鉄と鋼
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論文
BCC-FeにおけるTi,N原子のナノクラスター形成のモンテカルロシミュレーション
榎木 勝徳 大谷 博司
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2019 年 105 巻 2 号 p. 334-342

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Synopsis:

The effective cluster interactions (ECIs) in the Fe-Ti-N system were evaluated using the cluster expansion method. The ECIs were estimated under two different conditions. One condition was to evaluate the ECIs based on configurational energies of ordered structures in which each volume was fully relaxed. Another one was to obtain the ECIs from the energies of the structures with each volume was fixed to that of pure Fe. Then, these interactions were utilized in the free energy calculation and Monte Carlo (MC) simulation. Two-phase separation tendency between Fe and TiN was observed in the free energy calculation and the clustering behavior of Ti and N in the Fe bcc matrix was confirmed by the MC simulation. Thus, the result strongly suggests that the i-s clustering is caused by two-phase separation.

According to the MC simulation based on the interaction energies obtained by the condition of fixed volume to pure Fe, layered shaped i-s clusters appears. On the other hand, the MC simulation based on the interaction energies in which volumes were relaxed shows sphere shaped i-s clusters. Thus, elastic constraint from Fe lattice strongly influences the shape of i-s nanoclusters in the very first stage of annealing. Furthermore, energies were compared in structure models with different coordination of N atoms around Ti atoms. The result shows that the clusters of Ti:N = 1:1 preferably form when the tetragonal distortion of the matrix is small. However, when the tetragonal distortion is large, the clusters of Ti:N = 1:3 become stable.

1. 緒言

近年の分析技術の飛躍的向上に伴って,鉄鋼中の侵入型元素(i)と置換型元素(s)の形状や分布が精密に測定できるようになり,それらが材料の機械的特性に大きな影響を及ぼすことが明らかにされつつある。例えば,Fe-Ti-N系やFe-V-N系合金などにおいて,ナノオーダーのサイズからなる微細クラスターの出現が確認され,その形状についてRickerbyらはX線や電子線による回折パターンからi元素とs元素からなる層状構造である可能性を示唆している1)。実際このような層状クラスターは,近年では高分解能透過型電子顕微鏡像から直接確認することができるようになり2),ナノクラスターによる材料表面硬度の向上も確認されている3)

ナノクラスターの生成については,溶質元素間の相互作用が起源となると考えられることから,それを正確に把握することがナノクラスターの応用においてきわめて重要である。鉄中における溶質元素間の相互作用は古くから重視され,実験と理論計算の両面から評価が進められてきた410)。しかし,これらは溶質元素同士の対相互作用に重点が置かれており,溶質元素間の多体相互作用の観点からの研究は少ない。クラスタリングのように複数の原子が集合する過程においては,この多体相互作用がより重要な役割を持つと考えられる。そこで本研究では,Fe-Ti-N三元系における6体クラスターまでの多体相互作用をクラスター展開法から評価し,その相互作用を直接モンテカルロシミュレーションに導入することで,ナノクラスターの生成機構について調べた。

本論文の構成は次のとおりである。2章ではクラスター展開法とモンテカルロシミュレーションの計算手法について説明する。3章では,3・1節において解析に用いた規則構造の体積依存性について説明し,3・2節で自由エネルギーの計算結果を,3・3節においてモンテカルロシミュレーションで得られたクラスターの形状について議論する。またこの節ではモンテカルロシミュレーションから得た組織と実験事実の組成比の相違に関して,層状クラスターを模したスーパーセルを用いた計算から,その原因を考察する。

2. 計算条件

2・1 クラスター展開・変分法

本研究では,溶質原子間の相互作用をクラスター展開法により評価した。クラスター展開法では,固溶体を大きさの異なるクラスターから構成されると考え,個々のクラスターに割り当てた有効クラスター相互作用(Effective Cluster Interactions:ECIs) とクラスターの密度に相当する相関関数との積の総和として,その構造の全エネルギーを式(1)のように表現する。

  
Eformϕ=ΣααmaxJαξαϕ(1)

この式では,第一原理計算から求めた規則構造の生成エネルギーをEform,クラスター相関関数をξ,ECIsをJとした。また,添字φは規則構造を,αはクラスターを区別するラベルである。式(1)におけるαmaxは最大クラスターと呼ばれる。すなわち無限大のサイズのクラスターを用いて式(1)のエネルギーを表現することが理想であるが,実際の計算ではクラスターのサイズを有限サイズで打ち切る必要がある。そこで,最大のサイズとなるクラスターαmaxを定義しておき,αmaxに内包されるクラスターについて式(1)の和をとることで規則構造のエネルギーを近似するのである。また,αmaxに内包されるクラスターのことをサブクラスターと呼称する。

