が小さく,伸線ままの試料ではデラミネーションは発生しなかった。そこで,伸線後の試料を423 Kで3.6 ksの時効処理を施す事で捻回時にデラミネーションが発生するようにした。捻回試験は自作の試験機を用いて行った。棒材の両端をチャックでつかみ,その際のつかみ部間の距離は160 mmとした。チャックで掴んだ試験片のうち片側は固定し,もう一方の掴み部が一定速度で回転するようにした。なお,捻回試験は室温で行い,試験片にかかるトルクは回転部に装着したトルクメーターにて記録,回転数は回転速度から計算した。棒材をそのまま捻回試験に供する場合には,試験片表面に存在する傷の大きさなど表面状態の相違によってデラミネーション起点に大きなばらつきが生じる。本研究ではこのような亀裂発生起点のばらつきを抑えるために,捻回試験片の中央(つかみ部から80 mmの位置)に0.2 mmφの試験片を貫通する穴を放電加工により導入した。なお,本研究では5回の捻回試験を行ったが,何れの試験片においても,デラミネーション亀裂の起点は常にこの穴の側面から発生した。捻回速度は試験片最表面での剪断歪速度が0.0015 s−1となるようにした。本研究では,“伸線まま材”と伸線材に上述の時効処理を施した“時効材”の二種類用いて結果の比較を行った。

Table 1. Chemical compositions of the employed materials defined in Japanese Industrial Standard (JIS).
CSiMnPSCuFe
0.80-0.850.12-0.320.60-0.90≦0.025≦0.025≦0.20Bal.

mass%

3. 実験結果

Fig.1(a)に観察を行った試験片の断面模式図を示す。以後,伸線方向に対して垂直な断面をC断面(C-section),平行な断面をL断面(L-section)と呼ぶこととする。Fig.1(b),(c)に供試材である熱間圧延材のL断面から観察したフェライトの結晶方位マップとbackscattered electron(BSE)像を示す。なお,結晶方位は観察面(L断面)の法線方向と平行な方位を示している。フェライトの方位差が15°以上ある境界をブロック境界とすると,供試材のブロックはほぼ等軸でサイズは約30 µmであった。また,ラメラー間隔は最も狭い領域で測定した結果,約90 nmであった。熱間圧延ままのフェライト単相鋼とは異なり,パーライト鋼ではブロック内に僅かな方位変化が見られる14,15)。この方位変化はFig.1(c)に示すBSE像でもコロニー内のコントラストとして現れている。

Fig. 1.

(a) Schematic image showing a C-section and an L-section in the specimen. (b), (d), (f) Orientation maps of ferrite observed from the L-section. The crystallographic orientations of the images are those normal to the L-section. (c), (e), (g) Backscattered electron images observed from the L-section. (b), (c) as hot-rolled specimen before drawing, (d), (e) specimen with drawing strain of 1.2, (f), (g) specimen with drawing strain of 2.2. (Online version in color.)

熱間圧延材に伸線歪が1.2および2.2に達するまで伸線加工を施した試料における結晶方位マップとBSE像をFig.1(d),(e),(f),(g)に示す。伸線歪が増加するにつれて,ブロックは伸線方向(図水平方向)に伸ばされる。また,伸線歪の増加と共にラメラー間隔も減少し,その方向は伸線方向に配向していく。なお伸線歪2.2において,最も狭いラメラー間隔は約40 nmであった。なお,これ以降の結果は伸線歪が2.2である試料を用いて得られた結果を示す。

次に前述の伸線まま材と時効材とをそれぞれ捻回試験に供した。Fig.2に伸線まま材および時効材の捻回試験より得られたトルク−剪断歪曲線を示す。なお,歪に対して約0.05間隔で周期的に見られる曲線の振動は試験片が完全に直線でないことから生じているトルクの変動であり本質的なものではない。ここで横軸の剪断歪は,加えられたトルクによって生じる試験片最表面の剪断歪を表しており,試験片長さをL, 回転角度をθ,棒材の半径rとすると次式で与えられる16)

  
γ=θrL(1)
Fig. 2.

Moment-shear strain curves from as-drawn and aged specimens, where the drawing strain was 2.2. (Online version in color.)

