鉄と鋼
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論文
溶融亜鉛めっき浴中のトップドロスの構造解析と機械的性質
小西 剛嗣 三木 順平柴田 実奈根本 侑潮田 浩作
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2019 年 105 巻 7 号 p. 716-723

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Synopsis:

In a molten zinc bath in a continuous galvanizing line (CGL), top dross particles crystallize as Fe-Al-Zn intermetallic compounds. These particles easily adhere to the steel sheets causing surface defects. Therefore, controlling the top dross particles is a key issue. The present study focused on the structural and mechanical characterizations of top dross particles using an electron probe micro analyzer, X-ray diffraction, electron back scattering diffraction, Vickers hardness measurement and nano-indentation measurement. The following results were obtained: (1) The crystal structure of top dross particles Fe2Al5Znx having Fe: 37~38 wt%, Al: 44~45 wt% and Zn: 18~19 wt% belongs to the orthorhombic system with a lattice constant of a=7.61 Å, b=6.48 Å and c=4.23 Å. The a axis of Fe2Al5Znx becomes shorter, while the b and c axes become longer compared to those of binary Fe2Al5. (2) The top dross particles with the faceted interface were postulated to coarsen by the mechanism of the anisotropic interface energy between the top dross particles and molten Zn as a driving force rather than by the aggregation mechanism. (3) The hardness and the elastic modulus of the top dross particles are the lowest in the [001] direction like Fe2Al5, and are lower than those of Fe2Al5. (4) The fracture toughness of top dross particles is approximately 1.1 MPa·m1/2, which is slightly lower than that of Fe2Al5.

1. 緒言

ゼンジマー方式の連続溶融亜鉛めっきライン(CGL:Continuous Galvanizing Line) における亜鉛浴内においては,鋼板から溶け出したFeがZnやAlと反応して高融点の晶出物(ドロス)を形成する。このようなドロスは鋼板に付着しやすく,ドロス欠陥と呼ばれる表面欠陥が発生することはよく知られている。しかし,高品質の溶融亜鉛めっき鋼板を安定的に製造する上でドロスの制御は工業的にきわめて重要であるにもかかわらず,ドロスに関する組織解析や機械的性質の調査はほとんどないように思われる。ドロスの中で最も主な晶出物と考えられる亜鉛浴中に浮遊するトップドロスはFe2Al5Znxと報告1)されている。また,トップドロスに関して,Tang2)およびAriokaら3)の次のような報告がある。Tang2)はトップドロスの晶出条件について報告しており,CGLの亜鉛浴内の状態を現すZn-Rich Cornerでの3元系状態図を作成し,それに基づき晶出条件について検討した。その結果,トップドロスはAl濃度0.14%以上で晶出することが明らかとなった。Ariokaら3)はトップドロスをZnから抽出する方法を開発し,トップドロスの3次元的な形態を観察し14面体であると報告した。しかし,従来研究においては,以下の3つの観点からの知見については報告がない。すなわち,(1)Fe-Alの2元系組成に存在するFe2Al5は近年盛んに結晶構造の解析が行われるようになり,Al過剰組成やFe過剰組成の低温域においてc軸方向に沿った部分占有サイトが規則化すること,および従来のFe2Al5の結晶構造を母構造とした超格子構造が複数存在することが報告されている4)。しかし,Znが20 wt%(27 at%)程度含まれるトップドロスは結晶構造が明らかでなく格子定数ですら報告がない。また,(2)トップドロスは亜鉛浴を急速冷却した場合には,冷却中に粒成長機構により粗大化することが放射光X線によるその場観察により報告されている5)。しかし,亜鉛浴が均温状態においては,トップドロスの粗大化過程も明らかでない。すなわち,トップドロスの粗大化は,凝集機構によるものなのか,化学的自由エネルギーを駆動力とする成長機構によるものなのか,あるいはトップドロス/液相の界面エネルギーを駆動力とする成長機構によるものかは不明であり,また直接観察した報告例もない。さらに,(3)2元系Fe2Al5に関しては,結晶方位と硬さ,弾性率,破壊靱性値といった機械的性質の関係が報告されている6)。しかし,トップドロス(Fe2Al5Znx)に関しては,基礎力学物性の報告はなく,また,硬さ,弾性率,破壊靱性値といった機械的性質の結晶異方性についても報告がない。

