Tetsu-to-Hagane
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Effect of Boron Addition on Liquid Zinc Embrittlement of Heat Affected Zone in 490 MPa Grade Steels
Masayuki Yamamoto Keiji MurayamaHongmei LiNaoki Takata
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2019 Volume 105 Issue 7 Pages 742-751

Details
Synopsis:

We examined the effect of boron (B) addition (up to 10 ppm) on the liquid zinc (Zn) embrittlement of 490 MPa grade steels (SN490B) containing a trace amount (approximately 70 ppm) of nitrogen (N) via notched-bar tensile (NBT) tests. The studied steels were heat-treated in order to reproduce the microstructure (martensite structure) of the heat -affected zones in the building structural steels. The NBT tests indicate a slight effect of B addition on the liquid Zn embrittlement of the studied steels containing trace N; this is different from the results of previous studies on the liquid Zn embrittlement of N-free steels. However, the addition of titanium (Ti) into the studied steels induces remarkable liquid Zn embrittlement. The NBT-tested specimens of the Ti-added steels exhibit a brittle fracture surface, indicating intergranular fracture induced by liquid Zn. Its associated cracks preferentially propagate along prior austenitic boundaries, and Zn is enriched at these crack tips. Minute chemical analysis reveals a significant segregation of B at prior austenitic boundaries in the Ti-added steels. These results indicate that the segregated B would facilitate crack propagation along the prior austenitic boundaries induced by liquid Zn, resulting in enhanced liquid Zn embrittlement. The effects of N and Ti on B segregation and the related liquid Zn embrittlement are discussed.

1. 緒言

溶融亜鉛めっきを用いた鋼の表面処理技術1)は,防食性に優れておりコスト的に塗装などよりも比較的有利な為,送電鉄塔や橋梁,建築鉄骨などの様々な分野で使用されている。

一方,液体の亜鉛は鉄に対して液体金属脆化(Liquid Metal Embrittlement:LME)を引き起こす2)ため,鋼材の結晶粒界の性状や溶接時の残留応力,溶融亜鉛めっき浸漬時の熱応力など鋼材のみならず設計・施工にも注意が必要である。溶融亜鉛めっきに対応した鋼材の開発としては,1980年代に送電鉄塔や橋梁の溶接熱影響部(Heat Affected Zone:HAZ)の溶融亜鉛めっき割れを対象にして行われている35)ものの,建築鉄骨の分野では,溶融亜鉛めっき割れ防止に対する明確な指針はない。送電鉄塔や橋梁で得られた知見は,溶接時の残留応力,溶融亜鉛めっき浴への浸漬時の熱応力などが対象物の大きさや操業条件により変化すること6)や,鋼材の化学成分,溶接時の冷却条件等の影響で鋼材の脆化度が変化する7)など要因が複雑な為,建築鉄骨にそのまま適用できない。送電鉄塔や橋梁用鋼の開発では,鋼材の溶接熱影響部を対象に実験的に求めた亜鉛脆化度(Susceptibility to LME:SLM-400)を指標として鋼材の評価を行っている。これら研究の成果として,実験に用いられた鋼材の化学成分と亜鉛脆化度(SLM-400)の関係を求めた回帰式として式(1)が求められた3)

  
SLM400= 201370C22Si51Mn35P+33S28Cu22Ni87Cr 123Mo275V182Nb82Ti+24Al+1700N155000B(1)