Fig.2より,伸線まま材では降伏後,僅かな加工硬化を伴ってトルクは上昇し,歪0.34で破断した。一方,時効材では伸線まま材と比較して弾性限の上昇が見られるがこれは時効によるものと思われる。降伏後はほとんど加工硬化を示さず,剪断歪0.038においてデラミネーション亀裂発生に起因する急激なトルクの低下が見られた。なお,デラミネーション発生後も,試験片は直ちには破壊せず剪断歪0.49で破断した。

Fig.3(a),(b)に伸線まま材,時効材における破断後の光学顕微鏡写真をそれぞれ示す。伸線まま材ではFig.3(a)で示すように,試験片中央に導入した穴の部分で破断面が長手(伸線)方向に対して垂直になる,いわゆる正常破断を示した。一方,時効材ではFig.3(b)で示す様に,試験片中央に導入した穴を起点として亀裂が長手(伸線)方向に進展し,試験片が剥がれるようにデラミネーションを起こした。以上の結果より,時効によってデラミネーションが促進されたことが分かる。

Fig. 3.

Optical micrographs after fracture. (a) normal fracture in the as-drawn specimen. (b) delamination in the aged specimen. (Online version in color.)

Fig.4(a)に伸線まま材の破面を示す。破面は伸長ディンプル破面を呈していた。この伸線まま材でみられる正常破断がもし単軸引張応力負荷での引張によって生じたのであれば,破面には等軸ディンプルが見られる。一方,多軸応力条件下での破断において,もし破面が主応力に対して傾いている場合には,破壊に先立って試験片内部で破面と垂直とならないディンプルが成長する。破断時にはこの破面に対して傾いたディンプルが破面上に現れることになるため,破面では伸長ディンプルが見られることになる。このことから,剪断応力も破壊に寄与したと考えられ,Fig.3(a)で見られた破面は単軸応力下で生じた破面では無いと推察される17)。多軸応力の発生起源として,試験片の長手方向にかかる引張応力が考えられる。捻回変形初期における微小体積としてFig.8(a)で示すような正方形を考えると(奥行き方向は単位長さ),捻回変形ではFig.8(a)で示す様な剪断応力が試験片の外周部でかかる。捻回に伴って,この微小体積は剪断されると共にFig.8(b)で示すような回転が生じる。この時,回転軸に沿った方向(図中の水平方向)は圧縮の法線応力が付与されることになる。本試験では試験片の両端が固定されているために,実際には縮む事ができず引張応力が生じる。

Fig. 4.

SEM images of the fracture surfaces. (a) As-drawn specimen, showing elongated dimples as the result of the normal fracture. (b) Aged specimen, showing shear fracture surface as the result of the delamination.

Fig. 8.

(a) Shear stress applying the lamellae which are lying parallel to the drawing direction. (b) Rotation of lamellae under the shear stress in the normal fracture. (c) Shear stress which induces the delamination crack in the area where cementite lamellae dissolved.

次に,Fig.4(b)に時効材のSEM像を示す。デラミネーション破面はFig.4(a)と比べてなめらかな表面であり,塑性変形を伴ったいわゆる剪断破面である事が分かる。前述のとおりデラミネーション亀裂は降伏直後に発生しているが,最終破断まで捻回させた場合にはデラミネーション亀裂の回転が生じるため,完全に破断した試験片を用いてデラミネーション発生のメカニズムを明らかにする事が難しい。そこで次に,時効材において降伏後にトルクが低下した直後に捻回試験を中止し(Fig.2上では塑性歪0.038に対応),除荷後光学顕微鏡観察を行った。なお,試験中断後の試験片はマクロにはほとんど変形していないように見える。

Fig.5(a)にデラミネーションが発生した直後における穴近傍の光学顕微鏡像を示す。特にFig.5(a)中央にある穴近傍の点線で囲まれた領域で変形が集中していることが分かる。特に穴が長手方向に対して垂直な方向に剪断されている事が見て取れる。ここで注目すべき点は,デラミネーション亀裂が長手方向と平行に穴から約7.5 mmに渡って進展していることである。Fig.5(a)中の矢印Aで示す穴近傍でのC断面SEM像をFig.5(b)に示す。デラミネーション亀裂は試験片外周から中心方向にも進展しており,その長さは約970 µmであった。以上の結果から,デラミネーション亀裂はマクロな塑性変形開始直後に穴をあけた位置の試験片表面から発生し,その進展方向は試験片の長手方向および半径方向に平行となり,亀裂面はフラットになる事が分かる。

Fig. 5.

(a) Optical micrograph around a hole. The torsion test was terminated just after the applied moment dropped in the aged specimen. (b) SEM image of the C-section cut at the section pointed by an arrow in (a). (Online version in color.)