一方クラスター相関関数ξは,結晶格子中の任意のサイトiにおける占有スピン演算子σ(i)を用いることで表現される関数である。A-B 2元合金を例として,サイトiにA原子が存在する場合をσ(i)=1,B原子が存在する場合をσ(i)=0と異なる占有スピン演算子を割り当てる。n体のクラスター相関関数ξnは結晶格子中に存在する結合総数N(n)を用いて次式のように記述される。

  
ξn=1N(n)i1Ni2NinNσ(i1)σ(i2)σ(in)(2)

原子配列,すなわち占有スピン演算子の配列から相関関数の組み合わせは任意の規則構造に対して一意に決まり,さらにクラスターの濃度と相関関数は一対一の関係にある。αmaxに含まれるサブクラスターの数をmとすると,相関関数ξは規則構造φごとに異なるm次元のベクトルとして表わされる。配列の異なるM個の規則構造のエネルギーを計算すれば式(1)はM個の連立方程式を与えることになる。したがって,M>mの構造のエネルギーを第一原理計算により計算し,これらの連立方程式を解けば,ECIsを決定できる。しかしαmaxやサブクラスターの選択には任意性があるため,本研究ではleave-one-out交差検証を行うことでαmaxおよび基底となるサブクラスターを選択した11)

さらに決定したECIsを用いて,クラスター変分法による自由エネルギー計算を行った。クラスターの配置のエントロピーはBarkerの方法を用いて近似し12),自由エネルギーを式(3)のように表した。

  
F(T)=ΣααmaxJαξαϕTΣααmaxγαSα(3)

ここで,γはKikuchi-Barker係数,Sはクラスターαからのエントロピーの寄与で,最大クラスターとサブクラスターの組み合わせから定められる13)。任意の温度における最小のFを変分法から求めることで自由エネルギーを計算した。

クラスター展開法には,侵入型サイト(i-site),および置換型サイト(s-site)から構成されるbcc型2副格子モデルを用いた。i-siteにはNおよび空孔が,s-siteにはFeとTiが配置された200種類の規則構造を作成した。最も大きなセルサイズを持つ規則構造として慣例表記のbcc格子を各軸に2倍ずつ拡張した計16個の置換型サイトからなるスーパーセルを用いた。また,このスーパーセルを用いることでNの原子分率として(Fe, Ti)16Nの5.88%から(Fe, Ti)N3の75%までの範囲の規則構造を作成した。一方,Tiの原子分率は,Fe15TiN6の4.55%からFe1Ti15の93.75%までの組成域の構造を作成した。作成した規則構造のエネルギーを第一原理計算から求め,ECIsを決定した.第一原理計算は密度汎関数による計算コードVienna Ab initio Simulation Package(VASP)1416)を使用し,交換相関汎関数にはGGA-PBE17,18)を用いた。平面波のカットオフエネルギーは400 eVとし,k点サンプリングはprimitive-bccセルに対し17×17×17のグリッド点を用い,異なるサイズのセルに対しては逆格子空間上のk点数の密度がほぼ等しくなるように設定して計算を行った。磁気モデルは強磁性またはフェリ磁性状態とし19),Feを+2.5 μΒ,Tiを−0.5 μΒ,Nを0 μΒとした磁気モーメントを第一原理計算条件の初期値として与えた。また,本研究では原子位置の局所緩和は行わず,各原子はbcc格子上に固定した。また3・1・1項で格子モデルの体積の条件について述べるが,本研究では等方的に格子長を変えることで,体積を変えた格子モデルを使用した。

2・2 モンテカルロシミュレーション

2・1で評価したECIsに基づいて有限温度で出現する原子配列を計算するモンテカルロシミュレーションを行った。i-site,s-siteからなるprimitive-bccを各軸に20倍ずつに拡張したスーパーセルを作成した。またセルの境界は周期的境界条件を適応した。i,sを含めて計24000個の格子点に対し,i-siteにはNと空孔,s-siteにはFeとTiをあらかじめ設定した組成分率にしたがって,ランダムに配置したものを初期状態とした。さらに,設定した任意の温度Tに対して,以下の(1)−(3)の手順を繰り返すことでミクロカノニカルアンサンブルを作成した。

