Tetsu-to-Hagane
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Mechanical Properties
An Evaluation Method for Hydrogen Embrittlement of High Strength Steel Sheets Using U-bend Specimens
Yuki ShibayamaTomohiko Hojo Eiji Akiyama
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2019 Volume 105 Issue 9 Pages 927-934

Details
Synopsis:

An evaluate method for hydrogen embrittlement property of high strength steel sheet has been proposed in this study. To take into consideration of the effect of plastic strain in addition to the effects of applied/residual stress and diffusible hydrogen, U-bend specimens have been adopted because steel sheets for automobiles are usually used after press forming into various parts. After U-shape bending, the specimen was loaded using a bolt. The proposed evaluation method is based on the measurement of critical hydrogen content or critical hydrogen charging condition for hydrogen embrittlement fracture at given stress and strain conditions. The hydrogen charging current density was increased in step-wise manner until cracking was observed, and cracking was detected by optical observation and by monitoring voltage between the sample and a counter electrode. The critical hydrogen contents for specimens with varied applied stress were obtained by means of thermal desorption spectroscopy. For the critical hydrogen content, both the hydrogen contents in strained portion of the specimen and no-strained portion were measured. The former is affected by introduced dislocations caused by straining and the latter is thought to be proportional to the hydrogen fugacity. Both critical hydrogen contents tended to be decreased slightly when the applied stress was relatively high.

1. 緒言

現在,軽量化と衝突安全性の向上を目的とした自動車用鋼板の高強度化が進められている。特に高強度な鋼板が適用される骨格構造部品では引張強度(TS)が980 MPaや1180 MPa級鋼板が適用され始めている1)。しかしながら,鋼板の高強度化に伴い,じん性が著しく低下する水素脆化が問題となる。鋼の水素脆化は,鋼に侵入した拡散性水素を原因とした脆化・破壊現象である。1960年代には橋梁・建築構造物用の13T級(引張強度が1300 MPa級)の高強度ボルトが破壊した事例があり,その水素脆化評価に関する研究が進められる契機となった。高強度ボルトについては,ねじ底の応力集中を模擬した環状切欠き丸棒試験片を用いた水素脆化特性の評価が数多く報告されている25)

環状切欠き丸棒試験片を用いた高強度ボルトの耐水素脆化特性としては,例えば定荷重試験(CLT:Constant Load test)6),低ひずみ速度引張試験(SSRT:Slow Strain Rate Technique)7,8),および通常の引張試験(CSRT:Conventional Strain Rate Technique)9)が用いられ,試験片への水素チャージは試験前,または試験中に行われている。

一方,自動車用鋼板の水素脆化事例は報告されていないが,近年,鋼板の高強度化を受け,薄鋼板の水素脆化特性評価の必要性が高まっている。鋼板の水素脆化特性評価は,高強度ボルトの場合と同様のSSRT試験,CSRT試験に加えて,定荷重4点曲げ法10,11)により,水素脆化が発生する限界の水素量に及ぼす負荷応力の影響が評価されている12)。しかし,一般的に自動車用鋼板は打抜き,せん断加工やプレス成形などによって各種部品形状に塑性加工されることから,高強度ボルトにおける水素脆化の支配因子と考えられている強度や組織などの材料因子,負荷応力,拡散性水素量に加えて加工ひずみの影響を考慮した評価が必要であると考えられる。

加工ひずみの影響を考慮した評価法としてU曲げボルト締め法1316)がある。U字型曲げ加工を施し加工ひずみを付与し,ボルト締め付けにて応力を付加した試験片に水素を導入し破壊発生の有無から評価するtrue-false型の試験手法である。この手法によって薄鋼板の水素脆化に及ぼす加工ひずみ,負荷応力,侵入水素量の影響を定量的に調査し,水素脆化発生条件のマップ化が検討された15)。加工ひずみ,負荷応力,水素チャージ条件の3つのパラメータに基づいて評価するために各条件あたり1つの試験片を用いると膨大な数の試験片と時間が必要となるため,試験効率の改善が望まれる。