次にデラミネーション発生メカニズムを明らかにするため,Fig.4(a),(b)に示した正常破断面直下とデラミネーション亀裂直下の組織観察を行った。まず,トルク低下直後に試験を止め,破面直下での組織をBSE観察した。なお,観察面はFig.6(a)の模式図で示すようにC断面であり,Fig.5(b)中の点線の四角で囲まれた試験片表面近傍の亀裂側面を観察した。デラミネーション亀裂はFig.6(a)でも示す様に,試験片長手方向と半径方向に進展している。Fig.6(a)は観察面がC断面であるので伸線方向は奥行き方向となり,セメンタイトラメラーは複雑な形状をしている。ここでデラミネーション亀裂側面のセメンタイトラメラ−に着目してみると,セメンタイトのコントラストが消失していることが分かる。筆者等12)は,透過電子顕微鏡を用いてデラミネーション亀裂直下を観察し,捻回前には存在していたセメンタイトラメラーが消失していることを明らかにしている。このことは,デラミネーション亀裂の進展には,セメンタイトの分解が大きく関連している事を示唆している。このような,セメンタイトの分解がデラミネーション亀裂直下に特有な現象であるか否かを明らかにするために,正常破断面直下での組織観察も行った。

Fig. 6.

(a) BSE image along a delamination crack observed from the C-section. The area observed is pointed by a square in the schematic beside the BSE image. The contrast of cementite lamellae disappeared along the crack. (b) BSE image just beneath the normal fracture surface observed from the L-section. Lamellae direction rotated from the drawing direction.

Fig.6 (b)に正常破断直下のBSE像を示す。なお,観察面はFig.6 (b)の模式図で示すようにL断面であり,点線の四角で囲った様に正常破断面直下を観察した。伸線方向(試験片の長手方向)は左右で,図の左端が正常破断面となる。デラミネーション亀裂直下と比較して特徴的な点は,(1)セメンタイトラメラーのコントラストは明瞭であり,正常破面直下ではセメンタイトの分解は生じていない,(2)捻回前には,伸線方向(図左右方向)に揃っていたセメンタイトラメラーが図中の上下方向に向かって大きく回転している,の2点である。セメンタイトは降伏応力が高く18)塑性変形能はフェライトと比較して著しく低いことから,(2)で指摘したセメンタイトラメラーの大きな回転は主にフェライトの塑性変形によって担われていると考えられる。これらデラミネーション亀裂直下と正常破断面直下の組織観察より,正常破断とデラミネーションが起こる際の塑性変形挙動の相違として次の点が挙げられる。即ち,正常破断を起こす試験片では,破壊に至るまでの捻回はラメラーの回転を伴う塑性変形によって起こるのに対し,降伏直後に発生するデラミネーションでは,デラミネーション亀裂直下でセメンタイトの分解を伴う塑性変形が起こる。これらのことを踏まえ,次章ではデラミネーション発生のメカニズムについて考察する。

4. 考察

4・1 デラミネーションに及ぼす時効および伸線歪(加工硬化)の影響

本研究で得られた結果に関連してデラミネーション発生を促進させる主要な要素として,時効9,19)および伸線歪7,11)が挙げられる。これらの影響について考察するにあたり,まず正常破断およびデラミネーションを発生させるマクロな応力状態について考察する。捻回試験では試験片に対してトルクが加えられ,例えば,Fig.7(a)で示すトルクが付与された場合,試験片最表面には2次元ではFig.7(a)で示す剪断応力が発生する。正常破断におけるマクロな破面の法線方向はFig.3(a)で示した様に,長手方向に対して平行になる。従って,この破面形成に支配的な剪断応力は,Fig.7(b)で示す長手方向に垂直な成分である事が分かる。一方,デラミネーション亀裂は,Fig.6(a)の模式図で示したとおり,長手方向に対して平行に進展している。従って,デラミネーション亀裂を発生させた支配的な剪断応力はFig.7(c)で示すように長手方向に対して平行な成分である事が分かる。なお,Fig.3(b)で示した破断後の光学顕微鏡写真では,デラミネーション亀裂は複雑な形状を示している。これは,デラミネーション亀裂が発した後も捻回を継続したために,デラミネーション亀裂が回転することで生じたものであり,デラミネーション発生初期にはFig.5(a)Fig.7(c)で示した様に亀裂は長手方向に平行に進展する。

Fig. 7.

State of stress at the specimen surface under the torsion as in the figure. (a) Shear stress under the torsion on the surface. (b) Dominant shear stress causing normal fracture. (b) Dominant shear stress causing delamination crack propagation.