そこで,本研究では,上記3つの観点に焦点を絞り,トップドロスの組織,特に化学組成と結晶構造,トップドロスの粗大化過程,および機械的性質を解明することに取り組んだ。(1)の知見を得るためにEPMA (Electron Probe Micro Analyzer) による化学組成の測定およびX線回折による結晶構造解析を行った。また,(2)の知見を得るためにSEM-EBSD(Scanning Electron Microscopy - Electron Back Scattering Diffraction)による相の同定および結晶方位解析を行った。特に,EBSDを用いたドロスの解析は,初めての試みと思われる。さらに,(3)の知見を得るために,ドロスのビッカース硬さ測定とナノインデンテンション法による硬さ測定を用いることで硬さ,弾性率,破壊靱性値を,結晶異方性を考慮にいれて測定した。

2. 実験方法

2・1 トップドロス(Fe2Al5Znx)の作製方法

トップドロスの作製においては,Ariokaらの報告3)と同様の手法を用いた。すなわち,黒鉛坩堝内(口径135 mm×高さ173 mm×底径85 mm)で亜鉛(電気亜鉛99.99 wt%)を約10 kg溶解させ大気雰囲気中で浴温460°Cに保った。この亜鉛浴に直径20 mm程度の純Alのボールを全重量の0.5%添加しAlの溶解を確認したのち,0.5 mm角程度の大きさに細かく切り刻んだFe(合金化溶融亜鉛めっき鋼板として製造量の多い極低炭素鋼)を全重量の0.5%添加した。極低炭素鋼の成分をTable 1に示す。上記の状態を1日間保ち,トップドロスを作製した。なお,1日間保持した後の亜鉛浴の液相の濃度はAl:0.140 wt%,Fe:0.32 wt%であり,Tangの状態図2)の3重点と良く一致した。したがって,この亜鉛浴はAlとFeが過飽和の状態にあり,トップドロスが晶出しやすい条件であると考えることができる。

Table 1. Chemical composition of extremely low carbon steel (mass%).
wt%
CSiMnPS
≦0.010.010.140.010.01

2・2 試料の採取方法

トップドロスの存在状態は冷却中にきわめて速く変化するため,組織の凝固方法に十分注意を払った。Fig.1(a)のようなガラスピペットを利用して,実験室の亜鉛浴の浴表面からトップドロスを吸い上げて採取した。また,採取した溶融液を銅の鋳型(Fig.1(b))に滴下させて急冷した。液滴と銅の鋳型との接触面近傍の冷却速度は,約10000°C/sと推定される。その後,急冷した面から0.5 mm下の面まで研削し,その面を観察に供した。

Fig. 1.

Experimental instruments showing (a) a quartz glass tube to extract molten Zn containing top dross and (b) a copper mold to quench molten Zn. (Online version in color.)

2・3 トップドロス(Fe2Al5Znx)の解析方法

トップドロスの化学組成からドロスの種類を同定することを目的に,EMPAによる元素分析を行った。用いた装置はJXA8900RLであり,加速電圧15 kVで測定した。また,ドロスの結晶構造の解析を目的に,X線回折を行った。X線回折装置は,回転対陰極式Co線源を用いたリガク製 X線回折装置SmartLabであり,管電圧40 kV,管電流36 mAで測定した。また,SEM-EBSDを用いたトップドロスの解析に挑戦した。SEMを加速電圧25 kVで操作し,ドロスの解析を行った。解析には,TSLソリューションズの解析ソフトOIM Analysis ver.7を用いた。なお,フィッティング手法は,代表的な菊池図形をトレースし,菊池線の幅の測定から菊池線に対応する面指数の組み合わせを決定するといった一般的な手法を用いた。

2・4 トップドロス(Fe2Al5Znx)の機械的性質の測定方法

トップドロスの結晶方位と硬さの関係を調査するために,EBSDで結晶方位解析したトップドロスのビッカース硬さの測定を行った。荷重490 mNで測定を行うとドロスが割れてしまう場合があり,一方,荷重49 mNで行うと値がばらつく問題が発生した。そこで,安定した硬さが得られ,かつドロスが割れない最大荷重である98 mNで測定した。

