鉄と鋼
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鋳造・凝固
δ凝固0.05 mass%C鋼の不均質核生成におけるMgOおよびTiNの核生成能の比較
諸星 隆 松宮 徹
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2019 年 105 巻 8 号 p. 803-811

詳細
Synopsis:

A tablet made of one of either TiN, MgO or α-Al2O3 was immersed in molten steel containing 0.05 mass%C and undercooling for nucleation of δ-Fe was measured. Undercooling was smaller in order of TiN, MgO, α-Al2O3. Namely undercooling in case of a TiN tablet immersion was the smallest, no more than 2.1 K. This result shows that although disregistry between δ-Fe and MgO is nearly equal to that between δ-Fe and TiN, MgO is obviously less effective heterogeneous nucleation site for δ-Fe than TiN. Chemical term and structural term which were parts of interfacial energies acting for nucleation of δ-Fe were calculated. It is concluded that because chemical term, (γCLch–γCSch)/γSL, in case of MgO is much smaller than that in case of TiN, MgO is less effective than TiN.

1. 緒言

凝固組織を等軸晶化して鋳片の中心偏析やポロシティを低減するために,鉄の不均質核生成に及ぼす非金属介在物の影響が調査されている。凝固初晶がδ-Feである成分系(δ凝固鋼)では,溶鋼中のTiNがδ-Feに対する有効な異質核として作用すること13),TiNに加えてさらに溶鋼中にMgOやMgAl2O4(スピネル)が分散していると,等軸晶化が著しく進展することが報告されている46)。Fujimuraら4)はMgOを含有したスラグで精錬した16 mass%Cr鋼を用いたラボ実験において凝固組織が微細等軸晶化したことを報告している。Kimuraら5)は11 mass%Cr鋼に,Isobe6)は0.1 mass%C鋼に,TiとMgとを合わせて添加した場合にTi単独添加の場合よりも等軸晶が大幅に増加する結果を得ている。これらの実験では,Mgの起源がスラグからの溶出かあるいはMg添加であるかに依らず,MgOやMgAl2O4が核となったTiNが共通して観察されている。MgOやMgAl2O4がTiNの核生成サイトとなりTiNの晶出が促進され,MgOやMgAl2O4ではなく,そのTiNがδ-Feの異質核として作用したと考えられている。

異質核の核生成能はBramfitt7)が提案したplanar disregistry,δ,を用いて広く評価されている。

  
δ(hkl)Fe(hkl)C=13i=13|(d[uvw]Cicosθ)d[uvw]Fei|d[uvw]Fei×100(1)

(hkl)Cは異質核の面指数,[uvw]Cは(hkl)C面内の方位,d[uvw]Cは[uvw]Cに沿った原子間隔を示す。添え字がFeの場合はFeの面指数,面内方位,原子間隔を示す。また,θは[uvw]Cと[uvw]Feとの間の角度である。

disregstryが最小となる結晶面と方位を組み合わせた界面における原子の重なりをFig.1Fig.2Fig.3に示す。Fig.1α-Al2O3δ-Feの場合,Fig.2はTiNあるいはMgOとδ-Feの場合,Fig.3はMgAl2O4δ-Feの場合である。なお,TiNとMgOは結晶構造が同じNaCl型であり,かつ格子定数が近いためFig.2に併記している。

Fig. 1.

The crystallographic relationship at the interface between the (0001) of α-Al2O3 and the (111) of δ-Fe.

Fig. 2.

The crystallographic relationship at the interface between the (001) of TiN or MgO and the (001) of δ-Fe.

Fig. 3.

The crystallographic relationship at the interface between the (001) of MgAl2O4 and the (001) of δ-Fe.