SLM-400が大きい方がLMEの影響が小さいことを意味し,式(1)では,窒素(N)とボロン(B)の係数が大きい。また,実験に用いられた鋼材のミクロ組織観察結果より,SLM-400は旧オーステナイト粒界を占める粒界フェライトの割合(フェライト占有率)と正の相関があることを示し,B含有量とフェライト占有率の間には負の相関が認められるとの結論を得ている。この結論は,Bにより粒界近傍の焼入れ性が向上した結果であると説明されている。これらのことからBは,LMEを著しく促進する元素であると理解されている。しかし,これらの結論は主に30 ppm以下のNを含む鋼を用いて導き出された結果であり,70 ppm程度のNを含有した鋼の溶融亜鉛脆性に関する報告はほとんどない。特に,NはB,Al,Ti等の微量添加により窒化物を形成するため,窒素の存在形態(固溶Nもしくは窒化物)によりこれら元素が溶融亜鉛脆性に及ぼす影響は大きく異なると予測される。したがって比較的高濃度のNを含有した鋼材の溶融亜鉛脆化挙動に及ぼすBの影響は,十分に理解されていないのが現状である。本研究では,70 ppm程度のNを含有する実用鋼を対象とし,Tiを微量添加し鋼中の固溶Nを低減させた試料およびB含有量を変化させた試料を作製し,これらに溶接熱影響部を模擬した熱処理を施した試料を用いて,N含有実用鋼における溶融亜鉛によるLMEに及ぼすNの存在形態およびB含有量の影響を調査した。

2. 実験方法

2・1 供試材料

本実験では,電気炉製鋼法にて溶解して製造した連続鋳造鋳片を板厚32 mmに圧延した建築構造用圧延鋼板8)を供試材として用いた。その化学成分をTable 1に示す。化学成分は,連続鋳造中のタンディッシュ内の溶鋼をスパーク放電発光分光分析法9)にて分析し求めた。微量ボロンの分析は,ほう酸トリメチル蒸留分離法を用いたICP発光分光分析方法10)にて行った。

Table 1. Chemical composition of studied steels (wt%).
SteelCSiMnPSTiBN
A0.130.231.290.0170.0060.002l ppm65 ppm
B0.140.251.300.0150.0050.0028 ppm68 ppm
C0.130.251.380.0120.0020.0123 ppm69 ppm
D0.130.251.400.0180.0040.0156 ppm70 ppm

供試材の母材組織はフェライト・パーライトである。A鋼とB鋼においてNはフェライト母相内に固溶していると予測される(Ti無添加鋼)。一方,Tiを添加したC鋼とD鋼(Ti添加鋼)において,窒化物の形成により固溶Nは低減すると予測される。また,B鋼とD鋼には数ppmのBを添加した。

2・2 試験方法

本研究では,送電鉄塔および橋梁用鋼の開発で亜鉛脆化度を求める為に用いられた切欠付き丸棒引張試験法(Notched Bar Tensile test:NBT試験法)11)を行った。亜鉛脆化度(SLM)は式(2)で求められる。

  
SLM=σf(Zn)/σf×100(%)(2)

ここで,σf(Zn)は溶融亜鉛を付着した試験片の切欠破断応力,σfは亜鉛未付着の試験片の切欠破断応力である。試験片は,鋼板を代表する位置として1/4厚から採取した。Fig.1に,試験に用いた切欠付き丸棒試験片の形状を示す。φ9 mmの丸棒引張試験片の長手中央部に,溶接熱サイクルを模擬した熱処理を実施したのち,切欠を加工した。今回評価に用いた熱サイクルをFig.2に示す。最高加熱温度1350°C,800°Cから500°C間の冷却時間が9 sである小入熱の溶接条件とした。亜鉛の付着は,試験片を脱脂後,フラックスを塗布・乾燥させたのち,切欠底にφ0.6 mmの純亜鉛線を巻き付けたまま470°Cに加熱することで行い,溶融亜鉛浴内での引張試験を再現した。引張試験は,温度と荷重を任意に制御できる熱間加工再現試験装置サーメックマスタZを用い,温度・荷重条件については,これまでの研究11)を参考とし,Fig.3に示す温度・荷重条件で行った。亜鉛未付着の試験では,470°Cに加熱した状態で荷重を9.8 MPa/sの負荷速度で破断まで負荷し,切欠破断応力を求めた。溶融亜鉛を付着した試験では,室温にて鋼に応じた任意の初期応力σiを負荷した後,30 sで470°Cまで加熱を行い,破断まで一定に保持した。荷重は加熱開始と同時に4.9 MPa/minの負荷速度で上昇させていき,破断まで負荷を継続した。このようにして,それぞれの破断時間と破断応力を求めた。なお,破断時間は試験片が470°Cに到達した時間を0 sとした。試験時の雰囲気は大気をArガスにより置換した状態で行い,破断後はN2ガスにて急速冷却を行った。

Fig. 1.