弾性率と破壊靱性値の評価に関しては,Tsukaharaらの報告6)と同様の手法を用いた。すなわち,弾性率の測定は微小押し込み硬さ試験法7),破壊靭性値の測定はビッカース硬さ試験によるIndentation Fracture(IF)8)を用いた。Fig.2に弾性率(E)および破壊靭性値(KIC)の測定に必要なパラメータを示す6)Eは,Barkovich型圧子を装着した微小押し込み硬さ(ナノインデンテーション)試験より得られた荷重−変位曲線を用いて,次のように求めた。すなわち,最大荷重Pmax(N)に到達後の傾きから塑性変形量h1(m)および弾性変形量h2(m)を測定し,式(1)および(2)を用いてEを算出した(Fig.2(a))。

  
E=π2A×Pmax/h2(1)
  
A=24.5h12(2)
Fig. 2.

Required parameters for evaluating (a) elastic modulus by the nano-indentation method and (b) fracture toughness by the Vickers hardness method6). Optical micrographs showing (c) crack occurrence on the surface of Fe2Al5Znx top dross particles after applying a 588 mN Vickers hardness indentation force and (d) evidence of the Palmqvist crack after polishing the original indentation shown in Fig.2(c). (Online version in color.)

ここでEはPaの次元を持つ。

破壊靭性値(KIC)は,ビッカース試験による圧痕の4隅からき裂が十字に発生した場合のき裂長さの平均値l(m),硬さHv(MPa)および荷重P(MN)から,式(3)を用いて算出した(Fig.2(b))。

  
KIC=0.0937(HvP4l)12(3)

ここでKICはMPa・m1/2の次元を持つ。なお,式(3)を用いたKICの算出はビッカース圧痕4隅からPalmqvist型のき裂の発生9)を仮定したものである。圧痕を導入した試料の光学顕微鏡写真をFig.2(c)に示す。それを圧痕が消えない程度に研磨した光学顕微鏡写真をFig.2(d)に示す。Fig.2(d)に示すように,圧痕とき裂の間に空隙ができていることが確認できたため,本研究ではトップドロスのき裂はPalmqvist型であると仮定した。

3. 実験結果および考察

3・1 トップドロス(Fe2Al5Znx)の化学組成および結晶構造の解析

3・1・1 EPMAによる化学組成の分析

EPMAでトップドロスの化学組成を分析した結果を,Fig.3に示す。Fig.3(a)は試料の組成像を示しており,黒色の角張った介在物がトップドロスであり,周りの白色のバックグラウンドは液相Znが凝固したものである。測定に供したトップドロスはサイズによらず組成がほぼ一定であり個々のトップドロスで化学組成のばらつきは小さく,Fe濃度が37から38 wt%(25.4から26.1 at%),Al濃度が44から45 wt%(62.6から64.1 at%),Zn濃度が18から19 wt%(10.6から11.2 at%)であることが判明した。Fe-Al2元系状態図10)によれば,Fe2Al5相のFe濃度は45から46 wt%(28.4から29.1 at%)であり,Al濃度は54から55 wt%(70.6から71.9 at%)である。Nakanoら11)が構築した熱力学データベースを用いてFe-Al-Zn3元系状態図を計算した(Fig.4)。Fig.4から明らかなように,液相Znと平衡するFe2Al5相のFe濃度は33.5から34 wt%(24.0から24.3 at%)であり,Al濃度は40.5から41 wt%(60.1から60.5 at%)であり,Zn濃度は25から26 wt%(15.2から15.9 at%)である。以上より,実験で求めたトップドロスのAlとFeの原子比(Al/Fe)は2.40から2.52であり,これは上に述べたFe-Al2元系状態図10)におけるAlとFeの原子比2.43から2.53の値や本研究にて計算したFe-Al-Zn3元系状態図におけるAlとFeの原子比2.48から2.52の値に近い。すなわち,Fe2Al5の2.5に近く,トップドロスはFe-Alの2元系組成におけるFe2Al5の結晶構造を母構造とした結晶構造を有すると推察される。また,上述したように実験で求めたトップドロスのZn濃度は18から19 wt%であったが,Fe-Al-Zn3元系計算状態図において液相Znと平衡するFe2Al5相のZn固溶量は25から26 wt%であった。両者の乖離の理由については現状では未解明であり,今後の課題としたい。

Fig. 3.