Table 1に純Feの融点1811 KにおけるTiN,MgO,MgAl2O4α-Al2O3の格子定数を,R.T.(室温)における格子定数8)と線膨張係数8)を用いて計算した結果を示す。δ-Feについては1811 Kにおける格子定数7)を示す。Table 1の値を用いてdisregistryを計算した結果をTable 2に示す。

Table 1. Lattice parameters of δ-Fe, TiN, MgO, MgAl2O4 and α-Al2O3 at 1811 K.
Crystal systemaxisLattice parameter at R.T. (nm)Thermal coefficient of expansion (×10–6/K)Lattice parameter at 1811 K (nm)Ref.
δ-Febcca0.29327
TiNNaCl (B1)a0.42359.30.42958
MgONaCl (B1)a0.421113.60.42988
MgAl2O4MgAl2O4a0.80867.790.81828
α-Al2O3 (corundum)hexagonala0.47638.30.48238
c1.30031.3167
Table 2. Parameters for the planar disregistry equation.
planedirectiond[uvw]catalyst (nm)d[uvw]δ-Fe (nm)θ (deg)d[uvw]catalyst·cosθ (nm)δi (%)planar disregistry δ (%)
(001)TiN(001)δ-Fe[100]TiN[110]δ-Fe0.42950.41460.00.42953.63.6
[110]TiN[100]δ-Fe0.30370.29320.00.30373.6
[010]TiN[110]δ-Fe0.42950.41460.00.42953.6
(001)MgO(001)δ-Fe[100]MgO[110]δ-Fe0.42980.41460.00.42983.73.7
[110]MgO[100]δ-Fe0.30390.29320.00.30393.7
[010]MgO[110]δ-Fe0.42980.41460.00.42983.7
(001)MgAl2O4(001)δ-Fe[100]MgAl2O4[110]δ-Fe0.40910.41460.00.40911.31.3
[110]MgAl2O4[100]δ-Fe0.28930.29320.00.28931.3
[010]MgAl2O4[110]δ-Fe0.40910.41460.00.40911.3
(0001)α-Al2O3(111)δ-Fe[1210]α-Al2O3[110]δ-Fe0.48230.41460.00.482316.316.3
[1100]α-Al2O3[211]δ-Fe0.83540.71810.00.835416.3
[2110]α-Al2O3[101]δ-Fe0.48230.41460.00.482316.3

δ-Feに対するα-Al2O3のdisregistryは16%超と大きく核生成能は低いと考えられる。一方, MgOは異質核として有効性が確認されているTiNとほぼ同じ3.7%であり,MgAl2O4の値1.3%はTiNの値を下回っている。したがって,disregistryから判断するとMgOおよびMgAl2O4の核生成能はTiNと同等か同等以上に高いと予想される。しかし,TiNに比べて,MgOやMgAl2O4の核生成能は低いか,あるいは有効でないことがFujimuraら4),Kimuraら5),Isobe6)によって指摘されている。これらの結果は,異質核の核生成能が格子不整合度だけでは整理できないこと,他の要因が関与している可能性を示唆する。そこで本研究は,結晶構造がNaCl型で共通し,かつ格子定数がほぼ同じであり,その結果δ-Feに対するdisregistryがほぼ等しいMgOとTiNについてδ-Fe凝固時の核生成能を比較することを目的とした。まず,溶鋼中介在物を模擬したMgO,TiN,ならびに比較のためにα-Al2O3の試薬粉末を原料として3種類のタブレットを作製し,前報9)と同様にタブレットを溶鋼中に浸漬し凝固過冷度を測定した。タブレット浸漬実験により,鋼中介在物の個数密度の影響を切り離して核生成能を評価することを意図した。次に,前報9)と同様の考え方で,不均質核生成において重要な役割を果たすδ-Feと異質核との間の界面エネルギーを構造的エネルギー項と化学的エネルギー項とに分け10),それぞれの値を推定し格子不整合度が核生成に及ぼす影響を考察した。

2. 実験方法

Al2O3,MgO,TiNのそれぞれの試薬粉末を原料にしてタブレットを作製し,Al2O3製るつぼの底に接着して溶鋼中に浸漬した状態で,炉冷時の凝固過冷度を測定した。試薬粉末は,圧縮成形の確実性を考慮して,Al2O3は粒径1 μmの仕様,TiNは53 μm以下の仕様のものを使用した。MgOは仕様未記載であり光学顕微鏡観察した結果粒径20 μm以下であった。