そこで,本研究では高強度鋼板のU曲げ加工試験片を用いた新たな試験法を提案する。本方法では種々のひずみ,および負荷応力条件のU曲げ試験片への水素チャージ条件を段階的に高めて,き裂が発生する限界の水素チャージ条件/水素量を評価するものである。この手法により,true-false型の試験では水素チャージ条件ごとに必要であった試験片を1つに減らすことができるだけでなく,より精度の高いき裂発生の限界の水素量を求められると期待できる。この手法では水素チャージ条件の制御が容易な定電流陰極水素チャージを採用した。この手法では有効な水素侵入強度の制御が必要となるため,本研究ではまず各種の水素チャージ条件で得られる水素量の検討を行った。

現在,自動車用鋼板は高強度と高延性の両立化が進められている。その例として残留オーステナイトとベイニティックフェライト母相を有するTRIP(TRansformation Induced Plasticity)鋼がある17)。低合金TRIP鋼は残留オーステナイトのひずみ誘起マルテンサイト変態によって高強度・高延性を有する。この低合金TRIP鋼に水素をプレチャージし,変形によって塑性ひずみを付与していくと,実環境では起こらないと考えられる水素存在下でのマルテンサイト変態が水素脆化挙動に影響を与える18,19)。そのため,TRIP鋼板などの水素脆化評価も視野に入れて,プレス加工後の定荷重条件で水素が侵入して生ずる実環境で起こる水素脆化を模擬する評価法としては,本提案のようなひずみを与えたのちに水素をチャージする方法が妥当であると考えられる。本研究では,さまざまな自動車用高強度鋼板の水素脆化特性評価方法の確立と提案を目的とし,まずは相変態の関与しない焼戻しマルテンサイト鋼板を用いて水素脆化特性評価を行った。

2. 実験方法

2・1 U曲げ試験片への水素チャージによる評価法概要

本研究で提案するU曲げ試験片中の水素量を段階的に増加させて水素脆化によるき裂が発生する限界の水素量を評価する手法の模式図をFig.1に示す。陰極水素チャージは電流密度や水素チャージ溶液を調節することで鋼中に侵入する水素量を比較的簡便に調節することができる20)ため,陰極水素チャージを用いる。これは酸浸漬で起こる腐食や,それによるき裂の観察の阻害を避ける点でも有効と考えられる。

Fig. 1.

A schematic drawing of the procedure of hydrogen embrittlement test used in this study.

ある水素チャージ条件でき裂発生の有無を確認し,一定時間内にき裂が発生していなければ電流密度を増加させ(水素チャージ条件を高めて),これを繰り返して水素脆化によるき裂が発生する限界の水素チャージ条件を求めるとともに,そこでの水素量を求める。U曲げ試験片の曲げ半径を制御することで加工ひずみ量,ボルト締めにより負荷応力を制御し,それぞれの条件での限界水素量を求める。鋼材中の水素量の測定には昇温脱離分析(TDS:Thermal Desorption Spectroscopy)を使用する。き裂の発生の確認は,インターバル撮影によるその場観察によって行う。本研究では,ひとつの曲げ半径条件,すなわち塑性ひずみ条件のU曲げ試験片に負荷する応力を変化させ,それぞれの条件でのき裂の発生の限界条件を求めた。

2・2 供試鋼

供試鋼は板厚1.6 mmの引張強さ(TS)1500 MPa級のSCM435鋼の焼戻しマルテンサイト鋼板である。本研究では,鋼塊から作製した鋼(SCM435M)と,市販のSCM435鋼を熱処理して得た鋼(SCM435C)の2鋼種を用いた。それぞれの鋼種の化学組成をTable 1に示す。SCM435Mの場合,真空溶解により製造した鋼塊を熱間鍛造,熱間圧延によって板厚を5 mmに仕上げ,900°C,900 sの焼入れ,150°C,1800 sの仮焼戻しと400°C,1800 sの焼戻しを施した後,鋼板の両面を1.6 mmまで研削した。一方SCM435Cの場合,板厚6 mmの市販のSCM435鋼に800°C,1800 sの焼きならし,900°C,900 sの焼入れ,400°C,1800 sの焼戻しを施した後,鋼板を両面研削加工により1.6 mmまで減厚した。