(1)i-siteのNと空孔対あるいはs-siteのFeとTiの原子対をランダムに選択

(2)選択した原子(空孔)位置を交換した場合のエネルギー差(∆E)をECIsから計算

(3)p=exp(ΔEkBT)の確率に基づいて原子(空孔)位置を交換

モンテカルロ計算における原子位置交換は原子の拡散を模したものであるが,現実の系においてN原子の拡散はFe,Ti原子の拡散に比べて103-104のオーダー大きい20,21)。本研究で用いたセルは各軸がs原子20個程度の大きさから構成されるため,置換型原子が隣接サイトに拡散する時間内において,侵入型サイトに配置するNはシミュレーションセル中の全領域を拡散することが可能である。そこで本研究では(1)の過程におけるFeとTi原子対の選択は隣り合う原子のみから行い,Nと空孔は距離にかかわらずシミュレーションセル中の全ての組み合わせの中から選択を行うことで,拡散性の違いの効果を近似的に取り入れた。

3. 結果と考察

3・1 規則構造におけるエネルギーの体積依存性の検討

クラスター展開法では原子配置の異なるさまざまな規則構造のエネルギーを必要とするが,それらの規則構造のエネルギーは格子モデルの体積に依存する。そのために,どのような格子モデルの体積を用いるかによって,評価される有効クラスター相互作用の値が変わることになる。本研究では,それぞれの規則相の平衡体積におけるエネルギーを用いた場合と,純Feに体積を固定した状態における規則相のエネルギーを用いた場合の異なる二つの条件において,有効クラスター相互作用を評価した。また,本研究では格子形状の緩和は行わず,等方的に格子長を変えることで,体積を変えた格子モデルを使用した。したがって,本論文における平衡体積および体積緩和という表現は,格子形状をbcc基に固定した条件下に対する平衡体積および体積緩和を意味する。

Fig.1は(a)純Fe,(b)純Ti,(c)FeN,(d)TiNのbcc基規則構造において,横軸に体積,縦軸に第一原理計算によるエネルギーをプロットした体積−エネルギー(E-V)曲線の計算結果である。またFig.1中に各規則構造を図示した。FeNとTiNについては空間群I4/mmmの構造であり,これはNaCl型構造(fcc基)をベインパスに沿って[001]方向に縮小したものに相当する。○のシンボルでプロットしたものが第一原理計算から評価したエネルギーであり,点線はBirch-Murnaghan状態方程式22)によるフィッティングの結果である。このようなE-V曲線を200 種類の原子配置の異なる規則構造に対して計算した。Fig.1(a)から純FeはV=11.35 Å3/s-siteでエネルギーが最小であり,これがこの規則構造の平衡体積となる。一方,原子半径が大きいTiではV=17.27 Å3/s-siteが平衡体積であり,純Feに比べてかなり大きい。したがってこれらの元素が固溶すると純Feよりも大きな体積が平衡体積になると予想される。一方,FeN,TiNの平衡体積はそれぞれ22.04,25.77 Å3/s-siteであるが,Nは侵入型サイトに固溶するため,置換型サイトあたりの平衡体積は純Feのものと比較すると2倍程度の大きさとなることがわかる。このようにFeと原子サイズの異なる原子が置換する場合や侵入型元素が配置した規則構造では,その平衡体積が大きく変化する。しかし,これらの規則構造は無限に繰り返される周期的セル内での平衡体積であり,Fe母相中に局所的に出現する溶質原子の格子整合な集合状態は,周囲のFe格子からの拘束を受けた状態として存在する。

Fig. 1.

Energy-volume curves for (a) Fe, (b) Ti, (c) FeN, and (d) TiN ordered structures.