タブレットの作製,焼成方法,および凝固過冷度測定に使用した実験装置や測温方法は前報9)に準拠した。ただし,タンマン炉による焼成時の雰囲気をTiNタブレットのみN2雰囲気とし,その他のタブレット焼成はAr雰囲気で,1673 Kで6 hr保持し焼成した。焼成後は外観を目視検査し割れや欠落が生じたものは使用しなかった。そのため当初は外径10 mm,厚さ2 mmのタブレットを作製したが,割れや欠落の発生率が高く歩留まりが低かったため,一部の実験では外径を6 mmに縮小した厚さ2 mmのタブレットを用いた。焼成後のタブレットを内径約40 mmのAl2O3製るつぼの底面中心に,Al2O3が主成分である高温接着剤で接着した。電解鉄500 gを1873 Kで融解し所定成分に調整した。凝固組織を観察し易くすることを意図して0.02 mass%Pを添加し,脱酸有無の影響を調査する狙いでAlを添加しない試料群Gr. Aと,0.03 mass%Alを添加した試料群Gr. Bとに分けて実験を行った。成分調整後タブレット上面から1~2 mm上部に直径0.5 mmのB型熱電対を配置した。測温の応答性を高める狙いで保護管は外径3 mm,内径2 mmのAl2O3製のものを使用した。成分調整後の保持温度は,液相線温度1793 Kを基準とした過熱度を前報9)と同じ80 K狙いとして1873 Kとした。溶鋼中の介在物を浮上させ,溶鋼全体の温度分布や溶鋼とタブレットとの界面の状態を同一条件に揃えることを狙いに1800 sec間保持した後,炉の電源を切断して炉冷した。なお,予備実験で1800 sec以上保持すればインゴットのT.[O]分析値が十分に低下してほぼ一定値になることが分かっており,各試料の溶鋼中酸化物量をほぼ一定に揃えることができると判断した。タブレット上面に配置した熱電対で冷却時の温度変化を測定した。いずれの実験でも電源切断から約120 sec後に冷却速度はほぼ一定になり,その値は0.68~0.76 K/secであった。このことから冷却条件に対するタブレット径を変えた影響は小さいと判断した。タブレット浸漬実験は1回の測定ごとに別の試料を用いて複数回実施した。

インゴットの成分分析結果をTable 3に示す。T.[O]はAl無添加のGr. Aより0.03 mass%Alを添加したGr. Bの方が全般的に低かった。そのほかに凝固後の500 gインゴット(外径約38 mm,高さ約60 mm)を直径に沿って縦切断し,ピクリン酸飽和水溶液でエッチングして凝固組織の観察を試みた。

Table 3. Chemical composition of 500 g ingots (mass%).
SampleCSiMnPSAlT.O
Gr. A0.045 ~ 0.0510.72 ~ 0.750.71 ~ 0.740.017 ~ 0.0200.0004 ~ 0.0005< 0.0020.0017 ~ 0.0044
Gr. B0.041 ~ 0.0500.71 ~ 0.760.71 ~ 0.800.018 ~ 0.0200.0006 ~ 0.00100.015 ~ 0.017< 0.0010 ~ 0.0019

3. 実験結果

Fig.4にAlを添加していないGr. Aの,Fig.5に0.03 mass%Alを添加したGr. BのAl2O3,MgO,TiNの各タブレットを浸漬した実験の冷却曲線の例を示す。Gr. A,Gr. Bのいずれでも,TiNと,それ以外の2種類のタブレットとで,過冷度の大きさ,および極小値以降の復熱の挙動が明らかに異なった。例として,まずFig.4(b)MgOタブレット浸漬時の冷却曲線について説明する。炉冷開始から120 sec以降でグラフはほぼ直線になり冷却速度は0.7 K/secで一定になった。この冷却速度を保ったまま温度低下し続け190 secで極小値1769.4 Kに達した。その直後に急激に復熱し200 secに最高温度1792.7 Kに達した。この最高温度を融点と見なした。融点が約10 sec間継続した後再び温度は低下し始めた。Fig.4(a)Al2O3タブレット浸漬の場合も同様の冷却挙動であり,炉冷開始から120 sec以降一定の冷却速度を保ったまま低下し続け極小値に達した直後に急激に復熱した。(a)Al2O3タブレットと(b)MgOタブレットの浸漬実験では,極小値と最高温度(融点)との温度差を過冷度と定義した。

Fig. 4.

Thermal history of steel ingot without Al addition.

Fig. 5.

Thermal history of steel ingot with Al addition.