Schematic showing the dimensions of the notched-bar tensile test specimen.

Fig. 2.

Schematic of the heat treatment pattern applied to the specimen for the notched-bar tensile test. The maximum temperature of heat treatment is 1350ºC, and time for cooling from 800ºC to 500ºC is 9 s.

Fig. 3.

Heating and loading profiles of the specimen for the notched-bar tensile test: (a) reference specimens heated to 470ºC and loaded at a speed of 9.8 MPa/s. (b) test specimens (contacted with liquid Zn) heated to 470ºC at a stress of σi and then loaded at a speed of 4.9 MPa/s.

作製した試料の組織および切欠き付き試験片の破断面は,光学顕微鏡および走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察した。SEM観察時の加速電圧は15 kVである。試料の結晶方位解析には,電子線後方散乱回折(EBSD)法を用いた。試料中のB元素の分布状態分析には,ガリウム収束イオンビームを一次イオン源に用いた飛行時間型二次イオン質量分析(Time of Flight Secondary Ion Mass Spectrometry:ToF-SIMS)装置12)を用いた。また,試験片破断部近傍の元素分析には,電子線マイクロアナライザ(EPMA)を用いた。分析条件は,加速電圧15 kV,ビーム電流50 nAとし,Fe,Znともに分光結晶にはLiFを用いた。試料の硬度測定にはビッカース硬度試験機を用い,試験力98.07 Nおよび試験力の保持時間10 sの条件で行った。

3. 結果

3・1 組織観察

Fig.4に,溶接熱サイクルを模擬した熱処理を施した供試材の光学顕微鏡像を,それらのビッカース硬度(Hv10)と併せて示す。光学顕微鏡観察において,いずれの試料もラスマルテンサイト組織の組織形態を示す。Ti無添加鋼(A鋼,B鋼)の硬さは約270 Hvであり,B含有量に依らずほぼ同じである(Fig.4(a, b))。この硬さは,Ti添加鋼(C鋼,D鋼)のもの(約350 Hv)と比べ低い(Fig.4(c, d))。本研究で測定されたTi無添加鋼の硬さはマルテンサイト組織を有する一般の低炭素鋼のもの13)より低い為,Ti無添加鋼では軟質な相が混在していると考えられる。なお,Ti添加鋼の硬さはB含有量に依らずほぼ同じであった(Fig.4(c, d))。Fig.5に,各供試材のSEM像を示す。また,Fig.6Fig.5のSEM像の同視野のEBSD解析による方位分布図を示す。ここでは,紙面垂直方向の結晶方位をステレオ三角形のカラーキーに基づいて示す。Ti添加鋼(C鋼,D鋼)のSEM像 (Fig.5(c, d))は,微細なラスマルテンサイト組織の形態14)を示し,平均結晶粒径が,71 μm,44 μmを示す旧オーステナイト粒が観察される。これらの試料のEBSD解析による方位分布図(Fig.6(c, d))では,旧オーステナイト粒内部のパケットおよびブロックの形成による方位変化15)が観察される。これらの組織の特徴は,B含有量に依らず同じである。一方,Ti無添加鋼(A鋼,B鋼)のSEM像では,明瞭な旧オーステナイト粒界が確認されず,Fig.5(a, b)中の矢印に示すように旧オーステナイト粒界上に伸張したフェライト相が観察される。これはB含有鋼においてより顕著になる傾向がある(Fig.5(b))。Ti無添加鋼(A鋼,B鋼)のEBSD解析では,マルテンサイト組織内部にFig.6(a, b)中の矢印で示すようなラス状ではない比較的粗大な結晶粒の存在が観察される。その傾向は,8 ppmのBを含有するB鋼において顕著であり,旧オーステナイト粒界に沿った結晶粒も観察される(Fig.6(b))。また,平均結晶粒径が104 μm,87 μmと比較的大きく,これらの組織の特徴は,Ti添加鋼で観察された典型的なマルテンサイト組織(Fig.6(c, d))とは明らかに異なる。Fig.7に,ToF-SIMSを用いて分析した6 ppm以上のBを含有する試料(B鋼,D鋼)のSIM像とそれに対応するB元素分布図を示す。Ti添加鋼であるD鋼(Fig.7(c, d))において明瞭なB元素の濃化が検出され (Fig.7(d)),その濃化領域は旧オーステナイト粒界に対応する。これは,D鋼のマルテンサイト組織においてB元素が旧オーステナイト粒界に偏析することを示す。一方,Ti無添加鋼であるB鋼では,局所的なB元素の濃化が観察された (Fig.7(b))。この濃化領域は,D鋼同様旧オーステナイト粒界に対応すると考えられる。したがって,Ti無添加鋼の旧オーステナイト粒界の偏析は局所的であると考えられる。