このような立場から本研究で考慮した体積に関する条件を考えてみると,平衡体積における規則構造のエネルギーを用いた条件は,Fe格子からの束縛がほとんどなく,局所的なクラスターが自由に体積膨張,収縮することでエネルギー緩和したクラスター状態の相互作用を評価することに対応する。一方,Feの格子定数に固定した条件は,Fe格子からの拘束が強くクラスターの体積が一定である状態の相互作用を評価することに対応するとみなすことができる。現実の系は,周囲のFeからの拘束を受けつつも局所的に格子緩和することが可能であるが,格子緩和の度合いは,発達する溶質原子クラスターのサイズに依存すると考えられる。溶質原子クラスターの体積分率が小さい場合には,体積緩和によるクラスター自体のエネルギー利得よりも周囲のマトリクスをひずませるエネルギー損失が大きいために緩和は小さくなる。一方,溶質原子クラスターの体積分率が大きい場合は,クラスター自体の体積緩和によるエネルギー利得が十分大きい為に,周囲をひずませつつも体積緩和がある程度おこると考えられる。したがって,クラスタリング初期過程のように,局所的な溶質元素濃度が低く,発達するクラスターサイズが小さい状況においては,局所的な格子ひずみの度合いが小さいことが予想され,溶質元素間の相互作用としてはFeに体積を固定した条件が適切な近似になると考えられる。一方,クラスタリング後期過程のように,溶質元素が局所的に多く集まり,クラスターのサイズが大きくなると,局所的な格子ひずみの度合いも大きくなることから,体積を緩和した条件を用いて評価した相互作用がよい近似になる。

計算した規則構造のエネルギー群からクラスター展開法によってECIsの値を求めた。体積を緩和した条件では第5近接サイトまでを含む6体のクラスターをαmaxとし,48種類のサブクラスターを用いた。また体積を固定した条件では第4近接サイトまでを含む3体のクラスターをαmaxとし,サブクラスターは25種類を用いた。

3・2 Fe-Ti-N 三元系の自由エネルギー

決定した有効クラスター相互作用からクラスター変分法を用いてFe-Ti-N三元系の自由エネルギー曲面を計算した。Fig.2(a)は体積緩和した規則構造から評価したECIsに基づいてT=1000 Kで計算した自由エネルギーである。図中のエネルギーの値の単位は[kJ/mol]で,等高線の間隔は10 kJ/mol刻みで表示してある。

Fig. 2.

Contour map of free energy surface of Fe-Ti-N system. The interaction energies were derived based on the different conditions in which (a) each volume was relaxed and (b) each volume was fixed to that of Fe. The unit of the energies given in these figures is kJ/mole of atoms.

Fig.2(a)において,Nの原子分率が50%以上の領域は不安定でありエネルギーが高く評価されたため,それ以下の組成領域における計算結果を表示した。Fe側からTi-N二元系側に向かってエネルギー曲面は急峻に下降し,Ti:N=1:1の組成近傍でエネルギーが最も低くなっていることがわかる。一方,Fig.2(b)は体積をFeに固定した規則構造から評価したECIsに基づくT=500 Kにおける自由ネルギーの計算結果である。等高線の間隔は25 kJ/molで表示した。この条件ではN,Ti濃度が高い領域は弾性的な効果によるエネルギーの不安定化傾向が強く,クラスター変分法における不安定領域での自由エネルギー計算の収束性が悪い。そのために,Fe側の狭い領域でしか計算結果が得られなかった。また比較的収束性が良かった組成領域においても,強い弾性的な効果によりNの濃度が増加する方向に向かう単調なエネルギー増加の傾向が現れている。

Fig.3はFe-TiNを結ぶ組成軸上における自由エネルギー曲線をプロットしたものである。Fig.3(a)は体積を緩和した条件,Fig.3(b)は体積をFeに固定した条件による計算結果である。Fig.3(a)では,T=1000 Kと4000 Kの計算結果をプロットしたが,どちらの温度も上に凸の形状をしており,強い二相分離の傾向があることがわかる。したがって,この条件ではかなり高い温度からFeとTiNの二相に分離することが示唆される。一方,Fig.3(b)ではTiNの分率の増加に伴うエネルギー上昇が大きく右上がりの曲線となるが,これはすでに述べたように強い弾性的効果によるものである。体積をFeに固定した条件では,T=500 Kでは上に凸の形状をしているのに対し,T=1500 Kでは下に凸の形状を示すことがわかった。

Fig. 3.

Free energy curves along the concentration axis that linked Fe to TiN. Figure (a) shows the free energy calculated under the condition that each volume of structure was relaxed, while (b) denotes the energy obtained under the condition that each volume of structure was fixed to that of pure Fe.