次にFig.4(c)TiNタブレット浸漬時の冷却曲線について説明する。炉冷開始から約120 sec以降,冷却速度が0.7 K/secで一定になる点は,既に説明した(a)Al2O3タブレットと(b)MgOタブレットの浸漬実験と共通していた。しかし,極小値到達以前のFig.4(c)中に示した(s)の時点,160 sec,1790.5 Kから冷却速度の絶対値が低下し始めてグラフは直線から離れ始めた。その後の温度低下は極めて緩やかになり,181 secで極小値1788.9 Kに達した。その後(a)Al2O3タブレットや(b)MgOタブレットの場合に比べて非常に緩やかに復熱し始めて192 secに最高温度(融点)1791.0 Kに達した。融点が32 sec間継続した後再び温度は低下し始めた。冷却速度の絶対値が低下し始めたFig.4(c)中(s)を凝固開始点と考えて,TiNタブレット浸漬実験の場合は(s)の温度と融点との差を過冷度と定義した9)。極小値到達以前に冷却速度の絶対値が明確に低下する点,および極小値を示した後の復熱が非常に緩やかである点がTiNタブレット浸漬実験の特徴である。後者の理由は,小さな過冷度で核生成が開始するので過冷した領域の体積が小さく,凝固開始直後に排出される単位時間当たりの凝固潜熱量が少ないためと考えられる。TiNタブレット浸漬時とそれ以外のタブレット浸漬時との冷却挙動の違いはAlを添加したGr. Bの試料の冷却曲線Fig.5でも同様に見られた。TiNタブレット浸漬試料のFig.5(c)中に凝固開始点(s)を示す。

上述の定義で求めた過冷度をAl無添加のGr. Aの試料についてFig.6に,Al添加したGr. Bの試料についてFig.7に示す。それぞれの図中の白丸印(○)は測定値,黒丸印(●)は平均値であり,エラーバーは標準偏差をσとして平均値±1・σを示す。いずれの図においてもTiNタブレット浸漬時の過冷度はAl2O3やMgOのタブレットを浸漬した場合より著しく小さかった。Al2O3とMgOを比較するとMgOの方が低い傾向が見られた。そして,Al2O3とMgOのいずれでも過冷度の絶対値はAl無添加のFig.6よりAlを添加したFig.7の方が小さくなった。また,Fig.7の方がAl2O3とMgOの浸漬実験の過冷度の差が拡大していた。Al添加影響を示唆しているが現時点では原因は不明である。Al添加影響として,Al脱酸による溶存酸素の低下やAl2O3生成の影響が考えられる。原因特定のためには測定数をさらに増すことに加え,溶鋼中介在物の個数密度の影響についても検討が必要と考える。

Fig. 6.

Undercooling for nucleation of δ-Fe with a tablet without Al addition. ○: Each measured value ●: Average value Error bar: Avrage value ± 1·σ

Fig. 7.

Undercooling for nucleation of δ-Fe with a tablet with Al addition. ○: Each measured value ●: Average value Error bar: Avrage value ± 1·σ

なお,インゴット縦断面の凝固組織観察を試みたが,いずれのインゴットにおいても明確に組織を顕出することができなかった。このためTiNタブレットを浸漬した場合と,Al2O3やMgOのタブレットを浸漬した場合の凝固組織の形態差の有無は不明である。ただし,0.75 mass%C溶鋼にAl2O3あるいはZrO2のタブレットを浸漬して同様の実験を行った前報9)で,いずれの浸漬実験でもタブレット表層とAl2O3製るつぼ壁からそれぞれ凝固組織が発達していることを確認している。したがって本実験でも各タブレットが核生成サイトとして機能していると考えられる。しかし,本実験ではタブレットを浸漬しなかった場合の凝固過冷度を測定していないのでAl2O3タブレットがAl2O3製るつぼ壁よりも有効な核生成サイトとして機能したかについては明らかでない。

4. 考察

4・1 異質核の核生成能の評価方法

不均質核生成時の界面エネルギーの釣り合いは次のYoungの式で表される。

  
γCL=γCS+γSLcosθCSL(2)

ここで,γCL:異質核と液相間の界面エネルギー,γCS:異質核と凝固相間の界面エネルギー,γSL:凝固相と液相間の界面エネルギー,θCSL:異質核上の凝固相の接触角である。式(2)より,(γCLγCS)が大きいほどθCSLが小さくなるので,不均質核生成が促進されることが分かる。以下では前報9)の考察に基づき(γCLγCS)を直接算出する。