Fig. 4.

Optical micrographs of the studied heat-treated steels (heated to 1350ºC and then quenched at a cooling rate of 33ºC/s) together with their Vickers hardness values: (a) Ti-free steel with 1 ppm B, (b) Ti-free steel with 8 ppm B, (c) Ti-added steel with 3 ppm B, and (d) Ti-added steel with 6 ppm B.

Fig. 5.

Secondary electron images showing the microstructure of the studied heat-treated steels (heated to 1350ºC and then quenched at a cooling rate of 33ºC/s): (a) Ti-free steel with 1 ppm B, (b) Ti-free steel with 8 ppm B, (c) Ti-added steel with 3 ppm B, and (d) Ti-added steel with 6 ppm B.

Fig. 6.

Orientation color maps of the studied steels obtained by electron back-scattered diffraction analysis, and their prior austenite grain size values: (a) Ti-free steel with 1 ppm B, (b) Ti-free steel with 8 ppm B, (c) Ti-added steel with 3 ppm B, and (d) Ti-added steel with 6 ppm B. The orientation color key is provided in the unit triangle.

Fig. 7.

(a, c) Secondary ion mass images and (b, d) corresponding B distribution maps of the studied steels. (a, b) Ti-free steel with 8 ppm B and (c, d) Ti-added steel with 6 ppm B.

3・2 Notched-Bar Tensile(NBT)試験

Fig.8に,各試験片のNBT試験で測定される公称応力−負荷時間曲線を示す。亜鉛を付着させずに行った供試材の切欠破断応力は,いずれの鋼材も930~960 MPaと同程度であった。したがって,本研究で用いた鋼材の470°Cにおける強度はほぼ同じである。すべての鋼材における切欠破断応力は亜鉛を付着させると低下する。また,初期負荷応力(σi)の増大に伴い破断時間(tr)は短縮する。しかし,その応力と破断時間の関係は鋼材によって大きく異なる。Ti無添加鋼であるA鋼では,σi=353 MPaにおいてtr=49 sであるが,σiの低下に伴ってtrは増大し,σi=261 MPaではtrは795 sまで増大する(Fig.8(a))。一方,8 ppmのBを含有するB鋼はσi=331 MPaのときtrは1167 sもの大きな値を示す(Fig.8(b))。この結果は,Ti無添加鋼においてB含有量が増大しても溶融亜鉛脆性の促進を引き起こさないことを示す。Ti添加鋼であるC鋼の試験片は,Ti無添加鋼(A鋼およびB鋼)と比較して,著しく低い応力で破断する。σi=264 MPaにおいてtrがわずか28 sで破断し,σi=101 MPaでtrは525 sである(Fig.8(c))。この低応力における破断は,Bを6 ppm含有するD鋼においても認められる(Fig.8(d))。したがって,本研究で作製した鋼材においてTi添加は溶融亜鉛脆性を著しく促進し,その効果はB含有量にほとんど依存しない。

Fig. 8.