(a) EPMA compositional image of Fe2Al5Znx phase dross particles showing the concentration of (b) Al, (c) Fe and (d) Zn (mass%).

Fig. 4.

The 460°C section of the Zn-Fe-Al calculated phase diagram using the thermodynamic database proposed by Nakano11). This phase diagram shows the domain of Fe2Al5Znx.

トップドロス中のZnの取りうる位置に関しては,以下の2つのパターンが考えられる。すなわち,①FeとAlの原子配置は変化せず,c軸方向に沿ったAl原子の部分占有サイトにZn原子が侵入した構造,②Fe原子とAl原子の一部がZn原子と置換するが,Zn原子の多くはAl原子と置換しているという構造,が考えられる。上記のいずれの結晶構造を有するかについてはXAFS(X-ray Absorption Fine Structure)や第一原理計算などによる検討が必要と考えられ,今後の課題としたい。

3・1・2 X線回折による結晶構造の解析

作製したトップドロスの結晶構造を解析するためにX線回折で相の同定を行った。結果をFig.5に示す。X線回折ピークには大部分を占めているZn相の強いピークとZn(100)のCoKβ線のピークに加えて,トップドロス由来のピークが存在することが確認された。そのピークは,Fe-Alの2元系組成において存在する斜方晶のFe2Al510)(格子定数a=7.656 Å b=6.415 Å c=4.218 Å)のピークパターン (Fig.4の赤い線)と比べて,ピークシフトしていた。Fe2Al5の空間群(Cmcm)10)とピーク位置からPawlley法12)を用いて格子定数を精密化したところ,トップドロスの格子定数として,a=7.61 Å,b=6.48 Å,c=4.23 Åを得た。さらに,この格子定数と2元系Fe2Al5の原子座標10)を用いてリートベルト解析により理論ピークパターン(ピーク強度)を求めた (Fig.5の青い線)。リートベルト解析により求めたピークパターンはトップドロスのX線回折におけるピークパターンと良く一致し,リートベルト解析により求めたピーク強度についても実験によるピーク強度と傾向が一致した。以上のことから,トップドロスは,2元系Fe2Al5の結晶構造を母構造とした結晶構造で,格子定数がZnの含有によって若干変化した構造を持つと考えられる。すなわち,Znを含有したトップドロスの格子定数は,既に述べたようにa=7.61 Å b=6.48 Å c=4.23 Åであり,2元系Fe2Al5の格子定数10)であるa=7.656 Å b=6.415 Å c=4.218 Åと比べると,a軸が短く,b軸とc軸が長くなったことが判明した。また,Sakidjaら13)は,2元系Fe2Al5はAl濃度が高くなるとc軸方向に沿った部分占有サイトのAlの占有率が高くなり,その結果,a軸が短く,b軸とc軸が長くなると報告している。ゆえに,トップドロスは,c軸方向に沿った部分占有サイトにZnが位置することによってa軸が短く,b軸とc軸が長くなった可能性が示唆された。この実証と理由については,今後の課題としたい。

Fig. 5.

X-ray diffraction patterns showing the existence of Fe2Al5Znx phase in the top dross of molten Zn. The arrows indicate the diffraction peaks of Fe2Al5Znx. The red and blue lines indicate both the diffraction angles and intensities of Fe2Al5 and Fe2Al5Znx, based on the Rietveld method, respectively.

3・2 トップドロス(Fe2Al5Znx)の粗大化過程の解析

ここでは,核生成したトップドロスの粗大化過程を解明するために,EBSDを用いて解析を行った。

3・2・1 EBSDによる菊池線の測定

SEM-EBSDでトップドロスの菊池線を得た。その結果をFig.6(a)に示す。比較的明瞭な菊池線を得ることができ,EBSDを用いて相の同定および方位解析が可能であることが判明した。

Fig. 6.