Turnbull10)γCSを化学的エネルギー項,γCSchと,格子ミスフィット歪に起因する構造的エネルギー項,γCSstrとに分けた。格子不整合度,disregistryはγCSstrの指標と考えることができる。

  
γCS=γCSstr+γCSch(3)

一方,異質核と液相金属との界面では構造的エネルギー項が作用せず化学的エネルギー項のみであるのでγCL=γCLchである。したがって,γCLγCS=(γCLchγCSch)+(−γCSstr)である。この関係を式(2)と組み合わせると,接触角θCSLの余弦が式(4)で表される。

  
cosθCSL=(γCLchγCSchγSL)+(γCSstrγSL)(4)

以後,式(3)の界面エネルギーの化学的エネルギー項や構造的エネルギー項と区別するために,式(4)の右辺の第1項を接触角の余弦の化学的エネルギー項と表記し,第2項を接触角の余弦の構造的エネルギー項と表記する。θCSLが小さくなる条件は(i)(γCLchγCSch)が大きいこと,(ii)γCSstrが小さくなり最小値0に近づくことの二点である。前報9)の通り,(γCLchγCSch)はKaptay11)の式から,γCSstrはVan der Merwe12)のモデルから算出することができる。この様にして式(4)の右辺を推算して異質核の核生成能を評価できる。γCSstr≧0であるので,(γCLchγCSch)によってcosθCSLの上限値すなわちθCSLの下限値,θCSL_min.が決まる。

  
cosθCSLγCLchγCSchγSLcosθCSL_min.(5)

そして格子不整合度が大きくなるほどγCSstrが増加し,θCSLθCSL_min.から増加する。式(4)の右辺が−1より小さい場合はθCSLを満たす角度はなく,凝固相が異質核に全く濡れないことを意味する。この場合は不均質核生成は起こらず,溶鋼中で均質核生成する方がエネルギー計算上有利であることを示す。

4・2 界面エネルギーの構造的エネルギー項,γCSstrの推算

Van der Merwe12)のモデルを用いて,格子定数が異なる2つの結晶が接する界面に沿って一方向に周期的に並んだ転位の配列が作る界面エネルギーを求めることができる。このモデルを使って前報9)と同じ方法でγCSstrを推算した。計算に必要な物性値は凝固温度における固相δ-Feと異質核のそれぞれの格子定数と,ヤング率あるいは剛性率である。なお,今回の実験試料の融点は約1793 Kであったが,純Feの融点1811 Kとの差は18 Kであり温度差の影響は小さいと見なせるので,δ-Feの核生成を取り扱った他の研究と比較する場合の汎用性を考慮して1811 Kにおける値を推算した。

推算に使用する格子定数については,格子不整合度が最も小さくなる結晶格子面と方位を組み合わせた界面の原子の重なりについて計算するので,Table 2に示した原子間隔d[uvw]catalystとd[uvw]δ-Feを用いた。

1811 Kにおけるα-Al2O3,MgO,TiNのヤング率は文献データ(α-Al2O313),MgO13),TiN14))を外挿して求めた。それぞれのヤング率のデータをFig.8に示す。α-Al2O3とMgOでは高温で粒界すべりが生じて見かけ上ヤング率が低下している13)。そこで温度依存性が直線関係を示す範囲,α-Al2O3では673~1223 K,MgOでは673~1473 Kの値から,図中に点線で示した回帰直線を作成し1811 Kに外挿した値を用いた。TiN14)のデータは第一原理計算値である。多結晶体のヤング率を求める際,多結晶体中でひずみ一定を仮定するVoigtの方法と,応力一定を仮定するReussの方法による2種の計算値が記載されているが,両者の平均値が測定値に近い15)とされているのでFig.8ではこの平均値をプロットしている。

Fig. 8.

Temperature dependence of Young’s modulus for polycrystalline (a) Al2O313), (b) MgO13), (c) TiN14).

1811 KにおけるFeのヤング率はFig.9に示すMizukamiら16)の実験値のうちZDT(延性消失温度)以下の実験値から,図中に点線で示した回帰直線を作成し1811 Kに外挿して求めた。3鋼種について実験値が記載されているが鋼種差は見られないので全3種類のデータを用いて回帰直線式を求めた。

Fig. 9.