Stress-time curves of the specimens (contacted with liquid Zn) measured by the notched-bar tensile test and those of reference specimens: (a) Ti-free steel with 1 ppm B, (b) Ti-free steel with 8 ppm B, (c) Ti-added steel with 3 ppm B, and (d) Ti-added steel with 6 ppm B.

Fig.8によって得られた結果を用いて,亜鉛未付着の試験片の切欠破断応力(σf)に対する亜鉛付着試験片の切欠破断応力(σf(Zn))の割合と破断時間(tr)の関係を整理した。その結果をFig.9に示す。これまでの研究3)において,亜鉛未付着の試験片の破断応力(σf)に対する亜鉛付着試験片の切欠破断応力(σf(Zn))の割合を亜鉛脆化度(SLM)と定義している。SLM-tr曲線は上部に位置するほど,溶融亜鉛脆化に鈍感であることを意味する。特に,Ti添加鋼(Fig.9(b))は,Bの含有量に依らず比較的短時間で急激に脆化することがわかる。これまでの研究3)では,実際のめっき作業時間を考慮して破断時間(tr)が400 sの時のSLM,すなわちSLM-400にて鋼種間の脆化度を評価している。そこで,本研究においても,Fig.8から各鋼材のSLM-400を求めた。その結果,A鋼,B鋼,C鋼およびD鋼のSLM-400は,それぞれ33%,44%,14%および14%であった。本研究で求めたSLM-400を鋼材のB含有量を用いて整理した結果をFig.10に示す。ここでは,これまでの研究の結果3)と既報の実験の結果16)を比較として示す。これまでの研究では,B含有量が4 ppm以下の場合,鋼材のSLM-400はB含有量の増加に伴い著しく低下することが報告されている。本研究におけるTi添加鋼(C鋼およびD鋼)は,先行研究と同じ傾向を示す。しかし,Ti無添加鋼(A鋼およびB鋼)のSLM-400は4 ppm以上のB含有量においても低下しない。これは式(1)によって示される鋼材へのB添加は溶融亜鉛脆化を著しく促進する従来の理解と異なるものである。

Fig. 9.

Changes in the susceptibility of the studied steels to liquid metal embrittlement as a function of fracture time measured by the notched-bar tensile test: (a) Ti-free steels and (b) Ti-added steels.

Fig. 10.

Changes in the susceptibility of the studied steels to liquid metal embrittlement at 400 s (SLM-400) as a function of B content, together with our preliminary experimental data16) and reported data on N-free steels3).