以上のように,どちらの条件においても,Fe-TiNの軸上では共通して二相分離型の自由エネルギーを示す計算結果が得られた。一方,本研究では局所緩和の効果を取り入れていないが,これが自由エネルギーへ及ぼす影響について述べておく。局所緩和の構造エネルギーへの影響は,規則構造のN濃度によって異なると考えられる。すなわち,N濃度が高い構造では原子が密に存在するために原子の動きが制限されて局所緩和の効果が小さく抑えられるが,N濃度が低い場合には多量の空孔の存在により原子が動きやすくなるため,局所緩和の効果は大きくなる。したがって,局所緩和は低N濃度域を安定化させる傾向が強いと考えられることから,これが自由エネルギーに現れる二相分離傾向を抑制する可能性もある。局所緩和の効果を取り入れた場合においても二相分離傾向が出現するかについては,今後の検討課題としたい。

3・3 モンテカルロシミュレーションの計算結果

3・3・1 溶質原子クラスターの形状について

評価したECIsに基づいて,モンテカルロシミュレーションを行った。Fig.4は平衡体積のエネルギーを用いて決定した相互作用によるT=1000 KにおけるFe-1at.%Ti-1at.%Nのモンテカルロシミュレーションの結果である。置換型サイトのFeとTi,あるいは侵入型サイトのNと空孔の原子位置交換を全溶質原子に対して行う過程を1モンテカルロシミュレーションステップ(MCS)とし,(a)0 MCS(初期のランダム構造),(b)250 MCS,(c)500 MCS,(d)4000 MCSの原子配置をFig.4に示した。この図では,主要元素であるFe原子は非表示とし,Tiを大きな球で,Nを小さな球で示した。250 MCSからTi,N原子の凝集が観察され,4000 MCSでは球状のクラスターが形成されてほぼ定常状態となっていることがわかる。

Fig. 4.

Atomic configuration of Monte Carlo simulation performed by using the cluster interactions under the condition for each volume of structure being relaxed.

一方,Fig.5はFeに体積を固定した条件下でのエネルギーから決定されたECIsを用いたT=500 Kにおけるシミュレーションの計算結果である。この図でもFe原子を非表示として,TiとN原子だけを示した。Fig.4と同様にTi,N原子が凝集していく傾向がみられるが,4000 MCSで現れたクラスターの形状は板状であり,体積を緩和した相互作用を用いた結果とは明らかに異なる組織となった。さらにT=1000 Kでもシミュレーションを行ったところ,クラスターの生成が不明瞭であった。これより,Feに体積を固定した条件におけるクラスタリング開始温度は1000 K以下であると推定される。

Fig. 5.

Atomic configuration of Monte Carlo simulation performed by using the cluster interactions under the condition for each volume of structure being fixed to Fe.

体積を緩和した条件と,Feに固定した条件の二つの計算条件で異なる形状のTiNクラスターが現れた原因を調べるために,4体までの溶質原子クラスターの凝集エネルギーをクラスター展開法によるECIsから計算した。このときTiおよびNがFe中に単独で固溶した状態をエネルギーの基準として,それらがクラスターを形成した時のエネルギーの利得をクラスターの凝集エネルギーとした。

Fig.6は横軸をクラスター中の固溶元素の総数n=nTi+nNにとり,縦軸にクラスターの凝集エネルギーをプロットしたものである。ここでnTinNはクラスター中に含まれるTiとNの個数である。孤立したTi原子が存在する状態を起点(n=1)として,有効相互作用が及ぶ範囲内にTiあるいはN原子を追加したクラスターのエネルギーを線で結ぶことによって,クラスターのエネルギー分岐を樹形図として表した。(a)は体積を緩和した相互作用を用いた計算結果であり,(b)は体積をFeに固定した相互作用から計算した結果を示している。体積を緩和した条件の(a)に比べて,体積を固定した条件である(b)では,弾性的な効果によってエネルギーが全体的に高く評価されている。

Fig. 6.

Formation energy of i-s clusters up to 4-bodies. The interaction energies were derived based on the different conditions in which (a) each volume was relaxed and (b) each volume was fixed to that of Fe.