Apparent elastic coefficient of steel at high temperature region16). ○: Steel B, 0.09 mass%C-0.20 mass%Si-0.63 mass%Mn, △: Steel C, 0.24 mass%C-0.25 mass%Si-1.07 mass%Mn, □: Steel D, 0.48 mass%C-0.28 mass%Si-0.97 mass%Mn.

Table 4α-Al2O3Table 5にMgO,Table 6にTiNのそれぞれの異質核とδ-Feとの界面のγCSstrの計算結果を示す。界面は二次元なので独立した二軸方向に転位が配列していると考えられる。α-Al2O3δ-Feの界面の場合,Fig.1により,転位は[1210]α-Al2O3([110]δ-Feと平行な方位)と[2110]α-Al2O3([101]δ-Feと平行な方位)の2方向に配列していると考えることができる。両方向でα-Al2O3δ-Feの原子間距離の差は等しい。MgOとδ-Feの界面の場合およびTiNとδ-Feの界面の場合,Fig.2により,転位は[100]TiN,MgO([110]δ-Feと平行な方位)と[010]TiN,MgO([110]δ-Feと平行な方位)の2方向に配列していると考えることができる。MgOあるいはTiNとδ-Feの原子間距離の差も両方向で等しい。両方向の転位間で相互作用がないと仮定すれば,各軸方向の転位配列エネルギーを重ね合わせることができると考えられる12)ので,前報9)同様に各表の最後の行の計算結果は一軸方向の転位配列エネルギーを2倍した値をγCSstrとして記載した。

Table 4. Structure term of interfacial energy between α-Al2O3 and solid δ-Fe.
Propertysymbolunitδ-Feα-Al2O3Interface
Lattice parameter at 1811 Ka, bnm0.41460.4823
Reference lattice parametercnm0.4459
Young’s moduls at 1811 KEa, EbGPa15.7248.4
Poisson’s ratioνa, νb0.30.3
Rigidity modulus at 1811 Kμa, μb, μGPa6.095.550.8
Effective elastic constantλ+GPa8.1
(Parameter)β0.1524
Structure term along two directonsγCSstrmJ/m2396
Table 5. Structure term of interfacial energy between MgO and solid δ-Fe.
Propertysymbolunitδ-FeMgOInterface
Lattice parameter at 1811 Ka, bnm0.41460.4298
Reference lattice parametercnm0.4221
Young’s moduls at 1811 KEa, EbGPa15.7214.4
Poisson’s ratioνa, νb0.30.3
Rigidity modulus at 1811 Kμa, μb, μGPa6.082.544.3
Effective elastic constantλ+GPa8.0
(Parameter)β0.0412
Structure term along two directonsγCSstrmJ/m2137
Table 6. Structure term of interfacial energy between TiN and solid δ-Fe.
Propertysymbolunitδ-FeTiNInterface
Lattice parameter at 1811 Ka, bnm0.41460.4295
Reference lattice parametercnm0.4219
Young’s moduls at 1811 KEa, EbGPa15.7353.6
Poisson’s ratioνa, νb0.30.3
Rigidity modulus at 1811 Kμa, μb, μGPa6.0136.071.0
Effective elastic constantλ+GPa8.3
(Parameter)β0.0258
Structure term along two directonsγCSstrmJ/m2156

それぞれのγCSstrは,α-Al2O3:396 mJ/m2,MgO:137 mJ/m2,TiN:156 mJ/m2である。δ-Feとの格子不整合度がほぼ等しいMgOとTiNを比べると,MgOよりもTiNの方が約13%大きい。これはTiNの方がヤング率が大きいためである。α-Al2O3δ-Feとの格子不整合度が16%と大きいためγCSstrが最も大きい。

4・3 界面エネルギーの化学的エネルギー項,(γCLch−γCSch)の推算

前報9)で示した通り,Kaptay11)の式を変形して(γCLchγCSch)を表す式(6)が得られる。

  
γCLchγCSch=γL(0.010.11cosθCL)(6)

ここで,γL:液相の表面エネルギー,θCL:異質核上の液相の接触角である。なお,Kaptay自身が言及している通り11),式(6)の元の式は理想的な整合状態にある異質核と凝固相間の界面エネルギーを表すので,式(6)は構造的エネルギー項を含まない,界面エネルギーの化学的エネルギー項,(γCLchγCSch)を表す。