Table 1. Chemical composition of steels (mass%).
CSiMnPSCrMoNis.AlO
SCM435M0.350.210.740.006tr1.000.22tr0.0310.0024
SCM435C0.350.290.690.0080.0040.970.180.01

SCM435M鋼,SCM435C鋼の金属組織の走査電子顕微鏡(SEM)像をFig.2に示す。エッチングには5%硝酸エタノール溶液を用いた。金属組織はSCM435M鋼とSCM435C鋼のいずれもマルテンサイト組織であるが,旧オーステナイト粒径はSCM435C鋼の方が明らかに小さい。JIS13B号ハーフ試験片を用いて測定したSCM435M鋼の引張強さは1514 MPa,降伏強さは1297 MPa,全伸びは10.4%であり,JIS5号試験片を用いて測定したSCM435C鋼の引張強さは1549 MPa,降伏強さは1416 MPa,全伸びは7.0%であった。

Fig. 2.

SEM micrograph of (a) SCM435M and (b) SCM435C.

2・3 U曲げボルト締め試験片の作製

Fig.3にU曲げボルト締め試験片の作製手順を示す。U曲げ加工には圧延方向と試験片の長手方向が平行になるように作製した100 mm×30 mm×1.6 mmのサイズの短冊状試験片を用いた。短冊状試験片の表面は研削ままである。端面は#600の耐水研磨紙で研磨して切削加工時の端面の残留応力除去をし,表面粗さを揃えた。短冊状試験片をU曲げ加工治具に固定し,半径10 mmの押し込み棒をクロスヘッド速度2 mm/minで押し付けU曲げ加工することで加工ひずみを付与した。U曲げ試験片への応力負荷はU曲げ加工した試験片をFig.3のようにボルトで締込むことによって行った。U曲げ頂点部にひずみゲージを貼付け,次式によってひずみを負荷応力に換算した。ここでσは応力,Eはヤング率,εはひずみである。

  
σ=Eε(1)
Fig. 3.

Preparation procedure of a U-bend specimen (R: bending radius, 10 mm).

このときU曲げ加工ままのU曲げ頂点部の外周側表面の負荷応力はゼロと仮定した。実際に負荷される応力はU曲げ加工時のスプリングバックによる圧縮成分と負荷した引張応力成分との和となる。

2・4 水素脆化特性評価試験

本試験ではU曲げボルト締め試験片に陰極水素チャージによって水素を導入した。Fig.4に実験装置の概要図を示す。定電流装置(galvanostat)により試験片をカソード分極し,水素チャージを行った。対極にはPt線を用いた。3 wt% NaCl水溶液にチオシアン酸アンモニウム(NH4SCN)を添加した溶液を水素チャージ溶液として用いた。鋼中の水素拡散係数および水素の固溶度は温度依存性があるため,水素チャージの再現性を目的として水素チャージ用アクリルセルをウォータージャケットで覆い,この中に恒温水を循環させて水素チャージ液を30°Cに保った。陰極水素チャージ中の水素脆化割れをその場観察するため,デジタルカメラを設置しインターバル撮影を行った。また,試験片と対極間の電圧をデータロガーによって記録し,き裂発生の瞬間の検出を試みた。

Fig. 4.

Schematic drawing of a setup for hydrogen embrittlement test.