3・3 破断材の組織観察

Fig.11に,亜鉛未付着の試験片(a, b)および亜鉛を付着させた試験片(c-f)の破断面のSEM像を示す。亜鉛未付着の試験片は,いずれの鋼材においても典型的なディンプル形状を呈し,延性破壊を示す(Fig.11(a, b))。亜鉛を付着させた試験片の破面は,未付着のものと大きく異なる。Ti無添加であるA鋼は局所的に粒界で脆性破壊を起こした破面が観察されるが,粒内のへき開破壊に相当すると考えられる脆性的な破面形状が大半を占める(Fig.11(c))。この傾向は8 ppmのBを含有するB鋼でも同様であるが,へき開に相当する破面上に凹凸が多数観察される(Fig.11(d))。これは,破壊をもたらすき裂が屈曲して伝播したことを示す。一方,Ti添加鋼(C鋼およびD鋼)の試験片は,粒界破壊を示す典型的な脆性破面を示し(Fig.11(e, f)),その破壊形態はB含有量に依らず同じである。観察される破面上の凹凸の大きさはおよそ50 μmであり,鋼材の旧オーステナイト粒径に対応する(Fig.6(c, d))。これらの結果は,溶亜鉛属脆化の著しいTi添加鋼(C鋼およびD鋼)は,旧オーステナイト粒界に沿った破壊が生じることを示す。この破壊形態は,既報の溶融亜鉛脆化によるもの11)と同じである。本研究では,溶融亜鉛脆性に伴うき裂の伝播経路を詳細に調査するため,NBT試験後の試験片破面部近傍の断面組織の観察(Fig.12(a))を行った。その観察結果をFig.12およびFig.13に示す。Ti無添加であるB鋼の破断面近傍において破断面の凹凸は比較的小さい(Fig.12(b))。また,破面上に観察されるき裂は局所的に内部に伝播し,その伝播する深さは約300 μm程度であった(Fig.12(d))。それらのき裂先端近傍を観察した結果,き裂は旧オーステナイト粒界に沿って伝播することが確認された(Fig.13(a))。一方,Ti添加鋼であるD鋼の破断部表面において著しい凹凸が観察され(Fig.12(c)),内部に伝播するき裂の数も多い傾向が確認された。また,き裂の形状は細く,その内部に伝播する深さは700 μm以上であった(Fig.12(e))。き裂が旧オーステナイト粒界を優先的に伝播していることは明らかである(Fig.13(b))。また,き裂の開口幅は,Ti無添加のB鋼のもの(Fig.13(a))と比べて明らかに小さい。これは,Ti添加鋼であるD鋼の旧オーステナイト粒界に発生したき裂の伝播抵抗が小さいことを示す。この低いき裂の伝播抵抗が著しい溶融亜鉛脆化を示す要因であると考えられる。

Fig. 11.

Secondary electron images showing the fracture surfaces of (a, b) reference specimens and (c-f) tested specimens (contacted with liquid Zn): (a, e) Ti-added steel with 3 ppm B, (b, f) Ti-added steel with 6 ppm B, (c) Ti-free steel with 1 ppm B, and (d) Ti-free steel with 8 ppm B.

Fig. 12.

(a) Representative appearance of the notched-bar tensile (NBT) tested specimen and (b-e) optical micrographs showing the fractured portions of the NBT-tested specimens: (b, d) Ti-free steel with 8 ppm B and (c, e) Ti-added steel with 6 ppm B.

Fig. 13.

Secondary electron images showing the propagated cracks close to the fracture portion of the notched-bar tensile-tested specimens: (a) Ti-free steel with 8 ppm B and (b) Ti-added steel with 6 ppm B.

これらの試験片破断部近傍で観察されたき裂先端近傍を,EPMAを用いて元素分析を行った。その結果をFig.14に示す。Ti無添加鋼(B鋼),Ti添加鋼(D鋼)いずれの試験片ともに,き裂の先端近傍に,Zn元素が存在することが明らかとなった(Fig.14(e, f))。したがって,両鋼の試験片表面からZn元素が旧オーステナイト粒界に沿って侵入し,き裂の伝播を促進すると考えられる。また,き裂先端近傍のZn元素の濃化は,Ti添加鋼(D鋼)の方が顕著である傾向が観察された。

Fig. 14.

(a, b) Back-scattered electron images and (c-f) corresponding distribution maps of (c, d) Fe and (e, f) Zn elements around crack tips observed in the notched-bar tensile-tested specimens analyzed by electron probe micro analysis: (a, c, e) Ti-free steel with 8 ppm and (b, d, f) Ti-added steel with 6 ppm B.