それぞれの条件において,特徴的なクラスターを選択して,そのエネルギーを○,□,△などのシンボルで示し,それらに対応するクラスターの構造をFig.7に示した。まず,○,□で示した最もエネルギーが低く評価された2体と3体のクラスターについて説明する。3体以下のクラスターにおいては,体積を緩和した条件と体積をFeに固定した条件で共通のクラスターが最安定であり,2体のクラスターはFig.7(a)に示した第二隣接ペアのTiNクラスター,3体のクラスターはFig.7(b)に示した{001}面と平行なTiN2クラスターが安定であった。しかし,これら以外のクラスターを二つの条件で比較すると,クラスターの生成する面や形状に対する安定性に明瞭な違いがみられた。たとえば,体積を緩和した条件において二番目に安定に評価された3体クラスターはFig.7(c)に示した{111}面と平行なTiN2クラスターであり,このクラスターの凝集エネルギーは−0.35 eVであった。これに対して体積をFeに固定した条件では,このクラスターのエネルギーが+0.25 eVであり,熱力学的に不安定であることがわかった。さらに4体のクラスターでは,体積を緩和した条件ではFig.7(d)に示した立体的な形状を持つクラスターが最も安定であった。これはFig.7(c)の{111}面と平行な3体クラスターにTi原子が一つ加わることで得られるクラスターであり,このクラスターが安定であるためにはFig.7(c)の3体クラスターが比較的安定であることを必要とすると考えられる。体積を緩和した条件では,Fig.7(d)に示したような立体的な形状のクラスターが安定であることに起因して球状のクラスターが発達すると考えられる。一方,体積をFeに固定した条件における4体クラスターはFig.7(e)に示した{001}面に平行なTiN3クラスターが最も安定となり,一つの面方位のみに平行なクラスターが安定であるために,板状の形態のクラスターが発達すると考えられる。

Fig. 7.

Schematic figures of representative i-s clusters.

以上の考察から,母相中での弾性的拘束が強い状態では,Feにおいて弾性率が最も小さい{001}面に平行なクラスター以外は熱力学的に不安定化することが明らかになった。実際のミクロ組織ではこのような弾性的な影響によって板状クラスターが形成されると考えられる。

3・3・2 クラスタリングと二相分離の関連について

3・3・1で述べたように,体積を緩和した条件ではT=1000 K,体積をFeに固定した条件ではT=500 Kにおいて,溶質原子のクラスタリングが確認された。この組織は局所的に見るとクラスターを形成しているTi,Nが密に集まった領域と,母相の溶質元素が希薄な領域の二相から構成された状態とみることができる。一方,Fig.3に示したように,これらの条件下ではFe-TiNの二相分離傾向がみられた。さらに,シミュレーションでクラスターの生成が確認されなかった,体積をFeに固定した条件におけるT=1500 Kでは,このような二相分離傾向は現れていない。以上のことから,自由エネルギーに二相分離傾向が存在する場合は,二相に分離することで系の自由エネルギーの総和を下げるようにしてクラスターが発達するが,二相分離傾向がない場合は,溶質元素が広く遍在した状態が安定であり,クラスターを形成しないと理解できる。このような対応関係から,熱力学的な二相分離傾向がクラスタリングの起源であると推察される。

さらに体積をFeに固定した条件では,T=1000 Kにおいてもクラスターが不明瞭であったことから,クラスタリングの傾向は体積を緩和した条件に比べると弱くなっている。これは母格子による弾性的な拘束の影響でTiとNのクラスターが熱力学的に不安定化することに由来する。すなわち溶質原子クラスターはTi,Nが高濃度に集合した状態であることから,Fe母格子に比べ大きな平衡体積を有する。そのため,体積をFeに固定した条件では,このような状態が不安定化するが,体積を緩和した条件ではそのような不安定化の効果が現れないために,クラスタリング傾向に違いが見られたと考えられる。

3・3・3 溶質原子クラスターの組成について

体積を固定した条件で得られたFig.5(d)のTi,Nクラスターを拡大して示したものがFig.8である。この図より,溶質原子のクラスターの形状は{001}面に平行な一原子層からなる板状構造であり,全てのTi-N結合は第二近接位置の関係にあることがわかる。窒化したFe-Ti合金の高分解能電子顕微鏡観察2)によれば,{001}面に平行なTi-Nの板状クラスターの生成が報告されており,シミュレーションの結果はこれに一致している。しかし,その組成については計算結果と実験による観察では差異がみられた。すなわちシミュレーションから得られたクラスターではTi:N=1:1のTiNが支配的であったが,実験から推定されているクラスターの組成比はTi:N=1:3(TiN3)1)である。そこで,この相違の原因を探るためTiNおよびTiN3の板状の形態を持つ構造のエネルギーをスーパーセル法によって作成し,その熱力学的安定性を第一原理計算から直接評価して比較した。

Fig. 8.

Enlarged view of plate shaped cluster presented in Fig.5(d).