Fig.1の模式図に示す通り,一定時間水素チャージしてもき裂発生が見られない場合には電流密度を上昇させて鋼中にチャージされる水素量を増加させ,これを段階的に繰り返してき裂が発生する条件を求めた。2つの試験片を用いて,き裂発生が見られた試験片および,き裂の発生が見られた1段階手前の水素チャージ条件の試験片のそれぞれから試料を切り出し,次に述べる水素昇温脱離分析によって水素量の測定を行った。水素脆化き裂が発生しない場合の拡散性水素量の最大値を限界水素量と定義した。

2・5 水素昇温脱離分析

陰極水素チャージ後,試験片中の水素量の測定には昇温脱離分析(Thermal desorption spectrometry,TDS)を用いた。Fig.5にSCM435M鋼を3 wt% NaClと3 wt% NaCl+0.03 g L−1 NH4SCNの水素チャージ水溶液中,電流密度3 A m−2で48 hチャージした試験片を昇温速度200°C/hにて800°Cまで加熱して測定した水素昇温脱離曲線の例を示す。標準リークガスを用いて校正し,放出水素分圧を水素放出速度に換算した。水素放出速度を時間積分して放出水素量とし,試験片重量で除すことで水素量として求めた。室温から約300°Cまでに放出される水素放出ピークは拡散性水素であり,より高温側の放出ピークは水素チャージ前から存在した非拡散性水素とされている。水素脆化に寄与するのは拡散性水素と考えられることから,本研究では拡散性水素のみを求めた。なお,昇温脱離分析測定前に鋼中の水素が外部に逃散するのを抑制するため,各種の試験後の試料は液体窒素中に保管した。

Fig. 5.

Typical hydrogen desorption curves of the SCM435M specimens. The unit of “wppm” on the vertical axis corresponds to “weight parts per million”.

3. 実験結果および考察

3・1 水素侵入特性

Fig.6に3 wt% NaCl+3 g L−1 NH4SCN水溶液中,3 A m−2の水素チャージ電流密度の条件でU曲げ試験片と板厚が等しい10 mm×10 mm×1.6 mmの短冊状試験片に陰極水素チャージを実施し,100°C/hで昇温脱離分析したSCM435M鋼の水素放出曲線を示す。室温から約200°Cまでの範囲で水素放出が確認され,図中の時間範囲では水素チャージ時間が長くなるにしたがって約90°C付近にみられる水素放出ピークが高くなった。なお,Fig.5では昇温速度が200°C/hであったため,Fig.6の水素放出ピーク温度はFig.5のものよりも50°C程度,低温側にシフトした。これは,鋼中のトラップからの水素放出が熱解離に律速されるためである21)Fig.7に供試鋼の水素チャージ時間と拡散性水素量の関係を示す。水素チャージ時間が6時間までは拡散性水素量が増加する傾向が見られた。6時間以上の水素チャージで供試鋼中の拡散性水素量は定常となり,約2 wppm(weight parts per million)の拡散性水素量が導入された。このことから本水素脆化特性評価で用いる試験片の厚さの場合,各段階の陰極水素チャージ時間を6時間以上とすることとした。

Fig. 6.

Hydrogen desorption curves of SCM435M with hydrogen charging for 0, 0.5, 3 and 6 hours in a 3 wt% NaCl + 3 g L–1 NH4SCN solution at a current density of 3 A m–2 at 30ºC.

Fig. 7.

Variation in diffusible hydrogen content in SCM435M as a function of hydrogen charging time in a 3 wt% NaCl + 3 g L–1 NH4SCN solution at a current density of 3 A m–2 at 30ºC.

さらに,鋼中にチャージされる水素量に及ぼす電流密度およびNH4SCN濃度の影響を調査した。SCM435C鋼板から10 mm×10 mm×1.6 mmの試験片を採取し,電流密度と水素チャージ溶液中のNH4SCN濃度を変化させて陰極水素チャージを実施した。水素チャージ時間は48時間とし,その後昇温脱離分析で水素量を測定した。NH4SCNは試験片表面の還元反応によって生成した水素原子が水素分子になるのを阻害する役割があり,試験片に侵入する水素量を上昇させることができる。Fig.8に3 wt% NaCl+x g L−1 NH4SCN溶液中,0.3~300 A m−2で陰極水素チャージを実施した鋼中の拡散性水素量に及ぼす電流密度の影響を示す。3 wt% NaCl溶液の場合,0.3~300 A m−2の間で電流密度を増加させるとチャージ水素量も増加した。NH4SCNを添加すると,チャージ水素量は明らかに上昇した。しかし,NH4SCNを添加した溶液を用いると,低電流領域では電流密度の上昇とともに水素量は増えるが,1 A m−2以上の高電流密度領域では電流密度を10倍,100倍に上昇させても侵入水素量の増加がほぼ見られなかった。そのため,き裂を発生させるための水素量がNH4SCNを含む溶液中でないと得られない場合には,低電流密度領域を用いることが望ましい。

Fig. 8.