異質核上の液相の接触角θCLが大きく溶鋼が濡れにくいほど(γCLchγCSch)は減少し,θCL≧85 degで負の値になる。そして式(5)から分かる通り異質核上の凝固相の接触角の下限値θCSL_min.が増加するので核生成能は低下する。Table 7に異質核上の接触角の余弦の化学的エネルギー項である(γCLchγCSch)/γSL,そしてθCSL_min.の計算結果を示す。計算では,γL=1910 mJ/m2 19)γSL=260 mJ/m2 20)を用いた。(γCLchγCSch)/γSLはTiNの値が最も大きくα-Al2O3<MgO<TiNの順序であり,その結果θCSL_min.はTiNの値が最も小さくTiN<MgO<α-Al2O3の順に大きくなる。

Table 7. Calculation of θCSL_min. and θCSL.
CatalystθCL (deg)(A)
(γCLchγCSch)γSL
θCSL_min. (deg)(B)
(γCSstr)γSL
(A) + (B)
(γCLchγCSchγCSstr)γSL
θCSL (deg)(A)(A)+(B)
ref.
α-Al2O314417–0.73136.7–1.52–2.250.32
MgO12517–0.54122.5–0.53–1.060.50
TiN9318–0.1296.6–0.60–0.72135.70.16

4・4 α-Al2O3,MgO,TiNの核生成能の比較

Table 7に,接触角の余弦の化学的エネルギー項,(γCLchγCSch)/γSL(表中の(A),式(4)の右辺の第1項)とともに接触角の余弦の構造的エネルギー項,(−γCSstr)/γSL(表中の(B),式(4)の右辺の第2項),両項の合計(表中の(A)+(B),式(4)の右辺に相当),および式(4)から算出した接触角θCSLの計算結果を示す。

まず,それぞれの異質核の核生成能を,接触角の余弦に相当する,表中(A)+(B)により相対比較する。α-Al2O3<MgO<TiNの順序であり,TiNが最も大きい。したがって,TiNの核生成能が最も高いと考えられる。

次に,格子不整合度がほぼ等しいMgOとTiNの核生成能を要因別に比較する。接触角の余弦の構造的エネルギー項,(−γCSstr)/γSL(表中(B))は両者で同等である。一方で,接触角の余弦の化学的エネルギー項,(γCLchγCSch)/γSL(表中(A))はTiNの方が大きい(絶対値が小さい)。そして,接触角の余弦に相当する,両項の合計(表中(A)+(B))はTiNの方が大きい(絶対値が小さい)。したがって,MgOとTiNの核生成能の差異は,接触角の余弦の化学的エネルギー項の差異に起因すると考えられる。表中には式(4)の右辺に占める,接触角の余弦の化学的エネルギー項の比率,(A)/{(A)+(B)}を示す。MgOよりもTiNの場合に比率が小さいことが確認される。以上の結果より,等軸晶化に有効な異質核の選択には,格子不整合度,あるいは接触角の余弦の構造的エネルギー項,(−γCSstr)/γSLだけでなく,接触角の余弦の化学的エネルギー項,(γCLchγCSch)/γSLを考慮することも重要であると考えられる。

ところで,今回の解析結果によると,α-Al2O3とMgOの場合,接触角の余弦に相当する式(4)の右辺(表中(A)+(B))が−1より小さい値であるためθCSLを定義できない。この計算結果は不均質核生成が困難であることを示す。しかし,Fig.6およびFig.7に示した通り,α-Al2O3やMgOのタブレットを溶鋼中に浸漬した場合の過冷度は30 K以下である。スラグ法や小滴法により測定された均質核生成時の過冷度は280 K21),295 K22)であり,それらと比べると著しく小さい。したがって,今回のタブレット浸漬実験で均質核生成が生じたとは考えにくく,α-Al2O3やMgOのタブレットの場合も不均質核生成したと考えられる。不均質核生成サイトとして,3章の実験結果で述べた通り,タブレットの表面やAl2O3製るつぼ壁,その他に溶鋼中介在物の可能性が挙げられる。仮にAl2O3製るつぼ壁が核生成サイトであればタブレットの種類の影響は見られないはずである。しかし,Fig.7では,α-Al2O3タブレットとMgOタブレットで,過冷度に差が見られたので,タブレットの表面が核生成サイトであると考えられる。