次に時効および伸線歪の影響について考察する。まず供試材は伸線加工によりセメンタイトラメラーが伸線方向に配向している。伸線まま材の様に正常破断が起こる(デラミネーションが起こらない)場合には,捻回を継続させるためにFig.6(b)で示した様にラメラーが塑性変形によって回転する必要がある。この回転は,捻回時のトルクによって生じる剪断応力によって生じる。試験片にトルクが付与された際,長手方向に平行なラメラーにはFig.8(a)中の矢印で示す剪断応力が付与される。もしフェライトの塑性変形能が十分高ければ,Figs.6(b),8(b)で示すように,トルクによって生じる剪断応力下でフェライトの塑性変形が生じラメラーの回転が生じる。この際,更に捻回が続くと,Fig.3(a)で示したように破断に至る。なお,前述の通りFig.4(a)で示す様に正常破断の破面にはディンプルも見られたことから,破壊には長手方向にかかる引張の応力成分も関係していることが分かる。これが正常破断のプロセスとなる。

もし,時効や高い伸線歪の付与によってフェライトの塑性変形能が低い場合は,上述の塑性変形によるラメラーの回転が困難となる。Liら4),Takahashiら10)は伸線加工に伴いセメンタイト中の炭素がフェライト中に溶け込むことを3次元アトムプローブによる元素マッピングによって示している。本研究で用いた時効材の様にデラミネーション亀裂が発生する際には,このセメンタイト分解がマクロな降伏直後に局所的かつ動的に起こると考えられる。セメンタイトが分解した領域はマトリックスと比べ流動応力が低下するため,剪断変形がその領域に集中する(Fig.8(c))と考えられる。即ち,伸線方向に平行な剪断応力による局所不安定変形が長手方向(伸線方向)に進む。これがデラミネーション亀裂の進展となると考えられる。なお,セメンタイトが分解した領域はFig.6(a)で示したとおりデラミネーション亀裂側面の約5 µmである。ラメラー間隔が40 nmである事を考慮すると,上記不安定変形はセメンタイトとフェライトの界面で生じているのではなく,数十層以上のラメラー組織を含む範囲で起きている事に注意が必要である。

先に述べたように,試験片にトルクが負荷されるとマクロな剪断応力はFig.8(a)で示すように,試験片最表面では長手方向即ち配向した多くのラメラーに対して平行および垂直に等価にかかる。しかし,デラミネーション亀裂は長手方向に対して常に平行に発生した。この理由は次の様に考えることで理解できる。 まず,伸線材では多くのセメンタイトラメラーが伸線方向(長手方向)に対して平行に入っているため,デラミネーションの引き金となるセメンタイト分解が局所的に生じる領域も必然的に長手方向に沿った分布となる。従って,以下の3つがデラミネーション亀裂の進展が長手方向に沿う要因として考えられる。(1)長手(ラメラー)方向に対して平行な剪断応力の発生,(2)セメンタイト分解が起きた領域での局所的な流動応力の低下,(3)セメンタイト分解が生じる領域が長手方向に対して平行に分布。

4・2 デラミネーションに及ぼす歪速度の影響

前節で述べたようにセメンタイト分解がデラミネーション発生の引き金となっているのであれば,それはある種の熱活性化過程であると考えられ,デラミネーション発生に歪速度依存性がある事が示唆される。そこで次に,デラミネーション発生の歪速度依存性の有無を検証した。なお,捻回試験片はこれまでと同様に,試験片中央に0.2 mmφの貫通する穴を空けた試験片を用いたが,時効条件は120°Cで600 sとした。歪速度を0.00015 s−1および0.03 s−1として捻回試験を行った際に得られたトルク−剪断歪曲線をFig.9に示す。歪速度が遅い0.00015 s−1の条件では,歪0.03においてデラミネーション亀裂が発生したのに対して,歪速度が速い0.03 s−1の条件ではデラミネーション亀裂は発生せず正常破断を示した。ここで用いた試験片は両者とも時効を施したものであるであるため,Fig.2と異なりデラミネーションが発生するまでのトルク-剪断歪曲線はほぼ重なっている。デラミネーションの発生の有無に逆歪速度依存性がある事から,デラミネーション発生には熱活性化過程が関係している事が分かる。なお,一般的な鋼で見られる脆性破壊は低温または高歪速度で生じるのに対し,デラミネーションは低歪速度*1で起こることから,デラミネーションはいわゆる低温脆性的な破壊ではない。デラミネーション亀裂の進展は,先に述べたようにセメンタイト分解に伴う局所的な塑性変形であり一種の不安定変形であると言える。また,デラミネーション亀裂を発生させる力学的因子は前節で示した時効や伸線に伴う加工硬化によるフェライトの塑性変形能の低下であると考えられるが,デラミネーション発生そのものの引き金はセメンタイトの分解であると結論づけられる。

Fig. 9.