Hydrogen content in SCM435C charged with hydrogen in three hydrogen charging solutions as a function of hydrogen charging current density.

電流密度範囲を低電流密度領域の0.1~1.5 A m−2とし,3 wt% NaCl+0.3 g L−1 NH4SCN中で水素チャージした場合の水素量と水素チャージ電流密度の関係をFig.9に示す。低電流密度領域においては鋼中の水素量は電流密度の対数に対してほぼ線形の関係にあることを確認した。しかし,0.1 A m−2では陰極水素チャージ中に試験片表面が腐食した。これは,カソード分極しているが,その電流密度が低いため十分に電位が卑にならず,試験片の電位が鉄の不感域ではなく腐食域に入っていたためと思われる。また,0.3 A m−2よりも低い電流密度の場合,水素イオンの還元反応の他に式(2)の溶存酸素の還元反応の寄与が無視できないことが考えられるため,水素脆化特性評価に用いる最小の電流密度を0.3 A m−2とした。

  
O2+2H2O+4e4OH(2)
Fig. 9.

Hydrogen content in SCM435C charged with hydrogen in a 3 wt% NaCl + 0.3 g L–1 NH4SCN solution as a function of hydrogen charging current density.

水素量に及ぼす負荷応力の影響を調べるため,曲げ半径10 mmのSCM435MのU曲げ試験片頂点表面に1000 MPaの応力を負荷した試験片と無負荷の試験片を用い,3 wt% NaClの水素チャージ溶液中,電流密度10 A m−2で陰極水素チャージを行って水素量を測定した。Fig.10に示すように,同一のU曲げ試験片からひずみ部(Strain)と無ひずみ部(No strain)をファインカッターによって切り出し,昇温脱離分析によって水素量を測定した。Fig.11にひずみ部と無ひずみ部の昇温脱離曲線を示す。ひずみ部と無ひずみ部を比較すると,ひずみ部の水素量が明らかに高かった。これは塑性変形によって導入された転位や空孔クラスターが水素トラップサイトとして働いたためと考えられる22)

Fig. 10.

Portions in a U-bend specimen used for hydrogen measurements.

Fig. 11.

Hydrogen evolution curves of the strained and non-strained portions in SCM435M U-bend specimens (R=10 mm, 0 MPa and 1000 MPa) after hydrogen charging in a 3 wt% NaCl solution at a current density of 10 A m–2 at 30ºC.

また拡散性水素量は負荷応力の有無によらずほぼ一定であった。一般的に,侵入水素量は負荷した静水圧応力によって変化12,23)し,引張の応力場に水素は拡散する。Fig.11において測定したひずみ部の水素量が負荷応力に影響されなかったのは,U曲げ試験片の板厚方向の曲げ方向の応力は板厚中心をゼロとして対称に分布し,U曲げ頂点部は応力負荷条件下ではU曲げ外周側で引張,内周側で圧縮の応力が作用していると考えられる。そのため,応力の観点ではU曲げ外周側に水素は集積し,内周側の水素濃度は低下する傾向にあると思われる。しかし測定した切り出したひずみ部の水素量は板厚全厚の平均となるため,応力の負荷によらず水素量は変化しなかったと考えられる。破断した試験片の水素量も評価しているが,破断により除荷された試験片の水素量も同様に,破断前後で変化しないと考えられる。