(a) EBSD Kikuchi patterns of a Fe2Al5Znx phase dross particle. (b) Fitting result of the Kikuchi pattern using the newly proposed lattice parameters for top dross.

3・2・2 EBSDによる菊池線の解析

本研究で得られたトップドロスの格子定数データを用いて,菊池線をフィッティングした。その結果をFig.6(b)に示す。菊池線パターンの予測と実際に得られた菊池線パターンは良く一致し,トップドロスの菊池線のフィッティングが高精度に可能であることがわかる。すなわち,相の同定および方位解析がEBSDで可能であることが判明した。

3・2・3 EBSDによるトップドロスの観察とその粗大化機構について

トップドロスの相の同定および方位解析を,3・2・2項で述べた手法を用いておこなった結果をFig.7に示す。観察結果から明らかなように,大きさが約50から100 μm程度に粗大化したトップドロスと微細なドロスが混在する。また,粗大なトップドロスはファセットを持ち個体ごとに同じ方位を示す。したがって,トップドロスは凝集することにより約100 μmまで粗大化したのではなく,トップドロス/液相の界面エネルギーの最も低いファセットを保ったまま,全界面エネルギーが最小となるように粗大化したものと思われる。ここで,トップドロスの粗大化は,FeとAlを含むZn浴を長時間保持した時に生じるので,化学的自由エネルギーを駆動力に成長した機構を考えることは難しい。一方では,一部のトップドロスについては凝集化が同時に進行することも認められている。凝集が起こりにくい実験事実は,ファセットを持つトップドロスと液相(Zn)との界面エネルギーが比較的低いことを示唆する。このように,EBSDを用いた解析により,トップドロスの粗大化機構が初めて明らかとなった。トップドロスの時間に伴う変化,すなわち核生成・成長機構に関する詳細な検討については,今後の課題としたい。

Fig. 7.

EBSD (a) image quality map, (b) phase map, and inverse pole figure maps of (c) Fe2Al5Znx phase dross particles and (d) Zn.

3・3 トップドロス(Fe2Al5Znx)の機械的性質の解析

ここでは,3・2節で方位解析したトップドロス(Fe2Al5Znx)の硬さ,弾性率,破壊靱性値を求め,基本的な機械的性質に及ぼすZn含有の影響とその結晶異方性について調査した。

3・3・1 ビッカース硬さ

多くのトップドロスについて,Fig.8に示すようにビッカース硬さ測定を行った。荷重は98 mNであり,精度を高めるために,圧痕の大きさはトップドロスの大きさの1/3より小さくなるように測定した。なお,紙面奥行き方向のトップドロスの厚さについては十分な検討を今回は行っていないが,Ariokaらの報告3)にあるように十分な厚さを有するものと予想される。トップドロスの方位ごとの硬さの平均値と標準偏差をFig.9に示す。変動係数はどのドロスでも6.5%以下であった。斜方晶のトップドロスの[100]方向に近い⑤の方位の硬さは714 Hvであり,[010]に近い①の方位の硬さは754 Hvで高い。これに対し,[001]に近い⑦の方位の硬さが616 Hvとかなり低いことから,[001]方位は柔らかい傾向があることが判明した。これは,Tsukaharaら6)による2元系Fe2Al5の測定結果と同様の傾向であり,[001]方位に最も柔らかいのはc軸に沿った部分占有サイトの空孔やZnの配列が関与している可能性があると推察される。また,2元系Fe2Al5の硬さが780 Hvから850 Hvの範囲にあったことと比べるとトップドロスは著しく柔らかいことが判明した。Zn含有トップドロスのこのような特徴の原因については,Znの存在位置も含め今後の課題としたい。

Fig. 8.

An optical micrograph showing Fe2Al5Znx phase top dross and indents of the Vickers hardness test with a 98 mN load.

Fig. 9.

Change in the Vickers hardness of Fe2Al5Znx phase with crystal orientation. A 98 mN load was applied to the specimens. The main figure is the Vickers hardness value, and the figure in parentheses is the number of hardness measurement trials.