Moment-shear strain curves from the aged specimens with two strain rates. The specimen tested with the strain rate of 0.00015 s–1 showed delamination while that with the strain rate of 0.03 s–1 does not. The specimens were both aged at 393 K for 600 s. (Online version in color.)

*1 熱活性化過程がある現象を支配している場合,試験条件としての歪速度を低減させる操作は試験温度を上昇させる事に対応する。デラミネーション発生は低歪速度の試験条件で起こることから,高温で起こる現象に対応し低温脆性とは根本的に異なる。

セメンタイト分解のプロセスに関しては更なる検討を要するが,例えば塑性変形に伴う分解が考えられる。アトムプローブによる伸線加工材でのセメンタイト分解の観察では4,20),フェライト中の転位に炭素が偏析している事が示されている。これは,炭素はセメンタイト中で鉄原子と結合するよりも,フェライト中の転位芯にある方が安定なため,塑性変形に伴ってフェライト中の転位数が増加すると,炭素原子がセメンタイトから転位芯に移動するためであるとの説明もある2123)。しかし,セメンタイトの分解にはフェライトの塑性変形のみではなく,セメンタイト自身の塑性変形も大きな役割を果たしている可能性がある。なぜなら,フェライトのみの塑性変形でセメンタイト分解が起きるのであれば,フェライトの塑性変形能が十分高い伸線まま材(未時効の試験片)においても,正常破断は起こらず常にデラミネーションが生じる事になるはずだからである。

バルク材としてのセメンタイト単相の降伏応力は非常に高く,その値は室温では2.5 GPa以上ある事が推定される18)。本論文における捻回試験は室温で行っておりバルクではセメンタイトは塑性変形出来ない。一方,パーライト組織中のセメンタイトは室温でも塑性変形している事が報告されている24,25)。Tomotaら26)はパーライト鋼の中性子回折その場引張試験観察を行ったところ,引張による塑性変形中のセメンタイトが担う応力は5 GPaに達することを示している。捻回変形時にもセメンタイトに同程度の応力がかかっていると考えられ,セメンタイトには降伏応力以上の応力が負荷され得ると考えられる。以上のことより,時効や伸線歪増加に伴うフェライトの降伏応力の上昇は,セメンタイトに分配される応力を上昇させ,セメンタイトの塑性変形を余儀なくさせる効果を持つ。それに加え,炭素の拡散が可能な条件下ではセメンタイトの分解が引き金となり,一種の塑性不安定現象としてデラミネーション亀裂が進展すると考えられる。

5. 結言

伸線加工を施したフルパーライト鋼におけるデラミネーション発生メカニズムを明らかにするため,捻回試験を行うと共に破断後の試験片観察を行った。その結果,以下の知見を得た。

(1)伸線まま材では正常破断起こし,破面の法線方向は長手方向に対して平行になった。一方,時効材ではデラミネーションを起こし,破面の法線方向は長手方向に対して垂直となった。

(2)正常破断の破断面直下ではラメラーの回転が生じていたのに対して,デラミネーション亀裂の破面直下では,数ミクロンにわたりセメンタイトの分解が生じていた。時効材では捻回初期にデラミネーション亀裂が発生するため,セメンタイトラメラーの回転が起こらないのに対し,伸線まま材ではフェライトの塑性変形が継続できるため,捻回試験の進行にともなって正常破断に至るまでセメンタイトラメラーが回転した。

(3)デラミネーション発生には歪速度逆依存性がみられる事から,デラミネーション発生には,ある種の熱活性化過程が関与している事が分かる。

(4)時効や加工硬化(伸線加工)によるフェライトの変形能の低下が,トルクによって生じた剪断応力下におけるラメラーの回転を困難にする結果,マクロな塑性変形開始直後にセメンタイト分解が数ミクロンオーダーで局所的に生じる。この局所的にセメンタイトが分解した領域で起こる不安定変形がデラミネーション亀裂であると考えられる。なお,この不安定変形は一層のフェライト/セメンタイト界面で生じているのでは無く,数十層のラメラーに渡る領域で生じている事に注意を要する。

謝辞

本研究の一部は(国研)科学技術振興機構(JST)による産学共創基礎基盤研究「ヘテロ構造制御」(研究課題名「材料科学と固体力学の融合によるヘテロナノ構造金属における高強度・高靭性両立の指導原理確立」(平成22年度~平成27年度)および科学研究費補助金(基盤(A):JP18H03848)の支援を受けて行われた。ここに謝意を表する。

文献
 
© 2019 一般社団法人 日本鉄鋼協会

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