計算にはFig.9(a)に示したbccセルをc軸方向に4倍に拡張したスーパーセルを用い,その中にTiN,TiN3の層を導入した構造を作成した。格子の正方ひずみ(軸比)を固定して,局所的な原子位置を緩和計算してエネルギーを評価した。Fig.9(b)は二つの構造のエネルギーをbcc基準の軸比を横軸としてプロットしたものである。縦軸のエネルギーはTi,NがFe中に単独で存在するエネルギー状態を基準とした。したがって,縦軸の値が負であれば,Ti,Nが孤立して存在するよりも,凝集してTiNやTiN3の形態をとる方が安定であることを意味する。Feよりも大きな原子半径を持つTiと侵入型サイトに入ることで格子間隔を拡げるNが層状の形態で存在するため,二つの構造はどちらもc軸方向に伸長した状態が安定となる。Fig.9からわかるように,Fe7TiNは c/a~1.1,Fe7TiN3はc/a~1.2がそれぞれ最も安定な状態である。最安定同士のエネルギーを比較した場合,実験から提唱されているTiN3の状態の方が安定的であることがわかる。またTiを含まないFe8N,Fe8N3構造に対して同様の計算を行ったところ,Fe8Nの最安定の軸比の状態におけるエネルギーは+6.10 kJ/mol,Fe8N3は+77.4 kJ/molであった。いずれの状態においても,Tiが存在しない場合は不安定であるが,Tiが存在することで層状クラスターが安定化し,その安定化の度合いはTi:N=1:3の方がTi:N=1:1より大きく,Tiがクラスタリングに対する強い働きを担っている。

Fig. 9.

(a) Supercell structures for Fe7TiN and Fe7TiN3 and (b) the calculated results on the formation energies based on these structures in variation of the c/a ratio.

一方,本研究で評価した格子モデルでは立方晶を用いたことに注目すると,本研究から評価されたECIsに基づくエネルギーは局所緩和の影響を除けばc/a=1.0の状態に相当する。この条件下ではFe7TiN3は不安定であり,Fe7TiNはエネルギーの観点から安定である。そのため,本研究のモンテカルロ計算ではこれが再現されて,Ti:N=1:1のクラスターの方が現れたと考えられる。

また現実の材料では,溶質原子クラスターが未発達の状態ではFe母格子中には大きな正方ひずみは導入されていないと考えられる。したがって,Fig.9のエネルギーの計算結果をもとに考察すると,クラスター形成の初期過程は正方ひずみが無くても安定なTi:N=1:1のクラスターが優先的に生成すると考えられる。一方,正方ひずみがある状態ではFe7TiN3が安定であるため,実験により報告されているTiN3クラスターは正方ひずみが発達した後に生成するものと考えられる。

4. 結論

本研究ではクラスター展開法によりFe-Ti-N三元系における原子間相互作用エネルギーを評価した。さらにその結果をモンテカルロシミュレーションに導入してこの合金系における原子クラスターの形成について検討し,以下の結論を得た。

(1)シミュレーションでクラスタリングが観察された条件においては,自由エネルギー曲面にFe-TiNの二相分離傾向があることがわかった。このように,二相分離傾向とクラスタリング傾向には対応関係があることから,時効初期における原子のクラスタリングは二相分離を通して生成することが示唆される。

(2)体積を緩和した条件で相互作用エネルギーを評価した場合には,球状のTiとN原子クラスターが観察された。一方,体積をFeに固定して弾性的拘束を取り入れた相互作用を用いた場合には,板状のTiとN原子クラスターが生成することがわかった。このことから,板状クラスターの特徴的な形状は,Fe母格子による弾性的な拘束が強く影響されて出現すると考えられる。

(3)スーパーセル法を用いて計算したFe7TiN,Fe7TiN3の軸比−エネルギー曲線の比較から,クラスター形成の初期過程では,正方ひずみのない状態でも安定なTi:N=1:1のクラスターが優先的に生成するのに対し,板状クラスターが成長して正方ひずみが発達すると,Ti:N=1:3が安定的になることが明らかになった。

謝辞

この成果は,国立研究開発法人科学技術振興機構 産学共創基礎基盤研究プログラムの「革新的構造用金属材料創製を目指したヘテロ構造制御に基づく新指導原理の構築」研究課題,およびJSPS科研費17H01330の助成を受けたものです。ここに謝意を表します。

文献
 
© 2019 一般社団法人 日本鉄鋼協会

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