3・3・2 弾性率

弾性率の測定は微小押し込み硬さ試験法用いて行った。Tsukaharaらの報告6)と比較するために,Tsukaharaらと同様に最大荷重(Pmax)9.8 mNの条件下で試験を行った。

[100],[010],[001]方位の粒で測定を行い,得られた荷重−変位曲線をFig.10に示す。その結果,式(1)を用いて評価した弾性率(E)は[100]方位で217 GPaであり,[010]方位で235GPaである。これに対して,[001]方位は204 GPaである。なお,今回の測定回数は1回ではあるが硬さと同様に,[001]方位の弾性率が他方位よりも著しく低い傾向があり,異方性があることが判明した。このような弾性異方性は,Tsukaharaらの報告6)の2元系Fe2Al5と同様の結果であり,c軸に沿った部分占有サイトの空孔やZnの配列が原因であると推察される。また,Tsukaharaらの報告6)では,2元系Fe2Al5Eは [100]方位に近い方位では253 GPa,[001]方位に近い方位では222 GPaという結果であることから,Znを含むトップドロスは硬さと同様に弾性率も低下することが判明した。

Fig. 10.

Load-displacement curves of Fe2Al5Znx phase top dross particles evaluated by the nano-indentation method. A load was applied in the direction of (a) [001], (b) [010] and (c) [100].

3・3・3 破壊靱性値

Fig.11に,[100],[010],[001]方位から490 mNの荷重でビッカース圧子を圧入した時のき裂長さを示す。[001]方位のみ,Fig.10(a)に示したように4方向にき裂が入り,式(2)を用いて求めた破壊靱性値(KIC)は1.1 MPa・m1/2,であった。[010]方位や[001]方位ではFig.10(b)(c)のように4方位にき裂が入らず2方向や3方向のみにき裂が入ったため,KICは求められなかった。上記の傾向については3回試験を行っても同じ傾向が確認された。Tsukaharaらの報告6)における2元系Fe2Al5KIC 1.3 MPa・m1/2と比べると,Znを含有するトップドロスの[001]方位のKICは低い傾向がある。また,2元系Fe2Al5には,破壊靱性値の異方性は認められなかったが6),Znを含むトップドロスにおいては方位によりき裂の入り方が異なることが判明した。破壊靱性値は,原子間の結合力や表面エネルギーの異方性が関係していると推察され,これらに及ぼすZnの影響については今後の課題としたい。

Fig. 11.

Secondary electron images showing the crack occurrence on the surface of Fe2Al5Znx phase top dross particles after applying a 490 mN Vickers hardness indentation force in the direction of (a) [001], (b) [010] and (c) [100].

4. 結論

溶融亜鉛浴に浮遊するトップドロス(Fe2Al5Znx)に関して,以下の知見を得た。

(1)トップドロスの化学組成は,Fe濃度が37から38 wt%,Al濃度が44から45 wt%,Zn濃度が18から19 wt%であり,トップドロス(Fe2Al5Znx)のサイズによる濃度のばらつきは小さい。

(2)トップドロスの結晶構造はZnを含有しても斜方晶であり,格子定数としてa=7.61 Å,b=6.48 Å,c=4.23 Åを持つ。2元系Fe2Al5と比べると,a軸が短く,b軸とc軸が長い。

(3)トップドロスは約1 μm程度の微細なものから100 μmまで粗大化したものまでが混在している。EBSDを用いた方位解析の結果,一つの粗大な粒が同一方位を有することから,粗大化は凝集機構ではなくトップドロス/液相の異方的な界面エネルギーを駆動力とする成長機構により生じると考えた。

(4)2元系Fe2Al5と同様に,トップドロス(Fe2Al5Znx)は[001]方位の硬さが最も低い。また,トップドロスの硬さは2元系Fe2Al5と比べると,全方位とも著しく低い傾向がある。

(5)2元系Fe2Al5と同様に,トップドロスの弾性率は[001]方位に最も低い値を示す。なお,2元系Fe2Al5の弾性率と比べるとトップドロスの弾性率は全方位とも低い傾向がある。

(6)トップドロスの[001]方位の破壊靱性値は,2元系Fe2Al5の破壊靱性値と比べると若干低い傾向がある。また,2元系Fe2Al5には,破壊靱性値の異方性は認められなかったが,トップドロスは方位によりき裂の入り方が異なることが判明した。

文献
 
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