3・2 定電流装置の電圧変化によるき裂検出

Fig.12にSCM435M鋼の曲げ半径10 mm,負荷応力1000 MPaのU曲げ試験片で水素脆化特性を評価した場合の試験片と対極間の電圧をモニタリングした結果を示す。水素チャージに用いた溶液は3 wt% NaCl+0.03 g L−1 NH4SCNである。試験開始から約8 h後に電流密度を上昇させたため,電圧が急激に低下した(絶対値は増加した)。また,約12 hの地点において電圧の急激な上昇が観察された。この電圧変動のタイミングをインターバル撮影の結果と照合すると,き裂発生と一致したため,き裂発生を原因とした電圧変動と考えられる。このことは試験片と対極間の電圧をモニタリングすることによってき裂発生の検出が可能であることを示している。この電圧の変動は,U曲げ試験片表面のき裂発生にともなう試験片表面積の増加によって電流密度が低下したために生じたと考えられる。

Fig. 12.

Change in the voltage between a SCM435M U-bend specimen and the Pt counter electrode.

3・3 き裂の発生と進展のその場観察

インターバル撮影によって観察したU曲げ試験片の水素脆化によるき裂発生と進展挙動の例をFig.13に示す。曲げ半径10 mm,負荷応力1000 MPaのSCM435MのU曲げ試験片に,3 wt% NaCl水溶液中,(a)300 A m−2および(b)30 A m−2で水素チャージを行った。いずれの条件でも試験片の幅方向の中央部で初期き裂が観察され,時間経過とともに幅方向外側に進展する様子が観察された。これらのき裂観察結果より,き裂長さの時間変化を測定した結果をFig.14に示す。き裂が枝分かれしている場合には最大のき裂長さを測定した。水素チャージの電流密度が高い方が,き裂進展速度が明らかに速かった。なお,初期き裂が幅方向の中央で見られることは,幅方向中央でボルト締めしているために,応力条件が幅中央で最も高かったことに起因すると思われる。

Fig. 13.

Appearances of the top of SCM435M U-bend specimens during hydrogen charging at current densities of (a) 30 A m–2 and (b) 300 A m–2.

Fig. 14.

Relationship between time and length of cracks formed on SCM435M U-bend specimens at current densities of 30 and 300 A m–2 in a 3 wt% NaCl solution.

3・4 限界水素量に及ぼす負荷応力の影響

曲げ半径Rが10 mmのU曲げ加工を行い500~1500 MPaの応力を負荷した試験片に,水素チャージを行って水素脆化が発生する拡散性水素量を評価した。Fig.15に限界水素量と負荷応力の関係を示す。Fig.10のようにひずみ部(Strain)と無ひずみ部(No strain)を切り出し,それぞれの水素量を測定した。水素脆化によるき裂が発生したひずみ部および無ひずみ部の拡散性水素量をそれぞれStrain Crack,No Strain Crackと示し,水素脆化が発生しなかった最大の拡散性水素量をひずみ部および無ひずみ部でそれぞれStrain,No Strainと表示した。破断した試験片の水素量と,限界水素量と定義した破断しない最大の水素量の間隔は,500 MPaの負荷応力のひずみ部を除いて狭く,ここで用いた方法で得られる限界水素量の定量性は高いと判断でき,水素量パラメーターによるき裂発生の限界の観点からは効率的な試験法であることが確かめられた。ひずみ部および無ひずみ部のいずれの限界水素量でも,500 MPaと1000 MPaの負荷応力での違いは明瞭でないが,1500 MPaの負荷応力ではやや低下する傾向が見られた。

Fig. 15.

Relationship between applied stress and hydrogen content in strained and non-strained portions of SCM435C U-bend specimens.