一方,TiNでは接触角の余弦の化学的エネルギー項(表中(A))がα-Al2O3やMgOより大きい(絶対値が小さい)値であったためθCSL_min.が最も小さく,接触角の余弦の構造的エネルギー項(表中(B))に起因する角度増加代39 degが加わって,θCSL=135.7 degと計算された。Nakajimaら3)は,純δ-FeがTiN上で不均質核生成した場合の接触角を,示差熱分析計による過冷度測定結果(13 K)と核生成頻度の式を用いて算出し,θCSL=17 deg(cosθCSL=0.956)を報告している。彼らの値に比べ,今回算出した接触角は明らかに大きい。今回のθCSL=135.7 degを核生成頻度式に代入し,1個/(cm3・sec)の核生成に必要な過冷度を計算すると286 Kとなり,均質核生成時の過冷度の測定値に匹敵する。今回の過冷度測定値2.1 K以下と大きく異なる。

以上の様に,いずれの異質核の場合も,今回の解析方法では,接触角の余弦に相当する式(4)の右辺の値を低く算出し,核生成能を低く評価していると考えられる。そこで,解析誤差の原因を,接触角の余弦の化学的エネルギー項と構造的エネルギー項に分けて考察する。

まず,接触角の余弦の化学的エネルギー項に関して,式(6)の元の式であるKaptay11)の式は,(γCLγCS)と(γSLγSS)とを比較し,後者が異質核Cを凝固相Sに置き換えた形で類似している点に着目して導出されている。ここで,γSS:凝固相と凝固相間の界面エネルギーであり,γSS=0である。まず,(γCLγCS)をエンタルピー項とエントロピー項とに分け,エントロピー項の変化については,(γCLSγCSS)=γSLSとしている。エンタルピー項については,付着仕事,Wのエンタルピー項を用いて,WCSH/WCLH=WSSH/WSLHを仮定している。上付き文字,SとHはそれぞれ,エントロピー項,エンタルピー項であることを示す。そして,異質核C上の液相の接触角,θCLを含むYoungの式などを用いて整理して導かれている。導出過程で用いられた前提や近似による誤差が影響している可能性が考えられる。

接触角の余弦の構造的エネルギー項に関しては,バルク中の原子配列が界面でも変わらずに維持されていると仮定して格子不整合度を計算し,Van der Merwe12)のモデルによりγCSstrを計算している。しかし,格子不整合度が大きい場合,実際の界面の原子配列がバルク中と異なり,実際の値がモデルによる計算値より低い可能性が考えられる。そのため,格子不整合度が大きいα-Al2O3の場合にはγCSstrの計算値が実際の値より過大に算出され,その結果,接触角の余弦の構造的エネルギー項,(−γCSstr)/γSLが実態より低く(絶対値が大きく)評価されている可能性が併せて考えられる。

今回の解析方法により異質核の核生成能を相対比較することは可能であり,さらに,核生成能の差の原因が格子ミスフィット歪に起因する構造的なものであるのか,化学的なものであるのかを推測する手法として有効であるが,上述のように,定量性には課題が残されており,詳細な検討は今後の課題であると考える。

5. 結言

(1)δ凝固0.05 mass%C溶鋼に,α-Al2O3,MgO,TiNの試薬粉末から作製したタブレットを浸漬し凝固過冷度を測定した。TiNタブレット浸漬時の過冷度が最も小さく2.1 K以下であり,TiN<MgO<α-Al2O3の順番で大きかった。MgOとTiNは格子不整合度がほぼ等しいが,核生成能はTiNの方が明確に高いことが分かった。

(2)不均質核生成時の接触角の余弦を表す式を構造的エネルギー項と化学的エネルギー項に分けてそれぞれの値を推算した。MgOとTiNを比較すると,接触角の余弦の構造的エネルギー項(−γCSstr)/γSLは同等である一方,接触角の余弦の化学的エネルギー項(γCLchγCSch)/γSLはTiNの方が大きい(絶対値が小さい)と計算された。したがってMgOとTiNの核生成能の差は接触角の余弦の化学的エネルギー項の差に起因すると考えられる。

文献
 
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