4. 考察

4・1 N含有鋼の溶融亜鉛脆性に及ぼすB含有量の影響

本研究では70 ppm程度のNを含有する汎用鋼を対象とし,Tiを微量添加し鋼中の固溶Nを低減させた試料およびB含有量を変化させた鋼の溶融亜鉛脆性を,従来の試験法に基づいてSLM-400を用いて評価した。本研究で作製した3 ppm以上のBを含有したTi添加鋼(C鋼およびD鋼)は低いSLM-400を示し(Fig.9(b)),この結果はこれまでの研究結果3)の傾向と一致する(Fig.10)。一方,Ti無添加鋼(A鋼およびB鋼)のSLM-400は4 ppm以上のB含有量においても低下しない(Fig.10)。この結果は,B添加による溶融亜鉛脆の促進を示すこれまでの研究結果3)と異なる。したがって,本研究で対象とした70 ppm程度のNを含有する鋼材においてTi添加が溶融亜鉛脆性に及ぼすB含有の影響に大きな影響を及ぼす。

一般に,数十ppmのNを含有する鋼材にB添加すると,オーステナイト相中(常温ではフェライト相)に固溶するN元素はBNを生成することが知られている17)。したがって,本研究で用いた鋼材(Ti無添加鋼)のB含有量の増大は,非常に微細なBNの形成を促進する為,オーステナイト相中に固溶するB元素量の増大への寄与は非常に少ないと考えられる。固溶Bは鋼の熱処理中にオーステナイト粒界に偏析することが知られているが,8 ppmのBを含有するB鋼において旧オーステナイト粒界における顕著なB元素の偏析は観察されなかった(Fig.7(a, b))。この結果は,本研究で作製したB含有鋼(B鋼)において多くのBNの生成を支持するものである。一方,鋼材に添加されたTi元素はTiN等の窒化物の生成を促進し,鋼中の固溶Nを低減させることが知られている18)。したがって,6 ppmのBを含有するTi添加鋼(D鋼)におけるB元素は,高温中においてはオーステナイト相に固溶していると推察される。D鋼における旧オーステナイト粒界へのB元素の顕著な偏析は,本推察を支持する。また,オーステナイト粒界に偏析したB元素は熱処理中のフェライトの核生成を抑制すると考えられるが,D鋼は典型的なラスマルテンサイト組織を示し,旧オーステナイト粒界にフェライト相は観察されなかった(Fig.5(d)Fig.6(d))。従来の溶融亜鉛脆化に及ぼすB含有量の影響に関する研究で用いられた鋼材はNの含有量が30 ppm以下であること3)を考慮すると,本研究で用いたTi添加鋼(C鋼およびD鋼)におけるB元素の存在形態(固溶)が従来研究で用いられた鋼材のものと同じであると考えられる。このことは,本研究で測定されたTi添加鋼(C鋼およびD鋼)のSLM-400が従来研究の傾向と一致すること(Fig.10)によく対応する。以上の考察から,従来報告されていた鋼材のB添加による著しい溶融亜鉛脆性の促進はB元素の存在形態に依存し,旧オーステナイト粒界の偏析に起因すると結論される。したがって,70 ppm程度のNを含有する鋼材の溶融亜鉛脆性がB含有量に依存しない事実は,BNの形成によるB元素の旧オーステナイト粒界の偏析の抑制に起因すると考えられる。