無ひずみ部の水素量とひずみ部の水素量を比較すると,水素脆化特性評価試験中にチャージされた水素量は加工ひずみ量の影響を受け,ひずみ部の水素量の方が多かった。これは,前述のようにU曲げ加工によって導入された転位や空孔クラスターが水素トラップサイトとして働いたため,ひずみ部の水素量が増加したものと考えられる22,24)。高強度鋼板の水素脆化特性を,ひずみ部の水素量を用いて評価した場合,拡散性水素はひずみ量に影響される。き裂が発生する限界の環境からの水素の侵入強度の観点から評価を行う場合には,環境からの水素の侵入強度を直接反映する無ひずみ部の限界水素量を用いた方が妥当であると考えられる。本研究では陰極チャージによって高強度鋼板に水素を導入し,無ひずみ部の限界水素量が1~2 wppmとなった。大気腐食下の水素侵入量は,0.15 wppm程度であることが知られているため,実部品が本研究のU曲げ加工と同程度の塑性ひずみを受け,U曲げ試験片と同程度の応力状態となった場合でも水素脆化は問題にならないと思われる。本研究では,限界水素量から水素脆化特性を評価するため,大気腐食環境で侵入する水素量よりも高い水素量で議論されている。

Fig.16に曲げ半径R=10 mm,負荷応力1500 MPaの試験片の破面を示す。U曲げ部の外周側の表層(OUT)ではshear lip状の形態が見られ,板厚方向中央付近において粒界破壊が観察された。典型的な焼戻しマルテンサイト鋼の水素脆化による破壊の起点は旧オーステナイト粒界割れであること2)からU曲げ試験片の破壊起点が板厚方向中央付近であることが示唆される。この領域では表面近傍と比較してひずみは小さく,またひずみに伴う水素濃度の増加も小さいと考えられる25,26)ため,起点の位置は応力が支配的で,引張応力の最大点が板厚方向中央寄りであったことが窺われる。また,この位置での応力は,ボルト締めにより制御しているU曲げ部の外周側表面の負荷応力よりも大きいが,その負荷応力の変化に伴う変化は外周側表面の変化ほど大きくはないことが,Fig.15に示した限界水素量の負荷応力依存性が小さいことから示唆される。

Fig. 16.

Scanning electron micrographs of fracture surface of a U-bend specimen (R=10 mm, 1500 MPa) of SCM435C.

より詳細な検討のためには,板厚方向の応力分布と,その負荷応力にともなう変化を明らかにすることが重要である。このため,有限要素法を用いてU曲げ試験片内部の応力およびひずみ分布を現在検討中である。また,この提案評価法の検討においては,1種の曲げ半径すなわちひずみ条件での検討のみ行っているが,曲げ半径を制御し,ひずみの効果を明らかとすることも課題である。

4. 結言

U曲げ試験片を用い,陰極水素チャージ条件を変化させることによってき裂発生の限界水素量を求める評価法を提案し,1500 MPa級のマルテンサイト鋼を例としてその妥当性を検証した。この評価法では,効率的に限界水素量を求めることが可能であることが確認できた。曲げ頂点部付近のひずみ部,および無ひずみ部の両方で限界水素量を求めることにより,前者ではひずみにより導入される水素トラップとして働く欠陥によって増加する分を含めた水素量を基準とし,また後者では環境からの水素侵入挙動に相当する水素量を基準とした評価を行うことができると考えられる。

インターバル撮影を用いたその場観察によって,初期の表面き裂とその進展の挙動を動的に観察し,より水素侵入が促進される電流密度条件の場合,き裂の進展が速いことが確認できた。また,表面き裂にともなって電圧変化が見られたことから,電圧のモニタリングはき裂の検出に有効と考えられる。

U曲げ部外周表面のひずみに相当する負荷応力を変化させ,各条件での限界水素量の測定を行ったところ,負荷応力が1500 MPaの引張強度相当の場合には限界水素量がわずかに低下したが,比較的負荷応力が小さい範囲では明確でなかった。破壊起点は曲げ部の板厚中央寄りであることが破面観察から認められ,この位置での引張応力が最も高いことが示唆された。評価法としては,応力負荷条件下での試験片内の引張応力の最大値を把握する必要があり,今後は有限要素法による板厚方向の応力分布の解析を取り入れ,高強度鋼板評価法としての改善を検討する。

謝辞

この成果は,国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務の結果得られたものです。ここに感謝申し上げます。

文献
 
© 2019 The Iron and Steel Institute of Japan

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https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
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