4・2 溶融亜鉛脆性に伴う破壊形態の変化

前項において,鋼の溶融亜鉛脆性は旧オーステナイト粒界におけるB元素の偏析に強く依存することを述べた。本研究ではB元素の偏析が異なるB鋼とD鋼の試験片破断面の組織観察と元素分析を詳細に行った(Figs.12, 13, 14)。マルテンサイト組織を有する両試験片において溶融亜鉛脆性は確認されるが(Fig.8Fig.9),旧オーステナイト粒界におけるB元素の偏析が顕著なD鋼(Fig.7(c, d))において著しい脆化が確認された。その傾向は,明瞭な粒界破壊を呈する破面形態(Fig.11(f))と一致する。また,破壊をもたらすき裂は旧オーステナイト粒界を優先的に伝播し,き裂先端近傍においてZn元素の存在が確認された。これは,溶融亜鉛が付着した試験片表面からZn元素が旧オーステナイト粒界を優先経路として拡散し,き裂の伝播を促進することを示す。特に,偏析するB元素はき裂伝播を大きく促進する(Fig.12およびFig.13)。しかし,旧オーステナイト粒界に偏析するB元素が溶融亜鉛脆化に伴うき裂の伝播を促進する主要因は現状不明である。その要因のひとつとして,旧オーステナイト粒界に生成する微細なフェライト相の有無が考えられる。旧オーステナイト粒界に偏析するB元素は,熱処理の冷却中におけるフェライト相の核生成を抑制する。フェライト相は軟質かつ良好な塑性変形能を有するため,脆性的な破壊を担うき裂の伝播抵抗として作用すると推察される。本研究の組織観察においても,B元素の偏析が認められないB鋼(Fig.5(b)およびFig.6(b))のマルテンサイト組織では旧オーステナイト粒界上に比較的粗大なフェライト相の存在が認められる。しかしながら,フェライト相がき裂伝播抵抗と作用した実験事実はなく,そもそも溶融亜鉛と接触した鋼材表面からのZn元素の旧オーステナイト粒界を優先経路とした拡散過程の詳細が不明である。今後,溶融亜鉛脆化に伴うき裂の伝播に及ぼすB元素の影響を解明するには,意図的に鋼材の組織(フェライト,パーライト,マルテンサイト等の組織構成要素や結晶粒径など)を制御した試験片の溶融亜鉛脆化挙動,破面の形態およびZn元素の分布状態を調査し,溶融亜鉛脆化に伴う破壊形態に及ぼす鋼材組織の影響を詳細に検討する必要があると考えられる。

5. 結論

本研究では,70 ppm程度のNを含む実用鋼を対象とし,Tiを微量添加し鋼中の固溶Nを低減させた鋼材およびB含有量を変化させた鋼材(いずれもマルテンサイト組織を有する)における溶融亜鉛による液体金属脆化(LME)を,切欠付き丸棒引張試験法(NBT試験法)に基づいて評価した。また,試験片破断部の組織観察を行い,溶融亜鉛脆化に伴う破壊形態の変化を調査した。得られた結果を基に,N含有鋼の溶融亜鉛脆化に及ぼすB含有量の影響を検討した結果,以下のことが明らかとなった。

(1)マルテンサイト組織を有する鋼材の溶融亜鉛脆性は,旧オーステナイト粒界上のB元素偏析によって促進される。顕著な溶融亜鉛脆性が認められた試験片の破壊形態は,明瞭な粒界破壊(旧オーステナイト粒界)を示す。また,き裂先端近傍においてZn元素の存在が確認され,Zn元素が旧オーステナイト粒界を優先経路として拡散し,き裂の伝播を促進すると考えられる。

(2)70 ppm程度のNを含有する鋼材の溶融亜鉛脆性はB含有量に依存せず,4 ppm以上のB含有量においても亜鉛脆化度の著しい低下は認められなかった。この傾向は,B元素が固溶NとBNを形成し,旧オーステナイト粒界への偏析が抑制されることに起因すると考えられる。旧オーステナイト粒界におけるB偏析の抑制は熱処理の冷却に伴うフェライト相の生成を促進し,軟質なフェライト相は溶融亜鉛脆化を低減すると推察される。

(3)70 ppm程度のNを含有する鋼材にTiを微量添加すると,従来の研究結果3)と同様,亜鉛脆化度は著しく低下する傾向が認められた。添加Tiは固溶NとTiNを形成するため,結晶粒内のBN形成を抑制する。したがって,Ti添加鋼の旧オーステナイト粒界に偏析したB元素は,フェライト相の核生成を抑制すると考えられる。

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© 2019 The Iron and Steel Institute of Japan

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